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第九章「日蝕-エクリプス-」
新たなる冥神
しおりを挟むケセルとは、あの時からの因縁であった。
二年前、大臣パジンの手引きでクレマローズの秘宝である太陽の輝石を奪った盗賊達。突然の高熱で倒れるネモア。城下町を襲撃する魔物達。既にあの時からケセルは主である冥神を蘇らせる為に暗躍していた。
最愛の弟を奪い、父を浚い、大切な仲間を含め、多くの犠牲を生み出した憎き敵。全てを救う為にも、今こそこの手で打ち倒さなくてはならない。
以前は圧倒的な力の差で成す術もなく打ちのめされたけど、今は違う。仲間達の心、目覚めた真の太陽の力、魔魂の主となる古の英雄の力、そしてこの戦神の剣に宿る神の力。
戦っているのは、一人じゃない。だからこそ、私は絶対に負けない。
「はああああっ!」
蛇のようにうねるケセルの鞭状の刃を避けつつも、反撃の一閃を繰り出すレウィシア。その一撃はケセルを捉えるが、残像となって消えていく。即座にレウィシアが後方に飛び退いた瞬間、黒い槍が次々と降り注いだ。ケセルが空中から闇の魔法による黒い槍を放ったのだ。リランは巻き添えを食らわない安全な場所まで移動し、勝負の行方を見守っていた。
「クックックッ……やはり以前とは全く違うな。オレの全力による一撃で骨を砕かれ、血反吐を吐き散らしながら倒れる姿はなかなか愉快なものだったよ」
ケセルの一言で思わずレウィシアの脳裏に過去の出来事が浮かび上がる。拳二発で恐怖を覚える程の大きなダメージを受け、剣を折られては盾を砕かれ、圧倒的な力の差に戦意を失い、恐怖と絶望に打ちひしがれているところに与えられたケセルの全力による荒れ狂う闇の波動。その攻撃で死の寸前へと追い込まれ、自身の闇の精神が生んだ世界に迷い込み、自身の闇の化身にも徹底的に打ちのめされるという状況――。心の奥底では、刻み込まれた恐怖という名の深い傷は残り続けている。まるで古傷が突然痛み出すかのように、恐怖による心の傷はじわじわと痛み始めていた。
「ならば、これならどうかな?」
空中に漂うケセルの両手が黒をベースとした様々な色合いに輝く闇の力に包まれていく。かつてレウィシアに致命傷を負わせた荒れ狂う闇の波動である。
「ぐっ……!」
かつてのものとは違い、片手のみならず両手で放とうとしている。忌まわしい出来事を思い出し、不意に怯むレウィシア。ケセルの両手を覆う闇の力は大いなるエネルギーとなって燃えていく。
「かああああああっ!」
凄まじい雄叫びを轟かせ、両手から荒れ狂う闇の波動を放つケセル。激しい勢いで巻き起こる双の波動は、全てを喰らい尽くす竜のような姿と化した。
「おおおおおおおおおおおっ!」
闇の双竜がレウィシアを喰らうように近付くと、レウィシアは大きく息を吐き、剣を手に飛び掛かる。剣は神の力による輝きに包まれていた。剣が竜を切り裂くと、溢れ出る光が双竜を覆い、やがて双竜を消し去って行く。
「何っ!」
双竜と化した荒れ狂う闇の波動を消し去る光を見て驚くケセル。
「やああああっ!」
光の中から飛び出したレウィシアがケセルに向けて神の光を帯びた一閃を放つ。光輝く炎の斬撃はケセルの右腕を斬り飛ばしていた。
「グオオオオオオアアッ!」
ケセルが苦悶の叫び声を上げると、全身を覆う魔力を拡散させ、周囲に爆発を起こす。爆発の衝撃で吹っ飛ばされるレウィシア。ケセルは険しい表情でレウィシアを見下ろしつつも、切り落とされた右腕を再生する。
「まだよ」
レウィシアは立ち上がり、空中に佇むケセルに視線を向ける。
「……フハハハハ。今のは流石に驚いたぞ」
ケセルが笑う中、レウィシアは剣に意識を集中させる。
「ククク、レウィシアよ。一つ問おう。仮にお前が我々との戦いに勝利したとしても、本当の平和が訪れると思うか?」
突然の問いにレウィシアは眉を顰める。
