傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
51 / 61

心と向き合う2

しおりを挟む
「そんな簡単に心埋めれたら傷にはなっとらんよ。
千尋が今まで生きてきた時間くらいはかけんとな。
心配せんでも、2,30年で俺の気持ちは消えんわ」
何も千尋が言わないのに、武史は心の内を読んだように話しかける。
思わずギョッとした千尋に武史は声をあげて笑う。
「なんでわかるの?」
「ん?何となくな。大分最初の頃に比べて分かりやすなったしな」

元々敏い武史だったが、千尋も感情を出すようになった。
武史に甘えるように敢えて出している時と、上手くコントロール出来なくて無意識に漏れ出る時。
今回は後者だった。
無意識に出ている時はマイナスの感情の時だ。そのため、千尋はなるべく隠そうとする。
そのことが痛々しくもあり、信用されていない証でもあり、それでも必死に武史をガッカリさせたくないともがいている姿でもあり。
自分の心と向き合うのはツラいのに、武史のことを受け入れようと努力している姿が愛しくて堪らない。

「タケちゃんは簡単に言うよね、2、30年って長いよ」
「あっという間やわ、それくらい。最初に千尋のこと好きになったんは7歳やけんな。そっから数えたらもう20年くらいや」
「……ずっと好きだった訳じゃないでしょ」
中々鋭いな、と武史は笑う。
「まぁ、途中で会わんかったけん薄れてた時はあるがな。やけど、自分から好きになったんは千尋だけや。ちなみに告白したんも千尋が初めてや」
サラッと言外にモテてきたことを言う武史に千尋はどんな顔をすればいいか迷う。
考えた末に出てきた言葉を聞いた武史は今日一番の大きな声で笑った。
「モテモテの人生で羨ましいよ」
「安心しいや。今は千尋しか見えとらん」
千尋のイヤミは笑っている武史に簡単に打ち返された。



東京に行く前日、珍しく千尋が武史の部屋をノックした。
「もう寝るところだった?」
「いや。どしたん?」
ベッドの上で本を読んでいた武史は栞を挟み、テーブルの上に置くと千尋を手招きする。
近寄ってきた千尋は、ベッドの縁に腰掛けた。
引き寄せるとキスが出来るくらいの近すぎず遠すぎない距離。
微妙な距離のため、武史は千尋が何を求めているのか掴めない。

「明日お願いします」
仕事が休みの武史は千尋を空港まで送って行くことにしていた。片道2時間弱の道のりは武史にとっては大したことない距離だが、千尋にとっては気になるようだ。
「ええよ。帰りに向こうにおる友達と会う約束しとるしな。こういう機会ないと中々連絡取らんけん」
「ありがとう」

そういったきり、黙りこくる千尋。何か言いたいことがあるのだろうが、中々言い出せないようだ。
「どしたんや?」
武史の優しい問いかけに、千尋は重い口を開いた。
「出版社のパーティーがあるの。そこで多分、柳田さんと会うと思う」
「そうか」
「うん」
また千尋は黙りこくった。

黙っていることも出来たはずなのに、千尋なりの筋の通し方なのだろう。
まだ、武史に完全に心は動いていない。ただ弱っている時に慰めているだけだ。
弱っているところを他人に見せるのが苦手な千尋が武史にだけは見せる心の脆さ。
お互いに傷跡を埋めているだけだと分かっていた。
だからこそ繋がりはするが、恋人関係には進んでいなかった。
『千尋の心が完全に俺に向いた時に、そういう関係になりたい。だから、俺に縛られることなく生きたらええけん』
お盆にホテルから出る前に武史が千尋に伝えた。今千尋を特別な関係で縛るのは彼女の重荷になる。
納得できない千尋だったが、武史は譲らなかった。
『それよりも千尋が自分の心に正直に生きて欲しいんや。昨日みたいに素直にな。俺も千尋に正直に言うけん』
武史は宣言通り、千尋を抱きしめたり、キスをしたり、その先をしたい時は正直に言う。
それに引っ張られるように、少しずつだが千尋も武史に本音を言うようになっていた。

リハビリのように少しずつ慣らしている効果か、千尋もあまり隠し事せずに色々と話すようになってきた。このこともその一つだろう。
抱きしめたくなる気持ちを押さえ込んで武史は千尋に礼を言う。
「言うてくれてありがとう。俺に言わんでも黙って会うことも出来たやろう。
柳田さんに会ってみて、千尋が心動いたんならそれはしゃーないわ」
「……いいの?」
武史は苦笑して、嬉しくはないと伝える。
「本音は俺を選んで欲しい。やけど、理屈で人を好きになる訳でもないからな。ダメやと分かっていても惹かれるんなら、しゃーないやろ」
武史の言葉に千尋の目は潤んでくる。武史は千尋の頭を撫でる。
「逃げんと向かい合って来たらええわ。……ただ、二股かけられるんはイヤやけん、心動いたら教えてな」
流石に他の男と共有はしたくないわ、と茶化してくる武史の優しさに千尋の目から涙が零れる。
「泣くなや。キスしたなるやろ?」
そう言って涙を吸い取るように頬に唇を寄せた。

「タケちゃん、今日こっちで寝てもいい?……添い寝して欲しい」
泣き止んだ千尋が武史に願い出る。
「ええよ。けど、添い寝だけやろ?……理性持つかわからんわ」
ちょっとだけ苦しそうにいう武史に千尋は申し訳無さそうに詫びる。
「……ごめんなさい。やっぱり止めとくね」
「それはダメや」
武史は千尋の腕を掴み、自分のベッドに引き込む。
布団の中で抱きしめると耳元で囁く。
「千尋と一緒に寝たいんは俺も一緒やけん。もう寝ようや。起きとるとどんどん邪なこと考えてしまうわ」
武史は一度思いっきり千尋を抱きしめると、雑念を振り払うように布団の中から手を伸ばし電気を消す。

千尋とは手だけ繋いだ。
「おやすみ。明日から気をつけて行きや」
「ありがとう。……タケちゃん、おやすみなさい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...