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美しき女剣士と呪われし運命の男 参

闇の中の魔獣

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暗黒魔城の地下の研究所で、何かが破壊される音が響き渡る。ダルゴラによって培養槽で治療されていたイーヴァが動き出し、設備ごと破壊し始めたのだ。
「ヒ、ヒィッ……ま、まだ完全に治療されておらんというのに……」
恐怖を感じたダルゴラはその場から逃げ出す。
「……なめんじゃあねえぞ、宿便野郎がァ……絶対にぶっ殺す……絶対に……絶対に絶対に絶対に絶対になァァァッ!」
風穴は塞がってはいるものの、負傷が完治していないまま研究所から脱走するイーヴァ。
「あ、相変わらずのバケモノじゃ……最早ワシの手には負えん……」
ダルゴラは恐怖の余り、物陰に隠れるばかりであった。



貴様は……余と同じだ……

余と同様、魔獣が宿りし者……


……余は……新たなる肉体が欲しい……

秘められた強大な闇の力を持つ貴様は、余の理想の肉体……

貴様の……貴様のカラダをよこせ……!


……シツコイゾ……

コイツハオレノモノ……キサマナドニ……!

オレハ……キサマガ、メザワリダ……!



倒れていたゾルアは目を見開かせ、瞳が赤く光る。
「グッ……ゴオオオオオオアアアアアアアア!」
咆哮と共に口から吐き出される黒い瘴気。みるみると変化していくゾルアの身体。漆黒の体毛で覆い尽くされ、伸びていく赤い髪。魔獣と化したゾルアが立ち上がり、漆黒のオーラに包まれる。
「ウオオオオオオオオオオオオォォッ! 余の……余の新たなる肉体……そのカラダをよこせぇぇぇ!」
ゼファルドが口から次々と闇の雷球を放つ。魔獣ゾルアは雷球の攻撃を受けるものの、すぐさま反撃の拳をゼファルドに叩き付ける。
「ウゴォアアッ!」
醜い声と共に霧状の息が吐き出される。拳の一撃は怯む程のダメージになっていた。
「……小癪なァァッ……!」
闇のブレスと共に巨大な炎を放つゼファルド。灼熱の火炎地獄と呼ぶに相応しい勢いで荒れ狂う炎は、ネルの死体を焼き尽くしていく。
「ゴオオオオオッ!」
魔獣ゾルアの咆哮は炎を突き抜け、波動となる。波動はゼファルドを吹っ飛ばし、更に魔獣ゾルアが次々と拳を繰り出す。一方的に攻撃を受けるゼファルドは秘められた闇の力を爆発させ、魔獣ゾルアを吹き飛ばす。魔獣と邪皇帝の激しい戦いは、何者をも寄せ付けない程の勢いだった。
「……おのれ……おのれェッ……!」
怒りと共に増していくゼファルドの闇の魔力。それに対抗するように魔獣ゾルアは更に力を高め、闇のオーラに覆われた双方が激突する。掌圧が繰り出されては拳で返す。次々と繰り出される闇の雷と炎を受けては拳の乱打で反撃する。魔獣ゾルアの拳はゼファルドの身体に風穴を開け、ゼファルドの鋭い一撃は魔獣ゾルアの胴体を深々と切り裂く。黒い血が舞い、朽ちた肉片が飛び散る熾烈な激闘はほぼ互角の戦いに思えたが、ゼファルドが突然身震いさせ、苦しみ始める。
「……グオ……アァァ……グボオオォォォッ……」
肉体が崩れていき、ドロドロに溶け始めるゼファルド。不完全な形で復活した故か、限界を迎えていたのだ。
「ゴボアアァァァッ……余はッ……余は死なぬぞオオォォォォッ!」
朽ちた肉体は原型を失っていき、周囲に激しい闇のエネルギーが暴発する。ゼファルドが闇の魔力を放出した事によるもので、荒廃した帝国城を跡形もなく吹っ飛ばす程であった。
「……ガ……アァァッ……」
全ての力を使い果たしたゼファルドは燃え尽きた灰と化し、風に舞う塵となっていく。近くには魔獣から人間の姿に戻っていたゾルアが倒れていた。だが、黒い瘴気が集まり始める。集まった瘴気に醜悪な顔が浮かび上がり、ゾルアに近付いていく。瘴気はゼファルドの怨念であり、動かないゾルアに纏わりついていく――