「オレは人が抱える罪と悪意が生んだ負の思念を喰らい続けた事で化身となった。そして人の愚かな思想を元に災いの悪魔を創り出した。支配欲に駆られた愚か者の思想から生まれた影の女王がもたらした人間同士の争いといった余興も愉快だったよ。今までオレが見てきた人間どもの愚かな光景を見せてやろうか?」
ケセルの三つの目が妖しく輝くと、レウィシアは不意に意識が吸い込まれる感覚に襲われる。視界が歪み、気が付くと見覚えのある町の中に立っていた。うらぶれた雰囲気が漂うこの町は、ラムスであった。次の瞬間、一人の少女が暴漢集団に襲われ、少女が悲鳴を上げると真空の刃が吹き荒れ、暴漢集団がズタズタに引き裂かれていく。無意識に発動した風の魔法の一種であり、立ち尽くす少女は住民達から人間の姿をしたバケモノと酷く罵られ、様々な凶器を向けられていく。命の危機を感じた少女がその場から逃げ出した瞬間、再び視界が歪み始める。ラムスの町で暴漢集団に襲われる少女はラファウスの母親ミデアンであり、ケセルが見せた幻だったのだ。
ケセルの幻は更に続く。暗い洞窟の奥に設けられた牢屋に閉じ込められた数人の美しい娘。誘拐犯となる賊一味は欲情に任せて浚った娘達を食いものにしていた。暴力、陵辱、そして無残な形での殺害――常軌を逸した性癖によって人としての心を失った者達による非人道な行いであった。余りの惨い光景に思わず目を覆い、吐き気を催す心境に陥るレウィシア。目を覆い、耳を塞いでも聞こえる娘達の叫び声。賊一味の悪魔のような笑い声。景色が歪み、視界に映る幻が変化していく。
炎に包まれる中、飛竜に乗った多くの騎士達の姿が見える。その中には、飛竜に乗った若い王の姿もある。そして無数の尖った耳を持つ人々の死体。300年前のアクリム王国によるエルフ族の領域への侵攻であった。王国の竜騎兵団は飛竜を操りながらもエルフを襲い、王は残忍な笑みを浮かべながらも、焼き尽くされていくエルフ族の領域を見下ろしていた。
全てを焼き払え。我が王国の更なる繁栄の為にも、エルフ族を絶滅させよ。そしてこの領域はアクリムの支配下となる街へと生まれ変わるのだ!
支配欲に満ちた邪悪な表情のままに狂喜する王。そして視界が歪み、幻が変化する。布切れを纏い、痛々しくやせ細った人々、苦しみながら泣き叫ぶ女子供――地獄のような重労働をさせられている奴隷であった。アクリム王の独裁思想によって苦しめられている民の光景を幻として見せられているのだ。
「フハハハハ……お前もこの惨状を聞かされた事はあったか? 幻は全て過去に起きた出来事だ。言っておくが、まだこれだけではないぞ」
何処からともなく聞こえるケセルの声。数々の陰惨な幻を見せつけられたレウィシアは心のざわめきを抑えつつも、怒りを滾らせている。それからケセルは、過去に起きた人間の様々な愚行を幻として見せていく。
そう、お前が思う以上に人間は徹底して醜い。人間の醜さが世界に様々な闇を生み、多くの災いと悲しみを生んだ。自分勝手な思想と欲望、己の弱さから生まれる正義と罪。例え我々がいなくとも、世界はいずれ人間の罪によって滅びの運命を辿る事に変わりないのだ――。
数々の幻が続くと、ケセルから与えられた闇の力でトリスの村を焼き討ちしたマカロが憎悪と嫉妬のままにスフレを痛め付けていく幻も見せられる。
「スフレ!」
幻に出てきたスフレの姿を見た瞬間、レウィシアの中で抱えていた感情が爆発した。それに応えるかのように、レウィシアの全身が輝く光の炎に包まれる。真の太陽の力と炎の英雄の力を併せ持つ魔力のオーラであった。同時に、レウィシアの脳裏には笑顔でアイカを抱きしめているスフレの姿が浮かび上がる。
アイカ、ありがとう。あたし、もっと頑張るからね。あなたが笑顔になれるように。
スフレお姉ちゃん……だいすき。
