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第二章「聖風の神子」

暗影の魔導師

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風神の岩山の頂上でラファウスが挑んでいた魔物達に立ち向かうレウィシア。そこで道具袋に潜んでいたソルが飛び出し、レウィシアの中に入り込んだ。炎の魔力が覚醒し、レウィシアの全身が炎のオーラに包まれる。
「これは……」
ラファウスはレウィシアが自身と同じ魔魂に選ばれし存在だと確信し、驚きの表情を見せる。
「詳しい話は後よ」
巨体の魔物の鋭い爪がレウィシアを襲う。レウィシアはカウンターで剣の一閃を繰り出し、魔物の手首を切断する事に成功する。
「グアアアアアアア!」
耳障りな雄叫びを轟かせる魔物は口から火炎を吐き出した。レウィシアは火炎の攻撃を盾で凌ぎつつ、剣に魔力を溜め始める。その時、空中に漂う四体の気体の魔物が次々と毒霧を放った。ラファウスは即座に追い風を起こし、辺りに漂う毒霧を跳ね返そうとする。
「ホーリーウェーブ!」
ルーチェが光魔法を発動させると、巻き起こる光の波が気体の魔物を飲み込んでいく。
「みんな下がっていて!」
レウィシアは炎の魔力が蓄積された剣を天に掲げ、飛び上がっては大きく振り下ろす。炎を纏った斬撃の波動が発生し、気体の魔物四体を跡形もなく消し去った。怒り狂った巨体の魔物は雄叫びを上げながら大暴れするが、片腕しかない攻撃はどれも空を切るばかりだった。
「とどめっ!」
剣を両手に持ったレウィシアは魔物の懐に飛び掛かり、二段斬りを繰り出しては脳天からの斬撃で魔物を真っ二つに切り裂いた。魔物を撃破したレウィシアは魔物の黒い返り血を浴びつつ、体毛が付いた腕にふうっと息を吹き掛けて剣を鞘に収める。
「片付いたわね」
身体に付着した返り血を拭いながらも、レウィシアはラファウスの方に視線を移す。
「ありがとうございました。あなた方のおかげで助かりました」
ラファウスは深々と頭を下げて礼をする。
「お礼なんてとんでもないわ。神子様の頼みで護衛を任されたんですもの」
「まあ、やはり母上が……。それにしても、あなた方は……」
レウィシアとルーチェは自己紹介をし、自身の事や旅の事情等の経緯を全て話す。
「なんと、これも運命なのでしょうか……。私と同じ魔魂の適合者とこのような形でお会いするなんて」
「え? あなたも……?」
ラファウスは掌に魔魂の化身であるエアロを出現させる。それに応えるかのように、レウィシアの足元にソルが現れる。風の魔魂の化身エアロは適合者となる者が現れるまでは聖風の社に身を潜め、神子からは風の守り神と呼ばれていた。適合者であるラファウスが神子としての最初の試練を受ける際にエアロが行動を共にし、神子の洗礼を受けた時に自身が魔魂に選ばれたという運命を知る事になったのだ。
「お父様によると、魔魂は古の魔導師の力だと言われているわ。それを悪い事に使う者もいる。中にはその力ごと利用されている者もいる。今まで私はそういった者と戦ったりもしたわ」
レウィシアはかつて敵対していた魔魂の適合者であるガルドフやバランガとの戦いを振り返りつつも、ラファウスの目を見る。
「すみませんが、話の続きは後にしましょうか。目的を果たさなくてはいけませんから」
「あ。ごめんなさいね。積もる話はまた後ね」
ラファウスは山頂の中心部となる風神の像と石碑がある場所へ向かう。レウィシア達も後に続いた。風神の像の前に立ったラファウスは跪き、祈りを捧げる。


