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第七章「憎悪と破滅の魂」

夜の城で

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……姉さま……姉さま……


暗闇の中で呼び掛ける懐かしい声。そしてうっすらと現れる幼い少年の姿。レウィシアの弟ネモアであった。

ネモア……?

謎の病によって突然亡くなった最愛の弟が今此処にいる。レウィシアは思わずその小さな体を抱きしめようとするが、ネモアは突然涙を流し始める。

姉さま……ぼくはどうして此処にいるの? ぼくは……どうなってしまうの……?

涙ながらに言うネモアの姿が溶けるように消えていく。

……ねえ……さま……

ネモアの姿が消えた時、レウィシアは深い悲しみに襲われ、その場に頽れる。

ネモア……ネモア……

亡くした弟の名を呟きながらも涙を流していると、それを嘲笑うかのように現れる巨大な影。思わず立ち上がり、涙を流したまま鋭い視線を向けるレウィシアだが、巨大な影は不敵な笑い声を上げるばかりだった。


「ネモア!」
夢から醒め、思わず飛び起きるレウィシア。気が付くとそこは暗闇に包まれた寝室。そして隣でぐっすりと眠っているルーチェ。今までの出来事は夢である事を悟ったレウィシアはルーチェを起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
「今の夢は一体……ネモア……」
夢の内容に何とも言えない不安を覚えたレウィシアは夜風に当たろうと、静かに寝室から出た。真夜中のクレマローズ城は薄暗く静まり返っており、見張りの兵士の中に居眠りしている者もいる。レウィシアが向かった先は、ネモアの墓が立てられた中庭であった。夜間に雨が降っていた故に墓標である石碑は濡れており、レウィシアは供えられた思い出の花冠をそっと手に取る。忘れもしないネモアからの手作りのプレゼントであり、レウィシアはネモアと過ごした日々の出来事を思い出していた。
「……ネモア。姉様は世界を救う為に頑張るから、どうか見守っていて……」
レウィシアは黙祷を捧げ、涙を堪えながらもその場を後にする。