二人が交わし合った声を思い出すと、涙が溢れ出す。成し遂げられなかったスフレの想いを、果たさなくてはならない。ケセルによる幻の出来事は全て事実だと信じたくないけど、人間は醜く愚かであるという事は決して否定出来ない。でも私は、人間を信じる事を選ぶ。世界から悪しき人間を生まないようにするのは不可能かもしれない。けど、その気になれば悪しき心を持つ者を善の心に導く事も出来るはず。悪しき心によって引き起こされた罪を生まない世界にする事は、決して不可能では無いと信じたい。その為にも――。
「茶番はここまでになさい、ケセル」
レウィシアが気合を込めて鋭い視線を向けると、幻は吹き飛ぶように消え去って行く。
「クックックッ、如何だったかな? 人間の罪は」
ケセルは腕組みをした状態で笑っている。
「ヘドが出るわ。貴様が見せた幻の全てが事実でも、人の犯した罪は絶対に繰り返させない。世界を真の平和に導く為にも……負けられない!」
レウィシアは両手で剣を構える。刀身から眩い光の炎が揺らめき始める。神の力が共鳴しているのだ。
「全く何処までも笑えるよ。如何にお前がそう動いたところで、地上の全てを罪無き世界にする事など幻想だという事も解らぬのか?」
ケセルが二本目の剣を出現させ、二刀流の構えを取る。二つの刀身がうねり始め、鞭のようにレウィシアに襲い掛かった。レウィシアは刀身を避けるものの、右頬と左腕、右腕に傷を刻まれていく。刀身は、まるで生き物のような動きでうねり続けていた。
「お前はこう思っているのだろう? 『人間は全てが醜い存在ではない』と。そんな綺麗事など、お前のような光を信じる愚か者の絵空事でしかない」
ケセルの目が光ると、レウィシアの周囲に無数の黒い刃が浮かび上がる。辺りを見回すと、黒い刃はレウィシアを取り囲む形で全方位に配置されていた。無数の黒い刃が一斉に襲い掛かると、レウィシアは剣と盾を駆使して全方位から飛んで来る黒い刃を次々と弾き飛ばすが、ケセルの持つ二本の剣の刀身が激しくうねりながらもレウィシアを捕えようとしていた。全方位による無数の黒い刃と二本の鞭状の刀身の同時攻撃は到底凌ぎきれるものではなく、黒い刃はレウィシアの両腕、両足、脇腹、腹に刺さり、更に刀身がレウィシアの身体に巻き付いていく。
「レウィシア!」
戦況を見守っていたリランがレウィシアの危機を感じ取り、叫び声を上げる。
「うっ……ああああぁぁっ!」
鞭と化した刀身はレウィシアの身体を締め付ける。じわじわと甚振る形で全身に刃が食い込んでいくと、大量に血飛沫が舞い、刺さった黒い刃から流れ落ちる血と共に血溜まりを生んでいく。更に刀身から黒光りする強烈な電撃が襲い掛かり、レウィシアの身体を嬲り始める。
「ぐがはあああああぁぁぁっ! あっ、ううあはああぁぁぁぁぁっ! があああああああっ!」
闇の電撃に嬲られていくレウィシアは苦悶の絶叫を轟かせる。その様子にケセルは残忍な笑みを浮かべていた。
「ぐあああああああああっ! ああああああああぁぁぁあっ! うっあっあああああっ……!」
電撃が止まると、レウィシアは目を見開かせ、上向きで大口を開けたまま硬直していた。口からは呻き声と共に熱い吐息が漏れ、ビクンビクンと痙攣させる。レウィシアを捕えていた二つの刀身が剣となって戻ると、ケセルは二刀流の剣を交差する形で天に掲げる。二つの剣が黒い炎に包まれていく。冥神の魔力による黒い炎がケセルの持つ二本の剣に宿ったのだ。
「くっ……レウィシア!」
リランはレウィシアに回復魔法を掛けようとするものの、ケセルの額の目からの光線によって阻まれる。
「邪魔はさせぬぞ、大僧正よ。貴様など一瞬で引き裂けるのだからな」
ケセルの一言を受けると同時に冥神の魔力を肌で感じ取り、その場から動けなくなるリラン。ケセルは二本の剣を手に、硬直した状態のレウィシアに突撃する。黒い炎を纏った剣による攻撃がレウィシアを斬りつけようとした瞬間、レウィシアは即座に剣と盾で攻撃を受け止める。血飛沫が舞い、多量の出血によって一瞬眩暈を感じるものの、レウィシアは目の前にいるケセルに意識を集中させる。
