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勇者の極光
勇者の力
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レイニーラ王国は今、邪悪な力に包まれていた。クロトと共にイニア王女を攫ったバキラがヘルメノンを放出した事によって暗黒の雲が空を覆い尽くし、人々はヘルメノンの影響で苦しみ続けていた。中には身も心も魔物化した者までいる。屋内や城内はヘルメノンの濃度が現時点では少々程度であるものの、屋外に出るだけでも危険な状況であり、手の打ちようがない。それに、屋内や城内もヘルメノンに覆い尽くされる可能性は十分にある。何故こんな事になってしまったのか。一体どうすればいいのか。昏睡状態から覚めた王は、数少ない兵士達と共にバキラの傀儡の呪術で動かない人形のようになったニールと兵士達を安静にしつつも、不安を募らせていた。
「イニア……ニール……それに、フィドールまでも……」
イニアのみならず、フィドールも城から姿を消していた。頼みの綱となる者は城にいない。自分達ではどうする事も出来ない。途方に暮れた王は無力な時間を過ごすしか他になかった。
グライン達はヘルメノンによる暗黒の雲で覆われたレイニーラ方面を見ては足を急がせていた。ヘルメノンだと察したティムは即座にレイフィルムのバリアを張り、ヘルメノンに覆われた領域へ侵入していく。
「なあ、こんなんで本当に大丈夫なのかよ?」
光の膜で覆われたクレバルが心配そうに言う。
「何事モなけれバ大丈夫ヨ。どこか身体に異常でモあるのかしラ?」
「い、今のところ何ともねえぜ」
「それなラ問題ないわヨ」
「ホントかよ……いや、あんまり気にしてる場合じゃねえな。急ぐぜ!」
クレバルが足を進める。
「グライン、私達も急ぐわよ。母さんと王国のみんなが心配だわ」
「うん」
急ぎ足でレイニーラ王国へ向かう一行の前に凶暴化した魔物が襲い掛かる。
「くそ、邪魔するんじゃねえ!」
魔物達は目を赤く光らせながら飛び掛かると、即座にリルモが前に飛び出し、槍による連続突きを繰り出す。その攻撃には、雷の魔力が含まれていた。トドメとばかりにリルモはスパイラルサンダーを放つ。螺旋の雷が魔物達を薙ぎ払っていく。だが魔物達はしぶとく起き上がり、執念の唸り声を上げつつも鋭い牙を剥ける。
「ま、まだやるつもりなのか!」
グラインはいつでも魔法を放てるように態勢を整える。
「これはヘルメノンの影響みたいネ」
ティムが言うには、現れた魔物達はヘルメノンを吸い込んだ事で邪気が増幅し、通常よりも数段強化すると同時に凄まじく凶暴化した魔物だという。ボロボロの姿で一行に飛び掛かる魔物。リルモが応戦しようとした瞬間、グラインがファイアウェイブを発動させる。炎の波に焼かれ、息絶える魔物達。
「よし、何とかやっつけたね」
魔物の全滅を確認したグラインは改めて先へ進む。
「おいリルモ、何やってんだよ」
グラインとティムの後に続くように進んでいたクレバルがふと振り返ると、リルモはその場に立ち止まっていた。
「あ、ごめん。私、なんでボーッとしてたのかしら」
リルモは我に返ったように言うと、足を動かし始める。
「あのなぁ。ビックリさせんなよ」
「ごめん。大丈夫だから気にしないで」
何事もなかったかのように振る舞うリルモだが、内心何とも言えない不安感に襲われていた。リルモは突然込み上がる不安感を振り払うように足を急がせる。レイニーラ王国まであと僅かというところで再びヘルメノンの影響で凶暴化した魔物が立ち塞がるものの、一行は全力で退けていった。やっとの思いでレイニーラ王国に辿り着いた時、城下町は邪悪な気配に包まれていた。至る所に苦しみながら蹲る人の姿がある。
「何なんだよこれ……親父! お袋!」
両親の安否が気になったクレバルは大急ぎで自宅へ向かう。グライン、リルモもそれぞれの自宅へ向かっていく。
「父さん! 母さん!」
自宅に戻ったグラインはティムと共にバージルとラウラの姿を探すが、家内には誰もいない。
「いない……どうして」
状況と相まって不安に襲われるグライン。
「もしかしたラ城ニ避難してルかもしれないワ。城へ行ってみまショウ」
ティムの一言に黙って頷くグラインは城へ向かう。だがその途中、醜悪な顔の魔物が現れる。
「オ……オオオオォォォ……!」
不気味な声を上げる魔物を前に身構えるグライン。
「待っテ! この魔物ニ手を出しちゃダメ!」
ティムは魔物の記憶を読んでいた。魔物は、ヘルメノンによって魔物化した街の住民であった。
「やはりヘルメノンで魔物化した人間だったワ。なんて酷い事ヲ……」
「くっ、まさかあいつらの仕業なのか?」
グラインの脳裏に浮かんだのは、バキラとクロトであった。あの二人の仕業だとしたら、一体何をやろうとしているんだ。王国の人々を魔物化させるなんて、何故こんな事を……! 城内に入ると、兵士達の姿は消えていた。
「誰もいないのか……?」
不気味な程静まり返った城内を探ろうとした途端、リルモとクレバルがやって来る。
「グライン、ご両親の様子は?」
「それが、家にいないんだ」
「嘘だろ……お前んとこもかよ?」
愕然とするグライン。リルモとクレバルの自宅でも家族の姿が消失しているというのだ。
「幸い城ノ中はヘルメノンの影響はあまり届いてなイみたいヨ」
城内はヘルメノンの濃度は少ないとの事で、一行は謁見の間へ向かう。だが、そこには王の姿はなく、もぬけの殻状態であった。
「おいおいマジかよ……王様までいねぇのか?」
「地下へ行ってみるわよ!」
大急ぎで地下に通じる階段を目指す一行。階段を下りると、緊急時の避難用となる部屋が設けられていた。部屋の入り口は、破壊された扉の跡がある。
