59 / 59
第九章「日蝕-エクリプス-」
決戦
しおりを挟む冥蝕の月の前にやって来たレウィシアは、月に引きずり込まれるように内部に入り込んでいく。その先に広がる光景は、まるで別世界に来たかのような錯覚を覚える異質な空間。冥蝕の亜空間に辿り着いたレウィシアは、肉塊や内臓のような物体に侵食された足場を見て一瞬不快な気分になる。足場の通路を進んで行くと、黒く燃える禍々しいオーラを放つ暗黒の球体が浮かび上がっているのが見える。思わず足を速めるレウィシア。暗黒の球体の前までやって来ると、球体の内部から二つの光が見える。
六柱の神々の力を身に宿し、人としての己自身を捨ててでも我を滅ぼすつもりか――
響き渡るように聞こえるハデリアの声。球体に罅が走り、吹き飛ばすように砕け散ると、黒いオーラを身に纏ったハデリアが姿を現した。目には邪悪なる神の力を象徴した赤紫色の光が宿っている。
「……やはり此処にいたのね、冥神ハデリア」
ハデリアと対峙するレウィシアは輝く炎のオーラを纏い、拳に力を込める。炎の光は太陽と聖光を併せ持つ黄金の光となり、ハデリアの表情が険しくなる。
「神の忘れ形見よ。汝は最も滅ぼすべき存在。血反吐を吐く間も与えず、一瞬で打ち砕いてくれようぞ」
ハデリアを覆う黒いオーラがレウィシアの光のオーラに対抗するかのように波動を巻き起こし、黒い稲妻が迸る球体状に変化した。光と闇の力が解放されると、両者は微動だにせず睨み合う。
「……今までどれくらい傷付き、血反吐を吐いたか解らない。けど、血塗られた戦いもこれが最後。この命が尽きようとも、私は地上の全てを救う。貴様の肉体が弟の身体であろうと、貴様だけは私の手で滅ぼさなくてはならない。これが……正真正銘最後の戦い」
レウィシアは気合と共に光の衝撃波を放ち、構えを取る。
「来い、冥神ハデリア! 地上を救う太陽として、貴様に引導を渡してやる!」
気丈かつ力強さを感じさせるレウィシアの声が響き渡る。それが戦闘開始の合図となり、両者が同時に突撃する。光と闇の光球と化したオーラが激突すると、レウィシアとハデリアによる激しい拳の打ち合いが始まる。次々と繰り出される拳の応酬。両者ともほぼ互角で、レウィシアの拳がハデリアの顔面に叩き込まれ、ハデリアの拳がレウィシアの顔面に叩き込まれる。攻撃力はハデリアの方が若干上回り、一撃を加えられたレウィシアの口から血が流れる。だがレウィシアは舌なめずりで口からの血を拭い、ペッと吐き捨ててすぐさま反撃に転じる。
「かあっ!」
黄金の炎に覆われた拳の一撃がハデリアに迫ると、ハデリアは暗黒の炎に覆われた拳で応戦する。拳と拳が衝突し、両者による力比べが始まる。眉間に皺を寄せ、凄まじい気迫で力を込めるレウィシア。ハデリアもまた、威圧するかのような殺気が込められた気迫でレウィシアの拳を抑え始める。激しい力比べの中、レウィシアはハデリアに顔を寄せるように近付き、大きく目を見開かせる。
「……がああああっ!」
途轍もない咆哮を轟かせての気合と共に巻き起こる衝撃波の勢いに一瞬揺らぐハデリア。その隙を逃さなかったレウィシアは回し蹴りをハデリアの鳩尾に食らわせ、更に輝く炎の拳をハデリアに叩き付けた。
「ぬ、ぐっ……」
レウィシアの攻撃を受けてよろめくハデリア。攻撃の手を止めないレウィシアに対し、ハデリアは闇の衝撃波を放つ。衝撃波に吹っ飛ばされたレウィシアに襲い掛かるハデリアの闇の魔力による光弾の乱射。そしてレウィシアの前に現れては容赦なく襲い掛かる拳の連打。
「ごあっ……!」
拳の連打を受けながらも、レウィシアは防御態勢に入る。ダメージは最小限に抑えられたものの、再び口から血を流していた。拳で口からの血を拭い、空中回転しつつも後方に飛び退くレウィシア。