「……があああああああっ!」
気合を込めた咆哮を上げるレウィシア。それによる衝撃に伴い、剣から眩い光が迸る。それは、剣に宿る戦神の力と共にした神の光。
「ぬっ……ふふ、実に面白い。神の力というわけか」
眉を顰めながらも、歪んだ笑みを崩さないケセルは黒い炎を纏った両手の剣を手にしながらも再びレウィシアに挑む。激しく切り結ぶレウィシアとケセル。光と闇の剣のぶつかり合いは幾度も繰り返され、両者が渾身の一撃を繰り出す。双方の激突によって爆発が起き、レウィシアは床に引きずる形で吹っ飛ばされていく。大きく飛ばされたケセルは二本の剣を折られ、胸に深い傷を刻まれていた。
「ぐっ……」
立ち上がるレウィシアは口からの血を拭い、ケセルの元へ歩み寄る。ケセルは折られた二本の剣を砕き、胸の傷を見ると再び笑う。その表情には焦りの色は無く、まだ余裕がある雰囲気であった。
「クックックッ、そろそろといったところだな」
「何?」
「我が主の目覚めだよ。以前話したであろう? オレは主の力の欠片に過ぎぬという事をな」
ケセルは組んだ両手を翳すと、闇の力が覆い始める。荒れ狂う闇の波動の力であった。レウィシアは全身の傷の痛みと流血を抑えながらも、正面から向かう態勢を取る。
「お前には主と戦う資格がある。だが、主には到底勝つ事は出来ぬ。お前が手にした神の力など、全てを取り戻した主の前では無力に等しい。我が主も、神そのものなのだ」
醜悪な形相となったケセルがおぞましい雄叫びを上げ、組んだ両手を突き出す。闇を象徴する様々な色合いに輝く巨大な竜の形となって巻き起こる闇の波動。レウィシアは盾を捨て、剣を両手で構えながらも襲い来る闇の竜を迎え撃つ。
「ああああああああああああぁぁぁぁあああっ!」
全身全霊を込め、光り輝く剣を手に闇の竜を正面から切り裂いていくレウィシア。激痛と伴い、全身を叩き付けるように襲う激しい衝撃。だがそれでもレウィシアは力を込める。大量に血を流しながらも、剣に全ての意識を集中させると、剣からの光はより強まっていく。頭の中に浮かび上がる戦神アポロイアの姿。英雄ブレンネンの姿。父であるガウラ、母であるアレアス。そして最愛の弟ネモア。
私は……希望の太陽……!
剣から広がっていく光は、太陽のような輝きとなって辺りを覆い尽くす。竜となった闇の波動は完全に消し去られ、驚くケセルの隙を突いてレウィシアが一閃を繰り出す。
「ぐおああああぁぁぁぁあっ!」
レウィシアの一閃は、ケセルの身体を真っ二つに切り裂いていた。凄まじい形相で口から大量の黒い瘴気を吐き出し、ドサリと倒れ込む。両断されたケセルの肉体が砂のように散りながら消滅すると、黒い結晶体だけが残っていた。ケセルの核となる冥魂であった。
「レウィシア!」
傷を負い、血塗れの状態でガクリと膝を付いたレウィシアの元にリランが駆け寄る。
「待ってろ、今回復してやる」
リランはレウィシアに最高峰の回復魔法を掛ける。傷口が塞がり始め、徐々に回復していくものの、レウィシアは床に転がっている冥魂を見つめていた。冥魂は紫色の光に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。
「クックックッ……フフフフハハハハハ! 驚いたよ。このオレまでも倒すとはな」
レウィシアは冥魂に斬りかかろうとするものの、冥魂は一瞬でその場から消えてしまう。
「来るがいい。主はこの扉の向こうにいる」
突き当たりにある大扉がゆっくりと開かれていく。扉の向こうには、更なる通路が見えていた。リランの回復魔法によって傷が癒えたレウィシアは盾を拾い、開かれた扉を凝視する。
「行きましょう、リラン様」
「だが他の者は……」
リランはケセルによって黒い円の中に引きずり込まれた仲間達の現状が気になっていた。
「みんなだったらきっと無事に戻って来るはず。冥神を倒さなくては」
その一言にリランが頷くと、レウィシアは足を進める。