「誰だ!」
部屋から声が聞こえてくる。兵士の声であった。
「待って下さい! 僕達は王国の者です!」
グラインが慌てて説明すると、兵士がやって来る。
「おお、お前達だったのか」
中には数少ない兵士と王が避難していた。奥の部屋には多くのベッドが設けられている。ベッドには、ニールと多くの兵士が寝かされていた。
「王様!」
「お前達は……無事で戻って来てくれたのか。ゴホゴホ……」
王は咳き込みながらもグライン達を招き入れる。
「王様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫とは言えぬな……」
王は立ち上がろうとするものの、兵士達に支えられる。身体の具合も悪そうであった。グラインは全ての経緯を説明すると、王の表情が険しくなる。
「まさかフィドールが身を挺してお前達を救っていたとは。私もあの二人組に襲われてしまったが……眠らされるだけで済んだようだ」
数日前――フィドールの次元転送魔法エクスパルーションによってグライン達が遠くへ飛ばされた後、バキラとクロトはイニアの居場所を探そうと謁見の間を訪れた。
「何者だ!」
王を取り囲む兵士達は一瞬でバキラの呪術にかかり、その場に硬直してしまう。
「お前達……何をするつもりだ?」
戦慄する王にクスクスとバキラが笑う。
「ボク達は王女に用がある。王女がどこにいるか教えてくれないかな? 知らないとは言わせないよ」
半ば脅迫するようにバキラが言うと、クロトが王の前に立ちはだかる。
「クッ……イニアに何の用があるというのだ。目的を教えろ!」
「目的? ボク達の主の為さ。主は王女を必要としているのでね」
「何だと! どういう事だ!」
声を荒げる王。バキラは王の眼前まで近付く。
「やっぱり教える気はないんだね。まあいいさ。自分達で探す。お前はここで大人しく寝てな」
バキラは王の額に指を当てると、王は意識を失い、昏睡状態に陥る。
「今は王様に用は無い。今はね」
そう言い残し、バキラとクロトは去っていく。王が昏睡状態から覚めた頃は、既に翌日となっていた。
「フーン、なるほどネ。王様が無事だったノが幸いだけド……アイツらが王女を攫った理由は何なノかしラ。それに、アイツらの主……」
予め王の記憶を読んでいたティムはバキラとクロトの動向が気になっていた。
「ところで王様。俺の親父とお袋は今どこにいるかわかりますか? グラインとリルモの家族も……」
クレバルが両親の事を尋ねると、王は項垂れてしまう。
「ま、まさか……」
グラインは思わず最悪の出来事を想像してしまう。
「……すまぬが、どうしても知りたいというのならば地下牢に来てくれぬか」
王は兵士に支えられる形で地下牢へ案内する。グライン、リルモ、クレバルの三人は表情を凍らせ、ティムは渋い表情を浮かべていた。
「い、行くしかないよね」
グラインは恐る恐る足を進め、地下牢に向かって行く。薄暗い地下牢からは叫び声が響き渡っている。囚人の声ではなく、辛そうに痛々しく叫んでいる声であった。
「この声ってまさか……親父! お袋!」
クレバルは叫び声がする牢屋を探す。王が案内した牢屋には苦しみながら蹲る男女二人、隣の牢屋には禍々しいオーラに包まれ、顔が醜く歪んだ男女二人がいる。グラインの両親バージルとラウラ、クレバルの両親クラークとセメンであった。
「父さん! 母さん!」
「親父! お袋! 大丈夫か! しっかりしろ!」
思わず牢屋の中に入ろうとするグラインとクレバル。
「な、なんて酷い……」
変わり果てたグラインとクレバルの両親の姿に愕然とするリルモ。ヘルメノンに蝕まれ、半身が魔物と化していた。バージル達が身体に異変を感じたのは城に避難した時であり、完全に魔物化する可能性も踏まえ、様々な危険性を考えて地下牢に隔離されていたのだ。
「母さん……! 私の母は? 母もこんな事に……?」
リルモは母がどこにいるのか王に問う。だが王は答えようとしない。
「どうして……どうして黙っているのですか? 私の母は、どこにいるのですか!」
思わず感情的に問い詰めるリルモ。
「……こっちへ来てくれ」
王はリルモを別の場所へ案内する。牢獄の奥には、棺桶が置かれていた。
「……な、何ですかこれは……」
棺桶を見たリルモはどういう事だと思いつつ手を震わせる。
「……リルモよ、すまぬ。私には何も出来なかった……」
沈痛な気持ちで王が言うと、リルモは全てを悟る。母、ルルカは死んでしまったのだ。鉄格子が開けられ、棺桶の蓋が開くと、そこには白くなっていたルルカがいた。
「……母……さん……いやあああああああああ! 母さぁぁぁん……!」
母の死に嘆き、泣き叫ぶリルモ。従弟のパル、そして母のルルカまでも失った。そんな耐え難い悪夢のような現実に打ちのめされ、泣く事しか出来ない。母さんまでどうしてこんな事にならなきゃいけないの? どうして……どうして……。
「……これは……ルルカが遺したものだ」
王はそっとリルモに手紙を差し出す。死の直前に遺したルルカの手紙であった。リルモは涙を拭い、手紙を手に取る。
リルモへ
あなたを一人にしてしまってごめんね。
今まであなたに心配かけたくなかったから言わなかったけど、私は半年前のあの頃から重い病気を患っていました。
あの時はただの風邪だと言ったけど、本当は命に関わる重病で、約三年間の余命宣告を受けていました。
いつか真実を伝えようと思っていたけど、こんな形で伝える事になってしまってごめんなさい。
あなたを傷つけたくなかったから、邪悪な力で自分が魔物になる前に、自分を殺す事を選んだ。自分を殺すしか他になかった。
私の最愛の娘、リルモ
どうか、強く生きて――
ルルカ・ミネラヴォルト
