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二人の王女と記憶を失った少女
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大勢の観客で賑わう闘技場にて、二人の女騎士が対峙する。一人は片手剣と盾を手にした可憐な雰囲気が漂う長い髪の少女騎士。もう一人は両手で大剣を構え、白銀の鎧を着たショートカットの女騎士であった。戦闘開始のゴングが鳴り響くと、二人の女騎士が激しく剣を交える。剣と剣のぶつかり合いによる金属音が絶え間なく響き渡る中、お互い声を張り上げながらも渾身の一撃を繰り出す。実力はほぼ互角に思われたが、少女騎士が僅かな隙を見せた瞬間、女騎士の一撃が決まる。その一撃は少女騎士の華奢な身体を吹っ飛ばし、鮮血を迸らせていた。傷を負った少女騎士はそれでも立ち上がり、反撃に転じようとする。だが、負傷は動きを鈍らせる事となり、結果は女騎士の勝利に終わった。試合終了のゴングが鳴ると、会場の声援は最高潮の盛り上がりとなった。
「……私の負けです。やはり姉様には及ばないのね」
「フッ、お前の根性もなかなかだったぞ」
共に笑い合い、二人は舞台を後にする。二人は姉妹であり、王女でもあった。
世界の中心地に存在するセルメイラ王国———世界最大の強国と呼ばれ、多くの勇猛なる戦士と騎士、戦乙女によって守られていた。年に一度、王国の戦士達による試合が闘技場で行われ、試合で優勝したのは第一王女のヴァレイ、第二王女のエルナ。国王は死期が近付いており、この試合は王位を継ぐ者を決める試合でもあったのだ。王位の座を受け継ぐ事となったヴァレイの即位式が行われた直後に国王は死を迎え、新たに王国を支える若き女王となったヴァレイは王国を守る騎士として、妹となる王女のエルナと共に国を支える事となった。
それから数ヶ月———。
玉座に佇むヴァレイの元に、数人の騎士が駆け付ける。
「ヴァレイ様!魔族の者が……!」
「何!?」
ヴァレイが立ち上がる。世界では地上の制圧を目的に魔界から現れた魔族の脅威に晒されており、現在では幾つもの王国が魔族によって陥落している有様であった。事態を重く見たヴァレイは兵力の強化を徹底し、魔族の襲撃を幾度も乗り越えていた。
「姉様!」
騒ぎを聞きつけたドレス姿のエルナがやって来る。
「エルナ。お前は余計な事をするな。何があっても大人しくしていろ」
「私だって戦えるわ。今こそ姉様の御力に……」
「例え私の身に何があろうと、お前まで失うわけにはいかぬ。セルメイラの未来の為にも」
ヴァレイはそっとエルナに顔を寄せる。
「いいか。何があってもいい子にしていろよ。父上と母上もいないのだからな」
囁くように言うと、ヴァレイは部下の騎士達に戦闘準備の命令を下し、即座に身支度を始める。
「姉様……」
エルナは不安な表情を浮かべながらもその場に立ち尽くしていた。歴戦の戦士として名を馳せていた国王が存命していた時代、ヴァレイとエルナの姉妹は世界最大の強国として王国の栄誉を残すという目的で国王によって騎士として育てられていた。王妃はエルナを産んだ直後に息を引き取り、王女でありながらも幼い頃から十数年に渡る過酷な訓練によって鍛えられ、やがて二人は王国最強の騎士と呼ばれる程の実力者となった。国王の死後、女王に就任したヴァレイは王国一の騎士として国を守るという使命を重んじ、魔族や魔物との戦いにおいては部下と共に自ら戦地に赴いているのだ。そして妹であるエルナには国を守る騎士ではなく王国の姫として生きる事を命じていた。ヴァレイは心の底から唯一の肉親となるエルナを姉として愛しており、元来自分と共に騎士として生きる事を快く思っていなかった故、自分が戦える時は王国を支える姫として生きて欲しいと考えているのだ。その事もあり、国王が死してからエルナは姫としての生活を送るようになっていた。
「私だって戦えるのに……父様が亡くなってからどうしていつも姉様ばかり……」
戦地へ向かおうとする鎧を着たヴァレイの姿を見守りつつも、エルナは自分の立場と生活の変わりようにどうしても馴染めない上、やり切れない気持ちを抱えていた。何故此処まで過保護にする必要があるのだろう?幼い頃から騎士として育てられていた日々は何だったのか?自分は戦わないで、このまま姫として生きていて本当に良いのか?そんな思いで一杯だったのだ。
魔族との戦いは結果的にヴァレイ率いるセルメイラ軍の勝利に終わり、戦いで手傷を負っていたヴァレイは敵が退いたのを確認すると部下と共に城へ引き返す。謁見の間には、エルナが待っていた。
「帰ったぞ、エルナよ。少々手強かったが、何とか勝利出来た」
ヴァレイはエルナの手の甲にそっと口付ける。帰還の挨拶の印であった。
「姉様……」
「何だ?」
「どうして私はずっとお姫様でいなきゃならないの?父様がいた頃は私だって騎士として戦っていたのよ?それなのに……」
エルナの問いに僅かな沈黙が支配すると、ヴァレイはそっとエルナに顔を寄せる。
