傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
47 / 61

似た者姉弟5

しおりを挟む
今までの恋愛観についても武史は話した。生死が隣り合わせの仕事だから、一人でいようと心のどこかで思っていたこと。
だから、彼女が出来てもその子のために自分を変えようとしたくはなかったこと。
「秀樹には本気で惚れてないからや、って言われたわ。悔しいけどあいつの言う通りやったわ」
「タケちゃん……。私、そんな想われても応えられないよ」
「ええんや、俺が勝手に好きなだけや。まぁ受け入れてくれたら嬉しいけどな。
俺らは親戚やから、千尋が断っても縁は切れん。やけん、恋愛感情抜きにしていつでも頼ればええわ」
武史はいつもと変わらぬ笑顔を千尋に向ける。
千尋は胸を締め付けられる思いだった。
泣き止んだと思ったのに、また涙が溢れてくる。
武史は黙って千尋を胸に抱き寄せた。

「イヤか?こうされるの」
無言で首を左右に振る。
「なら良かったわ」
僅かに腕に込める力を強める。耳元に唇を寄せて囁く。
「前ここで泣いとった時は柳田さんのことやったな。今日は俺のことで泣いとるって思っていいやんな?」
今度は縦に首を振る。
よかった、という武史は耳元で囁く。
「千尋が飲みたい言うたやろ?あれな、凄い嬉しかったわ。今日みたいに自分の気持ち出してええんや。楽しいこともしんどいことも千尋とやったら共有したいけん」
武史は千尋が泣き止むまで抱き締めていた。


「もう大丈夫。ありがとう」
泣きすぎて枯れた声で武史に伝えると、名残惜しそうにゆっくりと体が離れる。
「ちゃんと泣けたか?」
千尋はこくりと頷く。
どれくらい長くいたのか分からないが、夜の海風は体を冷やす。
まだ一緒に居たかったが、これ以上ここに居たら風邪を引きそうだ。
「帰るか」
武史は立ち上がり、千尋に手を差し伸べる。
千尋は中々武史の手を取らなかった。

「どうしたんや?」
気分でも悪くなったかと思い、しゃがみこんだ武史は千尋の顔を覗き込む。
千尋は不思議な表情をしていた。
自分の感情をどう扱ったら良いのか分からないような顔。戸惑い、困って武史を見る顔が、迷子のように不安げだ。

するつもりはなかった。
だけど気づいたら千尋の頬に手を添えて、キスをしていた。
親が子に安心を与えるような、慈しむような優しい口づけ。
唇を離した時、少しだけ混じった安堵の表情に武史はホッとする。
「悪い。思わずしてしもた」
間髪入れずに千尋が首を左右に振る。その勢いに驚く。
「どうしたんや?さっきから変やで?」
何故か千尋は顔を真っ赤にしながら、口を開く。
「タケちゃんは、私が本音言うのは嫌じゃないの?」
千尋の質問の意図がわからないまま武史は答える。
「むしろバンバン言うて欲しいわ」
「それが今だけの気持ちだとしても?……明日には変わっているかもしれないよ」
「それでも、今はそう思っとんやろ?嘘じゃないならええよ。俺かて明日になったら気持ち変わっとることやてあるしな」

何度か息を吐く。まだ迷っているようだ。
武史はよく分からない表情をしながらも、千尋の気持ちの整理がつくまで待つ。
千尋は赤い顔のまま、早口で武史に伝えた。
「まだ帰りたくない。もっとタケちゃんと話したい」

一瞬驚いた表情をした後に武史の顔に広がったのは喜びだった。
その顔に千尋はホッとした。
「嬉しいわ。もっと喋ろか。……でもここは少し冷えるから場所移動するか」
そう言って武史は時計を見て考え込む。
もう既に23時近い。
この後話すとなると、空いているところは数少ない。
「どこならええかな。カラオケは今盆やけん、混んどるやろうし。飲み屋もこの時間ならチェーン店くらいやもんなぁ。
あとはBARというかスナックというか」
「お酒出すところは、今日はもういいよ」
「なら、カラオケか……。入れるかどうかわからんが行ってみるか」

武史の言葉を否定するように千尋は首を振る。
「カラオケは嫌なんか?せやけど、他に思いつかん」
「……ホテル行こ」
蚊の鳴くような声で千尋は囁いた。うっかりしていると波音に消されそうな小さな声。
それでも、武史の耳には届いた。
「……手出さん自信ないぞ。というか間違いなく求めるわ。……分かって言いよんよな?」
俯いた千尋は夜目でも分かるくらい耳まで真っ赤だ。それでもキチンと肯定の意を伝える。

武史は千尋の手を握り立ち上がると、逸る気持ちを抑えながら車へ向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

NL短編集

槇瀬光琉
恋愛
NL小説の寄せ集めになります。何気に思いついた話をのほほんと載せていけたらなと…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...