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第四章「血塗られた水の王国」

生命を賭けた決意

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「何ですって?」
治療室に戻ったルーチェとラファウスは医師の言葉に愕然とする。なんと、レウィシアの心臓が停止しているのだ。脈もなく、呼吸も停止しており、体温もかなり下がっていた。
「う……うそ……そんな……お姉……ちゃん……」
ルーチェは涙を零しながらも、温もりのないレウィシアの手を握る。
「レウィシア……こんな事って……」
ラファウスも涙を浮かべ、ルーチェと共にレウィシアの手をそっと握る。回復魔法が使える魔法力も底を付き、最早手の施しようもない状況となった今、絶望の空気が覆われ始めた。そこで、ドアをノックする音が聞こえてくる。訪れたのはメイコだった。
「あのぉ、お取込み中のところすみません。レウィシアさんがこちらで治療を受けていると聞いてやって来たのですが」
メイコの訪問にルーチェとラファウスは何しに来たんだと言わんばかりの表情になる。
「お引き取り願いますか。今はあなたに構っている場合ではありませんから」
「そ、そんな冷たく言わなくてもいいじゃないですか! 何かお助けになればと思って来たんですから!」
「何ですか一体……」
呆れた様子で対応するラファウスを始め、治療室にいる全員の冷たい視線を肌で感じたメイコはその場に居づらく感じるものの、道具袋からミルクが入った瓶を何本か差し出す。
「これは魔法のミルクと言いまして、飲むと魔法力が回復するミルクなんですよ! もし何かお困りでしたらこれを利用してみては如何でしょうか?」
笑顔で説明するメイコだが、場の空気の重さは変わらない。
「そ、それでは私はこれで失礼しますうう! あ、何か私に出来る事があればいつでも言って下さいね!」
余りにも気まずくなったメイコは逃げるように去って行く。
「あの人も、事情を聞いていたのですか……」
ラファウスはメイコが残していった魔法のミルクの瓶をジッと見つめている。瓶は五本置かれていた。
「……そのミルク、飲むと魔法力が回復するんだよね。だったら……」
ルーチェは瓶を手に取り、ミルクを飲み始める。すると、ルーチェの魔法力が三分の一程回復していった。
「少しだけ魔法力が戻って来たから回復魔法が使えそうだ。ぼくは諦めないから……みんなも協力して」
ルーチェは再びレウィシアに回復魔法を掛け始める。ヒーラー達も魔法のミルクを飲んで魔法力を回復させ、ルーチェと共に回復魔法による治療を再開した。



暗闇に包まれた世界――精神体となって迷い込んだレウィシアは、心闇の化身と呼ばれるもう一人のレウィシアによって次々と攻撃を加えられていた。武器と盾が失われた丸腰の状態となっていたレウィシアの精神体には反撃する術もなかった。
「くっくっくっ……あははははははははははははは!いいザマね。ちっとも話にならないわ」
心闇の化身は血塗れで蹲っているレウィシアの顎を掴み、息が掛かる距離まで顔を近付ける。
「どう? 自分自身にも打ちのめされる気分は? あなたは深い絶望を味わいながら自分自身にも殺される形で死んでいくのよ」
顔を近付けたまま言い放つと、レウィシアは拳を振るう。だが心闇の化身はその拳を軽く受け止め、残忍な笑みを浮かべる。
「無駄よ。武器もないあなたなんてただのか弱いお姫様でしかない」
鋭い蹴りがレウィシアの脇腹を抉る。
「がっ! あぁっ……」
苦悶の表情を浮かべるレウィシアの髪を乱暴に掴む心闇の化身。
「あなたは弱い。実力はあっても、心は弱い。戦士としての心が脆過ぎたのよ」
その手が離れると、レウィシアは喘ぎながらも脇腹を抑える。
「ねぇ……生まれて初めて人を殺した気分はどんなものだった?」
心闇の化身はレウィシアの頬を撫でながらも猫なで声で問い掛けると、レウィシアは思わず身震いさせる。
「敵の罠によるものだとしても、あなたが直接殺した事に変わりないのよねぇ……そう、あなたは人を殺したのよ。それも何人も」
「……やめて!」
「可哀想に……あなたが殺した人の中にはずっと帰りを待つ家族だっているのに。あなたは、人を殺したのよ。そう、あなたは人殺しよ」
「やめてええぇ! あああああぁぁああああ!」
涙を流しながらも頭を抱え、発狂したように悲痛な叫び声を轟かせるレウィシア。
「あっはっはっはっはっはっ! 本当にこの子ったら、罪の意識による心の傷を少し刺激しただけでも発狂するなんて。それだけ脆ければもう戦士として立ち上がる事も不可能よねぇ。全く愚かで哀れな子だわ」
心闇の化身は拳を振り上げ、レウィシアの顎に一撃を加える。
「ごあっ……」
レウィシアは血を撒き散らしながら頭を大きく仰け反らせ、そのまま倒れる。心闇の化身は顔に飛び散った返り血を指で拭い、唇を歪ませながら近くまで寄る。
「もうあなたには何も出来やしない。完膚なきまで打ちのめされ、望んでいない罪の意識に心を蝕まれ、深い闇の中で絶望しながら死んでいく。それがあなたの末路よ、レウィシア」
見下ろしながら冷酷な笑みを向ける心闇の化身。倒れたレウィシアは立ち上がる事なく、絶望に満ちた表情のまま死んだ目で涙を流していた。


