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美しき女剣士と呪われし運命の男 弐
朽ちた恋人
しおりを挟むエルレイ城に来て欲しいというネルの依頼を受けたリフとクロウガ。ネルに連れられる形で村を歩くリフ達は周りのエルフの視線が気になってしまう。人間に敵意を抱くエルフ達はリフを警戒しているのだ。
「おいおい、本当に大丈夫なのか? ここの連中、明らかにオレ達の事を敵視してるぞ」
クロウガが心配そうに言うと、ネルは溜息を付きながらも周囲に鋭い視線を向ける。
「やれやれ……この調子だと人間に心を開くなんて到底不可能ね」
ウンザリしたようにネルが呟く。リフは敵意の矛先が自分に向けられていると感じると、思わずネルの顔を見る。
「ごめんなさいね。私は他の連中と違って、人間全てが悪じゃないと信じてるから」
リフの心情を察したネルが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫よ。あなただけでも私達に付いてくれて有難いわ」
リフの返答にネルは安心したような表情になる。村を出て、様々な色の樹木が並ぶ道を進む三人。正面にはうっすらと建物のようなもの――廃墟となったエルレイ城が見えていた。出発してから少し経ち、エルレイ城までもう少しというところで魔物の群れが立ち塞がる。
「下がってなさい」
ネルが弓矢を構えると、矢の先端部分が光に包まれ、ネルの全身が光の魔力によるオーラに覆われる。
「シャイニングアロー!」
ネルが矢を天に放つと、次々と魔物の群れに降り注ぐ光の矢。光の魔力を利用した弓矢による技であった。
「さあ、行くわよ」
魔物の群れが全滅した事を確認したネルは、改めて足を進める。
「やるな……流石は勇者の仲間といったところか」
クロウガは驚きながらもネルの後に続く。リフは足を動かそうとするものの、何故か身体の中が熱くなるのを感じていた。
「どうした? 何かあったのか?」
リフに声を掛けるクロウガ。
「……何でもないわ。行きましょう」
気のせいかと思いつつも再び進むリフ。数分後、三人はエルレイ城に辿り着く。荒廃した城は黒い霧に包まれ、腐敗臭に満ちていた。
「グッ……何だこの臭い」
ビースト族特有の鋭い嗅覚を持つクロウガは腐敗臭に耐え切れず、吐き気を催してしまう。辺りを覆う黒い霧から邪気を感じ取ったリフは思わず汗を流しつつも表情を強張らせる。
「この邪気……」
ネルは確信する。今まで自分が訪れた時はずっと死んだように眠っていたレルヴァスが目覚め、何か動きを見せ始めたのだと。ネルは弓矢を握り締めつつも、顔を近付ける形でリフの目をジッと見る。
「……リフ。私には見える。あなたにも私のような光の魔力が備わっている事を。あなたの光の魔力と共にすれば、もしかするとレルヴァスを救えるかもしれない」
ネルの言葉にリフは戸惑うばかり。自身にはサラのような光の魔力が備わっているとアズウェル王から言われた事がある。だが、その力は現時点では自分の意思で扱う事が出来ない。海の魔物クラーケンとの戦いの中、魔力による光を放った事はあるものの、それは無意識のうちに発動させた力であった。
「ガッカリさせるようで悪いけど、私は自分の意思で光の魔力を扱う事は出来ないのよ」
顔が近いままリフが正直な気持ちで伝えると、ネルは少し考え事をする。
「……それでも構わないわ。あくまで賭けだけど」
「賭け?」
「この黒い霧は恐らくレルヴァスが放っている闇の霧。きっとレルヴァスは闇の力に蝕まれているのよ」
ネルは一つの結論を見出す。レルヴァスはジョーカーズに大いなる闇の力を与えられ、手に入れた闇の力によって魔物に変化し、力に蝕まれた影響で肉体が崩れていると推測していた。レルヴァスを救うには、闇の力を浄化する必要がある。その為にも自身とリフの光の魔力をぶつける事でレルヴァスが手にした闇の力を完全に消し去る事が可能かもしれないと考えているのだ。だがそれは賭けであり、確実に救えるとは言い切れない。もしかすると完全に魔物となっていたが故に光の力に飲み込まれれば、闇の力もろとも消し去られる事もあり得る。ネルは最悪の可能性も想定した上に賭けに出る事にしたのだ。
