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第三章「赤雷の騎士と闇の王」
敵襲
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眠りに就いた時、再び夢を見た。
夢の中の光景――聳え立つ岩山の洞穴から一人の女騎士が出てくる。洞穴の奥深くに設けられた地底の神殿に神の剣を封印したエリーゼであった。
「あの剣を封印したのか」
声と共に現れたのは、ガウラだった。傍らにシルヴェラもいる。
「我々が使うものではないからな。あの剣を手にする時は、神に選ばれし者がこの世界に現れた時なのだろう」
「そうか。私達は所詮人間に過ぎぬという事か」
吹き荒れる風の中、三人の間に僅かな沈黙が支配する。
「……お前達はこれからどうする?」
「クレマローズへ戻る。アレアスが帰りを待っているからな」
ガウラが返答すると、シルヴェラも続いて口を開く。
「私も故郷へ戻る。父に代わって、一つの王国を建国する為にな」
シルヴェラの故郷……それは、サレスティル城である。それは遥か昔の時代の民によって建てられた城であり、代々城主となる王によって守られた城であった。シルヴェラはサレスティル城に捨てられた子であり、王に拾われた事によって育てられた身だった。王は城で暮らす民にそれぞれの豊かな暮らしを与えようと城下町を造り、一つの王国へと発展させようとしていたが死期が迫っており、余命幾ばくもない状況であった。そこで王の実の息子である王子と養女に当たるシルヴェラが後継者として選ばれ、共に平和を愛する王国を建国しようと考えているのだ。
「一つの王国……か。お前がそのような事を考えているとは意外だな」
「フッ、私を育ててくれた父の為だ。それに、城には行き場を失った者が多く移り住んでいる。彼らに安住の地を与える為にもな」
そんな会話を交わした三人は、それぞれ動き始める。エリーゼはジョルディスと兄グラヴィルが待つブレドルド王国へ帰還し、グラヴィルがいる部屋を訪れる。付き添っていたマチェドニルは王にグラヴィルの様子を報告しようと部屋から出たばかりであった。
「帰ったか」
グラヴィルが迎えると、エリーゼは神雷の剣を地底神殿に封印した事を伝える。
「全く、あの剣は本当によくわからんな。王にも扱えなかったらしいし」
「だからこそ封印する必要があると思ったんだがな」
グラヴィルは傷跡から伝わる激しい痛みを堪えながらも、半身を起こそうとする。
「……ジョルディスは何処だ?」
「さっきここに来てすぐに出たんだが、トイレに行ってるんじゃないか?」
エリーゼは少し俯きながらも、ジョルディスのある言葉を思い出していた。剣を封印する前にふと言われた『約束通り』という言葉であった。
「……兄上。一つ聞きたい事がある」
「何だ?」
「私が……奴と結ばれる事になっても……見守ってくれるか?」
エリーゼは顔を赤らめながらも、ややぎこちない口ぶりで言う。そんなエリーゼに思わず笑うグラヴィル。
「何が可笑しいんだ」
「可笑しいね。可愛げのないお前がいきなりそんな事を聞くなんてな。クックックッ……」
「やかましい! とにかく……私には、あいつしか考えられん、という事だ」
あからさまな照れ隠しのエリーゼを見て、グラヴィルはひたすら笑っていた。
「ヴェルラウド! 早く起きなさいよ!」
スフレの声で目が覚めると、ヴェルラウドは夢の中の出来事を思い返していた。
(また俺のお袋が出てくる夢……か。何故こんな夢を見るんだ……?)
再び見た過去の出来事の夢も、鮮明に覚えている内容であった。夢の中に出てきた若き頃のエリーゼとジョルディス、そしてガウラとシルヴェラ。やはり過去の世界を彷徨っているような夢であり、単なる偶然とは思えない出来事にヴェルラウドは戸惑いと得体の知れない不気味さを感じていた。
「ほらほら、早く準備するのよ!」
スフレに急かされながらも準備に取り掛かるヴェルラウド。曇り空の中、ヴェルラウド、スフレ、オディアンの三人は地底神殿へ通じる岩山の洞穴へ向かう。道中に立ちはだかる魔物を蹴散らしつつも洞穴のある岩山へ向かう途中、雨が降ってくる。
「あーもう! 雨だなんて聞いてないわよ!」
スフレが愚痴を零しつつも、一行は雨が降る中ひたすら足を進める。数分後、洞穴が設けられた岩山に辿り着く。
「ここが地底神殿の入り口だ」
入り口となる洞穴は、自然に出来たごく普通の洞穴という印象を受けるものだった。石灰岩による洞穴の内部は空洞による鍾乳洞が出来ており、足音が響き渡っている。洞穴の道を進んでいくと、洞穴を根城としている魔物が生息していた。一行は襲い掛かる魔物を退けつつも、奥へ向かって行く。洞穴の内部へ侵入してから数十分後、一行は広大な空洞に出た。そこには、遺跡のような雰囲気が漂う神殿が設けられていた。
