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第七章「憎悪と破滅の魂」
冥神の力
しおりを挟むニンゲン……ホロビヨ……
スベテ……キエサレ……
己の全てを捨て、心も捨てた闇王は人間への深い憎悪、全ての破壊という形の破滅を呼ぶ異形の悪魔と化し、本能のままに暴走を繰り広げ、そして両手からの荒れ狂う闇の衝撃波。圧倒的な闇王の力に打ちのめされたヴェルラウド達を死守すべく、リランは全ての魔力を防御の力へと変え、身を挺して立ちはだかっていた。
最早お前の運命は破滅でしかない。憎悪に捉われる余り、破壊の悪魔と化したお前は光ある者に必ず滅ぼされる。お前の犠牲になるのは私で最後にしたい。彼らまでも死なせるわけにはいかないのだ。
唸る螺旋状の衝撃波が迫り来ると、リランは最大限まで高めた魔力を解放させようとする。
「リラン様、逃げろ!」
激痛に苦しむヴェルラウドが叫ぶものの、リランは微動だにしない。次の瞬間、衝撃波が突然爆発を起こす。その衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるリラン。ヴェルラウドは驚きの表情を浮かべる。太陽を思わせる光に包まれたソルの姿とレウィシアの盾が浮かんでいるのだ。爆発は、レウィシアが投げつけた盾と同時に飛び込んできたソルの力が闇王の衝撃波と激突した事によるものであった。
「あれが闇王……?」
現れたのは、剣を手にしたレウィシアであった。続いてラファウス、テティノ、ルーチェ、ヘリオがやって来る。
「待てよ、あんな化け物が闇王だというのか?」
上空に佇む闇王の姿を見たテティノは戦慄する。盾を運ぶソルがレウィシアの元へ帰って来ると、レウィシアは盾を手にし、ソルはレウィシアの中に入り込んでいく。
「レウィシア……来てくれたのか。ぐっ……ごふっ」
ヴェルラウドは血を吐きながら立ち上がろうとする。
「ルーチェ、ヴェルラウド達を頼むわ」
「う、うん」
ルーチェは満身創痍となったヴェルラウド達の回復に向かう。
「レウィシア……君達ならば闇王を……」
リランはよろめきながらレウィシアに声を掛けるものの、その場に倒れてしまう。全身に闇のオーラを纏う闇王が降り立つと、レウィシア、ラファウス、テティノの三人は魔魂の力で全ての魔力を覚醒させる。
「はあああああっ!」
レウィシアが飛び掛かり、闇王に一閃を繰り出す。
「トルメンタ・サイクロン!」
ラファウスの風魔法によって、闇王の周囲に激しい風と鋭い真空の刃による巨大な渦が巻き起こる。
「ウォータースパウド!」
テティノの水魔法による巨大な水の竜巻が闇王に襲い掛かる。
「ゴオオオオオオオオ!」
闇王が雄叫びを上げると、ラファウスとテティノの風の渦と水の竜巻を吹き飛ばしてしまう。更に剣で攻撃を加えていくレウィシアだが、鋼のように頑丈な剛腕で受け止められ、反撃の拳が襲う。
「ぐっ!」
拳の一撃で殴り倒されるレウィシア。おぞましい咆哮が響き渡る中、レウィシアは口から流れる血を軽く手で拭いながら立ち上がり、炎の魔力を最大限まで高めようとする。
「くそ、何なんだこいつは……!」
テティノは冷や汗を掻きながらも槍を手にする。
「濫りに正面から向かっては危険だ」
そう言ったのはヘリオであった。
「レウィシアよ、奴の隙を見つけて渾身の一撃を与えろ。他の連中は余計な手出しをするな」
ヘリオは軽く息を吐き、素早い動きで大きく飛び上がっては扇を激しく振るう。巨大な炎の蛇が闇王の顔面に向かって行く。顔面が炎に包まれた闇王は暴れるように地団駄を踏むと、レウィシアは両手で剣を構え、闇王の懐に飛び込む。
「グオオオオオオオオ!」
闇王の胸元にレウィシアの剣が突き刺さると、剣から炎が溢れ始める。そして真の太陽の力を目覚めさせたレウィシアは剣を引き抜き、大きく目を見開かせる。
「ギャアアアアアアア!」
眩く輝く炎に包まれた闇王が苦痛の咆哮を上げる。
「す、凄い……これが太陽の力というものなのか」