――兄弟達よ。遊びは終わりだ。我々は主と共になる。
ケセルの影との死闘でボロボロとなり、血塗れのラファウスは反撃を仕掛けようとする。だが、ケセルの影は微動だにしない。
「何故動かない……?」
動かないケセルの影に警戒するラファウス。自分から仕掛けると敵の思う壺となる。そう考えたラファウスはひたすら鋭い視線を向けるばかりであった。
「クックックッ……楽しいひと時だったよ」
ラファウスが身構えた瞬間、ケセルの影は溶けるように消えていく。一体何をと思った矢先、ラファウスは再び足元に現れた黒い円からの無数の黒い手に捕まり、引きずり込まれていく。
テティノは傷付きながらも、闇の魔法を次々と放つケセルの影に食い下がっていた。
「タイダルウェイブ!」
巨大な波がケセルの影を飲み込んでいくが、ケセルの影は既に姿を消している。何処だと思いつつも辺りを見回すテティノ。
「フハハハハ……真の恐怖はこれからだ」
声だけが響き渡り、テティノの足元から黒い円と無数の黒い手が現れる。
「うっ、うわあ!」
無数の黒い手に捕まったテティノは黒い円に引きずり込まれる。
「うおおおおおおおっ!」
赤い雷を纏ったヴェルラウドの斬撃がケセルの影を深々と切り裂く。次の瞬間、ヴェルラウドの周囲に黒い雷を纏った闇の光球が現れる。光球が一斉に襲い掛かると、ヴェルラウドは剣を両手に掲げ、大きく振り回す。赤い雷の波動が周囲の光球を消し飛ばしていくと、ヴェルラウドは背後を振り返る。
「クックックッ……赤雷の騎士よ。それが限界だとしたら、主には傷一つ付ける事も出来ぬぞ」
ケセルの影の両手から黒い雷が迸る。ヴェルラウドに向かっていく激しい雷の波動。ヴェルラウドは剣を構えながらも自身の赤い雷の力で波動を抑えようとするが、全身が強烈な電撃に襲われる。
「ぐああああああ!」
黒い雷を受け、身を焦がしながら膝を付くヴェルラウド。
「続きは我が主と共に行う。言っておくが、主はこんなものではないぞ」
ケセルの影が消えると、ヴェルラウドの足元に黒い円が広がる。そして円から現れる無数の黒い手。
「うっ、うおあああ!」
ヴェルラウドは黒い手に捕まり、引きずり込まれていく。
様々な剣技を駆使しつつもケセルの影に挑むオディアンだが、ケセルの影が繰り出す闇の魔法によって鎧は半壊し、満身創痍となっていた。辺りには破壊された戦斧と鎧の破片が散らばっており、ケセルの影は不気味な表情を見せていた。
「何という強さだ……このままでは」
オディアンは戦慄を覚えつつも両手で大剣を構える。
「ククク……お前も感じているはずだ。冥神の力がどれ程のものかを。お前は我が主を前にする事があっても、下らぬ忠義のままに命を捨てるというのか?」
ケセルの影が腕を組みながら言う。
「……俺は騎士として、陛下をお守りする使命がある。我が命を犠牲にする事があっても、それで陛下を救えるならば本望だ」
オディアンは鋭い目で大剣を掲げる。傷付いているものの、目に宿る闘志は失われていない。
「フハハハハ……全く大したものだよ、お前は。剣聖の王は良い部下に恵まれたものよな」
ケセルの影は右手を掲げ、掌から黒い光球を出現させる。掌に浮かぶ黒い光球が床に叩き付けられると、大爆発と共に吹っ飛ばされるオディアン。
「ならば思い知るがいい。我が主の恐ろしさを」
響き渡るように聞こえる声。倒されたオディアンは無数の黒い手に捕まり、広がる黒い円に引きずり込まれた。
雷霆の波動と呼ばれる眩い雷のオーラに包まれたロドルは、二刀流による凄まじい斬撃でケセルの影をズタズタに切り裂いていた。
「クックッ……どうやらオレは貴様を見縊っていたようだ」
左腕を切断されたケセルの影は不敵に笑っている。
「貴様など所詮紛い物。俺の狙いは本物の貴様だ」
ロドルは一瞬でケセルの影に一閃を加える。だが、ケセルの影は空中に移動していた。
「ハッハッハッ、紛い物か。確かにオレは冥神の力の欠片からの絞りカスのようなものだ」