「剣を使わず、己の拳で挑む……まるで戦神と呼ばれし者を思わせる。実に不愉快だ」
ハデリアが呟くように言う。戦神とは、アポロイアの事である。古の時代におけるアポロイアとハデリアの戦いで、アポロイアは剣を所持しているものの、己の力を最大限まで高めて自らの拳のみでハデリアに戦いを挑み、激闘を繰り広げた。攻防の末、ボロボロとなったアポロイアは剣を手に、繰り出した渾身の一撃でハデリアに深い傷を与える事に成功した。古の英雄の中でハデリアに深い傷を与えたのはアポロイアのみで、ハデリアにとっては屈辱以外の何物でもない出来事であった。
「アポロイア……」
ハデリアの口から戦神という言葉を聞いた瞬間、レウィシアはふとアポロイアの事を思い浮かべる。
恐れるな、レウィシアよ――
アポロイアがレウィシアの心に語り掛ける。
そなたの真の太陽は神々の力と一つになり、希望の太陽そのものとなった。最早我をも越える力を手にしたそなたこそが最後の希望。太陽は、決して燃え尽きない。太陽は、不滅なのだ――。
太陽は不滅。その言葉を聞いた瞬間、レウィシアは全身の血が激しく滾るのを感じる。
「……太陽は……不滅。私の太陽は……燃え尽きやしない」
レウィシアを覆う太陽のオーラが更に輝き出すと、神の光を帯びた剣が現れる。アポロイアの剣であった。剣を手にしたレウィシアは再び構えを取ると、ハデリアは蟀谷を震わせる。
「……虫唾が走る」
ハデリアの手元に黒光りする剣が現れる。剣は禍々しい形状に変化していき、刀身は血のように赤く輝いている。それはまさに血塗られた魔剣であり、禍々しい冥府の力に覆われていた。
「我が魔剣にて切り裂かれよ――」
双方は太陽の光と冥府の闇の光球と化し、レウィシアとハデリアの剣が激突する。幾度も切り結び、飛び散る火花。止まらない金属音。力を込めた双方の一撃がぶつかり合い、力比べの最中、相手が更なる力を込めては対抗して力を込める。剣での戦いでも互角の勝負へと発展し、双方の激しい切り結びは何度も繰り返される。後方に飛び退き、両手で剣を持ち、渾身の一撃を繰り出そうとするレウィシア。太陽と神の聖光による輝く光の剣を手に突撃すると、両手で剣を構えていたハデリアが一閃を繰り出す。光の聖剣による一撃と闇の魔剣による一閃が交差した瞬間、レウィシアは片膝を付く。
「……ごはあっ!」
レウィシアの脇腹に傷が刻まれ、大量の出血と共に声を上げる。
「……ぐおあっ!」
同時にハデリアの右肩からも傷が刻まれる。傷口からの出血が止まらない中、ハデリアはレウィシアの方に視線を移す。レウィシアは脇腹の傷を抑えながらも、剣を手に立っていた。その目に闘志は全く衰えていない。
「やはり……上手く行ってるようね」
冷静な声でレウィシアが言う。
「何だと?」
「貴様も解っているはずよ。私によって冥蝕の月が封印されたという事を」
ハデリアは僅かに顔を顰める。レウィシアによって冥蝕の月が封印された影響で月から発生している冥府の力が消え、ハデリアの全身を覆っていた結界がなくなり、何物も受け付けないような無敵を感じさせる雰囲気ではなくなっているのだ。脇腹に傷を負ったものの、自身の剣でハデリアの身体に傷を刻んだ事によって、レウィシアは勝機を見出し始めていた。
「そして今解った事がある。貴様の中にいる魂は、決して死んでいない。貴様と戦っているうちに、魂の声が聞こえたのよ」
レウィシアはハデリアと拳や剣を交えていた時、声を聞いていた。とても悲しげで、そして懐かしい声。ルーチェの声であった。
……姉ちゃ……お姉ちゃん……
……ぼくのことは……構わないで……
……
……ルーチェ!
ルーチェの声が聞こえた時、レウィシアは僅かに感じ取っていた。ハデリアの中に存在し、ハデリアの力の暴走を抑えているルーチェ達の魂はずっと生きている。ハデリアの力を抑えながらも、レウィシアの力と共鳴するように抗していると。
「……愚かな事よ。我の中にいる魂がどう足掻こうと、所詮は下らぬ悪足掻きでしかない。我の中の魂も、我の血肉と化したのだからな」
口元を歪めるハデリア。
「例え貴様の血肉となっても、必ず取り戻す。その為にも貴様を滅ぼすまでよ」
レウィシアが再び剣を手に、ハデリアに挑む。
「忌まわしき太陽よ……死して冥獄という名の深淵なる闇に落ちるがよい」
ハデリアの魔剣は黒い稲妻が走る闇のオーラで覆われ、巨大な刀身状の闇のエネルギーと化していく。レウィシアは飛び上がり、剣を掲げると刀身が太陽の光のオーラに覆われた。
一方、ラファウスとテティノはカイルを呼び出し、意識を失ったヴェルラウドを乗せては賢者の神殿へ向かう。ロドルとボルデ、フィンヴルの姿は結局発見出来ず、ハデリアの攻撃による影響で孤島アラグ全体に地鳴りが起き始め、これ以上島にいるのは危険だと判断して脱出を試みたのだ。冥蝕の月が封印された事もあって、地上を覆っていた冥府の力は消滅し、それによる悪影響は感じられなくなっていた。
「さっきまでの嫌な感じがなくなっている。これもレウィシアのおかげなんだな」
テティノは冥蝕の月を見上げる。月は淡い光の膜に覆われ、禍々しい気配が伝わらない状態となっていた。
「レウィシア……」
ラファウスは止まらない胸騒ぎの余り、レウィシアの事が気掛かりであった。
「……心配ないさ。レウィシアならきっと勝つ。僕達が信じてやらなくてどうするんだ?」
テティノはレウィシアの勝利を信じつつも、ラファウスにそっと声を掛ける。
「勿論信じてますよ。でも……私達に出来る事は、本当にあれだけで良かったのでしょうか? もっと何か出来る事があれば……」
胸騒ぎが抑えられないラファウスはレウィシアを勝利に導く為、何かしらの力になりたいと考えているのだ。
「確かに、あれ以外に何か出来る事があればと思ったけど……」
テティノの呟きを聞いた瞬間、ラファウスの表情が変わる。
「間違っても、命を捨てるような事はしないで下さい」
鋭い声で言うラファウスに一瞬驚くテティノ。
「な、何を言うんだ。流石にウォルト・リザレイまで使うつもりはないよ。マレンを連れて帰って来るって父上と約束したんだからな」
反論するテティノに、思わず自分の余計な一言で早まった真似をされるのではないかという心配をしてしまうラファウス。手綱を引こうとするテティノは突然眩暈がして、視界が僅かにぼやけ始める。思わず目を擦りつつ、頭を起こすと眩暈は治まり、視界も元に戻るが、何とも言えない気分の悪さを感じた。
「テティノ、どうしました?」
「あ、いや。ちょっと眩暈がしただけだ。疲れているのかもな」
何事もないように返答するテティノ。ラファウスはテティノの顔を見ていると、顔色が若干悪いように見えてしまい、本当にただの疲労による眩暈なのか気になってしまう。
「……う……ぐっ……」
二人のやり取りの最中、ヴェルラウドが意識を取り戻す。
「ヴェルラウド!」
「……ここ……は……? うっ! ぐぼっ」
血塗れの顔で目が開かないまま声を出すと、血を吐き出すヴェルラウド。
「喋らないで下さい。今から神殿に戻ります」
ラファウスが言うと、テティノは苦しそうに呼吸をするヴェルラウドを気遣いながらも手綱を引っ張る。カイルは勢いよく加速し、賢者の神殿の上空へ到達した。テティノは動けないヴェルラウドを抱えつつも、ラファウスと共にマチェドニル達が待つ賢者の神殿の地下へやって来る。
「お前達……戻ったのか。レウィシアは?」
マチェドニルに全ての出来事を説明するラファウス。テティノはヴェルラウドを治療室で安静にさせ、リランは回復魔法でヴェルラウドの負傷を治していく。
「何と、そんな事が……最早レウィシアに世界の運命が預けられたというのだな」
人としての自分を捨ててまで冥神ハデリアとの最終決戦に挑んだレウィシアの事を聞かされたマチェドニルは、もう自分達にはレウィシアの勝利を祈る事しか出来ないのかと思い始めていた。
「お労しい事だ。全てを救う為にレウィシア王女は自身を犠牲にする覚悟を決められたというのか……」
オディアンは自身の無力さに打ち震え、やり場のない悔しさを感じていた。
「フン……そんな覚悟を決めて最後の戦いに挑んだとは。奴は、本当の意味で太陽になろうとしているのだ」
そう言ったのは、椅子に座ったヘリオであった。
「ヘリオ。足は……」
「心配するな。足は動かなくともクチと手は動く。それに、奴の為にも私はまだこのまま朽ちるわけにはいかぬ」
ヘリオは足の痛みを堪えつつ、拳に力を入れる。
「この場から動かずとも、我々にだって出来る事は必ずあるはずだ。レウィシアを勝利へ導く為にな」
ヘリオの言葉に、マチェドニルは心を動かされる。
今出来る事……それは、皆の心を一つにする。
そう、今こそ共に戦地を潜り抜けた者達の絆を大いなる力の源とする時。歴戦の英雄達のように。
戦地に立つ仲間達の絆は、底知れぬ大きなものとなる。それがあれば、きっと――。
ハデリアとの激戦を繰り広げるレウィシアは、攻撃の手を止めず数々の剣技を繰り出していた。剣から炎を天に放ち、次々と降り注ぐ輝く炎の矢。更に盾を投げつけると、盾は激しく燃え盛る炎に包まれ、炎は竜の形に変化していく。輝く炎の矢と竜の二段攻撃が襲い掛かる中、ハデリアは双方の暗黒の竜を放つ。ツイン・アポカリプスという名を持つ、暗黒の炎と黒い雷の力が竜へと変化したものであった。巨大な輝く炎の竜と暗黒の双竜が激突し、周囲に凄まじい衝撃を放つ程の攻防の末、暗黒の双竜は炎の竜を消し飛ばし、全てのものを喰らう勢いでレウィシアに襲い掛かる。だがレウィシアは動じずに目を閉じ、構える。
「おおおおおおおおッ!」
両手で光り輝く剣を振り上げると巨大な閃光が迸り、暗黒の双竜を消し去って行く。魔剣を手に、黒い球体状のオーラを身に纏うハデリアは眉間に皺を寄せながら、レウィシアに鋭い視線を向けていた。
「ハァッ、ハァッ……」
荒く息を吐くレウィシア。素肌には無数の痣と傷が浮かび上がり、顔は汗に塗れ、頬には一筋の傷を刻み、口から流れる血は僅かに滴り落ちていた。一向に疲労している様子を見せないハデリアを見てレウィシアは思う。このまま戦い続けては勝てない。今こそ、全ての力を賭けた一撃を決めないといけない。真の太陽と神々の力を以てしても、己の肉体には限界がある。そして今、肉体は悲鳴を上げている。例え人の姿を捨てていても、自身の肉体には限界が存在するという事を知り、自身が果てる前にケリを付けなければならない。そう思うレウィシアだが、心の奥底ではハデリアの肉体がネモアのものであるという事実がいつまでも残り続け、倒すべき存在だと解っていても倒しきれないという本能を実感していた。
「この我を震撼させるとは……神の忘れ形見というものは何処までも忌まわしきものよ」
ハデリアの表情には焦りや動揺の色は全く見えず、感情すらも読み取れないものであった。
「だが……妙な感覚だ。その気にならば汝の首など容易く撥ねられるものを、何故か思うようにいかぬ」
ハデリアの言葉にレウィシアは一瞬驚く。それはルーチェを始めとする浚われた人々の魂の抗いによるものだろうか。それともネモアの意識が――。
「……実に不愉快だ」
魔剣を振り翳したハデリアは更に力を高めていく。球体状のオーラはより闇の力を増していき、迸る黒い稲妻の勢いは空間全体に鳴動として伝わる程激しくなっていく。
「うっ……!」
力を高めたハデリアを前に戦慄を覚え、身構えるレウィシア。
「ぬおおおおおおおおおああああああああああああああっ!」
咆哮が轟くと、凄まじい衝撃波が周囲を襲う。防御態勢を取り、衝撃に耐え切ったレウィシアは思わず顔を上げる。次の瞬間、レウィシアが見たものは全身が黒く染まり、肌に赤紫色のゆらめく炎が浮かび上がる姿となり、黒いオーラに包まれた魔剣を手に見下ろしているハデリアであった。
「……無力。愚か。そして不愉快。我が手で砕け散れ」
ハデリアは魔剣を構え、レウィシアに突撃してくる。すぐさま剣でハデリアの攻撃を受け止めるものの、黒い稲妻が剣を伝ってレウィシアに襲い掛かる。
「ごああ!」
稲妻によるダメージでバランスを崩した隙に、ハデリアの斬撃がレウィシアの右肩を捉える。だがレウィシアは間髪でハデリアの魔剣を左手で受け止めていた。
「何だと……」
魔剣に力を込めるハデリア。レウィシアの左手は特殊金属製のガントレットで覆われているものの、罅が走り、砕け始める。レウィシアは全身を嬲る黒い稲妻に耐えながらも左手に力を集中させると、太陽と聖光による眩い閃光が溢れ出す。閃光はハデリアの魔剣を持つ手を焼き尽くす程の途轍もない高温で、思わずその場から離れ、防御態勢に入るハデリア。レウィシアは傷付いた左手の拳に力を入れる。左手からは血が流れるものの、閃光によってすぐに蒸発していく。光る剣を掲げ、意識を集中させるレウィシア。刀身から太陽の光が溢れ出ては、巨大な光の柱となる。不意にレウィシアの頭に、ネモアと過ごした時の出来事が浮かぶ。最愛の弟が生まれた時――赤子である弟を抱きしめた瞬間、レウィシアは大きな感動を覚え、神から授かった新しい命であるという事を実感した。
この子がわたしの弟……。
神さま、ありがとう。わたし、この子をずっと守っていきます。
弟――ネモアはレウィシアと共に王家の使命の下で鍛えられ、レウィシアからは姉として、母親としての愛を受けていた。城の中庭で遊んだ思い出は、ずっと忘れられないもの。シロツメクサによる花冠をプレゼントされた事も、一生分の宝物として残したい思い出だった。誰よりも大切な小さな弟だから、共に過ごしている時が幸せだった。抱きしめている時の心地良さと柔らかさ、そして暖かい感触。ネモアとずっと幸せに過ごしていけたら、と思っていた。
運命はどこまで残酷なのだろう。こんな運命が許されてもいいのだろうか。ネモアを失うだけでも辛いのに、忌まわしき邪悪な神の器となり、今こうして自身の敵として、そして倒すべき敵として君臨している。ネモアの肉体だけど、その姿と顔には最早愛おしい弟の面影は何処にも無い。ネモアは死んだ。一度死んで、今は冥神として生かされている。だから、この一撃で苦しみから解放させてあげたい。ネモアは、私とは比べ物にならないくらい苦しんでいるに違いないのだから。
姉さま……。
なあに?
ぼく達って、何のために強くならなきゃならないの?
何のためって……国を守る為よ。私達は王国や人々を守る騎士として生きる使命があるんだから。その為に強くならないと。
「……ネモア……」
レウィシアの目から一筋の涙が溢れ出す。閃光が消えた時、ハデリアは空中で両手を天に翳し、黒い稲妻を帯びた巨大な球体を生み出す。全ての闇の力が結集した魔力による巨大なエネルギーの球体を放つ冥神の超魔法デッドリィ・ゾークであった。球体から伝わる闇の波動を受けながらも、レウィシアは目を見開かせ、剣を振り翳す。
「……ハデリアァァァァッ!」
叫びつつも地を蹴ると、光の翼が広がり、ハデリアの方へ向かって行くレウィシア。剣を突き出しつつも、途轍もなく巨大なものとなった闇の球体に突撃すると、剣が眩く輝く太陽の光を放ち、そしてレウィシアを包むオーラは巨大な矢のような形となった聖光と化す。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああっ!」
太陽と聖光の力と黒い稲妻を帯びた闇の球体が空中で激突し、凄まじい波動が周囲を襲う。その衝撃は空間全体を震撼させる程で、神と呼ばれる者同士の全力による死闘によって発せられるものであり、最早並みの人間が立ち入れるような次元ではなかった。
神々よ……人としての己を捨てた、神の忘れ形見となりし太陽の子よ……何を想い、我に抗うのか――
心に問い掛けるように聞こえるハデリアの声。視界に広がる巨大な闇を前に、レウィシアは気迫を込めて目を見開かせる。
貴様を倒しても、人が存在する限り地上の闇は決して消えないと思う。でも……人が生む闇は人の手で正す事は決して不可能ではない。
正しい心を持った人が……人を、世界の全てを正しい方に導くようになる為にも……私は貴様を討つ――!
光の中、レウィシアは両手で剣を握り締め、渾身の力を込める。
「神々よ……そして真の太陽よ。今こそ全ての力を!」
巨大な光の矢と化したレウィシアのオーラは六柱のエレメントを象徴する色と、真の太陽を象徴する色が交じり合った虹色の光と化し、そしてレウィシアが剣を大きく振り上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
巨大な虹色の閃光は闇の球体を貫き、ハデリアを飲み込んでいく。六柱の神々と太陽の神の力が一つになり、その力の全てが解放されたのだ。
「グオオオオアアアアアアアアアアアア!」
閃光の中、ハデリアの叫び声が轟く。そして太陽のように輝き、爆発を起こす。辺りに光の粒が降り注ぐと、レウィシアは息を切らせ、腰を落とす。ハデリアの姿は空間から消えていた。
「……終わったの……?」
光の粒が舞う中、レウィシアは辺りを見回す。同時に、ネモアの姿が再び頭に浮かび始める。
「ネモア……」
レウィシアは再び涙を溢れさせる。これで本当にハデリアを倒したのだろうか。一瞬そう考えるものの、冥蝕の亜空間には何の変化もない。ハデリアが倒れれば、この亜空間にも何かが起きるはず。だが、何か起きる気配は無い。それどころか、亜空間全体に漂う邪悪な雰囲気は一向に収まる様子がない。ハデリアはまだ生きている。そう確信したレウィシアは何が起きてもいいように再び戦闘態勢を取る。
「……出て来い、ハデリア! 貴様が完全に倒れるまで何度も戦ってやる」
声を張り上げてレウィシアが言うと、黒い雷が走る空間が現れる。
「忌々しい……実に忌々しい。我の中に妙な感覚が渦巻いていたのは……汝の光に共鳴し、我の中で抗い続ける者がいたからだ」
影のように黒く染まったハデリアの姿が現れ、胴体に赤紫色の光に包まれた核のような球体と、周囲に六つの仄かな光の玉のようなものが浮かび上がる。レウィシアは緊張した面持ちで空中に佇むハデリアを凝視していた。
「人の子は何処までも我に抗う。我が肉体となった者の心も僅かながら残っていた。どうやら我の全てを開放する必要があるようだ」
ハデリアは目から邪悪な光を放ち、レウィシアに視線を向ける。
「聞け、神々の力を得た太陽の子よ。如何に汝でも、全てを開放した我の前では無力に等しい。選ばれし人の子の魂は我の全てを制御する素材に過ぎぬ。今此処で我の全ての力を開放し、忌まわしき創生神が創りし地上の全てを死と破壊で覆い尽くす」
ハデリアの身体に浮かぶ核のような球体は強い光を放ち、六つの光の玉は徐々に黒く染まっていき、球体に吸い込まれていく。次の瞬間、ハデリアの全身から放出された闇の閃光が辺りを覆う。閃光によって目が眩んだレウィシアは思わず目を閉じる。
地上を救う太陽と称し、我に抗う愚かな神の忘れ形見よ。全てを開放した我の手で滅びるがいい――
亜空間全体に伝わる激しい鳴動。荒れ狂う凄まじい波動。視界が戻ったレウィシアが見たものは、黒い球体状のオーラに包まれたハデリアが禍々しい異形の姿に変化していく光景であった。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
【R18短編】聖処女騎士はオークの体液に溺れイキ果てる。
濡羽ぬるる
ファンタジー
聖騎士アルゼリーテはオークの大群に犯される中、メスの快楽に目覚めてゆく。過激、汁多め、オカズ向けです。
※自作中編「聖処女騎士アルゼリーテの受難」から、即楽しめるよう実用性重視のシーンを抜粋し、読みやすくヌキやすくまとめた短編です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる