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第八章「神の剣と知られざる真実」
大賢者の手記
しおりを挟む危ないところだったな。僕達がいなかったら確実に終わっていただろうね。
そうだな。まだレウィシア達を死なせるわけにはいかない。我々に出来る事があれば……。
ああ。世界を闇から救い、光ある未来を作る者だからな。
ボルデ、フィンヴル、トトルスがいたらもっと力になれるかもしれないが……最早叶わぬ事か。
どうだろうね。もしかしたら何処かで彷徨っているかもしれない。魂になっても、僕達とはつるもうとしない奴らだからな。
響くような声。暗闇に包まれた空間には、緑、青、赤の三色の小さな光の玉が見えていた。声が聴こえ、光の玉が見えていたのはレウィシア、ラファウス、テティノの三人だった。
「……うっ……」
瓦礫の中、血塗れの顔となったレウィシアが目を覚ます。右腕を抑え、血を滴らせながらフラフラと辺りの様子を伺うと、テティノがラファウスを支えながら立ち上がろうとしていた。
「テティノ!」
レウィシアがテティノの元へ向かう。
「レウィシアか……僕達は助かったのか?」
テティノの問いに思わず周囲を確認するレウィシア。気が付けばそこは瓦礫だけが存在する都市部であり、闇王の城はケセルが放った冥魂の力によって跡形もなく吹き飛ばされていた。更に、瓦礫の中にはボロボロの姿で意識を失ったヴェルラウド、オディアン、ヘリオ、そして遠い位置で倒れているスフレの姿もある。
「……どうか生きていて……」
ヴェルラウド達が気掛かりのまま、レウィシアは更に辺りを捜索すると、血を流しながらフラフラと彷徨うように歩くリランの姿を発見する。
「リラン様!」
レウィシアが声を掛ける。
「う……レウィシアか……?」
声に気付いたリランがレウィシアの元へ向かおうとするが、倒れてしまう。
「リラン様! しっかりして下さい!」
レウィシアは血を流しながらもリランをそっと抱き起こす。
「ううっ……レウィシアよ。皆は無事なのか?」
無事とは言い難いヴェルラウド達の現状に、レウィシアは何も言えなかった。
「奴の力は私の結界では歯が立たなかった故、死を覚悟していたが……生きている事が奇跡としか言い様が無い。もしや君の力が皆を?」
「いえ……」
レウィシアは記憶を遡る。
ケセルが玉座の間に向けて放った巨大な闇のエネルギーが迫る直前、リランは全魔力を費やした光の結界を張る事に成功していた。だが、闇のエネルギーの力は結界に罅を走らせ、容易く破ってしまう。
「ダ、ダメだ……私の力では抑えられない……!」
リランの表情が絶望の色に変わると、レウィシアが飛び出す。
「レウィシア!」
レウィシアは真の太陽の力で闇のエネルギーを抑えようとしていた。リランが声を掛ける寸前、全てが黒い閃光に覆われていく。大爆発と共に全員が吹き飛ばされていく中、レウィシア、ラファウス、テティノから三つの光が飛び出していた。三つの光は魔魂の光であり、光が大きくなっていくと、レウィシア達の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。そして暗闇の中で三つの光が現れ、三人の男による会話が聴こえていた。レウィシア達は魔魂の力に守られ、城の外まで運ばれていたのだ。
「まさか、君達が所持する魔魂の力が我々を助けたというのか? そんな事が……」
レウィシアが知っている範囲内の出来事を全て話すと、リランは驚きの表情を浮かべていた。突然、ソルがレウィシアの懐から飛び出すと、エアロとスプラ、テティノとラファウスもやって来る。
「レウィシア。やはり君も見たのか? 三つの光を」
テティノの問いに頷くレウィシア。
「私とテティノ、そしてあなたは魔魂に選ばれし者。私達が見た三つの光は間違いなく魔魂の力。きっと魔魂が私達を守ったのでしょう」
ラファウスの言葉に、レウィシアは思わずソルの姿を見る。ソルは寂しそうな様子でレウィシアを見つめていた。
「私達が助かっても、ルーチェは……」
ルーチェの姿が頭に浮かんだ瞬間、レウィシアの目から涙が溢れ出る。ケセルによってルーチェが浚われたという事態に、無力感に苛まれるレウィシア達。嘲笑うかのように吹き付ける強風。