「お前だって本当は私のように戦う事を望んでいないのではないのか?お前が私と共に騎士として育てられたのは父上に従っての事。だが今となっては父上はもういない。戦地に立つのは私だけで十分だ。お前までもが血を流す必要は無いと考えている。お前はこの国の姫として生きればそれで良いのだ」
「違う!私だって姉様と共に戦える!私も姉様の力に……」
言い終わらないうちに、ヴァレイはエルナの唇をそっと奪う。姉からのキスに思わず硬直するエルナ。軽いキスではなく、数秒間に渡って唇を重ね合わせる形のキスであった。唇が離れた時、血の臭いが漂うヴァレイの吐息が僅かにエルナの顔を擽る。
「エルナよ、今の王はこの私である事を忘れるな。今後何があろうと、お前は余計な事をするな。これは王としての命令だ」
ヴァレイが去ると、エルナは顔を赤らめながらもその場に立ち尽くしていた。
更に時が経つと、エルナは城の裏口から出た場所に広がる花畑で花を摘んでいた。太陽の光が眩しく照らす中、エルナは摘んだ花で冠を作る。花畑にいる一匹の犬がエルナの元へ駆け寄ると、エルナは笑顔で犬の頭にそっと花冠を与えた。だが次の瞬間、犬が何かに気付いたように突然走り出す。何事かと思い、犬の後を追うエルナ。吠える犬の元へ辿り着くと、そこには一人の傷付いた黒髪の少女が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
エルナが声を掛けるものの、少女は意識を失っていた。エルナは即座に城の兵士を呼び、兵士達と協力して倒れている少女を城の救護室へ運んで行く。城の救護室にて手当てが行われると、少女は意識を取り戻した。
「……此処は?」
少女は辺りを見回す。
「気が付いたのね。此処はセルメイラ城。傷だらけで倒れていたところを運んできたのよ」
エルナが少女に声を掛ける。
「セルメイラ城……?私は一体……」
少女は今置かれている状況がはっきりしない様子であった。
「私、セルメイラの王女エルナ。あなたは?」
エルナが笑顔で自己紹介をすると、少女はジッとエルナの顔を見つめる。
「……私はシャーリィ。何も……思い出せない……」
「え、もしかして記憶喪失!?」
シャーリィという名の少女は、名前以外の記憶を失っていた。自分が何者なのか、今まで何をしていて、そして何故この場所に来ていたのかすらも思い出せないという状態であった。
「名前だけは覚えていて他は何も思い出せないの?」
「ええ……」
シャーリィはどうしていいかわからず、ただ悲しそうに俯くばかりであった。
「大丈夫よ、何か思い出すまでずっと此処にいるといいわ。姉様だってきっとあなたの力になってくれるはず!」
エルナは励ますようにシャーリィに笑顔を向ける。
「私……此処にいていいの?」
「勿論よ!困っている人を見捨てるなんて出来ないわ。ちょっと姉様に伝えてくるね」
そう言い残し、エルナはヴァレイがいる謁見の間に向かった。
「エルナよ、何事だ?」
「姉様、実は……」
エルナはヴァレイに事情を伝えた。
「記憶喪失の娘だと?名前以外何も思い出せぬと?」
「ええ。もし良ければ相談に乗ってあげて欲しいの」
ヴァレイはふむ、と少し考え事をしつつも、エルナと共に救護室へ向かった。
「我が妹のエルナによって助けられた記憶喪失の娘というのは貴女か?」
ヴァレイがシャーリィに声を掛けると、シャーリィは半ばぎこちなくはいと返事した。
「私はエルナの姉ヴァレイ。第一王女であり、セルメイラ王国を治める女王でもある。貴女はシャーリィと言ったか。本当に名前以外の事は思い出せぬのか?」
「ええ……」
ヴァレイはシャーリィの目をジッと見ながらも、そっと顔を寄せる。
「貴女が傷を負った理由も思い出せぬというのか?」
「……はい。何故此処にいるのかも、私が何者なのかも思い出せなくて……」
至近距離のまま返答を聞くと、ヴァレイの顔つきが少々険しくなる。
「言っておくが、この国は現在魔族に狙われている現状であるが故、如何に記憶喪失といえど得体の知れぬ者を濫りに受け入れるわけにはいかぬのだ。シャーリィよ、もし貴女の正体が良からぬ存在だと解れば容赦はせぬ。良いな」
「姉様、酷い!どうしてそんな冷たい事を言うの!?」
エルナの反論にヴァレイが鋭い目を向ける。
「エルナよ、魔族たる者はどんな手で来るか解らぬ。魔族の一番の狙いはこのセルメイラの陥落である事が判明したのだからな。一先ずシャーリィの事はお前に任せる。もし何かあらばすぐに伝えろ」
そう言い残し、ヴァレイは救護室を後にした。
「姉様はどうして気の利いた事が言えないの……」
思わずシャーリィの方に顔を向けるエルナ。
「あの人があなたのお姉様?私、何か悪い事したのかしら……それに、魔族って……」
不安そうな表情を浮かべるシャーリィ。
「大丈夫よ、気にしないで。姉様は凄く真面目だし、今は王としての使命もあるから……」
エルナは笑顔で励ますものの、シャーリィは申し訳なさそうに俯いていた。