「これが地底神殿か?」
「うむ。エリーゼ様はこの神殿に剣を封印したと言われている」
神殿の入り口は、巨大な扉によって固く閉ざされていた。オディアンが地底神殿の鍵を扉の鍵穴に差し込むと、扉は重々しい音を立てながらゆっくりと開いていく。神殿内は無数の苔に覆われて朽ちた石柱や風化した像が並び、古の時代に造られた神殿特有の趣を感じさせる雰囲気が漂っていた。
「すごーい! 何だか歴史ある古代の遺跡って感じでワクワクするわね!」
スフレが興味深そうに辺りを見回している。魔物の気配はないものの、至る所に瓦礫の山で塞がれた道があり、剣が封印された場所を探すだけでも一苦労であった。瓦礫だらけの道を彷徨っている中、一行は祭壇が設けられた部屋に辿り着く。祭壇には、一本の剣が立てられていた。祭壇にある物々しくも神々しい雰囲気を放っているかのような造りをした剣――それが神雷の剣であった。
「この剣が……お袋ですら使えなかったという神雷の剣なのか?」
ヴェルラウドは祭壇にある剣に手を伸ばし、そっと手に取る。
「やったあ! 神雷の剣を手に入れたのね!」
剣を手に入れたヴェルラウドを見て大喜びのスフレだが、オディアンは険しい表情をしている。
「ヴェルラウドよ。その剣を手に取ってみた感想はどうだ?」
オディアンが尋ねる。
「……別に。いつも使い慣れてる剣とそこまで変わりはないが」
「そうか。では、一つ素振りをしてみてくれないか」
「素振り? わかったよ」
ヴェルラウドは神雷の剣を両手で持ち、大きく振り下ろす。その瞬間、ヴェルラウドは全身に重りを感じると、剣から伝わる激しい電撃によって感電してしまう。
「ヴェルラウド!」
突然の出来事に驚いたスフレがヴェルラウドに駆け寄る。ヴェルラウドの様子を見ていたオディアンはますます険しい顔つきになっていた。
「何があったの?」
「……いきなり身体が重くなり、物凄い電撃に襲われた。この剣を振り下ろした途端にな」
「うっそぉ! それってつまり、ヴェルラウドでも使えない剣って事?」
「何という事だ……やはりヴェルラウドでも使いこなす事は不可能なのか」
グラヴィルやエリーゼ同様、ヴェルラウドでも剣を使えないという事実を目の当たりにしたオディアンは落胆するばかりだった。
「おい、どうすればいいんだ? 俺でも使いこなせなかったという事が証明された以上、どうしようもねぇぞ」
ヴェルラウドが言う。
「……ひとまず陛下に報告しよう。剣を持つだけでは大丈夫なのだな?」
「ああ。一応な」
一行は神雷の剣を手に、地底神殿を後にする。剣自体を持ち運ぶだけでは特に何らかの影響を及ぼすという事はなかった。
「はーあ、ヴェルラウドでも剣が使えないとなったらどうすればいいのかしら」
ガッカリした様子でスフレが呟いても、誰も答える者はいなかった。洞穴から出た時、雨は既に止んでいた。ブレドルド王国へ向かう途中、一人の傷ついた兵士がやって来る。
「どうした、何事だ!」
兵士の負傷を見てオディアンが異変を察した様子で声を掛ける。
「オ、オディアン兵団長……魔物が……魔物どもが王国を……!」
「何だと!」
魔物が襲撃したという知らせを聞かされたオディアンの表情が再び険しくなる。
「魔物ですって? 大変! すぐ行かなきゃ!」
スフレはオディアンと共に急いで王国へ向かって行く。魔物による王国の襲撃という事件にヴェルラウドは思わず過去の記憶を掘り起こしてしまうが、すぐに振り払うように足を急がせた。
「なっ……!」
一行が王国に戻った時、既に魔物の襲撃が始まっていた。建物や民家の幾つかが放火され、多くの戦士達が魔物の群れに挑んでいる。その光景を見たヴェルラウドは引き攣った表情を浮かべていた。
「おのれ、魔物どもの好きにはさせんぞ!」
オディアンが戦斧を手にした瞬間、黒いローブを身に纏い、仮面を被った男が姿を現す。
「見つけたぞ、赤雷の騎士ヴェルラウドよ」
仮面の男がヴェルラウドの名を口にした瞬間、ヴェルラウドは思わず剣を手に身構える。
「俺の名前を知っているという事は、まさかお前達も……」
「我らは偉大なる闇王様に仕えし者。闇王様のご命令につき、貴様を殺す」
男が仮面を外すと、醜い髑髏の魔物の素顔が現れる。髑髏顔の魔物は不気味な笑いを浮かべながらも着ているローブを破り捨て、姿を変形させていく。変化したその姿は、多くの足を持つ巨大な昆虫と髑髏顔の悪魔の身体を足したような異形の魔物だった。
「ハァァァ……俺の名はレグゾーラ。赤雷の騎士よ……貴様の骸を闇王様に捧げてやるぞ」
