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第五章「氷に閉ざされし試練」

氷の聖都

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「はああああああっ!」
「うおおおおおおお!」
双方の剣が金属音を轟かせると同時に火花が迸る。二人の男による剣と剣のぶつかり合いは、吹き荒れる吹雪を寄せ付けない程であった。
「だああああああっ!」
お互いの全力を込めた一振りが空を切り、ガキィンと轟音が響いた瞬間、回転しながら宙を舞い、凍り付いた地面に深々と突き刺さったのは大剣だった。ヴェルラウドとオディアンの剣を交えた手合わせは、神雷の剣を掲げたヴェルラウドの勝利であった。
「ぬう……見事だ。我が剣を打ち払うとは」
脱帽したようにオディアンが呟く。
「へえ、思ったよりもやるじゃないの。オディアンですら敵わないくらいなの?」
そっと勝負を見守っていたスフレがやって来る。
「……いや、まだまだだな」
ヴェルラウドは僅かに手を震わせながらも、剣を鞘に収める。
「え? まだまだって?」
「確かに剣は使えるようになった。だが、今はまだ完璧に使いこなせたとは言い難いな」
剣を凝視しながらヴェルラウドが言う。激しく剣を交え、全力で剣を振るい続けた影響で両手に痺れが残っているのだ。
「ヴェルラウドよ、お前も理解しているようだな。例え神雷の剣を使えるようになっても、それで終わりではないという事を」
「ああ」
オディアンが地面に刺さった大剣を引き抜き、鞘に収める。
「ねえ、どういう事よ。つまり剣が使えても、使い方を完全にマスターしなきゃダメって事?」
「そんなところだな。尤も、剣というのはそんなものだ」
「ふうん、剣ってのは色々大変なのね」
スフレは体を解そうと背伸びをする。
「今日のところは一先ず休むぞ。明日に備えて身体を休めておかなくては」
オディアンの一言で、二人は歩き始める。凍り付いた大地を歩く中、ヴェルラウドは思う。


あの試練を乗り越えたおかげで、神雷の剣を使う資格を得る事が出来た。
だが、これだけではまだダメだ。剣が使えても、それだけでは本当の力を発揮出来ない。剣を完璧に使いこなす程の力量、そして心が必要だ。

そう――あの試練が、そう教えてくれたんだ。



一週間前――ヴェルラウド達を乗せた飛竜ライルは世界の最北端に位置する氷の大陸チルブレインに到着した。氷に閉ざされた大地と呼ばれたこの大陸には試練の聖地と呼ばれる場所がある。歴戦の戦士ですら踏み入れた事がない未開の地となるこの大地で神雷の剣を使えるようになる手掛かりを求めてやって来たヴェルラウド達は大陸に降り立つ。
「ひゃあ! な、何なのよこの寒さ!」
大陸内は視界が阻まれる程の猛吹雪による極寒であり、普段着で立ち入るのは自殺行為に等しい程であった。
「クッ……これではまともに進む事すら出来んな。スフレよ、お前の魔力で何とか凌げないものか?」
「あ、あたしの力で上手くいくかわかんないけど……賢王様直伝のあの魔法をやってみるわ」
スフレは寒さに震わせながらも魔力を集中させる。
「……お前にそんな事出来るのか?」
横でヴェルラウドが言うが、スフレはひたすら精神を集中させていた。
「……炎の力よ……凍てつく世界から我らを守れ……ヒートヴェール!」
ヴェルラウド達の周囲が熱の結界に覆われる。結界の中は少し暖かい温度に満ちていた。
「すげぇ……これもお前の力なのか?」
スフレの力にただ驚くばかりのヴェルラウド。
「このスフレちゃんを侮ってもらっては困るわ! と言いたいところだけど、正直ずっと持つかどうかも解んないのよね」
「何だって? 本当に大丈夫なのかよ……」
「何もないよりかマシでしょ! ってか、さっさと行くわよ! それともこのままとんぼ返りするの?」
「とにかく、今は全身するしかなかろう。進めば何かあるかもしれん」
スフレによる熱の結界に守られながらも、ヴェルラウド達は氷の大地を進んでいく。大陸内には魔物の気配はないものの、凍てつく吹雪は止まる事を知らず、次第に視界が真っ白になっていく。
「……なあ……本当に大丈夫なのか? 温度が下がっている気がするんだが」
不安な気持ちで言うヴェルラウド。結界内の温度が少し下がっているのだ。
「あ、あたしも正直不安になってきたわ……一端出直す?」
弱気な様子のスフレ。魔力が消耗していくにつれて、結界の力が次第に弱まっていた。
「どうやら、この地を侮っていたようだ……歴戦の英雄が立ち入りしなかった理由が解ったかもしれぬ」
一行が一度撤退を決め込もうとした瞬間、突風が襲い掛かる。
「な、何だあれは!」
一行は愕然とする。なんと、前方には吹雪による激しい竜巻が巻き起こっているのだ。
「ちょっとおお! な、なんでこんなところに竜巻が発生してるのよおお!」
スフレが思わずパニックになる。
「逃げるぞ! 巻き込まれては一溜りもない!」
その場から逃げようとする一行だが、竜巻は一瞬で勢いが増し、広範囲に渡って拡大していくに連れて一行を吹き飛ばしていった。
「うわああああああああぁぁぁぁ!」
竜巻に吹き飛ばされた瞬間、スフレの魔法による結界が消滅し、一行はそのまま意識を失った。



