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噂話?3
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仕事があるからと、部屋に戻る千尋を見送ると、秀樹は武史にニヤけた顔を向ける。
「なんや?」
「とうとう武志にも春が来たのかと思って」
「違う言うとるやろ」
ぶっきらぼうに答えた武志の様子を気にかけることもなく、秀樹は一人満足げにうなずく。
長い付き合いの秀樹はわかっていた。あまり表情に感情を出さない武志だったが、千尋のことを必要以上に意識をしている様子だった。
(こういう態度を出しているということは、武志は千尋ちゃんのことを気に入っているな)
バツイチか不倫かどちらかのキーワードに反応している千尋と、それを目線だけで心配そうに見守っている武志の様子を見て、まだ二人の間に距離があることを察した。
ここであまりからかうと、頑なになる武志の性格も充分過ぎるほど把握している秀樹は、よいしょ、と腰を上げた。
「今度、他の仲間も呼んで飲もうや。千尋ちゃんも交えて。うちの嫁さんも呼ぶわ」
「秀樹が集合かけろよ」
武志の言葉におう、と短く返事をして秀樹は帰って行った。
部屋に戻った後も千尋は仕事に手がつかなかった。
(不倫...か)
先程の秀樹の言葉に柳田のことを思い出していた。
(うまく取り繕えたかな?)
ため息をつき、パソコンの画面を切り替える。
知らなかったとはいえ、柳田との関係は不倫と言われる関係だった。
奥さんがいた、と分かったのは千尋が入院している時だった。
柳田は一度も見舞いに来なかった。
『千尋さん、ごめんなさい。上がどうしても柳田さんは外せないらしくて』
そう言って美香は入院中の千尋に頭を下げた。
千尋の翻訳で装丁を柳田がやる。独立して一番大きな仕事は、呆気なく無くなった。
産業翻訳で専門の分野だった。自分の今まで培って来たものが全てぶつけられる。
千尋が飛躍するための大きなチャンスでもあった。
『大丈夫です。美香さん、気にしないで。こちらこそご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした』
そう言うしかなかった。
幸いというべきか、まだ企画段階だったため、すぐに代わりの訳者が見つかったらしい。
仕事はガクンと減った。
入院していたこともあるが、柳田との関係で出版社からは殆ど声がかからなくなった。
この町に引っ越してきたのも、東京では金銭的に生活を続けるのが難しかったことも一因だ。
それでも専門分野があるから細々と仕事が途切れずにある。
また、独立した時のように新規開拓もしている。
完全に信用がなくなった状態。ゼロからのスタート。
だからこそ、今は多少オーバーワークでも今はがむしゃらに仕事を受け入れていた。
『田舎で生活するならそのことをブログに描いてみませんか?』
この町に引っ越す際、美香から提案された。
『不特定多数に読まれる日本語を書くことは、千尋さんの翻訳者としての能力を向上させてくれると思います。もし今後も出版翻訳をされたいのであればブログはいい練習になりますので』
そう言いながら、美香は千尋の手を握った。
『また一緒に仕事しましょう!約束ですよ!』
美香との約束を守るつもりで始めたのではなかった。ただ、ブログを書いている時は純粋に仕事のことも忘れられる。
この町で見たもの、聞いたものをどのように表現したら伝わるのか考えるのは楽しかった。
自分の書いた文章にレスポンスがすぐに返ってくる。
普段の仕事では味わえない醍醐味に千尋はできる限り毎日更新するように心がけていた。
(朝散歩に行ったことを書こうかな)
千尋はブログにあげる写真を選ぶため、スマートフォンを手に取った。
ポケットに入れていた携帯が震えた。武史は携帯を取り出すと画面を確認する。
(千尋のブログが更新されとるな)
早速内容を確認する。
小さい沢蟹が引き潮の川で水から出てきている写真と共に、短い言葉が記載されていた。
ー潮の満ち引きを見ていると、地球が呼吸をしているように感じる
地球の呼吸を感じていると、この小さな生き物も共に生きる仲間なんだと実感をする
今までがむしゃらに働いてきたけど、その中で多くのことを見失っていたのではないか
この町にいると、そのことを強く実感する...