涼しい風が吹く雨上がりの真夜中――ヴェルラウドはただ一人で城のバルコニーに佇んでいた。闇王との戦いを控えている事もあってなかなか寝付けず、気晴らしにバルコニーで夜風に当たっているのだ。
「俺は、本当に父さんと母さんを越えられたのだろうか……」
ヴェルラウドは神雷の剣の刀身を凝視しつつも、ジョルディスとエリーゼの姿を思い浮かべる。
「父さん……母さん……」
氷鏡の迷宮での試練の終わりに現れた父と母。そして自分に向けた数々の言葉。同時に過去の忌まわしい出来事――クリソベイアの陥落と共に死を迎えた国王とリセリア姫。サレスティルを支配していた影の女王の卑劣な手からヴェルラウド達を救う為に自死を選んだ王女シラリネ。因縁の敵として立ちはだかり、ヴェルラウドの赤い雷によって壮絶な最期を遂げたサレスティル近衛兵長バランガの姿が次々と浮かんで来る。
「……何故俺と深く関わりのある者は次々と死んでいくんだろうな。だが……」
ヴェルラウドは両手で剣を握り締める。
「この剣に込められた力で全てが救えるのなら、俺は何があっても戦う。どんな奴が相手だろうとな」
剣を掲げながらも、ヴェルラウドは天国にいる父と母、そして大切な人々に想いを馳せながらも決意を固める。その時、背後から扉を開ける音が聞こえる。誰だと思い、振り返るヴェルラウド。現れたのは、レウィシアだった。
「何だ、レウィシアか」
「あ、ごめんなさいヴェルラウド。もしかしてお邪魔だった?」
「いや、大丈夫だ」
ヴェルラウドは静かに剣を収める。
「それがあなたの剣?」
レウィシアはヴェルラウドの神雷の剣に興味を持つ。
「ああ、古の戦女神の力が備わる神雷の剣と呼ばれるものだ。話せば長くなるが」
ヴェルラウドは神雷の剣について話す。神雷の剣は並みの人間では扱えない神の剣であり、当初は使う事が出来なかったものの、氷鏡の迷宮にて自分自身の闇と向き合う試練を乗り越えた事で剣を使う資格を得たという経緯に、レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
「あなたも過酷な試練を乗り越えて来たのね。まさかそれ程の剣が存在していたなんて……」
ヴェルラウドは複雑な想いを胸に、バルコニーから静まり返った真夜中の街並みを見下ろす。一筋の風によってレウィシアの長い髪が靡くと、良い香りがヴェルラウドの嗅覚をくすぐる。
「……レウィシア。あなたも眠れないのか?」
街並みを見下ろしたままヴェルラウドが言う。
「眠れないというか……弟の夢を見たの。それで目が覚めて」
「弟?」
「ええ。ネモアっていうんだけど……」
レウィシアはネモアについて話す。クレマローズの王子であり、年の離れた最愛の弟であり、幼くして突然の病で亡くした事や、夢の内容についても全て打ち明けた。
「そうか、そんな事情が……その夢は一体何を意味するんだろうな」
「解らないわ。夢の中に出てきたネモアはまるで何かを訴えているかのようだった。巨大な影は……」
夢の中に出てきた巨大な影の正体についてはケセルそのものか、ケセルが生み出した闇の魔物だとレウィシアは推測していた。同時に以前から抱えていた疑惑が有力に変わっていく。やはりネモアの病はケセルが関わっているという可能性が高いと。
「夢の内容が考えたくもない正夢でなければ良いがな……。目の前で守るべきものを失うのはもう沢山だ。サレスティル女王も恐らく奴の元に……」
夜空を見上げるヴェルラウド。守るべきものという言葉に、レウィシアは思わずサレスティルでの出来事について振り返ってしまう。そう、シラリネの死であった。
「……レウィシア。あなたに謝らなくてはならない事があるんだ」
「え?」
ヴェルラウドはクレマローズを襲撃した敵の事を話す。ゲウド率いるクレマローズ襲撃部隊の狙いはヴェルラウドであった事や、母国であるクリソベイアが滅びたのも闇王がヴェルラウドを討つ為に魔物を利用して陥落させた事、そして闇王一番の狙いは自身を倒した赤雷の騎士エリーゼの子であるヴェルラウドだという事を全て打ち明ける。
「なんて事……闇王はあなたを狙う為にそんな事まで……」
レウィシアは言葉を失う思いで衝撃を受けていた。
「俺は闇王を討つ為にこの神雷の剣を使える資格を得た。神雷の剣がないと闇王の元へ辿り着けないと聞かされたからな。これ以上、俺のせいで犠牲を生まない為にも……」
ヴェルラウドはレウィシアの方に視線を移す。
「……レウィシア、本当にすまない。俺のせいであなたの国までもが……」
頭を下げて詫びるヴェルラウド。
「何故詫びる必要があるの? あなたを責める理由なんて何処にも無いわ。それに、私が戻って来るまでの間にクレマローズを敵の手から守ってくれたのもあなた達なんでしょう?」
レウィシアはヴェルラウドの近くまで歩み寄る。
「私はいつでもあなたの力になる。今あなたは私の力を必要としているのでしょう? あの時、何もしてやれなかったから……」
ヴェルラウドの前で穏やかな微笑みを浮かべるレウィシア。その表情はどこか切なげであった。
「あの時って……シラリネの事か?」
レウィシアは俯き加減になる。
「私にはあなたの悲しみがよくわかるから。大切な人を失った悲しみが……」
レウィシアの目から僅かに涙が零れ落ちる。かつてシラリネの死によって悲しみに暮れるヴェルラウドの姿を見た時、ネモアの死を目の当たりにしていた時の自分の姿と重ねてしまい、大切な人を救えなかった無力感に打ち震えると共に心の底では何か力になりたいと考えていたのだ。
「待てよ、それはあなたが気にする事では……」
「いいのよ。もっと私を頼っても。これからは共に戦う仲間だから。戦いましょう、私達と」
目を潤ませつつ、切なくも優しい笑顔を向けながら手を差し伸べるレウィシア。ヴェルラウドはそんなレウィシアを見ていると、思わずシラリネの姿が浮かび上がる。
「……俺は人を守る騎士として戦う身だ。あなたがどれだけの力を持っているのか知らないが、もしあなたを守るべき時が来れば、命を掛けてでも俺が守る。騎士たる者は人を守るという使命があるからな」
「ヴェルラウド……」
「……こんな俺の為に、ありがとう。レウィシア」
ヴェルラウドはそっとレウィシアの手を握る。柔らかくも不思議な暖かさを感じる手の温もりに、ヴェルラウドは何とも言えない気持ちになっていた。自分の手を握るヴェルラウドと見つめ合っているうちに、レウィシアは不意に胸の中が熱くなるのを感じる。お互いの手が離れると、ヴェルラウドは表情を綻ばせ、レウィシアも笑顔で応えた。