半年前――ルルカは突然の高熱に襲われ、医師の診察を受けていた。診察の結果、現在の医学では完治不可能の難病だと判明し、余命約三年の宣告を受けた。大きなショックを受け、悲しみを一生懸命隠しつつもリルモの前では症状を伝えずただの風邪だと主張し、大丈夫であるかのように振る舞っていた。そして今、王国中を覆うヘルメノンの影響で症状が悪化し、身体の半分が蝕まれた事で魔物化していた。ルルカは自身が魔物化していくと同時に死を悟り、リルモへの手紙を書き終えると城の地下へ向かい、手紙を残して手持ちの短剣で自害したのだ。
「リルモ……」
棺桶の前で泣き崩れるリルモの姿を見て言葉を失うグラインとクレバル。ティムは手を震わせながらも、悲しみに暮れるリルモを見守っていた。
グラインとクレバルが再び避難用の部屋に戻ると、ティムは杖を両手に精神集中を始める。ヘルメノンの影響を受けないよう、全魔力を費やして地下全体に邪悪な力を遮断する光の結界を張っているのだ。リルモはまだルルカの棺桶の前に佇んでいた。
「……っト、これデオッケーヨ」
ティムは疲れたと言わんばかりの表情でその場に腰掛ける。
「これであらゆる邪悪な力を受け付けなくなるというのか?」
「エエ。デモ、地下から出たらダメですヨ。城内にも僅かナがらヘルメノンが侵入していますかラ」
ティム曰く、屋外を覆うヘルメノンの濃度は高く、並みの人間が立ち入るのは非常に危険との事だ。更に城内にも微かにヘルメノンが入り込むようになり、このままでは城内もヘルメノンで満たされてしまう可能性が高い。よって結界が張られた城の地下が唯一の安全地帯となっていた。地下全体が光の膜で覆われているのを確認した王は、改めてティムが光の聖都の使者として大いなる災いから世界を守る為に旅をしている存在だと認識した。
「ゴホッ……ティムよ。そなたはグライン達と共に旅をしているのだな。情けない事だが、今の私ではどうする事も出来ぬ。ニールですらも敵の手で動けなくなった今、そなたらに託すしかあるまい……ゴホゴホ。どうか、グライン達の力に……ゲホッ! ゴホォッ……ハァッ、ハァッ……」
グライン達に王国を救う事を託した王は苦しそうに咳き込むばかり。顔色は悪く、喋る事すらもままならない程具合を悪くしていた。
「まさか王様モヘルメノンの影響ヲ……」
不安を覚えるティム。
「なあ、これからどうすればいいんだよ。ヘルメノンってやつをどうにかできねぇのかよ?」
クレバルが真剣な表情で言う。
「……勇者の極光……しかないわネ」
「勇者の極光?」
勇者の極光――それは、炎、木、水、氷、地、風のエレメントを司る勇者の力と光の聖都の使者となる者が扱える光の力を併せる事によって生み出される七の光であり、世界中に存在する邪悪な力を浄化する事が可能だという。レイニーラ王国を始め、各地を覆い尽くすヘルメノンを浄化するには勇者の極光が必要となる。勇者の力はエレメントオーブと呼ばれる宝玉に封じられ、それぞれのゆかりの地となる場所に守られている。即ち勇者の極光を呼び出すには六つのエレメントオーブを手に入れなくてはならないのだ。
「つまりヘルメノンを浄化するにはそのエレメントオーブを集めなきゃいけないって事?」
「そういう事ヨ」
「おい待てよ。まさかそいつを集める為に世界中を回れっていうのかよ?」
「そうなるわネ」
「冗談じゃねえぞ! んな事してる間に親父達が大変な事になったらどうすんだよ!」
「だからっテ文句言ったところデ何も解決しないわヨ! それ以外に方法なんテないんだかラ」
「お前の光の力ってやつで親父達を治す事とかできねぇのかよ」
「それが出来てたラとっくにやってるわヨ! ヘルメノンで魔物化しタ者を救う力までハ持ち合わせテいなイのヨ……悔しいケド」
ティムが辛そうに俯くと、クレバルは思わず黙り込んでしまう。ティムの持つ光の魔力はヘルメノンから身を守る結界を張る事は出来ても、回復と浄化の光魔法に関しては専門外である。魔物化した者はヘルメノンの邪悪な力が肉体に浸透して変形した姿であり、ティムの光の魔力だけでは元に戻す事は不可能なのだ。
「……ティム。母さん達を元に戻すには、その勇者の極光に頼るしかないのかな?」
グラインの質問にティムはそうネ、と返答する。
「そういえばリルモは? まだお母さんのところにいるのかな……」
リルモの事が気になったグラインは地下牢へ向かおうとする。
「そっとしてやれよ。ああなっちまったら無理もねえさ」
クレバルの一言に、グラインはただ頷く事しか出来なかった。
「マ、そういうワケでこれからはエレメントオーブを集めル為に世界中を回る事になるわネ。ワタシの魔力ヲ回復させル為にモ、今日ハ休んデおきまショウ」
体力と魔力の回復を理由に一先ず城の地下で休む事にしたグライン達。具合が悪い王はベッドで寝込んでしまい、リルモはずっと棺桶の前で蹲っていた。
翌日――目が覚めたグライン達は兵士から支給された朝食を済ませ、旅の支度をする。
「クレバル。リルモは……」
リルモの様子が気掛かりのグライン。
「行くかどうかはあいつに任せようぜ」
「う、うん……」
「お袋さん亡くしちまったってのに無理してでも旅を続けろって言う方がどうかしてるだろが」
「それはそうだけど」
クレバルの言う通り、仕方ないかと割り切るグライン。
「マズは最初ドコへ行くかだけド……どこかデ船ハ借りられないノかしラ?」
ティムの船という言葉を聞いてあっと声を漏らすクレバル。
「そ、そういえばそうだ。世界中を巡るっていうなら船がねぇと話になんねぇぞ!」
エレメントオーブを集めるには世界中を回らなくてはならない。その為にもまず船が必要だという現実にどうしたものかと思い始めるグライン達。
「ゴホッゲホッ……それならば心配は無用だ」
