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勇者の極光
愚の契約
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一行はリヴィエラの無実を証明すべく、最も怪しい人物としているソフィアに関する手掛かりを探ろうと都市内の住民に聞いて回る事に。だがソフィアの手品を見た事がある住民から得られた情報の殆どが不思議なマジックを見せていたという話でしかなく、事件に関わる決定的な手掛かりらしき情報は得られなかった。それどころか、ソフィアが今何処にいるかすらも解らない上、既に海底都市から去っている可能性も十分にあるという状況だ。
「くそ、ポセイドル様に続いてリヴィエラまで……一体どうすれば!」
途方に暮れるディスカ。
「だかラ、ソフィアが真犯人だってのハあくまで一つの可能性としてあり得るというダケの話ヨ。そうかもしれないシ、そうでないかもしれなイってワケだかラ」
ティムが冷静な声で言う。
「だったら犯人は誰だと言うんだ! 君は本当に何も知らないのか!」
ディスカは半ば苛立った様子で感情的に反論する。
「し、知らないわヨ! 怒鳴らなくていいでショ!」
「リヴィエラがあんな事になってしまったんだぞ! 落ち着いていられるか!」
怒鳴るように言うディスカを見て思わず面食らうグラインだが、ガザニアが軽くディスカに手刀の一撃を加える。
「静かになさい。近所迷惑よ」
ガザニアの一撃によって我に返ったかのようにディスカは目を見開かせる。
「す、すまない。僕とした事がつい……」
詫びるディスカに対し、気にしなくていいわヨとティムが言う。
「なあ、やっぱりあの魚オヤジが犯人なんじゃねえの? あいつ俺達の話ちっとも聞こうとしなかったし、リヴィエラを一方的に悪者扱いしてただろ?」
クレバルは大臣が何か隠しているのではと考えていた。
「まさか真犯人は大臣だというのか? そんなバカな」
ディスカは信じ難い様子だ。
「みんな、ちょと待っテ」
突然、ティムが真剣な表情で辺りを見回す。
「ティム、どうかしたの?」
「……気のせいかしラ。一瞬だけ何か変な感じがしたのヨ。何かに見られてるようナ」
「え?」
ティムの言葉は、突然何かの視線を感じたという事を意味していた。一行は思わず身構えつつも周囲を確認するものの、不審な人物の姿は発見できない。
「周りに怪しい奴はいないようだが……」
ディスカが呟くように言うと、ティムは即座にレイフィルムによる光のバリアを一行に張る。
「これは……」
「レイフィルムヨ。邪悪な力による影響から守るバリアといったところネ」
もしもの時の為にというティムの行動に、グラインはやはり何かがいるのかと思いつつも手元のヘパイストロッドを握り締める。
「どういう事だ? 何か解った事があるのか?」
「よくわからないケド……何か悪い予感がするノ。用心した方が良さそうヨ」
ティムの真剣な眼差しを見たディスカはまさか近くに真犯人がいるのかと思いつつも、黙って頷いた。
「メリューナ姉ちゃん! メリューナ姉ちゃん!」
突然のサバノの声。
「あ、ディスカさん! メリューナ姉ちゃん見なかった?」
サバノはメリューナを探しているところだった。食材の買い出しに行ってからなかなか帰って来ないというのだ。
「僕は見ていないが……買い出しだったら市場にいるんじゃないのか?」
「それがいないみたいなんだよ」
メリューナの家から市場までそう遠くない距離で、通常ならどんなに遅くても三十分以内に帰って来るはずなのが一時間以上も経過している。しかも買い出しの場所となる市場にもいない。そんな話を聞かされたディスカは思わず不吉な予感を抱く。
「メリューナさん……何かあったのかな? 行ってみよう」
グラインの一言で市場へ向かう一行。様々な海産物の食材が売られている市場。一行は市場にいる住民にメリューナの事を問うものの、市場でメリューナの姿を見たという者はいない様子。
「どういう事だ? メリューナは何処へ行ったというのだ?」
ますます不審なものを感じたディスカはサバノを家に帰るように言う。
「わかった。ディスカさんも、魔法使いのお兄ちゃんたちも気を付けてね!」
サバノが自宅に戻っていくと、一行はメリューナの行方が気になり始める。再び住民にメリューナについて聞いてみるものの、市場では見ていないと答える者しかいなかった。
「まさかリヴィエラを陥れた真犯人の仕業だというのか? メリューナまでも……」
有力な手掛かりが掴めず、どうしたものかと悩む一行は一先ず宮殿の会議室で今後について考える事にした。
「はぁ、次々と問題が起こるわね」
リルモが半ば疲れ気味でぼやく。ポセイドルの眠り病、海底トンネルに現れた魔物クラーケン討伐の直後に起きたリヴィエラの濡れ衣騒動、突然行方知れずとなったメリューナ。一連の事件で最も怪しい人物とされる手品師ソフィアの行方と度重なる問題が一向に解決できず、ディスカも頭を悩ませていた。
「ディスカ兵長!」
兵士が駆け付ける。
「どうした?」
「街のゴロツキが女性を人質に取って金を要求しています」
「ゴロツキだと……?」
人質にされている女性についてもしやと思ったディスカはゴロツキがいる場所について聞き出す。ポセイドルによって封印された水のエレメントオーブが祀られている海底遺跡に立て籠り始めたとの事だ。
「すまないが君達も来てくれ。人質とならば易々と手が出せん」
ディスカはゴロツキが立て籠もっている海底遺跡へ向かおうとする。
「全く次から次と何なんだよ」
愚痴をこぼすクレバル。一行は都市の外れにある海底遺跡へと足を運ぶ。海底遺跡の内部には物々しい像がいくらか飾られており、壁には太古の文明を象徴させる古代文字が掘られている。遺跡に入ってから少し進んだところにある広間にて数人の衛兵がいた。
「これはディスカ兵長!」
「知らせを聞いた。後は我々に任せろ」
広間には槍を持ったサハギンの盗賊三人が女性を人質に立て籠もっている。女性は、なんとメリューナだった。
「メリューナ!」
「おっと、大人しくしな。こいつの命はオレ達が握ってるんだぜ? 妙な動きをしたら一瞬でこいつはあの世行きだからな」
盗賊の二人が槍をメリューナの喉元に突き付ける。
「お前達の目的は金か?」
「ああ、そうだよ。せめて一千万ゴルは払ってもらうぜ」
「そうか。金なら渡す。今すぐ人質を解放しろ」
「あぁ? 人質を返したけりゃ先に金払ってから言えよな」
ディスカはガザニアにアイコンタクトをすると、ガザニアはフウッと軽く息を吹き掛ける。息吹と共に放たれた眠りの花粉は的確にメリューナを人質に取った盗賊二人に向かって飛んでいく。
「うっ……何だ……急に眠くなってきやがった」
眠気に襲われた二人の盗賊は深い眠りに就く。
「て、てめぇら何を……うごあ!」
隙を見つけたリルモが槍で盗賊を殴り付ける。
「今だ、捕えろ!」
ディスカのひと声で数人の衛兵は盗賊を捕えていく。
「あんなゴミ賊どもにわたくしの手を煩わすんじゃないわよ」
軽く毒づくガザニアにハハハと苦笑いするグライン。
「ディスカ様……皆さんもありがとうございます」
解放されたメリューナが礼を言う。
「礼には及ばん。無事で何よりだ」
「まあ……ディスカ様に助けられたのが光栄な限りですわ」
顔を赤らめるメリューナ。
「最近は何かと物騒だ。女一人で下手に外出しない方がいいかもしれん」
ディスカは辺りの様子を確認しつつも、メリューナを連れて帰ろうとする。メリューナ曰く、事の経緯は買い出しに出掛けている途中で突然強盗に襲われたという。だが、ティムは真剣な様子でメリューナを見つめていた。
「メリューナさんが無事で済んだのはいいけど、肝心の問題解決の糸口が掴めないままなのは変わりないわよね」
リルモの一言にグラインは思わず困り顔になる。ディスカはこれからどうするか考えつつも、メリューナの買い出しを手伝う事にした。
「ちょト待っテ」
突然、ティムが呼び止める。
「どうしたティム?」
ティムは険しい表情を浮かべていた。
「……メリューナちゃんだったわネ。アナタのおかげで全てが解った気がするワ」
「え?」
ティムの一言にきょとんとするメリューナ。ティムの言葉にどういう意味だとディスカが問う。
「一つ聞かせてもらうワ。リヴィエラちゃんが歌を披露していた時、アナタは何をしていたノ?」
真剣な表情で質問するティムに、メリューナは困惑したような表情を浮かべる。
「私は手芸の素材の調達に行ってたわ。その帰りにちょうど騒ぎになっていたから……」
「ナルホド。で、素材はドコで調達していたのかしラ?」
「何処って……市場の素材屋さんよ。どうして?」
まさか自分が犯人だと疑っているのかと言わんばかりの目をするメリューナ。
「ティム、一体どうしたというのだ?」
「黙っててちょうだイ!」
ティムは怒鳴るように返す。
「では違う質問をするワ。アナタはさっき、買い出しに出掛けている時に突然強盗に襲われたって言ってたわネ。ドコで襲われたノ?」
「え? 市場の辺りだけど……」
「……それは間違いないのネ?」
威圧するようにティムが問う。
「な、何なの。私の事、疑ってるの?」
メリューナが反論する。不穏な空気に包まれる中、グライン達はただ黙って見守るばかり。
「言っておくケド、ワタシには誤魔化されないわヨ。ワタシには記憶を読む能力がある。質問している最中にアナタの記憶を読んだ事デ、全ての真実が掴めたワ」
「記憶を読む……? 何バカな事言ってるのよ。私から何の記憶を読んだってわけ?」
「ディスカを自分のものにしようとソフィアという手品師のオンナと結託して怪しい契約を交わした事。その契約で手に入れた力を利用してリヴィエラちゃんを陥れた事。そして海王様の眠り病の元凶は……メリューナ! つまりアナタだったという事ヨ!」
ティムが掴んだ記憶情報を暴露した瞬間、メリューナは目を見開かせる。
「バカな……メリューナ、まさか君が……」
ディスカは驚きの余り、思わずメリューナの方を見る。
「……フ……フフ……本当に記憶を読んだのね。そうよ、全て正解だと言っておくわ」
自白するメリューナに対し、身構えるグライン達。ティムが読んだメリューナの記憶――密かにディスカに恋心を抱き、ディスカとは恋仲へと発展していたリヴィエラへの嫉妬心が全ての始まりであった。
メリューナはリヴィエラとは幼い頃からの付き合いであったものの、歌唱力、美貌、全てにおいてリヴィエラに劣っている事も自身のコンプレックスに繋がり、リヴィエラの歌が多くの人々に愛されているという事実を目の当たりにしてから激しい対抗心を抱くようになっていた。そんな時、メリューナは海底都市を訪れたソフィアと出会う。
「あなた誰なの?」
「私はソフィア。旅の手品師、といったところよ。何か悩みがありそうねぇ」
悩み事なら聞いてやると言うソフィアに、メリューナはリヴィエラを蹴落としてまでディスカを自分のものにしたいという心情を打ち明ける。
「ふーん、つまりその人に振り向いてもらう為にリヴィエラってのを何とかしたいってわけ?」
「そ、そうよ」
「ウフフ、面白そうだから手伝ってあげる。あのリヴィエラって子の歌を聴いていると、何か虫唾が走ってねぇ。何故だか解らないけど」
「手伝うって……何をするっていうの?」
「まあ、ここじゃ落ち着かないから静かなところへ行きましょ。二人だけの秘密の場所にね」
ソフィアはメリューナを連れて都市の外れにある洞穴へ向かう。誰も来ない事を確認したソフィアはメリューナに一枚の紙を差し出す。契約書であった。
「な、何これ?」
「あなたの願望を叶える為の契約書よ。この契約書にサインをすれば……リヴィエラを蹴落とせる力を手に入れる事ができるわ」
思わず戸惑うメリューナに、ソフィアが顔を近付ける。
「断るなら断ってもいいのよ。でも……このままだとディスカって人は確実にリヴィエラのものになるんじゃない? あなたはディスカを奪いたいんじゃないの? あなたが何とかしないと、何も変わりやしないんじゃないかしらねぇ」
顔が近いまま迫るようにソフィアが言う。
「……何の力が手に入るの?」
「それは契約してからのお楽しみよ。強いて言えば、うまく使うと邪魔者は排除できる。そんな感じの力よ」
悩むメリューナだが、ソフィアの誘いに乗せられる形で契約を交わしてしまう。手に入れた力は、自身を透明化する能力と、相手を昏睡状態に陥らせる催眠術であった。力を手に入れたメリューナはソフィアに言われるがままに自身を透明化させ、王室で眠るポセイドルを昏睡状態にしていた。そしてリヴィエラが新しい歌を披露している時に透明化した状態で歌を聴きに集まっていた住民達を昏睡させ、グライン達が宮殿にいる時も密かに透明化で偵察していたのだ。
真実を知ったグライン達を前にメリューナは不敵に笑い、目を光らせる。だがディスカは事実が受け止められず、戸惑うばかりであった。
「で、犯人が私だと知ったところでどうしようっていうの?」
メリューナはディスカの方に視線を向けると、ディスカは不意に吸い込まれるような感覚に襲われてしまう。
「うっ……うう……」
ディスカは気が遠くなり、目が虚ろになる。
「ディスカさん!」
グラインが駆け寄るが、ディスカは意識が遠のいていた。
「おい、何か様子が変だぜ」
クレバルが異変に気付く。次の瞬間、ディスカは頭の中から声が響き渡る。
ワタシヲ……マモッテ……
オネガイ……ワタシヲ……マモッテ……
「ぐああ!」
ディスカは死んだ目で槍を握り締め、グラインの脇腹に突き刺す。
「グライン!」
鮮血が迸り、脇腹を抑えながら蹲るグライン。
「これは催眠術ヨ! 催眠術で操られてるのヨ!」
ティムが察した通り、ディスカはメリューナの催眠術で操られていた。メリューナの催眠術は相手と目線を合わせ、脳に直接思念波を送り込んで様々な暗示を掛けるものであり、レイフィルムで防げるものではなかった。
「ディスカは私の味方よ……私を守ってくれるわ……」
メリューナの目が光ると、リルモ、クレバルは強い眠気に襲われてしまう。
「クッ、まさかレイフィルムでも防げないというノ?」
ティムはレイフィルムの力を強めるものの、催眠を防ぐ効果が現れる気配はなく、眠気が襲い掛かるばかりだ。
「ハハハハハ! 眠りながら死んでちょうだい!」
催眠状態のディスカは眠り始めたリルモに迫る。
「うっ……リルモ……」
傷の痛みを堪えながらも抵抗しようとするグラインだが、昏睡状態に陥らせる催眠効果で次第に意識が遠のき始める。その時、メリューナに向けて勢いよく鞭が振り下ろされる。ガザニアであった。
「なっ……どうして平気なの?」
「ふん、こんな術でわたくしを止められると思って?」
催眠術の影響を受けていないガザニアに驚くメリューナ。ドレイアド族は人の形をした植物の種族であるが故に並みの生物のような脳は備わっておらず、脳に直接暗示を掛ける術の類は通用しない。メリューナの催眠術を物ともせず、反撃に転じようとするガザニアの前にディスカが立ちはだかる。
「邪魔よ。そこをどきなさい」
ガザニアが息を吹き掛けると、ディスカに眠りの花粉が襲い掛かる。だがディスカは花粉を払い除け、ガザニアに槍を突き付ける。しなやかな動きで攻撃を回避するガザニア。
「少しはお仕置きが必要ね」
壁を蹴り、高速による鞭の攻撃でディスカはあえなく倒される。
「くっ……!」
逃げようとするメリューナだが、ガザニアは即座に鞭で捕え、腹に一撃を加える。
「がはあっ……」
唾液を吐き、悶絶するメリューナにガザニアが髪の毛を乱暴に掴みつつも顔を寄せる。
「今すぐ催眠を解きなさい。さもないとこの程度では済まないわよ」
詰め寄るようにガザニアが言うと、メリューナは唾を吐き掛ける。ガザニアは怒りに満ちた表情でメリューナを引っ叩く。
「ううっ……」
叩かれた頬を抑えるメリューナはガザニアに首を掴まれ、更に引っ叩かれる。
「わたくしは聞き分けの悪い子は嫌いなのよ。いつまでも抵抗するようだったら、命を奪う事も躊躇しないわ」
髪の毛を掴み、脅すように迫るガザニアの剣幕にメリューナは恐怖を覚える。
「……わ、わかったわよ……今すぐ……術を解くから……」
ガザニアは無言で掴んでいたメリューナの髪の毛を乱暴に手放す。
「その必要はないわよ」
突然の声。現れたのは、ソフィアであった。
「ソ、ソフィア!」
メリューナがソフィアに駆け寄る。
「ふーん、あなたなのね。ソフィアとかいう噂の手品師とやらは」
ガザニアがソフィアに注目する。
「ソフィア、助けて! 私の術が効かない奴がいるの」
ソフィアに助けを求めるメリューナ。
「残念だけど、無駄よ。私にしてやれる事はもうないわ」
「え?」
「あの契約はねぇ……あんたにとって寿命を大きく縮めるだけでしかなかったのよ」
ソフィアが冷酷な態度で言い放つ。メリューナが交わした契約は大いなる闇の力が与えられるというジョーカーズの契約であり、ソフィアもまたジョーカーズの一人だった。しかしメリューナの肉体は全体的に身体能力が弱いせいで闇の力に耐え切れず負担が掛かり、自身の命を大幅に縮める副作用をもたらしていた。
「な、何ですって……私、どうなるっていうの!」
「聞くまでもないでしょう。死ぬだけよ。その様子だとあと数日しか持たないんじゃないかしらねぇ」
ソフィアは嘲笑うような笑顔を浮かべている。
「嘘よ……そんなの絶対嘘よ! 身体は今のところ何ともないし、数日で死ぬなんてそんな事……」
「それはまだ本格的に死の間際に立たされていないからよ。苦しむのはもうすぐだから」
「嘘よ! 絶対に信じない! 大体、こんな契約を勧めてきたのはあなたじゃない!」
「ええ、確かに勧めたのは私よ。けど、強制はしなかったわよねぇ? 決めたのはあなたの方じゃなぁい?」
顔を寄せながらソフィアが言うと、メリューナは首を横に振る。
「さっきから何の話をしてるのよ、そこのバカ女」
悪態を付きながらもガザニアが割り込む形で詰め寄る。
「はぁん? バカ女呼ばわりしてくれるなんていい度胸ね。けど、用は済んだからもう遊びは終わりよ」
ソフィアはステッキの先端から紫色の小さな光の玉を生み、メリューナの胸元に光の玉を当てる。
「うっ……あぁっ! ハァッ、ハァッ……く、苦しい……!」
光の玉を当てられた途端、メリューナは突然激しい苦しみに襲われ、蹲る。
「あんた……何をしたの」
ガザニアはソフィアに鋭い目を向ける。
「ハハハハハ、更に闇の力を注入してやったのよ。この子にはもう耐えられない程の量をね」
ソフィアに注入された闇の力の大きさはメリューナの肉体に耐えられるものではなく、メリューナは身体の内部が燃やされるような感覚に襲われる。
「ああああああああぁぁ! 身体が熱いいいいいい! いやあああああああ!」
絶叫を轟かせるメリューナの口からは闇を象徴させるような紺色の蒸気が吐き出される。メリューナが激しく苦しんでいる中、グラインが意識を取り戻し、クレバル、リルモ、ディスカも意識が戻り始める。
「うっ……一体何が?」
意識を取り戻したグライン達は状況を把握する。
「あぁぁぁあああああああああああああ! どうして……どうしてこんなああああああああ!」
苦痛の叫び声が止まらないメリューナを見て、ソフィアは冷酷に笑うばかり。
「メリューナ!」
催眠術が解け、正気を取り戻したディスカはメリューナの元へ駆け寄るものの、メリューナの肌が黒ずんでいく。
「貴様、メリューナに何をした!」
隣に立つソフィアの仕業と考えたディスカが怒りの表情で槍を構える。
「私に怒っても無駄よ。この子は恋心と嫉妬心のままに哀れな最期を迎えたんだから。泣かせるわねぇ」
「何だと……」
思わずメリューナの方を見るディスカだが、メリューナは口から蒸気を吐きながらも凄まじい形相で喘いでいた。
「……ひどい……コンナノ……ヒド……イ……」
白目を剥き、涙を流しつつも倒れるメリューナ。
「メリューナ……」
愕然とするディスカ。メリューナは既に絶命していた。
「何があったっていうの……」
メリューナの惨憺な姿を見て口を抑えるリルモ。グライン、クレバル、ティムも言葉を失っていた。
「フフフフ……メリューナはただの囮よ。十分役に立ってくれたわ」
ステッキを振り回しつつもソフィアが笑う。
「どういう事だ!」
「歌姫を手に入れたって事よ。メリューナが陥れた歌姫の子をね」
ソフィアの計画の全貌は、闇の世界の創造主たる者を永遠に讃える歌姫の候補として選んだリヴィエラを攫う為だった。誘いに乗ってジョーカーズとの契約を交わしたメリューナを利用してリヴィエラを冤罪で宮殿の牢獄に閉じ込めさせ、ふと見つけた都市内のゴロツキを唆してメリューナを人質にさせて計画の邪魔となるグライン達を遠い場所に誘導し、その隙にリヴィエラを攫っていたという。
「メリューナに続いてリヴィエラまで……貴様らは何が目的なんだ!」
ディスカが怒りのままに問う。
「この世界は間もなく、闇が支配する世界に生まれ変わる。その為の下準備といったところよ」
「闇が支配する世界だと……?」
身構えるディスカにソフィアは動じる事なく、ふとクレバルの方を見る。
「あんた、セレバールの辺りで行き倒れになってた子じゃない。お元気かしら?」
「お、おうよ」
「フフ、私のおかげで命拾いしたんだから感謝しなさいよ」
クレバルは命の恩人といえど、ソフィアは敵である事を悟ると複雑な気分になる。
「リヴィエラさんを何処へやったんだ!」
グラインが掴み掛るように問う。
「あんた達が知ったところで無駄よ。今やリヴィエラは私達の手元にあるんだから。最も……近いうちに本当の恐怖が始まるという事を前以て教えておくわ」
「何だと!」
笑うソフィアは空中に浮かび上がり、ステッキを振り回しながらもアッハッハッハッと笑いながら消えていく。
「クッ……おのれ!」
ソフィアが姿を消してから、ディスカは悔しさに打ち震える。
「やはりソフィアはジョーカーズの手先だったのネ。メリューナちゃんはもう……」
ティムはメリューナの死体を沈痛な気持ちで見つめている。グライン達も言葉を失う思いでその場に立ち尽くすばかりだった。
「くそ、ポセイドル様に続いてリヴィエラまで……一体どうすれば!」
途方に暮れるディスカ。
「だかラ、ソフィアが真犯人だってのハあくまで一つの可能性としてあり得るというダケの話ヨ。そうかもしれないシ、そうでないかもしれなイってワケだかラ」
ティムが冷静な声で言う。
「だったら犯人は誰だと言うんだ! 君は本当に何も知らないのか!」
ディスカは半ば苛立った様子で感情的に反論する。
「し、知らないわヨ! 怒鳴らなくていいでショ!」
「リヴィエラがあんな事になってしまったんだぞ! 落ち着いていられるか!」
怒鳴るように言うディスカを見て思わず面食らうグラインだが、ガザニアが軽くディスカに手刀の一撃を加える。
「静かになさい。近所迷惑よ」
ガザニアの一撃によって我に返ったかのようにディスカは目を見開かせる。
「す、すまない。僕とした事がつい……」
詫びるディスカに対し、気にしなくていいわヨとティムが言う。
「なあ、やっぱりあの魚オヤジが犯人なんじゃねえの? あいつ俺達の話ちっとも聞こうとしなかったし、リヴィエラを一方的に悪者扱いしてただろ?」
クレバルは大臣が何か隠しているのではと考えていた。
「まさか真犯人は大臣だというのか? そんなバカな」
ディスカは信じ難い様子だ。
「みんな、ちょと待っテ」
突然、ティムが真剣な表情で辺りを見回す。
「ティム、どうかしたの?」
「……気のせいかしラ。一瞬だけ何か変な感じがしたのヨ。何かに見られてるようナ」
「え?」
ティムの言葉は、突然何かの視線を感じたという事を意味していた。一行は思わず身構えつつも周囲を確認するものの、不審な人物の姿は発見できない。
「周りに怪しい奴はいないようだが……」
ディスカが呟くように言うと、ティムは即座にレイフィルムによる光のバリアを一行に張る。
「これは……」
「レイフィルムヨ。邪悪な力による影響から守るバリアといったところネ」
もしもの時の為にというティムの行動に、グラインはやはり何かがいるのかと思いつつも手元のヘパイストロッドを握り締める。
「どういう事だ? 何か解った事があるのか?」
「よくわからないケド……何か悪い予感がするノ。用心した方が良さそうヨ」
ティムの真剣な眼差しを見たディスカはまさか近くに真犯人がいるのかと思いつつも、黙って頷いた。
「メリューナ姉ちゃん! メリューナ姉ちゃん!」
突然のサバノの声。
「あ、ディスカさん! メリューナ姉ちゃん見なかった?」
サバノはメリューナを探しているところだった。食材の買い出しに行ってからなかなか帰って来ないというのだ。
「僕は見ていないが……買い出しだったら市場にいるんじゃないのか?」
「それがいないみたいなんだよ」
メリューナの家から市場までそう遠くない距離で、通常ならどんなに遅くても三十分以内に帰って来るはずなのが一時間以上も経過している。しかも買い出しの場所となる市場にもいない。そんな話を聞かされたディスカは思わず不吉な予感を抱く。
「メリューナさん……何かあったのかな? 行ってみよう」
グラインの一言で市場へ向かう一行。様々な海産物の食材が売られている市場。一行は市場にいる住民にメリューナの事を問うものの、市場でメリューナの姿を見たという者はいない様子。
「どういう事だ? メリューナは何処へ行ったというのだ?」
ますます不審なものを感じたディスカはサバノを家に帰るように言う。
「わかった。ディスカさんも、魔法使いのお兄ちゃんたちも気を付けてね!」
サバノが自宅に戻っていくと、一行はメリューナの行方が気になり始める。再び住民にメリューナについて聞いてみるものの、市場では見ていないと答える者しかいなかった。
「まさかリヴィエラを陥れた真犯人の仕業だというのか? メリューナまでも……」
有力な手掛かりが掴めず、どうしたものかと悩む一行は一先ず宮殿の会議室で今後について考える事にした。
「はぁ、次々と問題が起こるわね」
リルモが半ば疲れ気味でぼやく。ポセイドルの眠り病、海底トンネルに現れた魔物クラーケン討伐の直後に起きたリヴィエラの濡れ衣騒動、突然行方知れずとなったメリューナ。一連の事件で最も怪しい人物とされる手品師ソフィアの行方と度重なる問題が一向に解決できず、ディスカも頭を悩ませていた。
「ディスカ兵長!」
兵士が駆け付ける。
「どうした?」
「街のゴロツキが女性を人質に取って金を要求しています」
「ゴロツキだと……?」
人質にされている女性についてもしやと思ったディスカはゴロツキがいる場所について聞き出す。ポセイドルによって封印された水のエレメントオーブが祀られている海底遺跡に立て籠り始めたとの事だ。
「すまないが君達も来てくれ。人質とならば易々と手が出せん」
ディスカはゴロツキが立て籠もっている海底遺跡へ向かおうとする。
「全く次から次と何なんだよ」
愚痴をこぼすクレバル。一行は都市の外れにある海底遺跡へと足を運ぶ。海底遺跡の内部には物々しい像がいくらか飾られており、壁には太古の文明を象徴させる古代文字が掘られている。遺跡に入ってから少し進んだところにある広間にて数人の衛兵がいた。
「これはディスカ兵長!」
「知らせを聞いた。後は我々に任せろ」
広間には槍を持ったサハギンの盗賊三人が女性を人質に立て籠もっている。女性は、なんとメリューナだった。
「メリューナ!」
「おっと、大人しくしな。こいつの命はオレ達が握ってるんだぜ? 妙な動きをしたら一瞬でこいつはあの世行きだからな」
盗賊の二人が槍をメリューナの喉元に突き付ける。
「お前達の目的は金か?」
「ああ、そうだよ。せめて一千万ゴルは払ってもらうぜ」
「そうか。金なら渡す。今すぐ人質を解放しろ」
「あぁ? 人質を返したけりゃ先に金払ってから言えよな」
ディスカはガザニアにアイコンタクトをすると、ガザニアはフウッと軽く息を吹き掛ける。息吹と共に放たれた眠りの花粉は的確にメリューナを人質に取った盗賊二人に向かって飛んでいく。
「うっ……何だ……急に眠くなってきやがった」
眠気に襲われた二人の盗賊は深い眠りに就く。
「て、てめぇら何を……うごあ!」
隙を見つけたリルモが槍で盗賊を殴り付ける。
「今だ、捕えろ!」
ディスカのひと声で数人の衛兵は盗賊を捕えていく。
「あんなゴミ賊どもにわたくしの手を煩わすんじゃないわよ」
軽く毒づくガザニアにハハハと苦笑いするグライン。
「ディスカ様……皆さんもありがとうございます」
解放されたメリューナが礼を言う。
「礼には及ばん。無事で何よりだ」
「まあ……ディスカ様に助けられたのが光栄な限りですわ」
顔を赤らめるメリューナ。
「最近は何かと物騒だ。女一人で下手に外出しない方がいいかもしれん」
ディスカは辺りの様子を確認しつつも、メリューナを連れて帰ろうとする。メリューナ曰く、事の経緯は買い出しに出掛けている途中で突然強盗に襲われたという。だが、ティムは真剣な様子でメリューナを見つめていた。
「メリューナさんが無事で済んだのはいいけど、肝心の問題解決の糸口が掴めないままなのは変わりないわよね」
リルモの一言にグラインは思わず困り顔になる。ディスカはこれからどうするか考えつつも、メリューナの買い出しを手伝う事にした。
「ちょト待っテ」
突然、ティムが呼び止める。
「どうしたティム?」
ティムは険しい表情を浮かべていた。
「……メリューナちゃんだったわネ。アナタのおかげで全てが解った気がするワ」
「え?」
ティムの一言にきょとんとするメリューナ。ティムの言葉にどういう意味だとディスカが問う。
「一つ聞かせてもらうワ。リヴィエラちゃんが歌を披露していた時、アナタは何をしていたノ?」
真剣な表情で質問するティムに、メリューナは困惑したような表情を浮かべる。
「私は手芸の素材の調達に行ってたわ。その帰りにちょうど騒ぎになっていたから……」
「ナルホド。で、素材はドコで調達していたのかしラ?」
「何処って……市場の素材屋さんよ。どうして?」
まさか自分が犯人だと疑っているのかと言わんばかりの目をするメリューナ。
「ティム、一体どうしたというのだ?」
「黙っててちょうだイ!」
ティムは怒鳴るように返す。
「では違う質問をするワ。アナタはさっき、買い出しに出掛けている時に突然強盗に襲われたって言ってたわネ。ドコで襲われたノ?」
「え? 市場の辺りだけど……」
「……それは間違いないのネ?」
威圧するようにティムが問う。
「な、何なの。私の事、疑ってるの?」
メリューナが反論する。不穏な空気に包まれる中、グライン達はただ黙って見守るばかり。
「言っておくケド、ワタシには誤魔化されないわヨ。ワタシには記憶を読む能力がある。質問している最中にアナタの記憶を読んだ事デ、全ての真実が掴めたワ」
「記憶を読む……? 何バカな事言ってるのよ。私から何の記憶を読んだってわけ?」
「ディスカを自分のものにしようとソフィアという手品師のオンナと結託して怪しい契約を交わした事。その契約で手に入れた力を利用してリヴィエラちゃんを陥れた事。そして海王様の眠り病の元凶は……メリューナ! つまりアナタだったという事ヨ!」
ティムが掴んだ記憶情報を暴露した瞬間、メリューナは目を見開かせる。
「バカな……メリューナ、まさか君が……」
ディスカは驚きの余り、思わずメリューナの方を見る。
「……フ……フフ……本当に記憶を読んだのね。そうよ、全て正解だと言っておくわ」
自白するメリューナに対し、身構えるグライン達。ティムが読んだメリューナの記憶――密かにディスカに恋心を抱き、ディスカとは恋仲へと発展していたリヴィエラへの嫉妬心が全ての始まりであった。
メリューナはリヴィエラとは幼い頃からの付き合いであったものの、歌唱力、美貌、全てにおいてリヴィエラに劣っている事も自身のコンプレックスに繋がり、リヴィエラの歌が多くの人々に愛されているという事実を目の当たりにしてから激しい対抗心を抱くようになっていた。そんな時、メリューナは海底都市を訪れたソフィアと出会う。
「あなた誰なの?」
「私はソフィア。旅の手品師、といったところよ。何か悩みがありそうねぇ」
悩み事なら聞いてやると言うソフィアに、メリューナはリヴィエラを蹴落としてまでディスカを自分のものにしたいという心情を打ち明ける。
「ふーん、つまりその人に振り向いてもらう為にリヴィエラってのを何とかしたいってわけ?」
「そ、そうよ」
「ウフフ、面白そうだから手伝ってあげる。あのリヴィエラって子の歌を聴いていると、何か虫唾が走ってねぇ。何故だか解らないけど」
「手伝うって……何をするっていうの?」
「まあ、ここじゃ落ち着かないから静かなところへ行きましょ。二人だけの秘密の場所にね」
ソフィアはメリューナを連れて都市の外れにある洞穴へ向かう。誰も来ない事を確認したソフィアはメリューナに一枚の紙を差し出す。契約書であった。
「な、何これ?」
「あなたの願望を叶える為の契約書よ。この契約書にサインをすれば……リヴィエラを蹴落とせる力を手に入れる事ができるわ」
思わず戸惑うメリューナに、ソフィアが顔を近付ける。
「断るなら断ってもいいのよ。でも……このままだとディスカって人は確実にリヴィエラのものになるんじゃない? あなたはディスカを奪いたいんじゃないの? あなたが何とかしないと、何も変わりやしないんじゃないかしらねぇ」
顔が近いまま迫るようにソフィアが言う。
「……何の力が手に入るの?」
「それは契約してからのお楽しみよ。強いて言えば、うまく使うと邪魔者は排除できる。そんな感じの力よ」
悩むメリューナだが、ソフィアの誘いに乗せられる形で契約を交わしてしまう。手に入れた力は、自身を透明化する能力と、相手を昏睡状態に陥らせる催眠術であった。力を手に入れたメリューナはソフィアに言われるがままに自身を透明化させ、王室で眠るポセイドルを昏睡状態にしていた。そしてリヴィエラが新しい歌を披露している時に透明化した状態で歌を聴きに集まっていた住民達を昏睡させ、グライン達が宮殿にいる時も密かに透明化で偵察していたのだ。
真実を知ったグライン達を前にメリューナは不敵に笑い、目を光らせる。だがディスカは事実が受け止められず、戸惑うばかりであった。
「で、犯人が私だと知ったところでどうしようっていうの?」
メリューナはディスカの方に視線を向けると、ディスカは不意に吸い込まれるような感覚に襲われてしまう。
「うっ……うう……」
ディスカは気が遠くなり、目が虚ろになる。
「ディスカさん!」
グラインが駆け寄るが、ディスカは意識が遠のいていた。
「おい、何か様子が変だぜ」
クレバルが異変に気付く。次の瞬間、ディスカは頭の中から声が響き渡る。
ワタシヲ……マモッテ……
オネガイ……ワタシヲ……マモッテ……
「ぐああ!」
ディスカは死んだ目で槍を握り締め、グラインの脇腹に突き刺す。
「グライン!」
鮮血が迸り、脇腹を抑えながら蹲るグライン。
「これは催眠術ヨ! 催眠術で操られてるのヨ!」
ティムが察した通り、ディスカはメリューナの催眠術で操られていた。メリューナの催眠術は相手と目線を合わせ、脳に直接思念波を送り込んで様々な暗示を掛けるものであり、レイフィルムで防げるものではなかった。
「ディスカは私の味方よ……私を守ってくれるわ……」
メリューナの目が光ると、リルモ、クレバルは強い眠気に襲われてしまう。
「クッ、まさかレイフィルムでも防げないというノ?」
ティムはレイフィルムの力を強めるものの、催眠を防ぐ効果が現れる気配はなく、眠気が襲い掛かるばかりだ。
「ハハハハハ! 眠りながら死んでちょうだい!」
催眠状態のディスカは眠り始めたリルモに迫る。
「うっ……リルモ……」
傷の痛みを堪えながらも抵抗しようとするグラインだが、昏睡状態に陥らせる催眠効果で次第に意識が遠のき始める。その時、メリューナに向けて勢いよく鞭が振り下ろされる。ガザニアであった。
「なっ……どうして平気なの?」
「ふん、こんな術でわたくしを止められると思って?」
催眠術の影響を受けていないガザニアに驚くメリューナ。ドレイアド族は人の形をした植物の種族であるが故に並みの生物のような脳は備わっておらず、脳に直接暗示を掛ける術の類は通用しない。メリューナの催眠術を物ともせず、反撃に転じようとするガザニアの前にディスカが立ちはだかる。
「邪魔よ。そこをどきなさい」
ガザニアが息を吹き掛けると、ディスカに眠りの花粉が襲い掛かる。だがディスカは花粉を払い除け、ガザニアに槍を突き付ける。しなやかな動きで攻撃を回避するガザニア。
「少しはお仕置きが必要ね」
壁を蹴り、高速による鞭の攻撃でディスカはあえなく倒される。
「くっ……!」
逃げようとするメリューナだが、ガザニアは即座に鞭で捕え、腹に一撃を加える。
「がはあっ……」
唾液を吐き、悶絶するメリューナにガザニアが髪の毛を乱暴に掴みつつも顔を寄せる。
「今すぐ催眠を解きなさい。さもないとこの程度では済まないわよ」
詰め寄るようにガザニアが言うと、メリューナは唾を吐き掛ける。ガザニアは怒りに満ちた表情でメリューナを引っ叩く。
「ううっ……」
叩かれた頬を抑えるメリューナはガザニアに首を掴まれ、更に引っ叩かれる。
「わたくしは聞き分けの悪い子は嫌いなのよ。いつまでも抵抗するようだったら、命を奪う事も躊躇しないわ」
髪の毛を掴み、脅すように迫るガザニアの剣幕にメリューナは恐怖を覚える。
「……わ、わかったわよ……今すぐ……術を解くから……」
ガザニアは無言で掴んでいたメリューナの髪の毛を乱暴に手放す。
「その必要はないわよ」
突然の声。現れたのは、ソフィアであった。
「ソ、ソフィア!」
メリューナがソフィアに駆け寄る。
「ふーん、あなたなのね。ソフィアとかいう噂の手品師とやらは」
ガザニアがソフィアに注目する。
「ソフィア、助けて! 私の術が効かない奴がいるの」
ソフィアに助けを求めるメリューナ。
「残念だけど、無駄よ。私にしてやれる事はもうないわ」
「え?」
「あの契約はねぇ……あんたにとって寿命を大きく縮めるだけでしかなかったのよ」
ソフィアが冷酷な態度で言い放つ。メリューナが交わした契約は大いなる闇の力が与えられるというジョーカーズの契約であり、ソフィアもまたジョーカーズの一人だった。しかしメリューナの肉体は全体的に身体能力が弱いせいで闇の力に耐え切れず負担が掛かり、自身の命を大幅に縮める副作用をもたらしていた。
「な、何ですって……私、どうなるっていうの!」
「聞くまでもないでしょう。死ぬだけよ。その様子だとあと数日しか持たないんじゃないかしらねぇ」
ソフィアは嘲笑うような笑顔を浮かべている。
「嘘よ……そんなの絶対嘘よ! 身体は今のところ何ともないし、数日で死ぬなんてそんな事……」
「それはまだ本格的に死の間際に立たされていないからよ。苦しむのはもうすぐだから」
「嘘よ! 絶対に信じない! 大体、こんな契約を勧めてきたのはあなたじゃない!」
「ええ、確かに勧めたのは私よ。けど、強制はしなかったわよねぇ? 決めたのはあなたの方じゃなぁい?」
顔を寄せながらソフィアが言うと、メリューナは首を横に振る。
「さっきから何の話をしてるのよ、そこのバカ女」
悪態を付きながらもガザニアが割り込む形で詰め寄る。
「はぁん? バカ女呼ばわりしてくれるなんていい度胸ね。けど、用は済んだからもう遊びは終わりよ」
ソフィアはステッキの先端から紫色の小さな光の玉を生み、メリューナの胸元に光の玉を当てる。
「うっ……あぁっ! ハァッ、ハァッ……く、苦しい……!」
光の玉を当てられた途端、メリューナは突然激しい苦しみに襲われ、蹲る。
「あんた……何をしたの」
ガザニアはソフィアに鋭い目を向ける。
「ハハハハハ、更に闇の力を注入してやったのよ。この子にはもう耐えられない程の量をね」
ソフィアに注入された闇の力の大きさはメリューナの肉体に耐えられるものではなく、メリューナは身体の内部が燃やされるような感覚に襲われる。
「ああああああああぁぁ! 身体が熱いいいいいい! いやあああああああ!」
絶叫を轟かせるメリューナの口からは闇を象徴させるような紺色の蒸気が吐き出される。メリューナが激しく苦しんでいる中、グラインが意識を取り戻し、クレバル、リルモ、ディスカも意識が戻り始める。
「うっ……一体何が?」
意識を取り戻したグライン達は状況を把握する。
「あぁぁぁあああああああああああああ! どうして……どうしてこんなああああああああ!」
苦痛の叫び声が止まらないメリューナを見て、ソフィアは冷酷に笑うばかり。
「メリューナ!」
催眠術が解け、正気を取り戻したディスカはメリューナの元へ駆け寄るものの、メリューナの肌が黒ずんでいく。
「貴様、メリューナに何をした!」
隣に立つソフィアの仕業と考えたディスカが怒りの表情で槍を構える。
「私に怒っても無駄よ。この子は恋心と嫉妬心のままに哀れな最期を迎えたんだから。泣かせるわねぇ」
「何だと……」
思わずメリューナの方を見るディスカだが、メリューナは口から蒸気を吐きながらも凄まじい形相で喘いでいた。
「……ひどい……コンナノ……ヒド……イ……」
白目を剥き、涙を流しつつも倒れるメリューナ。
「メリューナ……」
愕然とするディスカ。メリューナは既に絶命していた。
「何があったっていうの……」
メリューナの惨憺な姿を見て口を抑えるリルモ。グライン、クレバル、ティムも言葉を失っていた。
「フフフフ……メリューナはただの囮よ。十分役に立ってくれたわ」
ステッキを振り回しつつもソフィアが笑う。
「どういう事だ!」
「歌姫を手に入れたって事よ。メリューナが陥れた歌姫の子をね」
ソフィアの計画の全貌は、闇の世界の創造主たる者を永遠に讃える歌姫の候補として選んだリヴィエラを攫う為だった。誘いに乗ってジョーカーズとの契約を交わしたメリューナを利用してリヴィエラを冤罪で宮殿の牢獄に閉じ込めさせ、ふと見つけた都市内のゴロツキを唆してメリューナを人質にさせて計画の邪魔となるグライン達を遠い場所に誘導し、その隙にリヴィエラを攫っていたという。
「メリューナに続いてリヴィエラまで……貴様らは何が目的なんだ!」
ディスカが怒りのままに問う。
「この世界は間もなく、闇が支配する世界に生まれ変わる。その為の下準備といったところよ」
「闇が支配する世界だと……?」
身構えるディスカにソフィアは動じる事なく、ふとクレバルの方を見る。
「あんた、セレバールの辺りで行き倒れになってた子じゃない。お元気かしら?」
「お、おうよ」
「フフ、私のおかげで命拾いしたんだから感謝しなさいよ」
クレバルは命の恩人といえど、ソフィアは敵である事を悟ると複雑な気分になる。
「リヴィエラさんを何処へやったんだ!」
グラインが掴み掛るように問う。
「あんた達が知ったところで無駄よ。今やリヴィエラは私達の手元にあるんだから。最も……近いうちに本当の恐怖が始まるという事を前以て教えておくわ」
「何だと!」
笑うソフィアは空中に浮かび上がり、ステッキを振り回しながらもアッハッハッハッと笑いながら消えていく。
「クッ……おのれ!」
ソフィアが姿を消してから、ディスカは悔しさに打ち震える。
「やはりソフィアはジョーカーズの手先だったのネ。メリューナちゃんはもう……」
ティムはメリューナの死体を沈痛な気持ちで見つめている。グライン達も言葉を失う思いでその場に立ち尽くすばかりだった。
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