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第七章「憎悪と破滅の魂」
正義という罪
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「来たか……赤雷の騎士と忌々しき人間どもよ」
轟く雷鳴。天井が突き抜け、暗黒の空が見える荒れ果てた玉座の間に、ヴェルラウド達がやって来る。
「貴様が闇王か?」
ヴェルラウドが問う。漂う瘴気の中、壊れた玉座に腰を掛ける闇王が重々しく口を開く。
「……我が名はジャラルダ。闇を司りし者を統べる闇王と呼ばれし者。ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……赤雷の騎士エリーゼと同じ輝きを持つその目……実に不愉快なものよ」
闇王がゆっくりと立ち上がると、ヴェルラウド達は一斉に身構える。
「闇王。お前達は俺の母国クリソベイアを滅ぼし、多くの人々を犠牲にした。そして俺の父ジョルディスと、守るべき者達の命を奪った。お前だけは必ず倒す」
神雷の剣を手にヴェルラウドが戦闘態勢に入る。
「犠牲だと? 愚か者めが。それが貴様等人間への裁きだ」
「何?」
裁きという言葉に眉を顰めるヴェルラウド。
「貴様等人間が信じる正義こそが愚の骨頂。正義という罪が滅びを生んだのだ。このジャラン王国は、人間どもの正義によって滅ぼされたのだからな」
闇王の言葉に共鳴するかのように鳴り響く雷鳴。
「何だと……どういう事だ!」
言葉の意味が気になり、返答するヴェルラウド。
「ならば教えてやる。人間どもが招いた我々の忌まわしき運命を」
闇王は語る。荒廃した都市のかつての姿――世界では主に魔族と呼ばれる闇を司りし者達が暮らすジャラン王国。古の時代にて世界を大いなる闇で支配していた邪神が生みし種族となるのが闇を司りし者であり、人間にとって恐怖の対象とされている悪魔の姿と闇の力を持つ事もあって人間とは一切関わりを持たず、闇王が治める闇を司りし者達の王国として繁栄していた。だがある時、一つの大陸が強大な力を持つ魔物の脅威にさらされ、それを打ち倒した人間――赤雷の騎士エリーゼ率いる英雄一同が王国に現れ、闇を司りし者達に戦いを挑んだ。それは未来永劫世界の平和を守る為であり、この世を再び闇と脅威に支配されてはならないという正義のままに、災いの根源となるものを全て淘汰しようとしていた人間達が闇を司りし者を災いを呼ぶ存在と認識していたが故の事であった。人間と相容れない立場であり、数々の人間の愚行を聞かされていた事で不信感を募らせていた闇王は人間の英雄と死闘を繰り広げた末、ジャラン王国共々滅びの運命を辿った。そしてケセルの手によって蘇った闇王は人間と正義への憎悪を滾らせ、地上の人間全てに裁きを下そうとしているのだ。
「貴様等に解るか? 愚かな正義のままに災いを呼ぶ者と認識され、そして滅ぼされた我々の悲しみを」
闇王が事の全てを語り終えると、言葉を失うヴェルラウド達。重い静寂が支配すると、一筋の風が吹き付ける。
「問おう、我を討たんとする人間どもよ。貴様等も闇の力を持つ者は全て世界に災いをもたらすものだと信じているのか? それを全て根絶やしにするのが人間の役割だというのか?」
過去の出来事を考える余り言葉を詰まらせるヴェルラウドだが、リランが前に出る。
「お前の問いに返答するならば、確かにその通りであろうな。我々人間は古の時代に起きた大いなる災厄の再来を恐れる余り、闇の力を持つ者は全て災いの根源だと認識しているところがある」
闇王がリランに視線を向ける。
「だが、お前達闇を司りし者は古の邪神によって生み出された存在だと聞く。お前達は地上で我々と共に生きる事を望んでいたというのか?」
リランが問い掛ける。
「古の……邪神……」
闇王は憎悪に満ちた目をリランに向ける。
「……残念だが、例えお前達がそう望んでいても、邪神が生んだものは決して人とは相容れられぬ定め。いずれ人と争い、世界に脅威をもたらす事になる。それ故に地上に留まる事は出来ない。我々の本意でなくともな」
半ば心苦しい様子で、杖を握る手を震わせながらもリランは言葉を続ける。
「許せ……闇王よ。お前達を討つ事は、お前達を救う為でもあるのだ。それに、今のお前から感じるものは邪悪なる力でしかない。このままだとお前は人間だけではなく、世界そのものを破滅に導くのが見えている。お前を救う為にも……」
闇王の表情が険しくなると、更に雷鳴が轟く。
「もういいよ、リラン様。綺麗事みたいな無駄話はいらねぇから」
ヴェルラウドが遮るように言う。
「闇王。お袋や親父達はお前にとって愚かな正義の為に戦ったのかもしれないが、俺はそうじゃない。俺は正義の為だとかいった理由で戦っているわけじゃない。お前は生きている限り、俺の命を狙い続けるんだろう? 今のお前は、討たなくてはならない。俺のせいで、これ以上大切なものを失いたくないからな」
剣を構えるヴェルラウド。続いてスフレが出る。
「所詮あんた達とは何をやっても解り合えないのは見えてるし、あんたが何を言おうとあたし達は戦うわよ。その為に此処まで来たんだから」
スフレが強気に言い放ち、魔力を高めていく。