そう言ったのは王であった。王は薄汚れた一つの証票を差し出す。王国の船の貸出の許可証であった。
「これさえあればお前達でも我が国の船を借りる事が出来る。どうか役に立ててくれ……ゴホッ」
苦しそうに咳き込む王は兵士に支えられていた。王国から東の果ての船着き場にニールを始めとする調査部隊が利用していた船があり、許可証を与えられた事で船の貸出が許されたのだ。
「解りました。ありがとうございます」
快く礼を言うグライン。
「ちょっと待って」
突然の声。リルモであった。
「リルモ!」
「旅に出るんでしょう? 私を置いて行くなんて許さないわよ」
「お前……大丈夫なのかよ?」
「大丈夫よ。そうでなかったら来ていないわ」
気丈に言うばかりのリルモ。すっかり立ち直った様子であるものの、グラインは本当に大丈夫なのか、無理してないかと気になっていた。
「グライン、どうかしたの?」
「あ、いや。えっと……無理してない?」
「大丈夫だって言ってるでしょ。変に気を遣うのやめてくれる?」
「それならよかったよ。もし辛いようだったら無理して欲しくないなって思ってたから……」
「もう。人の事は気にしないでちょうだい。いつまでも泣いてばかりじゃいられないんだから。さ、行きましょう。こうなった以上、私達が頑張らなきゃね」
いつものリルモだな、と実感するグラインとクレバル。ティムは安心した様子で、改めてグライン達に最初の目的地を伝える。最初に行くべき場所は北東の大陸ノスイストルに存在する巨人族が住む山で、そこは紅蓮の勇者の力が封印された炎のエレメントオーブが祀られ、紅蓮の勇者の盟友となる巨人族の賢人に守られているという。グラインの秘められた力は紅蓮の勇者と関連性があるのではないかと考えたティムは、巨人族の賢人が何か知っていると見ているのだ。
「紅蓮の勇者……? 僕の中にある力は、勇者のものだというのか?」
「そこまではわからないケド……巨人族の賢人ハ炎の力に関すル知識ハ世界一なのヨ。何か答えニ繋がルような事ガ聞けルんじゃないかしらネ」
巨人族の山へ向かう事にした一行は王や兵士達に見送られ、ティムのレイフィルムによって身を守られた状態でヘルメノンに覆われた道中を進み、船着き場へ辿り着く。船着き場のある場所はヘルメノンの領域外であり、見張りの兵士に許可証を提示する。船は、五人乗りの小さなものであった。
「うむ、王からの許可を得たとならば自由に使うがいい」
「ありがとうございます」
船に乗り込もうとする一行。
「ちょっと待て!」
兵士が突然声を掛ける。
「何だよ、どうかしたのか?」
何事かとクレバルが振り向く。
「一つ聞きたい事があるのだが……王国は今どうなっている?」
兵士は現在ヘルメノンで覆われたレイニーラの様子が気になっているのだ。
「ああ……何ていうか、今は近寄らない方がいいと思うぜ」
クレバルの一言にティムが同意と言わんばかりに頷く。
「そ、そうか。教えてくれて感謝する。道中気を付けてな」
兵士に見送られながらも一行は船に乗る。
「ところで、誰が船を動かすの?」
グラインが言うと、リルモとクレバルは思わず顔を見合わせる。
「船だっタらワタシに任せなサイ! この船、動かし方は単純みたいネ」
ティムが舵を回すと、船が動き始める。世界中を旅している身であって、船の操作もお手の物であった。
「ティムったらそこまで出来るのね」
リルモは素直に驚く。
「伊達に世界中を旅していないわヨ! 船を動かす事くらい、ワタシにとってハ何て事ないんだかラ。サ、行くわヨ」
一行が乗る船はどんどん陸地を離れていく。軽々と船を操作するティムを見て、クレバルは「こいつがいてよかったな、見直したぜ」と心の中で呟く。その傍らで、グラインはずっと空を見ていた。
「グライン、どうしたの? 空に何かあった?」
リルモがそっと声を掛ける。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「考え事?」
「うん、僕の秘められた力の事で色々ね……」
グラインは密かに気になっていた。これから行く場所で自分の中に存在する力の謎が明かされるかもしれない。ティムが言うには、道を誤らなければ人を救う大きな力にもなるとの事。それは一体何を意味しているのか。災いを呼ぶような悪いものではない、勇者の力だというのは本当に間違いないのだろうか。力が目覚めた時、自我を失っていたのはどういう事なのか。出来る事なら早くその答えが知りたい。もしその力が自分の意思で扱えるようになり、尚且つ人を救えるのなら、その力で全てを救いたい。父さんと母さん、そして王国の人々を。
「グライン。目が赤い時のお前の力には正直びっくりしたけどよ、お前の力の正体が何であろうと俺は悪いように見たりしねぇぜ。それが仲間ってもんだろ?」
「クレバル……」
励ますようにクレバルが言うと、リルモは笑顔になる。
「ま、俺が付いてるから安心しろよ! 俺だけじゃなくて、逞しい彼女もいるからな!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
リルモが詰め寄るように言う。
「そのまんまの意味だろ。つまりは俺の彼女……って言うにはまだ早いか?」
「あのねぇ……勝手な事言わないでくれる? いつからあんたとそんな関係になったっていうのよ!」
「なはははは! えっと、いつからだろうなぁ?」
「バッカじゃないの」
クレバルとリルモのやり取りを見て心が和らぐ思いをするグライン。そうだ、僕には仲間がいる。最初は苦手なタイプの先輩という感じだったけど、セレバールでの一件を機にすっかり心変わりし、仲間として僕たちの役に立とうとしているクレバル。唯一の家族を失った悲しみを堪えつつも、頼れる姐御肌として付いてきてくれるリルモ。そしてレイニーラを襲ったヘルメノンを浄化する為に、僕たちの旅先を導くティム。
