傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
46 / 61

似た者姉弟4

しおりを挟む
「飲みたい気分だなぁ」
俊樹を送っていった帰りに珍しい千尋の希望で、飲みに来ていた。
いつも男達と行くようなお店ではなく、先輩がしている少し小洒落た創作料理を出す店に連れてきた。
個室の席に案内され各々頼んだ飲み物で乾杯をする。
車で来たため、武史はノンアルコールだ。
(千尋と二人で飲むのは初めてかもな)
普段あまり飲まない千尋にしては珍しい。話題はずっと俊樹の結婚の話だ。
それだけ嬉しかったのだろう。ずっと笑顔で武史に話し続ける千尋を、武史は愛しいそうに見つめながら聞き役に徹していた。

「これで、私も安心できる」
ある程度お腹が満たされた頃、酒で頬を赤くしながらポツリと千尋が呟いた。
「心配していたの、両親がいないことであの子が結婚出来ないんじゃないかって」
俊樹は付き合っている頃から既に向こうの親に面識があったようで、結婚の挨拶に行った際も特に反対もされなかったようだ。

「肩の荷降りたか?」
武史の言葉に最初はキョトンとしていた千尋だったが、何度か自分の中で反芻している内に何か気づいたようだ。
「そっか……。気付かなかったけど、重荷になっていたんだ」
そう言うと千尋はポロポロと涙を流す。
「え?なんで?」
千尋自身も意外だったようで慌てて目元を拭うが、止めどなく涙が溢れてくる。
「無理に止めるなや。個室やから、俺以外見えんわ」
テーブルの向かいから手を伸ばし、千尋の頭を撫でる。
武史の優しい手に導かれるように、千尋は涙が止まるまで泣き続けた。


「タケちゃんの前では私、泣き虫になるみたい」
帰りの車で千尋は窓の外を見ながら話す。
泣きすぎて真っ赤な目を見られたくなかったからだ。
「めっちゃ嬉しいわ。千尋が泣けるということは俺に心許しとるっていうことやけんな」
顔を見なくても分かるくらいニコニコとした声で武史は心の内を伝える。
千尋はずっと聞きたかったことを初めて武史に問いかけてみた。
「タケちゃんは、私のどこが好きなの?」
想定外の質問だったようで、一瞬返事に困った様子の武史だった。
そのことに千尋は勝手に傷つく。
「ちょっと寄り道していいか?」
「うん」


武史が連れてきたのは海だった。柳田のことを武史に告白した場所だった。
前は朝方だった。今は夜。以前と状況が違うからか、全然違う場所のように思えた。
「暗いから気をつけや」
武史より差し出された手に千尋は自分の手をそっと重ねる。
乾いている砂に二人は並んで座り込む。手は繋いだままだった。
聞こえるのは波音と、隣の人の呼吸だけだ。
「さっきは直ぐに答えんくて悪いな」
「ううん」
武史は千尋の手を握りしめたまま、答える。
「さっきの質問の返事に困ったんは、どっちの意味か考えたからや。
純粋に好きなところあげろ、って言うことなんか、惹かれたキッカケを聞いとんのか。どっちなんや?」
「……後者だよ」
武史は頷くと千尋に質問の答えを返した。
「分からん。気づいたら好きやった。
好きになってから千尋のこと見ると、好きなところはいっぱいあるんやけど、そこが無くても惹かれとった」
武史は照れくさそうに笑う。
「さっきみたいに俺の前で泣いてくれるんも、仕事には妥協せん姿勢も、俺のために料理作ってくれるんも好きや。
やけど千尋がそれをやらんくても嫌いになるか、言うたら違う。
千尋という全てが好きなんや」
千尋は武史の言葉をどういう風に受け止めるか迷っていた。

「タケちゃんは……なんでそんなに真っ直ぐなの?」
「自分の心に正直に生きとるだけや。人間、いつどうなるか分からんからな」
そう言って武史はあることを話し出した。


高校の時、クラスメートが実習中に亡くなったこと。
ずっと漁師になりたくて祖父に連れられてよく船に乗っていたから、それまでは海が怖いと思ったことはなかった。
だけど実習中、船が転覆して一人が亡くなった。
その時初めて海が怖いと思った。
「それでも、海は嫌いになれんかった。どうしても漁師になりたかった。
ただ、生死隣り合わせの仕事やと言うことも嫌という程実感したんや。
やけん、生きている間は自分の気持ちに正直に生きよう思ってな。いつどうなるかわからんけん」
千尋はただ、武史の話を聞いていた。気軽に返事ができる内容では無い。だからこそ、聞くしか出来なかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...