リランはレウィシアの真の太陽による力に驚きを隠せない様子だった。炎が消えた時、闇王は煙を発しつつも唸り声を上げながら蹲っていた。レウィシアが闇王に近付くと、不意に足を止める。
――ニンゲンは正義と平和の為に我々を滅ぼした――
闇を司りし者達が抱く嘆きと悲しみ、そして人間への激しい憎悪――今此処にいる闇王もまた、闇を司りし者の国を治める王として正義と平和の為に滅ぼされた事による憎悪と悲しみを抱いている。そんな事実が頭を過ると、攻撃しようとしていた手を止め、構えを解いてしまう。
「おい、何をしている!」
ヘリオが怒鳴りつけると、醜悪な顔を浮かべた闇王が立ち上がる。思わず構えようとするレウィシアだが、怒りに満ちた闇王の体当たりがレウィシアの身体を撥ね飛ばした。直撃を受け、壁に叩き付けられるレウィシアに更なる攻撃が襲い掛かる。
「ぐぼおっ……!」
闇王の拳がレウィシアの脇腹を抉ると、レウィシアは大量の胃液を吐き出す。胃液の中には血が混じっていた。脇腹を抑え、ゲホゲホと苦しげに咳き込んでいるところに闇王の巨大な手がレウィシアの頭を掴み、身体ごと持ち上げる。
「があああぁぁぁぁあっ! ごあああああぁぁぁぁ!」
闇王に頭を鷲掴みにされているレウィシアが苦痛に満ちた形相で叫び声を轟かせる。このまま頭蓋骨を砕き、頭を握り潰してしまう程の恐るべき握力であった。
「レウィシア!」
「チッ、馬鹿めが」
ヘリオが大きく扇を振り下ろし、炎の渦を発生させる。渦巻く炎が闇王の顔面を焼き、頭を掴んでいる闇王の手から解放されるレウィシア。だが次の瞬間、レウィシアとヘリオの元に黒い稲妻の嵐が降り注ぐ。
「あああぁぁぁぁあっ!」
稲妻の攻撃を受け、焦がした全身から黒い煙を発しながら倒れるレウィシアとヘリオ。
「レウィシア!」
ルーチェによって負傷から回復したヴェルラウドが駆け寄る。同時にラファウスとテティノも駆け付けた。
「グオオアアアアアアア! グアアアアアアアアアア!」
闇王が両手に魔力の渦を纏い始める。
「いかん! 闇王の奴、またあれを……!」
リランが冷や汗を流しつつも、レウィシアの様子を伺う。
「ぐっ、みんな……ここは私が……げほっ」
レウィシアは頭を抑えながらフラフラと立ち上がると、剣を手に闇王の元へ向かおうとする。
「テティノ、全力で援護しますよ」
魔力を最大限まで高め、風の魔力のオーラに包まれたラファウスが両手に魔力を集中させる。
「僕は逃げやしない。こんなところで死んでたまるか!」
テティノもラファウスに続いて魔力を最大限まで高める。闇王の両手に纏う魔力の渦は大きく広がり、螺旋状の衝撃波となって放たれようとしていた。
「……う……どうなったっていうの?」
ルーチェの回復魔法で全快したスフレとオディアンが戦況を把握しようとする。
「ゴオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
闇王の両手から凄まじい勢いで渦巻く衝撃波が放たれる。
「ヴォルテクス・スパイラル!」
「タイダルウェイブ!」
ラファウスとテティノの同時による魔法が闇王の衝撃波を抑えつける。大波と共に唸る風の渦と闇の渦の激突は周囲を吹き飛ばす程の勢いであった。だが、威力は闇王の放った衝撃波が僅かに上回っており、押し返された瞬間、大爆発を起こした。
「うわあああああああ!」
大きく吹っ飛ばされ、倒れるレウィシア達。玉座の間は瓦礫の山と化していた。
「グググ……オオオオオオッ……」
呻き声を上げながらも床を殴り付ける闇王。部屋全体に振動が伝わる中、ヴェルラウドが神雷の剣を手に立ち上がる。刀身は赤い光に覆われ、光はやがて激しく迸る雷となる。
「……俺のせいで……これ以上失いたくない」
ヴェルラウドの全身が赤いオーラに包まれ、周囲に稲妻が走る。ヴェルラウドの姿に気付いた闇王は濁った目を光らせ、猛獣のように唸り声を響かせる。
「刺し違えてでも、お前だけは倒してやる。来い、闇王」
鋭い牙を剥き、崩れた怪物の形相で闇王が襲い掛かると、ヴェルラウドは剣を両手に構えつつも飛び掛かる。赤い雷を纏う一閃は雷光となり、胴体に深い傷を刻み、そして左腕を切り飛ばす。
