35 / 61
動く歯車6
しおりを挟む
自室に戻った武史は、ベッドにゴロリと横になる。珍しく荒れていた。
飲んでも記憶は飛ばないタイプだ。
忘れると言ったが、忘れられるわけなかった。
先程まで重なっていた感触。柔らかくて、少し体温が低い千尋の唇。
飲みすぎたせいにはしたくない。それでも、好きだという気持ちが爆発して、気付いたらキスをしていた。
拒まなかったことが嬉しかったのに、一瞬で地獄に落とされたような感覚。
「本当に、勝手やわ」
チャンスが僅かでもあるなら、柳田のこともその他のぐちゃぐちゃ悩んでいることも全てを受け入れる覚悟はあった。
まだ、キライと言われた方がマシだった。
忘れて欲しいというのはキツい。
それでも、千尋の言葉尻を捉えて自分に良いように解釈しようとしているくらいには惚れていた。
今はダメと言うだけでいつかは受け入れてくれるのではないか。
武史のことをキライと言っていた訳でもない。
何より一度は受け入れてくれた。
千尋の性格上、本当に武史のことを考える余地がないならもっと突き放した態度を取るはずだ。
そんな僅かな隙を見つけて、少しでも可能性を探ろうとしている自分に笑いが込み上げてくる。
「情けないわな」
人肌が無性に恋しかった。連絡すれば、何人かは相手をしてくれる女はいた。
後腐れもなく、適当に一夜を過ごす。そっちの方がよっぽど気が楽だ。
それでも、今欲しい温もりは一夜限りの女ではなかった。
深く深くため息をつき、目を瞑る。
眠れるか不安だったが酒の力もあり、思ったより早く夢の中へと誘われた。
武史が2階に上がったあと、千尋は体を引きずるようにしてシャワーを浴び、自室に戻った。
武史を拒んでしまった。
受け入れるつもりだったのに、気付いたら体が動いていた。
傷ついた顔の武史を前に自分の行動が信じられなかった。
キスは気持ちよかった。
このまま、武史に身を預けたらどんなに楽か。
武史は柳田のことを忘れられないことも、仕事で悩んでいることも全て受け止めてくれる。
卑怯なことは分かっている。色々なことから逃げるために武史を利用している。
武史がそれでもいいと言ってくれるなら、拒む理由は何も無かった。
なのに……
千尋は、何かを忘れるようにパソコンの前に向かった。
美香から頼まれた仕事の本を取る。
最近行き詰まっていたことが嘘のように、文章が次々と出てくる。
こんなことは年に何回もあることではない。
恐ろしい程の集中力で、千尋は作業に没頭した。
明け方まで一心不乱にパソコンと向かい合っていた。
行き詰まっていたのが嘘のように、驚くほど仕事が進んでいた。
ため息をつき、伸びをする。背中と肩がバキバキに凝っている。
流石に一睡もしていないとルーティーンの仕事に響く。
徹夜は難しい年齢になっていた。
重い体をベッドに横たえ、目を瞑る。
そうすると、頭をよぎる武史のこと。
弟と同い年の武史だったが、彼の前では心の内を見せれた。
身を委ねたら幸せにしてくれる。
分かっているのに……
「怖い……」
言葉に出して、初めて気づいた。
いや、本当は前から気づいていたのに、無意識に見ないようにしていた気持ち。
守られるのが怖い。
人と深く付き合うのが怖い。
大切にしたい人を失うのが怖い。
人と向き合い、心をさらけ出すのが怖い。
父母のように、いつか突然失うことになるなら、最初から終わりが見える関係がいい。
それなら、最初から期待しないで済む。
だから、ゴールがない柳田との関係が心地よかった。
彼は千尋に期待しない。
束縛も嫌い、結婚も二度としないと言っていた。
気まぐれにフラリと家に来て、欲望を発散させるように抱いて、またどこかへ行く。
かと思えば、出先で電話をかけ千尋を呼び出し、ご褒美だというように一人では行けない店や高級ホテルに連れていき一夜の夢を見させる。
そういう時は大抵、柳田の仕事が上手くいったときか、千尋の翻訳が柳田の琴線に触れた時だった。
いっそ清々しかった。
彼が求めるのは、自分の翻訳能力だけだと思うと、必要以上に期待しないで済む。
だからこそ、ダラダラと2年も関係を続けてしまった。
ダメな男だ。それでも、1度でいいから全力で自分を見て欲しい。
そんな千尋の気持ちを知っていたのか、柳田はずっと態度を変えることはなかった。
今、千尋がしているのは不足している愛情を他のもので埋めようとする代替行為だ。
そんなことをしても埋められないと分かっていたのに、好きといってくれる武史の気持ちが嬉しかった。
そして、傷つけた。
閉じた目から涙が零れる。このまま寝たら、辛い夢を見る。
分かっていたが、千尋は睡魔に抗えなかった。
