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4.崩れ牡丹

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タクシーが向かった先は日本で有数のがん治療の専門病院だった。
女に案内されて二人はエレベーターに乗り込む。
「……気持ち悪い」
依頼主がいるという特別室のフロアに降りた瞬間、浅葱は口を抑えてその場に座り込んだ。
千草も不快そうに眉間にシワを寄せ、鼻を鳴らす。
平気なのは女だけだ。キョトンした表情をしている。
浅葱の様子に気づき、駆け寄ってきた看護師に支えられ近くのソファーに座り込んだ浅葱は、耐えきれないように胃液を吐き出した。
「大丈夫?……では無さそうね。あなた達も郷田ごうださんのお見舞い?」
「ええ」
女が答える。看護師はやっぱりという表情を浮かべる。

「郷田に会おうとする者だけか?体調を崩すのは」
千草の問いに親切そうな表情で看護師は答える。
「ええ。もう3ヶ月程入院しているのですけどね。全員ではないですけど、決まって体調を崩すのは郷田さんの関係者だけ。
と、言っても今は郷田さんしかこのフロアには入院していませんけどね。
医師せんせいも看護師も体調を崩すので郷田さんの担当だけ何度も変わっているんです」
「そうだろうな」
フロア中に広がっている強い怨念。
近くにいる者まで影響を及ぼす程の強い呪詛。
普通なら一日二日で死んでもおかしくない程の強い恨み。その中で3ヶ月も生きている郷田はある意味称賛に値する。
だが……。
「人間としては浅葱と正反対だな」
自分よりも人のことを考える浅葱とは正反対に、郷田は人を踏み台にし、蹴落とし生きてきた人間だ。
依頼を受けた時に女が持ってきた金。千草にはその金に血の臭いがベットリ染み付いていたのを感じ取っていた。
あの依頼書がなければ、この仕事は受けるつもりはなかった。

狐にも色々あるが、狐は狐を裏切らない。
千草が気が進まない今回の依頼を受けたのも、それが狐からの依頼だったからだ。
ご丁寧に妖狐の頂点である八紘の名と拇印まで押されていたことが唯一癪に障ったが。
ある一定の人間は、同族である人間をいとも簡単に裏切り利用する。
千草はそんな人間は好きになれなかった。


青い顔をしている浅葱の額に手を当てて、千草は自分の妖力を注ぐ。
あまり強い妖力は浅葱に負担をかける。微量な量を調整しながら、全身に行き渡せる。
血の流れと共に千草の優しいが入ってくる。
少しずつ顔色が良くなってきた浅葱に千草も安堵の息をついた。
「いけるか?」
「ええ。ありがとうございます。……顔を洗ってきます」
目の前のやり取りに呆気にとられている看護師をよそに、戻ってきた浅葱を確認すると千草はスタスタと郷田の病室に向かった。


「相当恨まれとるな、お主」
病室のドアを開けるだけで恐怖で逃げ出したくなるような濃い負の空気。
そんな中、千草は臆せず奥へと進む。
「……心当たりが多すぎてな」
体中に管をつけた老人が横たわっていた。
「安倍に蘆屋に賀茂に土御門の陰陽師たちの呪。それに……丑の刻参りの呪は1度ではないな。呪のオンパレードじゃ。お主の体で蠱毒が行われているようだの」
嗄れた声で郷田は笑う。
「蠱毒か、それは良い。生き残るのはワシだがの」
千草は眉を顰める。何か窘めるように口を開き、言葉にならず飲み込んだ。
郷田に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
代わりに千草は問いかける。

「どのようにして妖狐に接触した?」
「簡単だったぞ。……お前の子孫の呪いにかけられ、死にかけておる。どう責任とるのだ、と言っただけだ」
「っ……下衆が」
人間におもねることがない妖狐の唯一の弱点。それは陰陽師である安倍の一族との関係性だ。



かつて人間と妖狐は今よりも近かった。そのため、人間と恋仲になる妖狐も多く、まれにだが子を成すものもいた。
人との間に子を成すためには、同程度の力に合わせる必要がある。
基本的には力がある妖狐が妖力を抑えるため、間の子は多少長生きと感じる程度で普通の人間として生を終える。

唯一の例外が安倍の一族だ。
妖狐の中でも強大な力を持っている葛の葉くずのはと対抗できるほどの力を持っていた陰陽師であった安倍保名あべのやすな
その子、安倍晴明を始めとして安倍の一族は生まれつき強い力を手に入れることになった。
強大な力を持った安倍家は、その力を利用した。
式神を使役し、呪をかける。狐達も人間の才能を認め教えを請い、安倍も妖狐達を慕う。

妖狐たちは気づかなかった。
それは力を維持するため、狐を利用しているだけだということを。
気付いたときには、遅かった。
世は戦国と呼ばれる波乱の時代になっていた。安倍の子孫たちは、妖狐の力を戦乱に持ち込んだ。
その力は、時に勝者を変えるほどの力だった。
それは、妖狐の掟を破るものだった。

それきり妖狐は人間と交わることはなくなった。



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