「おおおおおああああああああっ!」
ヴェルラウドが闇王の左足に剣を突き立てると、赤い雷が剣を伝い、闇王の全身を焼き尽くすように巻き起こる。
「グギャアアアアアァァァァァアアアア! ウガアアアアアアァァァァァアアアッ!」
全身が雷に襲われている闇王は暴走し、ヴェルラウドに剛腕を叩き付ける。
「が、はあっ……」
血を噴きながらも倒されるヴェルラウド。
「ヴェルラウド!」
スフレとオディアンがヴェルラウドの元に駆け付ける。
「ヴェルラウド……」
倒されたヴェルラウドの姿を見たレウィシアは再び立ち上がる。血が多く混じった唾を吐き捨て、よろめきながら剣を構えては闇王の前に飛び出す。
「お前は、心も失っているのね」
闇王に鋭い視線を向けたレウィシアの全身が真の太陽の象徴となる眩い炎の光で覆われる。真の太陽の力を目覚めさせたレウィシアは地を蹴り、暴走する闇王に立ち向かう。
「はああぁぁぁぁぁっ!」
「グアアアアアアアアア!」
レウィシアが動き始めたと同時に、口から激しく燃え盛る闇の炎を吐き出す闇王。
「レウィシアァァァッ!」
渦巻く闇の炎の中に突撃するレウィシア。闇の炎は更に大きく広がり、レウィシアを完全に飲み込む程の勢いで巨大化していった。
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
闇の炎の渦に焼かれながらも、レウィシアは真の太陽の力を更に高めていき、咆哮を上げる。
「何なのよあいつ。あんな炎の中で何をやろうっていうのよ!」
スフレはレウィシアの様子が気になりつつも、倒されたヴェルラウドを気に掛けていた。
「どうやら、闇王を倒せるのはレウィシアしかいないようだ。闇王の強さは我々の想像を遥かに超えていた。彼女を信じるしかあるまい」
汗ばんだ表情で戦況を見守るリラン。
「レウィシア王女……まさかこれ程の力を持つお方だったとは」
オディアンはレウィシアの底知れない力に言葉を失っていた。
「テティノ、まだ余力はありますか?」
ラファウスが倒れているテティノに声を掛ける。
「残念ながら今のでもう限界だ。君はどうなんだ」
「私も……余力は尽きました」
フラフラと立ち上がるラファウスだが、闇の炎による温度と空気に圧倒され、膝を付いてしまう。
「お姉ちゃん……」
ルーチェは心配そうに戦況を見守っている。
「……うっ……おおおおああああああぁぁっ!」
闇の炎から光の柱が立つ。光の柱は全ての闇を照らすかのように、太陽を思わせる輝きを放っていた。柱が消えると、光のオーラに包まれたレウィシアが立っている。真の太陽の力を最大限まで解放したのだ。
「ググ……ウオオオオオオォォォッ!」
雄叫びを轟かせる闇王。だがその雄叫びは、何かに怯えているかのような声であった。
「……闇王。これで終わりにしましょう」
レウィシアが剣を手に飛び上がり、渾身の一閃を振り下ろす。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアァァアァッ! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
凄まじい咆哮と共に迸る血。レウィシアの一閃が闇王の肉体を大きく引き裂いたのだ。口から血を吐き出し、崩れ落ちる闇王の巨体。苦しげに唸り声をあげる闇王。傷口から溢れ出る大量の血は止まる事無く流れ続けていた。レウィシアの全身を覆っていた光のオーラは消えていく。闇王は立ち上がる事なく更に血の塊を吐き出し、レウィシアは倒れた闇王に近付く。
「ちょっと、何してんのよ。今のうちに早くとどめ刺しなさいよ!」
スフレが怒鳴りつけるものの、レウィシアは闇王の表情を見つめていた。深い憎悪に捉われる余り濁った目から僅かに宿る光を見つけては、闇王の持つごく僅かな悲しみの心を感じ取っていた。そしてレウィシアは振り返る。
「勝負は付いたわ。とどめは敢えて刺さない。どの道彼はもう長くないから」
そう言って剣を収めるレウィシア。
「あんた何言ってるのよ! こいつがどんな奴なのか解ってるの?」