聖風の神子ラファウス……我が力に選ばれし者よ――。
ラファウスよ、運命の時は来た。そなたは今、この地上を覆い尽くそうとする大いなる闇に挑む時なのだ。

我の同士たる者の力に選ばれし者と共に戦い、巨大な闇に打ち勝つ――それがそなたに与えられた使命。

ゆけ、運命の神子よ。そなたに聖風の加護があらん事を――。


風神の像が光を放つと、祈りを捧げているラファウスの身体も光り始める。次の瞬間、両者を包む光は柱となった。
「こ、これは……?」
レウィシア達が驚く中、光は徐々に収まっていく。光が消えると、ラファウスは深々とお辞儀をしてゆっくりと振り返る。
「洗礼は終わりました」
冷静な声でラファウスが言う。
「レウィシアと言いましたね。やはり私はあなたと共にし、大いなる闇に挑むという運命のようです。風の神がそう仰っていました」
「え……つまり私達の仲間になってくれるという事?」
「そういう事になりますね。でも今は村へ戻るのが先です。村の人にも色々話す事がありますから」
「そうね」
レウィシア達はラファウスと共に下山を始める。険しい岩山の道は下山でも歩くのに一苦労だが魔物の気配はなく、登りよりも比較的順調に進む事が出来た。岩山を降りた途端、一匹の犬がレウィシア達の元へやって来る。ランだった。
「この子はメイコさんが飼ってる犬のラン? どうしてここに?」
ランは何かを訴えているかのように吠えていた。そこにメイコが慌てた様子でやって来る。
「あ、レウィシアさん! 帰ってきたんですね! 用事は終わったんですね?」
メイコがレウィシアに縋りつき、眼前で問い掛けてくる。
「メイコさん! どうかしたんですか?」
「大変なんですよおお! 村が……村が怪しい人に襲撃されて……!」
「何ですって! まさか……!」
悪い予感がしたレウィシアは即座に村に急ぐ。
「村に一体何が……?」
ルーチェとラファウスも後に続いて村へ走って行った。
「あっ、わ、私は見守ってますから頑張って下さいねええ!」
レウィシア達に向かってメイコは応援のメッセージを送った。