「闇王よ。お前達の運命が人間に与えられた使命と正義が招いた犠牲だとしても、今のお前からは邪悪な意思しか感じられぬ。邪悪な意思こそが災いを生むものだと俺は考えている。俺は己の信じる道を選ぶ」
オディアンが大剣を構える。
「……何処までも愚かな事よ。災いへの恐れ、そして正義という戯けた思想が生んだ罪を省みぬのが人間だというのならば、まずは貴様等から裁きを与えてくれる」
闇王の手元に禍々しい形の大剣が現れる。闇と憎悪の力が武器と化した魔剣であった。
「来るがいい、罪深き人間達よ。そして思い知れ。正義という大罪の愚かさを」
魔剣を構える闇王の周囲から強風と共に闇の瘴気が迸る。圧倒的な威圧感を前に戦慄を覚えるヴェルラウド達。
「行くぞ、闇王!」
神雷の剣を手に、果敢にも闇王に斬りかかるヴェルラウド。続いてオディアンが飛び掛かる。
「全力で行かせてもらうわよ」
魔力を全開にしたスフレの全身が黄金のオーラに包まれると、両手から魔力のエネルギーが燃え上がる。リランは破闇のオーブを取り出し、魔力を集中させると同時に念じ始める。
「うおおおおおお!」
激しく振り下ろされる闇王の魔剣。それは目にも止まらぬ勢いによる連続攻撃となり、咄嗟に剣で防御するヴェルラウドとオディアンだが一撃が重く、吹き飛ばされてしまう。
「ぐあっ……」
吹き飛ばされた二人が壁に叩き付けられると、闇王は魔剣を深々と突き立て、衝撃波と踊り狂うように唸る黒い雷を発生させる。
「があああああっ!」
衝撃波と黒い雷の同時攻撃を受けたヴェルラウドとオディアンが絶叫する。
「バーントルネード!」
スフレに魔法による巨大な炎の竜巻。一瞬防御態勢に入る闇王だが、闇の魔力を高めては気合で竜巻を消し飛ばしてしまう。
「ぜ、全然効かない……!」
驚くスフレに、闇王の反撃が襲い掛かる。魔剣を大きく振り下ろす事で巻き起こる真空波であった。
「きゃあああああ!」
真空波の攻撃を受けるスフレ。マントは一瞬でズタボロに引き裂かれていた。
「くっ……赤い雷よ!」
ヴェルラウドは神雷の剣を握り締めながら、自身の赤い雷の力を呼び起こす。それに応えるように刀身が赤い電撃を纏い、全身が赤い膜のようなオーラに包まれる。同時にオディアンが立ち上がり、ヴェルラウドと共に立ち向かう。
「翔連覇斬!」
オディアンが斬撃の嵐を繰り出すと、ヴェルラウドが背後に回り込み、一撃を加えようとする。
「邪魔だ」
闇王の魔剣による薙ぎ払いが二人を蹴散らす。闇の魔力によるオーラで覆われた魔剣による一撃はかなりのダメージとなり、オディアンの鎧は大きく抉れる形で損傷していた。
「ぐっ、げほっ……」
流血する胸元を抑え、血を吐くヴェルラウド。闇王の力は圧倒的で、正面から立ち向かっても太刀打ち出来ない程であった。
「強い。まさかこれ程までとは」
闇王の強さを前に膝を付くオディアン。
「みんな、諦めちゃダメよ!」
励ますように言うスフレは、次の攻撃準備に取り掛かっていた。炎の魔力によって生み出された多大な炎の力――クリムゾン・フレアを放とうとしているのだ。
「待て、ここは私に任せろ」
破闇のオーブを持ったリランが声を掛ける。
「リラン様! もしかして?」
「うむ。闇王は想像以上に強い。いくら君達でもこのまま立ち向かったところで勝てる見込みは極めて薄いだろう。その為にも……」
ヴェルラウドとオディアンはリランが手に持つオーブを見て即座に理解し、すぐさま距離を取ろうとする。
「小賢しい。消え去れ」
魔剣を手にした闇王が突撃してくる。
「いかん!」
襲い来る闇王の怒涛の攻撃を食い止めようとオディアンが前に出る。防御態勢に出るオディアンだが、闇王が繰り出す激しい攻撃を全て凌ぐ事は不可能であり、闇の雷を帯びた斬撃を受けてしまう。
「がっ、がはっ……」
鎧を砕かれ、深い傷を負ったオディアンは血反吐を吐きながら倒れてしまう。
「オディアン!」
思わず駆け寄るヴェルラウドとスフレだが、オディアンは立ち上がれる状態ではなかった。怒りの余り視線を闇王に向けるヴェルラウド。闇王は魔剣を掲げ、魔力を集中させていた。
「闇王、そこまでだ!」
リランが破闇のオーブを掲げると、オーブから眩い光が溢れ出し、玉座の間の瘴気を吸い取っていく。
「……ウッ、グオオオオオオ!」
闇王の全身から溢れ出る瘴気と闇の光。それは闇王の力の源であった。闇王の力となるものは全てオーブに吸い込まれていき、玉座の間を覆い尽くしていた瘴気は完全に消えていた。リランの光の魔力と併せた事によってオーブで闇王の力を吸収する事に成功したのだ。
「我が闇の力が……」
力の源を吸収された闇王から感じる圧倒的な闇の力は失せていた。
「すごーい! もしかして賢王様のオーブで闇王を大きく弱らせたっていうの?」
スフレが驚きと歓喜の声を上げる。
「確かに……これならやれるかもな」
ヴェルラウドは再び剣を両手で握り締め、赤い雷を纏わせる。
「……人間どもがァッ……!」
激昂する闇王は魔剣を手に斬りかかる。ヴェルラウドは闇王と激しく剣を交えた。闇の力を失っているとはいえ、怒り任せに次々と斬撃を繰り出す闇王の攻撃は防御するのも精一杯になる程激しいもので、まともに食らうと大きなダメージは免れない勢いであった。だがヴェルラウドは剣に赤い雷の力を集中させ、闇王の斬撃を受け止めながらも反撃に転じようとしていた。
父さん……母さん……今こそ俺に力を!
闇王の渾身の一撃を剣で抑えた瞬間、ヴェルラウドは距離を取り、赤い雷の力が込められた神雷の剣を両手で構えながらも息を切らせる。同時にスフレも全魔力を集中させていた。
その頃、レウィシア達はゲウドが放った闇王の眷属達との戦いを続けていた。
「グオオオオオオオ! オ……オオオオッ!」
レウィシアと戦うバウザーは怒り狂ったかのような雄叫びを上げながらも、大剣を手に斬りかかっていく。
「あなたはこんな姿にされてまで戦う事を望んでいたの? そんな事……ないわよね」
レウィシアは剣を両手で構え、バウザーの大剣を受け止める。そして剣を交える二人。バウザーの攻撃には戦略の欠片をも感じさせない、ひたすら力任せの攻撃を繰り出すだけであった。幾度か剣を交えたレウィシアは一度距離を取り、両手で剣を掲げる。すると、刀身が炎のオーラに包まれ、輝くように燃え始めた。
「安らかにお眠りなさい」
レウィシアが空中からの一閃を繰り出すと、バウザーの肉体は大きく裂かれ、黒く染まった血が噴き出した。
「グァッ……ギャアアアアアアアァァッ!」
バウザーの断末魔が響き渡る。返り血を浴びながらも目を瞑り、思わず顔を逸らすレウィシア。その場に倒れたバウザーは「ニンゲン、コロス」と呟きながら息絶える。戦いに勝利したものの、レウィシアは後味の悪い気分に陥っていた。
マドーレとの交戦を続けるヘリオは、全身が汗に塗れていた。口からは血を流しており、スタミナが消耗しているが故に息を切らせている。マドーレはドラミングをしながらも襲い掛かろうとしていた。
「クッ……しぶとい奴だ。このままではマズイな」
攻撃を加えても倒れる気配のないマドーレを前に、ヘリオは次第に劣勢を感じるようになっていた。口元の血を拭い、構えを取ろうとした直後、マドーレは闇の炎を吐き出した。
「しつこい奴め」
扇で追い風を起こすヘリオ。炎は凌いだものの、瓦礫がヘリオに向かって飛んで来る。
「がっ……!」
瓦礫の直撃を食らい、唾液を撒き散らしながら頭を大きく仰け反らせるヘリオ。マドーレが手当たり次第に瓦礫を投げつけているのだ。ヘリオは次々と来る瓦礫を間一髪で回避しつつも、マドーレの背後に回り込もうとする。
「ウオオオオオオオオ!」
マドーレが雄叫びを轟かせながら巨大な瓦礫を投げつけた瞬間、ヘリオが巨大な炎の衝撃波を巻き起こす。衝撃波がマドーレに命中すると、更に扇を振り翳し、炎の蛇を放つ。
「ゴアアアアアアァァァッ!」
炎の中でもがきながらも、耳障りな叫び声を上げるマドーレ。奴に決定打となる一撃を、と考えるものの、直接近付くのは却って危険だと判断したヘリオはその場で身構える。
「グアアアア!」
翼を広げて飛び上がるマドーレが空中から闇の炎を吐き出す。即座に追い風を起こそうとするものの、体力の消耗で不意にバランスを崩してしまう。
「しまった……!」
防御が間に合わないと悟ったヘリオは目を瞑る。だがその直後、ヘリオの前に何者かが立ちはだかる。レウィシアであった。レウィシアはヘリオを守るように、燃え盛る闇の炎を盾で防いでいた。
「貴様……レウィシアか」
「何とか間に合ったようね。後は私に任せて」
助太刀に現れたレウィシアがマドーレに挑もうとする。
「フン、余計な真似をしてくれる」
素直になれない態度で応えるヘリオを背に、レウィシアは空中にいるマドーレに鋭い視線を向けつつも構えを取る。
「グオオオオアアアア!」
マドーレが翼を大きく広げ、レウィシアに向かって突撃を始める。
剣を、放て――
突然、レウィシアの頭から聞こえて来る声。それは、ブレンネンの声であった。
真の太陽に目覚めたお前に与えられし戦神アポロイアの剣は、お前の魂と我の魂が力の根源となる。剣を放つのだ――
レウィシアは声に従うがままに、マドーレに向けて剣を投げつける。剣はマドーレの右肩を貫くと、明るい色の炎に包まれていく。すると、レウィシアの中に入り込んでいたソルが突然顔を出し、マドーレに突き刺さっている剣に向かって飛び込んで行った。
「グアアアアアアアアアア!」
ソルが剣に触れた瞬間、炎は太陽の光のように輝き始める。
「こ、これは……?」
驚愕の表情を浮かべるレウィシア。ヘリオも驚きの表情であった。輝く炎の中、マドーレの巨体は溶けるように消えていき、剣がソルと共にゆっくりと下降していく。
「ソル!」
レウィシアの元に駆け寄るソルはきゅーきゅーと鳴き声を上げ始める。その鳴き声は、いつになく活発な様子であった。地に落ちた剣を手に取ると、レウィシアは今のが真の太陽による力だと悟ると同時に、魔魂の力と合わせる事で途轍もない力を発揮するものだと思い知らされる。
「成る程……それが真の太陽の力か」
レウィシアの力を目の当たりにしたヘリオが脱帽したように呟く。
「真の太陽……か……」
複雑な想いを抱えるレウィシアは、気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐いた。
一方、テティノはラファウスの攻撃準備の時間稼ぎをすべく、数々の水魔法でビゴードを食い止めていた。
「くそ、ラファウス! 早くしろ……!」
テティノの攻撃によるダメージが重なったビゴードは暴走し、目からの光線や稲妻による攻撃を次々と繰り出しているのだ。激しい風がラファウスの周囲に巻き起こる。魔力が最大限まで高まる目前であった。
「……キエサレ……ニンゲン……」
ビゴードが口から極太の光線を放つ。
「カタラクトウォール!」
咄嗟に水の壁で光線を塞ごうとするテティノだが、光線は防壁にすらならず、いとも容易く突き抜けてしまう。
「しまっ……ぐあああああ!」
光線によって吹き飛ばされるテティノ。
「テティノ!」
思わずラファウスが駆け寄る。
「ぐっ……身体が……」
