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選択肢3
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「美香ちゃん、これはズルいわ」
「どうですか?受けてくれますか?」
こうなることを予想していたように美香は満面の笑みで尋ねる。
「分かっているでしょ。……やりたい。というか、ぜひさせて頂きます」
悔しそうな声で呟く千尋に美香はガッツポーズをする。
「ただ、前みたいな文章は書けないと思う。それでもいいの?」
「千尋さんの最近の翻訳も見せて頂いて依頼していますよ。それにこの作者、そんなに尖ってないですしね」
何もかもお見通しの美香に、千尋は堪忍したように笑った。
美香が持ってきた本は、千尋が今の世界に飛び込むきっかけになった作者の本だった。
アルバイトの時からお世話になっていた前の会社で出会ったのが最初だった。
「村上、第2外国語この言語だったよな?この本やるよ」
倉庫の棚卸しの時に処分する本だった。渡した社長もそこまで深い意味もなく、たまたま千尋の勉強している言語ということで渡されただけだった。
装丁の美しさに目を惹かれ、中身を読んでますます惹き込まれた。
まさか、これがこの道に進むきっかけになるとは当時は考えてもいなかった。
その運命の作者の本を自分が翻訳できる。断る選択肢はなかった。
「好きなこと仕事にしなければよかったなぁ。しんどくても好きだからやりたくなっちゃうんだもの」
帰ってきた武史と共に夕飯を作り、3人で食卓を囲む。
夕飯を共に作っている姿を端から見ていた美香は安心したように息を吐いた。
心なしか東京にいたときよりもふっくらしている。
元々痩せている方だったのに、入院中のゴタゴタで一時はこちらが心配になるほど痩せていた。
だが、この町に来て4ヶ月で表情も明るく健康的な姿になっている千尋に心の底からホッとする。
もし、前のような表情だったら仕事を頼まずに帰ろう、そう思っていたことは杞憂だったようだ。
東京にいた時には誰に対しても一定の壁を作っていたところがあった千尋だが、武史のことは信頼しているようだった。
一度聞いたことがある。
「千尋さんって、見かけによらず、文章は鋭いですよね。どこか客観視しているというか。訳す本もそういうもの好んで仕事を引き受けてくれますし。勿論褒め言葉ですけど」
美香に指摘されると驚いたような表情をしたあと、苦笑いをする。
「美香ちゃんと同じこと指摘されたことあるなぁ」
「誰にですか?」
「……柳田さん。ついでに『村上は誰にも心許していないから、客観的に物事を見ているんだろう』って、褒め言葉に聞こえない褒め言葉貰ったよ」
「へぇー、柳田さんと一緒の意見なんて光栄ですね」
千尋は穏やかだが、それ以上会話を拒むように笑うだけだった。
美香が千尋と柳田の関係を知ったのは、彼女が入院した後だった。
驚いたが、やっぱりという気持ちの方が大きかった。
美香から見ていて、千尋と柳田は本質がどこか似通っていた。
特に感性はかなり近いものを持っている二人。
千尋の最初の翻訳した詩集も、柳田が二つ返事で引き受けるとは思わなかった。
「彼女の文章は創作意欲を掻き立てられる」
他人をそう評価する彼が珍しいと編集長は言っていたが、下っ端の美香はそれ以降柳田と接点も無かったため、特に気にも留めていなかった。
千尋がもし、柳田と付き合っていたと聞いていたら止めていただろう。
バツイチと公言している柳田だが、まだキチンと離婚出来ていないことを美香は知っていたからだ。
色々あった千尋だが武史のことは心を許しているようで、見たことがないくらい穏やかに笑う。
東京では見られなかった彼女の柔らかい表情に、美香はあることを伝えるかどうか迷う。
表情に出ていたのか、千尋が席を外した時に武史が美香に伝える。
「千尋に何か伝えることがあるんなら、伝えてやってください。今ならちゃんと受け止められるやろうし、万が一抱えきれないんなら、俺が責任もって支えるけん」
当たり前のように言う武史に美香は笑う。
千尋の側に武史がいるなら伝えても大丈夫だと思えた。