村では所々が燃えていた。セラクの放った闇の炎によって黒く燃えている建物と森の木々。槍を手に単身戦いに挑んだウィリーはセラクの猛攻に手も足も出ない状態だった。
「ぐあああああっ!」
黒い炎を纏った竜巻に吹き飛ばされるウィリー。何とか立ち上がろうとするものの、既に息も絶え絶えで瀕死となっていたところに、セラクの重い拳がウィリーの腹にめり込まれる。
「ぐぼはぁっ……」
胃液が混じった血反吐を吐き出したウィリーは前のめりに倒れ、意識を失った。そんなウィリーの姿を冷酷な目で見下ろすセラク。
「人間にしてはやる方だな。だが、お前の努力はここまでだ」
セラクは闇の炎を纏った左手をウィリーに向ける。だがその直後、セラクは即座に背後を振り返る。レウィシアの盾が旋回して飛んで来たのだ。セラクは旋回する盾の攻撃を回避すると、レウィシアが颯爽とその場に現れた。手元に戻って来た盾を受け取り、剣を抜いては鋭い視線を向けるレウィシア。
「この村を襲撃したのはあなたなの?」
目の前にいる相手が敵だと確信したレウィシアが剣を構えると、ルーチェとラファウスがやって来る。
「これは一体……? ウィリー!」
ラファウスは倒れているウィリーの姿と傍らに立つ見知らぬ男の姿、所々が燃えている村の様子を見て驚きの表情を浮かべる。
「……来たな、裏切り者の子よ」
ラファウスの姿を見たセラクは表情を険しくさせる。
「裏切り者の子……? 一体何の話ですか?」
突然の一言に困惑するラファウス。
「お前は我らエルフ族の裏切り者ボルタニオの子。忌々しき人間の娘と結ばれ、子を作るという禁忌を犯し、同族に反旗を翻した愚かなる反逆者の子なのだ」
セラクの言葉にラファウスは衝撃を受ける。自身が人間とエルフの間に生まれた子であり、更に本当の両親が存在していたという事実に愕然とするばかりであった。
「あなた……一体何者なの!」
レウィシアが問い掛ける。
「私はセラク。エルフ族の長の子であり、長の意思を継ぐ者」
セラクは左手から闇の光球を村の民家に向けて放つ。民家は爆発し、あっという間に燃え上がる。
「貴様!」
レウィシアが斬りかかると、セラクは両手を広げる。その瞬間、真空の刃が巻き起こった。
「くああぁっ!」
咄嗟に盾を構えるレウィシアだが、真空の刃によるダメージは免れなかった。身体の至る所に傷が刻まれ、血が流れている。
「レウィシア!」
ラファウスがレウィシアの元に駆け寄る。
「ラファウス、下がっていて! この男は私が相手するわ」
「ですが……」
「私はあなたの護衛よ。命に代えてでも守るのが使命だから」
レウィシアの強い眼差しを見たラファウスは言葉に従い、無言で頷いてルーチェと共にその場を離れた。レウィシアは真空の刃で所々切り裂かれたマントを脱ぎ捨て、セラクに視線を移して剣を構える。
「私の目的は裏切り者の子だが……手始めに忌まわしい人間であるお前も消してくれよう。邪魔する者は何者であろうと消す」
「そう簡単に消されやしないわ。罪の無い村をこんな風にするなんて許さない。この手で引導を渡して差し上げます!」
レウィシアがセラクに戦いを挑む。次々と繰り出されるレウィシアの剣による攻撃。だがセラクは数々の攻撃を闇の炎を纏った素手で受け流し、蹴りの一撃をレウィシアの脇腹に叩き込む。
「ぐはっ! うっ……」
脇腹の一撃によろめいたレウィシアに襲い掛かるのは、闇の光球による攻撃だった。
「きゃあああ!」
光球の直撃を受けたレウィシアは爆発と共に吹っ飛ばされる。
「ぐっ……強い」
レウィシアは体を起こして立ち上がり、再び態勢を整えると、セラクの全身が闇の炎に包まれている。その時、ソルがレウィシアの元に駆け寄り、レウィシアの中に入り込む。魔魂の力で炎の魔力を覚醒させたレウィシアは全身を炎のオーラに纏い、剣を手にセラクに立ち向かう。
「はあああああ!」
炎を纏った剣の一閃がセラクのマントを切り裂く。火が付き、焼け焦げるマントを脱ぎ捨てたセラクは両手に闇の炎を纏い、振り下ろされたレウィシアの剣を両手で受け止める。
「なかなかやるな、人間の女よ」
その一言と共に魔力を高めるセラク。レウィシアは後方に下がり、盾を構えて守勢に入る。セラクが両手を広げた瞬間、闇の炎による竜巻がレウィシアに襲い掛かる。防御態勢を取るレウィシアだが、竜巻の勢いに耐え切れず吹き飛ばされると共に、全身を闇の炎に焼かれてしまう。
「くっ……あうっ……」
闇の炎によるダメージはかなりのものであり、レウィシアは激しい痛みに襲われていた。
「お姉ちゃん!」
思わずレウィシアの元に駆け寄るルーチェ。
「ルーチェ、私はまだ大丈夫だから下がってなさい」
「でも、このままではお姉ちゃんが……」
ルーチェは回復魔法を発動させ、レウィシアのダメージを回復させる。完治には至らないものの、傷と痛みは徐々に治まっていく。だがそこに、セラクが静かに歩み寄り始める。
「いけない! ルーチェ、逃げて!」
ルーチェがその場から逃げようとすると、セラクは手から闇の光球を放つ。レウィシアは即座に盾を構え、辛うじて光球を防ぐ事に成功した。その隙に逃げ出すルーチェ。
「バカめ、いかに傷を癒そうと無駄な事だ。お前は私に勝てまい」
その声にレウィシアは立ち上がり、剣を構えて突撃する。セラクは闇の光球を放つと、レウィシアは回避して背後に回り込む。
「がふっ」
悲鳴をあげたのはレウィシアだった。セラクの回し蹴りがレウィシアの顔に叩き込まれたのだ。蹴り倒されたレウィシアはすぐに立ち上がり、応戦しようとした瞬間、セラクが目の前に現れ、重い蹴りの一撃がレウィシアの腹にめり込む。
「げほおっ……」
大量の唾液を吐き出し、身体を大きく曲げながら悶絶するレウィシア。蹲って咳込んでいるところに、セラクの闇の炎を纏った拳による攻撃が次々と加えられていく。口から血を流し、息を荒くさせるレウィシアは勝負を捨てず反撃を試みるが、首を掴まれてしまう。
「う、ぐっ……!」
首を掴むセラクの手を引き剥がそうとするレウィシア。
「くっ……このままでは!」
痺れを切らしたラファウスが助太刀に向かおうとその場から飛び出す。
「ようやく出向いて来たか。裏切り者の子よ」
レウィシアの首を掴んだままラファウスに視線を向けるセラク。
「これ以上彼女に手を出さないで。あなたの狙いはこの私でしょう?」
セラクは掴んでいるレウィシアの首を離す。解放されたレウィシアは後方に飛び退き、ラファウスの傍に立つ。
「ラファウス、この男は……」
「レウィシア。残念ながらこのセラクという男はあなた一人でかなう相手ではありません。ここは私と共に戦うのです」
一筋の風と共に現れたエアロがラファウスの懐に飛び込む。風の魔魂の力によって魔力を覚醒させたラファウスの全身が風のオーラに包まれた。
「フッ、愚かな事よ。ならば望み通り二人まとめて消してくれよう」
セラクが両手に闇の炎を燃やす。
「……その前に、聞かせて頂きますか」
「何?」
「あなたはエルフ族の長の意思を継ぐ者と仰っていましたが、これが長の意思だというのですか? それに、私の父となる者は……」
セラクは眉間に皺を寄せ、表情を強張らせる。
「……人間は忌まわしき存在。いずれ滅ぼさねばならぬ。それが父の意思だ。裏切り者の子であるお前を狙うのは、復讐でもあるのだ」
「復讐……ですって?」
思わぬ言葉にラファウスは絶句する。
「冥土の土産に教えてやろう。お前の父ボルタニオと、我ら一族の間に起きた忌まわしい悲劇をな……」
セラクは語る。かつてラファウスの父ボルタニオとエルフ族の間に起きた悲劇を――。


