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第三章「赤雷の騎士と闇の王」

剣聖の王国

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剣聖の王国ブレドルド――古の時代、冥神に挑んだ戦女神が建国した王国といわれ、代々多くの剣士と騎士による戦士兵団によって守られた悠久の歴史を持つ王国であった。頑強な塀に囲まれた城下町の中心部には、剣士グラヴィルと騎士エリーゼの等身大の像が建てられている。闇の力を扱う強大な魔物と、災いを呼ぶとされる闇を司りし者達を滅ぼした英雄兄妹として崇められているのだ。
「まさか……この人が俺のお袋だというのか……」
ヴェルラウドはエリーゼの像を見た時、何とも言えない気分に陥っていた。
「うーん、こうして見比べてみたら似てるような似てないようなって感じよねぇ」
スフレはヴェルラウドの顔をジッと見つめる。
「グラヴィル様とエリーゼ様は私にとって憧れの存在でもある。私が王国の騎士となり、兵団長を務めているのもグラヴィル様とエリーゼ様がいたからこそだ」
ブレドルド出身の騎士であるオディアンは、戦士兵団を統率する兵団長であった。グラヴィルとエリーゼに憧れ、王国の騎士を志願したオディアンは剣聖の王と呼ばれていたブレドルド王の元で鍛えられ、数々の厳しい訓練を乗り越えて王国一の実力を誇る騎士へと成長を遂げ、兵団長に任命された。今では王や部下から多大な信頼を寄せられ、王国の人々からも英雄グラヴィルの闘志を継ぐ者と呼ばれている程だった。
「さあ、陛下の元へ行くぞ」
オディアンに案内される形で、ヴェルラウドは城へ向かった。