「私はいつでもシャーリィの味方でいるわ。だから、安心して?」
シャーリィは俯きながらもエルナに向けてありがとう、と呟いた。それから、シャーリィは記憶を取り戻すまではエルナの部屋で世話になる事となった。侍女から与えられたドレスを受け取り、それをシャーリィに着せていくエルナ。
「ふふ、似合ってるわよ。気に入ってくれた?」
「……私なんかの為に、いいの?こんな服を着せて貰えるなんて」
「勿論よ!あなたにはお姫様の恰好が似合うと思ったくらいだから」
シャーリィは鏡に映るドレス姿の自分を見て思わず笑顔になる。
「本当は二人でお出かけもしてみたいけど、姉様が煩いからな……」
シャーリィがエルナの部屋で過ごす事になってからはヴァレイから外出禁止命令を出されており、城に出たくても出れない状況に置かれていたのだ。だがエルナは子供の頃から姉共々武術を中心とした環境で育ち、姉以外に話し相手になるような友人と呼ばれる者がいない寂しさを感じていた事もあり、ほぼ同年齢の少女という印象を受けるシャーリィと接しているうちに何か惹かれるものを感じていた。
「ねえシャーリィ、やっぱり何も思い出せない?」
エルナの問いに、シャーリィは黙って頷く。
「そっか……無理しなくてもいいのよ。私に何か出来る事があればいつでも力になるから」
顔を寄せて笑顔を向けるエルナ。シャーリィはそんなエルナに対して悲しげな表情を浮かべていた。
更に数日後———記憶が戻らないシャーリィと心を通わせながらも自室で過ごしている中、突然ヴァレイに呼び出されたエルナは謁見の間に顔を出す。玉座に腰を掛けるヴァレイは既に鎧の姿に着替えており、傍らには大剣が置かれている。いつ敵が攻めても即座に応戦できるように事前準備しているのだ。
「エルナよ、シャーリィの記憶はまだ戻らぬというのか」
険しい表情で問うヴァレイに内心不安を覚えながらも、はいと返答するエルナ。
「お前はあの娘の事を本当に信用できる存在だと思っているのか?」
「えっ……」
エルナは何が言いたいのと思いながらも表情を強張らせる。
「先程傷付いた兵から報告があった。精鋭の魔族による親衛隊が襲撃に向かうと。そこで一つ確認をする。シャーリィが倒れていた場所は城の付近で間違いないのだな?」
「ちょっと待って!」
思わず声を張り上げるエルナ。
「姉様は何を確認しようとしているの?まさかシャーリィが魔族と関わりがあるとでも?」
ヴァレイは鋭い視線を向けつつも、言葉を続ける。
「私も出来るだけ信じたくはない。だが、万に一つの可能性として確認したいのだ。シャーリィが倒れていた場所は城の付近だというのは事実で間違いないか?」
エルナは黙って頷く。
「ならばお前に一つ言っておく。魔族の中には偽りの姿で人間の世界に潜り込む者も存在していると聞く。その事を踏まえて念の為に用心しておく事も頭に叩き込んでおいて欲しい」
「やめて!」
ヴァレイの言葉を否定するかのように首を横に振るエルナ。
「姉様の言い分は解らなくはないわ。でも……でも……シャーリィは……!」
言い終わらないうちに、数人の兵士が慌てた様子でやって来る。
「ヴァレイ様!たった今、魔族の部隊が!」
「何だと!?お前達、戦闘態勢に入れ!今すぐ私も向かう」
「ハッ!」
ヴァレイが立ち上がり、大剣を手に戦地へ向かおうとする。
「エルナ。お前はシャーリィの様子を見ておけ」
背中を向けたままそう言い残し、謁見の間を後にするヴァレイ。
「……絶対に信じないわ。シャーリィが魔族と関係あるなんて、姉様の思い込みに決まってる!」
エルナは部屋にいるシャーリィの元へ向かう。
「シャーリィ!」
ベッドの上でただ一人寂しそうに俯いているシャーリィにエルナが声を掛ける。
「……あ、エルナ」
シャーリィはエルナの姿を見て少し安心した様子で振り向く。
「心配掛けてごめんね。何でもないから」
エルナは笑顔で顔を寄せ、シャーリィの頬にそっと触れる。
「お姉さんと……何の話していたの?」
シャーリィの問いに一瞬どう説明しようかと思ったものの、表情を崩さず「何でもないわよ」と返すエルナ。
「私、あの人怖い……でも、エルナのお姉さんだから……」
やっぱりとエルナは心の中で呟く。シャーリィはヴァレイに対して苦手意識を抱いている様子であった。不意に外から聞こえてくる轟音に、エルナは思わず窓から外の様子を見る。遠い場所で炎が燃え盛っているのが見える。セルメイラ軍と魔族の部隊による戦いが行われているのだ。
「姉様は……戦っているのね。セルメイラを守る為に。でも……」
エルナは複雑な気持ちを抱えていた。子供の頃は父である国王から姉と共に厳しい訓練によって鍛えられ、姉共々王国の姫として過ごした思い出が無い。もし国王が存命であればヴァレイと共に王国を守る騎士として戦っていたのに、今となってはヴァレイの命令で戦う事を許されず、姫として過ごす事を命じられている。訓練の毎日で辛い思いをしている時に支えてくれたのは姉だけで、厳しさに耐え兼ねて泣いている時にいつも話を聞いてくれたのも姉だけだった。自身も姉に次ぐ実力を持つ騎士として成長を遂げた故、心の底では姉の力になる為にも戦いたいという気持ちがあった。だがもし自分が今でも騎士として戦う立場にいたとしたら、こんな形でシャーリィを受け入れる事は出来たのだろうか。それとも……。
「エルナ……」
シャーリィが不安そうな表情を浮かべている。
「……シャーリィ。心配しないで。あなたが一体何者なのか解らないけど、私はあなたの力になりたい。私、嬉しかったの。同じくらいの年齢の女の子とこうして友達のように心を通じ合えるような相手が欲しかったから」
エルナはそっとシャーリィを抱きしめる。シャーリィは思わずエルナの胸の中で涙を溢れさせた。
ヴァレイ率いるセルメイラ軍は、魔族の親衛隊と激しい死闘を繰り広げていた。戦況はほぼ互角の状況に思えたが、魔族の幹部に属する戦士の恐るべき実力によってセルメイラの戦士達が次々と倒されていった。
「ほう、貴様がセルメイラの女王ヴァレイか?」
禍々しい形状の大剣を手にした魔族の大男が不敵な笑みを浮かべる。
「貴様が親玉か?」
「左様。我はガネル。魔王軍の親衛隊長に位置する者だ。人間の女でありながら我が部隊と戦えるその実力は褒めるに値するぞ。ククク……」
自信に満ちた態度のガネルを前に、ヴァレイは表情を強張らせながら大剣を構える。
「忌まわしき魔王の手先め。セルメイラを治める者として、そして王国を守る騎士として貴様を討つ」
その声が戦闘開始の合図となり、ヴァレイとガネルの剣が激しくぶつかり合う。幾度も金属音が響き渡り、大剣と大剣の戦いは辺りに火花が散る程であった。気迫に満ちたヴァレイの一撃を剣で受け止めるガネル。
「貴様ら魔族は我がセルメイラが一番の狙いだそうだが、その理由は一体なんだ?」
力比べをしながらもヴァレイが問い掛ける。
「魔王様の予言によると、セルメイラには勇者の力を受け継ぐ者が現れるといわれている。勇者の力を受け継ぐ者は我ら魔族にとって脅威となる存在……今こそ根源となる血筋を根絶やしにするのだ」
「勇者……だと?」
ガネルの口から出た勇者という言葉にヴァレイは愕然とする。数百年前、世界を闇の力で支配していた魔王と呼ばれる者を打ち倒した勇者と呼ばれる英雄が存在し、現在では地上に再び魔王の脅威にさらされる時、勇者の力を受け継ぐ者が現れるという伝説が存在していた。その勇者の力を受け継ぐ者がセルメイラに現れるという話を聞かされた瞬間、ヴァレイは思わずエルナと共に幼い頃から騎士として育てられた日々を振り返る。そして、父である国王から聞かされた言葉が脳裏に浮かび上がった。
お前達は、やがて未来を支える者となる。だからこそ強くなるのだ。
「まさか……父上が私達を騎士として育てたのは……」
ガネルに押し退けられ、ヴァレイは一先ず距離を置いて呼吸を整える。
「答えろ!貴様の言う勇者の力を受け継ぐ者とは誰の事を指している!?」
ヴァレイが声を張り上げて問う。
「さあな。貴様は身内からその事を聞かされた事は無いのか?」
「何だと……」
セルメイラに存在する勇者の力を受け継ぐ者は一体何者なのか。もしかするとそれは自分自身なのか、それともエルナになるのか。父が自分達を騎士として育てていたのは世界最大の強国として王国の栄誉を残す為と言われていたが、真の目的は勇者の力を受け継ぐ者を育てる為だったと?そんな考えが生じると、ヴァレイは内心戸惑いを覚えていた。
「ククク、覚悟しろ」
ガネルの目が光った瞬間、ヴァレイの懐に一閃が決まる。
「がはあっ!!」
迸る鮮血。更にガネルの斬撃が次々とヴァレイに決まっていく。着ていた鎧のおかげで致命傷は辛うじて免れたものの、抉れた部分から夥しい量の血が溢れ出ていた。
「がはっ!ぐっ……」
傷口を抑え、血を吐くヴァレイ。出血が止まらないままよろめくものの、剣を手に態勢を立て直そうとする。
「その身体で果たして何処まで持つのか、なかなかの見ものだな」
ガネルが大剣をゆっくりと回転させる。ヴァレイは自分を手厳しく鍛えていた父の姿、そしてエルナの姿を思い浮かべつつも、全身に駆け巡る激痛を抑えながら構えを取った。
「……我々の運命がどうあろうと、今は貴様らに負けるわけにはいかぬ」
ヴァレイがそう言い放つと、双方が一斉に突撃する。お互い叫びながら剣を交え、一瞬バランスを崩すヴァレイ。その隙を見つけたガネルがトドメの一撃を繰り出そうとした瞬間、ヴァレイは目を見開かせ、反撃の一閃を決める。その攻撃は、ガネルの肉体を大きく切り裂いていた。
「ごぼぉっ……おあ……バ、バカな……」
ガネルは血を大量に吐き散らし、そのまま崩れ落ちる。戦いは、ヴァレイの辛勝に終わった。
「……ク……クク……まさかこの我が敗れるとは。だが……安心しない方がいいぞ」
息も絶え絶えな様子のガネルはヴァレイに不敵な笑みを浮かべる。
「我は感じる。我ら魔族の仲間となる者が……この地にいる。それは……大いなる闇の力が秘められた魔族の血を持つ者……」
「何!?」
ガネルの言う魔族の仲間となる者———その言葉を聞いた瞬間、ヴァレイにある考えが過る。
「どういう事だ。貴様ら魔族の仲間となる者は一体何者だ!」
「……フ……ハハハ……もしかすると、この我以上に脅威になり得るかもしれぬな……光ある者がいれば、闇もまた存在するという事だ……」
ガネルはゴボリと血の塊を吐き出し、絶命する。
「……やはり……私の考えは間違っていなかったという事か」
ヴァレイは血塗れの身体を引き摺りながらも、セルメイラ城に視線を向けた。
「……私の負けです。やはり姉様には及ばないのね」
「フッ、お前の根性もなかなかだったぞ」
共に笑い合い、二人は舞台を後にする。二人は姉妹であり、王女でもあった。
世界の中心地に存在するセルメイラ王国———世界最大の強国と呼ばれ、多くの勇猛なる戦士と騎士、戦乙女によって守られていた。年に一度、王国の戦士達による試合が闘技場で行われ、試合で優勝したのは第一王女のヴァレイ、第二王女のエルナ。国王は死期が近付いており、この試合は王位を継ぐ者を決める試合でもあったのだ。王位の座を受け継ぐ事となったヴァレイの即位式が行われた直後に国王は死を迎え、新たに王国を支える若き女王となったヴァレイは王国を守る騎士として、妹となる王女のエルナと共に国を支える事となった。
それから数ヶ月———。
玉座に佇むヴァレイの元に、数人の騎士が駆け付ける。
「ヴァレイ様!魔族の者が……!」
「何!?」
ヴァレイが立ち上がる。世界では地上の制圧を目的に魔界から現れた魔族の脅威に晒されており、現在では幾つもの王国が魔族によって陥落している有様であった。事態を重く見たヴァレイは兵力の強化を徹底し、魔族の襲撃を幾度も乗り越えていた。
「姉様!」
騒ぎを聞きつけたドレス姿のエルナがやって来る。
「エルナ。お前は余計な事をするな。何があっても大人しくしていろ」
「私だって戦えるわ。今こそ姉様の御力に……」
「例え私の身に何があろうと、お前まで失うわけにはいかぬ。セルメイラの未来の為にも」
ヴァレイはそっとエルナに顔を寄せる。
「いいか。何があってもいい子にしていろよ。父上と母上もいないのだからな」
囁くように言うと、ヴァレイは部下の騎士達に戦闘準備の命令を下し、即座に身支度を始める。
「姉様……」
エルナは不安な表情を浮かべながらもその場に立ち尽くしていた。歴戦の戦士として名を馳せていた国王が存命していた時代、ヴァレイとエルナの姉妹は世界最大の強国として王国の栄誉を残すという目的で国王によって騎士として育てられていた。王妃はエルナを産んだ直後に息を引き取り、王女でありながらも幼い頃から十数年に渡る過酷な訓練によって鍛えられ、やがて二人は王国最強の騎士と呼ばれる程の実力者となった。国王の死後、女王に就任したヴァレイは王国一の騎士として国を守るという使命を重んじ、魔族や魔物との戦いにおいては部下と共に自ら戦地に赴いているのだ。そして妹であるエルナには国を守る騎士ではなく王国の姫として生きる事を命じていた。ヴァレイは心の底から唯一の肉親となるエルナを姉として愛しており、元来自分と共に騎士として生きる事を快く思っていなかった故、自分が戦える時は王国を支える姫として生きて欲しいと考えているのだ。その事もあり、国王が死してからエルナは姫としての生活を送るようになっていた。
「私だって戦えるのに……父様が亡くなってからどうしていつも姉様ばかり……」
戦地へ向かおうとする鎧を着たヴァレイの姿を見守りつつも、エルナは自分の立場と生活の変わりようにどうしても馴染めない上、やり切れない気持ちを抱えていた。何故此処まで過保護にする必要があるのだろう?幼い頃から騎士として育てられていた日々は何だったのか?自分は戦わないで、このまま姫として生きていて本当に良いのか?そんな思いで一杯だったのだ。
魔族との戦いは結果的にヴァレイ率いるセルメイラ軍の勝利に終わり、戦いで手傷を負っていたヴァレイは敵が退いたのを確認すると部下と共に城へ引き返す。謁見の間には、エルナが待っていた。
「帰ったぞ、エルナよ。少々手強かったが、何とか勝利出来た」
ヴァレイはエルナの手の甲にそっと口付ける。帰還の挨拶の印であった。
「姉様……」
「何だ?」
「どうして私はずっとお姫様でいなきゃならないの?父様がいた頃は私だって騎士として戦っていたのよ?それなのに……」
エルナの問いに僅かな沈黙が支配すると、ヴァレイはそっとエルナに顔を寄せる。
「お前だって本当は私のように戦う事を望んでいないのではないのか?お前が私と共に騎士として育てられたのは父上に従っての事。だが今となっては父上はもういない。戦地に立つのは私だけで十分だ。お前までもが血を流す必要は無いと考えている。お前はこの国の姫として生きればそれで良いのだ」
「違う!私だって姉様と共に戦える!私も姉様の力に……」
言い終わらないうちに、ヴァレイはエルナの唇をそっと奪う。姉からのキスに思わず硬直するエルナ。軽いキスではなく、数秒間に渡って唇を重ね合わせる形のキスであった。唇が離れた時、血の臭いが漂うヴァレイの吐息が僅かにエルナの顔を擽る。
「エルナよ、今の王はこの私である事を忘れるな。今後何があろうと、お前は余計な事をするな。これは王としての命令だ」
ヴァレイが去ると、エルナは顔を赤らめながらもその場に立ち尽くしていた。
更に時が経つと、エルナは城の裏口から出た場所に広がる花畑で花を摘んでいた。太陽の光が眩しく照らす中、エルナは摘んだ花で冠を作る。花畑にいる一匹の犬がエルナの元へ駆け寄ると、エルナは笑顔で犬の頭にそっと花冠を与えた。だが次の瞬間、犬が何かに気付いたように突然走り出す。何事かと思い、犬の後を追うエルナ。吠える犬の元へ辿り着くと、そこには一人の傷付いた黒髪の少女が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
エルナが声を掛けるものの、少女は意識を失っていた。エルナは即座に城の兵士を呼び、兵士達と協力して倒れている少女を城の救護室へ運んで行く。城の救護室にて手当てが行われると、少女は意識を取り戻した。
「……此処は?」
少女は辺りを見回す。
「気が付いたのね。此処はセルメイラ城。傷だらけで倒れていたところを運んできたのよ」
エルナが少女に声を掛ける。
「セルメイラ城……?私は一体……」
少女は今置かれている状況がはっきりしない様子であった。
「私、セルメイラの王女エルナ。あなたは?」
エルナが笑顔で自己紹介をすると、少女はジッとエルナの顔を見つめる。
「……私はシャーリィ。何も……思い出せない……」
「え、もしかして記憶喪失!?」
シャーリィという名の少女は、名前以外の記憶を失っていた。自分が何者なのか、今まで何をしていて、そして何故この場所に来ていたのかすらも思い出せないという状態であった。
「名前だけは覚えていて他は何も思い出せないの?」
「ええ……」
シャーリィはどうしていいかわからず、ただ悲しそうに俯くばかりであった。
「大丈夫よ、何か思い出すまでずっと此処にいるといいわ。姉様だってきっとあなたの力になってくれるはず!」
エルナは励ますようにシャーリィに笑顔を向ける。
「私……此処にいていいの?」
「勿論よ!困っている人を見捨てるなんて出来ないわ。ちょっと姉様に伝えてくるね」
そう言い残し、エルナはヴァレイがいる謁見の間に向かった。
「エルナよ、何事だ?」
「姉様、実は……」
エルナはヴァレイに事情を伝えた。
「記憶喪失の娘だと?名前以外何も思い出せぬと?」
「ええ。もし良ければ相談に乗ってあげて欲しいの」
ヴァレイはふむ、と少し考え事をしつつも、エルナと共に救護室へ向かった。
「我が妹のエルナによって助けられた記憶喪失の娘というのは貴女か?」
ヴァレイがシャーリィに声を掛けると、シャーリィは半ばぎこちなくはいと返事した。
「私はエルナの姉ヴァレイ。第一王女であり、セルメイラ王国を治める女王でもある。貴女はシャーリィと言ったか。本当に名前以外の事は思い出せぬのか?」
「ええ……」
ヴァレイはシャーリィの目をジッと見ながらも、そっと顔を寄せる。
「貴女が傷を負った理由も思い出せぬというのか?」
「……はい。何故此処にいるのかも、私が何者なのかも思い出せなくて……」
至近距離のまま返答を聞くと、ヴァレイの顔つきが少々険しくなる。
「言っておくが、この国は現在魔族に狙われている現状であるが故、如何に記憶喪失といえど得体の知れぬ者を濫りに受け入れるわけにはいかぬのだ。シャーリィよ、もし貴女の正体が良からぬ存在だと解れば容赦はせぬ。良いな」
「姉様、酷い!どうしてそんな冷たい事を言うの!?」
エルナの反論にヴァレイが鋭い目を向ける。
「エルナよ、魔族たる者はどんな手で来るか解らぬ。魔族の一番の狙いはこのセルメイラの陥落である事が判明したのだからな。一先ずシャーリィの事はお前に任せる。もし何かあらばすぐに伝えろ」
そう言い残し、ヴァレイは救護室を後にした。
「姉様はどうして気の利いた事が言えないの……」
思わずシャーリィの方に顔を向けるエルナ。
「あの人があなたのお姉様?私、何か悪い事したのかしら……それに、魔族って……」
不安そうな表情を浮かべるシャーリィ。
「大丈夫よ、気にしないで。姉様は凄く真面目だし、今は王としての使命もあるから……」
エルナは笑顔で励ますものの、シャーリィは申し訳なさそうに俯いていた。
「私はいつでもシャーリィの味方でいるわ。だから、安心して?」
シャーリィは俯きながらもエルナに向けてありがとう、と呟いた。それから、シャーリィは記憶を取り戻すまではエルナの部屋で世話になる事となった。侍女から与えられたドレスを受け取り、それをシャーリィに着せていくエルナ。
「ふふ、似合ってるわよ。気に入ってくれた?」
「……私なんかの為に、いいの?こんな服を着せて貰えるなんて」
「勿論よ!あなたにはお姫様の恰好が似合うと思ったくらいだから」
シャーリィは鏡に映るドレス姿の自分を見て思わず笑顔になる。
「本当は二人でお出かけもしてみたいけど、姉様が煩いからな……」
シャーリィがエルナの部屋で過ごす事になってからはヴァレイから外出禁止命令を出されており、城に出たくても出れない状況に置かれていたのだ。だがエルナは子供の頃から姉共々武術を中心とした環境で育ち、姉以外に話し相手になるような友人と呼ばれる者がいない寂しさを感じていた事もあり、ほぼ同年齢の少女という印象を受けるシャーリィと接しているうちに何か惹かれるものを感じていた。
「ねえシャーリィ、やっぱり何も思い出せない?」
エルナの問いに、シャーリィは黙って頷く。
「そっか……無理しなくてもいいのよ。私に何か出来る事があればいつでも力になるから」
顔を寄せて笑顔を向けるエルナ。シャーリィはそんなエルナに対して悲しげな表情を浮かべていた。
更に数日後———記憶が戻らないシャーリィと心を通わせながらも自室で過ごしている中、突然ヴァレイに呼び出されたエルナは謁見の間に顔を出す。玉座に腰を掛けるヴァレイは既に鎧の姿に着替えており、傍らには大剣が置かれている。いつ敵が攻めても即座に応戦できるように事前準備しているのだ。
「エルナよ、シャーリィの記憶はまだ戻らぬというのか」
険しい表情で問うヴァレイに内心不安を覚えながらも、はいと返答するエルナ。
「お前はあの娘の事を本当に信用できる存在だと思っているのか?」
「えっ……」
エルナは何が言いたいのと思いながらも表情を強張らせる。
「先程傷付いた兵から報告があった。精鋭の魔族による親衛隊が襲撃に向かうと。そこで一つ確認をする。シャーリィが倒れていた場所は城の付近で間違いないのだな?」
「ちょっと待って!」
思わず声を張り上げるエルナ。
「姉様は何を確認しようとしているの?まさかシャーリィが魔族と関わりがあるとでも?」
ヴァレイは鋭い視線を向けつつも、言葉を続ける。
「私も出来るだけ信じたくはない。だが、万に一つの可能性として確認したいのだ。シャーリィが倒れていた場所は城の付近だというのは事実で間違いないか?」
エルナは黙って頷く。
「ならばお前に一つ言っておく。魔族の中には偽りの姿で人間の世界に潜り込む者も存在していると聞く。その事を踏まえて念の為に用心しておく事も頭に叩き込んでおいて欲しい」
「やめて!」
ヴァレイの言葉を否定するかのように首を横に振るエルナ。
「姉様の言い分は解らなくはないわ。でも……でも……シャーリィは……!」
言い終わらないうちに、数人の兵士が慌てた様子でやって来る。
「ヴァレイ様!たった今、魔族の部隊が!」
「何だと!?お前達、戦闘態勢に入れ!今すぐ私も向かう」
「ハッ!」
ヴァレイが立ち上がり、大剣を手に戦地へ向かおうとする。
「エルナ。お前はシャーリィの様子を見ておけ」
背中を向けたままそう言い残し、謁見の間を後にするヴァレイ。
「……絶対に信じないわ。シャーリィが魔族と関係あるなんて、姉様の思い込みに決まってる!」
エルナは部屋にいるシャーリィの元へ向かう。
「シャーリィ!」
ベッドの上でただ一人寂しそうに俯いているシャーリィにエルナが声を掛ける。
「……あ、エルナ」
シャーリィはエルナの姿を見て少し安心した様子で振り向く。
「心配掛けてごめんね。何でもないから」
エルナは笑顔で顔を寄せ、シャーリィの頬にそっと触れる。
「お姉さんと……何の話していたの?」
シャーリィの問いに一瞬どう説明しようかと思ったものの、表情を崩さず「何でもないわよ」と返すエルナ。
「私、あの人怖い……でも、エルナのお姉さんだから……」
やっぱりとエルナは心の中で呟く。シャーリィはヴァレイに対して苦手意識を抱いている様子であった。不意に外から聞こえてくる轟音に、エルナは思わず窓から外の様子を見る。遠い場所で炎が燃え盛っているのが見える。セルメイラ軍と魔族の部隊による戦いが行われているのだ。
「姉様は……戦っているのね。セルメイラを守る為に。でも……」
エルナは複雑な気持ちを抱えていた。子供の頃は父である国王から姉と共に厳しい訓練によって鍛えられ、姉共々王国の姫として過ごした思い出が無い。もし国王が存命であればヴァレイと共に王国を守る騎士として戦っていたのに、今となってはヴァレイの命令で戦う事を許されず、姫として過ごす事を命じられている。訓練の毎日で辛い思いをしている時に支えてくれたのは姉だけで、厳しさに耐え兼ねて泣いている時にいつも話を聞いてくれたのも姉だけだった。自身も姉に次ぐ実力を持つ騎士として成長を遂げた故、心の底では姉の力になる為にも戦いたいという気持ちがあった。だがもし自分が今でも騎士として戦う立場にいたとしたら、こんな形でシャーリィを受け入れる事は出来たのだろうか。それとも……。
「エルナ……」
シャーリィが不安そうな表情を浮かべている。
「……シャーリィ。心配しないで。あなたが一体何者なのか解らないけど、私はあなたの力になりたい。私、嬉しかったの。同じくらいの年齢の女の子とこうして友達のように心を通じ合えるような相手が欲しかったから」
