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第四章「血塗られた水の王国」
生か死か
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重傷を負ったレウィシアが運ばれたのは、王宮の治療室だった。様々な医療器具が並ぶ中、ベッドの上のレウィシアの周りにいるのは王国の医師と回復魔法を扱えるヒーラー数人、そしてマレン。回復魔法が使える者達による集中治療が行われた。
「レウィシア様……どうか生きて!」
マレンは願いを込めて全魔力を込めた水の癒しによる回復魔法を掛ける。それに応えたヒーラー達も次々と回復魔法を掛けていく。回復の力は徐々にレウィシアの傷を癒していくが、意識はまだ戻らない。だが、マレン達は止まる事無く回復魔法を掛け続ける。
王宮に侵入したケセルは兵士達を軽く一掃し、王と王妃のいる謁見の間に出る。
「貴様、何者だ!」
王を守護する槍騎兵数人がケセルに立ち向かうが、ケセルが両手から放った二つの竜を模した闇の炎によって一瞬で焼き尽くされ、灰と化してしまう。その恐るべき力を目の当たりにした王と王妃はこの世のものとは思えぬ程の恐怖を感じて身を震えさせる。
「クックックッ……アクリム王と王妃か。どうやら貴様らアクアマウルの王族は大いなる水の魔力が備わっているようだが、役不足なくらい魔力が足りん。貴様らでは素材にはならんようだ」
ケセルは歪んだ笑みを浮かべていた。
「お前は……素材とは何だ? それに、マリネイで起きた爆発はまさかお前が……」
「ああ、勘違いするな。あの爆発はオレの腹心となる者の仕業だ。オレはある計画の為に世界を渡り歩く者。計画に必要となる素材を求めてこの地にやって来た」
「計画だと……貴様、何を考えている!」
思わず立ち上がる王だが、ケセルは手から衝撃波を放つ。
「ぐおああ!」
衝撃波を叩き込まれた王は全身を強打する形で倒れ込み、気を失ってしまう。
「あなた!」
王妃が倒れた王に駆け寄るが、瞬時にケセルが立ちはだかる。
「クックックッ、王に伝えておくがいい。真の恐怖はこれから訪れる、という事をな」
そう言い残し、ケセルは謁見の間から去って行った。
「真の恐怖……何が起きようとしているの……」
ケセルが残した邪悪な空気の中、王妃はその場に立ち尽くしていた。
その頃、ケセルの一撃で倒されたテティノはルーチェの魔法によって回復していた。
「驚いたな。まさか君のような子供に回復の力があったとは。感謝するよ」
セラクとの戦いで負った傷も塞がっていたが、痛みはまだ残っていた。ルーチェの隣にはラファウスもいる。
「ぼくは聖職者だから傷付いた者を癒すのも使命。あなたの事は嫌いだけど」
「ルーチェ、嫌いだとか言ってはいけません」
「だって……」
ルーチェにとってテティノは悪印象でしかない人物であり、なかなか心を開こうとしない。
「あの道化師は何処へ……ハッ! まさか!」
ケセルの行方を察したテティノは急いで王宮へ向かって行く。
「ルーチェ、彼の後を追いますよ。私の傍を離れないで」
「う、うん……あ。ちょっと待って」
「どうしました?」
ルーチェは慌ててケセルの攻撃で気を失ったメイコの元へ向かう。吐血による血塗れの口を開きながら白目を剥いているが、ルーチェの回復魔法によってダメージは全快し、意識を取り戻した。
「……あ……こ、ここは天国ですか? じゃなさそうですね……」
辺りをキョロキョロと見回すメイコはすぐに状況を把握する。
「あ、もしかしてあなた達が助けてくれたの? あ、あのピエロは? やっつけてくれたんですかぁ?」
「事情は後で話します。今は安全なところへ避難していて下さい」
ラファウスはルーチェの手を握りながら、王宮へ向かうテティノの後を追った。
「な、何がどうなってるのぉぉぉ?」
あたふたするばかりのメイコの元に、逃げて行ったランが戻って来る。
「ラン! 大丈夫だった?」
ランはメイコに飛びつき、口の周りの血を舐め始める。メイコはそんなランを撫でながらも、ラファウス達の無事を祈りつつも安全な場所へ移動していった。
「クックックッ……まずは一つ目だな」
王宮の地下の宝物庫で、ケセルは青く透き通った石の鍵を手にしていた。それは、冥神の魂の封印を解く素材の一つとされているものだった。宝物庫の前には、番人の兵士達の死体が転がっている。鍵を手に入れたケセルは宝物庫を後にすると、王宮内に存在するもう一つの素材を探し始めた。
治療室では、数人のヒーラーとマレンが囲む中、医師がベッドの上で安静にしているレウィシアの応急処置をしていた。レウィシアの容体は深刻なものだと判断され、ヒーラー数人とマレンの回復魔法による治療を施すものの、複雑骨折による後遺症で戦士としては再起不能の可能性もあるという。そんな中、マレンは突然胸騒ぎを感じ、治療室から出ようとする。
「マレン様、何処へ行かれるのです?」
ヒーラーの一人が止めようとするが、マレンは物憂げな表情を浮かべていた。
「……何者かがいる。邪悪な何者かが王宮内にいるのを感じるの。みんな、どうかレウィシア様を助けて。私がどうなっても、レウィシア様を助ける事に専念して!」
そう言い残し、マレンは治療室から出る。
「マレン様!」
ヒーラーの制止を聞かず、治療室から飛び出して行ったマレンの唐突な行動に戸惑いを隠せなかった。王宮内にいるケセルの邪悪な気配を感じ取った時、自分の身に降りかかる出来事を予感したのと同時にレウィシアには近付けさせまいと自ら進んで囮になろうと考えているのだ。
「ほう? これはこれは……」
ケセルと遭遇したマレンは思わず足を止めてしまう。
「……あなたは何者なの?」
「オレはある計画の為に世界を渡り歩く者。計画に必要となる素材を求めてやって来た。マレン王女よ、貴様も素材の一つとして選ばれたのだ」
薄ら笑みを浮かべながら舌なめずりして歩み寄るケセルに、マレンは得体の知れない恐怖を感じる余りたじろいでしまう。
「クックックッ、オレが怖いのか? 無理もあるまい。オレに仇名したクレマローズの王女も本能で恐怖を感じていたのだからな」
ケセルの顔がマレンに近付いていく。
「……狙うのは私だけにして。あなたの目的が私だというのなら……他の人には手を出さないで!」
至近距離のままマレンが気丈に声を張り上げて言った。
「ククク……いいだろう。目的の素材さえ手に入れば後はどうでもいい。殺すのはいつでも出来るのだからな」
ケセルは徐にマレンの頭を乱暴に掴む。
「きゃあ! は、離してっ……! いやあっ……」
頭を掴んでいる手を引き剥がそうとするマレンだが、その力は途轍もなく強く、離れようとしない。
「待て!」
背後から声が聞こえてくる。槍を手にしたテティノが現れたのだ。傍らにはラファウスとルーチェもいる。
「何だ、貴様らか。死に急ぎにやって来たのか?」
「下衆が! 妹から離れろ!」
テティノは槍を構え、戦闘態勢に入る。
「お兄様……ダメよ、来ないで……!」
マレンが言うと、ケセルは不敵に笑いながらも拳をマレンの腹にめり込ませる。
「ぐぼおっ……」
腹の一撃に悶絶するマレンは口から血を流し、ガクリと気を失う。
「き、貴様あああっ!」
激昂したテティノが槍を手に突撃するが、ケセルは瞬時に拳を振るい、テティノの顔面に一撃を叩き込む。
「ぐあはっ」
血を噴きながら吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられるテティノ。ラファウスとルーチェはケセルから漂う恐ろしい程の邪気を肌で感じ取り、戦慄していた。
「……ぐっ……う……」
口元を手で抑えながら立ち上がろうとするテティノだが、顔面に受けた強烈な一撃が響き渡るような痛みとなって残っていた。口元を抑える手からはポタポタと血が滴っている。
「貴様らがどう足掻いてもこのオレを止める事は出来ん。クレマローズの王女レウィシアもオレとの戦いで骨を砕かれ、血反吐を吐き散らしながら倒れたのだからな」
ケセルの言葉に衝撃を受けるテティノ達。
「幸い一命を取り留めたとしても、あれ程打ちのめされては最早戦う事すらも出来ん。奴は絶望に打ちひしがれ、汚いボロ雑巾と化した負け犬だ」
「……悪魔め……黙りなさい!」
戦いに敗れたレウィシアを侮辱するケセルの醜悪な態度に激しい怒りを覚え、声を荒げるラファウス。怒りに共鳴するかのように、風のオーラが身を包む。
「聖風の神子ラファウスよ。貴様も感じているのではないか? このオレの恐ろしさを。レウィシアの二の舞になる事を望むのか? 貴様の言う通り、オレは悪魔そのものともいう存在だからな」
対抗するように闇のオーラを纏うケセル。凍り付くような邪気が辺りを覆い始める。ラファウスは肌で感じる強い邪気に怯みながらも、鋭い視線を向ける。
「無駄だ」
ケセルは手から無数の黒い鎖を放つ。鎖はルーチェ、ラファウス、テティノの全身を拘束し、動きを封じてしまう。魔魂の力を発動しているラファウスですらも身動きが出来ない程の拘束であった。
「クックックッ……アクリム王子テティノよ。どうだ? 己の無力さと惨めさに打ちのめされる気分は?」
血を流して喘いでいるテティノを挑発するようにケセルが言う。ケセルはマレンの頭を掴んだ際、マレンの頭の中からテティノに関する記憶を読み取っていた。
「哀れな事よ。妹に劣等感を抱き、両親に認められたいが為に自ら進んで魔物に挑もうとしていたが全て空回りに終わり、そして今はこの通り惨めな有様となった」
「何……だと……何故お前が僕の事を!」
「オレは他者の記憶を読み取る事も出来る。マレン王女から貴様に関する記憶を読ませて貰ったのだ。貴様が精神面においては出来損ないだという事を知れて実に愉快だったよ」
「ぐっ……この外道が!」
心情を嘲笑われたテティノは思わず頭に血を登らせるものの、黒い鎖による拘束で動きが取れない。
「クハハハ、貴様も怒り任せに特攻しようとしたのか? 全く人間というものは何処までも愉快だ。精神面が脆ければすぐ感情的になり、我を失う。それが結果的に死に繋がるという事も考えずに挑んだ愚か者がいたのだがな」
更に挑発的な態度でケセルは言葉を続ける。
「テティノよ、貴様は無力なのだよ。どれ程の努力を積み重ねても両親から認められず、守るべきものも守れず、そして己の無力さに打ちのめされる。貴様は何をしても無力な出来損ないだ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れえええっ!」
動けない身体で激昂する余り、大声で喚き散らすテティノ。その目から涙が溢れ出ていた。ケセルは歪んだ笑みのままテティノの前に歩み寄り、更に拳で殴り付ける。
「がはあっ! あ……がっ……」
顔面に一撃を受けたテティノは口から血を飛ばし、目に涙を浮かべたままグッタリとしてしまう。
「くっ、テティノ……! よくも……!」
ケセルの卑劣さを見て居た堪れなくなったラファウスは鎖の拘束から逃れようとするが、魔力を全開させても鎖は外れる気配がない。ケセルは掌に水晶玉を出現させ、倒れているマレンを吸い込むように玉の中に取り込んでいく。
「クックックッ……これでアクリム王国に存在する素材は全て頂いた。貴様らとのお遊びは一先ずここまでにしておこう。貴様らも優秀な素材候補としている故、出来るだけ生かしておきたいものでな。ま、仮に貴様らが死んだとしても大して困る事は無いがね」
ケセルは笑いながらも瘴気を纏い、姿を消していく。ケセルの姿が消えた時、ラファウス達を拘束している黒い鎖は消滅し、身体は自由を取り戻した。
「許さない……あれ程の非道な愚者は未だかつて見た事が無い」
ラファウスはケセルの数々の非道ぶりに怒りが収まらない。ルーチェは虫の息となったテティノに回復魔法を掛け始める。テティノはダメージから回復するものの、心中は悔しさと無力感に満ちていた。
「……ちくしょう……ちくしょう……!」
その場に頽れたテティノは悔しさに打ちのめされる余り、止まらない涙を溢れさせていた。ルーチェとラファウスはそんなテティノの姿を黙って見守る事しか出来なかった。
僕は、出来損ないだ。
父上や母上から愛されていないと思い込み、妹に劣等感を抱き、認められたいが為に単身で恐ろしい魔物に挑む程の無茶をしたりもした。けど、全てが空回りだった。僕にとっては憩いだった場所は壊され、何も出来ずに敵に打ちのめされ続け、目の前で妹が浚われてしまった。
僕には結局何も出来なかった。
僕は、無力だ。
翌日――王都全体が不穏な空気に包まれていた。ケセルによってマレンが浚われ、多くの兵が犠牲になった事で人々の多くが不安を募らせている。王都内はウォーレン率いる槍騎兵隊による厳戒態勢に入り、普段の活気はなく緊迫感に満ちていた。そんな状況の中、テティノは蹲るように自室のベッドに佇んでいた。ダメージが回復してからも王や王妃と顔を合わす事すらせず、半日も自室に閉じ籠っているのだ。醜悪な表情を浮かべるケセルに嘲笑われながらも軽く倒され、成す術もなく浚われていく妹の姿が何度も頭を過り、己の無力さを痛感する余り憔悴しきっていた。そんな状況の中、不意にドアをノックする音が聞こえてくる。
「テティノ、少し宜しいでしょうか?」
ドアの外から聞こえてくる声の主は、ラファウスだった。テティノはそっとドアを開ける。
「……何か用か? 悪いが今はあまり話したい気分じゃないんだ」
「すみません。兵士の方からお伺いしたところ、半日もお部屋に閉じこもっていらっしゃると聞いたもので……」
ラファウスはテティノの憔悴しきった様子を見て何とも言えない気まずさを感じる。
「クレマローズの王女……レウィシアの様子はどうなんだ?」
テティノの問いに、ラファウスは少し俯く。治療室で安静にしているレウィシアは現在も集中治療を受けており、ルーチェも回復魔法で治療に協力しているのだ。
「そうか……まだ治療中なんだな」
「私も微力ながら、出来る事があれば協力するつもりです。あなたはこれからどうするのですか?」
「これから……か」
テティノは溜息を付き、窓の外の景色を見つめる。
「……こんな僕に何が出来るんだろうな。もし僕にも何か出来る事があれば、或いは……」
ラファウスはテティノの悲しい目を見ているうちに、掛けるべき言葉を失っていた。
「テティノ王子、国王陛下がお呼びです」
ノックの音と共に聞こえてくる兵士の声。テティノは気が沈んだまま無言で部屋を出て謁見の間へ向かう。ラファウスはテティノの様子を気に掛けつつも、レウィシアとルーチェがいる治療室へ向かって行った。謁見の間にいるのは、表情を強張らせた王一人だけだった。テティノは王の表情を見る事なく、深く頭を下げて跪く。
「テティノよ、マレンの事は聞いたぞ。聖風の神子たる者からな」
ラファウスから既に事情を聞かされていた王は重々しく声を上げる。恐る恐る顔を上げるテティノだが、すぐに土下座する形で頭を下げる。
「……父上。この度は誠に申し訳御座いませんでした! 私の独断で勝手な行動をした挙句、港町マリネイや、マレンを守れずにこのような事になってしまったのは全て私の力不足によるもので……」
「戯け!」
王は声を張り上げて怒鳴りつける。
「いざ顔を出せば言う事がそれか? 馬鹿者が。マレンが敵の手に掛かったのは全てお前自身の責任にあると言うとでも思ったのか」
テティノは返す言葉が見つからず、冷や汗を流していた。
「……マレンを浚った道化師の男……お前も奴と会ったのだろう?」
「は、はい」
緊迫した空気の中、王は軽く咳払いする。
「奴が放っている邪気はこの世のものとは思えぬ恐ろしいものがあった。数人の槍騎兵を一瞬で消し去る程の力を持っている。お前はそんな恐ろしい存在に打ちのめされたそうだな」
「え、ええ……」
「奴は何を目的としているのかは知らぬが、お前まで浚われたり、殺されたりしなかったのは寧ろ奇跡に近いかもしれぬ。いや……お前だけではなく、我々も含めてな」
険しい表情を変えない王の額は汗で滲んでいる。王もまた、ケセルの恐ろしい程の邪気に恐怖を抱いていた。
「それ程の恐るべき敵にマレンが浚われた今、国民が不安にさらされている。テティノよ、今はまずお前に出来る事をやれ。よいな」
謁見の間が暫くの間沈黙に包まれる中、テティノは治療室で治療を受けているレウィシアの事が頭を過る。
「……父上。私に出来る事があるとならば、今救うべき者がいます。クレマローズ王国の王女レウィシア……彼女も道化師によって深手を負い、今も集中治療を受けています」
真剣な眼差しでテティノが言う。
「だから……私は行きます」
立ち上がるテティノに対し、王は無言で応える。テティノは軽くお辞儀をしては謁見の間から出ようとする。
「待て」
王が呼び止める。
「テティノよ、お前は昔から感情に流され、情勢をよく見ずに動くところがある。だからお前はいつまで経っても半人前でしかない。その事が身に染みて理解出来たはずだ」
その言葉に思わず自身の行いを省みるテティノ。
「例え何が起きようとも、よく考えて動け。戦うべき者は、決してお前一人だけではない。その事を忘れるな。マレンの為にもな」
王からの言葉を受けると、テティノは勢いよく返事して深々と頭を下げ、再び足を動かす。厳格ながらも初めて温かみのある言葉を受けた気がしたテティノは心が少し軽くなった思いをしていた。
今、僕に出来る事があるならば、レウィシアを救う事。
あの時、焦燥感に流されていた僕は彼女を田舎者だと見下して悪態を付いた上に思わず心無い一言を言ってしまい、頬を叩かれた時の痛みが疼く思いだった。
僕は馬鹿だった。自分の事ばかり考えていたせいで、彼女にも不快な思いをさせてしまった。だから、彼女には謝らないといけない。
彼女は、あれ程の途方もない敵と戦っていた。そのせいで彼女は死の淵に立たされている。
僕にはマレンのように癒しの力は備わっていない。だが、こんな僕でも何か出来る事があれば協力したい。
助けなくては。彼女を助けなくては……!
テティノは治療室に向かう。治療室にはルーチェとラファウス、数人のヒーラーと医師、王妃がいた。レウィシアは未だに目覚める事なく、安静にしている状態だった。
「母上! 彼女は……レウィシアの容態は?」
「……残念ながら、目覚める気配がありませんのよ」
「え……?」
愕然とするテティノ。ルーチェとラファウスも悲しい表情を浮かべている。集中治療の結果、レウィシアの負傷は砕かれていた肋骨と共に完全回復したものの、まるで死んだように意識を失っている状態だった。死亡していない限り、通常は重傷によって意識を失った状態でも回復魔法の力で全快すると意識を取り戻すものの、全快してから数時間程経過しても意識が戻らないのだ。
「傷は全て回復しましたが……ずっと意識が戻らないのです。心臓は動いているのですが、まるで死んだように眠っているみたいで……」
ラファウスが淡々と言う。
「ぼくの回復魔法だけじゃなく、お城のヒーラーさん達の回復魔法と合わせた集中治療だったけど……それでもお姉ちゃんの意識が戻らないんだよ。どうしてかな……」
ルーチェは涙を浮かべながらレウィシアの手を握る。その手には温もりが感じられず、体温が著しく低下しているように感じられた。
「どういう事なんだ。傷は完治しても意識が戻らないのは、他に何か原因があるというのか?」
レウィシアの意識が戻らない原因が解らないテティノは必死で問うものの、治療室内は重い沈黙によって支配される。回復魔法を掛け続けていたルーチェとヒーラー達は既に魔法力が底を付いており、休息で魔法力を回復させない限り、魔法を使う事が出来なくなっていた。
「おい、何とか出来ないのか! 何か言ってくれよ! お前達、それでもヒーラーか! 何とかしろよ!」
思わず感情的な声を張り上げるテティノ。その問いに誰も答えられない中、ルーチェはテティノを軽蔑するような目で見つめていた。
「慎みなさい、テティノ! あなたが喚いたところで解決する問題ではないのは解っているでしょう?」
王妃の叱咤を受けたテティノは我に返ったように絶句し、バツが悪そうに俯いてしまう。
「……出て行って」
そう言ったのはルーチェだった。
「何しに来たのか知らないけど、あんたが来たところで何の役にも立ちやしないよ。偉そうな事を言ったところで何ができるっていうの?」
棘のあるルーチェの言葉に、テティノは何も言い返そうとせず黙って俯いたままだった。
「ルーチェ、どうしてそう言うのですか」
冷徹な声でラファウスがルーチェに近付こうとすると、テティノはそれを軽く遮る。
「……いいんだ。この子の言う通り、実際今の僕には残念ながら何の役に立ちそうもない。こんな時に言うのも何だが、先に君達にも謝っておくよ。本当にすまなかった。出来る事なら彼女を助けたかったけど……所詮僕は半人前の出来損ないなんだ」
己の自分本位さと身勝手さを省みていた上、自分には何も出来ない、何の役にも立てないという自身の無力さを思い知らされていたテティノはルーチェとラファウスに詫びると、静かに治療室から出て行ってしまう。
「……ルーチェ、こっちへ来なさい」
ラファウスはルーチェの手を引きながら治療室から出る。ルーチェは少し困惑しながらも、ラファウスの言う通りに従う事にした。廊下に立ち止まると、ラファウスは目を合わせるようにルーチェと向き合う。
「どうして彼にあんな事を言ったのですか?」
真剣な顔でラファウスが言う。その表情には静かな怒りが感じられる様子だった。
「だって……ぼくあの人嫌いだから」
「嫌いだから? まさかそんな理由で追い払う言い方をしたのですか?」
詰問するかのような口ぶりで言うラファウスに、ルーチェは戸惑い始める。
「……ラファウスお姉ちゃんはあの人の事どう思ってるの? あの人、お姉ちゃんだけじゃなく、クレマローズの王様のことも馬鹿にしてたんだよ」
ルーチェはレウィシアに聞かされていた事を全て話す。
事件が起きる前日の夜――ふとした事でテティノと口論になり、悲しい思いをした事をルーチェにだけこっそりと打ち明けていたのだ。テティノからの心無い一言が心にこびり付き、なかなか気分が晴れないレウィシアは一人で夜風に当たろうと静かな夜の街に出ていた。そんなレウィシアが気になっていたルーチェが後を追ってやって来る。
「お姉ちゃん、さっきからずっと元気なさそうだけど……何かあったの?」
ルーチェが心配そうな様子で聞く。レウィシアは悲しい表情を浮かべるものの、すぐに笑顔になる。
「……大丈夫よ。ちょっと気分が悪くなっただけだから」
その笑顔にはどこか切なさが感じられ、ルーチェは腑に落ちない表情をしている。
「ぼくにだけ話して。何があったのかを。隠し事されるのは嫌いだから」
レウィシアは少し戸惑うものの、やはり正直に話した方が良さそうだと思い、そっとルーチェを抱き寄せる。そして、テティノとのやり取りを全て話した。
「……やっぱりあの人嫌い。お姉ちゃんを育ててくれた王様まで悪く言うなんて許せない」
レウィシアの話を聞いた時、ルーチェはテティノに対して怒りを感じていた。
「いいのよ、ルーチェ。彼も、色々思い悩んでいるせいで私に辛く当たってしまったのかもしれないし。でも……ありがとうね。聞いてくれて。大好きよ、ルーチェ……」
レウィシアは涙を浮かべながらも、ルーチェを愛おしそうに抱きしめていた――。
事情を全て聞き終えたラファウスは少し考え事をしては、そっと顔を寄せる。
「……ルーチェ。嫌な気持ちになった事はわかりますが、彼だって苦しんでいるのです。目の前で妹様を浚われた事もあって、彼はとても悲しい目をしていましたから……。それに、ちゃんと私達にお詫びもしたのですよ」
宥めるようにラファウスが言うものの、ルーチェは首を横に振る。
「あんな人に何ができるっていうの? クチでは偉そうな事ばかり言ってるくせに、結局何もできっこないんじゃないの? ぼくは信じないから」
「……ルーチェ!」
ラファウスはルーチェの頬を引っ叩いてしまう。
「うっ……」
ルーチェは叩かれた頬を抑え、泣き出しそうな表情になる。
「どうしてそんな事を言うの! 彼が今何を思っているのか、解っているの? 彼だって……私達と共にレウィシアを助けようとしているのですよ!」
至近距離で感情的に叱咤するラファウス。
「……うっ……えうっ……うえぇぇん……」
ラファウスの剣幕に何も言えなくなったルーチェは頬を抑えながら泣き出してしまう。
「……今は泣いている場合ではありません。涙を拭きなさい」
ラファウスがそっとハンカチを差し出すと、ルーチェは泣きじゃくりながらもハンカチを受け取り、涙を拭う。
「戻りますよ」
冷静な声で言い残し、治療室へ戻っていくラファウス。
「……ラファウスお姉ちゃん……ごめんなさい……」
ルーチェは叩かれた頬の痛みを感じながらも、ラファウスの後を付いて行った。ラファウスはそんなルーチェをそっと見ては心の中で「ごめんね」と呟いていた。
その頃テティノは、王宮の図書室に来ていた。レウィシアの意識が戻らない原因を突き止める為に、手掛かりとなる書物を探しているのだ。
「こんな僕にも、何か出来る事はないのか? 本当に何の役にも立てないというのか……?」
血眼になる程関連性のある書物を探し回るが、手掛かりとなるものは得られなかった。
「クッ……ダメだ。どの本を読んでもさっぱり解らない。どうすれば……!」
途方に暮れるテティノの頭にある考えが浮かぶ。マレンの癒しの魔法と、過去に王家の試練にて水の神からの加護を受けた事。マレンの癒しの魔法は光の力による回復魔法とは違い、母なる海の加護による安らぎを与え、心身の傷と疲れを癒すというもの。自身にはマレンのような癒しの魔法を扱う事が出来ない。だが、水の神の元へ行けば何か解るかもしれない。そう考えたテティノは書物を片付け、水の神像が奉られた洞穴へ向かう事にした。
僕とマレンは血を分けた兄妹だ。妹に癒しの力が備わっているのであらば、実の兄である僕にだって備わっていてもおかしくないのに、何故か僕には備わっていない。もしかすると、何らかの方法があれば僕にも癒しの力を扱う事が出来るのかもしれない。そのカギとなるのは、おそらく水の神――。
マレンのような癒しの力があれば、レウィシアを救えるかもしれない。
ここは、水の神に賭けるしかない。
例え可能性が一パーセントだとしても、一パーセントにすら満たないものだとしても、今はそれに賭けるしかない。
絶対に……絶対に何とかしてみせる。絶対に……!
槍を手に、王都を出て急ぎ足で西の洞穴へ向かっていくテティノ。その目には、決意の色が表れていた。
……
ここは……何処なの?
誰もいない……何も見えない……
気が付けばそこは、何もない暗闇だけが支配する世界だった。辺りを見渡しても誰もいない。存在するのは、そこに立っている自分自身。
「ここはあなたの闇の中よ……」
突然聞こえてきたその声は、自分自身の声だった。次の瞬間、目の前に現れたのは自分自身そのものだった。
「あなたは……? 何故私がそこに……?」
「私はあなた。レウィシア・カーネイリス……あなたそのものよ。もう一人のあなた、といったところかしら」
まるで鏡に映ったかのように、自分そのものが目の前に立っている。何もない暗闇の中で。そんな状況に驚きと戸惑いを隠せないままだった。お互い向き合う二人のレウィシア。片や戸惑い、片や不敵な笑みを浮かべ始める。
「あなたは完全に負けた。そして自分自身にも完全に負ける事になるのよ。その事を今から思い知らせてあげる。この私が」
もう一人のレウィシアが飛び掛かり、拳で殴り付ける。その一撃を受けたレウィシアは口から血を流し、鋭い目を向ける。もう一人のレウィシアは歪んだ表情で笑っていた。
「ここはあなたの心を蝕んでいた闇の精神が生んだ世界。ケセルに倒された時、あなたが抱えていた心の闇が立ち上がる事を拒絶し、精神をこの世界に運んだのよ。そして私は、もう一人のあなたであり、あなたの闇の化身『心闇の化身』ともいう存在……」
心闇の化身と称するもう一人のレウィシアの全身が闇の炎を思わせる色のオーラに包まれ、姿が徐々に変わり始める。髪の色と衣装、そして肌の色が暗い色合いになっていき、闇に堕ちた印象を受ける姿に変化していった。心闇の化身はレウィシアの前に歩み寄り、腹に重い一撃をめり込ませる。その一撃に身体を大きく曲げ、膝を付いて蹲る。
「が……がはっ……」
腹を抑え、血を吐くレウィシア。心闇の化身は嘲笑いながらも蹲って吐血しているレウィシアを見下ろしていた。
「レウィシア様……どうか生きて!」
マレンは願いを込めて全魔力を込めた水の癒しによる回復魔法を掛ける。それに応えたヒーラー達も次々と回復魔法を掛けていく。回復の力は徐々にレウィシアの傷を癒していくが、意識はまだ戻らない。だが、マレン達は止まる事無く回復魔法を掛け続ける。
王宮に侵入したケセルは兵士達を軽く一掃し、王と王妃のいる謁見の間に出る。
「貴様、何者だ!」
王を守護する槍騎兵数人がケセルに立ち向かうが、ケセルが両手から放った二つの竜を模した闇の炎によって一瞬で焼き尽くされ、灰と化してしまう。その恐るべき力を目の当たりにした王と王妃はこの世のものとは思えぬ程の恐怖を感じて身を震えさせる。
「クックックッ……アクリム王と王妃か。どうやら貴様らアクアマウルの王族は大いなる水の魔力が備わっているようだが、役不足なくらい魔力が足りん。貴様らでは素材にはならんようだ」
ケセルは歪んだ笑みを浮かべていた。
「お前は……素材とは何だ? それに、マリネイで起きた爆発はまさかお前が……」
「ああ、勘違いするな。あの爆発はオレの腹心となる者の仕業だ。オレはある計画の為に世界を渡り歩く者。計画に必要となる素材を求めてこの地にやって来た」
「計画だと……貴様、何を考えている!」
思わず立ち上がる王だが、ケセルは手から衝撃波を放つ。
「ぐおああ!」
衝撃波を叩き込まれた王は全身を強打する形で倒れ込み、気を失ってしまう。
「あなた!」
王妃が倒れた王に駆け寄るが、瞬時にケセルが立ちはだかる。
「クックックッ、王に伝えておくがいい。真の恐怖はこれから訪れる、という事をな」
そう言い残し、ケセルは謁見の間から去って行った。
「真の恐怖……何が起きようとしているの……」
ケセルが残した邪悪な空気の中、王妃はその場に立ち尽くしていた。
その頃、ケセルの一撃で倒されたテティノはルーチェの魔法によって回復していた。
「驚いたな。まさか君のような子供に回復の力があったとは。感謝するよ」
セラクとの戦いで負った傷も塞がっていたが、痛みはまだ残っていた。ルーチェの隣にはラファウスもいる。
「ぼくは聖職者だから傷付いた者を癒すのも使命。あなたの事は嫌いだけど」
「ルーチェ、嫌いだとか言ってはいけません」
「だって……」
ルーチェにとってテティノは悪印象でしかない人物であり、なかなか心を開こうとしない。
「あの道化師は何処へ……ハッ! まさか!」
ケセルの行方を察したテティノは急いで王宮へ向かって行く。
「ルーチェ、彼の後を追いますよ。私の傍を離れないで」
「う、うん……あ。ちょっと待って」
「どうしました?」
ルーチェは慌ててケセルの攻撃で気を失ったメイコの元へ向かう。吐血による血塗れの口を開きながら白目を剥いているが、ルーチェの回復魔法によってダメージは全快し、意識を取り戻した。
「……あ……こ、ここは天国ですか? じゃなさそうですね……」
辺りをキョロキョロと見回すメイコはすぐに状況を把握する。
「あ、もしかしてあなた達が助けてくれたの? あ、あのピエロは? やっつけてくれたんですかぁ?」
「事情は後で話します。今は安全なところへ避難していて下さい」
ラファウスはルーチェの手を握りながら、王宮へ向かうテティノの後を追った。
「な、何がどうなってるのぉぉぉ?」
あたふたするばかりのメイコの元に、逃げて行ったランが戻って来る。
「ラン! 大丈夫だった?」
ランはメイコに飛びつき、口の周りの血を舐め始める。メイコはそんなランを撫でながらも、ラファウス達の無事を祈りつつも安全な場所へ移動していった。
「クックックッ……まずは一つ目だな」
王宮の地下の宝物庫で、ケセルは青く透き通った石の鍵を手にしていた。それは、冥神の魂の封印を解く素材の一つとされているものだった。宝物庫の前には、番人の兵士達の死体が転がっている。鍵を手に入れたケセルは宝物庫を後にすると、王宮内に存在するもう一つの素材を探し始めた。
治療室では、数人のヒーラーとマレンが囲む中、医師がベッドの上で安静にしているレウィシアの応急処置をしていた。レウィシアの容体は深刻なものだと判断され、ヒーラー数人とマレンの回復魔法による治療を施すものの、複雑骨折による後遺症で戦士としては再起不能の可能性もあるという。そんな中、マレンは突然胸騒ぎを感じ、治療室から出ようとする。
「マレン様、何処へ行かれるのです?」
ヒーラーの一人が止めようとするが、マレンは物憂げな表情を浮かべていた。
「……何者かがいる。邪悪な何者かが王宮内にいるのを感じるの。みんな、どうかレウィシア様を助けて。私がどうなっても、レウィシア様を助ける事に専念して!」
そう言い残し、マレンは治療室から出る。
「マレン様!」
ヒーラーの制止を聞かず、治療室から飛び出して行ったマレンの唐突な行動に戸惑いを隠せなかった。王宮内にいるケセルの邪悪な気配を感じ取った時、自分の身に降りかかる出来事を予感したのと同時にレウィシアには近付けさせまいと自ら進んで囮になろうと考えているのだ。
「ほう? これはこれは……」
ケセルと遭遇したマレンは思わず足を止めてしまう。
「……あなたは何者なの?」
「オレはある計画の為に世界を渡り歩く者。計画に必要となる素材を求めてやって来た。マレン王女よ、貴様も素材の一つとして選ばれたのだ」
薄ら笑みを浮かべながら舌なめずりして歩み寄るケセルに、マレンは得体の知れない恐怖を感じる余りたじろいでしまう。
「クックックッ、オレが怖いのか? 無理もあるまい。オレに仇名したクレマローズの王女も本能で恐怖を感じていたのだからな」
ケセルの顔がマレンに近付いていく。
「……狙うのは私だけにして。あなたの目的が私だというのなら……他の人には手を出さないで!」
至近距離のままマレンが気丈に声を張り上げて言った。
「ククク……いいだろう。目的の素材さえ手に入れば後はどうでもいい。殺すのはいつでも出来るのだからな」
ケセルは徐にマレンの頭を乱暴に掴む。
「きゃあ! は、離してっ……! いやあっ……」
頭を掴んでいる手を引き剥がそうとするマレンだが、その力は途轍もなく強く、離れようとしない。
「待て!」
背後から声が聞こえてくる。槍を手にしたテティノが現れたのだ。傍らにはラファウスとルーチェもいる。
「何だ、貴様らか。死に急ぎにやって来たのか?」
「下衆が! 妹から離れろ!」
テティノは槍を構え、戦闘態勢に入る。
「お兄様……ダメよ、来ないで……!」
マレンが言うと、ケセルは不敵に笑いながらも拳をマレンの腹にめり込ませる。
「ぐぼおっ……」
腹の一撃に悶絶するマレンは口から血を流し、ガクリと気を失う。
「き、貴様あああっ!」
激昂したテティノが槍を手に突撃するが、ケセルは瞬時に拳を振るい、テティノの顔面に一撃を叩き込む。
「ぐあはっ」
血を噴きながら吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられるテティノ。ラファウスとルーチェはケセルから漂う恐ろしい程の邪気を肌で感じ取り、戦慄していた。
「……ぐっ……う……」
口元を手で抑えながら立ち上がろうとするテティノだが、顔面に受けた強烈な一撃が響き渡るような痛みとなって残っていた。口元を抑える手からはポタポタと血が滴っている。
「貴様らがどう足掻いてもこのオレを止める事は出来ん。クレマローズの王女レウィシアもオレとの戦いで骨を砕かれ、血反吐を吐き散らしながら倒れたのだからな」
ケセルの言葉に衝撃を受けるテティノ達。
「幸い一命を取り留めたとしても、あれ程打ちのめされては最早戦う事すらも出来ん。奴は絶望に打ちひしがれ、汚いボロ雑巾と化した負け犬だ」
「……悪魔め……黙りなさい!」
戦いに敗れたレウィシアを侮辱するケセルの醜悪な態度に激しい怒りを覚え、声を荒げるラファウス。怒りに共鳴するかのように、風のオーラが身を包む。
「聖風の神子ラファウスよ。貴様も感じているのではないか? このオレの恐ろしさを。レウィシアの二の舞になる事を望むのか? 貴様の言う通り、オレは悪魔そのものともいう存在だからな」
対抗するように闇のオーラを纏うケセル。凍り付くような邪気が辺りを覆い始める。ラファウスは肌で感じる強い邪気に怯みながらも、鋭い視線を向ける。
「無駄だ」
ケセルは手から無数の黒い鎖を放つ。鎖はルーチェ、ラファウス、テティノの全身を拘束し、動きを封じてしまう。魔魂の力を発動しているラファウスですらも身動きが出来ない程の拘束であった。
「クックックッ……アクリム王子テティノよ。どうだ? 己の無力さと惨めさに打ちのめされる気分は?」
血を流して喘いでいるテティノを挑発するようにケセルが言う。ケセルはマレンの頭を掴んだ際、マレンの頭の中からテティノに関する記憶を読み取っていた。
「哀れな事よ。妹に劣等感を抱き、両親に認められたいが為に自ら進んで魔物に挑もうとしていたが全て空回りに終わり、そして今はこの通り惨めな有様となった」
「何……だと……何故お前が僕の事を!」
「オレは他者の記憶を読み取る事も出来る。マレン王女から貴様に関する記憶を読ませて貰ったのだ。貴様が精神面においては出来損ないだという事を知れて実に愉快だったよ」
「ぐっ……この外道が!」
心情を嘲笑われたテティノは思わず頭に血を登らせるものの、黒い鎖による拘束で動きが取れない。
「クハハハ、貴様も怒り任せに特攻しようとしたのか? 全く人間というものは何処までも愉快だ。精神面が脆ければすぐ感情的になり、我を失う。それが結果的に死に繋がるという事も考えずに挑んだ愚か者がいたのだがな」
更に挑発的な態度でケセルは言葉を続ける。
「テティノよ、貴様は無力なのだよ。どれ程の努力を積み重ねても両親から認められず、守るべきものも守れず、そして己の無力さに打ちのめされる。貴様は何をしても無力な出来損ないだ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れえええっ!」
動けない身体で激昂する余り、大声で喚き散らすテティノ。その目から涙が溢れ出ていた。ケセルは歪んだ笑みのままテティノの前に歩み寄り、更に拳で殴り付ける。
「がはあっ! あ……がっ……」
顔面に一撃を受けたテティノは口から血を飛ばし、目に涙を浮かべたままグッタリとしてしまう。
「くっ、テティノ……! よくも……!」
ケセルの卑劣さを見て居た堪れなくなったラファウスは鎖の拘束から逃れようとするが、魔力を全開させても鎖は外れる気配がない。ケセルは掌に水晶玉を出現させ、倒れているマレンを吸い込むように玉の中に取り込んでいく。
「クックックッ……これでアクリム王国に存在する素材は全て頂いた。貴様らとのお遊びは一先ずここまでにしておこう。貴様らも優秀な素材候補としている故、出来るだけ生かしておきたいものでな。ま、仮に貴様らが死んだとしても大して困る事は無いがね」
ケセルは笑いながらも瘴気を纏い、姿を消していく。ケセルの姿が消えた時、ラファウス達を拘束している黒い鎖は消滅し、身体は自由を取り戻した。
「許さない……あれ程の非道な愚者は未だかつて見た事が無い」
ラファウスはケセルの数々の非道ぶりに怒りが収まらない。ルーチェは虫の息となったテティノに回復魔法を掛け始める。テティノはダメージから回復するものの、心中は悔しさと無力感に満ちていた。
「……ちくしょう……ちくしょう……!」
その場に頽れたテティノは悔しさに打ちのめされる余り、止まらない涙を溢れさせていた。ルーチェとラファウスはそんなテティノの姿を黙って見守る事しか出来なかった。
僕は、出来損ないだ。
父上や母上から愛されていないと思い込み、妹に劣等感を抱き、認められたいが為に単身で恐ろしい魔物に挑む程の無茶をしたりもした。けど、全てが空回りだった。僕にとっては憩いだった場所は壊され、何も出来ずに敵に打ちのめされ続け、目の前で妹が浚われてしまった。
僕には結局何も出来なかった。
僕は、無力だ。
翌日――王都全体が不穏な空気に包まれていた。ケセルによってマレンが浚われ、多くの兵が犠牲になった事で人々の多くが不安を募らせている。王都内はウォーレン率いる槍騎兵隊による厳戒態勢に入り、普段の活気はなく緊迫感に満ちていた。そんな状況の中、テティノは蹲るように自室のベッドに佇んでいた。ダメージが回復してからも王や王妃と顔を合わす事すらせず、半日も自室に閉じ籠っているのだ。醜悪な表情を浮かべるケセルに嘲笑われながらも軽く倒され、成す術もなく浚われていく妹の姿が何度も頭を過り、己の無力さを痛感する余り憔悴しきっていた。そんな状況の中、不意にドアをノックする音が聞こえてくる。
「テティノ、少し宜しいでしょうか?」
ドアの外から聞こえてくる声の主は、ラファウスだった。テティノはそっとドアを開ける。
「……何か用か? 悪いが今はあまり話したい気分じゃないんだ」
「すみません。兵士の方からお伺いしたところ、半日もお部屋に閉じこもっていらっしゃると聞いたもので……」
ラファウスはテティノの憔悴しきった様子を見て何とも言えない気まずさを感じる。
「クレマローズの王女……レウィシアの様子はどうなんだ?」
テティノの問いに、ラファウスは少し俯く。治療室で安静にしているレウィシアは現在も集中治療を受けており、ルーチェも回復魔法で治療に協力しているのだ。
「そうか……まだ治療中なんだな」
「私も微力ながら、出来る事があれば協力するつもりです。あなたはこれからどうするのですか?」
「これから……か」
テティノは溜息を付き、窓の外の景色を見つめる。
「……こんな僕に何が出来るんだろうな。もし僕にも何か出来る事があれば、或いは……」
ラファウスはテティノの悲しい目を見ているうちに、掛けるべき言葉を失っていた。
「テティノ王子、国王陛下がお呼びです」
ノックの音と共に聞こえてくる兵士の声。テティノは気が沈んだまま無言で部屋を出て謁見の間へ向かう。ラファウスはテティノの様子を気に掛けつつも、レウィシアとルーチェがいる治療室へ向かって行った。謁見の間にいるのは、表情を強張らせた王一人だけだった。テティノは王の表情を見る事なく、深く頭を下げて跪く。
「テティノよ、マレンの事は聞いたぞ。聖風の神子たる者からな」
ラファウスから既に事情を聞かされていた王は重々しく声を上げる。恐る恐る顔を上げるテティノだが、すぐに土下座する形で頭を下げる。
「……父上。この度は誠に申し訳御座いませんでした! 私の独断で勝手な行動をした挙句、港町マリネイや、マレンを守れずにこのような事になってしまったのは全て私の力不足によるもので……」
「戯け!」
王は声を張り上げて怒鳴りつける。
「いざ顔を出せば言う事がそれか? 馬鹿者が。マレンが敵の手に掛かったのは全てお前自身の責任にあると言うとでも思ったのか」
テティノは返す言葉が見つからず、冷や汗を流していた。
「……マレンを浚った道化師の男……お前も奴と会ったのだろう?」
「は、はい」
緊迫した空気の中、王は軽く咳払いする。
「奴が放っている邪気はこの世のものとは思えぬ恐ろしいものがあった。数人の槍騎兵を一瞬で消し去る程の力を持っている。お前はそんな恐ろしい存在に打ちのめされたそうだな」
「え、ええ……」
「奴は何を目的としているのかは知らぬが、お前まで浚われたり、殺されたりしなかったのは寧ろ奇跡に近いかもしれぬ。いや……お前だけではなく、我々も含めてな」
険しい表情を変えない王の額は汗で滲んでいる。王もまた、ケセルの恐ろしい程の邪気に恐怖を抱いていた。
「それ程の恐るべき敵にマレンが浚われた今、国民が不安にさらされている。テティノよ、今はまずお前に出来る事をやれ。よいな」
謁見の間が暫くの間沈黙に包まれる中、テティノは治療室で治療を受けているレウィシアの事が頭を過る。
「……父上。私に出来る事があるとならば、今救うべき者がいます。クレマローズ王国の王女レウィシア……彼女も道化師によって深手を負い、今も集中治療を受けています」
真剣な眼差しでテティノが言う。
「だから……私は行きます」
立ち上がるテティノに対し、王は無言で応える。テティノは軽くお辞儀をしては謁見の間から出ようとする。
「待て」
王が呼び止める。
「テティノよ、お前は昔から感情に流され、情勢をよく見ずに動くところがある。だからお前はいつまで経っても半人前でしかない。その事が身に染みて理解出来たはずだ」
その言葉に思わず自身の行いを省みるテティノ。
「例え何が起きようとも、よく考えて動け。戦うべき者は、決してお前一人だけではない。その事を忘れるな。マレンの為にもな」
王からの言葉を受けると、テティノは勢いよく返事して深々と頭を下げ、再び足を動かす。厳格ながらも初めて温かみのある言葉を受けた気がしたテティノは心が少し軽くなった思いをしていた。
今、僕に出来る事があるならば、レウィシアを救う事。
あの時、焦燥感に流されていた僕は彼女を田舎者だと見下して悪態を付いた上に思わず心無い一言を言ってしまい、頬を叩かれた時の痛みが疼く思いだった。
僕は馬鹿だった。自分の事ばかり考えていたせいで、彼女にも不快な思いをさせてしまった。だから、彼女には謝らないといけない。
彼女は、あれ程の途方もない敵と戦っていた。そのせいで彼女は死の淵に立たされている。
僕にはマレンのように癒しの力は備わっていない。だが、こんな僕でも何か出来る事があれば協力したい。
助けなくては。彼女を助けなくては……!
テティノは治療室に向かう。治療室にはルーチェとラファウス、数人のヒーラーと医師、王妃がいた。レウィシアは未だに目覚める事なく、安静にしている状態だった。
「母上! 彼女は……レウィシアの容態は?」
「……残念ながら、目覚める気配がありませんのよ」
「え……?」
愕然とするテティノ。ルーチェとラファウスも悲しい表情を浮かべている。集中治療の結果、レウィシアの負傷は砕かれていた肋骨と共に完全回復したものの、まるで死んだように意識を失っている状態だった。死亡していない限り、通常は重傷によって意識を失った状態でも回復魔法の力で全快すると意識を取り戻すものの、全快してから数時間程経過しても意識が戻らないのだ。
「傷は全て回復しましたが……ずっと意識が戻らないのです。心臓は動いているのですが、まるで死んだように眠っているみたいで……」
ラファウスが淡々と言う。
「ぼくの回復魔法だけじゃなく、お城のヒーラーさん達の回復魔法と合わせた集中治療だったけど……それでもお姉ちゃんの意識が戻らないんだよ。どうしてかな……」
ルーチェは涙を浮かべながらレウィシアの手を握る。その手には温もりが感じられず、体温が著しく低下しているように感じられた。
「どういう事なんだ。傷は完治しても意識が戻らないのは、他に何か原因があるというのか?」
レウィシアの意識が戻らない原因が解らないテティノは必死で問うものの、治療室内は重い沈黙によって支配される。回復魔法を掛け続けていたルーチェとヒーラー達は既に魔法力が底を付いており、休息で魔法力を回復させない限り、魔法を使う事が出来なくなっていた。
「おい、何とか出来ないのか! 何か言ってくれよ! お前達、それでもヒーラーか! 何とかしろよ!」
思わず感情的な声を張り上げるテティノ。その問いに誰も答えられない中、ルーチェはテティノを軽蔑するような目で見つめていた。
「慎みなさい、テティノ! あなたが喚いたところで解決する問題ではないのは解っているでしょう?」
王妃の叱咤を受けたテティノは我に返ったように絶句し、バツが悪そうに俯いてしまう。
「……出て行って」
そう言ったのはルーチェだった。
「何しに来たのか知らないけど、あんたが来たところで何の役にも立ちやしないよ。偉そうな事を言ったところで何ができるっていうの?」
棘のあるルーチェの言葉に、テティノは何も言い返そうとせず黙って俯いたままだった。
「ルーチェ、どうしてそう言うのですか」
冷徹な声でラファウスがルーチェに近付こうとすると、テティノはそれを軽く遮る。
「……いいんだ。この子の言う通り、実際今の僕には残念ながら何の役に立ちそうもない。こんな時に言うのも何だが、先に君達にも謝っておくよ。本当にすまなかった。出来る事なら彼女を助けたかったけど……所詮僕は半人前の出来損ないなんだ」
己の自分本位さと身勝手さを省みていた上、自分には何も出来ない、何の役にも立てないという自身の無力さを思い知らされていたテティノはルーチェとラファウスに詫びると、静かに治療室から出て行ってしまう。
「……ルーチェ、こっちへ来なさい」