完全に、負けた。

もう、立てない。

相手を傷付ける事に躊躇いを覚えた上に罪悪感を抱いてしまい、戦う事を恐れてしまった。

敵対する者であろうと、人の命を奪う事はしたくなかったのに……惑わされる形で人を殺してしまった。

そして今、罪の意識と恐怖に蝕まれるまま完膚なきまで打ちのめされた。圧倒的な力を持つ恐ろしい悪魔と、己の闇が生んだもう一人の自分自身に。

私はもう、戦えない。誰も守る事も出来ない。

お父様……お母様……ネモア……ルーチェ……ラファウス……。

私は……もう……。

…………。


死んだように動かなくなったレウィシアと、その姿をずっと見下ろしている心闇の化身。二人以外何も存在しない暗闇の中、一寸の微かな光が差す。だが、その光はすぐに消えていく。レウィシアは光を見た時、何かの声が聞こえたような気がした。



その頃テティノは、王都の西に位置する巨大な滝の中の洞穴の奥にある水の神像が奉られた祭壇の広場に来ていた。テティノの傍らにはスプラがいる。水の魔魂の化身であるスプラと出会った場所であるが故に、スプラを通じて水の神に願う事で何かあるかもしれないと考えているのだ。
「我はかつて王家の洗礼を受けし者。邪悪なる存在との戦いで傷付き、死の淵に立たされている一人の人間を救う為にも、王家の血を分けた我が妹が持つ癒しの力が必要なのです。水の神よ、どうか力を……!」
テティノの願いに応えるかのように、スプラは鳴き声を轟かせ、水のオーラを纏い始める。水の神に語り掛けているのだ。
「スプラ……もしかしてお前、水の神に……?」
スプラの行動に驚いた瞬間、像が光を放ち、テティノの全身が光に包まれる。
「うわああああ!」
眩い光の中、全身が焼け付くような感覚に襲われるテティノ。


我が力に選ばれしアクリム王家の者よ……我が力を与えし子からそなたの願いを聞いた。

だが……そなたには癒しの力を扱う資格は無い。水の魔力による癒しの力は、母なる海の加護によるもの。癒しの力を使うのに必要なのは、清らかな慈しみのある心。そなたにはその心が備わっておらぬ。


光に包まれる中で聞いたその声は、水の神の声だった。魔法を使うには、それぞれの魔法に適合する心が術者に備わっている事が条件とされている。適合する心が術者に備わっていないと魔法を使う資格は無いとされ、資格無き者が魔法を使う事は禁忌となり、己の命を失うという代償が降りかかってくる定めとなっているのだ。マレンには人を愛し、慈しむ優しい心があったから癒しの魔法を使う資格があったのだ。
「そんな……もうどうする事も出来ないのか……僕には……もう……」
落胆するテティノだが、次の瞬間、テティノは激しい頭痛に襲われる。
「おこがましい奴だよ。神頼みしてまで自分には扱えない力を得ようとするなんてね」
挑発的な物言いで罵るその声はテティノ自身の声であり、頭の中から響き渡るように聞こえていた。
「クッ……何だお前は! 僕の声で何を言ってるんだ……!」
テティノは必死で頭を横に振る。
「僕はお前自身であり、お前の心の欠片、といったところかな。自分でも解っているのだろう? 今まで自分がどれだけ未熟かつ自分本位で身勝手だったか。そんなお前が清らかな癒しを与えるとは片腹痛い」
「うっ……うるさい! 僕は……僕は……!」
「よく考えてみろよ。お前には本当に何も出来ないのか? 自分の為とはいえ、自分勝手に無茶をした事もあったのではないか?」
「何だと?」
「あの時のお前が自分から進んで無茶出来るくらいなら、命を捨てる覚悟くらいは出来るんじゃないのか? 今のお前ならな」
「命を捨てる……覚悟……」
頭から聞こえてくる自分自身の声に、テティノはふと考える。