僕は一体何者なのか。これから向かう先には、何が待ち受けているのか。勇者の極光が目覚めれば、魔物と化した父さんと母さんを救えるのだろうか。
そして、全ての元凶であるジョーカーズの目的は――。
故郷から離れた船は、北東の大陸ノスイストルへ向かっていく。
「イニア……ニール……それに、フィドールまでも……」
イニアのみならず、フィドールも城から姿を消していた。頼みの綱となる者は城にいない。自分達ではどうする事も出来ない。途方に暮れた王は無力な時間を過ごすしか他になかった。
グライン達はヘルメノンによる暗黒の雲で覆われたレイニーラ方面を見ては足を急がせていた。ヘルメノンだと察したティムは即座にレイフィルムのバリアを張り、ヘルメノンに覆われた領域へ侵入していく。
「なあ、こんなんで本当に大丈夫なのかよ?」
光の膜で覆われたクレバルが心配そうに言う。
「何事モなけれバ大丈夫ヨ。どこか身体に異常でモあるのかしラ?」
「い、今のところ何ともねえぜ」
「それなラ問題ないわヨ」
「ホントかよ……いや、あんまり気にしてる場合じゃねえな。急ぐぜ!」
クレバルが足を進める。
「グライン、私達も急ぐわよ。母さんと王国のみんなが心配だわ」
「うん」
急ぎ足でレイニーラ王国へ向かう一行の前に凶暴化した魔物が襲い掛かる。
「くそ、邪魔するんじゃねえ!」
魔物達は目を赤く光らせながら飛び掛かると、即座にリルモが前に飛び出し、槍による連続突きを繰り出す。その攻撃には、雷の魔力が含まれていた。トドメとばかりにリルモはスパイラルサンダーを放つ。螺旋の雷が魔物達を薙ぎ払っていく。だが魔物達はしぶとく起き上がり、執念の唸り声を上げつつも鋭い牙を剥ける。
「ま、まだやるつもりなのか!」
グラインはいつでも魔法を放てるように態勢を整える。
「これはヘルメノンの影響みたいネ」
ティムが言うには、現れた魔物達はヘルメノンを吸い込んだ事で邪気が増幅し、通常よりも数段強化すると同時に凄まじく凶暴化した魔物だという。ボロボロの姿で一行に飛び掛かる魔物。リルモが応戦しようとした瞬間、グラインがファイアウェイブを発動させる。炎の波に焼かれ、息絶える魔物達。
「よし、何とかやっつけたね」
魔物の全滅を確認したグラインは改めて先へ進む。
「おいリルモ、何やってんだよ」
グラインとティムの後に続くように進んでいたクレバルがふと振り返ると、リルモはその場に立ち止まっていた。
「あ、ごめん。私、なんでボーッとしてたのかしら」
リルモは我に返ったように言うと、足を動かし始める。
「あのなぁ。ビックリさせんなよ」
「ごめん。大丈夫だから気にしないで」
何事もなかったかのように振る舞うリルモだが、内心何とも言えない不安感に襲われていた。リルモは突然込み上がる不安感を振り払うように足を急がせる。レイニーラ王国まであと僅かというところで再びヘルメノンの影響で凶暴化した魔物が立ち塞がるものの、一行は全力で退けていった。やっとの思いでレイニーラ王国に辿り着いた時、城下町は邪悪な気配に包まれていた。至る所に苦しみながら蹲る人の姿がある。
「何なんだよこれ……親父! お袋!」
両親の安否が気になったクレバルは大急ぎで自宅へ向かう。グライン、リルモもそれぞれの自宅へ向かっていく。
「父さん! 母さん!」
自宅に戻ったグラインはティムと共にバージルとラウラの姿を探すが、家内には誰もいない。
「いない……どうして」
状況と相まって不安に襲われるグライン。
「もしかしたラ城ニ避難してルかもしれないワ。城へ行ってみまショウ」
ティムの一言に黙って頷くグラインは城へ向かう。だがその途中、醜悪な顔の魔物が現れる。
「オ……オオオオォォォ……!」
不気味な声を上げる魔物を前に身構えるグライン。
「待っテ! この魔物ニ手を出しちゃダメ!」
ティムは魔物の記憶を読んでいた。魔物は、ヘルメノンによって魔物化した街の住民であった。
「やはりヘルメノンで魔物化した人間だったワ。なんて酷い事ヲ……」
「くっ、まさかあいつらの仕業なのか?」
グラインの脳裏に浮かんだのは、バキラとクロトであった。あの二人の仕業だとしたら、一体何をやろうとしているんだ。王国の人々を魔物化させるなんて、何故こんな事を……! 城内に入ると、兵士達の姿は消えていた。
「誰もいないのか……?」
不気味な程静まり返った城内を探ろうとした途端、リルモとクレバルがやって来る。
「グライン、ご両親の様子は?」
「それが、家にいないんだ」
「嘘だろ……お前んとこもかよ?」
愕然とするグライン。リルモとクレバルの自宅でも家族の姿が消失しているというのだ。
「幸い城ノ中はヘルメノンの影響はあまり届いてなイみたいヨ」
城内はヘルメノンの濃度は少ないとの事で、一行は謁見の間へ向かう。だが、そこには王の姿はなく、もぬけの殻状態であった。
「おいおいマジかよ……王様までいねぇのか?」
「地下へ行ってみるわよ!」
大急ぎで地下に通じる階段を目指す一行。階段を下りると、緊急時の避難用となる部屋が設けられていた。部屋の入り口は、破壊された扉の跡がある。
「誰だ!」
部屋から声が聞こえてくる。兵士の声であった。
「待って下さい! 僕達は王国の者です!」
グラインが慌てて説明すると、兵士がやって来る。
「おお、お前達だったのか」
中には数少ない兵士と王が避難していた。奥の部屋には多くのベッドが設けられている。ベッドには、ニールと多くの兵士が寝かされていた。
「王様!」
「お前達は……無事で戻って来てくれたのか。ゴホゴホ……」
王は咳き込みながらもグライン達を招き入れる。