(悩んでいるな)
いつもの千尋のブログらしくない文章だった。
千尋に聞くかどうか迷った武志だったが、もうしばらく様子を見ることにした。
話を聞いた以上、知らなかった前には戻れない。
ここに来た理由を聞くのは簡単だ。だけど、できれば千尋から話してほしかった。
(待つ、と約束したからな)
千尋の性格上、あまり人に悩みを言わないタイプだ。それは裏を返せば、悩んでいるときは人に相談をしたくないということでもある。
端から見れば言った方が楽になるとは思うが、なかなかできないタイプなのだろう。
「しんどい生き方やな」
ため息混じりに独り言をいい、武志はタバコに手を伸ばした。
「なんや?」
「とうとう武志にも春が来たのかと思って」
「違う言うとるやろ」
ぶっきらぼうに答えた武志の様子を気にかけることもなく、秀樹は一人満足げにうなずく。
長い付き合いの秀樹はわかっていた。あまり表情に感情を出さない武志だったが、千尋のことを必要以上に意識をしている様子だった。
(こういう態度を出しているということは、武志は千尋ちゃんのことを気に入っているな)
バツイチか不倫かどちらかのキーワードに反応している千尋と、それを目線だけで心配そうに見守っている武志の様子を見て、まだ二人の間に距離があることを察した。
ここであまりからかうと、頑なになる武志の性格も充分過ぎるほど把握している秀樹は、よいしょ、と腰を上げた。
「今度、他の仲間も呼んで飲もうや。千尋ちゃんも交えて。うちの嫁さんも呼ぶわ」
「秀樹が集合かけろよ」
武志の言葉におう、と短く返事をして秀樹は帰って行った。
部屋に戻った後も千尋は仕事に手がつかなかった。
(不倫...か)
先程の秀樹の言葉に柳田のことを思い出していた。
(うまく取り繕えたかな?)
ため息をつき、パソコンの画面を切り替える。
知らなかったとはいえ、柳田との関係は不倫と言われる関係だった。
奥さんがいた、と分かったのは千尋が入院している時だった。
柳田は一度も見舞いに来なかった。
『千尋さん、ごめんなさい。上がどうしても柳田さんは外せないらしくて』
そう言って美香は入院中の千尋に頭を下げた。
千尋の翻訳で装丁を柳田がやる。独立して一番大きな仕事は、呆気なく無くなった。
産業翻訳で専門の分野だった。自分の今まで培って来たものが全てぶつけられる。
千尋が飛躍するための大きなチャンスでもあった。
『大丈夫です。美香さん、気にしないで。こちらこそご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした』
そう言うしかなかった。
幸いというべきか、まだ企画段階だったため、すぐに代わりの訳者が見つかったらしい。
仕事はガクンと減った。
入院していたこともあるが、柳田との関係で出版社からは殆ど声がかからなくなった。
この町に引っ越してきたのも、東京では金銭的に生活を続けるのが難しかったことも一因だ。
それでも専門分野があるから細々と仕事が途切れずにある。
また、独立した時のように新規開拓もしている。
完全に信用がなくなった状態。ゼロからのスタート。
だからこそ、今は多少オーバーワークでも今はがむしゃらに仕事を受け入れていた。
『田舎で生活するならそのことをブログに描いてみませんか?』
この町に引っ越す際、美香から提案された。
『不特定多数に読まれる日本語を書くことは、千尋さんの翻訳者としての能力を向上させてくれると思います。もし今後も出版翻訳をされたいのであればブログはいい練習になりますので』
そう言いながら、美香は千尋の手を握った。
『また一緒に仕事しましょう!約束ですよ!』
美香との約束を守るつもりで始めたのではなかった。ただ、ブログを書いている時は純粋に仕事のことも忘れられる。
この町で見たもの、聞いたものをどのように表現したら伝わるのか考えるのは楽しかった。
自分の書いた文章にレスポンスがすぐに返ってくる。
普段の仕事では味わえない醍醐味に千尋はできる限り毎日更新するように心がけていた。
(朝散歩に行ったことを書こうかな)
千尋はブログにあげる写真を選ぶため、スマートフォンを手に取った。
ポケットに入れていた携帯が震えた。武史は携帯を取り出すと画面を確認する。
(千尋のブログが更新されとるな)
早速内容を確認する。
小さい沢蟹が引き潮の川で水から出てきている写真と共に、短い言葉が記載されていた。
ー潮の満ち引きを見ていると、地球が呼吸をしているように感じる
地球の呼吸を感じていると、この小さな生き物も共に生きる仲間なんだと実感をする
今までがむしゃらに働いてきたけど、その中で多くのことを見失っていたのではないか
この町にいると、そのことを強く実感する...
(悩んでいるな)
いつもの千尋のブログらしくない文章だった。
千尋に聞くかどうか迷った武志だったが、もうしばらく様子を見ることにした。
話を聞いた以上、知らなかった前には戻れない。
ここに来た理由を聞くのは簡単だ。だけど、できれば千尋から話してほしかった。
(待つ、と約束したからな)
千尋の性格上、あまり人に悩みを言わないタイプだ。それは裏を返せば、悩んでいるときは人に相談をしたくないということでもある。
端から見れば言った方が楽になるとは思うが、なかなかできないタイプなのだろう。
「しんどい生き方やな」
ため息混じりに独り言をいい、武志はタバコに手を伸ばした。
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