全身を焦がしたテティノは立ち上がろうとするが、身体が付いて行かない程のダメージを負っていた。更に目を光らせ、稲妻を起こすビゴード。
「ああああぁぁっ!」
稲妻の攻撃を受けたラファウスはその場で膝を付いてしまう。
「くっ、あと少しなのに……」
ラファウスは再び立ち上がり、風の魔力を高めようとする。
「ラファウスお姉ちゃん、ここはぼくに任せて」
物陰に隠れていたルーチェが現れる。
「ルーチェ! あなたは下がっていなさい」
「嫌だ! こんな時にいつまでもジッとしてなんかいられないよ」
ラファウスの制止を聞かず、ルーチェは光魔法で攻撃を仕掛けようとする。ビゴードはルーチェの存在に気付くと、狙いをルーチェに定めた。
「いけない! 早く逃げなさい、ルーチェ!」
危機を感じたラファウスが止めようとすると、ルーチェは構わずに光魔法を発動させる。
「ホーリーウェーブ!」
光の波がビゴードを襲う。
「グオオオオオオオ!」
ビゴードがけたたましい叫び声を轟かせると、ルーチェは更に光の波を放つ。
「ルーチェ、あなたは……」
ラファウスは自分の制止を聞かずに力になろうとしているルーチェの心意気を感じ取り、全力で風の魔力を高める。
「シャイニングウォール!」
ビゴードに襲い掛かる光の柱。ルーチェの光魔法による攻撃を次々と受けたビゴードは怒り狂ったかのような奇声を上げ、目を光らせながら稲妻を呼び寄せた。
「わあああああ!」
迸る稲妻がルーチェに降り注ぐ。
「ルーチェ!」
稲妻の攻撃を受けたルーチェは全身を焦がし、倒れてしまう。
「うっ……お姉……ちゃん……」
全身に痺れを残したルーチェは立ち上がる事が出来なかった。
「……許さない」
ラファウスは最大限まで高まった魔力を両手に集め、ビゴードに鋭い視線を向ける。その時、ビゴードに炎の蛇が次々と襲い掛かる。ヘリオの攻撃であった。
「ヘリオ!」
ヘリオの攻撃を確認したラファウスは助太刀に現れたと確信する。
「フン、情けない奴らだ」
辛辣な物言いで現れるヘリオ。傍らにはレウィシアがいた。
「みんな、大丈夫?」
レウィシアがラファウス達の元へ駆け寄ろうとする。
「レウィシア、下がってなさい!」
両手が激しい風の渦に覆われたラファウスが飛び上がると、レウィシアはすぐさまその場から退く。
「聖風の神子の名において、今こそ我が風の力の全てを呼び覚ます時。風の神よ……魔を絶つ大いなる螺旋の風となりて呼び起こせ――ヴォルテクス・スパイラル!」
唸る巨大な螺旋状の衝撃波がビゴードに向かっていく。
「グギャアアアアア!」
衝撃波に飲み込まれたビゴードはおぞましい程の叫び声による断末魔を轟かせ、全身がズタズタに引き裂かれていく。毒々しい色をした血飛沫が舞う中、ビゴードは螺旋の衝撃波の餌食となり、息絶えた。
「何とか……やりましたね」
ビゴードを撃破した事を確認したラファウスは軽く息を吐き、その場に座り込む。
「ルーチェ!」
状況を確認したレウィシアが倒れているルーチェの元に駆け寄る。
「ルーチェ、大丈夫?」
レウィシアの声に気付いたルーチェは安心したような表情になる。
「お姉ちゃん……やっと来てくれた」
「ルーチェ、ごめんね。もっと早く来ていたら……」
レウィシアはそっと顔を寄せ、ルーチェの頭を軽く抱きしめる。
「全く、この子は随分無茶をしたものですよ。下がってなさいと言ったのに」
ラファウスがルーチェの奮闘ぶりを説明すると、レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
「そう……ルーチェも頑張ったのね。本当に大丈夫?」
「うん、ぼくは何とか。それよりも、傷ついたみんなを治さなきゃ」
全身の痺れが治まったルーチェはゆっくりと立ち上がり、ラファウス達の負傷を回復させようとする。
「私は構いませんよ。まずはテティノを治してあげなさい」
ルーチェはラファウスの言葉に従い、倒れているテティノに回復魔法を掛ける。
「済まないな、ルーチェ。もう大丈夫だ」
負傷から回復したテティノが礼を言う。
「レウィシア、急ぎますよ。ヴェルラウド達は今頃闇王のところにいるかもしれません」
「……そうね」
半ば心が晴れないまま、レウィシアは全ての敵が倒れた事を確認しては闇王の居城へ向かおうとする。
「クヒャーッヒャッヒャッヒャッ!」
ゲウドの笑い声が響き渡る。一同が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドの姿があった。
「ヒヒヒ、流石じゃのう。眷属どもを倒しおったか」
嫌らしく笑うゲウドを見たレウィシアは怒りに震える。
「答えなさい! 何故お前はこんな非人道な事を……!」
感情的に声を荒げるレウィシア。ゲウドは醜悪な笑みを浮かべるばかりであった。
「クヒヒヒ……奴らは同族といえど、所詮はワシの手駒でしかない。闇王の奴もいずれ手駒になるんじゃからのう」
「何ですって?」
非道なゲウドの言葉にレウィシアは剣を構える。
「ヒヒヒヒ、レウィシアよ。ヴェルラウドを助けたければ今すぐ城に来るが良い。貴様が助太刀に来ると有難いぞ」
そう言い残し、去って行くゲウド。
「待ちなさい!」
後を追うレウィシアだが、ゲウドを乗せた浮遊マシンは勢いよく城の方へ向かって行く。
「あいつの口ぶりからすると、まさか闇王も利用するつもりなのか?」
テティノの一言。
「あの男も敵である事に変わりないでしょう。早く私達も行きましょう」
ルーチェの回復魔法で全快したラファウスはテティノの傍らで、闇王の居城をジッと見つめていた。
「……もしかして……闇王も本当は……」
俯き加減にレウィシアが呟く。
「どうした」
ヘリオが声を掛ける。
「ううん、何でもない。ヴェルラウドを助けなきゃ」
レウィシアは気持ちを切り替え、振り返らずに足を進める。
「……フン、真の太陽に目覚めても甘さは消えていないというのか」