「何だかよくわからんが、リフと力を合わせてレルヴァスを救うって事なんだろ?」
クロウガは口元を抑えながら言うと、ネルは無言で頷く。
「ゴォォォォアアアアアア!」
突然響き渡る咆哮に、三人は瞬時に身構える。
「……今のは?」
リフは辺りを見回すと、黒い影の蝙蝠が次々と飛んで来る。
「下がってて!」
ネルは弓矢を放ち、蝙蝠の群れを的確に打ち落としていく。
「気を付けて。レルヴァスは近くにいるわ」
三人は気を引き締めながらもレルヴァスがいる場所へ向かう。王子の部屋だった場所には、巨大な蝙蝠の魔物――レルヴァスが佇んでいた。
「レルヴァス!」
ネルが声を張り上げると、レルヴァスは唸り声を上げながらも濁った目をネルに向ける。だがその視線はリフに移り、次の瞬間、レルヴァスの顔付きが歪み始める。
「……ガアア……ア……ニンゲン……グアアアアァァァアアアアア!」
リフの姿を見た時、レルヴァスの表情は憎悪に歪んだ醜悪なものであった。
「来るわよ!」
三人が構えると、レルヴァスは飛び上がり、闇のブレスを吐き出す。燃え盛る黒い炎は辺りを一瞬で漆黒の火の海にしていく。
「レルヴァス、やめて! レルヴァス!」
必死で呼び掛けるネルだが、レルヴァスは醜い声を上げながらも口から次々と闇の光弾を放っていく。
「ぐっ……」
光弾の直撃を受けたリフは壁に叩き付けられる。
「奴は完全な魔物だ。迎え撃つか?」
クロウガは応戦しようとするものの、ネルが静かに制する。
「やはりあの手を使うしかないわね」
ネルはリフの元に駆け寄るものの、再び闇のブレスによる攻撃が襲い掛かる。
「ああぁぁぁっ!」
黒い炎に包まれたネルはもがきながらも身体の炎を必死で消そうとする。レルヴァスは狂ったように雄叫びを上げると、無数の黒い影の蝙蝠が現れ、一斉に襲い掛かる。
「させるか!」
クロウガは機敏な動きを活かした格闘で蝙蝠の群れを次々と殴り倒していく。同時にレルヴァスが放った闇の光弾を蹴りでかき消し、空中に佇みながら攻撃を続けるレルヴァスを食い止め始めた。
「リフ……大丈夫?」
ネルはリフの元に辿り着くと、リフは咳き込みながらも立ち上がる。
「私は何とか平気よ。でも……」
リフはレルヴァスから漂う闇の力と憎悪が齎す大きな邪気を肌で感じていた。
「リフ、私の手を握って」
ネルは突然リフに手を差し出す。
「どういう事なの?」
「いいから早く。レルヴァスを止めなくては」
何のつもりだと思いつつもリフはそっとネルの手を握る。
「とても暖かい手をしているのね。悪いけど、ここはあなたの手を借りる事にするわ」
ネルはリフに握られている手に魔力を集中させると、リフは不意に脱力感に襲われる。相手の魔力を借りるマナボロウと呼ばれる魔法で、リフの中に眠る光の魔力を吸収したのだ。
「今のは……?」
「あなたの中に宿る光の魔力を借りさせてもらったわ。まだあなたは光の力を自在に扱えないんでしょう?」
リフの光の魔力を吸収した事で、ネルの魔力は通常の倍近くまで増していた。
「後は私に任せて」
ネルはレルヴァスに鋭い視線を向ける。リフとクロウガは一先ず勝負の行方を見守る事にした。レルヴァスは醜悪な表情を剥き出しにしつつ、激しく燃え盛る黒い炎の弾を次々と吐き出す。ネルは炎の弾を回避しつつも、次々と矢を放つ。矢がレルヴァスの身体に命中すると、ネルは両手を差し出した状態で魔力を最大限まで高める。
「忌まわしき邪悪なる闇の力よ……我が光の洗礼を受けよ!」
ネルの全身から眩い光の波動が巻き起こる。
「グオオオォォォアアアアアアアアアア!」
光の波動を受けたレルヴァスは苦悶の雄叫びを上げる。レルヴァスの全身を覆っていた闇の力は徐々に光の波動によって浄化されていき、姿が変化していく。光の波動が消えた時、レルヴァスは元のエルフの姿に戻っていた。