「王様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫とは言えぬな……」
王は立ち上がろうとするものの、兵士達に支えられる。身体の具合も悪そうであった。グラインは全ての経緯を説明すると、王の表情が険しくなる。
「まさかフィドールが身を挺してお前達を救っていたとは。私もあの二人組に襲われてしまったが……眠らされるだけで済んだようだ」
数日前――フィドールの次元転送魔法エクスパルーションによってグライン達が遠くへ飛ばされた後、バキラとクロトはイニアの居場所を探そうと謁見の間を訪れた。
「何者だ!」
王を取り囲む兵士達は一瞬でバキラの呪術にかかり、その場に硬直してしまう。
「お前達……何をするつもりだ?」
戦慄する王にクスクスとバキラが笑う。
「ボク達は王女に用がある。王女がどこにいるか教えてくれないかな? 知らないとは言わせないよ」
半ば脅迫するようにバキラが言うと、クロトが王の前に立ちはだかる。
「クッ……イニアに何の用があるというのだ。目的を教えろ!」
「目的? ボク達の主の為さ。主は王女を必要としているのでね」
「何だと! どういう事だ!」
声を荒げる王。バキラは王の眼前まで近付く。
「やっぱり教える気はないんだね。まあいいさ。自分達で探す。お前はここで大人しく寝てな」
バキラは王の額に指を当てると、王は意識を失い、昏睡状態に陥る。
「今は王様に用は無い。今はね」
そう言い残し、バキラとクロトは去っていく。王が昏睡状態から覚めた頃は、既に翌日となっていた。
「フーン、なるほどネ。王様が無事だったノが幸いだけド……アイツらが王女を攫った理由は何なノかしラ。それに、アイツらの主……」
予め王の記憶を読んでいたティムはバキラとクロトの動向が気になっていた。
「ところで王様。俺の親父とお袋は今どこにいるかわかりますか? グラインとリルモの家族も……」
クレバルが両親の事を尋ねると、王は項垂れてしまう。
「ま、まさか……」
グラインは思わず最悪の出来事を想像してしまう。
「……すまぬが、どうしても知りたいというのならば地下牢に来てくれぬか」
王は兵士に支えられる形で地下牢へ案内する。グライン、リルモ、クレバルの三人は表情を凍らせ、ティムは渋い表情を浮かべていた。
「い、行くしかないよね」
グラインは恐る恐る足を進め、地下牢に向かって行く。薄暗い地下牢からは叫び声が響き渡っている。囚人の声ではなく、辛そうに痛々しく叫んでいる声であった。
「この声ってまさか……親父! お袋!」
クレバルは叫び声がする牢屋を探す。王が案内した牢屋には苦しみながら蹲る男女二人、隣の牢屋には禍々しいオーラに包まれ、顔が醜く歪んだ男女二人がいる。グラインの両親バージルとラウラ、クレバルの両親クラークとセメンであった。
「父さん! 母さん!」
「親父! お袋! 大丈夫か! しっかりしろ!」
思わず牢屋の中に入ろうとするグラインとクレバル。
「な、なんて酷い……」
変わり果てたグラインとクレバルの両親の姿に愕然とするリルモ。ヘルメノンに蝕まれ、半身が魔物と化していた。バージル達が身体に異変を感じたのは城に避難した時であり、完全に魔物化する可能性も踏まえ、様々な危険性を考えて地下牢に隔離されていたのだ。
「母さん……! 私の母は? 母もこんな事に……?」
リルモは母がどこにいるのか王に問う。だが王は答えようとしない。
「どうして……どうして黙っているのですか? 私の母は、どこにいるのですか!」
思わず感情的に問い詰めるリルモ。
「……こっちへ来てくれ」
王はリルモを別の場所へ案内する。牢獄の奥には、棺桶が置かれていた。
「……な、何ですかこれは……」
棺桶を見たリルモはどういう事だと思いつつ手を震わせる。
「……リルモよ、すまぬ。私には何も出来なかった……」
沈痛な気持ちで王が言うと、リルモは全てを悟る。母、ルルカは死んでしまったのだ。鉄格子が開けられ、棺桶の蓋が開くと、そこには白くなっていたルルカがいた。
「……母……さん……いやあああああああああ! 母さぁぁぁん……!」
母の死に嘆き、泣き叫ぶリルモ。従弟のパル、そして母のルルカまでも失った。そんな耐え難い悪夢のような現実に打ちのめされ、泣く事しか出来ない。母さんまでどうしてこんな事にならなきゃいけないの? どうして……どうして……。
「……これは……ルルカが遺したものだ」
王はそっとリルモに手紙を差し出す。死の直前に遺したルルカの手紙であった。リルモは涙を拭い、手紙を手に取る。
リルモへ
あなたを一人にしてしまってごめんね。
今まであなたに心配かけたくなかったから言わなかったけど、私は半年前のあの頃から重い病気を患っていました。
あの時はただの風邪だと言ったけど、本当は命に関わる重病で、約三年間の余命宣告を受けていました。
いつか真実を伝えようと思っていたけど、こんな形で伝える事になってしまってごめんなさい。
あなたを傷つけたくなかったから、邪悪な力で自分が魔物になる前に、自分を殺す事を選んだ。自分を殺すしか他になかった。
私の最愛の娘、リルモ
どうか、強く生きて――
ルルカ・ミネラヴォルト
半年前――ルルカは突然の高熱に襲われ、医師の診察を受けていた。診察の結果、現在の医学では完治不可能の難病だと判明し、余命約三年の宣告を受けた。大きなショックを受け、悲しみを一生懸命隠しつつもリルモの前では症状を伝えずただの風邪だと主張し、大丈夫であるかのように振る舞っていた。そして今、王国中を覆うヘルメノンの影響で症状が悪化し、身体の半分が蝕まれた事で魔物化していた。ルルカは自身が魔物化していくと同時に死を悟り、リルモへの手紙を書き終えると城の地下へ向かい、手紙を残して手持ちの短剣で自害したのだ。