「なら、千尋さんに言いますね。後のことは任せますよ」
武史は力強く頷いた。
「どうですか?受けてくれますか?」
こうなることを予想していたように美香は満面の笑みで尋ねる。
「分かっているでしょ。……やりたい。というか、ぜひさせて頂きます」
悔しそうな声で呟く千尋に美香はガッツポーズをする。
「ただ、前みたいな文章は書けないと思う。それでもいいの?」
「千尋さんの最近の翻訳も見せて頂いて依頼していますよ。それにこの作者、そんなに尖ってないですしね」
何もかもお見通しの美香に、千尋は堪忍したように笑った。
美香が持ってきた本は、千尋が今の世界に飛び込むきっかけになった作者の本だった。
アルバイトの時からお世話になっていた前の会社で出会ったのが最初だった。
「村上、第2外国語この言語だったよな?この本やるよ」
倉庫の棚卸しの時に処分する本だった。渡した社長もそこまで深い意味もなく、たまたま千尋の勉強している言語ということで渡されただけだった。
装丁の美しさに目を惹かれ、中身を読んでますます惹き込まれた。
まさか、これがこの道に進むきっかけになるとは当時は考えてもいなかった。
その運命の作者の本を自分が翻訳できる。断る選択肢はなかった。
「好きなこと仕事にしなければよかったなぁ。しんどくても好きだからやりたくなっちゃうんだもの」
帰ってきた武史と共に夕飯を作り、3人で食卓を囲む。
夕飯を共に作っている姿を端から見ていた美香は安心したように息を吐いた。
心なしか東京にいたときよりもふっくらしている。
元々痩せている方だったのに、入院中のゴタゴタで一時はこちらが心配になるほど痩せていた。
だが、この町に来て4ヶ月で表情も明るく健康的な姿になっている千尋に心の底からホッとする。
もし、前のような表情だったら仕事を頼まずに帰ろう、そう思っていたことは杞憂だったようだ。
東京にいた時には誰に対しても一定の壁を作っていたところがあった千尋だが、武史のことは信頼しているようだった。
一度聞いたことがある。
「千尋さんって、見かけによらず、文章は鋭いですよね。どこか客観視しているというか。訳す本もそういうもの好んで仕事を引き受けてくれますし。勿論褒め言葉ですけど」
美香に指摘されると驚いたような表情をしたあと、苦笑いをする。
「美香ちゃんと同じこと指摘されたことあるなぁ」
「誰にですか?」
「……柳田さん。ついでに『村上は誰にも心許していないから、客観的に物事を見ているんだろう』って、褒め言葉に聞こえない褒め言葉貰ったよ」
「へぇー、柳田さんと一緒の意見なんて光栄ですね」
千尋は穏やかだが、それ以上会話を拒むように笑うだけだった。
美香が千尋と柳田の関係を知ったのは、彼女が入院した後だった。
驚いたが、やっぱりという気持ちの方が大きかった。
美香から見ていて、千尋と柳田は本質がどこか似通っていた。
特に感性はかなり近いものを持っている二人。
千尋の最初の翻訳した詩集も、柳田が二つ返事で引き受けるとは思わなかった。
「彼女の文章は創作意欲を掻き立てられる」
他人をそう評価する彼が珍しいと編集長は言っていたが、下っ端の美香はそれ以降柳田と接点も無かったため、特に気にも留めていなかった。
千尋がもし、柳田と付き合っていたと聞いていたら止めていただろう。
バツイチと公言している柳田だが、まだキチンと離婚出来ていないことを美香は知っていたからだ。
色々あった千尋だが武史のことは心を許しているようで、見たことがないくらい穏やかに笑う。
東京では見られなかった彼女の柔らかい表情に、美香はあることを伝えるかどうか迷う。
表情に出ていたのか、千尋が席を外した時に武史が美香に伝える。
「千尋に何か伝えることがあるんなら、伝えてやってください。今ならちゃんと受け止められるやろうし、万が一抱えきれないんなら、俺が責任もって支えるけん」
当たり前のように言う武史に美香は笑う。
千尋の側に武史がいるなら伝えても大丈夫だと思えた。
「なら、千尋さんに言いますね。後のことは任せますよ」
武史は力強く頷いた。
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