続いてヘリオが歩き出す。
「お姉ちゃん、待って」
ルーチェがレウィシアの元へ駆けつける。
「どうしたの、ルーチェ?」
足を止め、ルーチェの方に視線を移すレウィシア。ルーチェの表情は何処か浮かない様子であった。
「お姉ちゃん……ぼくと手を繋いでもいい?」
「え?」
「何だかわからないけど、怖いんだ……。でも、お姉ちゃんが傍にいないともっと怖い。だから、お姉ちゃんと歩きたいんだ」
不安そうにルーチェが言うと、レウィシアは笑顔で手を差し伸べる。ルーチェはそっとレウィシアの手を握る。心地良い温もりが伝わるレウィシアの手を握っているうちに、ルーチェの心が次第に和らいでいった。
「ルーチェ……大丈夫よ。何があっても、お姉ちゃんが守ってあげるわ」
レウィシアはルーチェを抱きしめる。
「何をしている。此処は敵地だという事を忘れるな」
怒鳴りつけるようにヘリオが言うものの、レウィシアはずっとルーチェを抱きしめていた。その様子を静かに見守るテティノとラファウス。
「下らん、勝手にしろ」
付き合ってられんと言わんばかりにヘリオはそっぽを向く。レウィシアはルーチェの手を握りながらも再び歩き始める。都市を抜け、瘴気に満ちた道から闇王の居城へ向かうレウィシア達を迎えるかのように、雷鳴が次々と鳴り響いた。
轟く雷鳴。天井が突き抜け、暗黒の空が見える荒れ果てた玉座の間に、ヴェルラウド達がやって来る。
「貴様が闇王か?」
ヴェルラウドが問う。漂う瘴気の中、壊れた玉座に腰を掛ける闇王が重々しく口を開く。
「……我が名はジャラルダ。闇を司りし者を統べる闇王と呼ばれし者。ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……赤雷の騎士エリーゼと同じ輝きを持つその目……実に不愉快なものよ」
闇王がゆっくりと立ち上がると、ヴェルラウド達は一斉に身構える。
「闇王。お前達は俺の母国クリソベイアを滅ぼし、多くの人々を犠牲にした。そして俺の父ジョルディスと、守るべき者達の命を奪った。お前だけは必ず倒す」
神雷の剣を手にヴェルラウドが戦闘態勢に入る。
「犠牲だと? 愚か者めが。それが貴様等人間への裁きだ」
「何?」
裁きという言葉に眉を顰めるヴェルラウド。
「貴様等人間が信じる正義こそが愚の骨頂。正義という罪が滅びを生んだのだ。このジャラン王国は、人間どもの正義によって滅ぼされたのだからな」
闇王の言葉に共鳴するかのように鳴り響く雷鳴。
「何だと……どういう事だ!」
言葉の意味が気になり、返答するヴェルラウド。
「ならば教えてやる。人間どもが招いた我々の忌まわしき運命を」
闇王は語る。荒廃した都市のかつての姿――世界では主に魔族と呼ばれる闇を司りし者達が暮らすジャラン王国。古の時代にて世界を大いなる闇で支配していた邪神が生みし種族となるのが闇を司りし者であり、人間にとって恐怖の対象とされている悪魔の姿と闇の力を持つ事もあって人間とは一切関わりを持たず、闇王が治める闇を司りし者達の王国として繁栄していた。だがある時、一つの大陸が強大な力を持つ魔物の脅威にさらされ、それを打ち倒した人間――赤雷の騎士エリーゼ率いる英雄一同が王国に現れ、闇を司りし者達に戦いを挑んだ。それは未来永劫世界の平和を守る為であり、この世を再び闇と脅威に支配されてはならないという正義のままに、災いの根源となるものを全て淘汰しようとしていた人間達が闇を司りし者を災いを呼ぶ存在と認識していたが故の事であった。人間と相容れない立場であり、数々の人間の愚行を聞かされていた事で不信感を募らせていた闇王は人間の英雄と死闘を繰り広げた末、ジャラン王国共々滅びの運命を辿った。そしてケセルの手によって蘇った闇王は人間と正義への憎悪を滾らせ、地上の人間全てに裁きを下そうとしているのだ。
「貴様等に解るか? 愚かな正義のままに災いを呼ぶ者と認識され、そして滅ぼされた我々の悲しみを」
闇王が事の全てを語り終えると、言葉を失うヴェルラウド達。重い静寂が支配すると、一筋の風が吹き付ける。
「問おう、我を討たんとする人間どもよ。貴様等も闇の力を持つ者は全て世界に災いをもたらすものだと信じているのか? それを全て根絶やしにするのが人間の役割だというのか?」
過去の出来事を考える余り言葉を詰まらせるヴェルラウドだが、リランが前に出る。
「お前の問いに返答するならば、確かにその通りであろうな。我々人間は古の時代に起きた大いなる災厄の再来を恐れる余り、闇の力を持つ者は全て災いの根源だと認識しているところがある」
闇王がリランに視線を向ける。
「だが、お前達闇を司りし者は古の邪神によって生み出された存在だと聞く。お前達は地上で我々と共に生きる事を望んでいたというのか?」
リランが問い掛ける。
「古の……邪神……」
闇王は憎悪に満ちた目をリランに向ける。
「……残念だが、例えお前達がそう望んでいても、邪神が生んだものは決して人とは相容れられぬ定め。いずれ人と争い、世界に脅威をもたらす事になる。それ故に地上に留まる事は出来ない。我々の本意でなくともな」
半ば心苦しい様子で、杖を握る手を震わせながらもリランは言葉を続ける。
「許せ……闇王よ。お前達を討つ事は、お前達を救う為でもあるのだ。それに、今のお前から感じるものは邪悪なる力でしかない。このままだとお前は人間だけではなく、世界そのものを破滅に導くのが見えている。お前を救う為にも……」
闇王の表情が険しくなると、更に雷鳴が轟く。
「もういいよ、リラン様。綺麗事みたいな無駄話はいらねぇから」
ヴェルラウドが遮るように言う。
「闇王。お袋や親父達はお前にとって愚かな正義の為に戦ったのかもしれないが、俺はそうじゃない。俺は正義の為だとかいった理由で戦っているわけじゃない。お前は生きている限り、俺の命を狙い続けるんだろう? 今のお前は、討たなくてはならない。俺のせいで、これ以上大切なものを失いたくないからな」