「う、うう……」
意識を取り戻したスフレが起き上がる。頭部や口からは血を流していた。
「あたし、生きてるの? みんなは……」
スフレは痛む頭を抑えつつ、辺りを確認しようとする。
「スフレ!」
スフレに気付いたレウィシア達が駆け寄る。
「あんた達……リラン様も? ねえ、あたし達どうなったの? ヴェルラウドは? オディアンは?」
スフレが状況を問うと、リランは倒れているヴェルラウド、オディアン、ヘリオの姿を発見する。
「いかん! 彼らも助けなくては」
リランはヴェルラウド達の元へ向かって行く。すぐさま回復魔法を掛けようとするものの、リランの魔力は既に底をついていた。慌てて生死を確認するリラン。三人とも辛うじて生きていたが負傷が酷く、ヘリオは両足に痛々しい程の深い傷を負っていた。
「な、なんて酷い傷……」
レウィシアはヘリオの両足の傷に思わず口を覆う。
「ヴェルラウド! オディアン! あたしの力で何とか……!」
倒れているヴェルラウド達に水の雨が降り注ぐ。スフレの水の魔力による回復魔法ヒールレインであった。ヴェルラウドとオディアンの負傷は回復したものの、ヘリオの両足の傷には完治に至る程の効果は現れず、三人の意識は戻らないままであった。
「嘘でしょ……あたしの魔法では完全に治せない程の負傷だっていうの?」
再びヒールレインを掛けようとするものの、魔力を全て使い果たしていた。自分の力では救えない事に落胆するスフレに、レウィシアがそっと声を掛けようとする。
「慰めなんていらないわよ!」
苛立った様子でレウィシアの手を払い除けるスフレ。
「な、何なの? 別に慰めるとかそういう……」
「うるさいわね! 大体あんたがあの時早くとどめを刺していたらこんな事にならなかったんじゃないの?」
攻撃的な態度で責めるスフレにレウィシアは思わず言葉を失う。
「おやめなさい!」
ラファウスが割り込んでスフレの前にやって来る。
「スフレ。レウィシアに謝りなさい」
「何よ! 子供のくせに命令のつもり?」
「私はこれでも二十年は生きている身です。言動次第では容赦しませんよ」
「はあ? あんた、そんなナリしててあたしよりも上なの?」
ラファウスとスフレが口論している中、レウィシアは項垂れ、涙を流す。
「いいのよ。ラファウス」
ラファウスはレウィシアの涙を見て驚く。
「スフレの言う通り、私が甘かったの。真の太陽に目覚めても、非情になり切れない甘さが残っていたから……」
スフレの言う通り、あの時闇王に早くとどめを刺しておけばこんな事態にまでは行かなかったかもしれない。けど、闇王が抱える悲しみの心を感じたせいで自分の中に存在する『救いたい気持ち』が抑えられず、とどめを刺す事が出来なかった。同時にそれが自分の甘さであり、父ガウラからの『戦士たる者、敵対する者や魔物といった害をもたらす存在に余計な情を抱いてはならない』という言葉、セラクとの戦いを重ねた後でのラファウスからの『呪われた運命から救う為にも、あえて非情になるしかない』という言葉がレウィシアの心に重く圧し掛かって来る。
「レウィシア……忘れたのですか。あなたの戦いは、決して罪ではない正しい戦いであると」
ラファウスが叱るように言う。
「ごめんなさい……みんな……私のせいで……うっ……うう……」
その場に頽れ、泣き崩れるレウィシア。
「そうやってメソメソしたところで許されると思ってるの?」
スフレは更に責め立て、レウィシアに掴み掛ろうとする。ラファウスはスフレに不信感を募らせ、無言で睨み付けていた。
「おい、やめろよ」
テティノがスフレを抑える。
「ちょっと、離しなさいよ! このハンサム男!」
ジタバタともがくスフレを必死で抑えるテティノ。
「いい加減落ち着け、お前達!」
リランが真剣な表情で怒鳴りつける。
「誰が悪いとか、誰のせいだとか、仲間同士で責め合うのはやめろ。大事なのはこれからだ」
リランの一言でスフレはひとまず落ち着きを取り戻す。だがレウィシアはまだ泣き崩れていた。
「一先ず此処から去るぞ。ヴェルラウド達を運んでくれ」
スフレとテティノは意識が戻らないヴェルラウド、オディアン、ヘリオをそっとリランの元へ運んで行く。ラファウスは気遣うように傍でレウィシアを見守っていた。