生まれつき風の魔力が備わっているが故に無意識のうちに発動した魔法で人を殺してしまった事で人間から畏怖の対象とされ、住んでいる町から追われてしまった人間の少女ミデアンとエルフの若者ボルタニオ。エルフ族が暮らす里に流れ着いたミデアンと出会い、人間を受け入れてはならないというエルフの掟を破ったボルタニオは一族の裏切り者とされ、長から死の裁きを下される事となった。だがボルタニオは同族を敵に回してでもミデアンと共に過ごす事を選び、自身を抹殺する為に追ってきた同族に戦いを挑む事となった。それは、愛する者となった人間の少女と授かった一人の子供を守る為の戦いであった。
「ミデアン……お前は我が子を連れて逃げろ。もはや奴らは止められん。俺が食い止めているうちに……!」
「ボルタニオ……でも……」
「早くしろ! お前達だけでも生きるんだ……どうか……」
戦いに巻き込まれた事で深く傷ついた身体で我が子を抱えて逃げるミデアンに想いを馳せながら、ボルタニオは武器を手に襲い来る同族を剣で斬り捨てていく。返り血に塗れ、傷だらけとなった自身の足元には、自身が殺した同族の亡骸の山。ボルタニオは里へ向かう。エルフ族の裏切り者とみなして自身を殺そうとしているエルフ族の長エイルスとその息子セラクに戦いを挑む為に里へ戻ったのだ。
「ボルタニオよ。貴様だけは生かしておけん。忌まわしき人間を受け入れてはならぬという掟を破り、多くの同族を殺した貴様の大罪……この手で裁きを与えてくれようぞ」
エイルスの言葉にボルタニオは無言で応じる。剣を手に立ち向かうボルタニオ。掟を破った事による反逆から生まれたエルフ同士の戦いは熾烈を極め、相打ちという形で倒れるボルタニオとエイルス。双方の命は尽き、セラクも深手を負って倒れていた。

掟を破りし反逆者によって里は滅び、生死の境を彷徨うセラクの元に現れたのは黒い影。

――クックックッ……愉快だ。実に面白いものを見せてもらったよ。まさかエルフ同士の殺し合いが拝めるとはな。だが……ふと貴様に興味がある。どれ、少し話でもしようか?

影は球体と化し、セラクは大きく開かれた黒い球体の口に引き寄せられ、飲み込まれていく。

「……う……ここは……?」
気が付くとそこは禍々しい邪気に覆われた亜空間だった。
「ここはオレの世界となる場所だよ。誰にも邪魔されぬ秘密の場所、といったところか」
現れたのは道化師の男だった。
「……誰だお前は?」
「オレはある計画の為に世界を流離う者。計画に必要となる素材を集めているところだが……貴様にふと興味があってこの場所に引きずり込んだのだ」
不敵に笑う道化師。
「計画だと……お前は一体……」
「セラクよ。貴様が真に憎むべき存在は人間である事は既に承知しているな? 貴様の父親は人間を受け入れた事で反逆者となったエルフに殺された。今こそ貴様が父親と同族の意思を継ぐべきではないのかな?」
道化師の言葉にセラクは無言で応える。
「貴様以外のエルフはボルタニオという裏切り者によって殺された。そして、裏切り者を生んだ人間との間に生まれた裏切り者の子がこの世界の何処かに存在している。どうだ、そいつも貴様にとっては忌まわしき存在であろう? 復讐という意味も含めてな」
笑う道化師は更に言葉を続ける。
「クックックッ……貴様の復讐にも興味が沸いた。今こそ生まれ変わるのだよ。このオレの手でな。そう……お前は闇に魅入られしエルフとして生きるのだ」
道化師は鋭い爪が伸びた左手をセラクの身体に突き立てる。
「がはっ! ぐっ、ぐああああっ!」
激痛に叫び声を上げるセラク。道化師の左手から邪悪な力がセラクの体内に注がれていき、全身の血が沸騰するかのような感覚に襲われる。

我々の敵は、人間――。

かつて人間は、我々の居場所を奪った。一人の人間が一人の反逆者を生み出し、同族による殺し合いが起きた。そして反逆者を生んだ人間もまた、人間によって苦しめられたという。