「レルヴァス!」
ネルは元の姿で倒れているレルヴァスの元へ駆け寄る。
「凄いな……やるじゃないかネルさん」
クロウガが賛辞の言葉を投げる。だがリフは何故か心が落ち着かず、表情を強張らせていた。
「レルヴァス……」
ネルはレルヴァスの姿を前に、涙を溢れさせる。腐敗したレルヴァスの肉体は、痛々しく見える程の無残な姿となっており、手足は完全に朽ちていた。本当にレルヴァスだったというの……どうしてこんな事にならなきゃいけなかったの……。残酷な現実を目の当たりにしたネルは、ただただ身震いさせながらも嗚咽を漏らす。
「なんて酷い……」
リフとクロウガはレルヴァスの姿を見て絶句する。膝を折り、涙を流すネル。レルヴァスの意識は完全に途切れており、最早死んだも同然と言わんばかりの状態であった。
「……へえ、あの時の女までご一緒だったなんてね」
不意に響き渡る少女の声。振り返ると、一匹のファントムアイが飛んでいた。
「この声……忘れもしない。何処にいる!」
リフが声を張り上げ、剣を構える。声の主は、バキラであった。
「アハハハ、まあそう慌てないでよ。レルヴァスはまだ死んじゃあいない」
「何?」
バキラの一言に思わずレルヴァスの方を見る三人。すると、レルヴァスが目を赤く光らせながらも立ち上がる。腐敗臭に満ちた息を吐きながらも、魔物のように唸り声を上げるレルヴァス。光る目は、敵意に満ちていた。
「レルヴァス……もうやめて」
ネルが呼び掛けるものの、レルヴァスは醜い声を漏らしながらも口から紫色の霧を吐き出す。猛毒ブレスであった。
「ぐっ! ごほっ……これは、猛毒?」
咄嗟に口を塞ぐ三人だが、全身が強烈な痛みと凄まじい寒気に襲われ始める。
「ガ……ギャアアアァァアッ! ガ……アァッ……ゴォォアアハアッ!」
レルヴァスが雄叫びを轟かせると、腐敗した液体を吐き散らす。朽ちた手足は崩れていき、まともに立つ事も出来ず吐いた汚物の上に倒れてしまう。三人は猛毒に蝕まれ、その場に蹲ってしまう。
「ハハハ、流石にもう限界だったか。まあいい。十分に楽しませてもらった。所詮は壊れた玩具でしかないんだからね」
ファントムアイが飛び去ると、バキラが姿を現す。
「き、貴様……!」
バキラの姿を見たリフが立ち上がろうとする。
「クックックッ、いつかの女剣士さん。まさかボク達を追って旅をしていたのかな?」
嘲笑うようにバキラが言う。
「……そうだ……貴様らに攫われた妹を……サラを助ける為にな」
「へえ。あいつ、お前の妹だったんだ。ククク、安心しな。奴なら無事だよ」
リフは猛毒に冒された身体を必死で動かしながらも、剣を構えようとする。
「そんな身体で無理しちゃあダメだよ。妹の為にも、まだ死にたくはないんでしょ?」
「だ、黙れ! 貴様らだけは許さない……!」
バキラは眉を顰め、凶悪な表情に変えてリフに膝蹴りを叩き込む。
「がっは……!」
唾液を吐き散らし、悶絶しつつも前のめりに倒れるリフを足蹴にするバキラ。
「お前がどう足掻こうと、ボク達を止める事など出来やしないんだよ。死に急ぎたくなかったら大人しくしな」
足元にいるリフを見下ろしながらもバキラが言うと、ネルが立ち上がる。自身の光魔法で体内の猛毒を浄化したのだ。
「……まさか……お前なの?」
ネルは鋭い視線をバキラに向ける。
「お前が……お前がレルヴァスに闇の力を与えたジョーカーズの者だというの!」
ネルが問い詰めると、バキラは不敵な笑みを浮かべる。
「そうだよ。おかげでこのボク、バキラの愉快な玩具になったよ。壊れちゃったけどねぇ」
残忍な表情でバキラが言い放つと、ネルは怒りを露にする。
「よくも……よくもレルヴァスを! お前だけは許さない!」
ネルは光の魔力を高め、弓矢を構える。
「おっと、ボクとやるつもり? その前にこれを見なよ」
バキラはリフの髪を乱暴に掴み、無理矢理顔を上げさせる。
「リフ!」
「言っておくけど、来たのはボクだけじゃないよ」