エルナはそっとシャーリィを抱きしめる。シャーリィは思わずエルナの胸の中で涙を溢れさせた。
ヴァレイ率いるセルメイラ軍は、魔族の親衛隊と激しい死闘を繰り広げていた。戦況はほぼ互角の状況に思えたが、魔族の幹部に属する戦士の恐るべき実力によってセルメイラの戦士達が次々と倒されていった。
「ほう、貴様がセルメイラの女王ヴァレイか?」
禍々しい形状の大剣を手にした魔族の大男が不敵な笑みを浮かべる。
「貴様が親玉か?」
「左様。我はガネル。魔王軍の親衛隊長に位置する者だ。人間の女でありながら我が部隊と戦えるその実力は褒めるに値するぞ。ククク……」
自信に満ちた態度のガネルを前に、ヴァレイは表情を強張らせながら大剣を構える。
「忌まわしき魔王の手先め。セルメイラを治める者として、そして王国を守る騎士として貴様を討つ」
その声が戦闘開始の合図となり、ヴァレイとガネルの剣が激しくぶつかり合う。幾度も金属音が響き渡り、大剣と大剣の戦いは辺りに火花が散る程であった。気迫に満ちたヴァレイの一撃を剣で受け止めるガネル。
「貴様ら魔族は我がセルメイラが一番の狙いだそうだが、その理由は一体なんだ?」
力比べをしながらもヴァレイが問い掛ける。
「魔王様の予言によると、セルメイラには勇者の力を受け継ぐ者が現れるといわれている。勇者の力を受け継ぐ者は我ら魔族にとって脅威となる存在……今こそ根源となる血筋を根絶やしにするのだ」
「勇者……だと?」
ガネルの口から出た勇者という言葉にヴァレイは愕然とする。数百年前、世界を闇の力で支配していた魔王と呼ばれる者を打ち倒した勇者と呼ばれる英雄が存在し、現在では地上に再び魔王の脅威にさらされる時、勇者の力を受け継ぐ者が現れるという伝説が存在していた。その勇者の力を受け継ぐ者がセルメイラに現れるという話を聞かされた瞬間、ヴァレイは思わずエルナと共に幼い頃から騎士として育てられた日々を振り返る。そして、父である国王から聞かされた言葉が脳裏に浮かび上がった。
お前達は、やがて未来を支える者となる。だからこそ強くなるのだ。
「まさか……父上が私達を騎士として育てたのは……」
ガネルに押し退けられ、ヴァレイは一先ず距離を置いて呼吸を整える。
「答えろ!貴様の言う勇者の力を受け継ぐ者とは誰の事を指している!?」
ヴァレイが声を張り上げて問う。
「さあな。貴様は身内からその事を聞かされた事は無いのか?」
「何だと……」
セルメイラに存在する勇者の力を受け継ぐ者は一体何者なのか。もしかするとそれは自分自身なのか、それともエルナになるのか。父が自分達を騎士として育てていたのは世界最大の強国として王国の栄誉を残す為と言われていたが、真の目的は勇者の力を受け継ぐ者を育てる為だったと?そんな考えが生じると、ヴァレイは内心戸惑いを覚えていた。
「ククク、覚悟しろ」
ガネルの目が光った瞬間、ヴァレイの懐に一閃が決まる。
「がはあっ!!」
迸る鮮血。更にガネルの斬撃が次々とヴァレイに決まっていく。着ていた鎧のおかげで致命傷は辛うじて免れたものの、抉れた部分から夥しい量の血が溢れ出ていた。
「がはっ!ぐっ……」
傷口を抑え、血を吐くヴァレイ。出血が止まらないままよろめくものの、剣を手に態勢を立て直そうとする。
「その身体で果たして何処まで持つのか、なかなかの見ものだな」
ガネルが大剣をゆっくりと回転させる。ヴァレイは自分を手厳しく鍛えていた父の姿、そしてエルナの姿を思い浮かべつつも、全身に駆け巡る激痛を抑えながら構えを取った。
「……我々の運命がどうあろうと、今は貴様らに負けるわけにはいかぬ」
ヴァレイがそう言い放つと、双方が一斉に突撃する。お互い叫びながら剣を交え、一瞬バランスを崩すヴァレイ。その隙を見つけたガネルがトドメの一撃を繰り出そうとした瞬間、ヴァレイは目を見開かせ、反撃の一閃を決める。その攻撃は、ガネルの肉体を大きく切り裂いていた。
「ごぼぉっ……おあ……バ、バカな……」
ガネルは血を大量に吐き散らし、そのまま崩れ落ちる。戦いは、ヴァレイの辛勝に終わった。
「……ク……クク……まさかこの我が敗れるとは。だが……安心しない方がいいぞ」
息も絶え絶えな様子のガネルはヴァレイに不敵な笑みを浮かべる。
「我は感じる。我ら魔族の仲間となる者が……この地にいる。それは……大いなる闇の力が秘められた魔族の血を持つ者……」
「何!?」
ガネルの言う魔族の仲間となる者———その言葉を聞いた瞬間、ヴァレイにある考えが過る。
「どういう事だ。貴様ら魔族の仲間となる者は一体何者だ!」
「……フ……ハハハ……もしかすると、この我以上に脅威になり得るかもしれぬな……光ある者がいれば、闇もまた存在するという事だ……」
ガネルはゴボリと血の塊を吐き出し、絶命する。
「……やはり……私の考えは間違っていなかったという事か」
ヴァレイは血塗れの身体を引き摺りながらも、セルメイラ城に視線を向けた。
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