戦士兵団の剣士と騎士に迎えられながらも、謁見の間にやって来るヴェルラウド達。玉座に腰掛けるブレドルド王を前に跪くオディアン。傍らには大臣が立っていた。
「うむ、よくぞ来た。そなたが赤雷の騎士エリーゼの子か」
ヴェルラウドは胸に手を当ててお辞儀をし、自己紹介をする。
「なるほど、確かにそなたからはエリーゼの面影を感じさせる。マチェドニルから聞かされたと思うが、そなたの持つ力は闇王率いる闇を司りし者達を打ち砕いた裁きの雷。今蘇った闇王達を倒すにはそなたの力が必要なのだ」
「はい。それで国王陛下に一つ頼み事があるのですが」
ヴェルラウドは神雷の剣が封印されたブレドルドの王家が管理する地底神殿の事や、闇王の元へ向かうには神雷の剣が必要だという事を全て話す。
「神雷の剣か……」
ブレドルド王の表情が少し険しくなる。
「あの剣は我がブレドルド王家によって代々守られていた古の戦女神の力が込められた剣と言われる。かつて闇の力を持つ強大な魔物が猛威を振るった時にやむを得ずグラヴィルに与えたのだが……」
ブレドルドの王家が代々守っていた、古の戦女神の力が備わる神雷の剣――それは神の力と呼ぶに相応しい戦女神の強大な雷の力が込められた剣で並みの人間が到底扱える物ではなく、かつて王国一の剣士であったグラヴィルや赤雷の騎士であるエリーゼですらまともに使いこなせなかった程だった。エリーゼは剣に秘められた力を危険なものだと考え、誰の手にも渡らないように地底神殿の奥深くに剣を封印したという。
「そ、それ程恐ろしい剣だっていうの?」
「うむ。このブレドルド王国は冥神に挑んだ古の戦女神によって建国された王国でもある。代々剣を守り続けていたのは、我が王家の遠い先祖が地上に残した戦女神の子のような存在だったのだろう」
驚きのあまり言葉を失うヴェルラウド達。
「だが……ヴェルラウドよ。そなたがもしあの剣を扱う事が出来たら或いは……。いや、蘇った闇王を完全に葬り去る為にもあの剣を扱える資格がある者でなくてはならぬ。そこで、一つそなたの力を見せてくれぬか?」
「え?どうやってですか?」
「簡単な事だ。城の奥にある闘技場で我が国の兵団長であるオディアンと戦ってもらう」
ブレドルド王の言葉に、ヴェルラウドは思わずオディアンに視線を移す。
「ねえ王様、ヴェルラウドがオディアンに勝ったからといって剣を扱えるっていう確証はあるわけ? グラヴィル様やエリーゼ様ですら使いこなせなかったんでしょ?」
スフレが言う。
「……仮にヴェルラウドが我が国の戦士をも凌駕する実力を以てしても、剣を扱える者とは言い切れん。だが一つ言える事は、王国一の実力者であるオディアンに勝てないようではあの剣を扱う事は出来ぬであろう。それに、赤雷の騎士たる者の子の実力を確かめたいというのもあるからな」
ブレドルド王が背中を向けて呟くように返す。ヴェルラウドは一瞬戸惑うが、後には引けない空気を感じてオディアンとの戦いを引き受ける事にした。
「……わかりました。引き受けましょう」
ヴェルラウドが承諾の声を上げる。
「今日は疲れただろう。試合は明日行う事にする。我が城で休息を取るがいい」
この日は城で休む事となったヴェルラウドとスフレは、オディアンに連れられて兵士達の宿舎へと案内される。訓練を終えた剣士達数人とすれ違う中、二人用の個室へと案内される。
「では私はこれにて失礼する。明日に備えて体を休めておけ。スフレよ、後の事は頼んだぞ」
オディアンが扉を閉めて去って行く。
「あーあ、今日はこんな汗臭いところでヴェルラウドと二人きりで過ごすのね」
スフレはマントを脱ぎ、ベッドに転がり始める。
「古の戦女神の力が込められた剣か……お袋でも使いこなせなかったという剣を、俺が使えるものなのか……?」
ヴェルラウドは様々な事実を整理しているうちに、色々困惑していた。
「よくわかんないけど、何事もやってみなきゃわかんないでしょ。後ろ向きに考えちゃ何も始まらないわ」
ベッドの上で寛いでいるスフレは体を解そうと背伸びを始める。
「まあ、な……。出来れば前向きに考えたいところだが……な」
ヴェルラウドは過去の忌まわしい出来事を振り返りながらも、震える拳をジッと見つめていた。
「……もしよかったら、話してくれない? 何か辛い事があったら。あたしでよかったら、相談に乗るよ?」
スフレはヴェルラウドの目で何か只ならない事情を抱えていると察し、思わず声を掛ける。ヴェルラウドは話していいものかと思い始めるが、スフレの純粋な目を見て断る気になれず、過去の出来事を全て話した。目の前で魔物によって惨殺されたリセリア姫とクリソベイア王の事や、己の命を捨ててまで自身を助けてくれた父の事。第二の故郷として受け入れてくれたサレスティル王国のシラリネ王女を目の前で失った事を。そして旅の目的は、謎の黒い影によって浚われたサレスティル女王の救出である事を。
「そう……それだけ辛い思いをしてたのね……」
スフレは目を潤ませながら、ヴェルラウドの手をそっと握る。
「でも、自分を責めたりしないで。何事も一人で抱え込まないで。あなたには、守れなかった人達の為にもやるべき事があるんでしょう?」
スフレが顔を近付けて言う。
「あたしでよかったらいくらでも協力するわ。あなたが言う黒い影とかいう奴ももしかしたら闇王と関わりのある奴かもしれないし。あたしには、賢者としてあなたの力になるという使命があるんだから!」
笑顔で励ますようにスフレが言うと、ヴェルラウドの表情が綻び始める。
「……お前、案外お人好しなんだな。ただの騒がしい奴だと思っていたが」
「あーっ、何よ! あたしは元々お人好しよ? 困ってる人を見ると放っておけない性分なのよ!」
「全く、わざわざ俺なんかの為に……まあ、悪い気はしねぇな。素直に感謝するよ」
「もう、素直に感謝してるんだったらぶっきらぼうに振る舞うんじゃなくて笑顔で表しなさいよ!」
「うるせぇなあ……細かい事はほっとけよ」
軽く指で小突くスフレに、ヴェルラウドは自分の話を聞いてくれた事に内心感謝しながらも穏やかな表情を浮かべる。夜も更け、二人はそれぞれのベッドで深い眠りに就いた。