レグゾーラは口から粘着性の強い糸を吐き出す。糸はヴェルラウドを狙っていたが、すぐさまオディアンが前に出て、その身に攻撃を受ける。
「オディアン!」
オディアンは全身に絡み付いた糸の粘着から逃れようとすると、スフレがとっさに炎の玉をオディアンに向けて放ち、絡み付いた糸を炎の熱で溶かした。
「忝い」
軽く礼を言うと、オディアンは戦斧を構える。
「ヴェルラウド、スフレ。こいつは私が食い止める。お前達は他の魔物どもを頼む」
「わかったわ。ザコの処理ならこのスフレちゃんに任せなさい! ヴェルラウド、行くわよ!」
ヴェルラウドは剣を持つ手を震わせながら、その場に立ち尽くしている。
「ヴェルラウド、聞いてるの?」
「あ、ああ」
「もう、緊急事態だっていうのにボーッとしてる場合じゃないでしょ!」
その声に現状を改めて把握したヴェルラウドは、スフレと共に王国を襲撃している魔物の討伐に足を急がせた。
「フン、大人しく我が手で殺される事を選べばよかったものを……まあいい。オディアン兵団長。貴様も邪魔者だ。赤雷の騎士の前にまずは貴様から血祭りにあげてくれるわ」
レグゾーラが口から青緑色の液体を次々と吐き出す。物質を溶かす強酸性の液だった。オディアンは強酸の液を避けながらも戦斧を叩き込む。だが、レグゾーラは不気味な笑みを浮かべつつも、全身から紺色の瘴気を発生させる。次の瞬間、レグゾーラの口から紺色の炎が吐き出された。闇の力によるブレス攻撃だった。
「ぐうっ……!」
闇の炎を受けたオディアンの全身に火傷によるダメージが襲い掛かる。それは、鎧を伝って強烈な熱が全身を襲う感覚だった。
「ククク、殺してやるぞ。愚かな人間め」
ダメージを受けたオディアンを嘲笑うレグゾーラは、目を赤く光らせる。その光は、殺意と邪悪が込められた光だった。
「はあああっ!」
ヴェルラウドの剣の一撃が魔物を真っ二つにする。
「エクスプロード!」
スフレの魔法によって吹き飛ばされていく魔物の群れ。だが、王国にいる魔物の数はまだ多く存在していた。
魔物の中には、ヴェルラウドを殺せと口走っている者もいる。その声を聴いたヴェルラウドは、頭にこびり付いて離れない過去の出来事が浮かんできては必死でその記憶を追い出そうとする。
「ヴェルラウド、どうしたのよ?」
スフレはヴェルラウドの様子を見て思わず声を掛ける。
「……俺のせいだ。俺がいるせいで、この国までもが……」
項垂れながらも拳を震わせるヴェルラウドは、自責と悔恨の念に襲われていた。
「な、何言ってるのよ……あなたは悪くないでしょ! 全部闇王の奴が悪いのよ! あなたは何も悪くないんだから!」
ヴェルラウドは返答せず、無言でスフレに視線を向ける。スフレが説得しようとした瞬間、岩石が飛んでくる。咄嗟に回避した二人は辛うじて直撃を逃れる。
「クックックッ……ヴェルラウドってのはテメェの事かぁ?」
現れたのは、地の魔魂の力で岩石を身に纏ったガルドフであった。周囲には無数の岩石が浮かび上がっている。
「だ、誰?」
「ククク……俺はガルドフ。ある男の仕事を受けてヴェルラウドとかいう野郎を殺しに来たのさ」
残忍な笑みを浮かべるガルドフを前に、ヴェルラウドとスフレが身構える。
「俺を殺しに来たという事は、お前も闇王の部下だな」
「闇王? そいつとは直接会った事ねぇし、部下じゃねえよ。俺をこんな風に改造してくれたピエロ野郎から聞かされた事はあったがな」
「ピエロ野郎?」
「クックックッ、俺に力を与えてくれた奴だよ。今の俺がいるのもそいつのおかげだ。そいつももうすぐ此処に来るようだぜ……この国の王を狙うって事でよ」
「何だと!」
ヴェルラウドは思わず驚きの声を上げる。
「クックックッ……テメェの相手はこの俺様だ。テメェを殺せば一獲千金の報酬が貰える。報酬の為に死んでもらうぜ」
ガルドフは周囲の岩石を弾丸のように飛ばし始める。
「きゃああっ!」
「うぐっ……!」
岩石の嵐を受け続ける二人。
「くっ……アーソンブレイズ!」
スフレが杖を地面に突き立て、火柱を起こす。火柱はガルドフを取り囲む形で大きくなっていく。
「ヴェルラウド、今のうちに王様のところへ向かって! こいつはあたしが相手するわ」
「何を言ってるんだ! お前一人では……」
「聞いたでしょ。こいつに力を与えてる奴が王様を狙ってるって。あたしだったら大丈夫だから……!」
スフレの目を見ているうちに、ヴェルラウドは思わず剣を強く握り締め、城の方に顔を向ける。
俺のせいで、この国までもが魔物に襲撃されている。
忌まわしいあの時の事と同じようにさせたくない。
それに、俺だけではなく王までもが何者かに狙われているとならば……俺が……俺が行かなくては……!
ヴェルラウドは全力疾走で城へ向かって行った。スフレは走るヴェルラウドの後ろ姿をそっと見送りつつも、ガルドフを覆う火柱の方向に視線を戻す。
「クックックッ、これしきの火で俺様を倒せると思ったかぁ?」
炎の中、ガルドフが姿を現す。
「んん? ヴェルラウドのヤロウ、何処へ行きやがった?」
「さあね。あんたの相手はこのあたしがしてやるわよ」
スフレが魔力を高めると、全身が黄金のオーラに包まれる。
「へっ、何処の誰だか知らねぇがこの俺様をなめんじゃねえぞ。子猫ちゃんよお」
ガルドフが再び周囲の岩石を弾丸のように放つ。スフレは防御態勢を取るが、岩石による攻撃の嵐は防御だけでは耐え切れるものではなかった。
「くっ……!」
スフレは反撃に転じようと杖を構えるが、拳大の岩石が顔目掛けて飛んでくる。
「ぐはっ」
回避に間に合わず、岩石の直撃を受けたスフレは唾液を撒き散らしながら頭を仰け反らせて倒れてしまう。
「へっへっ、俺の目的はあくまでヴェルラウドであってテメェのようなアマに用はねぇが、ウォーミングアップには丁度いいかなぁ」
嫌らしく笑うガルドフの周囲に無数の岩石が旋回している。ゆっくりと起き上がったスフレは口から流れている血を手の甲で拭い、杖を構えるとガルドフの岩石の嵐が襲い掛かる。
「大地の守りよ……アースプロテクト!」
スフレの魔力のオーラが力強く輝き始める。それは地魔法で呼び寄せた大地の加護によって防御力が上昇する事を意味していた。防御力が高まった事で岩石の嵐のダメージを和らげるようになったものの、攻撃の手数が多い故に戦況は防戦一方であった。
「ガストトルネード!」
風の力を集中させた激しい竜巻が発生し、無数の岩石もろともガルドフを飲み込んでいく。竜巻の中のガルドフを捉えたスフレはエクスプロードを発動させ、爆発による攻撃が決まる。煙に包まれる中、旋回していた岩石が次々と地面に落ちていく。
「まだ……やるつもり?」
ガルドフの気配はまだ消えておらず、汗ばむ額を軽く手で拭いながら身構えるスフレ。
「クヘヘヘヘ……なかなかやるな」
煙の中、身体に炎を残したガルドフが下卑た笑いを見せながら姿を現す。
「二年前に戦ったクレマローズのお姫さんといい、魔法使いの小娘といい、この俺はどうも強い女と戦う運命にあるようだな。全く奇妙なもんだぜ」
にじり寄るガルドフに対し、スフレは攻撃に備えつつも魔力を集中させる。ガルドフは手を掲げると、頭上に拳大の岩石が集まっていき、巨大な岩石の塊と化していく。
「へっへっ、避けてみろよ」
ガルドフは頭上に浮かび上がる巨大な岩石の塊を放つ。辛うじて回避に成功するスフレだが、次の瞬間、目を見開かせる。更に巨大な岩石が飛んできたのだ。
「ごはあっ……!」
岩石の直撃を受けたスフレは大きく吹っ飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
「がはっ! ぐっ……」
前のめりに倒れたスフレは血を吐き、全身を強打した痛みを抑えつつも立ち上がろうとする。身体を起こし、よろめきながらも立ち上がった頃には、既にガルドフが目の前に立っていた。
「クックックッ、どうした? もっと魔法を見せてみろよ。それとも、今のでもうおねんね寸前ってわけか? えぇ?」
岩石そのものと化したガルドフの拳がスフレの腹に深くめり込まれる。
「ぐぼっ……」
スフレは腹の一撃によって体内から込み上がった胃液を吐き出す。内臓にもダメージが響いているせいか、胃液には血が混じっていた。腹を抑えて喘いでいるスフレの姿を嘲笑いながらも、ガルドフは無慈悲に脇腹にも蹴りを入れる。
「ぐっ、あうっ……」
咳込みつつ、苦しみ喘ぎながら蹲るスフレを見下ろすガルドフ。
「そろそろトドメを刺してやろうか?」
ガルドフがスフレの頭を乱暴に掴み、無理矢理顔を上げさせる。その時、スフレは右手をガルドフの胸元に差し出し、凝縮させた魔力の塊を叩き付けた。
「エクスプロード!」
魔力の塊が爆発を起こし、吹っ飛ばされるガルドフ。眼前の距離で爆発させた故に巻き添えを喰らう形で爆風を受けたスフレも同時に吹っ飛ばされる。
「ふっ、いつまでも調子に乗ってると痛い目に遭うわよ」
爆風の影響で服をボロボロにしたスフレはよろめきながらも立ち上がる。
「グググ……やってくれるじゃねえか。クソアマの分際でよぉ」
同時に起き上がったガルドフは悪鬼のような表情を見せる。スフレはマントを脱ぎ捨て、杖を両手に構えながらもガルドフを見据えていた。
一方ヴェルラウドは城内に突入し、魔物を斬り捨てながらも謁見の間へ向かっていた。城内にも魔物が侵入しており、何人かの兵士が応戦していた。謁見の間へ続く階段を登り終えた瞬間、一人の兵士が倒されているのを発見する。しかも、兵士の身体は凍結していた。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
ヴェルラウドが声を掛けた瞬間、辺りに凍り付くような冷気が襲い掛かる。ヴェルラウドが剣を構えると、槍を携えた黒い甲冑の戦士が姿を現す。バランガだった。
「お、お前は……サレスティル近衛兵長のバランガ?」
サレスティル出身の戦士であるが故に面識があり、思わぬ形での再会に衝撃を受けるヴェルラウド。
「……ヴェルラウド。貴様を倒す。俺の目的は貴様の命だ」
バランガは片手で槍を高速回転させながら目を赤く光らせると、自身の中に入り込んだ氷の魔魂の力を解放させる。周囲に雹を伴う冷気が発生すると同時に、氷の魔力によるオーラに包まれる。ヴェルラウドは吹き荒れる冷気に耐えつつも、剣を手に身構えていた。
「何故だ! お前までもが何故俺を……!」
「……貴様の命を奪う事が闇王の望み……そして我が主の計画の為……」
鋭い槍の攻撃を繰り出していくバランガ。ヴェルラウドは剣で槍の攻撃を凌ぎつつも距離を取り、剣先に赤い雷の力を集め始める。
「お前まで俺の命を……何故だ……何故なんだァァァッ!」
激昂のままにバランガに斬りかかるヴェルラウド。赤い雷を宿した剣と氷の力を宿した槍が激しくぶつかり合う中、それぞれ傷を負う二人。バランガの容赦ない槍の攻撃を受けては、反撃の一閃で対抗するヴェルラウド。両者の実力はほぼ五分五分であった。
「覚悟しろ……」
両手で槍を構えたバランガが突撃すると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びている剣を握り締める。
「うおおおおおお!」
叫び声を上げた瞬間、お互いの攻撃が同時に激突した事による轟音が辺りに響き渡り、多量の鮮血が迸った。
夢の中の光景――聳え立つ岩山の洞穴から一人の女騎士が出てくる。洞穴の奥深くに設けられた地底の神殿に神の剣を封印したエリーゼであった。
「あの剣を封印したのか」
声と共に現れたのは、ガウラだった。傍らにシルヴェラもいる。
「我々が使うものではないからな。あの剣を手にする時は、神に選ばれし者がこの世界に現れた時なのだろう」
「そうか。私達は所詮人間に過ぎぬという事か」
吹き荒れる風の中、三人の間に僅かな沈黙が支配する。
「……お前達はこれからどうする?」
「クレマローズへ戻る。アレアスが帰りを待っているからな」
ガウラが返答すると、シルヴェラも続いて口を開く。
「私も故郷へ戻る。父に代わって、一つの王国を建国する為にな」
シルヴェラの故郷……それは、サレスティル城である。それは遥か昔の時代の民によって建てられた城であり、代々城主となる王によって守られた城であった。シルヴェラはサレスティル城に捨てられた子であり、王に拾われた事によって育てられた身だった。王は城で暮らす民にそれぞれの豊かな暮らしを与えようと城下町を造り、一つの王国へと発展させようとしていたが死期が迫っており、余命幾ばくもない状況であった。そこで王の実の息子である王子と養女に当たるシルヴェラが後継者として選ばれ、共に平和を愛する王国を建国しようと考えているのだ。
「一つの王国……か。お前がそのような事を考えているとは意外だな」
「フッ、私を育ててくれた父の為だ。それに、城には行き場を失った者が多く移り住んでいる。彼らに安住の地を与える為にもな」
そんな会話を交わした三人は、それぞれ動き始める。エリーゼはジョルディスと兄グラヴィルが待つブレドルド王国へ帰還し、グラヴィルがいる部屋を訪れる。付き添っていたマチェドニルは王にグラヴィルの様子を報告しようと部屋から出たばかりであった。
「帰ったか」
グラヴィルが迎えると、エリーゼは神雷の剣を地底神殿に封印した事を伝える。
「全く、あの剣は本当によくわからんな。王にも扱えなかったらしいし」
「だからこそ封印する必要があると思ったんだがな」
グラヴィルは傷跡から伝わる激しい痛みを堪えながらも、半身を起こそうとする。
「……ジョルディスは何処だ?」
「さっきここに来てすぐに出たんだが、トイレに行ってるんじゃないか?」
エリーゼは少し俯きながらも、ジョルディスのある言葉を思い出していた。剣を封印する前にふと言われた『約束通り』という言葉であった。
「……兄上。一つ聞きたい事がある」
「何だ?」
「私が……奴と結ばれる事になっても……見守ってくれるか?」
エリーゼは顔を赤らめながらも、ややぎこちない口ぶりで言う。そんなエリーゼに思わず笑うグラヴィル。
「何が可笑しいんだ」
「可笑しいね。可愛げのないお前がいきなりそんな事を聞くなんてな。クックックッ……」
「やかましい! とにかく……私には、あいつしか考えられん、という事だ」
あからさまな照れ隠しのエリーゼを見て、グラヴィルはひたすら笑っていた。
「ヴェルラウド! 早く起きなさいよ!」
スフレの声で目が覚めると、ヴェルラウドは夢の中の出来事を思い返していた。
(また俺のお袋が出てくる夢……か。何故こんな夢を見るんだ……?)
再び見た過去の出来事の夢も、鮮明に覚えている内容であった。夢の中に出てきた若き頃のエリーゼとジョルディス、そしてガウラとシルヴェラ。やはり過去の世界を彷徨っているような夢であり、単なる偶然とは思えない出来事にヴェルラウドは戸惑いと得体の知れない不気味さを感じていた。
「ほらほら、早く準備するのよ!」
スフレに急かされながらも準備に取り掛かるヴェルラウド。曇り空の中、ヴェルラウド、スフレ、オディアンの三人は地底神殿へ通じる岩山の洞穴へ向かう。道中に立ちはだかる魔物を蹴散らしつつも洞穴のある岩山へ向かう途中、雨が降ってくる。
「あーもう! 雨だなんて聞いてないわよ!」
スフレが愚痴を零しつつも、一行は雨が降る中ひたすら足を進める。数分後、洞穴が設けられた岩山に辿り着く。
「ここが地底神殿の入り口だ」
入り口となる洞穴は、自然に出来たごく普通の洞穴という印象を受けるものだった。石灰岩による洞穴の内部は空洞による鍾乳洞が出来ており、足音が響き渡っている。洞穴の道を進んでいくと、洞穴を根城としている魔物が生息していた。一行は襲い掛かる魔物を退けつつも、奥へ向かって行く。洞穴の内部へ侵入してから数十分後、一行は広大な空洞に出た。そこには、遺跡のような雰囲気が漂う神殿が設けられていた。
「これが地底神殿か?」
「うむ。エリーゼ様はこの神殿に剣を封印したと言われている」
神殿の入り口は、巨大な扉によって固く閉ざされていた。オディアンが地底神殿の鍵を扉の鍵穴に差し込むと、扉は重々しい音を立てながらゆっくりと開いていく。神殿内は無数の苔に覆われて朽ちた石柱や風化した像が並び、古の時代に造られた神殿特有の趣を感じさせる雰囲気が漂っていた。
「すごーい! 何だか歴史ある古代の遺跡って感じでワクワクするわね!」
スフレが興味深そうに辺りを見回している。魔物の気配はないものの、至る所に瓦礫の山で塞がれた道があり、剣が封印された場所を探すだけでも一苦労であった。瓦礫だらけの道を彷徨っている中、一行は祭壇が設けられた部屋に辿り着く。祭壇には、一本の剣が立てられていた。祭壇にある物々しくも神々しい雰囲気を放っているかのような造りをした剣――それが神雷の剣であった。
「この剣が……お袋ですら使えなかったという神雷の剣なのか?」
ヴェルラウドは祭壇にある剣に手を伸ばし、そっと手に取る。
「やったあ! 神雷の剣を手に入れたのね!」
剣を手に入れたヴェルラウドを見て大喜びのスフレだが、オディアンは険しい表情をしている。
「ヴェルラウドよ。その剣を手に取ってみた感想はどうだ?」
オディアンが尋ねる。
「……別に。いつも使い慣れてる剣とそこまで変わりはないが」
「そうか。では、一つ素振りをしてみてくれないか」
「素振り? わかったよ」
ヴェルラウドは神雷の剣を両手で持ち、大きく振り下ろす。その瞬間、ヴェルラウドは全身に重りを感じると、剣から伝わる激しい電撃によって感電してしまう。
「ヴェルラウド!」
突然の出来事に驚いたスフレがヴェルラウドに駆け寄る。ヴェルラウドの様子を見ていたオディアンはますます険しい顔つきになっていた。
「何があったの?」
「……いきなり身体が重くなり、物凄い電撃に襲われた。この剣を振り下ろした途端にな」
「うっそぉ! それってつまり、ヴェルラウドでも使えない剣って事?」
「何という事だ……やはりヴェルラウドでも使いこなす事は不可能なのか」
グラヴィルやエリーゼ同様、ヴェルラウドでも剣を使えないという事実を目の当たりにしたオディアンは落胆するばかりだった。
「おい、どうすればいいんだ? 俺でも使いこなせなかったという事が証明された以上、どうしようもねぇぞ」
ヴェルラウドが言う。
「……ひとまず陛下に報告しよう。剣を持つだけでは大丈夫なのだな?」
「ああ。一応な」
一行は神雷の剣を手に、地底神殿を後にする。剣自体を持ち運ぶだけでは特に何らかの影響を及ぼすという事はなかった。
「はーあ、ヴェルラウドでも剣が使えないとなったらどうすればいいのかしら」
ガッカリした様子でスフレが呟いても、誰も答える者はいなかった。洞穴から出た時、雨は既に止んでいた。ブレドルド王国へ向かう途中、一人の傷ついた兵士がやって来る。
「どうした、何事だ!」
兵士の負傷を見てオディアンが異変を察した様子で声を掛ける。
「オ、オディアン兵団長……魔物が……魔物どもが王国を……!」
「何だと!」
魔物が襲撃したという知らせを聞かされたオディアンの表情が再び険しくなる。
「魔物ですって? 大変! すぐ行かなきゃ!」
スフレはオディアンと共に急いで王国へ向かって行く。魔物による王国の襲撃という事件にヴェルラウドは思わず過去の記憶を掘り起こしてしまうが、すぐに振り払うように足を急がせた。
「なっ……!」
一行が王国に戻った時、既に魔物の襲撃が始まっていた。建物や民家の幾つかが放火され、多くの戦士達が魔物の群れに挑んでいる。その光景を見たヴェルラウドは引き攣った表情を浮かべていた。
「おのれ、魔物どもの好きにはさせんぞ!」
オディアンが戦斧を手にした瞬間、黒いローブを身に纏い、仮面を被った男が姿を現す。
「見つけたぞ、赤雷の騎士ヴェルラウドよ」
仮面の男がヴェルラウドの名を口にした瞬間、ヴェルラウドは思わず剣を手に身構える。
「俺の名前を知っているという事は、まさかお前達も……」
「我らは偉大なる闇王様に仕えし者。闇王様のご命令につき、貴様を殺す」