剣を構えるヴェルラウド。続いてスフレが出る。
「所詮あんた達とは何をやっても解り合えないのは見えてるし、あんたが何を言おうとあたし達は戦うわよ。その為に此処まで来たんだから」
スフレが強気に言い放ち、魔力を高めていく。
「闇王よ。お前達の運命が人間に与えられた使命と正義が招いた犠牲だとしても、今のお前からは邪悪な意思しか感じられぬ。邪悪な意思こそが災いを生むものだと俺は考えている。俺は己の信じる道を選ぶ」
オディアンが大剣を構える。
「……何処までも愚かな事よ。災いへの恐れ、そして正義という戯けた思想が生んだ罪を省みぬのが人間だというのならば、まずは貴様等から裁きを与えてくれる」
闇王の手元に禍々しい形の大剣が現れる。闇と憎悪の力が武器と化した魔剣であった。
「来るがいい、罪深き人間達よ。そして思い知れ。正義という大罪の愚かさを」
魔剣を構える闇王の周囲から強風と共に闇の瘴気が迸る。圧倒的な威圧感を前に戦慄を覚えるヴェルラウド達。
「行くぞ、闇王!」
神雷の剣を手に、果敢にも闇王に斬りかかるヴェルラウド。続いてオディアンが飛び掛かる。
「全力で行かせてもらうわよ」
魔力を全開にしたスフレの全身が黄金のオーラに包まれると、両手から魔力のエネルギーが燃え上がる。リランは破闇のオーブを取り出し、魔力を集中させると同時に念じ始める。
「うおおおおおお!」
激しく振り下ろされる闇王の魔剣。それは目にも止まらぬ勢いによる連続攻撃となり、咄嗟に剣で防御するヴェルラウドとオディアンだが一撃が重く、吹き飛ばされてしまう。
「ぐあっ……」
吹き飛ばされた二人が壁に叩き付けられると、闇王は魔剣を深々と突き立て、衝撃波と踊り狂うように唸る黒い雷を発生させる。
「があああああっ!」
衝撃波と黒い雷の同時攻撃を受けたヴェルラウドとオディアンが絶叫する。
「バーントルネード!」
スフレに魔法による巨大な炎の竜巻。一瞬防御態勢に入る闇王だが、闇の魔力を高めては気合で竜巻を消し飛ばしてしまう。
「ぜ、全然効かない……!」
驚くスフレに、闇王の反撃が襲い掛かる。魔剣を大きく振り下ろす事で巻き起こる真空波であった。
「きゃあああああ!」
真空波の攻撃を受けるスフレ。マントは一瞬でズタボロに引き裂かれていた。
「くっ……赤い雷よ!」
ヴェルラウドは神雷の剣を握り締めながら、自身の赤い雷の力を呼び起こす。それに応えるように刀身が赤い電撃を纏い、全身が赤い膜のようなオーラに包まれる。同時にオディアンが立ち上がり、ヴェルラウドと共に立ち向かう。
「翔連覇斬!」
オディアンが斬撃の嵐を繰り出すと、ヴェルラウドが背後に回り込み、一撃を加えようとする。
「邪魔だ」
闇王の魔剣による薙ぎ払いが二人を蹴散らす。闇の魔力によるオーラで覆われた魔剣による一撃はかなりのダメージとなり、オディアンの鎧は大きく抉れる形で損傷していた。
「ぐっ、げほっ……」
流血する胸元を抑え、血を吐くヴェルラウド。闇王の力は圧倒的で、正面から立ち向かっても太刀打ち出来ない程であった。
「強い。まさかこれ程までとは」
闇王の強さを前に膝を付くオディアン。
「みんな、諦めちゃダメよ!」
励ますように言うスフレは、次の攻撃準備に取り掛かっていた。炎の魔力によって生み出された多大な炎の力――クリムゾン・フレアを放とうとしているのだ。
「待て、ここは私に任せろ」
破闇のオーブを持ったリランが声を掛ける。
「リラン様! もしかして?」
「うむ。闇王は想像以上に強い。いくら君達でもこのまま立ち向かったところで勝てる見込みは極めて薄いだろう。その為にも……」
ヴェルラウドとオディアンはリランが手に持つオーブを見て即座に理解し、すぐさま距離を取ろうとする。
「小賢しい。消え去れ」
魔剣を手にした闇王が突撃してくる。
「いかん!」
襲い来る闇王の怒涛の攻撃を食い止めようとオディアンが前に出る。防御態勢に出るオディアンだが、闇王が繰り出す激しい攻撃を全て凌ぐ事は不可能であり、闇の雷を帯びた斬撃を受けてしまう。
「がっ、がはっ……」
鎧を砕かれ、深い傷を負ったオディアンは血反吐を吐きながら倒れてしまう。
「オディアン!」
思わず駆け寄るヴェルラウドとスフレだが、オディアンは立ち上がれる状態ではなかった。怒りの余り視線を闇王に向けるヴェルラウド。闇王は魔剣を掲げ、魔力を集中させていた。
「闇王、そこまでだ!」
リランが破闇のオーブを掲げると、オーブから眩い光が溢れ出し、玉座の間の瘴気を吸い取っていく。
「……ウッ、グオオオオオオ!」
闇王の全身から溢れ出る瘴気と闇の光。それは闇王の力の源であった。闇王の力となるものは全てオーブに吸い込まれていき、玉座の間を覆い尽くしていた瘴気は完全に消えていた。リランの光の魔力と併せた事によってオーブで闇王の力を吸収する事に成功したのだ。
「我が闇の力が……」
力の源を吸収された闇王から感じる圧倒的な闇の力は失せていた。
「すごーい! もしかして賢王様のオーブで闇王を大きく弱らせたっていうの?」
スフレが驚きと歓喜の声を上げる。
「確かに……これならやれるかもな」
ヴェルラウドは再び剣を両手で握り締め、赤い雷を纏わせる。
「……人間どもがァッ……!」
激昂する闇王は魔剣を手に斬りかかる。ヴェルラウドは闇王と激しく剣を交えた。闇の力を失っているとはいえ、怒り任せに次々と斬撃を繰り出す闇王の攻撃は防御するのも精一杯になる程激しいもので、まともに食らうと大きなダメージは免れない勢いであった。だがヴェルラウドは剣に赤い雷の力を集中させ、闇王の斬撃を受け止めながらも反撃に転じようとしていた。
父さん……母さん……今こそ俺に力を!