レウィシア……何というか、太陽のような慈しみ深い心を持つ王女だ。優しさだけではなく、瞳の中に底知れない強さを感じる。

もしかすると、あの時からレウィシアと共に邪悪なる存在と戦う運命だったのかもしれない。

闇王や、その背後に存在する敵に挑むにはレウィシアの力を必要としている。だが、彼女にとっても赤雷の騎士として選ばれた俺の力も必要になる時が来るかもしれない。

もし彼女が俺を必要とする時があるとしたら……。


真夜中のバルコニーでそれぞれの想いを馳せながらも闇王やケセルに戦いを挑む決意を固めるレウィシアとヴェルラウド。その様子を陰でこっそりと眺めている者がいる。スフレであった。
「な……何なのよあれ。あいつ、何様なのよ! 闇王との決戦前夜だっていうのに、あたしがいないところでこっそりと二人きりで! レウィシア……よくも……!」
レウィシアに敵意を露にするスフレ。レウィシアがヴェルラウドに手を差し伸べ、握手を交わしているところもしっかりと目撃していたのだ。
「許さない……クレマローズの王女様だか何だか知らないけど、ヴェルラウドに手を出すなんて絶対に許さないんだから!」
スフレは怒り心頭のままその場を去る。


バルコニーに突風が吹き付けた瞬間、ヴェルラウドは不意に背後を振り返る。
「どうしたの?」
レウィシアも思わず背後を振り返るが、背後には開かれた出入り口があるだけだった。ヴェルラウドは出入り口の方をジッと見つめている。
「何かあったの?」
「……何でもない。まさかと思ってつい」
「え? 何の事?」
「いや……どこぞの騒がしい女かと思ってな」
騒がしい女、という言葉にレウィシアの頭に浮かんできたのはスフレであった。
「あのスフレっていう子?」
「ああ……もしあいつがこの場に来たら色々面倒な事になりそうだからな」
レウィシアはいきなりスフレに眼前で迫られた事を思い出してしまう。あの子ってもしかしてヴェルラウドの事を、と思いつつも出入り口を見ていた。
「あの子もあなたの仲間なのよね?」
レウィシアの問いに対してヴェルラウドが頷く。
「あなたと仲良く出来ればいいんだが……あいつにも助けられた事だってあったからな。そこは素直に感謝しているから」
「そう……私だって仲良くしたいところね」
ふとスフレの事を考えると、レウィシアはどこか不安な気持ちになっていた。
「私はそろそろ戻るわ。明日に備えて寝なきゃ」
「ああ。俺ももう少ししたら床に就くところだ」
レウィシアはその場から去り、寝室へ戻って行った。ヴェルラウドは軽く息を吐くと、再び夜空を見上げる。
「……バランガ。せめて供養しておこうと思ったが」
ヴェルラウドはふとバランガの事を考える。敵対した相手とはいえ、元は自分が来る前は長年シラリネを守り続けていたサレスティルの近衛兵長という事もあり、自らの手で止めを刺した事に後ろめたさを感じていたのだ。
「それにしてもサレスティルは……」
失踪事件が起きているというサレスティルの現状を気にしつつも、ヴェルラウドは再び街並みを見下ろした。

レウィシアが寝室に戻った時、いつの間にか起きていたルーチェが待っていた。
「あらルーチェ。あなたも目が覚めたの?」
「うん……。お姉ちゃん、さっきまでどこ行ってたの?」
「ちょっと風に当たってたの。ごめんね、黙って抜け出しちゃって」
再び床に就こうとするレウィシアにルーチェが抱きつき始める。思いっきりレウィシアに甘えるように、胸に顔を埋めている様子であった。
「ルーチェ、どうしたの?」
「……お姉ちゃん。ぼくの傍を離れないで。何だか……お姉ちゃんがいないと眠れないんだ」
不安そうにルーチェが言うと、レウィシアは優しい微笑みを浮かべつつもルーチェを抱きしめる。
「大丈夫よ、ルーチェ。あなただけはずっとお姉ちゃんが守ってあげるわ。何があっても」
ルーチェの頭を撫でながらも、レウィシアはベッドの中に入る。心地良い温もりと優しい香りに満ちたベッドでルーチェを抱きしめたまま、レウィシアは再び眠りに就いた。