命を捨てる覚悟――

港町マリネイを破壊したあのセラクというエルフの男との戦いの時でも無茶をした事もあったし、生きるか死ぬかの状況だった。あの戦いでは、確かに命を捨てる覚悟で挑んでいた。

あの時の覚悟がもし何らかの力になるとしたら……。


……もしや?


何かに気付いたテティノは光に包まれている水の神像を見つめる。
(マレンのような癒しの魔法が使えないとしても、それに代わる魔法ならば不可能ではないかもしれない。そう、覚悟を決めた心に適合する魔法が……!)
テティノはオーラを纏っているスプラの表情を見る。スプラはテティノの表情を見ると、思考を察したかのように鳴き声を上げた。
(スプラ……僕の為にありがとうな)
心から礼を言うと、テティノは再び像に視線を移す。
「……水の神よ。確かに僕には妹と違い、慈しみのある心は備わっていない。父上や母上に認めて貰いたくて色々自分勝手な事をしたり、無茶をした事だってあった」
真剣な眼差しで言うテティノの傍らにいるスプラがけたたましく鳴き声を上げる。テティノは一呼吸置き、言葉を続ける。
「けど……多くの犠牲を目の当たりにし、己の無力さを痛感した今……自分がどうなっても構わない覚悟がある。僕は今、救いたいものがある。例え僕の命が失われる事になっても……誰かを救えるような力が欲しい。このまま何も出来ないで腐るくらいなら、己を犠牲にしてでも誰かを救いたい。それが僕の望みだ」
自らの意思を全て打ち明けた瞬間、像の目が光り始め、テティノは意識が吸い込まれていくような錯覚に陥る。視界が真っ白の中、水の神の声が再び聞こえ始める。


テティノよ。そなたの意思はとくと聞いた。そなたの覚悟が本物であれば、この力を手にする資格がある。今から耐えてみせよ。この力を受け入れる試練に――。


その時、テティノの中に眩い何かが侵入してくる。
「ぐああああああああああ! があああああああぁぁぁっ!」
まるで爆発したかのように全身に渡って襲い掛かる激しい苦痛。それは、水の神によって与えられた力によるものであった。苦痛が伴うこの力は自身の生命力を削り取り、水の魔力で生命の源に変えて他者に生命力を与えるという大魔法で、アクリム王家の間では禁断の魔法と伝えられていた。この大魔法を使う為に必要となる力を受け入れるには想像を絶する程の苦しみを伴う事となり、並みの人間では到底耐えられず僅か一分弱で死んでしまう程だった。苦痛の中、絶叫するテティノは一分も経たないうちに意識が遠のき、死の目前に達したかのように暗闇に閉ざされていく視界。


お前は昔から感情に流され、情勢をよく見ずに動くところがある。だからお前はいつまで経っても半人前でしかない。

例え何が起きようとも、よく考えて動け。戦うべき者は、決してお前一人だけではない。その事を忘れるな。


繰り返して頭の中で聞こえてくる父の声――そして再び聞こえてくる自分自身の声。


どうした、これで終わりなのか? お前の覚悟は嘘だったのか? 父上に言われても、結局何も学んでいなかったというのか?

お前の覚悟が本物ならば、これだけの苦痛を乗り越える意思くらいはあるんじゃないのか? あれだけ打ちのめされた今、お前に出来る事は今救うべき者を救う事だろう?

僕には解る。お前の心は決して自分を偽らない。昔から馬鹿みたいに正直だっただろう?

だから、偽りのない心と意思をぶつけろ。僕と共にな――。


「ぐっ……おああああああああああ!」
頭の中で響き渡る自分自身の声に応えるかのように咆哮を上げるテティノ。全身が引き裂かれるような激痛の中、渾身の力で意識を奮い立たせる。輝くような魔力のオーラがテティノを覆い始め、スプラが再びけたたましい鳴き声を轟かせる。


見事だ。テティノよ……そなたは偽りなき覚悟と迷いなき意思によって大魔法『ウォルト・リザレイ』を使う資格を得た。この力は己の生命力を削る事で他者に生命力を与える事が出来る。そなたの心で、今こそ救うべき者を救うのだ――。


目を覚ますと、そこは光が消えた像の前だった。テティノは大魔法を習得した事によって、体の中に不思議な力が沸き上がるのを感じる。


この力で……今こそ彼女を救うんだ。


傍らにいたスプラがテティノの中に入り込んでいくと、テティノは決意を改め、洞穴を後にした。


王宮の治療室では、沈痛な空気に包まれていた。ルーチェ達による治療を施してもレウィシアは回復する事なく、心臓は動く気配すらない。体温も完全に冷え切っており、血色も失せ始めている。それは死を意味する状態であった。
「……だめだ……お姉ちゃんはもう……死んだんだ……」
レウィシアの手を握り締めながら、止まらない涙を零すルーチェ。涙はレウィシアの手を濡らしていく。ラファウスも絶望に満ちた表情を浮かべ、涙を溢れさせる。
「……レウィシア……レウィシア……うっ……うう……」
冷静に振る舞っていたラファウスも嗚咽を漏らし始める。
「いやだよ……お姉ちゃん……目を開けてよ……お姉ちゃん……うっ……えうっ……」
泣き出すルーチェをそっと抱きしめるラファウス。深い悲しみに包まれる中、ドアをノックする音が聞こえ始める。テティノだった。
「テティノ!」
「みんな……聞いてくれ。僕は今、彼女を救う力を手に入れた。これさえあれば彼女は救えるかも……いや、絶対に助かると信じている! だから、彼女は僕が助ける」
突然のテティノの一言に全員が唖然とする。
「テティノ、こんな時に何をふざけているのですか」
「ふざけてなどいない! 僕は真剣なんだ。今は黙って僕を信じろ」
ラファウスはテティノの真剣な目を見ているうちに、決してふざけでもハッタリでもないと感じ取る。
「助けるって一体何を……」
テティノは眠るレウィシアの前で意識を集中させ、魔力を最大限まで高めていく。


水の神よ……今こそ我が命を捧ぐ。今こそ命の水となり、そして生きる糧となりてこの者に生命の力を与えよ――!


次の瞬間、テティノの身体は青い光に包まれる。その光は眩いものとなっていく。
「こ、これは……?」
驚きを隠せないラファウス。
「テティノ……あなた一体……」
突然の出来事に絶句する王妃。テティノはルーチェとラファウスに視線を移す。
「ラファウス。君も僕に力を貸してほしい。あと……回復の力が使えるそこの坊やも出来ればお願いしたい」
「え?」
「この力を確実に成功させるには、君達の力も必要になりそうなんだ。頼む」
強い眼差しで言うテティノ。ラファウスはテティノの強い意思を感じ取り、テティノの手を取る。ルーチェもテティノの大きな力を目の当たりにして次第にレウィシアを救える希望が見い出せる気がしていき、テティノの手をそっと取った。
「……坊やも、僕の願いを聞き入れてくれてありがとうな」
「あなたのその力を見ているうちに、本当にお姉ちゃんを救ってくれそうな気がしたんだ。その力でお姉ちゃんを救えるっていうなら、絶対に成功させてよね」
ルーチェの言葉に、テティノは「勿論だ」と返答して優しい笑みを向ける。
「僕の手に魔力を集中させてくれ。君達はただ、魔力を集中させるだけでいい。この力を使うのは、あくまで僕なんだからな」
テティノの手を握るルーチェとラファウスは同時に魔力を集中させる。


死の淵を彷徨うこの者に、今こそ我が命と魔力による生命の力を――!





……

この光は……?

とても暖かい……人の温もりみたいで暖かくて心地良い……


暗闇の中、大きな光が差し込む。それは、暖かな安らぎを感じる光だった。
「くっ、何故こんな光が……」
突然の光に思わず怯む心闇の化身。光は輝きを増すと、レウィシアの視界に一瞬ルーチェ、ラファウス、そしてテティノの姿が映る。

まさか……みんなが私を……?