一方、闇王の城では――


「そうか……後は貴様に任せる」
「フフフ、この私に任せて下さい。レグゾーラのように不覚は取りません」
巨大な台座に祀られた球体には、魔族の女の姿が映し出されていた。会話が終わると球体に映されたものは砂嵐となり、玉座に佇む闇王の前に黒い影が現れる。黒い影の大きく開かれた口からケセルが姿を現した。
「クックックッ、ご機嫌如何かな? 闇王よ」
ケセルは不敵な笑みを浮かべつつ、腕組みをした状態で声を掛ける。闇王は杯に注がれた酒を飲み干し、息を付く。
「貴様が直接出向くとは……何のつもりだ?」
ケセルは返事せず、手から漆黒の炎に覆われた邪悪な闇の光を放つ光球を出現させる。それは、ブレドルド王の魂がケセルによって暗黒の魂に作り替えられたものであった。
「クックックッ、喜ぶがいい。貴様が求めていたものだよ。元は栄誉ある剣聖の王の魂だったものが、このオレの手で大いなる闇の力が込められた魂と化したものだ。完全なる復活を遂げるには、これが必要なんだろう?」
黒く燃える暗黒の魂は不気味な輝きを放ち、ケセルの邪悪な笑みを照らす。
「貴様……それを我に与えると言うのか?」
「それ以外に何が考えられる? 完全なる復活を望んでいるのならば、オレの気が向かぬうちに試してみたらどうだ? 必要ないというならば受け取る必要は無い。元々オレは貴様の復讐に干渉する気は無いのでな」
尊大な態度で言い放つケセルを前に、闇王は手に持つ杯を粉々に砕く。
「……貴様は色々気に食わぬが、試してやる。魂をよこせ」
ケセルは歪んだ笑みを浮かべたまま、魂を闇王に差し出す。闇王が魂を手にすると、ケセルの額の目が紫色の光を放つ。その光に応えるかのように、魂が闇王の中に入り込んでいく。
「ぐっ……おお……グオアアアアアッ……グアアアアアアアアア!」
突如、激しい苦しみに襲われた闇王は頭を抱えながら叫び声を上げる。苦しみは全身に響き渡る激痛と化し、体内の血液が沸騰するかのような感覚となり、黒く染まった血を吐き出した。
「ごっ……あぁ……ハ、ァッ……ハァ……ぬ……おああああアアアッ! ゴオオオオオオオオアアアアアアアアアッ! ンオオオオオオオオオオォォォオオオオッ!」
咆哮と共に立ち上がり、力任せに腕で台座を破壊する闇王。同時に闇王の全身から闇の瘴気が発生していく。
「クックックッ、思ったよりも刺激が強すぎたか? まあいい。仮に失敗したとしても所詮オレの計画に支障は無い。気まぐれに復活の手助けをしてやった事だけでも感謝するんだな」
ケセルが黒い影の口の中に入り込むと、黒い影は球体に変化し、蒸発するように消えていく。闇王は暴走する形で辺りのものを力任せに破壊しつつも、地獄のような激痛と激しい苦しみに叫び続けていた。