無限に広がる意識の中、ゾルアは自身に潜む魔獣と対峙していた。
「お前は……何が目的で俺の中にいる? お前の正体を教えろ」
剣を構えるゾルアを前に、魔獣は目を光らせる。
「……オレハ……オマエノ祖先ニ与エラレタ……祖先ハオレデモアル……」
祖先という言葉を聞いた瞬間、ゾルアは鋭い目を向ける。
「何を言っている? お前が俺の祖先だと?」
魔獣は目を光らせたまま、ゾルアの姿をジッと見つめる。
「……グレアウロ……ソレガオマエノ祖先ノ名……ソシテ、オレノ名トモイウ……オマエノオカゲデ、オレハ再ビ蘇ッタ……」
祖先の名はグレアウロ。今この場にいる魔獣の名もグレアウロ。一体どういう事だと更にゾルアが問おうとした瞬間、ゼファルドの怨念が現れる。
「ウオオオオォォ……忌まわしきケモノめェ……どこまでも余の邪魔をするのか……!」
濁った声で忌々しげに言うゼファルド。
「お前は……魔獣が宿りし者と言っていたな。お前も俺と同じなのか?」
意識の世界に乱入してきたゼファルドと魔獣グレアウロの衝突を目の当たりにしたゾルアは、この地を訪れた際、自分を呼んでいた感覚に陥ったのは自分と同類という事でこいつの邪気と怨念が俺と共鳴していた故なのかと思い始める。
「余は魔導帝国を統べる者……世界の全てを手中に収めるまでは……決して滅びぬのだぁ!」
執念のままに吼えるゼファルドの怨念。同時に無数の手が現れ、ゾルアに掴み掛ろうとする。剣を手にし、襲い来る無数の手を切り裂いていくゾルア。グレアウロは手を出す事なく、ゾルアの戦いを傍観していた。
「ゴアアアァァァ! 余はオマエが欲しい……オマエの肉体がァァ!」
無限に湧き出す黒い手はゾルアを取り囲み、一つ一つがゾルアの身体を掴んでいく。
「グ……うっ……」
ゾルアは自身の力が吸い込まれていくのを感じる。掴んだ黒い手は、ゾルアの闇の力を吸収していた。
「グァハハハハハ! いい味だ……やはりオマエは余の糧だ……!」
抗うゾルアだが、闇の力はどんどん吸われていき、力が思うように出せない。その時、戦いを傍観していたグレアウロが飛び出し、黒い手を吹っ飛ばしていく。
「グウッ……き、貴様ァァァッ!」
グレアウロの加勢に怒り狂うゼファルドは、闇のブレスを吐き出す。だがグレアウロにはブレスの攻撃は通用せず、咆哮と共に口から波動を吐き出す。波動は怨念と化したゼファルドを吹っ飛ばしていく。
「ガアアアアアアアアア! 余は死なぬ……決して死なぬゥゥッ!」
凄まじい執念のままにゼファルドが叫ぶと、辺りに次々と怨念が現れる。
「チッ……しぶとい野郎だ」
ゾルアが立ち上がり、剣を構える。無数の怨念は顔が浮かび上がる黒い手と化し、次々とゾルアに襲い掛かる。一閃を繰り出しては炎が巻き起こり、瞬時に剣を大きく振り上げると、真空波が幾つもの黒い手を切り飛ばしていく。だが、黒い手はまだ湧き上がる。本体となるものを根絶させない限り、怨念は無限に湧き続ける状態となっていた。
「……俺にやらせろ。お前の助けを借りる気にはなれん」
ゾルアの一言に、グレアウロはいいだろうと言わんばかりの表情を浮かべる。襲い来る十の黒い手はゾルアを捉えていく。
「クッ……」
手から逃れようとするゾルアだが、力が吸われていくのを感じる。だがゾルアは動じる事なく、目を閉じる。
「このまま余のものとなれ……」
ゼファルドの声が響き渡ると、ゾルアは目を見開かせ、力を込める。持てる力の全てを振り絞り、捉えている黒い手を引きちぎる勢いで剣を振るおうとする。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
力を込めつつも左手を動かすと、ゾルアの全身が闇のオーラに覆われる。左腕、右腕を捉えていた黒い手が溶けていき、両手で剣を握る。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
凄まじい咆哮が響き渡る中、ゾルアは後方に飛び、無数の黒い手に視線を凝らす。何かが見える。黒い手に紛れている、小さな何かが。それは、目玉が付いた小さな核。これが奴の心臓部となるものだ。これを叩き斬ればいい。そう悟ったゾルアは剣を手に立ち向かう。ゾルアを狙う幾つもの黒い手。闇のオーラを纏う剣で連続攻撃を繰り出すゾルア。


黒氷魔刃こくひょうまじん――


突然、次々と凍りつく無数の黒い手。闇の冷気によって凍り付き、粉々に砕け散る必殺剣であった。黒い手が全て砕け散ると、ゾルアは大きく剣を振り下ろす。
「グ……オ……ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
剣の一撃は核を捉え、目玉は真っ二つとなっていた。瘴気が消え、怨念は浄化するように消滅していく。ゼファルドの怨念は完全に絶たれたのだ。
「……ヤルナ」
グレアウロが称賛の言葉を投げる。
「奴ハ、ズットオマエニ目ヲツケテイタ。オマエガ、コノ地ヲ訪レタ時カラナ……」
ゼファルドがゾルアの身体に目を付けていたのは、自身の新たな器に相応しい強大な闇の力が秘められているが故であり、その為に核と怨念の一部が何度もゾルアを狙っていたという。
「……俺は魔導帝国と何か関係があったのか?」
ゾルアが問い掛けるように言う。
「サアナ」
ゾルアの過去に関する明確な答えを知らないグレアウロはそう答えるしかなかった。
「オマエノ事ハオレニハワカラナイ……ダガ……オマエノ中ニオレガイルノハ、オマエノ遠イ祖先ガオレヲ受ケ入レタカラダ。僅カニ……祖先ノ記憶ガ残ッテイル」
遠い祖先――その言葉を聞いた瞬間、ゾルアは眉を顰める。グレアウロは僅かな祖先の記憶の全てを話す。グレアウロはゾルアの祖先が魔界を支配する者との契約を交わした事で生まれた存在であり、肉体と魂を共有する形で先祖に宿るようになった。神の裁きによって先祖が死してからグレアウロは永遠の闇に葬られたが、魔の遺伝子は子孫に受け継がれていき、ゾルアの代で魔の遺伝子はグレアウロに変貌していき、生まれ変わる形でグレアウロが蘇ったのだ。そしてゼファルドも同じ契約で魔の力を得た事によって異形の魔獣へと変貌を遂げたという。
「オマエニハ……マダオレヲ制御スル力ガ足リナイ。オマエハ、ニンゲンニシテハ十分、強イ。オレニトッテハ、マダマダ、ダガナ」
思わず剣を向けるゾルア。
「ダガ……オマエハ素質ガアル。オレノ主トナリシオマエノ祖先ハ……ニンゲンデアリナガラ、闇ト邪心ニ魅入ラレシ愚者ダッタ……オマエモソノ気ニナレバ……」
グレアウロの言葉を全て聞いたゾルアは俯き加減で手を震わせる。
「オレハ『グレアウロ』デアリ、オマエモ『グレアウロ』ダ。オレト共ニシタケレバ、死ニ物狂イデ強クナル事ダ」
ゾルアはその場に立ち尽くしたまま、空間が歪み始める。グレアウロとゾルアが向き合ったまま、空間はどんどん歪んでいく。