闇王の渾身の一撃を剣で抑えた瞬間、ヴェルラウドは距離を取り、赤い雷の力が込められた神雷の剣を両手で構えながらも息を切らせる。同時にスフレも全魔力を集中させていた。
その頃、レウィシア達はゲウドが放った闇王の眷属達との戦いを続けていた。
「グオオオオオオオ! オ……オオオオッ!」
レウィシアと戦うバウザーは怒り狂ったかのような雄叫びを上げながらも、大剣を手に斬りかかっていく。
「あなたはこんな姿にされてまで戦う事を望んでいたの? そんな事……ないわよね」
レウィシアは剣を両手で構え、バウザーの大剣を受け止める。そして剣を交える二人。バウザーの攻撃には戦略の欠片をも感じさせない、ひたすら力任せの攻撃を繰り出すだけであった。幾度か剣を交えたレウィシアは一度距離を取り、両手で剣を掲げる。すると、刀身が炎のオーラに包まれ、輝くように燃え始めた。
「安らかにお眠りなさい」
レウィシアが空中からの一閃を繰り出すと、バウザーの肉体は大きく裂かれ、黒く染まった血が噴き出した。
「グァッ……ギャアアアアアアアァァッ!」
バウザーの断末魔が響き渡る。返り血を浴びながらも目を瞑り、思わず顔を逸らすレウィシア。その場に倒れたバウザーは「ニンゲン、コロス」と呟きながら息絶える。戦いに勝利したものの、レウィシアは後味の悪い気分に陥っていた。
マドーレとの交戦を続けるヘリオは、全身が汗に塗れていた。口からは血を流しており、スタミナが消耗しているが故に息を切らせている。マドーレはドラミングをしながらも襲い掛かろうとしていた。
「クッ……しぶとい奴だ。このままではマズイな」
攻撃を加えても倒れる気配のないマドーレを前に、ヘリオは次第に劣勢を感じるようになっていた。口元の血を拭い、構えを取ろうとした直後、マドーレは闇の炎を吐き出した。
「しつこい奴め」
扇で追い風を起こすヘリオ。炎は凌いだものの、瓦礫がヘリオに向かって飛んで来る。
「がっ……!」
瓦礫の直撃を食らい、唾液を撒き散らしながら頭を大きく仰け反らせるヘリオ。マドーレが手当たり次第に瓦礫を投げつけているのだ。ヘリオは次々と来る瓦礫を間一髪で回避しつつも、マドーレの背後に回り込もうとする。
「ウオオオオオオオオ!」
マドーレが雄叫びを轟かせながら巨大な瓦礫を投げつけた瞬間、ヘリオが巨大な炎の衝撃波を巻き起こす。衝撃波がマドーレに命中すると、更に扇を振り翳し、炎の蛇を放つ。
「ゴアアアアアアァァァッ!」
炎の中でもがきながらも、耳障りな叫び声を上げるマドーレ。奴に決定打となる一撃を、と考えるものの、直接近付くのは却って危険だと判断したヘリオはその場で身構える。
「グアアアア!」
翼を広げて飛び上がるマドーレが空中から闇の炎を吐き出す。即座に追い風を起こそうとするものの、体力の消耗で不意にバランスを崩してしまう。
「しまった……!」
防御が間に合わないと悟ったヘリオは目を瞑る。だがその直後、ヘリオの前に何者かが立ちはだかる。レウィシアであった。レウィシアはヘリオを守るように、燃え盛る闇の炎を盾で防いでいた。
「貴様……レウィシアか」
「何とか間に合ったようね。後は私に任せて」
助太刀に現れたレウィシアがマドーレに挑もうとする。
「フン、余計な真似をしてくれる」
素直になれない態度で応えるヘリオを背に、レウィシアは空中にいるマドーレに鋭い視線を向けつつも構えを取る。
「グオオオオアアアア!」
マドーレが翼を大きく広げ、レウィシアに向かって突撃を始める。
剣を、放て――
突然、レウィシアの頭から聞こえて来る声。それは、ブレンネンの声であった。
真の太陽に目覚めたお前に与えられし戦神アポロイアの剣は、お前の魂と我の魂が力の根源となる。剣を放つのだ――
レウィシアは声に従うがままに、マドーレに向けて剣を投げつける。剣はマドーレの右肩を貫くと、明るい色の炎に包まれていく。すると、レウィシアの中に入り込んでいたソルが突然顔を出し、マドーレに突き刺さっている剣に向かって飛び込んで行った。
「グアアアアアアアアアア!」
ソルが剣に触れた瞬間、炎は太陽の光のように輝き始める。
「こ、これは……?」
驚愕の表情を浮かべるレウィシア。ヘリオも驚きの表情であった。輝く炎の中、マドーレの巨体は溶けるように消えていき、剣がソルと共にゆっくりと下降していく。
「ソル!」
レウィシアの元に駆け寄るソルはきゅーきゅーと鳴き声を上げ始める。その鳴き声は、いつになく活発な様子であった。地に落ちた剣を手に取ると、レウィシアは今のが真の太陽による力だと悟ると同時に、魔魂の力と合わせる事で途轍もない力を発揮するものだと思い知らされる。
「成る程……それが真の太陽の力か」
レウィシアの力を目の当たりにしたヘリオが脱帽したように呟く。
「真の太陽……か……」
複雑な想いを抱えるレウィシアは、気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐いた。
一方、テティノはラファウスの攻撃準備の時間稼ぎをすべく、数々の水魔法でビゴードを食い止めていた。
「くそ、ラファウス! 早くしろ……!」
テティノの攻撃によるダメージが重なったビゴードは暴走し、目からの光線や稲妻による攻撃を次々と繰り出しているのだ。激しい風がラファウスの周囲に巻き起こる。魔力が最大限まで高まる目前であった。
「……キエサレ……ニンゲン……」
ビゴードが口から極太の光線を放つ。
「カタラクトウォール!」
咄嗟に水の壁で光線を塞ごうとするテティノだが、光線は防壁にすらならず、いとも容易く突き抜けてしまう。
「しまっ……ぐあああああ!」
光線によって吹き飛ばされるテティノ。
「テティノ!」
思わずラファウスが駆け寄る。
「ぐっ……身体が……」
全身を焦がしたテティノは立ち上がろうとするが、身体が付いて行かない程のダメージを負っていた。更に目を光らせ、稲妻を起こすビゴード。
「ああああぁぁっ!」
稲妻の攻撃を受けたラファウスはその場で膝を付いてしまう。
「くっ、あと少しなのに……」
ラファウスは再び立ち上がり、風の魔力を高めようとする。
「ラファウスお姉ちゃん、ここはぼくに任せて」
物陰に隠れていたルーチェが現れる。
「ルーチェ! あなたは下がっていなさい」
「嫌だ! こんな時にいつまでもジッとしてなんかいられないよ」
ラファウスの制止を聞かず、ルーチェは光魔法で攻撃を仕掛けようとする。ビゴードはルーチェの存在に気付くと、狙いをルーチェに定めた。
「いけない! 早く逃げなさい、ルーチェ!」