この光はきっと仲間の力によるものだ。今、仲間が自分を助けようとしている。暗闇の世界に閉じ込められ、絶望に打ちひしがれた自分を救おうとしている。そう察した瞬間、見知らぬ男の幻影が現れる。炎のような色合いのローブを身に纏う魔導師のような男であった。


レウィシア・カーネイリス……我が力を受け継ぎし者よ。我が名はブレンネン。炎の魔魂の主であり、かつて冥神に挑んだ者だ。たった今、我が戦友ベントゥス、アクリアムの力を受け継ぎし者と聖なる光を司る者がお前の中の太陽に再び光を与えようとしている。

お前が戦いに敗れたのは、優しさが生んだ戦いへの迷いと恐れを抱き、敵の奸計で人の命を奪った罪の意識に囚われる心の弱さにあり、そして太陽の真の力が目覚めていない故。お前の中に眠る太陽の真の力は災いと闇の戒めを消し去り、全ての生きとし生ける者に光と希望を与える。太陽の力で邪悪なる闇から人々や世界を守るのがお前に与えられた使命なのだ。

お前は何の為に戦っている? 己の戦いに罪の意識を抱く必要は無い。優しさだけでは救えぬものも存在する。お前が挑んでいる戦いは、守るべきものの為の戦いだ。

今こそ立ち上がれ、レウィシアよ。お前は太陽に選ばれし者であり、太陽の戦神と呼ばれし英雄アポロイアの血を引きし者。我が力と仲間の心がここにある限り、太陽は決して失われる事は無い。全ての守るべきものの為にも、己を信じて戦え。我が力と仲間の心を武器に、太陽の真の力を目覚めさせ、全ての闇に立ち向かうのだ――。


「太陽……真の力……? 守るべきものの為に……」
炎の魔魂の主である歴戦の英雄ブレンネンの声を聴いた瞬間、レウィシアは体内に流れる血が滾るのを感じた。同時に体力が回復していき、目に再び光が宿るようになる。脳裏に浮かんでくるのは共に戦ってきた仲間達の姿と、クレマローズ王国の兵士達、ガウラ王とアレアス王妃、そして最愛の弟ネモア――。


……お姉ちゃん!

お姉ちゃん! 目を覚まして! ぼくの命ならいくらでもあげていい! だから……お姉ちゃん、どうか起き上がって!


レウィシア……レウィシア……どうか、生きて……!


煌びやかな光に包まれる中、ルーチェとラファウスの声が聞こえてくる。高鳴る鼓動が、体内の血を更に滾らせていく。


……そうよ。私はまだ、倒れるわけにはいかない。あの時、ネモアの分まで精一杯生きて、誰よりも強くなると誓った。私にはお父様を救い出し、全てのものを守る為に戦う使命がある。私の中の太陽……みんなの心がここにある限り、負けるわけにはいかない!

絶対に……負けない!


