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「良かったわ、昔の恋が再燃せんくて」
飛行機の隣の座席で武史はホッとした声で呟いた。
先日受けたインタビュー記事が載っている雑誌の見本が手元に届いたのは今朝、家を出る直前だった。
荷物になるのは分かっていたが、内容を気にしていた武史は嬉しそうに受け取る。
それでもバタバタとしていたため、飛行機に乗るまで見る時間はなかった。
「今更、柳田さんと何かあるわけないよ」
「分かっとるが……会うん久しぶりやろ?それも二人で」
「二人じゃないよ、三人だよ。そんなに心配するなら、仕事受けるか相談した時に言ってくれたら良かったじゃない」
武史は窓の外を見ながら、ブスっとした表情で吐き出す。
「そんなん、俺の心が狭いみたいやけん嫌や」
一瞬固まった後、千尋は吹き出した。
47歳になるのに子どもみたいに拗ねる武史が愛おしい。
ずっとこの20年変わらず愛してくれた武史に想いを伝える。
「大丈夫だよ、今はタケちゃんしか見えてないから。じゃないと結婚しないよ」
それでもまだ怒っている表情をする武史に、千尋はおずおずと口を開く。
「まだ何か不満あるの?」
「ある。やけど、これ言うたら俺のプライドに関わるけん」
そう言われると気になるものだ。千尋は他の人に邪魔にならないような声で武史を追求する。
頑として口を割らない武史に千尋は最終手段に出た。
「せっかくの新婚旅行なのに、タケちゃんはそんな態度なんだ。成田離婚はしたくないのになぁ」
ぐっ、と武史が唸った。
「……卑怯や、そんなん」
「言わないタケちゃんが悪い」
ぷいっとそっぽを向いた千尋に武史は内心焦る。
堪忍したように、武史は低い声で呟いた。
「俺にも中々見せん笑顔を柳田さんに見せとるから妬いたんや。悪いんか?」
千尋は目を見開いた後、クスクスと笑う。
「心配しなくても、タケちゃんにしか見せていない顔沢山あるでしょ?」
「それでもや。……千尋にこの笑顔させるんは俺だけやと思っとったけん」
武史のヤキモチを妬く姿に千尋は嬉しくなる。そっと彼の手を握りしめ小声で囁く。
「この時考えていたのタケちゃんのことだから安心して」
武史は、そうか、と納得したように呟くと安心したように千尋の手を握り返した。
※
恋焦がれて、待ち続けて20年。
千尋から婚姻届を渡された時の嬉しさは間違いなく人生で最高の瞬間だった。
「タケちゃん、これプレゼント」
そう言って千尋は胡座を書いて絵を描いている武史に一枚の封筒を武史に渡した。
誕生日でもないのにプレゼントとは珍しいな、と思いながら礼を言いつつ受け取る。
「開けてええか?」
うん、と頷いた千尋はすぐ側に座り、武史の一挙手一投足を見逃さないようにと、穴が空くほど見つめる。
変な緊張を感じながら封筒を開けた武史は絶句した。
そこには千尋の名前が既に記入済みの婚姻届が入っていた。
丁寧に証人欄には智史と俊樹の名前が記載されている。
千尋の本籍も入っていた。
あとは武史が名前を書いて捺印し、本籍と一緒に提出すれば受理される。
「なん……で」
声が震える。込み上げてくるものを必死に押さえようとするが、それ以上のものが武史の体を巡る。
「待たせてごめんなさい。……タケちゃんと同じ苗字になりたいなって。もうおばさんだけど、それでも良ければよろしくお願いします」
目頭が熱くなる。咄嗟に手で目を押さえたが、零れる涙を止めることは出来なかった。
「タケちゃん、泣かないでよ」
つられて涙声になった千尋が膝立ちになり、そっと武史の頭を抱きしめる。
いつもと逆のシチュエーションだが、そんなことを気にするゆとりはなかった。
噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。
千尋の胸に顔を埋めるようにするが、涙は止まらない。
「今までも一緒に生きてきたけど、これからもずっと一緒にいよ?