危機を感じたラファウスが止めようとすると、ルーチェは構わずに光魔法を発動させる。
「ホーリーウェーブ!」
光の波がビゴードを襲う。
「グオオオオオオオ!」
ビゴードがけたたましい叫び声を轟かせると、ルーチェは更に光の波を放つ。
「ルーチェ、あなたは……」
ラファウスは自分の制止を聞かずに力になろうとしているルーチェの心意気を感じ取り、全力で風の魔力を高める。
「シャイニングウォール!」
ビゴードに襲い掛かる光の柱。ルーチェの光魔法による攻撃を次々と受けたビゴードは怒り狂ったかのような奇声を上げ、目を光らせながら稲妻を呼び寄せた。
「わあああああ!」
迸る稲妻がルーチェに降り注ぐ。
「ルーチェ!」
稲妻の攻撃を受けたルーチェは全身を焦がし、倒れてしまう。
「うっ……お姉……ちゃん……」
全身に痺れを残したルーチェは立ち上がる事が出来なかった。
「……許さない」
ラファウスは最大限まで高まった魔力を両手に集め、ビゴードに鋭い視線を向ける。その時、ビゴードに炎の蛇が次々と襲い掛かる。ヘリオの攻撃であった。
「ヘリオ!」
ヘリオの攻撃を確認したラファウスは助太刀に現れたと確信する。
「フン、情けない奴らだ」
辛辣な物言いで現れるヘリオ。傍らにはレウィシアがいた。
「みんな、大丈夫?」
レウィシアがラファウス達の元へ駆け寄ろうとする。
「レウィシア、下がってなさい!」
両手が激しい風の渦に覆われたラファウスが飛び上がると、レウィシアはすぐさまその場から退く。
「聖風の神子の名において、今こそ我が風の力の全てを呼び覚ます時。風の神よ……魔を絶つ大いなる螺旋の風となりて呼び起こせ――ヴォルテクス・スパイラル!」
唸る巨大な螺旋状の衝撃波がビゴードに向かっていく。
「グギャアアアアア!」
衝撃波に飲み込まれたビゴードはおぞましい程の叫び声による断末魔を轟かせ、全身がズタズタに引き裂かれていく。毒々しい色をした血飛沫が舞う中、ビゴードは螺旋の衝撃波の餌食となり、息絶えた。
「何とか……やりましたね」
ビゴードを撃破した事を確認したラファウスは軽く息を吐き、その場に座り込む。
「ルーチェ!」
状況を確認したレウィシアが倒れているルーチェの元に駆け寄る。
「ルーチェ、大丈夫?」
レウィシアの声に気付いたルーチェは安心したような表情になる。
「お姉ちゃん……やっと来てくれた」
「ルーチェ、ごめんね。もっと早く来ていたら……」
レウィシアはそっと顔を寄せ、ルーチェの頭を軽く抱きしめる。
「全く、この子は随分無茶をしたものですよ。下がってなさいと言ったのに」
ラファウスがルーチェの奮闘ぶりを説明すると、レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
「そう……ルーチェも頑張ったのね。本当に大丈夫?」
「うん、ぼくは何とか。それよりも、傷ついたみんなを治さなきゃ」
全身の痺れが治まったルーチェはゆっくりと立ち上がり、ラファウス達の負傷を回復させようとする。
「私は構いませんよ。まずはテティノを治してあげなさい」
ルーチェはラファウスの言葉に従い、倒れているテティノに回復魔法を掛ける。
「済まないな、ルーチェ。もう大丈夫だ」
負傷から回復したテティノが礼を言う。
「レウィシア、急ぎますよ。ヴェルラウド達は今頃闇王のところにいるかもしれません」
「……そうね」
半ば心が晴れないまま、レウィシアは全ての敵が倒れた事を確認しては闇王の居城へ向かおうとする。
「クヒャーッヒャッヒャッヒャッ!」
ゲウドの笑い声が響き渡る。一同が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドの姿があった。
「ヒヒヒ、流石じゃのう。眷属どもを倒しおったか」
嫌らしく笑うゲウドを見たレウィシアは怒りに震える。
「答えなさい! 何故お前はこんな非人道な事を……!」
感情的に声を荒げるレウィシア。ゲウドは醜悪な笑みを浮かべるばかりであった。
「クヒヒヒ……奴らは同族といえど、所詮はワシの手駒でしかない。闇王の奴もいずれ手駒になるんじゃからのう」
「何ですって?」
非道なゲウドの言葉にレウィシアは剣を構える。
「ヒヒヒヒ、レウィシアよ。ヴェルラウドを助けたければ今すぐ城に来るが良い。貴様が助太刀に来ると有難いぞ」
そう言い残し、去って行くゲウド。
「待ちなさい!」
後を追うレウィシアだが、ゲウドを乗せた浮遊マシンは勢いよく城の方へ向かって行く。
「あいつの口ぶりからすると、まさか闇王も利用するつもりなのか?」
テティノの一言。
「あの男も敵である事に変わりないでしょう。早く私達も行きましょう」
ルーチェの回復魔法で全快したラファウスはテティノの傍らで、闇王の居城をジッと見つめていた。
「……もしかして……闇王も本当は……」
俯き加減にレウィシアが呟く。
「どうした」
ヘリオが声を掛ける。
「ううん、何でもない。ヴェルラウドを助けなきゃ」
レウィシアは気持ちを切り替え、振り返らずに足を進める。
「……フン、真の太陽に目覚めても甘さは消えていないというのか」
続いてヘリオが歩き出す。
「お姉ちゃん、待って」
ルーチェがレウィシアの元へ駆けつける。
「どうしたの、ルーチェ?」
足を止め、ルーチェの方に視線を移すレウィシア。ルーチェの表情は何処か浮かない様子であった。
「お姉ちゃん……ぼくと手を繋いでもいい?」
「え?」
「何だかわからないけど、怖いんだ……。でも、お姉ちゃんが傍にいないともっと怖い。だから、お姉ちゃんと歩きたいんだ」
不安そうにルーチェが言うと、レウィシアは笑顔で手を差し伸べる。ルーチェはそっとレウィシアの手を握る。心地良い温もりが伝わるレウィシアの手を握っているうちに、ルーチェの心が次第に和らいでいった。
「ルーチェ……大丈夫よ。何があっても、お姉ちゃんが守ってあげるわ」
レウィシアはルーチェを抱きしめる。
「何をしている。此処は敵地だという事を忘れるな」
怒鳴りつけるようにヘリオが言うものの、レウィシアはずっとルーチェを抱きしめていた。その様子を静かに見守るテティノとラファウス。
「下らん、勝手にしろ」
付き合ってられんと言わんばかりにヘリオはそっぽを向く。レウィシアはルーチェの手を握りながらも再び歩き始める。都市を抜け、瘴気に満ちた道から闇王の居城へ向かうレウィシア達を迎えるかのように、雷鳴が次々と鳴り響いた。
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