傷ついた心を癒すのは大きな愛

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
1 / 61

はとこのちーちゃん1

しおりを挟む
『はとこのちーちゃん、覚えてる?』
母親の敏子から久しぶりに掛かってきた電話に出ると、前置きもなくいきなりそう聞かれた。
武史たけしは遠い記憶を手繰り寄せ、ちーちゃんのことを思い出そうとする。
「ちーちゃん…?…ちー姉?」

朧気な記憶の中に、かつてちー姉と呼んでいた2つ年上の親戚がいたことを思い出す。弟の俊樹としきは武史と同い年だったためよく覚えてるが、ちー姉に関しては記憶が曖昧だ。武史が答えた次の瞬間、母親は衝撃的な発言をする。
『そうそう、その千尋ちひろちゃん。今度からその家の離れに暮らすことになったから』
「はぁ!?」
絶句して言葉が出ない武史は電話口で固まる。
そんな武史の様子を気遣うはずも無く、敏子は言葉を続ける。
『明日の昼頃、引越し業者が行くから。あんた、明日仕事ないでしょ?手伝いなさいよ』
元々あんたの家じゃないんだから拒否権はないから、と言い残し一方的に電話が切れた。


生まれ育った瀬戸内海沿いの小さな町に残っているのは、もう武史だけだった。
母は武史と兄が進学で家を出ると、ずっと単身赴任していた父の元へと飛んでいった。兄は大学に進学しそのまま都会で就職したため、大人になってからは数える程しか会っていない。
祖父母が存命だった頃は、今武史が住んでいる家にお盆や正月になると親戚が集まって過ごした。
普段会えない従兄弟やはとこが集まり、花火をしたり餅つきをしたり。ずっとこの町で暮らしている武史にとって、都会に住んでいる子どもたちの話は憧れでもあった。

従兄弟たちが大きくなり、中学受験だの、塾だの通うようになり中々会えなくなると、あれだけ憧れていた都会への興味も、いつしか無くなった。
勉強よりも外で体を動かす方が好きだった武史にとって、コンクリートに囲まれて生活するよりも、自然の中で暮らす方が性に会っていた。

「俺はずっとここにおる」
そう言う武史に対して、2つ上の兄の智史さとしは家を出た後あまり地元に寄り付かない。
「俺は都会の方がいいわ。地元は息が詰まる」
何をしていても、どこそこの家の○○くん、と言われる環境が監視されているようだと言う兄の気持ちもわからなくはない。
それでも武史は地元から離れようとは思わなかった。

小さい頃からおじいちゃん子だった武史は、祖父の跡を継ぎ、地元で漁師をしている。
「タケ坊、自然相手の仕事は辛いぞ」
そう言いながらも孫が継いでくれることに嬉しそうな表情をしながら、色々なことを教えてくれた。
水産高校を卒業したあと、祖父の元で修行をした。昔気質の祖父は多くは語らなかったが、背中で色々なことを教えてくれた。
18歳から共に仕事をしてきて5年目の頃だった。やっと一通りのことができるようになってこれからだという時だった。祖父が亡くなり、後を追うように祖母も亡くなった。
先祖代々の仏壇も二人の位牌もこの家においているため、武史は管理を兼ねてこの広い家に一人で住んでいた。
一人暮らしも3年になり、一通り家のこともできるようになった。
「嫁さんでも貰ったらええやん」
26歳の武史に、漁師仲間や友人はそう声をかけ、実際に紹介をしてくれることもあるが、一旦一人暮らしの気楽さを味わうと誰かと暮らすことが億劫になって断り続けていた。

親戚と言えども男と女だ。平気で一緒に住まわそうとする敏子の神経を疑う。
だが、気ままに見えて敏子は理由のないことはしない。今回のこともなにか訳があるのだろう。
「部屋は余っとるがなぁ」
甘えるように寄ってきた猫のトラをひとしきり撫でると、武史は重い腰を上げた。
しばらく使っていない離れがどんな悲惨な状態になってるかは想像に難くない。
物置から掃除道具を取り出すと、武史は離れに向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...