バキラは宝玉を取り出すと、宝玉から紫色の霧が発生する。霧が収まると、サラの姿があった。
「ククク、確かリフと言ったかな? これが誰だか解る?」
バキラはリフの顔を無理矢理サラの方に向けさせる。
「サ、サラ……!」
「そう、紛れもなくお前の妹のサラだよ! だがこいつも今はボクの玩具。レルヴァスのように、ボクの玩具になったというわけだよ!」
バキラの一言に目を見開かせ、驚愕するリフ。サラは無表情のままその場に棒立ちしていた。
「何……だと……貴様……今何と言ったぁ! う、うぐっ!」
リフは声を張り上げると猛毒による苦痛に襲われ、蹲ってしまう。ネルは突然の出来事に言葉を失っていた。
「クックックッ、こいつも今やボク達のもの。どんなにお前が呼び掛けても、お前の事など解りもしない。これからはボク達ジョーカーズに仕える者として生きる事となったわけだよ。悲しい事だねぇ……光の聖女として生まれて来なければよかったものを」
嘲笑うバキラは蹲るリフの顔を何度も踏みつける。
「や、やめろぉっ!」
クロウガが立ち上がろうとするものの、猛毒で思うように身体が動かせない。
「貴様ぁぁッ!」
ネルが弓矢を放とうとすると、バキラは即座に棒立ちのサラを盾にする。
「いいのか? こいつはリフの大切な妹だよ。お前にリフの妹を殺す事なんて出来るのかなぁ?」
嫌らしい笑みでバキラが言い放つと、ネルはサラの顔、そして蹲るリフの姿を見て攻撃を止めてしまう。
「ハハハ、他愛のない。このザマだと遊んでもつまんないからそろそろお開きにしておこうか」
バキラは宝玉に向けて念じると、動かなくなったレルヴァス、そしてサラが宝玉に吸収されていく。
「それじゃあ、ごきげんよう。ボク達を止めたければもっと強くなる事をオススメするよ。その時はせいぜい楽しませてよね」
小馬鹿にするような態度で言いつつも、バキラはその場から姿を消した。
「クッ……!」
ネルは抑えられない怒りの余り拳を震わせ、床に叩き付ける。そして、己の光魔法で猛毒で倒れたリフとクロウガの治療を始めた。
一方、樹海の奥深くではゾルアとイーヴァが戦いを繰り広げていた。最初はほぼ互角の勝負に思われたが、突然ゾルアの身体に異変が襲い掛かり、一方的にイーヴァの攻撃が次々とゾルアを嬲っていく。ゾルアの身に起きた異変は、激しい鼓動の高鳴りと体内が焼け付くような感覚であった。
「クッ……一体どうなってやがる。このままでは……」
同時に黒い魔物の姿のフラッシュバックが繰り返され、数々のダメージと重なり、意識が朦朧とし始めるゾルア。
「へっ……さっきまでの勢いはどうしたんだ? えぇ?」
イーヴァは雷を迸らせた腕を鳴らしながらもゾルアに近付く。激しく息を切らせ、汗と血に塗れた顔となったゾルアはペッと口内に溜まった血を吐き捨てる。薄らぐ意識の中、両手で剣を握り締めるゾルアを前にしたイーヴァは醜悪な笑顔を浮かべる。
「言っておくがなぁ……俺様はテメェのような宿便野郎は徹底して叩きのめさねェと気が済まねェ。人間の分際で強者ヅラするテメェが最高に気に食わねェんだよ!」
イーヴァの雷を帯びた拳がゾルアの腹を深々と抉る。赤黒い血反吐を吐くゾルアの視界は真っ白になり、フラッシュバック時に現れた魔物の姿が浮かび上がる。
オレハ……モウヒトリノ、オマエ……
イマコソ……オレハメザメル……
オマエハ……オレニナル……
脳に語り掛けるように響き渡る謎の声を聞いているうちに、まるで自分が自分でなくなっていくような感覚が襲い掛かる。吸い込まれていく意識。そして全身が焼き尽くされるような熱い感覚。自分は何者なのか。自分は人間の姿をした魔物なのか。その問いに応える者は――
バケモノ……
オレハ……バケモノ……
オマエハ……バケモノダ……!
オマエハ……バケモノデアル、オレナノダ……!
漆黒の体毛に覆われ、赤い髪を靡かせた魔獣――意識を失ったゾルアが変化した姿であった。
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