Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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勇者の極光

許されざる悲恋

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ドレイアドの村では、ガザニアが様々な花を集めて冠を作っている。それは神樹に眠る同族への供えとなるものであった。同族の名はルエリア。魔導帝国に挑みし勇者の一人である密林の勇者ヒューレの仲間であり、恋仲関係でもあった。異種族同士の恋愛は禁忌とされているが故、周囲の同族から反対されていてもヒューレとルエリアは愛し合っていた。だが、二人の愛を引き裂いたのは魔導帝国であった。帝国の犠牲となったルエリアは神樹に守られる形で眠りに就いている。二人の悲恋は勇者の伝説と共にドレイアド族の間で語り継がれていた。

ルエリアは死んだわけではない。生かされているのだ。そう、封印されし勇者の力で――。


神樹の中の繭から伸びる蔦はリルモの左胸を貫いたまま、身体を持ち上げる。リルモは口から血を溢れさせつつも苦痛に喘ぐばかり。次第に意識が薄れ始めていた。
「こいつ! リルモを放しやがれ!」
クレバルが叫ぶものの、蔦はリルモを繭の方に持ち上げていく。
「くっ、リルモ……!」
グラインが風魔法でリルモを助けようとするが、蔦の位置が周りの葉のせいで狙いが定めにくい状況であった。
「ヒャハハハ! ご苦労な事だな」
神樹の穴から姿を現すジギタ。人相が悪くなっており、左手には緑色に輝く宝玉――木のエレメントオーブがある。
「ジギタさん……? 一体どういう事なんだ!」
ジギタの豹変ぶりに戸惑うグライン。
「おいあんた! 何のつもりだよ! 俺達を騙してたのか?」
クレバルが怒鳴りつけるように言う。
「ハハハ、騙してたと言われちゃあそうかもな。お前らの力を奴のエサにする為にここに連れてきたんだからな! アレを見ろよ」
ジギタが指す方向は、神樹の葉に覆われた繭であった。繭の上には、蔦の先端部分に刺されたままのリルモがいる。
「リルモ!」
「ヒャハハハ、あの女の養分と魔力エネルギーはどれくらいの力になるか楽しみだなぁ!」
既に意識を失ったリルモは蔦に養分と魔力を吸われていた。
「ちっくしょう! リルモを返せ! 返しやがれえっ!」
クレバルが地魔法で繭を攻撃しようとした瞬間、リルモの身体が放り投げられる。血を撒き散らしながらも投げ出されていくリルモの身体は、辛うじてクレバルに受け止められる。
「うっ……」
「なんテ酷い傷……このままじゃア……」
血に染まったリルモの左胸の傷を見て絶句するグライン達。出血も酷く、命に関わるレベルの重傷であった。
「ああっ! あれは!」
繭は、巨大な蕾のようなものに変化している。蔦が生き物のようにウネウネと動き回る中、蕾が開き始める。花となって完全に開いた時、花の中心部から女の姿が現れ、植物の魔物となって地面に落下する。
「な、何なんだよこいつは!」
魔物の出現にクレバルは戦慄する。
「ハハハ、こいつぁ凄い! 想像以上のバケモノだ!」
狂喜するジギタ。巨大な球根に咲く花とドレイアド族の美女を合成させたような姿を持つ魔物を前にしたグライン達はリルモを守りつつも戦闘態勢に入る。
「あの魔物……ドレイアド族と何か関係ガ?」
ティムは魔物の肉体の一部である女の姿が気になり始める。
「クレバル、ティム。僕がこいつを抑えているうちにリルモを村へ」
「おい、無茶するんじゃねえよ」
「リルモが危ないんだ! 僕に構わないで」
グラインは両手でヘパイストロッドを握り締め、魔力を集中させる。ロッドの先端部分から炎の刃が現れた時、魔物の球根部分から巨大な口が開き、緑色の液体が次々と飛び出す。毒液だった。
「させるか!」
クレバルが地魔法を発動させる。ライジングロックによる岩盤で毒液を凌ぐものの、魔物の蔦が地面に突き刺さった瞬間、周囲に電撃が地を伝って襲い掛かる。
「うわああああ!」
グライン達は電撃に襲われる。
「い、今のハ……植物の魔物が電撃ヲ?」
魔物が蔦を利用して放った電撃攻撃を見たティムにある考えが生じる。リルモが魔物の蔦に刺された時、ジギタはあの女の養分と魔力エネルギーがどれくらいの力になるかと言っていた。つまり魔物は吸収したリルモの雷の魔力を利用している、と。
「くっくっくっ、礼を言うぜ。お前らのおかげでこれだけのバケモノが復活できたんだからな!」
ジギタが顔を歪ませながら笑う。
「クッ……何故だ。何の為にこんな事をする! お前は何が目的なんだ!」
グラインが問い掛ける。
「復讐だよ。今までこのオレを落ちこぼれだと蔑んだ奴らを皆殺しにする為にな! つまりお前らはその為の生贄ってわけだよ」
「何だって? 奴らってドレイアド族の事なのか!」
「フン、後は自分達で考える事だな」
ジギタは突然、木のエレメントオーブを魔物に向けて放り投げる。
「あれは……エレメントオーブ!」
ティムが声を上げた瞬間、魔物はエレメントオーブを蔦で拾い上げ、球根の口の中に放り込んでしまう。
「エ、エレメントオーブが!」
エレメントオーブが魔物に飲み込まれると、ジギタは大笑いする。
「ヒャハハハハハハ! 不運だったなお前ら。これで奴を倒さん限りオーブは手に入らなくなったんだからな!」
「クッ……貴様!」
グラインが鋭い目を向ける。クレバルはリルモの方に視線を移すと、苦しそうに喘ぎつつ血を吐くリルモの姿を見て思わず最悪の出来事を考えてしまう。しかも傷口からの出血は止まらない。
「グライン、すまねえ。ここは任せるぜ」
クレバルはティムと共にリルモをドレイアドの村へ運ぼうとする。
「待ちなさい!」
声と共に現れたのは、ガザニアであった。
「あ、あんたは!」
「その子なら私が村へ運ぶわ」
「え、ちょっ……」
ガザニアは即座にリルモの身体を抱き上げ、機敏な動きで村へ運んで行く。
「マジかよ……あのいけ好かねぇ女が助けてくれるなんてな」
クレバルが呟いた瞬間、魔物が球根の口から大量の粉を吐き出す。
「ぐあっ……ゲホッ、ゴホッ……な、何だこれ……」
辺りに粉が広がると、グライン達は目の痒みと鼻水、くしゃみ等が出るようになる。花粉の息であった。
「ックシュン! こ、これハ花粉ヨ……」
花粉によって様々な症状に襲われる中、魔物の蔦がグラインを狙う。グラインは目の痒みと止まらない鼻水を抑えつつも、ヘパイストロッドを振り上げる。間一髪で蔦は切断されるが、鼻水と目の痒みは酷くなっていくばかり。
「こいつは愉快だ! お前ら人間は花粉に弱いってのは本当だったんだな。これで戦力は大幅ダウンって事か」
ケタケタと大口を開けて笑うジギタ。
「ハーックション! おいティム、花粉症を抑えるアイテムとかねぇのかよ」
「あ、あれバとっくニ使ってルわヨ……クシュン!」
クレバルとティムが話しているうちに魔物が突然不気味な音を轟かせ、地面から次々とイバラ状の蔦が現れる。
「ぐああああああ!」
激しい電撃が地面全体に襲い掛かる。イバラ状の蔦も魔物の身体の一部であり、吸収したリルモの雷の魔力を放出しているのだ。強烈な電撃を受けたグライン達は痺れを残して倒れてしまう。巻き添えを食らわない位置で状況を見ていたジギタは嘲笑うようにグライン達を見下ろしていた。


ドレイアドの村へリルモを運び込んだガザニアは、長老と共にリルモの治療に専念していた。
「何故このような酷い傷を……一体何があったというのじゃ」
「ルエリアよ。封印が解かれたのよ」
「何じゃと! まさかあの人間達が……いや、あり得ぬな」
神樹の中の繭から現れた魔物の正体はルエリアであり、神樹の内部に納められた木のエレメントオーブの力で封印されていたのだ。オーブの周囲は何者をも寄せ付けない強力な結界で守られており、長老が所持しているドレイアドの紋章を使わない限り結界は解けないはずであった。つまり紋章を持つ長老以外に結界を解ける者がいないはずなのに、何者かがルエリアの封印を解いてしまった。長老は思わず首に掛けているドレイアドの紋章を確認してみると、ある事に気付く。樹を模した紋章の形――葉の細部が微妙に違っている。そう、長老が持つ紋章はいつの間にかすり替えられていた偽者だったのだ。
「な、何という事じゃ……ドレイアドの紋章が……」
「まさか知らないうちにすり替えられていたというの? ドジにも程があるわね」
「ウヌヌヌ……誰がこんな不埒な真似を! 許さん……許さんぞ!」
怒りに震える長老の横で、リルモの手当てを続けるガザニア。だがリルモの傷はドレイアド族の力では到底完治出来るものではなく、応急手当だけでも精一杯であった。
「せめて止血でもと思ったけど……」
ガザニアは植物で作られた包帯を使って傷の止血を試みるものの、傷穴からの出血は止まらず、次第にリルモの顔色の血色が失せ始める。それは、死の間際を意味していた。
「……残念ながらこの子はもう諦めるしかないわね」
最早助ける方法はないと悟ったガザニアが呟いたその時――
「いえ、まだよ」
突然の声。現れたのは、フードを被った女性だ。
「そ、そなたは予言者の……!」
女性は、三日前に選ばれし人間の訪れを伝えた旅の予言者だった。予言者は、そっとリルモの近くに寄る。
「まだ息があるわね。辛うじて急所は外れているわ」
予言者は両手から仄かな光を放つ。光は倒れているリルモの身体を包むと、傷穴がみるみると塞がり始める。
「これはもしや、光の魔力……回復魔法?」
長老が察した通り、光の回復魔法であった。傷は完全に塞がったものの、リルモの意識は戻らないままだ。
「これでもう大丈夫よ……すぐに目を覚ますはず」
リルモの傷が治った事を確認すると、予言者はその場から去ろうとする。
「そなたは一体……ただの予言者ではないな」
予言者は何も言わず去っていく。
「どこの誰だか知らないけど、あの子達の仲間は助けられたみたいね」
「ウム……だが、ルエリアの封印が解かれたとなっては黙ってはおれんな」
「行くわよジジイ。あの子達が危ないわ。アレを忘れるんじゃないわよ」
「ジジイとは何じゃい!」
ガザニアは再びグライン達の元へ向かおうとすると、長老は家の奥にある道具箱を漁り始めた。


魔物――ルエリアの花粉の息によって思うように戦えないグライン達は電撃攻撃で満身創痍となっていた。花粉が舞う中、グラインとクレバルは諦めずに炎魔法と地魔法で反撃を試みるものの、止まらない鼻水とくしゃみで集中力が続かないせいか魔法の威力までも弱まっていた。先端部分が太い針の蔦が伸び始め、クレバルを狙う。
「ぐああ!」
蔦の先端部分がクレバルの右腕を捉える。
「クレバル!」
グラインがヘパイストロッドの刃で蔦を切り落とす。幸い魔力と養分を吸われなかったものの、右腕がろくに動かせない状態になっていた。
「ちっくしょう……このままじゃやられちまうぜ」
出血が止まらない右腕の傷を抑えながらも、クレバルは魔力を集中させる。
「クッ……何とカならないノ? ハッ……クシュン!」
ティムは焦りの表情を浮かべる。
「へっへっ、しぶとい奴らだ。そのまま大人しくバケモノのエサになればいいものを」
ジギタは尚も嘲笑するばかり。
「うくっ……こんなところで、負けるものか!」
グラインは鼻水が悪化するあまり頭痛まで感じるようになるものの、心を乱さないように精神統一に入ろうとする。


たとえどんな窮地に立たされても、決して心を乱してはいけない。


ガンガンする頭や垂れる鼻水に動じず精神集中をするグラインだが、ルエリアの球根の口から大量の毒液が吐き出される。
「ぐわあああ!」
毒液を浴びたグラインが絶叫する。一瞬で全身に毒が回り始め、ゾクゾクするような悪寒に襲われるグライン。
「グライン!」
ティムが駆け付けるものの、グラインは毒のせいでろくに立つ事が出来ない。
「くっ……そぉ……毒なんかに……負けられる……か……!」
それでも立ち上がろうとするグラインだが、身体が思うように動かなかった。絶体絶命の状況の中、突然竜巻のように花弁が舞い始める。辺りを覆っていた花粉は、竜巻状に舞う花弁によって全て吹き飛ばされていく。
「い、今のハ?」
突然の出来事にティムは何事かと辺りを見回す。
「自然魔法フラワータイフーンよ。随分と大変な事になったみたいね」
現れたのは、イバラの鞭を手に持つガザニアであった。
「あ、あなたは……」
グラインが身体を起こそうとした時、ガザニアは小袋を二つ投げつける。特製の毒消し草であった。グラインは毒消し草を口にすると、体内を蝕んでいた毒が消え、同時に花粉による症状も治まる。
「す、凄い……毒だけじゃなく、花粉症まで治まった」
グラインはクレバルにも毒消し草を与える。
「花粉症まデ治るってならワタシの分はないノ?」
ガザニアは返答せずティムにも毒消し草の小袋を投げつける。
「やれやれ……ジジイが来るまで何とか食い止めるしかないみたいね」
不気味な雄叫びを轟かせるルエリアを前に、ガザニアはイバラの鞭を振るいながらも木の魔力を高めていく。
「チッ……ガザニアの奴め。まあいい。やっちまえバケモノ!」
ジギタの声に応えるかのように、ルエリアが球根の口から毒液を放つ。しなやかな動きで毒液を回避したガザニアは大木の枝の上に立つ。
「フォレストハートル!」
地面から鋭い樹木の杭がルエリアの元に次々と湧き出す。自然の力を利用したガザニアの魔法の一種である。
「リーフスラッシャー!」
更に刃状の木の葉が無数に舞い上がり、ルエリアの身体を次々と切り裂いていく。
「ギャアアアアアアアアアア!」
無数の傷口からドロドロとした紫色の液体を流し、凄まじい叫び声を上げるルエリア。同時に人型の口からゴボッと紫色の液体が吐き出される。
「つ、強い……」
グライン達はガザニアの自然魔法の力に驚いていた。その時、小さな箱を持った長老が駆け付ける。
「やっと来たわねジジイ」
「ジジイと言うな!」
長老は小さな箱を開けると、心地良い音色が響き渡る。オルゴールであった。オルゴールの音色はまるで聖域全体に響くように聞こえていき、ルエリアが身震いを始める。
「ウ……ガアアアアアアア!」
身体を震わせながらも雄叫びを上げるルエリア。その叫び声は醜くも痛々しく聞こえる。まるで苦しんでいるかのような印象を受ける叫びである。
「一体何が……?」
「あいつ、どうなっちまったんだ? オルゴールの音が弱点だってのか?」
グラインとクレバルは何が起きたんだと訳が分からない様子。ティムはメモリードでルエリアの記憶を探ろうとするものの、記憶を読み取る事が出来なかった。
「おい! 何なんだこのオルゴールの音は! さっさと動けバケモノ! 何をしている!」
苦しみ続けるルエリアを見かねて思わず怒鳴り込むジギタ。
「お、お前はジギタ! まさかお前の仕業だったというのか?」
ジギタの存在に気付いた長老が驚きの声を上げる。
「まさかあんたの仕業だったなんて、同族の面汚しね」
ガザニアが怒りに満ちた様子で言う。
「うっ……捕まってたまるかよ!」
ジギタは全速力でその場から逃げ出す。後を追おうとするガザニアだが――
「ウゴアアアアアアアアアアア!」
ルエリアが突然おぞましい咆哮を上げると、球根の口から強烈な電撃が放たれる。
「うわああああああ!」
全員が電撃を受ける。
「ガ……グア……アアアァァッ……」
ルエリアは醜い唸り声を漏らす。人型の顔部分の目からは涙を溢れさせていた。涙を見た瞬間、ガザニアはルエリアの想いを感じ取る。まるでガザニアの頭に流れて来るかのような、悲しみの声となって伝わり始める。


……タス……ケテ……

……イタイ……クルシイ……タスケテ……

……ヒューレ……タスケテ……イタイ……クルシイ……


「ガ……ガア……アア……」
ルエリアの球根の口から木のエレメントオーブが吐き出される。
「エレメントオーブが!」
オーブは緑色の光――木の魔力のオーラに包まれていた。ガザニアは颯爽と飛び出し、オーブを手に取る。
「……ルエリアの想いを感じたわ。彼女はこの姿にされた事でずっと苦しみ続けていたのよ。封印されている間もね」
ガザニアの言葉に、長老とグライン達は衝撃を受ける。
「この魔物は一体何者なんですか? ルエリアって……?」
グラインが長老に問う。
「ウム……今ここにいる魔物は、元々我々の同族だったのだ」
長老の説明に驚愕するグライン達。そして長老は魔物――ルエリアの秘密を話す。


歴戦の勇者の時代にて、聖地で花を摘んでいたドレイアド族の娘ルエリアが植物の魔物に襲われていたところ、一人の男が駆け付けては一瞬で魔物を撃退した。男は、密林の勇者ヒューレであった。森の守護者とも呼ばれ、自然を守る使命を受けた純朴な男だ。この出会いによってヒューレとルエリアは心を通じ合わせるようになり、ルエリアもまた自然の力を操る魔力を持っていた。二人の関係はやがて恋仲へと発展していき、ある日ルエリアはヒューレからプレゼントを貰う。プレゼントは、幸福を祈るメロディが奏でられるオルゴールであった。


なんて綺麗な音……ありがとう、ヒューレ。私、ヒューレの力になりたい。たとえ結ばれなくても、ヒューレと共にいるだけで幸せだから。


想いを受け取ったルエリアは、ヒューレの力になりたいと周囲の反対を押し切って勇者一行の仲間に加わり、魔導帝国に挑もうとした。

そう、これが悲劇の始まりだった。

魔導帝国の卑劣な罠によってルエリアが捕われ、魔改造や実験で兵力を造り出す研究者である魔学士ダルゴラの実験材料に選ばれる事となった。その実験とは魔界に生息する植物デルボネアとの合成による魔改造で、変わり果てた姿となったルエリアはヒューレの記憶と思い出、そして心を破壊され、本能のままに襲うようになっていた。


俺の知ってるルエリアは、もういない――


ヒューレはルエリアを倒そうにも倒す事が出来ず、勇者仲間との協力による封の呪法で永久に封印する事を選び、呪法によって繭となったルエリアを神樹に、そして自身の持つ勇者の力を封印の鍵として神樹の中に納めた。ルエリアへのプレゼントであるオルゴールは長老に預けられる事となった。


悪しき者によって魔物に改造され、勇者の力で繭に封印されていたルエリア。だがそれは長年の間、魔物に改造された事で苦しみながら生かされていたという行いだった。愛する者であるが故に命を奪う事が出来ないという想いが、彼女をずっと苦しめる事となったのだ。


「信じられない……なんて酷い事を!」
長老からルエリアの悲劇を聞かされ、怒るグライン。
「おい、落ち着けよグライン」
グラインの怒りを肌で感じたクレバルが宥めようとする。
「もうあの頃のルエリアはいない……例え僅かな思い出が残っていても、生かしたまま苦しみから救う術は存在しないのじゃ」
今のルエリアは本能のままに荒れ狂う魔物そのもの。オルゴールの音に反応したのはルエリアの中にヒューレとの思い出が微かに残っていたからだと長老は考えていた。
「……ルエリアを苦しみから解放させるには、死なせるしかないわ」
ガザニアは鞭を唸らせ、ルエリアに攻撃を仕掛けようとする。
「待て、ガザニア。正気か?」
長老が呼び掛けるものの、ガザニアは返事しない。
「わしらドレイアドの掟は、如何なる理由があろうと同族の命を奪うような事をしてはならぬという事は忘れてはいまい?」
ドレイアド族の間では、同族の命を奪ってはいけないという掟が存在する。もし掟を破る者がいれば村八分で永久追放という罰が課せられる。それは長老の娘であるガザニアでも例外ではない。封印されたルエリアを殺さなかった理由も掟に従っての上である。ガザニアは肩の力を抜き、グラインの方を見つめる。
「そこのあなた。さっきから熱いんだけど、炎魔法が使えるのかしら?」
ガザニアはグラインの魔力のオーラの熱気から炎の力を感じ取っていた。グラインはガザニアの問い掛けに無言で頷く。
「だったら……ルエリアを倒してくれないかしら。わたくしは掟に逆らえない事情があるのよ」
「えっ……」
ガザニアの申し出にグラインは驚く。
「グライン、ここはやるしかなさそうだぜ。あのルエリアって奴、言ってしまえばバケモノに改造されて生き地獄状態なんだろ?」
クレバルが言うものの、グラインは躊躇するばかり。魔物に改造された事で苦しみ続けているルエリアを救うには、最早倒すしか他にない。元のルエリアに戻す方法は何処にも存在しないからこそ、命を奪う事が苦しみから救う唯一の方法。それを頭で理解していても、なかなか行動に移す事が出来ない。完全に元に戻す方法がないとしても、愛する人との僅かな思い出が残されているのなら、命を奪う事が本当に正しい行いなのか? 苦しみから解放させる方法なんて、探せば他にあるのではないか? そんな考えが頭を過っていた。


私の同士となる勇者の子よ――


突然の声。その時、ガザニアの手元にあるエレメントオーブが光を放つ。
「誰だ……?」
「私はヒューレ。密林の勇者と呼ばれし者」
声の主が密林の勇者ヒューレである事に驚くグライン達。
「あの時私がルエリアを苦しみから解放させるべきだった。ルエリアを殺したくないという私の甘さが、ずっとルエリアに苦しい思いをさせてしまった。魔物に変えられた自分を殺して欲しいと願うルエリアの苦しみを理解してやれなかったのは、私の過ちだったのだ……」
オーブの光からうっすらと人の姿が浮かぶ。逞しい青年の姿――ヒューレそのものであった。
「ルエリアよ。もう苦しまなくていいんだ」
光はヒューレ共々光球となり、ルエリアに向かっていく。
「グアアアアアアアアアア!」
光に包まれたルエリアが咆哮を轟かせると、球根の口から邪悪な力の象徴となる黒い蒸気が吐き出される。


どうやら、私の力だけではルエリアを死なせる事は出来ないようだ。勇者の子よ……君の手で、ルエリアを……


頭の中から流れるようにヒューレの声を感じ取るグライン。
「……うわあああああああ!」
勇者の力によってグラインの目が赤く染まる。次の瞬間、グラインは両手から燃え盛る炎を巻き起こし、巨大な炎の玉を放つ。
「ガアアアアアアアアアアアアア!」
炎は跡形もなくルエリアを焼き尽くしていく。炎が消えた時、ルエリアは灰となっていた。エレメントオーブは仄かな光を放っている。
「こんな悲しい事はあってはならない。あってはならないんだ……」
グラインが呟く。勇者の力が目覚めた状態でも意識を保っていた。
「今の光ハ……」
ティムはエレメントオーブから現れた光について推測する。光は勇者の極光の一部となる力であり、ルエリアの中に渦巻く苦しみと悲しみの心が呼び寄せたのではないかと。
「ルエリアよ、どうか安らかに……」
思い出のオルゴールを再び動かし、灰となって散ったルエリアを弔う長老。神樹の根元にそっと花冠を供えるガザニア。鎮魂歌のように響き渡るオルゴールの音色。雨が降り始める。神樹を見上げると、一瞬ヒューレとルエリアの幻が浮かび上がった。

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