翌日、アレアスに出発の挨拶を済ませたレウィシアは仲間達の元へ向かう。だが、仲間達の面々の中にスフレの姿がない。
「おい、あのスフレという子はまだ来ないのか?」
テティノが言った途端、スフレがやって来る。
「遅いぞ。何やってたんだ」
そう言ったのはヴェルラウドであった。
「うるっさいわね! ちょっと念じていたのよ!」
スフレは不機嫌そうに返答すると、軽くレウィシアを睨み付ける。その視線からは嫉妬心から来る敵意が感じられ、視線を感じ取ったレウィシアは思わず戸惑う。
「あの子、やけにピリピリしてるな」
不機嫌に振る舞うスフレの事が妙に気になったテティノがぼやく。
「大きな戦いを控えているからでしょう。根は真面目な方であれば珍しくない事ですよ」
ラファウスが冷静に答えると、スフレはヴェルラウドの隣に立ち、手を握り始める。
「何だよいきなり」
ヴェルラウドはスフレの手を払う。
「ちょっ……払う事ないでしょ! ちゃんと手洗いはしてるわよ!」
「そうじゃなくてだな。今はそんな事してる場合じゃねぇって話だ」
「何よ! レウィシアだったら許せるとか言うつもり?」
スフレの口から出たレウィシアの名前にこいつ見ていたのかと気になりつつも、ヴェルラウドはそんなわけねぇだろとぶっきらぼうに返す。そのやり取りを見ていたレウィシアはお願いだから面倒な事はさせないで、と心の中で溜息を付いてしまう。
「くだらん奴らだ。いつまでじゃれ合っている。早く準備をしろ」
ヘリオからの棘のある一言。スフレは膨れっ面になりながらもヴェルラウドの傍らに立つ。
「ヴェルラウド、闇王の居場所は解るのかしら?」
気持ちを切り替えたレウィシアが問う。
「ああ、悪いが闇王のところへ行く前に一つ立ち寄るところがあるんだ」
ヴェルラウドは賢者の神殿の事や、クレマローズでの目的を果たした後に賢王マチェドニルから必ず神殿に戻るように言われていたという事情を説明する。
「そういう事よ。お初さんの面々はしっかりご挨拶しなさいよね!」
スフレが威張るように言う。
「賢者の神殿ならば私のリターンジェムがあれば一瞬で行ける」
更にリランがリターンジェムについて説明する。
「ほう、そんなものを持っているとは随分面白い奴だな」
ヘリオが興味深そうにしている。
「皆の者、私の元へ集まるがいい。そして私に掴まるのだ」
リランが所持するリターンジェムで賢者の神殿へ戻る事になり、全員がリランに掴まる。
「こんなので本当に大丈夫なのか?」
テティノが不安そうにする。
「た、多分大丈夫なはず。良いか、絶対に手を離すなよ」
大人数によって掴まれているリランは窮屈な思いをしながらも念じつつ、リターンジェムを天に掲げる。一行は一瞬で賢者の神殿の前にワープ移動した。
「凄い……これがリターンジェムなのね」
レウィシアにとってリターンジェムはかつてメイコが使用していたところを見た事があった故に存在を知っていたが、初めて経験したリターンジェムでの移動に驚きを隠せない様子であった。
「賢王様は渡したいものがあるとの事だが、一体何を渡すつもりだろうか」
オディアンが呟く。
「賢王様の事だし、闇王との戦いが有利になるって事だからきっと心強いアイテムに違いないわ。早いところ頂きに行きましょう!」
スフレがさっさと神殿に向かって行く。
「ちょっと待てよ」
ヴェルラウドが後を追うと、一行も付いて行く。神殿の地下の大広間では、マチェドニルと賢人達が待っていた。
「おお、よくぞ戻って来た! そしてその者達は……」
「はい。クレマローズ王国の王女レウィシア・カーネイリスです」
マチェドニルとは初対面となるレウィシア、ルーチェ、ラファウス、テティノはそれぞれ自己紹介をする。
「成る程、そなたからはガウラの血筋どころか、太陽のような輝きを感じる。そなたはこの世に巣食う巨大な闇を全て滅ぼす希望の太陽となるかもしれぬ」
マチェドニルはレウィシアの瞳から大いなる太陽の力を感じ取っていた。スフレはレウィシアの底知れない実力を評価しているマチェドニルを見て不満そうな表情を浮かべる。
「ところで賢王様、渡したいものというのは?」
「うむ、たった今完成したばかりじゃ」
賢人の一人が掌程の大きさの宝玉を運んで来る。マチェドニルは宝玉をヴェルラウドに差し出す。
「これは破闇のオーブと名付けられたもの」