でも一人で残されるのは嫌だから、私より長生きして?」
千尋の言葉に中々声は出なかった。やっと出た言葉は、自分でも情けないほど涙声だった。
「……しゃーないな。……千尋の頼みやけん、聞いたるわ」
そう言うと武史は千尋を思いっきり抱きしめた。
「40過ぎの男を泣かせたんやけん、責任取ってや」
千尋は武史の抱擁に答える。
「そのつもり。……私の残りの人生全てあげることで、責任取れるかな?」
「そんなん……充分取れるわ」
上を向いた武史は千尋と目を合わせる。
千尋の顔も涙でぐしょぐしょだ。
後頭部に手を当てて自分の方に引き寄せると、そっとキスをした。
重なった唇はいつもより温かく、そして涙の味がした。
(完)
飛行機の隣の座席で武史はホッとした声で呟いた。
先日受けたインタビュー記事が載っている雑誌の見本が手元に届いたのは今朝、家を出る直前だった。
荷物になるのは分かっていたが、内容を気にしていた武史は嬉しそうに受け取る。
それでもバタバタとしていたため、飛行機に乗るまで見る時間はなかった。
「今更、柳田さんと何かあるわけないよ」
「分かっとるが……会うん久しぶりやろ?それも二人で」
「二人じゃないよ、三人だよ。そんなに心配するなら、仕事受けるか相談した時に言ってくれたら良かったじゃない」
武史は窓の外を見ながら、ブスっとした表情で吐き出す。
「そんなん、俺の心が狭いみたいやけん嫌や」
一瞬固まった後、千尋は吹き出した。
47歳になるのに子どもみたいに拗ねる武史が愛おしい。
ずっとこの20年変わらず愛してくれた武史に想いを伝える。
「大丈夫だよ、今はタケちゃんしか見えてないから。じゃないと結婚しないよ」
それでもまだ怒っている表情をする武史に、千尋はおずおずと口を開く。
「まだ何か不満あるの?」
「ある。やけど、これ言うたら俺のプライドに関わるけん」
そう言われると気になるものだ。千尋は他の人に邪魔にならないような声で武史を追求する。
頑として口を割らない武史に千尋は最終手段に出た。
「せっかくの新婚旅行なのに、タケちゃんはそんな態度なんだ。成田離婚はしたくないのになぁ」
ぐっ、と武史が唸った。
「……卑怯や、そんなん」
「言わないタケちゃんが悪い」
ぷいっとそっぽを向いた千尋に武史は内心焦る。
堪忍したように、武史は低い声で呟いた。
「俺にも中々見せん笑顔を柳田さんに見せとるから妬いたんや。悪いんか?」
千尋は目を見開いた後、クスクスと笑う。
「心配しなくても、タケちゃんにしか見せていない顔沢山あるでしょ?」
「それでもや。……千尋にこの笑顔させるんは俺だけやと思っとったけん」
武史のヤキモチを妬く姿に千尋は嬉しくなる。そっと彼の手を握りしめ小声で囁く。
「この時考えていたのタケちゃんのことだから安心して」
武史は、そうか、と納得したように呟くと安心したように千尋の手を握り返した。
※
恋焦がれて、待ち続けて20年。
千尋から婚姻届を渡された時の嬉しさは間違いなく人生で最高の瞬間だった。
「タケちゃん、これプレゼント」
そう言って千尋は胡座を書いて絵を描いている武史に一枚の封筒を武史に渡した。
誕生日でもないのにプレゼントとは珍しいな、と思いながら礼を言いつつ受け取る。
「開けてええか?」
うん、と頷いた千尋はすぐ側に座り、武史の一挙手一投足を見逃さないようにと、穴が空くほど見つめる。
変な緊張を感じながら封筒を開けた武史は絶句した。
そこには千尋の名前が既に記入済みの婚姻届が入っていた。
丁寧に証人欄には智史と俊樹の名前が記載されている。
千尋の本籍も入っていた。
あとは武史が名前を書いて捺印し、本籍と一緒に提出すれば受理される。
「なん……で」
声が震える。込み上げてくるものを必死に押さえようとするが、それ以上のものが武史の体を巡る。
「待たせてごめんなさい。……タケちゃんと同じ苗字になりたいなって。もうおばさんだけど、それでも良ければよろしくお願いします」
目頭が熱くなる。咄嗟に手で目を押さえたが、零れる涙を止めることは出来なかった。
「タケちゃん、泣かないでよ」
つられて涙声になった千尋が膝立ちになり、そっと武史の頭を抱きしめる。
いつもと逆のシチュエーションだが、そんなことを気にするゆとりはなかった。
噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。
千尋の胸に顔を埋めるようにするが、涙は止まらない。
「今までも一緒に生きてきたけど、これからもずっと一緒にいよ?
でも一人で残されるのは嫌だから、私より長生きして?」
千尋の言葉に中々声は出なかった。やっと出た言葉は、自分でも情けないほど涙声だった。
「……しゃーないな。……千尋の頼みやけん、聞いたるわ」
そう言うと武史は千尋を思いっきり抱きしめた。
「40過ぎの男を泣かせたんやけん、責任取ってや」
千尋は武史の抱擁に答える。
「そのつもり。……私の残りの人生全てあげることで、責任取れるかな?」
「そんなん……充分取れるわ」
上を向いた武史は千尋と目を合わせる。
千尋の顔も涙でぐしょぐしょだ。
後頭部に手を当てて自分の方に引き寄せると、そっとキスをした。
重なった唇はいつもより温かく、そして涙の味がした。
(完)
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