男が仮面を外すと、醜い髑髏の魔物の素顔が現れる。髑髏顔の魔物は不気味な笑いを浮かべながらも着ているローブを破り捨て、姿を変形させていく。変化したその姿は、多くの足を持つ巨大な昆虫と髑髏顔の悪魔の身体を足したような異形の魔物だった。
「ハァァァ……俺の名はレグゾーラ。赤雷の騎士よ……貴様の骸を闇王様に捧げてやるぞ」
レグゾーラは口から粘着性の強い糸を吐き出す。糸はヴェルラウドを狙っていたが、すぐさまオディアンが前に出て、その身に攻撃を受ける。
「オディアン!」
オディアンは全身に絡み付いた糸の粘着から逃れようとすると、スフレがとっさに炎の玉をオディアンに向けて放ち、絡み付いた糸を炎の熱で溶かした。
「忝い」
軽く礼を言うと、オディアンは戦斧を構える。
「ヴェルラウド、スフレ。こいつは私が食い止める。お前達は他の魔物どもを頼む」
「わかったわ。ザコの処理ならこのスフレちゃんに任せなさい! ヴェルラウド、行くわよ!」
ヴェルラウドは剣を持つ手を震わせながら、その場に立ち尽くしている。
「ヴェルラウド、聞いてるの?」
「あ、ああ」
「もう、緊急事態だっていうのにボーッとしてる場合じゃないでしょ!」
その声に現状を改めて把握したヴェルラウドは、スフレと共に王国を襲撃している魔物の討伐に足を急がせた。
「フン、大人しく我が手で殺される事を選べばよかったものを……まあいい。オディアン兵団長。貴様も邪魔者だ。赤雷の騎士の前にまずは貴様から血祭りにあげてくれるわ」
レグゾーラが口から青緑色の液体を次々と吐き出す。物質を溶かす強酸性の液だった。オディアンは強酸の液を避けながらも戦斧を叩き込む。だが、レグゾーラは不気味な笑みを浮かべつつも、全身から紺色の瘴気を発生させる。次の瞬間、レグゾーラの口から紺色の炎が吐き出された。闇の力によるブレス攻撃だった。
「ぐうっ……!」
闇の炎を受けたオディアンの全身に火傷によるダメージが襲い掛かる。それは、鎧を伝って強烈な熱が全身を襲う感覚だった。
「ククク、殺してやるぞ。愚かな人間め」
ダメージを受けたオディアンを嘲笑うレグゾーラは、目を赤く光らせる。その光は、殺意と邪悪が込められた光だった。
「はあああっ!」
ヴェルラウドの剣の一撃が魔物を真っ二つにする。
「エクスプロード!」
スフレの魔法によって吹き飛ばされていく魔物の群れ。だが、王国にいる魔物の数はまだ多く存在していた。
魔物の中には、ヴェルラウドを殺せと口走っている者もいる。その声を聴いたヴェルラウドは、頭にこびり付いて離れない過去の出来事が浮かんできては必死でその記憶を追い出そうとする。
「ヴェルラウド、どうしたのよ?」
スフレはヴェルラウドの様子を見て思わず声を掛ける。
「……俺のせいだ。俺がいるせいで、この国までもが……」
項垂れながらも拳を震わせるヴェルラウドは、自責と悔恨の念に襲われていた。
「な、何言ってるのよ……あなたは悪くないでしょ! 全部闇王の奴が悪いのよ! あなたは何も悪くないんだから!」
ヴェルラウドは返答せず、無言でスフレに視線を向ける。スフレが説得しようとした瞬間、岩石が飛んでくる。咄嗟に回避した二人は辛うじて直撃を逃れる。
「クックックッ……ヴェルラウドってのはテメェの事かぁ?」
現れたのは、地の魔魂の力で岩石を身に纏ったガルドフであった。周囲には無数の岩石が浮かび上がっている。
「だ、誰?」
「ククク……俺はガルドフ。ある男の仕事を受けてヴェルラウドとかいう野郎を殺しに来たのさ」
残忍な笑みを浮かべるガルドフを前に、ヴェルラウドとスフレが身構える。
「俺を殺しに来たという事は、お前も闇王の部下だな」
「闇王? そいつとは直接会った事ねぇし、部下じゃねえよ。俺をこんな風に改造してくれたピエロ野郎から聞かされた事はあったがな」
「ピエロ野郎?」
「クックックッ、俺に力を与えてくれた奴だよ。今の俺がいるのもそいつのおかげだ。そいつももうすぐ此処に来るようだぜ……この国の王を狙うって事でよ」
「何だと!」
ヴェルラウドは思わず驚きの声を上げる。
「クックックッ……テメェの相手はこの俺様だ。テメェを殺せば一獲千金の報酬が貰える。報酬の為に死んでもらうぜ」
ガルドフは周囲の岩石を弾丸のように飛ばし始める。
「きゃああっ!」
「うぐっ……!」
岩石の嵐を受け続ける二人。
「くっ……アーソンブレイズ!」
スフレが杖を地面に突き立て、火柱を起こす。火柱はガルドフを取り囲む形で大きくなっていく。
「ヴェルラウド、今のうちに王様のところへ向かって! こいつはあたしが相手するわ」
「何を言ってるんだ! お前一人では……」
「聞いたでしょ。こいつに力を与えてる奴が王様を狙ってるって。あたしだったら大丈夫だから……!」
スフレの目を見ているうちに、ヴェルラウドは思わず剣を強く握り締め、城の方に顔を向ける。
俺のせいで、この国までもが魔物に襲撃されている。
忌まわしいあの時の事と同じようにさせたくない。
それに、俺だけではなく王までもが何者かに狙われているとならば……俺が……俺が行かなくては……!