ヴェルラウドは破闇のオーブと呼ばれた宝玉を手に取る。マチェドニルを始めとする神殿の賢人達によって造られた、あらゆる闇を吸収する力を持つオーブであった。
「闇王の元へ辿り着くまで何があるか解らぬ上、そいつがあれば闇王の力を抑える事が出来るかもしれぬ。どうか役に立てておくれ」
「……解った。ありがとう」
ヴェルラウドは感謝の意を込めてオーブを懐に忍ばせる。そしてマチェドニルが闇王の居城について説明する。闇王の居城は世界の中心に位置するダクトレア大陸に存在し、大陸を覆う闇の結界は神雷の剣の力で破る事が可能だという。
「神雷の剣が使えるようになった今こそ、闇王の居城へ向かうチャンスという事じゃ。ダクトレア大陸は闇を司りし者達が住む場所なだけあって何があるか解らぬ。気を付けていくのじゃぞ」
マチェドニルを始めとする賢人達に見送られながらも、一行は神殿を後にする。
「何にせよ、神雷の剣が使えなかったらどうにもならなかったって事ね。ヴェルラウド、頑張りなさいよ。あんたがうまくやらなかったらどうにもなんないんだからね」
「ああ、解ってるよ」
スフレの一言を受けたヴェルラウドは気持ちを落ち着けようと軽く深呼吸する。闇王の居城の場所について聞かされた一行はダクトレア大陸へ向かおうとする。レウィシア、ルーチェ、ラファウス、テティノはヘリオの空飛ぶ絨毯で、ヴェルラウド、スフレ、オディアン、リランは飛竜ライルといった二つの移動手段を利用する事になった。
「やっぱりあいつも同行するんだな……」
テティノは内心嫌っている相手であるヘリオの同行に激しく抵抗を感じる。
「仕方ありませんよ。私達にはヘリオさんの絨毯が必要ですからね」
「それはそうだが……」
「さあ、行きますよテティノ」
ラファウスがヘリオの空飛ぶ絨毯に乗ると、テティノは渋々と後に続いて乗り込んだ。同時にスフレに呼び出された飛竜ライルにヴェルラウド達が乗り込むと、一行は世界の中心地へ向かう。暫く経つと、一行は黒い結界に覆われている大陸を発見する。険しい岩山に囲まれた大陸――そう、ダクトレア大陸であった。
「間違いない。あれがダクトレア大陸だ。ヴェルラウド、準備は良いか?」
リランが言うと、ヴェルラウドは緊張した顔で神雷の剣を取り出す。
「ヴェルラウド。あの結界を破るにはあなたの剣が必要なんでしょう? 大丈夫なの?」
隣に飛んでいる絨毯に乗ったレウィシアが声を掛ける。
「素人は黙って見てなさいよ! 大事な事なんだから、変な邪魔したらタダじゃおかないわよ!」
喧嘩腰でスフレが言う。
「そ、そんな言い方しなくても……」
レウィシアはあからさま自分に敵意を持っている節のあるスフレの態度がどうしても気に掛かり、少し苦手意識を抱くようになっていた。
「さあヴェルラウド! 自慢の神雷の剣で思い切ってあの結界をブチ破っちゃいなさい!」
何でお前が仕切るんだよと内心思いながらも、ヴェルラウドは神雷の剣を両手で掲げ、意識を集中させる。刀身が赤い光に包まれ、やがて激しい稲妻となり、ヴェルラウドの全身が赤い雷を纏ったオーラに包まれる。
「おい、今すぐ結界の近くまで行ってくれ」
ヴェルラウドの一言に、スフレはライルに結界の近くまで向かうように指示する。絨毯に乗っているレウィシア達は静かに見守るばかりであった。
「神雷の剣よ……今こそ力を! うおおおおおおお!」
ヴェルラウドが渾身の力を込め、結界に向けて勢いよく剣を振り下ろす。次の瞬間、赤い雷を伴った衝撃波が結界を貫き、迸る雷の光が辺りを覆う。そして結界に罅が走ると、ガラスが割れたような音を立てて砕け散った。
「……やったぁー! 結界突破大成功! さっすが赤雷の騎士ヴェルラウドね!」
スフレがはしゃぐように歓喜の声を上げる。
「凄い……あれが神雷の剣の力……」
レウィシアは神雷の剣の力に驚くばかりであった。大陸を覆う結界が完全に消えた事を確認した一行はすぐさま上陸を試みるが、突然激しい気流が襲い掛かる。
「ダメだ! 大陸上は気流のせいでまともに飛べそうもない。降りれそうな場所に降りるぞ」
ダクトレア大陸の上空は気流の乱れが激しく、空から直接闇王の居城へ向かう事は不可能であった。気流に苦しめられながらも、一行は辛うじて大陸内に降り立つ事に成功した。


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