ヴェルラウドが目覚めると、そこは見知らぬ部屋の中だった。
「ここは……何処だ?」
目を開けて起き上がろうとした瞬間、スフレの顔が視界一杯に広がる。
「ヴェルラウド、やっと目を覚ましたのね! もう、あんただけ死んでるのかと思ったわ!」
途轍もない至近距離で顔を覗き込むようにスフレが言ってくると、思わず顔を逸らしてしまうヴェルラウド。
「何よ、顔逸らす事ないでしょ! あたしが可愛いからって顔が近くなると恥ずかしいの?」
「違うっての。いきなりでびっくりしただけだよ。大体そこまで近付く事ねぇだろ……」
僅かに赤面するヴェルラウドにちょっかいを掛けるスフレの傍らには、オディアンが腕組みをして座っていた。
「何はともあれ、全員無事で何よりだ。どうやら我々は誰かに助けられたらしい」
「そのようね。こんなところにも住んでる人がいるなんてちょっと予想外だったけど、おかげで命拾いしたわ」
三人が会話を交わしていると、部屋のドアが開く。
「やあ。三人とも気が付いたか?」
入って来たのは、小柄の少年だった。少年はまるで人形のような印象を受ける外見をしていた。
「君かな。我々を助けてくれたのは」
「うん、まあね。見た感じ、君達は人間かな?」
「え、そうだけど? まさかこんな可愛い美少女賢者様のあたしを魔物だとか言わないよねえボクぅ?」
スフレは半分からかう調子で少年に寄ってくる。
「いやいやまさか。僕は人間じゃなくてマナドール族だからな。この地に住む人間は大僧正リラン様だけなんだよ」
「ええっ?」
「ここは聖都ルドエデン。そして僕の名はイロク。僕達マナドール一族とリラン様によって守られている聖地でもあるんだ」
吹雪の竜巻に巻き込まれ、気を失っていたヴェルラウド達がイロクによって運ばれた場所――チルブレイン大陸の中心地に位置する場所にある聖都ルドエデンは、神の遺産を守る民族によって生み出された人形の種族マナドールが暮らす地であった。古の時代、世界にはそれぞれの魔力に適応する特殊な鉱石が存在し、その鉱石をベースに様々な物質を生命体へと変化させる魔力によって誕生したのがマナドール族で、ルドエデンを治める大僧正リランと共に聖地を守る役割を与えられているという。
「成る程、つまりその大僧正リランと呼ばれるお方が試練の聖地に関するカギを握っているという事か」
話の全てを聞いたオディアンは試練の聖地の存在に確信を持つと、ヴェルラウドはイロクに旅の目的について全て話す。
「試練の聖地か……それはリラン様じゃないと解らないな。まあ、リラン様の元には僕が案内してやるよ。外で待ってるから」
イロクが部屋から出る。
「はーん、やっぱりあの子の言うリラン様ってのが全てを知ってるってわけね」
「そういう事だな。彼に案内してもらうとしよう」
ヴェルラウド達は部屋を出て、家から出る。外に出ると、過ごしやすく暖かな気温に満ちていた。聖都全体が吹雪を遮断する巨大な結界に覆われており、神の遺産を守る民族が残したという大気の魔力で並みの人間でも過ごせるような気温を保っているのだ。
「信じられない! ここだけ別世界みたい! 世界ってこんな不思議なところもあるのね!」
スフレは立派な建物が並ぶ聖都の光景と合わせて観光気分ではしゃぎ始める。ヴェルラウド達が案内されたのは、聖都の中心部に建てられた神殿であった。神殿前に辿り着いた瞬間、オディアンが不意に気配を感じ取る。
「お前達、下がれ!」
オディアンは斧を手に振り返ると、巨大な氷の塊が飛んでくる。即座に斧で氷を叩き割るオディアン。
「あらあら、なかなか珍しい客人ですわね」
機敏な身のこなしで颯爽と現れたのは、イロクと同じ背丈で三つ編みのお下げをしたマナドール族の少女だった。
「デナ! 今のは君の仕業だったのか!」
「そうですわよ。イロク、この方達はどなたですの?」
イロクがヴェルラウド達について説明すると、デナと呼ばれた少女は首を傾げる。
「まあ、イロクったらろくに考えもせずに何処とも知れない他所者を受け入れたんですって? 第一、人間がこんなところに立ち入り出来るとは思えませんわ」
腰を手にヴェルラウド達を見つめるデナ。
「おい、何なんだよこいつは。いきなり不意打ちで攻撃して来るなんてどういうつもりだ?」
「そうよ! あたし達はお客様よ! 随分酷い歓迎してきて何様のつもり?」
ヴェルラウドとスフレが抗議する。
「お黙り! ただの人間の旅人がリラン様に何のご用事ですの?」