空中に漂うケセルの影が姿を消していく。
「本物のオレの首が欲しいか? 残念だが、それは叶わぬ事よ。既に、オレ達と共に主と一つになろうとしているのだからな」
ケセルの影が消えると、ロドルの足元から無数の黒い手が出現する。黒い手に捕まったロドルは広がっていく黒い円の中に引きずり込まれる。
五人の影が、ケセルであった冥魂に集まって行く。そして冥魂は、五人の兄弟を連れて冥神ハデリアが眠る球体の元へ向かう。
その頃、レウィシアとリランは長い通路を突き進んでいた。暗闇に閉ざされた一本道の通路は魔物の気配は無いものの、先へ進むに連れて邪気が強まっていくのを感じた。通路を抜けると、二人は朽ちた神殿のような場所に出る。そこにはラファウス、テティノ、ヴェルラウド、オディアン、ロドルの姿があった。
「みんな!」
仲間達の姿を見てレウィシアが駆け寄る。
「レウィシア! ケセルは?」
レウィシアがケセルとの戦いの結果を語る中、リランは全員に回復魔法を掛ける。ケセルの影との戦いで傷付いたラファウス達が全快すると、レウィシアは冥神との戦いに闘志を燃やす。
「冥神と一つになったとならば、ケセルそのものという事にもなるな。これが最後の戦いだ」
ヴェルラウドの一言にレウィシアが頷く。レウィシアはふとロドルに顔を向ける。
「……俺はあくまで奴を倒すという理由で此処にいるだけに過ぎん。早く行け」
無愛想に返答するロドルに心から礼を言うレウィシアは、改めて先へ進んで行く。朽ちた神殿の通路を進み、奥に設けられた門。そして開かれた大扉。その先には、巨大な球体が浮かび上がる大広間――冥神ハデリアが眠る地底遺跡の最深部であった。周囲にいる闇の鎖で捕われたガウラ、シルヴェラ、エウナ、マレン、ブレドルド王、リティカ、ルーチェ。球体の前には、闇の光に包まれた冥魂が佇んでいる。
「お父様! ルーチェ!」
「女王!」
「母上!」
「マレン!」
「陛下!」
それぞれが捕われた人々の名前を呼ぶと、冥魂が闇のオーラを燃やし始める。ロドルはリティカの姿を見て、眉を顰めていた。
「とうとう来たな。我が主の元へ」
ケセルの声が響き渡ると、レウィシアは球体の中にいるネモアの姿を凝視する。
「レウィシアよ。これが我が主の新たなる肉体だ。最早元の身体とは全く違うものとなったがな」
冥魂が球体の中に入り込んでいくと、レウィシアは剣を握る手に力を入れる。
見るがいい。我が主の目覚めの時を。そして光栄に思うがいい。我が主の手で栄誉ある死を迎える事を!
オレは冥神の力の欠片。今こそオレは主と一つになる。そう、冥神そのものとなるのだ――
球体に罅が入り、音と共に砕け散る。辺りが眩い閃光に包まれる。閃光が消え、視界が戻ると、レウィシアは目を見開かせる。少年のような顔立ちで、ネモアの面影を感じさせる黒い髪の細面な男。だが、男から漂うものは凄まじい邪気に満ちた闇の力。凍り付いた瞳。かつてはクレマローズ王子ネモアだった者が、ケセルによって冥神の新たなる肉体に改造された存在――そして全ての力の源を取り込み、冥魂として分離させていた力の欠片と一つになる事で完全な復活を遂げた冥神ハデリアであった。
「ネモア……」
ハデリアの表情からネモアの顔が頭を過り、思わず構えを解くレウィシア。ハデリアは瞬時にレウィシアの前に移動し、レウィシアの腹に一撃を加える。
「ごぉっ……」
骨が軋む音が聞こえる中、レウィシアは血反吐を吐き、吹っ飛ばされては壁に叩き付けられる。血がハデリアの顔に付着すると、ハデリアは表情を変えずに顔の血を軽く拭う。
「レウィシア!」
ラファウス達がレウィシアに駆け寄る。無防備になった隙を突かれた時に受けたハデリアの一撃は大きなダメージとなり、レウィシアは腹を抑えながら血を吐いていた。
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