光から伝わってくる仲間の心を受け止めた瞬間、レウィシアはゆっくりと立ち上がり、目の前にいる心闇の化身と向き合う。
「馬鹿な……あれだけ打ちのめされたのに何故?」
「仲間が私に光をくれたのよ。絶望に負けない光を。今、私には太陽と仲間の心がある。だから、もう迷わない。絶対に負けない」
レウィシアの全身が激しい炎のオーラに包まれる。瞳には炎のように輝く意思が秘められており、一寸の迷いも無い。それに対抗するかのように、心闇の化身は闇のオーラを纏い、黒く塗られたレウィシアの剣と盾を出現させる。
「ハッ、立ち直ったところで何が出来る? 今のあなたには剣も盾も無い。私にはこの剣と盾がある。まさか武器がない丸腰のまま私と戦うっていうの?」
剣と盾を手に嘲笑う心闇の化身だが、レウィシアは動じる様子を見せない。
「……いいえ。武器ならここにあるわ。太陽と仲間の心が秘められたこの拳よ」
利き手の拳を差し出すレウィシア。その拳は炎に包まれている。
「ふっ……くっくっくっ……くだらない事を。一人では何も出来やしない甘ちゃんのくせに。ならばその太陽と仲間の心を一瞬で切り裂いてやる!」
心闇の化身は凶悪な表情を浮かべながら飛び掛かり、レウィシアに剣を振るう。レウィシアは手刀で剣を受け止め、間合いを取っては反撃に転じる。次々と繰り出される剣の攻撃を素手で受け止めながらも、蹴りの一撃を心闇の化身の顔面に叩き込む。
「ぐっ! はぁっ……」
蹴りを受けて吹っ飛んだ心闇の化身の元に静かに歩み寄るレウィシア。
「……虫ケラのように野垂れ死んでいればよかったものをぉッ……殺してやる……殺してやるわぁアァッ!」
崩れた顔付きで逆上しながらも立ち上がり、斬りかかる心闇の化身。レウィシアは表情を変えず、心闇の化身の剣を受け止め、刀を掴む。
「な、何っ……? 抜けない?」
思わず剣を離そうとするが、動じずに刃を握り締めるレウィシアに抑えられていた。
「はあっ!」
レウィシアが放った気合による衝撃で大きく吹っ飛ばされる心闇の化身。レウィシアの手には心闇の化身の剣が握られていた。
「うくっ……何故なの……何故あなたがここまで……」
心闇の化身はレウィシアの底力に脅威を感じていた。レウィシアは心闇の化身に剣を手渡すように投げつける。
「さあ、剣を取りなさい。まだ終わってはいないわ」
冷静な声でレウィシアが言うと、心闇の化身は剣を手に取って立ち上がり、構えを取る。レウィシアが拳に力を込めると、双方の睨み合いと共に発生した大いなる炎の気と禍々しい闇の炎の気が入り乱れ、静寂に包まれる。
「はああああああっ!」
叫び声を轟かせ、双方が同時に突撃する。渾身の力が込められたレウィシアの拳と、全ての闇の力が込められた心闇の化身の剣の一撃が繰り出され、お互いの攻撃が決まると同時に力のぶつかり合いによる爆発を起こした。爆風の中、二人は密着した状態で立っていた。
「……がはっ」
レウィシアの口から血が零れる。心闇の化身の剣が脇腹に深く食い込まれていた影響による吐血だった。
「んうっ……ぐぼぁっ」
心闇の化身が目を見開かせ、剣を落として血反吐を吐き散らす。レウィシアの拳が心闇の化身の甲冑を砕き、体内を貫く程の多大なダメージを与えていたのだ。吐いた血がレウィシアの顔に掛かると同時に、心闇の化身は苦痛に喘ぎながらもレウィシアの元へ倒れ込んでいく。傷口からの激痛が襲い掛かる中、レウィシアは苦悶の表情で息を吐く心闇の化身と至近距離で向き合う。
「……私が……負けるなど……」
心闇の化身はレウィシアの顔面を拳で殴ろうとするものの、レウィシアはその拳を受け止める。
「あなたの言う通り、私は一人だったらきっと何も出来なかった。けど、戦う使命を与えられたのは私一人だけじゃないから……」
至近距離で見つめながらレウィシアが言うと、心闇の化身は口元を歪めて含み笑いをする。
「くくくく……仲間がいるからこそってわけか。だったらあなたの言う太陽と仲間の心でどれだけ頑張れるのか、せいぜい見届けてやるわ……。私はあなたの闇。例え化身が消えても、あなたが生きている限り、心の欠片としてあなたの中で生き続ける……あは……はは……あははははははは! あははははははははははは……」
狂ったように笑いながら消えていく心闇の化身。落ちた剣は砂のように消えていく。一人残されたレウィシアはその場に立ち尽くすが、再び光が溢れ出す。光の中、レウィシアが見たものはソル、エアロ、そしてスプラの姿であった。三体の魔魂の化身が目を光らせた瞬間、レウィシアの意識は吸い込まれるように遠のいていく。


生命を支える三つの力――

『水』は生命を守り、『炎』は生命を輝かせ、『風』は生命を育む。そして『光』は三つの力に活力を与え、消えた『炎』を再び灯し、輝きを呼び戻す。
そなたは三つの力と光の力、そして水を司りし者が捧げた生命力によって導かれ、深い闇の底から解放された。

さあ目覚めよ、太陽に選ばれし者よ。今こそ立ち上がり、大いなる闇に立ち向かうべく真の太陽を復活させるのだ――。


「これは……?」
治療室の中、全員が驚きの声を上げる。ルーチェ、ラファウスとの協力によるテティノの大魔法『ウォルト・リザレイ』を発動した結果、レウィシアの心臓が動き始め、白くなっていた肌の血色が正常に戻り、息を吹き返していたのだ。レウィシアの体から光が発生し、辺りが一瞬で眩い光に包まれていく。光の中、レウィシアは意識を取り戻し、目を覚ましていた。
「……お姉ちゃん!」
「レウィシア!」
ルーチェは起き上がったレウィシアの姿を見て思わず涙を溢れさせ、温もりが戻ったレウィシアの胸で泣きじゃくる。レウィシアは優しい眼差しでルーチェをそっと抱きしめながら頭を撫でた。
「よかった……うまくいったんだな……」
テティノは安堵の表情を浮かべるとその場に倒れ、気を失った。

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