「リルモ……」
棺桶の前で泣き崩れるリルモの姿を見て言葉を失うグラインとクレバル。ティムは手を震わせながらも、悲しみに暮れるリルモを見守っていた。
グラインとクレバルが再び避難用の部屋に戻ると、ティムは杖を両手に精神集中を始める。ヘルメノンの影響を受けないよう、全魔力を費やして地下全体に邪悪な力を遮断する光の結界を張っているのだ。リルモはまだルルカの棺桶の前に佇んでいた。
「……っト、これデオッケーヨ」
ティムは疲れたと言わんばかりの表情でその場に腰掛ける。
「これであらゆる邪悪な力を受け付けなくなるというのか?」
「エエ。デモ、地下から出たらダメですヨ。城内にも僅かナがらヘルメノンが侵入していますかラ」
ティム曰く、屋外を覆うヘルメノンの濃度は高く、並みの人間が立ち入るのは非常に危険との事だ。更に城内にも微かにヘルメノンが入り込むようになり、このままでは城内もヘルメノンで満たされてしまう可能性が高い。よって結界が張られた城の地下が唯一の安全地帯となっていた。地下全体が光の膜で覆われているのを確認した王は、改めてティムが光の聖都の使者として大いなる災いから世界を守る為に旅をしている存在だと認識した。
「ゴホッ……ティムよ。そなたはグライン達と共に旅をしているのだな。情けない事だが、今の私ではどうする事も出来ぬ。ニールですらも敵の手で動けなくなった今、そなたらに託すしかあるまい……ゴホゴホ。どうか、グライン達の力に……ゲホッ! ゴホォッ……ハァッ、ハァッ……」
グライン達に王国を救う事を託した王は苦しそうに咳き込むばかり。顔色は悪く、喋る事すらもままならない程具合を悪くしていた。
「まさか王様モヘルメノンの影響ヲ……」
不安を覚えるティム。
「なあ、これからどうすればいいんだよ。ヘルメノンってやつをどうにかできねぇのかよ?」
クレバルが真剣な表情で言う。
「……勇者の極光……しかないわネ」
「勇者の極光?」
勇者の極光――それは、炎、木、水、氷、地、風のエレメントを司る勇者の力と光の聖都の使者となる者が扱える光の力を併せる事によって生み出される七の光であり、世界中に存在する邪悪な力を浄化する事が可能だという。レイニーラ王国を始め、各地を覆い尽くすヘルメノンを浄化するには勇者の極光が必要となる。勇者の力はエレメントオーブと呼ばれる宝玉に封じられ、それぞれのゆかりの地となる場所に守られている。即ち勇者の極光を呼び出すには六つのエレメントオーブを手に入れなくてはならないのだ。
「つまりヘルメノンを浄化するにはそのエレメントオーブを集めなきゃいけないって事?」
「そういう事ヨ」
「おい待てよ。まさかそいつを集める為に世界中を回れっていうのかよ?」
「そうなるわネ」
「冗談じゃねえぞ! んな事してる間に親父達が大変な事になったらどうすんだよ!」
「だからっテ文句言ったところデ何も解決しないわヨ! それ以外に方法なんテないんだかラ」
「お前の光の力ってやつで親父達を治す事とかできねぇのかよ」
「それが出来てたラとっくにやってるわヨ! ヘルメノンで魔物化しタ者を救う力までハ持ち合わせテいなイのヨ……悔しいケド」
ティムが辛そうに俯くと、クレバルは思わず黙り込んでしまう。ティムの持つ光の魔力はヘルメノンから身を守る結界を張る事は出来ても、回復と浄化の光魔法に関しては専門外である。魔物化した者はヘルメノンの邪悪な力が肉体に浸透して変形した姿であり、ティムの光の魔力だけでは元に戻す事は不可能なのだ。
「……ティム。母さん達を元に戻すには、その勇者の極光に頼るしかないのかな?」
グラインの質問にティムはそうネ、と返答する。
「そういえばリルモは? まだお母さんのところにいるのかな……」
リルモの事が気になったグラインは地下牢へ向かおうとする。
「そっとしてやれよ。ああなっちまったら無理もねえさ」
クレバルの一言に、グラインはただ頷く事しか出来なかった。
「マ、そういうワケでこれからはエレメントオーブを集めル為に世界中を回る事になるわネ。ワタシの魔力ヲ回復させル為にモ、今日ハ休んデおきまショウ」
体力と魔力の回復を理由に一先ず城の地下で休む事にしたグライン達。具合が悪い王はベッドで寝込んでしまい、リルモはずっと棺桶の前で蹲っていた。
翌日――目が覚めたグライン達は兵士から支給された朝食を済ませ、旅の支度をする。
「クレバル。リルモは……」
リルモの様子が気掛かりのグライン。
「行くかどうかはあいつに任せようぜ」
「う、うん……」
「お袋さん亡くしちまったってのに無理してでも旅を続けろって言う方がどうかしてるだろが」
「それはそうだけど」
クレバルの言う通り、仕方ないかと割り切るグライン。
「マズは最初ドコへ行くかだけド……どこかデ船ハ借りられないノかしラ?」
ティムの船という言葉を聞いてあっと声を漏らすクレバル。
「そ、そういえばそうだ。世界中を巡るっていうなら船がねぇと話になんねぇぞ!」
エレメントオーブを集めるには世界中を回らなくてはならない。その為にもまず船が必要だという現実にどうしたものかと思い始めるグライン達。
「ゴホッゲホッ……それならば心配は無用だ」
そう言ったのは王であった。王は薄汚れた一つの証票を差し出す。王国の船の貸出の許可証であった。
「これさえあればお前達でも我が国の船を借りる事が出来る。どうか役に立ててくれ……ゴホッ」
苦しそうに咳き込む王は兵士に支えられていた。王国から東の果ての船着き場にニールを始めとする調査部隊が利用していた船があり、許可証を与えられた事で船の貸出が許されたのだ。
「解りました。ありがとうございます」
快く礼を言うグライン。
「ちょっと待って」
突然の声。リルモであった。
「リルモ!」