「レウィシア……大丈夫か?」
リランが声を掛けると、レウィシアは涙を拭い、黙って頷く。一行全員が揃うと、リランは念じながらリターンジェムを天に掲げる。一行の姿が消えると、嵐のように強い風が辺りに吹き始めた。
リターンジェムによるワープ移動で賢者の神殿へ帰還した一行。リランは事の全てをマチェドニルに報告し、負傷したレウィシア達は賢人の回復魔法による治療を受け、マチェドニルは意識が戻らないヴェルラウド、オディアン、ヘリオの治療に専念する。マチェドニルによる最高峰の回復魔法によってヴェルラウド達は意識を取り戻し、リランから事情を聞かされる。
「正直もう終わりかと思っていたが、奇跡的に助かったんだな」
完治したヴェルラウドが呟くように言う。
「だがヘリオ殿は……」
オディアンが振り返ると、リランとマチェドニルがベッドで寝かされているヘリオの両足に回復魔法を掛ける。
「どうだ?」
「……くっ、ダメだ。動かす事すら出来ぬ」
ヘリオの両足は外傷は回復したものの、粉砕骨折や靱帯断裂等の内部の損傷が激しく、最高峰の回復魔法でも完治が不可能な状態となっていた。
「どうやら、回復魔法でも治療不可能な程の損傷となっているようだ。これでは最早……」
落胆した様子で言うマチェドニル。そこにレウィシア達がやって来る。
「ヴェルラウド! オディアンも気が付いたのね?」
駆け寄るスフレを横に、レウィシアはヘリオの様子を見る。
「フン……レウィシアか。このザマではもうこれ以上お前達の力にはなれぬようだ」
口惜しそうにヘリオが言うと、レウィシアは事の重大さに項垂れてしまう。
「ごめんなさい、ヘリオ。私のせいであなたまでも……」
詫びるレウィシアだが、ヘリオは鋭い目を向ける。
「愚か者が。いつまで甘さに捉われるつもりだ。倒すしか他無い敵に同情までするとはな」
ヘリオが叱責する。レウィシアは項垂れたままであった。
「私と戦った時、お前はこう言ったな。無益に人の命を奪う事は、己の太陽が許さぬと。だが、救う術がない者の命を奪う事は決して無益ではない。お前が戦った相手は、心を捨てた者に成り果てたから命を奪うしか他に無かった。それでも太陽が許さぬというのか?」
言葉を続けるヘリオだが、レウィシアは何も言い返せないまま無言で応じる。
「リランから事情は聞いている。頭を冷やせ。これ以上大切なものを失いたくなければな」
レウィシアは項垂れたまま、黙ってその場から去ってしまう。
「レウィシア……まさかルーチェの事で……」
ラファウスはレウィシアが立ち直れない理由は、自分の甘さによる判断が間違っていたばかりか、ルーチェを守れなかった悲しみが大きすぎたのではないかと考えていた。自分の弟のように、子供のように可愛がっていたルーチェがケセルに浚われてしまった。真の太陽の力を手に入れても守るべきものを守れなかった無力感に打ちのめされている。そんなレウィシアの心を考えると、自身の無力さに苛立ちを覚える。
「レウィシアの事はそっとしてやってくれ。一先ず今後の事を考えなくては」
冷静にリランが言う。
「実はお前達が闇王の元へ向かっている間、地下で興味深いものを見つけたんじゃ。リヴァン様が遺した手記のようじゃが」
リランの父となる先代大僧正であり、マチェドニルの師匠の大賢者でもあるリヴァンの手記――それは神殿の地下の奥深くに眠る書庫から発見された手帳であった。手帳の内容は文字が擦れていて読めない部分が多いものの、辛うじて読めるページの部分にはこう書かれている。
世界には、神の遺産と呼ばれるものが幾つか存在する。その一つとなるヒロガネ鉱石は地上を創造した神が作りし伝説の鉱石であり、神の光が宿ると言われている。もしヒロガネ鉱石の神の光を武器に宿すとならば、間違いなく伝説の鍛冶職人の腕が必要になるだろう。伝説の鍛冶職人は世界最大の商業都市トレイダに住む職人の間では有名であり、中には伝説の鍛冶職人に憧れて鍛冶屋を志望する者も存在する程だった。伝説の鍛冶職人とは直接お目に掛かる事は出来なかったが、その血筋は代々受け継がれ、今でも何処かに血筋を継ぐ者が存在しているらしい。そして旅の途中で訪れたならず者が住む闇の都市ラムスの住民の間では、様々な鉱石が発掘されているザルルの炭鉱の奥深くに太古の遺跡が存在しているという噂だ。もしかするとそこにヒロガネ鉱石が――。