「解っているわ。敵は敵でも、可能な限り救いたい気持ちがあるのよ。彼も……自分の運命に苦しみ続けていたから」
レウィシアの言動に納得がいかないスフレは直接問い詰めようとするが、不意に全身が凍り付くような感覚を覚え、足を止めてしまう。レウィシアは表情を険しくさせ、剣を構える。
「……姿を見せなさい。いるのは解っているのよ」
レウィシアの言葉に全員が驚く。
「ほほう……容易く気付くとはな。レウィシアよ。やはり貴様は生かしておいて正解だったよ」
黒い瘴気が空中に集まり始め、上空に現れた空間の裂け目からケセルが姿を現す。
「ケセル!」
「クックックッ……ご苦労な事だ。実に素晴らしい戦いだったよ諸君」
倒れた闇王の前に降り立ち、余裕に満ちた不敵な笑みを浮かべるケセル。一行は即座に戦闘態勢に入る。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ! 全てはケセル様の計画通りという事ですかのう」
更に浮遊マシンに乗ったゲウドがやって来る。レウィシアは怒りに震え、剣を握る手に力が入る。
「フハハハ、貴様達のおかげで想定通りの素材を造る事が出来た。レウィシアよ、貴様が手にした真の太陽の力で素材ごと消されるかと思って少しは焦ったが、貴様の甘さに助けられたよ」
「何ですって!」
ケセルは倒れた闇王に向けて手を翳すと、闇王の身体から禍々しい炎に包まれた魂が浮かび上がる。
「ククク……これが闇王の魂であり、我が主の力となる素材。憎悪と破滅の魂だ」
ケセルは語る。闇王が抱く人間への憎悪を最大限まで引き出し、ヴェルラウドやレウィシアと戦わせる事で闇王の持つ憎悪を極限まで高める事が狙いであったと。歴戦の英雄に倒されたところを蘇らせたのも、冥神の力の源となる素材『憎悪と破滅の魂』を生み出す為。闇王の憎悪の力は全て魂に蓄積され、大いなる闘志の力に満ちた剣聖の王であるブレドルド王の魂を暗黒に染め、憎悪の力に満ちた闇王の魂と融合させる事で破滅を呼ぶ巨大な力を生み出し、更に最大限の憎悪の念を魂に蓄積させる事を想定していたのだ。
「貴様……今何と言った!」
ケセルの口からブレドルド王の魂という言葉を聞かされたオディアンが声を荒げる。
「そうか、貴様は確かブレドルド王に仕える騎士だったな。クックックッ、残念だったな。王は魂共々我々のものとなった。我が主を蘇らせる為の生贄となったのだよ」
「……貴様あああッ!」
激昂し、大剣を手に斬りかかろうとするオディアンだが、ケセルは醜悪な笑みを浮かべながら闇の力を解放する。次の瞬間、一行の全身が黒い鎖に縛られ、身動きを封じられてしまう。浮かぶ憎悪と破滅の魂はケセルの手元へ移動した。
「クックックッ、これから更に面白い事になるぞ。冥土の土産に良いものを見せてやろう」
魂を手にしたケセルがルーチェに視線を向けると、三つの瞳が妖しく光る。
「うっ……あああぁぁぁぁぁっ!」
突然、全身を締め付けるような感覚に襲われ、苦しみ出すルーチェ。
「ルーチェ!」
思わずルーチェの元へ駆け寄ろうとするレウィシアだが、身動きが取れない状態であった。ルーチェはケセルの力によって宙に浮き、ケセルの元まで引き寄せられる。
「ケセル、貴様あっ!」
ルーチェの危機を目の当たりにし、必死で身体を動かそうとするレウィシア。
「無駄だ。この小僧もたった今、このオレの手中に収まった。例え貴様が動けても、この小僧がいては手も足も出ないだろう? 貴様が甘さを捨てぬ限りな」
ケセルが醜悪に笑うと、ゲウドは水晶玉でルーチェを吸い寄せる。
「ルーチェ! ルーチェッ……! いやあああああああああ!」
ゲウドの水晶玉に取り込まれていくルーチェの姿を見せられたレウィシアは悲痛な声を上げる。
「ヒヒヒ……ケセル様。この小僧も素材ですかな?」
「そうだ。丁重に扱わなくてはな」
ゲウドとケセルが会話を交わしている中、レウィシアは怒りを最大限まで滾らせ、ケセルの闇の力による拘束を解こうとする。
「貴様がどう足掻こうと無駄な事よ。これを見ろ」
ケセルが掌に水晶玉を出現させると、玉から四つの魂が現れる。