「我々はそのリラン様に一つお尋ねしたい事があるのだ。まずは話を聞いてくれないか」
オディアンが旅の目的と事情を話す。
「試練の聖地ですって? アッハッハッ、大笑いですわ。ただの人間でしかないお方が試練を受けるなんて無駄死にするのが見えていますわ」
「何よ! そんなのやってみなきゃわかんないでしょ!」
小馬鹿にするように笑うデナに対してスフレが掴み掛るように反論する。
「全く、知らないというのは幸せですわね。あの試練を乗り越えられたのは、古の戦女神と呼ばれる者だけ……並みの人間は疎か、我々でも手を出すようなものではないと伝えられていますのよ。即ち、死を意味するという事ですわ」
ヴェルラウドはマチェドニルの言葉を思い返す。神雷の剣を手にした赤雷の騎士であるエリーゼ達歴戦の戦士ですら足を踏み入れていない未知の領域であり、試練を受けた事で力を得たのは古の戦女神と呼ばれし者だけだという事を。いかに赤雷の力を持つとはいえ、自身は人間である。そんな自分が立ち入るような試練ではないという事なのだろうか。
「……デナと言ったな。とにかく、リラン様に会わせてくれないか。試練の事がどうあろうと、俺にはどうしても果たすべき目的がある。その為にここまで来たんだ」
ヴェルラウドが真剣な表情で頼み込む。
「だったらこの私の動きを捉えてみなさい。でないとお断りですわ」
デナが素早い身のこなしでアクロバットのような動きを披露すると、突然姿を消す。それは眼力では捉えられない程の恐るべきスピードで動いており、気が付くと既にヴェルラウドの背後に回り込んでいた。
「私はこっちですわよ」
振り返った瞬間、ヴェルラウドはデナの途轍もないスピードによる動きに驚くばかりだった。
「い、いつの間に?」
「私はマナドール最強の闘士と呼ばれる者。パワーは疎か、スピードに関しては誰にも負けませんのよ」
更に動き始めるデナ。即座に背後を振り返るヴェルラウドだが姿はなく、辺りを見回しても姿を捉える事が出来なかった。
「ホホホ、お話になりませんわね。その背中にある立派な剣は切り札ですの?」
ヴェルラウドの眼前まで顔を近付けた距離に現れるデナ。思わず両手で捕まえようとするヴェルラウドだが、デナの姿は背後に回り込んでおり、挑発するように背中をタッチした。
「うぐっ……! な、なんて速さなんだ……」
恐るべきスピードに手も足も出ないヴェルラウドはその場に立ち尽くす。
「ど、どうなってんのよこいつ……」
驚きの表情を隠せないスフレの傍ら、オディアンは冷静にデナの姿を凝視していた。
「やはり人間なんて所詮この程度ですわ。この私の動きすら捉えられないようでは試練を受ける資格などありませんわよ。諦めてお帰りなさい」
デナは勝ち誇ったように言い放ち、高笑いする。
「くっ……だからといって帰るわけにはいかねぇんだよ!」
悔しさの余り地団駄を踏むヴェルラウド。
「そうよそうよ! あたし達には果たすべき使命があるんだから、あんたが何言おうと絶対に帰らないからね! 大体何なのよ、デナだかデブだか知らないけど偉っそうにしちゃって! ただ素早ければいいってもんじゃないわよ!」
スフレの一言にデナは蟀谷をピクッとさせる。
「……デブですって? そこの小娘、デブって誰の事ですの?」
「何よ、やる気?」
喧嘩腰で食って掛かるスフレ。
「ふん、いやらしい恰好です事。随分とお胸を強調させた恰好してて恥ずかしくないんですの?」
「うるっさいわね! 調子乗ってんじゃないわよ、このデブ!」
「あなた、ブッ飛ばしますわよ? 私が誰だか解ってますの?」
「ブッ飛ばされるのはあんたの方よ! あんたがどんなに素早くてもあたしの魔法があれば……」
「スフレ、つまらぬ事で張り合うのはよせ」
オディアンが制するように言う。
「何よ。こいつムカつくからいっそのところ全員で叩きのめしちゃおうよ!」
「まあ落ち着け。彼女は確かに捉えられぬ程の素早さを持つが、決して勝てなくはない」
「え、どういう事よ」
オディアンはヴェルラウドに視線を向ける。
「ヴェルラウドよ。心を静めろ。相手の動きを捉えるのは眼だけが全てではない。動きを捉える事に気を取られると却って相手の思うツボだ。まずは精神を研ぎ澄ませるのだ」
心を静め、精神を研ぎ澄ませる――その一言に、ヴェルラウドはオディアンと剣を交えた事を思い返す。ブレドルド王国の闘技場での戦いにおいて、オディアンの動きに剣を掲げて精神集中を行った上での攻撃があった。あれが精神を研ぎ澄ませている事を意味するものだとしたら――。