飲んでも記憶は飛ばないタイプだ。
忘れると言ったが、忘れられるわけなかった。
先程まで重なっていた感触。柔らかくて、少し体温が低い千尋の唇。
飲みすぎたせいにはしたくない。それでも、好きだという気持ちが爆発して、気付いたらキスをしていた。
拒まなかったことが嬉しかったのに、一瞬で地獄に落とされたような感覚。
「本当に、勝手やわ」
チャンスが僅かでもあるなら、柳田のこともその他のぐちゃぐちゃ悩んでいることも全てを受け入れる覚悟はあった。
まだ、キライと言われた方がマシだった。
忘れて欲しいというのはキツい。
それでも、千尋の言葉尻を捉えて自分に良いように解釈しようとしているくらいには惚れていた。
今はダメと言うだけでいつかは受け入れてくれるのではないか。
武史のことをキライと言っていた訳でもない。
何より一度は受け入れてくれた。
千尋の性格上、本当に武史のことを考える余地がないならもっと突き放した態度を取るはずだ。
そんな僅かな隙を見つけて、少しでも可能性を探ろうとしている自分に笑いが込み上げてくる。
「情けないわな」
人肌が無性に恋しかった。連絡すれば、何人かは相手をしてくれる女はいた。
後腐れもなく、適当に一夜を過ごす。そっちの方がよっぽど気が楽だ。
それでも、今欲しい温もりは一夜限りの女ではなかった。
深く深くため息をつき、目を瞑る。
眠れるか不安だったが酒の力もあり、思ったより早く夢の中へと誘われた。
武史が2階に上がったあと、千尋は体を引きずるようにしてシャワーを浴び、自室に戻った。
武史を拒んでしまった。
受け入れるつもりだったのに、気付いたら体が動いていた。
傷ついた顔の武史を前に自分の行動が信じられなかった。
キスは気持ちよかった。
このまま、武史に身を預けたらどんなに楽か。
武史は柳田のことを忘れられないことも、仕事で悩んでいることも全て受け止めてくれる。
卑怯なことは分かっている。色々なことから逃げるために武史を利用している。
武史がそれでもいいと言ってくれるなら、拒む理由は何も無かった。
なのに……
千尋は、何かを忘れるようにパソコンの前に向かった。
美香から頼まれた仕事の本を取る。
最近行き詰まっていたことが嘘のように、文章が次々と出てくる。
こんなことは年に何回もあることではない。
恐ろしい程の集中力で、千尋は作業に没頭した。
明け方まで一心不乱にパソコンと向かい合っていた。
行き詰まっていたのが嘘のように、驚くほど仕事が進んでいた。
ため息をつき、伸びをする。背中と肩がバキバキに凝っている。
流石に一睡もしていないとルーティーンの仕事に響く。
徹夜は難しい年齢になっていた。
重い体をベッドに横たえ、目を瞑る。
そうすると、頭をよぎる武史のこと。
弟と同い年の武史だったが、彼の前では心の内を見せれた。
身を委ねたら幸せにしてくれる。
分かっているのに……
「怖い……」
言葉に出して、初めて気づいた。
いや、本当は前から気づいていたのに、無意識に見ないようにしていた気持ち。
守られるのが怖い。
人と深く付き合うのが怖い。
大切にしたい人を失うのが怖い。
人と向き合い、心をさらけ出すのが怖い。
父母のように、いつか突然失うことになるなら、最初から終わりが見える関係がいい。
それなら、最初から期待しないで済む。
だから、ゴールがない柳田との関係が心地よかった。
彼は千尋に期待しない。
束縛も嫌い、結婚も二度としないと言っていた。
気まぐれにフラリと家に来て、欲望を発散させるように抱いて、またどこかへ行く。
かと思えば、出先で電話をかけ千尋を呼び出し、ご褒美だというように一人では行けない店や高級ホテルに連れていき一夜の夢を見させる。
そういう時は大抵、柳田の仕事が上手くいったときか、千尋の翻訳が柳田の琴線に触れた時だった。
いっそ清々しかった。
彼が求めるのは、自分の翻訳能力だけだと思うと、必要以上に期待しないで済む。
だからこそ、ダラダラと2年も関係を続けてしまった。
ダメな男だ。それでも、1度でいいから全力で自分を見て欲しい。
そんな千尋の気持ちを知っていたのか、柳田はずっと態度を変えることはなかった。
今、千尋がしているのは不足している愛情を他のもので埋めようとする代替行為だ。
そんなことをしても埋められないと分かっていたのに、好きといってくれる武史の気持ちが嬉しかった。
そして、傷つけた。
閉じた目から涙が零れる。このまま寝たら、辛い夢を見る。
分かっていたが、千尋は睡魔に抗えなかった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる