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第九章「日蝕-エクリプス-」

六柱の神々

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古の時代――魔魂の主であり、神の子となる者達と共に冥神に挑んだ六の英雄。
六の英雄は、創生の兄弟神に仕える神々――炎、水、地、風、雷、氷の六つのエレメントを司る神々に選ばれし人間であった。

炎の神ヘパイスト、水の神ポセイド、地の神デメール、風の神ヴェルタ、雷の神インドゥラ、氷の神フリジラ――六柱のエレメント神は地上のエレメントを生む礎であり、自然の均衡を保つ存在となる。自然の均衡は六のエレメントによって守られており、均衡を保つ為に地上には干渉してはいけない理がある。

六柱のエレメント神もまた、エレメントを生む創生神なのだ。

冥神ハデリアが復活を遂げ、地上の全てが冥府の闇に包まれた時、六柱のエレメント神の力を必要とする時が来た。冥府の闇を生む根源となるものを封印し、冥神を完全に滅ぼす為に。それが神の理に反するものであっても、神の力なくしては地上に光を取り戻す事は出来ない。今戦うべき相手も、神そのものだから。

二人の神に選ばれし者は、そう考えていた。


孤島アラグでは、冥神ハデリアの闇の力による大爆発が次々と起きる。レウィシア、ヴェルラウド、ロドルは爆発に吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも食い下がっていた。三人の攻撃はハデリアには受け付けず、冥蝕の月から得た冥府の力で全ての攻撃を寄せ付けない結界で覆われていた。
「おおおおおおっ!」
赤雷の力を最大限まで高め、輝く赤い光に覆われたヴェルラウドの神雷の剣。大きく振り下ろした瞬間、辺りを薙ぎ払うように巻き起こる赤い雷。ハデリアは微動だにせず、襲い来る赤い雷をそのまま受ける。雷が消えても、ハデリアは無傷で表情すら変えていない。
「全く攻撃が通じない。どうすれば……」
レウィシアは息を荒くしながらも、ダメージを受けている様子がないハデリアの姿を見据えていた。
「フン……奴の秘密を探るしかないわけか」
ロドルは冷静に両手の刀を構え、雷を迸らせる。全身は傷だらけで、顔は血に塗れている。
「……忌々しき地上の神の力を得ようとも、所詮は人の子。消えよ――」
ハデリアが空中に上昇し、上空で片手を天に翳すと、冥府の力が昇っていくと同時に凄まじい力が漂う黒い球体が出現する。周囲には激しく迸る黒い稲妻。そして巨大化していく球体。かつて憎悪と破滅の魂を手にしたケセルが放った全ての闇の力が結集した魔力によるエネルギーであった。その力はケセルが放ったものよりも遥かに強大で、危機を感じたレウィシアは真の太陽の力を最大限に高め、剣を両手に身構える。
「レウィシア!」
「ヴェルラウド、ロドル。下がってなさい! 私が全力で食い止める」
無茶はやめろと言おうとするヴェルラウドだが、レウィシアの気迫に満ちた表情を見て思わず黙り込んでしまう。
「……やむを得んな」
ロドルはレウィシアの言葉に従うように、その場から引き下がろうとする。


――デッドリィ・ゾーク――


巨大な魔力の球体を放つハデリア。真の太陽の力を集中させ、両手で剣を掲げるレウィシア。
「はあああああああ!」
吼えるように叫ぶと、剣から巨大な光が放たれる。それは真の太陽がもたらす輝く太陽の炎そのものであった。太陽の炎である巨大な光は柱となり、地上に向かって行く球体と激突する。
「がああああっ!」
凄まじい形相で剣に力を込めるレウィシア。闇の球体とぶつかっている光は勢いを増し、抑えていく。ハデリアは剣から太陽の光を放つレウィシアを忌々しげな表情で見下ろしつつも、更に魔力を強める。
「う、くっ!」
より力を増したハデリアの球体の力に押され始めるレウィシアの太陽の光。球体の周囲を覆う黒い稲妻が激しく迸り、地上に強烈な電撃が伝わり始める。
「ああああ!」
黒い稲妻の電撃を受けたレウィシアはバランスを崩してしまい、太陽の光が弱まった隙にハデリアの球体が襲い掛かる。
「レウィシアァァァァッ!」
ヴェルラウドが叫ぶと、球体は大爆発を起こす。その勢いは島全体に及ぶ程の規模であった。爆風で覆い尽くされた孤島アラグの様子を上空で見下ろしていたハデリアは表情を変えないまま、冥蝕の月の元へ飛んで行く。


肉体が馴染まぬ内はまだ動きが重く感じる。我が身に冥府を取り込まなくては――。


溶け込むように冥蝕の月に入り込んでいくハデリア。次の瞬間、冥蝕の月からは膨大な量の黒い瘴気が溢れ出した。瘴気は一瞬で冥蝕の月を覆い尽くしていく。



「な、何だあれは……?」
飛竜カイルで孤島アラグへ向かうテティノとラファウスは遠くから見える爆発の様子に驚愕する。
「クッ、あの野郎……本格的にやりやがったのか!」
ボルデが声を荒げる。
「……無事である事を祈るしかないわね」
フィンヴルの言葉を聞いたテティノの表情に焦りの色が浮かぶ。
「くそ、僕達が来るまでどうか無事でいてくれ!」
テティノが手綱を引くと、カイルは荒々しく鳴き声を上げながらも飛んで行く。ラファウスは内心抱えている不安と恐怖を抑えながらも、冷静さを保つ為に無言で心を静めていた。三十分後、カイルは孤島アラグの上空に到着する。島の様子は聳え立っていた岩山が全て破壊し尽くされ、見えるものは瓦礫だけであった。
「レウィシア! ヴェルラウド!」
テティノとラファウスは即座に飛び降りる形で島に降り立つ。
「この辺りにブレンネンとトトルスの気配を感じる。幸い生きてるようだ」
ボルデとフィンヴルは二人を案内するように先立って飛んで行く。まともに歩く事すらもままならない瓦礫の山の中、テティノ達は後を追った。


「……ぐっ……うう……」
レウィシアは瓦礫の中に埋もれていた。ハデリアの球体が地上に到達する瞬間、レウィシアは最大限まで高めていた真の太陽の力を解放させて相殺を招き、被害を最小限に抑えていたのだ。瓦礫を退けながらも身体を起こし、ふら付きながらも立ち上がるレウィシア。顔は血塗れで、口からは血を滴らせていた。
「ハデリアは……」
咄嗟にハデリアの姿を確認するレウィシアだが、既にハデリアは冥蝕の月の元に佇んでいた。辺りを見回しているうちに瓦礫の上で倒れているヴェルラウドとロドルを発見した瞬間、テティノとラファウスがやって来る。
「テティノ……ラファウス?」
「レウィシア……まさか、あいつにやられたのか?」
テティノが血塗れのレウィシアを見て愕然としている中、ヴェルラウドとロドルが意識を取り戻し、立ち上がる。
「レウィシア……お前達も。奴はどうなったんだ?」
ヴェルラウドは痛む身体を抑えながらも状況を確認する中、ボルデとフィンヴルがレウィシアの前に現れる。
「あんたがブレンネンの……いや、炎の魔魂の適合者だな。あとそっちの妙な恰好した奴が雷の魔魂の……」
「え? あなたは一体?」
「今から大事な話がある。一度しか言わねぇからよく聞いてくれ。奴がこの場にいないのが幸いだったぜ」
ボルデとフィンヴルがそれぞれ自己紹介を交えつつも、レウィシア達に魔魂の主となる英雄の力を天に向けて集める事で、それぞれのエレメントを司る神に呼び掛けて力を借りる作戦についての話を伝える。
「つまりそのエレメントの神々の力を借りてあの冥蝕の月を封印すれば、冥神の力を抑えられるという事?」
「そういう事だ。オレとフィンヴルの魔魂の適合者となる奴らもいたら完璧だったんだが、オレ達二人は精神体でしかないせいで上手くいくかどうかわからねぇし、正直どうなるかもわからねえ。だが、何もしないよりはマシだ。何れにせよ、奴の力の源となるモノを封印しないと勝ち目はねぇ」
レウィシアはふと空に浮かぶ冥蝕の月を見る。黒い瘴気に覆われた冥蝕の月から伝わる冥府の力。同時に、レウィシアに宿る真の太陽の力が激しく滾ろうとしていた。それは、剣に宿る神の力との共鳴によるものでもあった。
「……解ったわ。全てを救う為にも、あらゆる作戦に賭けるしかないわね」
作戦を理解したレウィシアは黙って頷くと、ロドルの方に視線を向ける。ロドルは何かしらの反応を示さず、無言に徹するのみであった。
「その作戦については俺にも何か出来る事はあるのか?」
ヴェルラウドからの一言。
「……あなたは無関係だから何も役立つような事は無いわ。黙って見ててちょうだい」
フィンヴルの棘のある返答にヴェルラウドは込み上がる怒りを抑えつつ、一先ず見守る事にした。
「で、どうするの?」
「簡単な事だ。両手を上げて意識を集中させながら全ての力を解放させるだけだよ」
ボルデの説明に従い、レウィシア、テティノ、ラファウスはそれぞれ両手を上げる。意識を集中させた三人が全ての力を呼び起こすと、三人の全身は輝く魔力のオーラに覆われる。
「行くぜ、フィンヴル。覚悟は出来てるな?」
「ええ……」
ボルデとフィンヴルが大きく輝き始めると、ロドルが両手を上げ始める。
「ロドル!」
「勘違いするな。俺の中の相棒が鬱陶しいものでな。敢えてこうする事で黙らせるだけだ」
ロドルの返答にレウィシアはフフッと笑いながらも、更に力を強めていく。六人が全ての力を解放させた時、六つのエレメントによる光の柱が昇り始める。六色の光の柱は暗闇の中の雲を突き抜け、天を突き抜けていく。そして巨大な光の魔法陣が浮かび始める。そして現れたのは、六柱のエレメント神の幻影であった。


悪しき神に挑みし英雄の子よ――。

我々は創生の神に仕えし地上のエレメントを司る者。そなた達の意思は我々に選ばれし地上の英雄達から聞いた。地上を救う為に悪しき神を滅ぼす事は、我々六柱の神の力なくしては叶わぬ事。

我々は主より地上の均衡を保つ使命を受けている。主は悪しき神によって闇の底へ封印され、地上は我々が守り続けている。そして我々が地上の異変に直接手を下す事は均衡の崩壊を招く事となる。邪悪なる力の源を封印し、悪しき神を滅ぼすには地上に生きる者が我々六柱の力を己の身に宿す必要がある。

本来、人の子として生を受けし者が六柱の力を身に宿す事は己の肉体に耐えられるものではなく、自身の崩壊を招く事となる。だが、神に選ばれた子として生を受け、神の器となる資格ありき者ならば、六柱の力を己の身に宿す事が出来る。そしてそれは、やがて人としての自分を捨てる事となる。

六柱の力を己の身に宿すには、人としての自分を失う覚悟なくしては得られぬもの。神の器となる資格ありき者にその覚悟があらば、六柱の力を宿す事が許される。

神の器となる資格ありき英雄の子よ。我々を必要としているのならば、人としての自分を失う覚悟で六柱の力を宿す事を望むか? 己の力のみで戦う事を選ぶか?


語り掛ける六柱のエレメント神の声を聞いたレウィシア達は言葉を失う。神に選ばれた子として生まれ、六柱の力を身に宿す者――紛れもなくレウィシアの事であろうと全員が悟っていた。六柱のエレメント神の言う六柱の力を宿さなくては、ハデリアを倒す事は出来ない。だがそれは人としての自分を失う覚悟を必要としている。もし自分が六柱の力を宿す事を選ぶと、自分は人と呼ばれる存在ではなくなってしまう。そんな選択を迫られたレウィシアは大きく息を吐き、少し考え事をする。
「レウィシア……俺も話を聞かせてもらったぜ」
状況を見守っていたヴェルラウドが歩み寄る。
「その六柱の力とやらは、出来れば俺が受け入れてやりたいところだが……俺が受け入れられるようなもんじゃないんだろうな。赤雷の力を持っているとしても」
ヴェルラウドは項垂れながらも、やるせない気持ちのまま拳を震えさせる。
「……もういいの、ヴェルラウド」
レウィシアが呟くように返答すると、隣にいるラファウスとテティノに顔を向ける。
「みんな、今まで本当にありがとう。私が此処までこれたのも、みんながいたからこそ。だから……私がどうなっても、みんなはこの地上で生きていて欲しいの」
そう言って優しい微笑みを向けつつも靡く自分の髪に触れ、剣で自分の髪を切り始めるレウィシア。突然の断髪という行動に驚くラファウス達。風と共に散っていく髪の毛。自らの手で髪を切り、短髪となったレウィシアは空を見上げながらも決意を固める。
「レウィシア、まさか……」
ラファウスはレウィシアの胸中を悟るものの、言葉を出せずにいた。
「……僕達が止めようとも、君はやるつもりなんだろ? 解っているんだ。僕ではどうにもならないからな。でも……君までも失いたくない。君まで失うのは耐えられない。だから……人じゃなくなっても、僕達のところへ帰ってきて欲しい」
テティノの言葉を受けたレウィシアは、振り返る事なく黙って頷く。
「いつまで話し合っている。覚悟が出来ているなら早くしろ。奴が動き出したぞ」
ロドルの言葉通り、空に浮かぶ冥蝕の月からは一つの人影が降りていた。人影は孤島アラグに向かって行く。
「まさか!」
レウィシアは目を見開かせる。人影の正体は、ハデリアの姿をした影であった。
「チッ、このままでは……! 奴は俺が食い止める。早くするんだ!」
ヴェルラウドは即座にその場から離れ、距離を開けた位置で誘うように赤い雷を呼び起こし、戦闘態勢に入る。ハデリアの影が近付いて来ると、レウィシアはヴェルラウドの意思に応えるべく六柱のエレメント神の幻影に顔を向ける。
「神の器となる資格ありき英雄の子というのは私の事でしょう? 覚悟ならもう出来ています。この世界を……地上の全てを救う為に、自分の全てを捨ててでも冥神ハデリアを倒します。その為に此処まで来たんですもの」
神々の幻影に向けて決意の言葉を投げ掛けるレウィシア。


レウィシア・カーネイリスよ。そなたの決意、しかと受け止めた。そなたこそが神の器となる者。そなたが持つ心は太陽そのもの。今こそ、そなたは太陽の女神となるのだ――。


レウィシアの全身が眩く輝く光の柱に覆われる。その光は六色の色が混じり合っており、まるで虹色のような光であった。
「ああああぁぁぁああああっ!」
光の中、レウィシアは全身が焼かれるような感覚に襲われる。ラファウスとテティノが思わず駆け寄ろうとするものの、光の輝きは近付くと目が眩む程で、周囲を寄せ付けない眩さであった。その時、ハデリアの影がヴェルラウドの前に降り立った。
「……あの光……六柱の神々か」
ハデリアの影は目を赤く光らせ、レウィシアを覆う光の柱に注目する。
「待ちな。貴様の相手は俺だ」
ヴェルラウドは赤い雷が覆う神雷の剣を地面に突き立てると、次々と赤い雷が地面から巻き起こる。赤い雷を回避していくハデリアの影に向けて斬りかかるヴェルラウド。渾身の一閃はハデリアの影の右肩を捉えるものの、残像を残す形で姿が消える。空中に漂うハデリアの影がヴェルラウドに向けて無数の黒い刃を次々と放つ。禍々しい闇のオーラに覆われた無数の黒い刃がヴェルラウドの腕や足、脇腹を傷つけていくが、ヴェルラウドは剣を大きく振り翳す。輝く赤い雷が辺りを薙ぎ払うように迸り、黒い刃を消し去って行く。
「スフレ……俺に力を貸してくれ」
ヴェルラウドはスフレの事を思い浮かべながらも、ハデリアの影に鋭い視線を向けつつ剣を両手で握り締める。
「なあ、いくら何でもヴェルラウド一人では食い止められそうもないんじゃないのか?」
テティノは加勢を考えるものの、本能で恐怖を感じているせいか足が竦んでしまう。


待て、テティノよ。レウィシアが六柱の力を身に宿すまで、この場から動いてはならぬ。いかにあの時のような覚悟があってもな。

もし命を捨てる覚悟でレウィシアの力になる事を望むならば、己の魔力を――。


テティノに呼び掛けたのは水の神ポセイドであった。ポセイドの声を聞いた瞬間、不意に懐かしさを覚えるテティノ。
「あなたが、水の神……」
かつて生死の境を彷徨っていたレウィシアを救う為に大魔法ウォルト・リザレイを取得した試練での出来事を思い出すと同時に、救いたいものの為に自分を犠牲にする覚悟を決めて試練に挑んでいた自分の姿を振り返る。
「そうだ。あの時の僕だって、どうなっても構わない覚悟で試練に挑んでいたんだ。それを今、レウィシアとヴェルラウドが……」
命を捨てるような覚悟。それは救いたいものの為であり、全てを守る為でもある。今レウィシアとヴェルラウドは全てを投げ捨てる覚悟を決めて戦いに挑んでいる。いや、此処にいる皆が覚悟を決めている。そして、今自分に出来る事があるとすれば――。
「……僕だって力になる。僕にも出来る事はあるはずだ」
テティノは光に包まれているレウィシアの方に視線を向け、魔力を更に高めていく。
「レウィシア! もしまだ力が足りないと言うのなら……僕のを使ってくれ!」
そう呼び掛けては両手を差し出すテティノ。その姿を見ていたラファウスも両手を差し出す。そう、風の神ヴェルタからの呼び掛けに従っての行いであった。テティノ、ラファウスの両手から溢れ出る魔力の光。ボルデ、フィンヴルからも魔力の光が溢れ出る。そしてロドルも両手を差し出す。
「まさか、あんたまでも……」
ロドルまでも自分と同じ形で協力している事にテティノが驚く。
「雷の神とやらも何かと面倒なものでな。実に下らん」
ぶっきらぼうな態度で振る舞うロドルの両手からも魔力の光が溢れ出る。六柱の魔力がレウィシアの元へ集まると、レウィシアを覆う光の柱は更に輝きを増していく。

「……退け」
ハデリアの影がヴェルラウドの腹に一撃を叩き込む。
「ぐぼおっ……!」
身体を大きく曲げながら血反吐を吐くヴェルラウド。ハデリアの影がレウィシア達の元へ向かおうとした瞬間、輝く赤い雷の波が背後から襲い掛かる。
「……邪魔するな」
ハデリアの影が蹲るヴェルラウドに凄まじい闇の衝撃波を放つ。
「ぐおはあっ!」
ヴェルラウドは衝撃波によって大きく吹っ飛ばされる。
「ぐっ……待て」
腹部を抑えながら立ち上がろうとするヴェルラウドだが、ハデリアの影は足を止めようとしない。


光の中、徐々に意識が吸い寄せられる感覚に陥ったレウィシアは神の声を聞く。



炎は、輝きの象徴。

水は、守りの象徴。

地は、強さの象徴。

風は、育みの象徴。

雷は、怒りの象徴。

氷は、哀しみの象徴。



六柱の力が神の光と共に集まる時、汝は太陽の女神となる。太陽の力を受け継ぐ者として生を受け、真の太陽を目覚めさせ、神の光を手にした汝は太陽を司る女神なのだ。


太陽の子よ。今こそ、神として邪悪なる意思を持つ悪しき神を討つのだ――


「ガアアアアアアッ!」
ハデリアの影は凄まじい闇のオーラを放出させ、レウィシア達に向けて黒い雷を纏う巨大なエネルギーの波動を放つ。
「やめろおおおおおおッ!」
ヴェルラウドは赤い雷を纏う神雷の剣を両手で持ち、渾身の力でハデリアの影に斬りかかる。その一閃はハデリアの影の左肩に深く食い込ませるが、神雷の剣に罅が入り、音と共に折れてしまう。ラファウス、テティノ、ロドルはエネルギーの波動を避けようとしたものの、回避が間に合わず、大爆発が起きる。剣が折れ、レウィシア達への攻撃が止められなかった事実に愕然としているヴェルラウドの顔面にハデリアの拳が深く叩き込まれる。辺りに舞う血飛沫。拳の間からは、大量の血が溢れ出していた。血塗れのヴェルラウドはその場に崩れ落ち、意識を失う。爆発による煙の中、眩い光が辺りを包むと、ハデリアの影が目を見開かせる。煙から現れたのは、太陽のような、そして神々しい輝きに包まれ、光の翼を持つ姿となったレウィシアであった。
「……神の光……そして太陽の光……貴様……!」
ハデリアの影が眉間に皺を寄せながらレウィシアを睨み付ける。レウィシアは表情を変えず、戦神アポロイアの剣を天に掲げる。剣からは更なる太陽の輝きがオーラとなって現れる。
「……消えよ、忌まわしき冥神の影よ」
レウィシアが剣に力を込めると、辺りに巨大な光が広がっていく。神の光と太陽の炎が併せ持つ力であり、光に飲み込まれていくハデリアの影。
「……如何に貴様でも……我が主ならば……」
光の中、ハデリアの影は浄化されるように消えていく。レウィシアは剣を収めると、空に浮かぶ冥蝕の月に向けて両手を差し出す。


真の太陽、六柱のエレメント、神の光、そして仲間達の力と心が一つになる時――漆黒よりいずる禍々しき冥府の闇を封じる黄金の聖光を生み、煌めきし太陽の女神となる。

レウィシア・カーネイリスよ。今こそ、汝の心を力へと変え、そして全ての魔を司る悪しき神を討つ意思を爆発させろ。汝は、悪しき神を討つ女神となったのだ。


「……おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
神々の声に従い、レウィシアの全身から放出される巨大な光の波動。それは太陽の光を象徴させる黄金の光であり、神が生みし聖光であった。光の波動は天を突き抜け、冥蝕の月を飲み込んでいく。月の周囲を覆う黒い瘴気は一瞬で浄化され、地上に降り注ぐ冥府の力が徐々に消えていく。月そのものは消滅していないものの、月から漂わせていた冥府の力による闇は消滅していた。それは、冥蝕の月の封印の成功を意味するものであった。光の波動が収まると、レウィシアは無残な姿で倒れたヴェルラウドの様子を確認する。呼吸はあるものの、意識は戻っていない。傍らには折れた神雷の剣が転がっている。
「ヴェルラウド……」
レウィシアは怒りを覚えつつも、ハデリアの影による攻撃で吹っ飛ばされたラファウス、テティノ、ロドルの姿を探す。
「レウィシア……今の凄まじい光はレウィシアがやったのか? その翼は……」
突然聞こえ始めた声の主は、テティノであった。テティノは見違える程の凄まじい進化を遂げたレウィシアの力と、レウィシアの背にある光の翼にただ驚くばかりであった。
「レウィシア……」
更にラファウスがやって来る。二人は既にボロボロとなっていた。
「良かった、二人とも生きていたのね。でも……」
レウィシアはロドルとボルデ、フィンヴルを探すものの、姿は何処にもない。
「ロドルと二人の英雄は……恐らくあの攻撃によって……」
ラファウスが項垂れながら呟く。エネルギーの波動が襲い掛かる際、ロドルとボルデ、フィンヴルは直撃を受ける位置に立っていたのだ。いくら探しても姿が確認できない現状、生存は絶望的だと悟る三人。
「……ラファウス、テティノ。ヴェルラウドを頼んだわよ」
レウィシアは冥蝕の月に視線を移すと、光の翼が大きく広がる。翼に実体はなく、神の力の一部が具現化したものであった。ハデリアは、あそこにいる。そう確信したレウィシアは冥蝕の月へ向かおうとしていた。
「その光の翼……六柱の力を受け入れた事でレウィシアはもう……」
六柱の力を身に宿し、更に仲間達の力をも手にした事でレウィシアは人と呼ばれる存在ではなくなったという事実を悟ったラファウスは、溢れ出る涙を拭いつつもレウィシアに近付く。
「レウィシア」
ラファウスが声を掛けるものの、レウィシアは振り返らない。
「……私達は、必ず勝つと信じていますよ」
レウィシアの背に投げ掛けられるラファウスの言葉。レウィシアは振り返らず、ありがとうと呟いては光の翼を羽ばたかせる。暗闇に包まれた空の中、レウィシアは涙を零しながらも、冥蝕の月へ向かって行く。


どうやら、上手く行ったようだな。後は頼んだぜ、太陽の女神さんよ……。

……私達の役割はこれで終わり。最後まで諦めずに戦うのよ、レウィシア……。


何処からともなく聞こえるボルデとフィンヴルの声。その声を聞いていたのは、レウィシアだけであった。


無限に広がる宇宙を思わせるような闇の空間。肉塊のような物体に侵食され、多くの骸が転がる足場。そして辺りに立ち込める怨霊のような瘴気。冥蝕の月の内部であり、冥神の力によって生み出された冥蝕の亜空間と呼ばれる場所であった。
「……我が肉体が疼く。そしてこの鳴動……我が影をも容易く消し去る光……神々め、小賢しい真似を……」
肉体を完全に馴染ませる為、冥府の力が凝縮された暗黒の球体に身を潜めるハデリア。その表情は静かな怒りに満ちていた。



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