瓦礫だらけの見知らぬ荒れ地の中――ボロボロになった鎧を身に纏い、剣を持った血塗れの顔の女騎士が立っている。傍らには、物々しくも神々しい雰囲気を放つ剣が地面に刺さっていた。女騎士の周りには、同様に血に塗れ、傷だらけの姿となっている騎士の男、女戦士、男戦士がいる。かつて一つの大陸に猛威を振るった強大な闇の魔物と闇を司りし者に挑んだ歴戦の戦士エリーゼ、ジョルディス、シルヴェラ、ガウラであった。
「全く……生きているのが不思議なくらいだな」
「ああ」
「はは、エリーゼ。すっかり不細工な血達磨だな」
「貴様も人の事言えん程の醜い顔だろ、ジョルディス」
傷だらけの戦士達がお互いの姿を見て笑い合う。闇を司りし者達との戦いに挑み、総大将となる闇王との死闘の末、辛くも勝利を収めたばかりであった。
「兄上は……無事だろうか」
「大丈夫だ。グラヴィル程の奴ならばそう簡単に死なぬ。マチェドニルがいるのだからな」
「それもそうだな。だが、もう一つやるべき事がある……ん、ぐっ! げぼっ……!」
エリーゼは多量の血を吐いた。
「エリーゼ、大丈夫か?」
「……平気だ」
「血塗れのツラで血ヘド吐いてよく平気だとか言えるな」
「フン、そう易々と死にはせん」
口から血を滴らせながらもニヤリと笑うエリーゼ。戦士達は帰るべき場所に帰還する。ブレドルド王国であった。ブレドルド王に闇王を撃破した事を報告すると、エリーゼは兄グラヴィルの元へ向かう。グラヴィルがいる部屋には、マチェドニルがいた。
「おお、エリーゼか。闇王を打ち倒したのだな」
「ああ。兄上は無事なのか」
「うむ。体に風穴を開けられて大変な状態だったが、何とか傷口は塞がったよ」
エリーゼとマチェドニルがやり取りしている中、グラヴィルがそっと目を覚ます。
「……ん……その声、エリーゼか……?」
「兄上!」
エリーゼが思わず顔を寄せる。
「……血みどろの酷いツラになってもわかるぞ。エリーゼだな……ってて」
「貴様も一言多いぞ、馬鹿兄。生きててよかった……」
グラヴィルの手を握るエリーゼの目がうっすらと潤み始める。
「ふふ……その顔で涙はマズイぜ。泣く時は元の綺麗な顔で泣けよ」
「やかましい」
エリーゼの目から一筋の涙が零れ落ちる。マチェドニルの光の回復魔法によってエリーゼの傷は癒されていったが、グラヴィルの容態はまだ完治には至らないままだった。負傷から回復したエリーゼは、ある目的の為に再びブレドルド王の元へやって来る。次なる目的は、強大な魔物との戦いの際にグラヴィルに与えられた神雷の剣の封印であった。
「神雷の剣の封印だと?」
「はい。あの剣は並みの人間が扱えるものではありません。兄や私でも使いこなす事が出来ませんでした」
グラヴィルとエリーゼですらまともに使いこなせなかった神雷の剣――それは並みの人間が武器として使おうとすると不思議な力が働いて体が重くなり、激しい電撃が襲い掛かるというものだった。
「……やはりお前達でも無理であったか。剣聖の王と呼ばれたこの私は疎か、先代の王、先々代の王ですら使いこなせなかったと言われている。もしかするとその剣は、神に選ばれた者しか扱えぬのかもしれん」
ブレドルド王はエリーゼが持つ神雷の剣を見つつも淡々と呟いた。
「神の力が込められた武器は、人間が使うと危険なものになると私は考えています。よって誰の手にも渡らぬよう、私が封印して参ります」
エリーゼの言葉にブレドルド王は一瞬言葉を詰まらせるが、軽く咳払いをする。
「……うむ、ならば我が王家が管理する地底神殿の奥深くに封印すると良いだろう。我々の遠い先祖が神を称える儀式の場として設けた神殿だと言われている。伝説の武器が眠る場所としては丁度良い」
ブレドルド王から神殿の鍵を受け取ったエリーゼは、地底神殿に向かうべく城から出た時、ジョルディスがやって来る。
「ようエリーゼ。元の綺麗な顔になってから何処へ行くんだ?」
「血みどろの顔でも綺麗だ、馬鹿者が。剣の封印に向かうところだ」
「剣って、その神雷の剣か?」
「ああ。この剣は私達が使うものではないようだからな」
ジョルディスはエリーゼが手に持つ神雷の剣を見て少し首を傾げる。
「その剣、本当にお前でも使いこなせなかったのか? お前には闇王を倒した赤い雷の力があるんだろ?」
赤い雷という単語を聞いた時、エリーゼは俯き加減になる。
「……あの力とは関係なく、単に剣を使う資格がなかったという事だろう。私や兄上もな。それだけだ」
視線を剣に移して呟くエリーゼ。
「まあまあ、何がどうあれ、どうだっていいじゃないか。闇王も倒した事だしな。用事が済んだら……約束通りにな」
ジョルディスの意味深な発言にエリーゼは少し顔を赤らめる。
「……約束通り……か」
エリーゼはそっとジョルディスの唇を奪う。
「な、なっ……おま……?」
突然のキスに思わず驚愕するジョルディス。
「……フッ、そのうち幸せな家庭が持てたらいいな」
剣を手に去って行くエリーゼの後姿を、ジョルディスはドキドキしながらもずっと見つめていた。