ヴェルラウドは全力疾走で城へ向かって行った。スフレは走るヴェルラウドの後ろ姿をそっと見送りつつも、ガルドフを覆う火柱の方向に視線を戻す。
「クックックッ、これしきの火で俺様を倒せると思ったかぁ?」
炎の中、ガルドフが姿を現す。
「んん? ヴェルラウドのヤロウ、何処へ行きやがった?」
「さあね。あんたの相手はこのあたしがしてやるわよ」
スフレが魔力を高めると、全身が黄金のオーラに包まれる。
「へっ、何処の誰だか知らねぇがこの俺様をなめんじゃねえぞ。子猫ちゃんよお」
ガルドフが再び周囲の岩石を弾丸のように放つ。スフレは防御態勢を取るが、岩石による攻撃の嵐は防御だけでは耐え切れるものではなかった。
「くっ……!」
スフレは反撃に転じようと杖を構えるが、拳大の岩石が顔目掛けて飛んでくる。
「ぐはっ」
回避に間に合わず、岩石の直撃を受けたスフレは唾液を撒き散らしながら頭を仰け反らせて倒れてしまう。
「へっへっ、俺の目的はあくまでヴェルラウドであってテメェのようなアマに用はねぇが、ウォーミングアップには丁度いいかなぁ」
嫌らしく笑うガルドフの周囲に無数の岩石が旋回している。ゆっくりと起き上がったスフレは口から流れている血を手の甲で拭い、杖を構えるとガルドフの岩石の嵐が襲い掛かる。
「大地の守りよ……アースプロテクト!」
スフレの魔力のオーラが力強く輝き始める。それは地魔法で呼び寄せた大地の加護によって防御力が上昇する事を意味していた。防御力が高まった事で岩石の嵐のダメージを和らげるようになったものの、攻撃の手数が多い故に戦況は防戦一方であった。
「ガストトルネード!」
風の力を集中させた激しい竜巻が発生し、無数の岩石もろともガルドフを飲み込んでいく。竜巻の中のガルドフを捉えたスフレはエクスプロードを発動させ、爆発による攻撃が決まる。煙に包まれる中、旋回していた岩石が次々と地面に落ちていく。
「まだ……やるつもり?」
ガルドフの気配はまだ消えておらず、汗ばむ額を軽く手で拭いながら身構えるスフレ。
「クヘヘヘヘ……なかなかやるな」
煙の中、身体に炎を残したガルドフが下卑た笑いを見せながら姿を現す。
「二年前に戦ったクレマローズのお姫さんといい、魔法使いの小娘といい、この俺はどうも強い女と戦う運命にあるようだな。全く奇妙なもんだぜ」
にじり寄るガルドフに対し、スフレは攻撃に備えつつも魔力を集中させる。ガルドフは手を掲げると、頭上に拳大の岩石が集まっていき、巨大な岩石の塊と化していく。
「へっへっ、避けてみろよ」
ガルドフは頭上に浮かび上がる巨大な岩石の塊を放つ。辛うじて回避に成功するスフレだが、次の瞬間、目を見開かせる。更に巨大な岩石が飛んできたのだ。
「ごはあっ……!」
岩石の直撃を受けたスフレは大きく吹っ飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
「がはっ! ぐっ……」
前のめりに倒れたスフレは血を吐き、全身を強打した痛みを抑えつつも立ち上がろうとする。身体を起こし、よろめきながらも立ち上がった頃には、既にガルドフが目の前に立っていた。
「クックックッ、どうした? もっと魔法を見せてみろよ。それとも、今のでもうおねんね寸前ってわけか? えぇ?」
岩石そのものと化したガルドフの拳がスフレの腹に深くめり込まれる。
「ぐぼっ……」
スフレは腹の一撃によって体内から込み上がった胃液を吐き出す。内臓にもダメージが響いているせいか、胃液には血が混じっていた。腹を抑えて喘いでいるスフレの姿を嘲笑いながらも、ガルドフは無慈悲に脇腹にも蹴りを入れる。
「ぐっ、あうっ……」
咳込みつつ、苦しみ喘ぎながら蹲るスフレを見下ろすガルドフ。
「そろそろトドメを刺してやろうか?」
ガルドフがスフレの頭を乱暴に掴み、無理矢理顔を上げさせる。その時、スフレは右手をガルドフの胸元に差し出し、凝縮させた魔力の塊を叩き付けた。
「エクスプロード!」
魔力の塊が爆発を起こし、吹っ飛ばされるガルドフ。眼前の距離で爆発させた故に巻き添えを喰らう形で爆風を受けたスフレも同時に吹っ飛ばされる。
「ふっ、いつまでも調子に乗ってると痛い目に遭うわよ」
爆風の影響で服をボロボロにしたスフレはよろめきながらも立ち上がる。
「グググ……やってくれるじゃねえか。クソアマの分際でよぉ」
同時に起き上がったガルドフは悪鬼のような表情を見せる。スフレはマントを脱ぎ捨て、杖を両手に構えながらもガルドフを見据えていた。
一方ヴェルラウドは城内に突入し、魔物を斬り捨てながらも謁見の間へ向かっていた。城内にも魔物が侵入しており、何人かの兵士が応戦していた。謁見の間へ続く階段を登り終えた瞬間、一人の兵士が倒されているのを発見する。しかも、兵士の身体は凍結していた。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
ヴェルラウドが声を掛けた瞬間、辺りに凍り付くような冷気が襲い掛かる。ヴェルラウドが剣を構えると、槍を携えた黒い甲冑の戦士が姿を現す。バランガだった。
「お、お前は……サレスティル近衛兵長のバランガ?」
サレスティル出身の戦士であるが故に面識があり、思わぬ形での再会に衝撃を受けるヴェルラウド。
「……ヴェルラウド。貴様を倒す。俺の目的は貴様の命だ」
バランガは片手で槍を高速回転させながら目を赤く光らせると、自身の中に入り込んだ氷の魔魂の力を解放させる。周囲に雹を伴う冷気が発生すると同時に、氷の魔力によるオーラに包まれる。ヴェルラウドは吹き荒れる冷気に耐えつつも、剣を手に身構えていた。
「何故だ! お前までもが何故俺を……!」
「……貴様の命を奪う事が闇王の望み……そして我が主の計画の為……」
鋭い槍の攻撃を繰り出していくバランガ。ヴェルラウドは剣で槍の攻撃を凌ぎつつも距離を取り、剣先に赤い雷の力を集め始める。
「お前まで俺の命を……何故だ……何故なんだァァァッ!」
激昂のままにバランガに斬りかかるヴェルラウド。赤い雷を宿した剣と氷の力を宿した槍が激しくぶつかり合う中、それぞれ傷を負う二人。バランガの容赦ない槍の攻撃を受けては、反撃の一閃で対抗するヴェルラウド。両者の実力はほぼ五分五分であった。
「覚悟しろ……」
両手で槍を構えたバランガが突撃すると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びている剣を握り締める。
「うおおおおおお!」
叫び声を上げた瞬間、お互いの攻撃が同時に激突した事による轟音が辺りに響き渡り、多量の鮮血が迸った。
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