「これが何だか解るか? 素材として選ばれた、貴様らがよく知る者達の魂よ」
その言葉でレウィシア達の頭に浮かんだものは、ガウラ王、聖風の神子エウナ、サレスティル女王、アクリム王女マレンであった。
「おのれ……よくも……よくもぉっ!」
レウィシアが怒り任せの咆哮を上げると、全身を縛る闇の鎖が吹き飛ばされ、真の太陽による輝く炎のオーラに包まれる。同時に仲間達の拘束も解かれ、身体の自由を取り戻した。
「フハハハハ、オレの力による戒めを解くとはな。貴様の大切な者達がどうなっても構わぬのなら少しだけ相手してやっても良いぞ?」
余裕の態度を崩さないケセルは四つの魂をちらつかせながらも、右手に浮かぶ憎悪と破滅の魂を口に運ぶ。すると、ケセルの全身から凄まじい闇の波動が巻き起こり、まるでレウィシアと対になるような黒く輝く闇のオーラに覆われる。
「うっ……!」
恐ろしく禍々しい力を肌で感じ取ったレウィシアは思わずその場に立ち尽くす。邪悪な波動から感じられる力は、普段のケセルとは比べ物にならない程であった。
「オレは冥神の力そのもの……それが今、憎悪と破滅の魂との融合によってこれ程の力を得た」
光る三つの目は不気味に輝き続け、醜悪な笑みを浮かべるケセルが空中に上昇し、暗雲が渦巻く空まで浮かび上がると、周囲に黒い稲妻が纏い、黒く染まった巨大なエネルギーの玉を作り出す。全ての闇の力が結集されて出来上がった魔力のエネルギーであった。
「う……あぁっ……」
「な、何なのよあれ……冗談じゃないわよ!」
戦慄を通り越して心の底から恐怖を感じる仲間達を背に、レウィシアは表情を引き攣らせる。
「ひっ、ひぃぃぃ! ま、巻き添えは御免じゃああ!」
ゲウドが一目散にその場から去って行く。
見るがいい。これが冥神の力だ――
レウィシア達がいる玉座の間に向けて巨大な魔力のエネルギーを放つケセル。
「うわあああああああああ!」
恐怖の余り、叫びながら後退りするテティノ。
「だ、誰か何とかしてよ! こんなところで死ぬなんて嫌よぉぉっ!」
スフレが頭を抱えながら叫ぶ。
「くそ……こんな事って……!」
自分の力ではどうにもならないという事態に直面したヴェルラウドは悔しさに打ち震える。
「レウィシア!」
ラファウスが呼び掛けるが、レウィシアは剣を構えたまま微動だにしない。
「くっ……このまま死ぬわけには!」
リランが徐に飛び出し、レウィシアの前に立つ。
「リラン様?」
「一か八かの賭けだが、私の全魔力で結界を張る。私の命がどうなろうと、お前達を死なせるわけにはいかない。お前達は……地上を守る光なのだ」
魔力を解放させたリランの全身が光のオーラに包まれる。
「リラン様!」
「構うな、レウィシア! どうか……どうか未来を守ってくれ」
リランを包む光のオーラが更に輝き始める。
我の中に宿る全ての光よ。忌まわしき闇の力から守る結界となれ――
世界の中心地となる場所から黒い閃光が見える。ケセルが放った巨大な闇のエネルギーによる大爆発であり、その威力は玉座の間のみならず、闇王の城共々完全に吹き飛ばしていた。
その頃、クレマローズでは謁見の間が騒然としていた。なんと、アレアス王妃が突然眩暈を起こし、倒れたのだ。王妃の部屋に運び出されたアレアスは安静にしていたが、すぐに意識を取り戻す。
「王妃様! 気が付かれましたか!」
トリアスが心配そうに声を掛ける。
「ああ、トリアス……。私は何とか大丈夫よ。疲れが溜まっていたのかしら」
僅かに頭痛を感じながらも、ベッドから起き上がるアレアス。
「ご無事で何よりです! 王妃様にまで何かあったら姫様に何とお告げして良いものか……」
トリアスの言葉に、アレアスは何とも言えない胸騒ぎを感じる。
「レウィシア……」
アレアスは気分を落ち着かせる為、ベッドから抜け出しては風に当たろうと窓を開ける。窓から見える城下町の様子。そして曇り空。窓から伝わる風は、まるで何かを訴えているかのように強く吹き始めていた。
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