この剣は、私や兄上……仲間や王にも扱えない神の剣。


神の力が込められているからこそ、並みの人間が使うべきものではないのだろう。
だが……私の中に眠る赤き雷の力は、戦女神の裁きの雷光といわれている。そしてこの剣は戦女神の力が備わった剣。それでも私はこの剣を扱う事が出来なかった。

それは私が人間だからなのか。それとも神に剣を扱う者として認められなかったのか。
もしこの剣を手にする時が来るとしたら――。


「……ラウド! ヴェルラウド!」
ヴェルラウドが目を覚ますと、スフレの顔が近くにあった。
「もう、いつまで寝てるのよ! 今日はオディアンとのバトルでしょ!」
夢から覚めたヴェルラウドは、夢の内容が気になっていた。夢に出てきた人物――亡き母の姿。そして若かりし頃の父の姿。過去の出来事が夢となって現れていたのだ。それはまるで過去の世界に来たかのような錯覚であり、戦いを終えた両親の姿を追いながらも、ただただ見守るばかり。決して干渉出来ない過去の世界を彷徨っているような夢だった。
(今の夢は……全て過去の出来事だというのか? 何故こんな夢を……)
鮮明に覚えている夢の出来事を不思議に思いながらも、ヴェルラウドは支度に取り掛かる。朝食を済ませ、剣を手にスフレと共に城の奥にある闘技場へ向かうヴェルラウド。闘技場は、多くの観客と城の戦士兵団が集まっていた。中心部には、ブレドルド王と大臣がいる。
「ひゃー、わざわざ観客まで集めるなんて! ヴェルラウド、カッコ悪いところを見せるんじゃないわよ!」
「ああ、わかったよ」
観客の声援に包まれた闘技場の雰囲気によって自然に込み上がる緊張感を押さえつつ、ヴェルラウドはゆっくりと舞台に上がる。向かい側からは、兜を装備し、両手剣を持ったフルプレートアーマー姿のオディアンが上がってくる。
「……ヴェルラウドよ。お前はかつて闇王を打ち倒した英雄の子。赤雷の騎士たる者の力を見せてもらおう。誇り高きブレドルドの名に懸けて、全力で受けて立つ」
オディアンが剣を構えると、ヴェルラウドも剣を構える。一筋の風が吹くと同時に物々しい空気が漂う中、静まり返る観客。ブレドルド王が試合開始のゴングを鳴らす。
「はあああああっ!」
両者が剣を手に突撃し、響き渡る金属音と共に剣が交わる。火花を散らせながらも激しく交わる双方の剣の攻防。両手で振り下ろされるオディアンの剣を自身の剣で押さえるヴェルラウド。負けじと押し返そうとするヴェルラウドに、後方に飛び退くオディアン。剣の腕はオディアンの方が上であった。単なる打ち合いでは勝てないと察したヴェルラウドは赤い雷を剣に宿らせる。
「来るがいい。我が剣技を凌いでみせよ」
ヴェルラウドの赤い雷に対抗するように、オディアンが剣に力を込める。次の瞬間、オディアンが剣を手に凄まじい気迫でヴェルラウドに襲い掛かる。
「翔連覇斬!」
激しく繰り出される斬撃の嵐にヴェルラウドは剣で防御するが、その勢いは止まる事なく徐々に押され気味になり、やがてバランスを崩した瞬間、オディアンの剣が振り下ろされる。
「がはああっ!」
剣で切り裂かれたヴェルラウドが叫び声を上げた。鮮血が舞う中、ヴェルラウドはガクリと膝を付く。
「どうした、その程度か。赤雷の騎士たる者の力はそんなものか!」
一喝するオディアン。傷口から流れ出る血を押さえつつもヴェルラウドは再び立ち上がり、剣を構える。オディアンの剣による連続攻撃が繰り出される中、ヴェルラウドは剣に赤い雷の力を蓄積させる。一端攻撃の手を止め、距離を取るオディアンは剣を掲げ、精神集中させる。ヴェルラウドが剣を手に突撃した瞬間、オディアンが剣を大きく振り回す。物凄い金属音と共に舞う鮮血と迸る電撃の音。繰り出された攻撃は、両者にダメージを与えていた。
「ぐっ……」
赤い雷が込められた剣の一撃を受け、僅かな痺れを全身に残しつつ膝を付くオディアン。
「がっ……げほっ!」
脇腹からの出血が止まらない中、血を吐くヴェルラウド。滴り落ちる血と額の汗に視界が霞んでいく。倒れそうな体を剣で支え、視線をオディアンに向ける。戦況は、ヴェルラウドの方が大きなダメージを負っていた。
「ちょっとヴェルラウド、もっと頑張りなさいよお! あんたには今やるべき事があるんでしょ!」
スフレが叱咤激励の声を投げかけると、ヴェルラウドの脳裏に再び過去の出来事が浮かんでくる。騎士として守る事が出来ず、目の前で死んでしまった大切な者達――。