「……う……」
目を覚ますとそこは、跡形もなく吹き飛ばされた帝国城跡だった。辺りを見回すゾルアだが、同行していたリフとネルの姿がない事に気付く。
「……所詮俺には関係の無い事だ」
自分と関わったばかりに犠牲になったと考えつつも、半ばどうでもいいと割り切ったゾルアは今後どうするべきかと考える。
「ほーお。懐かしいところに来てやがったのか」
声と共に現れたのは、イーヴァだった。
「またお前か。俺を殺しに来たのか?」
「それ以外に何があるってんだ? テメェは最も気に入らねぇ宿便野郎だからなァァ!」
イーヴァが闇の雷によるオーラを身に纏う。同時に剣を構えるゾルア。
「クックックッ……ゾールア。あのバケモノの姿はテメェの真の力なのか?」
悪鬼のような表情を浮かべるイーヴァの問いに反応するかの如く、ゾルアの頭の中にグレアウロの姿が浮かび上がる。
「……アレは俺とは違う。俺の中に巣食っていやがった別の何かだ」
グレアウロの姿が頭から離れないまま、ゾルアは眉を顰める。
「別の何か、ねぇ……ま、どっちでもいい。テメェの中にいるって事はつまり、テメェごと潰せばいいって事だからなぁ!」
イーヴァの周囲の黒い稲妻が荒れ狂うように激しく迸る。
「今度は俺の質問に答えろ。お前も……魔導帝国の奴か?」
ゾルアが問う。
「へッ、それを知ったところで何になるってんだよ!」
獣の如く飛び掛かるイーヴァ。雷光を帯びた手の一撃が次々と繰り出され、ゾルアは攻撃の回避に専念するものの、手を覆う雷光によるダメージを負ってしまう。
「ぐっ……」
痺れるようなダメージに加え、全身に痛みが走る余りよろめくゾルア。その隙を逃さなかったイーヴァの攻撃が叩き込まれていく。
「ヒャァーハッハッハッハッハァ! どうしたどうしたどうしたどうしたどうしたァッ!」
発狂したように攻撃を加えるイーヴァ。無防備に殴られ続けるゾルアは血を噴きながらも吹っ飛ばされる。
「が、あっ……ぐぼォッ」
血反吐を吐き散らしながらも立ち上がろうとするゾルアを前に、イーヴァは更なる攻撃準備に入る。両手に凄まじい闇の雷光エネルギーを集中させていた。
「クーックックッ……殺してやるぞ、ゾールア」
雷光エネルギーを帯びながらもゾルアに歩み寄るイーヴァ。何とか立ち上がったゾルアが剣を構えようとした瞬間、イーヴァは両手から雷光弾を放つ。
「ぐうっ……」
瞬時に剣でガードするものの、間髪入れず次々と雷光弾が襲い掛かる。連続で放たれる雷光弾を剣で凌ごうとするゾルアだが、イーヴァが飛び掛かり、拳を突き上げる。拳はゾルアの顎を捉え、更に血反吐を撒き散らしながら宙に舞い、倒れるゾルア。
「クァーッハッハッハッハッ! 死ぃねやぁぁぁぁぁ! ゾォォォルアアアアア!」
目を光らせ、猛獣のように飛び掛かるイーヴァ。大の字で倒れているゾルアが目を開けた瞬間、視界に見慣れない光景が広がる。人相の悪い人々が集まり、一人の男が両手で大剣を構えている。男が何かを話しているように口を動かし、自分に向けて大剣を振り下ろす。だがそれは全て幻で、気が付くとイーヴァの攻撃が近くまで迫っていた。攻撃が繰り出された時、ゾルアは本能で拳を振るう。ただの拳による一撃ではなく、闇の力を纏った一撃――グレアウロの力そのものであった。
「グォアッ!」
イーヴァの右腕から何かが砕けたような音が響く。ゾルアが立ち上がり、滅多切りを繰り出す。イーヴァの身体に深い傷が次々と刻まれ、夥しい量の黒い血が舞う。
「グガアアアアアアアアアアアアァァッ!」
黒い血を撒き散らしながらも、イーヴァはひたすら苦痛にもがく。トドメを刺そうとするゾルアだが、満身創痍かつ体力の限界を迎え、倒れてしまう。
「ガ……アアッ……テメェ……俺様はまだ終わらねェ……まだ終わらねェッ!」
右腕が折れ、深い傷を負っても魔力を高め、凄まじい執念で戦いを続けようとするイーヴァ。動かないゾルアに近付こうとした時、バタリと倒れてそのまま意識を失う。更に流れる黒い血。勝負は、引き分けであった。