「旅に出るんでしょう? 私を置いて行くなんて許さないわよ」
「お前……大丈夫なのかよ?」
「大丈夫よ。そうでなかったら来ていないわ」
気丈に言うばかりのリルモ。すっかり立ち直った様子であるものの、グラインは本当に大丈夫なのか、無理してないかと気になっていた。
「グライン、どうかしたの?」
「あ、いや。えっと……無理してない?」
「大丈夫だって言ってるでしょ。変に気を遣うのやめてくれる?」
「それならよかったよ。もし辛いようだったら無理して欲しくないなって思ってたから……」
「もう。人の事は気にしないでちょうだい。いつまでも泣いてばかりじゃいられないんだから。さ、行きましょう。こうなった以上、私達が頑張らなきゃね」
いつものリルモだな、と実感するグラインとクレバル。ティムは安心した様子で、改めてグライン達に最初の目的地を伝える。最初に行くべき場所は北東の大陸ノスイストルに存在する巨人族が住む山で、そこは紅蓮の勇者の力が封印された炎のエレメントオーブが祀られ、紅蓮の勇者の盟友となる巨人族の賢人に守られているという。グラインの秘められた力は紅蓮の勇者と関連性があるのではないかと考えたティムは、巨人族の賢人が何か知っていると見ているのだ。
「紅蓮の勇者……? 僕の中にある力は、勇者のものだというのか?」
「そこまではわからないケド……巨人族の賢人ハ炎の力に関すル知識ハ世界一なのヨ。何か答えニ繋がルような事ガ聞けルんじゃないかしらネ」
巨人族の山へ向かう事にした一行は王や兵士達に見送られ、ティムのレイフィルムによって身を守られた状態でヘルメノンに覆われた道中を進み、船着き場へ辿り着く。船着き場のある場所はヘルメノンの領域外であり、見張りの兵士に許可証を提示する。船は、五人乗りの小さなものであった。
「うむ、王からの許可を得たとならば自由に使うがいい」
「ありがとうございます」
船に乗り込もうとする一行。
「ちょっと待て!」
兵士が突然声を掛ける。
「何だよ、どうかしたのか?」
何事かとクレバルが振り向く。
「一つ聞きたい事があるのだが……王国は今どうなっている?」
兵士は現在ヘルメノンで覆われたレイニーラの様子が気になっているのだ。
「ああ……何ていうか、今は近寄らない方がいいと思うぜ」
クレバルの一言にティムが同意と言わんばかりに頷く。
「そ、そうか。教えてくれて感謝する。道中気を付けてな」
兵士に見送られながらも一行は船に乗る。
「ところで、誰が船を動かすの?」
グラインが言うと、リルモとクレバルは思わず顔を見合わせる。
「船だっタらワタシに任せなサイ! この船、動かし方は単純みたいネ」
ティムが舵を回すと、船が動き始める。世界中を旅している身であって、船の操作もお手の物であった。
「ティムったらそこまで出来るのね」
リルモは素直に驚く。
「伊達に世界中を旅していないわヨ! 船を動かす事くらい、ワタシにとってハ何て事ないんだかラ。サ、行くわヨ」
一行が乗る船はどんどん陸地を離れていく。軽々と船を操作するティムを見て、クレバルは「こいつがいてよかったな、見直したぜ」と心の中で呟く。その傍らで、グラインはずっと空を見ていた。
「グライン、どうしたの? 空に何かあった?」
リルモがそっと声を掛ける。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「考え事?」
「うん、僕の秘められた力の事で色々ね……」
グラインは密かに気になっていた。これから行く場所で自分の中に存在する力の謎が明かされるかもしれない。ティムが言うには、道を誤らなければ人を救う大きな力にもなるとの事。それは一体何を意味しているのか。災いを呼ぶような悪いものではない、勇者の力だというのは本当に間違いないのだろうか。力が目覚めた時、自我を失っていたのはどういう事なのか。出来る事なら早くその答えが知りたい。もしその力が自分の意思で扱えるようになり、尚且つ人を救えるのなら、その力で全てを救いたい。父さんと母さん、そして王国の人々を。
「グライン。目が赤い時のお前の力には正直びっくりしたけどよ、お前の力の正体が何であろうと俺は悪いように見たりしねぇぜ。それが仲間ってもんだろ?」
「クレバル……」
励ますようにクレバルが言うと、リルモは笑顔になる。
「ま、俺が付いてるから安心しろよ! 俺だけじゃなくて、逞しい彼女もいるからな!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
リルモが詰め寄るように言う。
「そのまんまの意味だろ。つまりは俺の彼女……って言うにはまだ早いか?」
「あのねぇ……勝手な事言わないでくれる? いつからあんたとそんな関係になったっていうのよ!」
「なはははは! えっと、いつからだろうなぁ?」
「バッカじゃないの」
クレバルとリルモのやり取りを見て心が和らぐ思いをするグライン。そうだ、僕には仲間がいる。最初は苦手なタイプの先輩という感じだったけど、セレバールでの一件を機にすっかり心変わりし、仲間として僕たちの役に立とうとしているクレバル。唯一の家族を失った悲しみを堪えつつも、頼れる姐御肌として付いてきてくれるリルモ。そしてレイニーラを襲ったヘルメノンを浄化する為に、僕たちの旅先を導くティム。
僕は一体何者なのか。これから向かう先には、何が待ち受けているのか。勇者の極光が目覚めれば、魔物と化した父さんと母さんを救えるのだろうか。
そして、全ての元凶であるジョーカーズの目的は――。
故郷から離れた船は、北東の大陸ノスイストルへ向かっていく。
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