マチェドニルは更にページを捲り、読める文字の部分を音読する。
四つの魔力を司るルイナスの民は、月の神のしもべ。ルイナスの民が守る月神の神殿には、世界の全てを知る者が封印されている――。
「ルイナスだと? 確かにルイナスに『月の輝石』と呼ばれる神の遺産が封印された聖地だと言われているが……世界の全てを知る者とな?」
世界の全てを知る者の存在は初耳であったリランが興味深そうな表情を浮かべる。
「神の光……そいつがケセルのあの力に対抗出来るものだったら……」
ヴェルラウドがふと考え事をする。
「マチェドニル殿。父の手記を預からせてくれ」
快くリヴァンの手記をリランに手渡すマチェドニル。
「ルイナス……もしかしたらそこにお父さんとお母さんが……」
生き別れの両親の生存が気になっていたスフレは思う。未来の災厄を予知してという理由で自分を賢者の神殿に預けた魔導師の父。顔も知らない父と母は今頃ルイナスにいるのだろうか。そして自身は神の遺産の一つである『月の輝石』を守るルイナスの民族の子孫であり、これからの戦いに立ち向かうには故郷となるルイナスへ向かう必要があるのだろうと考える。
「賢王様。私、ルイナスへ向かいます。お父さんとお母さんの事が気になるから……」
スフレは真剣な表情でマチェドニルに言う。
「解っておる。スフレよ、お前は聖地ルイナスの民であるが故、全ての使命を終える事が出来たらルイナスへ帰らねばならぬだろう」
スフレは複雑な心境で黙り込んでしまう。
「お前の父はこう言っていた。『この子を貴方に預ける事を選んだのは、近い将来訪れる災厄を予知しての事だ。この子は未来の勇者を救う力が備わった魔導師の力を秘めている。そしてそれを育てられるのは貴方しかいない』とな。最初は身勝手な理由だと思ったが、もしかするとあの後、ルイナスに何かが起きていたのかもしれぬ」
その言葉にスフレは驚きの表情を浮かべる。
「何にせよ、我々はルイナスへ向かわねばならぬだろう。神の光が宿るヒロガネ鉱石というのも気になるところだが……」
リランが手記を眺めながら考える。
「よし、ここは二手に分かれて行動するか」
手記を閉じるリラン。次の旅の目的は、二組に分かれての行動で神の光が宿るヒロガネ鉱石を手に入れる事と、聖地ルイナスの民が守る月神の神殿に封印された世界の全てを知る者と会う事であった。ヒロガネ鉱石による神の光をレウィシアの剣に宿す事が出来れば、冥神の力そのものであるケセルを倒せるかもしれないと考えていたのだ。
「でも、二手で分かれて行動するにしてもどうすれば? 空飛ぶ絨毯の使い手は動けないし」
テティノが問うと、マチェドニルが軽く咳払いをする。
「その点なら心配無用じゃ。これを受け取るがいい」
マチェドニルが差し出したのは、銅色の笛であった。
「これは飛竜を呼び出す笛じゃ」
銅色の笛で呼び出せる飛竜は、スフレが移動用に利用しているライルの兄弟となる飛竜であった。
「あー。それってカイルの笛? まさかこんなハンサム男がカイルを操るの?」
スフレはテティノをジッと見る。
「侮るな。僕だって母国の飛竜を手懐けているから素人ではない。賢い奴だったら良いが」
「ふーん、そう。賢王様が手懐けた子なんだからちゃんと丁重に扱いなさいよ」
「そんな事は君に言われる間でもない」
テティノはカイルと名付けられた飛竜を呼び出す銅色の笛を興味深そうに眺めていた。
「では、ルイナスへ向かうのは私とスフレは勿論、ヴェルラウドとオディアンで……」
「リラン様。悪いが俺はヒロガネ鉱石を探しに行く事にする」
ヴェルラウドの一言にスフレが愕然とする。
「ちょっとヴェルラウド、何言ってんのよ! あたし達と行かないってどういうつもり?」
全力で反論するスフレだが、ヴェルラウドは俯き加減で言葉を続ける。
「……すまないが、今回はお前達と別行動で行きたい。ヒロガネ鉱石の神の光とやらで、自分の可能性を確かめたいんだ」
「な、何なのよそれ! 今までずっと一緒にいた面子と行かないなんて、何様のつもりなの?」