薄らぐ意識の中、ゾルアは再び見慣れない光景を目にする。何処とも知らぬ、荒れ果てた粗末な小屋。先程幻として出てきた大剣を持つ男の姿。


誰だ、こいつは……。さっきも見えたが……。


今見えている光景が全て幻だと悟ったゾルアが心の中で呟くと、男は鋭い目つきで大剣を手にしたまま告げる。


いいか。この町で生きていくにはどんな奴にも負けないくらい強くなる事だ。ガキであろうとメソメソ泣く事も許されねえ。弱い奴は虫ケラのように扱われて野垂れ死んでいくだけだ。

お前は……ゾルアという名前だったな。俺の戌として、死ぬ気で強くなれ。生きたければな。



男の姿が薄れ始め、景色も薄れていく。幻は、闇に変化していった。



――ヤハリ、オマエハマダ弱イ。


闇の中で響き渡るグレアウロの声。ゾルアの前に、再びグレアウロが姿を現す。
「今ノオマエナラ、意識ヲ封印シ、オレノ意ノママニデキル。ツマリ……オレガソノ気ニナレバ、完全ナル『グレアウロ』ト化スル、トイウ事ダ……」
グレアウロの言葉を聞いた瞬間、ゾルアは敵意が込められた目を向けつつも剣を振るおうとする。
「……お前に俺の身体と心を奪われるのは気に食わん。俺が何者なのか解らんまま死んでいくのも気に食わん」
ゾルアの返答にフム、と言わんばかりの表情になるグレアウロ。
「オマエガドウ足掻コウト、オレヲ追イ出ス事ハデキナイ。オレハ、オマエノ遺伝子カラ生マレタノダカラナ」
グレアウロが冷徹に言う。
「ならば逆に俺がお前の全てを奪ってやる。必ずな」
返答しては、剣を持っていた手を下ろすゾルア。
「面白イ……楽シミニシテオクゾ。オマエガドコマデ足掻ケルカヲ……」
愉快そうにグレアウロが言うと、ゾルアはこれ以上返答せず、その場に立ち尽くしていた。


意識を取り戻すと、黒い血の海の中で倒れているイーヴァの姿がある。ゾルアは痛む全身を抑えながら、死んだように動かなくなったイーヴァを見下ろす。
「……あの妙な男は……まさか俺の記憶の一部なのか?」
自分が見た大剣を持つ幻の男はゾルアという名前を口にしていた上、まるで自分に対して語り掛けているようだった。もし失われていた自分の記憶の欠片だとしたら、あの男は自分とはどういう関係だったのだろうか。その答えを探す旅はまだ終わらないのだろう。


俺にはバケモノが宿っている。それは俺と共に生きる、もう一つの俺ともいう存在。

今はそれくらいしか解らない。俺はいずれ滅ぼされなければならぬ存在なのか?

だが、自分の全てを知らぬまま死んだり、俺の中のバケモノに自身を奪われたりするのは気に食わん。


俺は、俺の全てが知りたい――


一人の孤高の剣士は傷付いた身体を引き摺る形でその場を後にする。倒れた狂戦士は、黒い血の海に沈んだまま目覚める事はなかった。



世界の最南端に存在し、全てが氷に覆われたラアカス大陸――そこに流れ着いたのは、重傷のリフだった。
「ニンゲン……? ありゃあ、ニンゲンだ」
「こりゃあ酷い怪我だぞ。おい、早く安全なところに運ぶんだ」
リフを発見したのは、アザラシの姿をした種族のアザラン族。ラアカス大陸に住む唯一の種族であった。

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