俺が生まれた故郷の王国でも、俺にとって第二の故郷となる王国でも、騎士として守るべき者を二度も守れなかった。

だが――俺にはまだ、騎士として果たすべき使命がある。
陛下……姫様……シラリネ……俺に出来る事ならば、この命に代えてでも――!


「……うおおおおお!」
ヴェルラウドが目を見開かせると、全身が赤い電撃のオーラに包まれる。
「これは……?」
思わず身構えるオディアン。ヴェルラウドが剣を構え、勢いよくオディアンに斬りかかる。ヴェルラウドの激しい連続攻撃にオディアンは剣で辛うじて防御しつつ、間合いを取る。
「なるほど、それがお前の力か」
オディアンは剣をゆっくりと掲げ、再び精神集中を始める。
「俺には騎士として果たすべき使命がある。その為にも何だってやってみせるさ。騎士として守れなかった大切な人達の為にもな」
ヴェルラウドは剣に赤い雷の力を込め、構えを取る。一瞬の静寂が闘技場を包むと、両者は同時に飛び掛かり、激突する。激しい火花を散らせながらの剣と剣の戦い。互いに隙を作らず、ひたすら剣を交える二人の騎士。止まらないぶつかり合いに、闘技場の観客は興奮したかのように盛り上がり始める。両者は攻撃の手を止めて距離を開け、同時に渾身の力を込めた一撃を放つ。その瞬間、オディアンの鎧が砕け散り、身に深い傷が刻まれ、鮮血を撒き散らしながら倒れた。ヴェルラウドは右腕を深く斬りつけられた事によって一瞬倒れ掛けるものの、剣で支える事によってフラフラさせながらも身体を起こす。倒れたオディアンは立ち上がる事なく、ニヤリと笑みを浮かべる。
「見事だ……お前の力、恐れ入ったぞ……。ヴェルラウド、お前の勝ちだ」
感無量とばかりにオディアンが呟くと、試合終了のゴングが鳴り響く。試合はヴェルラウドの勝利で終わり、闘技場は歓声と共に拍手に包まれた。
「ヴェルラウド!」
スフレが舞台に飛び込んで来る。
「大丈夫? 随分酷くやられたわね」
「ああ……何とか大丈夫だ……」
「ケガだったらあたしの魔法で治せるから心配無用よ!」
スフレはそっと魔力を集中させる。
「命の水よ……傷つきし者に癒しの力を……ヒールレイン!」
ヴェルラウドの元に水の雨が降り始める。その雨は心地良く、傷ついた身体の痛みが徐々に和らいでいく。水の魔力による回復魔法である。血は洗い流され、身体の傷は塞がっていった。
「傷が治った……これが賢者の魔法か」
「へへん! 賢者たる者、これくらいは朝飯前なのよ! あたしがいる事に感謝しなさいよ!」
鼻高々な様子でスフレが言うと、ヴェルラウドはやれやれと表情を綻ばせた。
「おっと。オディアンも回復してあげなきゃね」
スフレは倒れたオディアンの場所へ行き、そっと回復魔法を掛けた。