自分以外の同族は、もう誰もいない。父を含めて、全てを失った。だからこそ、この私が消す。

身体から左手が引き抜かれると、セラクは膝を付く。全身から漂う邪悪なる波動。道化師によって闇の力を与えられたセラクは、闇の魔力を司る『暗影の魔導師』の名を与えられた。そして狙うべき存在となる裏切り者の子の名前を聞かされ、復讐が始まったのだ――。


「なんて事なの……」
血塗られた過去の悲劇をセラクの口から聞かされたレウィシア達は言葉を失うばかりだった。
「こちらからも問おう、裏切り者の子よ。人間が如何なる愚行を犯そうとも、人間を信じる事は出来るか?」
ラファウスは無言でセラクを見据える。
「我らエルフ族は支配を求めた人間どもの侵攻によってエルフ族の住む領域を奪われた。ボルタニオと結ばれた人間の娘も愚かな人間どもから畏怖の念を抱かれ、迫害を受けた身だと聞いた。お前はそんな人間を愚かだと思わぬのか?」
セラクの問いにラファウスはレウィシアの方に視線を移す。レウィシアは表情を変えず、無言で応じるだけだった。再びラファウスがセラクに視線を向ける。
「……あなたの仰る通り、人間には許し難い愚かな部分があると思います。ですが、あなたの行いこそが愚の骨頂だと思うのです」
「何だと?」
「人間には悪しき者がいれど、決して全てが悪ではない。そう考えているから私は人間を信じる事が出来ます。あなた方は人間への憎悪を募らせるばかりに人間というだけで悪と決めつけた挙句、人間を受け入れた同族を殺そうとしていた。そういった横暴さこそ愚行ではないのですか? 同族同士が殺し合う悲劇を生んだのも、長を始めとするあなた方の横暴さが招いた結果ではないのですか?」
鋭い視線を向けながら言うラファウス。その瞳には力強い意思が宿っていた。
「……やはり人間の側に付く愚者である事に変わりはないか。所詮は気高き我が一族の血と汚れた人間の血が混じり合う裏切り者の子。虫唾が走る」
セラクは闇の炎に包まれた拳を震わせる。ラファウスは周囲を見回すと、負傷した村人と泣き喚く子供の姿を発見した瞬間、両手に力を込めた。
「人間への憎悪のままに、復讐に身を任せる事があなたの正義だというのなら……そんな正義は絶対に許さない」
ラファウスは風の魔力を最大限まで高める。その影響で周囲に激しい風が吹き、渦巻いた風の波動がラファウスの全身を駆け巡っていた。
「レウィシア、一つご協力をお願い出来ますか」
「協力って?」
「単純な話ですよ。私が風の魔法で応戦します。その隙を見つけて一撃を与えるのです」
「……わかったわ」
ラファウスの風の魔法が想像以上にとてつもないものだと確信したレウィシアはそっと立ち上がり、剣を構えた。ラファウスは目を閉じ、精神を集中させる。
「実に忌々しい。一瞬で消し去ってくれよう」
セラクが闇の炎が渦巻く竜巻を放つ。炎の竜巻が襲い掛かる中、ラファウスが目を見開かせる。
「我が身に宿りし魔力の風よ、唸れ……」
ラファウスが発動した魔法によって螺旋状の真空波が巻き起こる。真空波が炎の竜巻と激しくぶつかり合った結果、相殺という形で爆発を起こす。
「小賢しい」
セラクが両手を掲げると、頭上に闇の光球が浮かび上がる。光球は徐々に大きくなっていき、炎の如く揺らめいている闇のオーラに覆われ始めた。
「……聖風の神子の名において命じる。全ての魔を絶つ風よ……今こそ我が力となりて目覚めん」
魔力を集中させたラファウスの身体が空中に浮かぶ。
「トルメンタ・サイクロン!」
セラクの周囲に巻き起こる渦。激しい風と真空の刃による渦は一つの巨大な渦と化し、やがてセラクの身体を飲み込んでいく。
「うおおおおお!」
巨大な風の渦に飲み込まれたセラクは真空の刃に切り裂かれていく。浮かび上がっていた闇の光球は消滅し、即座に防御態勢を取ろうとするセラク。その姿を見たレウィシアは剣を両手に飛び掛かる。
「はああああああっ!」
一瞬の隙を突き、渦の中で放たれたレウィシアの渾身の一閃。風と共に迸る鮮血。返り血に塗れていくレウィシアが膝を付いた瞬間、聞こえてきたのはセラクの叫び声であった。
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