スフレはヴェルラウドの胸倉を掴み、眼前まで顔を近付けて問い詰める。
「……手を離せ。顔近付けるな」
顔を近付けるスフレに対して、苛々した様子で目を逸らしながらもヴェルラウドが返答する。
「ふざけるのも大概にしなさいよ! あんた、カッコ付けて自分の可能性を確かめたいとか言っておきながら、レウィシアと一緒に行きたいのが本音なんでしょ! そんな魂胆、絶対に許さないわ!」
至近距離のまま、唾を飛ばす程感情的に怒鳴りつけるスフレに、ヴェルラウドは思わずスフレの顔を引っ叩いてしまう。
「ヴェルラウド!」
突然の出来事に慌てるリラン。スフレは叩かれた頬を抑え、涙を流しながらヴェルラウドを睨み付ける。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。俺に対してどういう気持ちを抱いてるのか知らんが、これ以上俺の事で面倒な事させるんじゃねぇ!」
荒々しい口調でヴェルラウドが怒鳴る。
「……何よ……バカァッ!」
スフレは涙声で怒鳴り返すと、その場から飛び出してしまう。
「待て、スフレ!」
後を追おうとするリランとマチェドニルだが、ヴェルラウドが立ち塞がる。
「ヴェルラウド、スフレが……」
「追わなくていい。暫くあいつの顔は見たくない」
「しかし……」
「放っておいてくれ! 俺はもう……女と特別な関係は持ちたくないんだ」
ヴェルラウドは項垂れながら、拳をわなわなと震わせる。かつて自分に好意を抱いていた異性は、自分の前で失ってしまった。自分にとって守るべき存在であり、そして失ったのは自分のせいだった。その事が心の傷となり、内心ではスフレと仲間以上の特別な間柄を持つ事を避けていたのだ。
「ヴェルラウド、君は……」
リランはヴェルラウドの心情を察し、何も言えずに立ち尽くしてしまう。オディアンはヴェルラウドの様子を気遣いながらも黙って見守るばかりであった。
その頃、神殿の外で一人佇んでいるレウィシアは掌にソルを乗せ、様々な想いを馳せながら顔を寄せる。レウィシアは自身の軌跡を振り返りつつ、与えられた使命について考えていた。弟ネモアの死後、ケセルによって浚われた父ガウラを救う為に旅立った。旅の最中、ラファウスやテティノといった同じ魔魂の適合者となる仲間と出会い、アクリム王国ではケセルの卑劣な罠に踊らされるまま人々の命を奪ってしまった贖罪として、ケセルに浚われた大切な人々を救い、世界を守る使命を果たす事をアクリム王と約束した。そして今ある命は、テティノの命の半分を代償にした事によって救われた命。全ての邪悪なる存在に立ち向かう為に目覚めさせた自分の中の真の太陽。それに全てを託して犠牲になる事を選んだ、太陽の聖地を守るサン族の人々。真の太陽と戦神の神器、仲間達の心を胸に、太陽に選ばれし者として戦うと誓った。
そう、自分にはまだ甘さが残っていたのだ。倒さなくてはならない敵であるにも関わらず、非情になり切れない。そして『哀れな存在』だから『救いたい』という同情心を抱いてしまう自分の甘さ。それが乗り越えるべき一番の弱さだ。
全てを救う為には、甘さを完全に捨てなくてはならない。捨てるべきものを捨て、乗り越えるべきものは乗り越えなくては、真の太陽があっても全てが救えないのだから。
「ルーチェ……ごめんね。私のせいであなたまでも……。でも、必ず助けてみせる。私は絶対に逃げないから……絶対に負けないから……!」
レウィシアは自戒を込めて、両手で刃を握り締める。大量の出血をものともせず、刃を握り締める両手の力は強くなっていく。
「……あああぁぁぁぁぁああっ!」
両手から止まらない血を溢れさせながらも、レウィシアは涙を流しながら咆哮を上げる。同時に、レウィシアの全身から輝く炎のオーラが燃え上がる。
「……何やってんのよあいつ」
イザコザで神殿から出たスフレは、咆哮を上げているレウィシアの姿を見つけて立ち止まる。レウィシアはスフレに気付く事なく、刃を握り締めながらオーラを燃やしつつ叫んでいた。
「……バッカみたい。何がしたいのよ」
スフレは心の中で悪態を付き、森の方へ走り去っていった。
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