それからヴェルラウドとスフレはブレドルド王に呼び出され、謁見の間へ向かった。ヴェルラウドの勝利によって、ブレドルド王は神雷の剣が封印された地底神殿の鍵を与えようとしているのだ。王の傍らには、スフレの魔法によって負傷から回復したオディアンもいた。
「この度は見事であったぞ、ヴェルラウドよ。赤雷の騎士たる者の力をとくと見せてもらった。闇王に立ち向かう為にも、そなたには神雷の剣を手にして貰いたい。地底神殿の鍵を受け取るが良い」
鍵を受け取ったヴェルラウドは王に感謝しつつ、スフレと共に神殿へ向かおうとする。
「待て。私も同行しよう」
オディアンからの一言だった。
「陛下、私も彼らと共に行動します。このヴェルラウドという男は英雄エリーゼ様の子。剣聖の騎士として彼の力になりたいのです」
王は穏やかな表情を浮かべる。
「オディアンよ、そなたからはグラヴィルの意思を感じさせる。誇り高き剣聖の王国ブレドルドの騎士として、彼らの力になってくれ」
「はっ!」
力強く返事をし、オディアンは再びヴェルラウド達と行動を共にする事になった。
「オディアンが付いてると百人力ね」
「そうだな」
スフレが意気揚々と足を進める。外は、既に日が暮れる頃となっていた。
「地底神殿は王国から少し離れた場所にある。日を改めて行くのが好ましかろう。今日は休んでおくぞ」
「えー、またあの汗臭いところで休めってわけ?」
「宿代に余裕がない故、仕方があるまい」
再び兵士の宿舎で休む事となったヴェルラウドとスフレは、翌日に備えて二人部屋で休息を取った。



邪悪なる道化師の世界である亜空間――。

「へっへっ、ピエロさんよ。こいつは思った以上にいい体じゃねえか。不細工だが気に入ったぜ」
道化師の前に、爬虫類のような顔に肩が岩のように発達した筋肉質の身体を持つ男が満足そうな顔をしていた。男は、かつてクレマローズ王国を襲撃し、レウィシアによって倒された地の魔魂の適合者である盗賊ガルドフだった。亜空間に引き込まれた際、道化師の持つ玉の中に幽閉されていたが、道化師の腹心となる妖技師ゲウドに肉体改造を施され、並みの人間の身体能力を超越した強力な肉体を得る事に成功したのだ。
「クックックッ、気に入ってくれたとは光栄な事だ。そんなお前に最後の仕事を与えよう」
「最後の仕事だぁ? どういう事だよ?」
「何、単純な事だ。ある男を始末してもらう。成功すれば貴様に莫大な報酬を与える。それだけだよ」
道化師は玉を差し出すと、玉から金色の瘴気が発生する。瘴気は金塊へと変化していき、金塊の山へと変化した。
「貴様は元々こういったものを盗んでいたんだろう? その気になれば貴様ら盗賊どもが欲しがるものはいくらでも出せる。最後の仕事が終わればこれらの金は全て貴様のもの。そして貴様は自由の身となる。クックックッ……人間どもの世界は莫大な大金を手にすれば一生思うが儘に豪遊出来るのではないのか?」
光り輝く金塊の山を目にしたガルドフは呆然となるものの、すぐさまニヤリとなる。
「……へっへっ。面白ぇ。やってやろうじゃねえか。報酬が一攫千金とならば後には引けねぇぜ」
ガルドフの意気込みを見て、道化師は不敵に笑っていた。


一方その頃――。

「復讐の素材……か。フン、実に愚かな事よ……素材たるものが魔魂の適合者に選ばれた人間の戦士だとはな」
暗闇に包まれた城の玉座に佇む闇王の前に甲冑の男が立っている。甲冑の男は、サレスティル王国の近衛兵長であり、氷の魔魂の適合者である戦士バランガだった。だがその表情に感情はない。

――クックックッ……如何かな?オレが提供してやった素材は。

道化師の分身である黒い影が闇王の前に出現する。だが闇王は返答せず、杯に注がれた酒を口に含み始めた。

――そいつは王国の近衛兵長なだけに、実力はなかなかのものだ。何、逆らえぬように感情は封印してある。貴様の意思のままに動く人形のようなものだ。使い捨てとしては丁度良かろう。

酒を飲み干した闇王は杯をそっと置くと不意に全身が激しい痛みに襲われ、苦しみ始める。
「……グッ……はぁ、はァッ……」
苦しみに喘ぐ闇王を見て、黒い影は口を歪めていく。

――クックックッ、闇王よ。安心しろ。貴様の完全なる復活に必要としている暗黒の魂ならば用意は出来る。計画通りにこのオレの手にかかればな……。

そう言い残し、黒い影は溶けるように消えて行った。闇王は項垂れながらも、悪鬼のような表情を浮かべて歯軋りをする。


許さぬ……何としても消してやるぞ……。
ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……忌まわしき赤雷の騎士エリーゼの子……!

貴様だけは……絶対に……!


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