ラファウスはルーチェの手を引きながら治療室から出る。ルーチェは少し困惑しながらも、ラファウスの言う通りに従う事にした。廊下に立ち止まると、ラファウスは目を合わせるようにルーチェと向き合う。
「どうして彼にあんな事を言ったのですか?」
真剣な顔でラファウスが言う。その表情には静かな怒りが感じられる様子だった。
「だって……ぼくあの人嫌いだから」
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詰問するかのような口ぶりで言うラファウスに、ルーチェは戸惑い始める。
「……ラファウスお姉ちゃんはあの人の事どう思ってるの? あの人、お姉ちゃんだけじゃなく、クレマローズの王様のことも馬鹿にしてたんだよ」
ルーチェはレウィシアに聞かされていた事を全て話す。
事件が起きる前日の夜――ふとした事でテティノと口論になり、悲しい思いをした事をルーチェにだけこっそりと打ち明けていたのだ。テティノからの心無い一言が心にこびり付き、なかなか気分が晴れないレウィシアは一人で夜風に当たろうと静かな夜の街に出ていた。そんなレウィシアが気になっていたルーチェが後を追ってやって来る。
「お姉ちゃん、さっきからずっと元気なさそうだけど……何かあったの?」
ルーチェが心配そうな様子で聞く。レウィシアは悲しい表情を浮かべるものの、すぐに笑顔になる。
「……大丈夫よ。ちょっと気分が悪くなっただけだから」
その笑顔にはどこか切なさが感じられ、ルーチェは腑に落ちない表情をしている。
「ぼくにだけ話して。何があったのかを。隠し事されるのは嫌いだから」
レウィシアは少し戸惑うものの、やはり正直に話した方が良さそうだと思い、そっとルーチェを抱き寄せる。そして、テティノとのやり取りを全て話した。
「……やっぱりあの人嫌い。お姉ちゃんを育ててくれた王様まで悪く言うなんて許せない」
レウィシアの話を聞いた時、ルーチェはテティノに対して怒りを感じていた。
「いいのよ、ルーチェ。彼も、色々思い悩んでいるせいで私に辛く当たってしまったのかもしれないし。でも……ありがとうね。聞いてくれて。大好きよ、ルーチェ……」
レウィシアは涙を浮かべながらも、ルーチェを愛おしそうに抱きしめていた――。
事情を全て聞き終えたラファウスは少し考え事をしては、そっと顔を寄せる。
「……ルーチェ。嫌な気持ちになった事はわかりますが、彼だって苦しんでいるのです。目の前で妹様を浚われた事もあって、彼はとても悲しい目をしていましたから……。それに、ちゃんと私達にお詫びもしたのですよ」
宥めるようにラファウスが言うものの、ルーチェは首を横に振る。
「あんな人に何ができるっていうの? クチでは偉そうな事ばかり言ってるくせに、結局何もできっこないんじゃないの? ぼくは信じないから」
「……ルーチェ!」
ラファウスはルーチェの頬を引っ叩いてしまう。
「うっ……」
ルーチェは叩かれた頬を抑え、泣き出しそうな表情になる。
「どうしてそんな事を言うの! 彼が今何を思っているのか、解っているの? 彼だって……私達と共にレウィシアを助けようとしているのですよ!」
至近距離で感情的に叱咤するラファウス。
「……うっ……えうっ……うえぇぇん……」
ラファウスの剣幕に何も言えなくなったルーチェは頬を抑えながら泣き出してしまう。
「……今は泣いている場合ではありません。涙を拭きなさい」
ラファウスがそっとハンカチを差し出すと、ルーチェは泣きじゃくりながらもハンカチを受け取り、涙を拭う。
「戻りますよ」
冷静な声で言い残し、治療室へ戻っていくラファウス。
「……ラファウスお姉ちゃん……ごめんなさい……」
ルーチェは叩かれた頬の痛みを感じながらも、ラファウスの後を付いて行った。ラファウスはそんなルーチェをそっと見ては心の中で「ごめんね」と呟いていた。
その頃テティノは、王宮の図書室に来ていた。レウィシアの意識が戻らない原因を突き止める為に、手掛かりとなる書物を探しているのだ。
「こんな僕にも、何か出来る事はないのか? 本当に何の役にも立てないというのか……?」
血眼になる程関連性のある書物を探し回るが、手掛かりとなるものは得られなかった。
「クッ……ダメだ。どの本を読んでもさっぱり解らない。どうすれば……!」
途方に暮れるテティノの頭にある考えが浮かぶ。マレンの癒しの魔法と、過去に王家の試練にて水の神からの加護を受けた事。マレンの癒しの魔法は光の力による回復魔法とは違い、母なる海の加護による安らぎを与え、心身の傷と疲れを癒すというもの。自身にはマレンのような癒しの魔法を扱う事が出来ない。だが、水の神の元へ行けば何か解るかもしれない。そう考えたテティノは書物を片付け、水の神像が奉られた洞穴へ向かう事にした。
僕とマレンは血を分けた兄妹だ。妹に癒しの力が備わっているのであらば、実の兄である僕にだって備わっていてもおかしくないのに、何故か僕には備わっていない。もしかすると、何らかの方法があれば僕にも癒しの力を扱う事が出来るのかもしれない。そのカギとなるのは、おそらく水の神――。
マレンのような癒しの力があれば、レウィシアを救えるかもしれない。
ここは、水の神に賭けるしかない。
例え可能性が一パーセントだとしても、一パーセントにすら満たないものだとしても、今はそれに賭けるしかない。
絶対に……絶対に何とかしてみせる。絶対に……!
槍を手に、王都を出て急ぎ足で西の洞穴へ向かっていくテティノ。その目には、決意の色が表れていた。
……
ここは……何処なの?
誰もいない……何も見えない……
気が付けばそこは、何もない暗闇だけが支配する世界だった。辺りを見渡しても誰もいない。存在するのは、そこに立っている自分自身。
「ここはあなたの闇の中よ……」
突然聞こえてきたその声は、自分自身の声だった。次の瞬間、目の前に現れたのは自分自身そのものだった。
「あなたは……? 何故私がそこに……?」
「私はあなた。レウィシア・カーネイリス……あなたそのものよ。もう一人のあなた、といったところかしら」
まるで鏡に映ったかのように、自分そのものが目の前に立っている。何もない暗闇の中で。そんな状況に驚きと戸惑いを隠せないままだった。お互い向き合う二人のレウィシア。片や戸惑い、片や不敵な笑みを浮かべ始める。
「あなたは完全に負けた。そして自分自身にも完全に負ける事になるのよ。その事を今から思い知らせてあげる。この私が」
もう一人のレウィシアが飛び掛かり、拳で殴り付ける。その一撃を受けたレウィシアは口から血を流し、鋭い目を向ける。もう一人のレウィシアは歪んだ表情で笑っていた。
「ここはあなたの心を蝕んでいた闇の精神が生んだ世界。ケセルに倒された時、あなたが抱えていた心の闇が立ち上がる事を拒絶し、精神をこの世界に運んだのよ。そして私は、もう一人のあなたであり、あなたの闇の化身『心闇の化身』ともいう存在……」
心闇の化身と称するもう一人のレウィシアの全身が闇の炎を思わせる色のオーラに包まれ、姿が徐々に変わり始める。髪の色と衣装、そして肌の色が暗い色合いになっていき、闇に堕ちた印象を受ける姿に変化していった。心闇の化身はレウィシアの前に歩み寄り、腹に重い一撃をめり込ませる。その一撃に身体を大きく曲げ、膝を付いて蹲る。
「が……がはっ……」
腹を抑え、血を吐くレウィシア。心闇の化身は嘲笑いながらも蹲って吐血しているレウィシアを見下ろしていた。
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