ヴェルラウドは目を閉じ、そっと剣を掲げる。心を落ち着かせようと一つ息を吐き、精神を集中し始めた。

確かに俺は相手の動きに翻弄され、目で捉える事に必死になっていた。だが、相手の動きに気を取られず、惑わされず、感じる事が出来れば――。

「あら、まだやるおつもりですの? 私はあなた方にお付き合いする程のお暇じゃなくってよ?」
デナが再びアクロバットのような動きと共に物凄いスピードでヴェルラウドの周囲を回り始める。だが、ヴェルラウドは動じずに心を集中させていた。オディアンはそんなヴェルラウドの姿を真剣に凝視している。


そうだ……かつて父さんから教わった事がある。


――戦うべき相手が、全て目に映るものとは限らない。時には、見えない敵と戦う事もある。
見えない敵とは、眼で戦うものではない。邪念と雑念を捨て、研ぎ澄ませた心眼と、心で感じ取る気。

それを全て心得てこそが真の戦士――。


それを教えられる父さんだからこそ、俺に出来ない事は無い。俺にだって――!


翻弄するようにデナがヴェルラウドの背後に回り込んだ瞬間、ヴェルラウドは即座に剣をデナに向けて振り回す。その一撃は、デナの身体を見事に捉えていた。
「なっ……何ですと……?」
予想外の出来事に驚きの表情を浮かべつつ、膝を付くデナ。
「……ひゃー! やるじゃないの、ヴェルラウド! あの超スピードを捉えるなんて!」
歓喜の声を上げるスフレ。
「うむ、見事だ。俺が思った通りだった」
オディアンが賛辞の声を投げる。
「クッ……まぐれとはいえ、少し侮っていたようですわね」
デナの強気な態度は相変わらず変わらない様子。
「おい、もういいだろ? 彼らもリラン様と会わなければならない事情があるようだから、認めてあげなよ。少なくとも悪い人じゃないようだし」
イロクが頼み込むように言う。
「仕方ありませんわね。お約束通り、リラン様の元へ案内致しますわ。もし何か変な真似をしようものならこの私が許しませんわよ。本来はあなた方のような旅行者が立ち入り出来るところではありませんからね」
デナによって神殿内へ案内されるヴェルラウド達。
「ねえ、あいつほんとムカつくと思わない? 何であんなに偉そうなんだろうね」
スフレが耳打ちするようにヴェルラウドに言う。
「確かにいけ好かん奴だけど、今は揉めてる場合じゃねぇだろ」
「何言ってんのよ。あんたも色々コケにされてたじゃない。隙あらばブッ飛ばしてやりたいところだわ」
耳打ちでデナの悪口を言ってるうちに、ヴェルラウド達は巨大な扉の前に辿り着く。扉を開けると、燭台に囲まれた立派な祭壇の上の玉座に、少年とも少女とも取れる中性的な容姿を持つ魔導師風の若者が佇んでいた。
「リラン様、客人で御座います」
デナとイロクが跪く。若者が、大僧正リランであった。


大陸内に再び発生した吹雪の竜巻が、吸い寄せられるように上空に消えて行く。空中に浮かび上がる杖が竜巻を吸い寄せているのだ。竜巻を全て吸収した杖が回転しながら地上へ向かって行く。杖を手にしたのは、貴族のような衣装を着た魔族の女だった。傍らには額に宝石が浮かび上がった醜悪な魔獣がいる。
「フフ……赤雷の騎士のみならず、新たな素材もあるとならば一石二鳥になりそうね」
凍てつく吹雪が絶え間なく吹き荒れる中、魔族の女は杖を手に不敵な表情を浮かべていた。
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