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「へぇー、それで武史先輩、洗濯しているんだ」
「何か匂いがツライみたい」
居間にいる千尋とさくらの視線の先には、庭で洗濯物を干している武史の姿があった。
元々タール数が高くないものを吸っていたのと、千尋が来る前より本数が減っていたこともあり、昨日1日禁煙していた武史は予想していたよりは楽だと話す。
「メシが旨くて食いすぎるわ」
それでもふとした瞬間に吸いたいと思うらしく、昨日は自分の部屋では寝ずに居間で寝ていた。

大樹は縁側でトラと遊んでいる。いや、トラが遊んであげているのだろう。
武史もそれとなく大樹に目を配っているのを確認したさくらは千尋に話しかける。
「それより、お出かけどうだったん?」
キラキラとした目で千尋を促すさくらに、先日の出来事を話しだした。


「ちーちゃんって鈍感やんね」
仕事から帰った秀樹に、さくらは預かったタバコを渡しながら今日聞いたことを話す。
「マジか!武史、禁煙まで始めたんか」
ゲラゲラ笑う夫をたしなめながらも、さくらも思っていたことを言う。
「武史先輩って、もっとドライやと思っとったわ」
昔、友人が武史と付き合っていた時に散々グチを聞かされていたさくらは複雑な心境になる。
『あの人はみんなに優しいけん。だから私でなくてもいいんだ、って思ってしまったんよ』
そう言う友人の言葉をさくらは否定できなかった。
確かに武史は誰にでも平等に優しい。ただそれはある意味誰のことも大切に思っていないのと同意義だった。
その証拠に来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスの武史はモテる割に長続きしない。
さくらの知っている限りで一番長くても1年程だった。
「千尋ちゃんが特別なんやろ。やけど、俺も武史があんなになるとは予想しとらんかったわ」
上手くいけばええけどな、という夫の言葉にさくらは深く頷いた。



秀樹は武史に昔、何で長続きしないのか聞いたことがある。しばらく考え込んだ武史だが、分からんと答える。
「俺がフラれるやけん、分からんわ」
「嘘付けや。フラれるように仕向けとろうが」
「バレとったか」
バツの悪そうな顔で笑うと、誤魔化せないと悟った武史はポツリと本音を話す。
「特別にならんのや。自分の生活リズム変えてまで一緒にいたいかと言うたら違うんや」
「へ?付き合っとんのに?」
「おぅ。ただ、付き合っている以上は特別扱いを相手は求めてくるけんな。
仕事柄人と時間合わんのは仕方ないとは分かっとるが、合わせるんが面倒になる」
「相手に合わせて貰えばいいやん。この間の子なんか武史にベタ惚れやけん、言うたら合わせてくれるやろ」
秀樹は当たり前のように言う。武史は苦笑いをして答える。
「それは重いわ。そう思う時点でダメなんやけどな。女に時間使うんが惜しいんや。それならもっと……」
「絵描きたいって?」
黙って頷いた武史は、誰にも言うなよと口止めをする。
ごく親しい人しか知らない武史の趣味。ガタイに似合わないのと、下手だからという理由で武史が絵を描くことを知っている人ですら作品を見たことはほとんどない。
秀樹も実際見たのは一回だけ。さくらに至っては武史が絵を描くことをすら知らないだろう。

元々写真を撮るのが趣味だった武史だが、祖母を亡くし、一人暮らしになった頃から絵も描くようになった。
そして、その時期からますます女性との付き合いがドライになっていった。
「自然相手の仕事やけんな。いつ死ぬかもわからんし。実際ヒヤリとすることは何度もある。死んだら残されたもんはツライやろ、そう思ったら別に一人でおってもええかなと思うんや」
親友の思いがけない言葉に驚いた。そして、秀樹が想像していた以上に祖母を亡くしていたことが堪えている様子だった。
かと言って、今秀樹はどんな言葉を武史にかけていいのか分からなかった。
そして、武史もそれを望んでいないことも理解していた。
「それは、武史がホンマに惚れてないからやろ。好きになったら自分のもんにしたくてたまらんなるやろ。お前、自分から好きになったことあるんか?」
秀樹の変わらない軽口にホッとしたように武史は笑う。
「あるわ、それくらい。大昔にな」
「昔過ぎて、気持ち枯れとんやないんか?若いのにジイサンみたいやぞ」
「うるさいわ」
軽く秀樹を小突く。秀樹も小突き返すと、親友に向けて本音をぶつける。

「その内、武史が本当に惚れて添い遂げたいと思う人が現れたらええな。そしたら全力でからかうわ」
秀樹の軽口に武史も言葉で応酬する。
「秀樹にだけは言わんわ」
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