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後編
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翌日―――通学中の電車で、詩帆は着信音でスマートフォンの画面を見る。円佳からのLAINのメッセージだった。内容は「ごめんなさい、今日は欠席します」の一言だった。この日の円佳は定期通院を理由に欠席する事になったのだ。
「突然欠席なんて、何があったのかしら」
何だろうと思いながらも了承の返事をする詩帆。大勢の生徒に混じって登校する詩帆だが、この日も時折詩帆を見てはコソコソと何か話している生徒がいた。教室に入り、一限目の英語の授業に取り組もうとする詩帆。
「うわ……またノート忘れた」
鞄を探ると、英語の授業に使うノートを入れ忘れていた事に気付く詩帆。以前のように円佳からノートを借りようとしても、今日は欠席であり、借りれるような相手がいない。こんな時にもう、と思いながらも詩帆は別の教科に使っているノートのページを利用する事にした。この日も授業が進み、昼休みに入ると、詩帆は空席状態の円佳の席に目を向けつつ、一人で学食へ向かって行った。
その頃円佳は、病院で定期通院による検査の結果を控えていた。円佳は暗い表情をしている。同伴していた芽唯が一生懸命励ますものの、円佳の表情は一向に変わらない。受付の席で待機してから一時間後、ナースから呼び出しの声が来る。円佳と芽唯は主治医の元へ向かった。
「……非常に申し上げにくいのですが、進行しているようです。すぐに入院が必要ですね」
主治医の赤坂が告げたその一言に円佳と芽唯は愕然とする。
「そ、そんな……娘は……もう学校に行けないのですか!?」
芽唯は涙ながらに尋ねるが、赤坂は言葉を詰まらせている。
「……嫌よ!入院なんて!せっかく大切な人と楽しく過ごしたいと思ったのに……どうして……!」
円佳はその場で泣き崩れてしまう。
「円佳……」
芽唯はそっと円佳を抱きしめる。円佳はただ泣く事しか出来なかった。
放課後になると、詩帆はふと将来の事を考えて進路相談を受けようと考えたが、何か気が乗らないので断念して帰る事にした。校門を出ると、一人の女生徒が詩帆の前に現れる。絵梨だった。
「どうも!水無月詩帆さんですね?」
「誰?」
「私は新聞部部長の碧生絵梨です!あなたにちょっとお聞きしたい事がありましてねぇ」
「聞きたい事?」
「あなたは最近、クラスメートの女子と何かいい関係になってるらしいですね!聞いたところ、とても仲がいいんだとか」
詩帆は何だこいつ、と思いながら軽く溜息を付く。
「マドカの事?いい関係というか、ただの友達よ。それが何だっていうの?」
「ふむふむ、ただの友達と言いますか。果たして、本当にただの友達関係なんでしょうか?」
「は?何なのよ。友達だって言ってるでしょ?」
「それがですねぇ……鷹塚円佳さんでしたっけ?ここ数日、鷹塚さんからの誘いで二人きりで屋上に行ったり、二人ご一緒に下校したりとかしてるではありませんか。水無月さんにとってはただの友達でも、鷹塚さんにとっては本当にただの友達関係でしかないのか、と気になりましてね。それに……昨日手を繋いだりしてませんでした?」
「……何が言いたいわけ?」
大胆不敵な絵梨の態度に詩帆は少々攻撃的になる。
「つまりですよ。鷹塚さんはあなたに対して何か特別な感情を持っている。そんな雰囲気が感じられるんですよねぇ」
「なっ……何言ってるのよ!?」
払い除けるように言って後ずさりする詩帆。絵梨はニヤリと笑みを浮かべてそっと顔を近付けてくる。
「おっと?今ちょっと意味深な反応しましたね?実はあなたの方も何かあるんじゃないですか?」
至近距離まで迫る絵梨を、詩帆は思わず突き飛ばしてしまう。
「ふざけないで!変な詮索はやめてくれる!?」
怒鳴り散らしてその場から逃げるように去る詩帆。絵梨は去り行く詩帆の後姿を見てふふんと鼻で笑った。
その日の夜―――繁華街にある中華料理店では絵梨を始めとする新聞部の部員が集まっていた。絵梨の前には沢山の餃子が盛り付けられている。
「所謂LGBTってやつ?私最近そういった世界に色々興味があってね。そんな時に身近なところでレズ疑惑のある二人の女の子がいたのは大収穫だわ。これで男同士もいたら最高なんだけどねぇ」
絵梨は餃子を食べながら談笑している。
「で、その二人の関係性についてどうするつもりなの?」
「記事にするに決まってるでしょ。どんな方向にするかはまだ考えてないけど、我が校における初のレズカップルの誕生といった記事がいいかしら?」
「ちょ、それはマズイんじゃないですか!?いくら何でもそこまでするのは……」
「バカね。寧ろ応援してやる気持ちで記事にするのよ。それに、同性同士の恋愛がどんなものか見届けたいってのもあるからねぇ」
「それっていいんですか……」
半ば戸惑い気味の部員達だが、絵梨は新聞記事のプランを出しつつもたらふく餃子を食べるばかりだった。
その頃詩帆は、自室でアルバイトの求人情報を漁っていた。新しいバイトを探しているのだ。候補に選んだバイトは、土日限定の仕事で募集している洋菓子製造工場のバイトだった。そこで着信音が鳴り始める。達也からのLAINのメッセージだった。
『今週の土曜日暇?』
『多分暇…だけど』
詩帆はもしや会いに来るんだろうか、と思いながら返信する。
『もし暇だったら久しぶりに一緒しないか?ここずっと会ってないし』
やはり、と心の中で呟きながら返信する詩帆。
『別にいいけど』
『よし、じゃあ朝9時くらいにバチ公前で待ってるよ』
円佳と遊びに行く時と同じ待ち合わせ場所だという偶然に思わず吹き出してしまう詩帆。達也とは久々に会う事もあって内心嬉しい気持ちになっていた。
「え……何これ……」
翌日の教室―――円佳は愕然とする。なんと、円佳の机にはハートが付いた相合傘のマークが大きく刻まれているのだ。しかも詩帆と円佳の名前も刻まれていた。周りの生徒達が呆然としている円佳の姿を見てニヤニヤと笑い始める。そこで詩帆が教室に入ってきた。
「あ、詩帆!ちょっとこっち来てよ!」
円佳が詩帆に呼び掛ける。
「マドカ、どうかしたの?」
何事かと思いつつ、詩帆が机に鞄を置こうとした時、詩帆は驚愕する。詩帆の机にもハートが付いた相合傘のマークが大きく刻まれており、詩帆と円佳の名前も刻まれていたのだ。
「何なのよこれ……誰の仕業!?」
詩帆が怒鳴りつける。
「おめでとう!レズビアンカップル成立おめでとう!ヒューヒュー!」
「レズとかマジー?ビックリなんですけど!」
周りの生徒が囃し立てる。突然の出来事に言葉を失う詩帆と円佳。授業開始のチャイムが鳴り、教員が入ってくると教室は一斉に静まり返る。詩帆は机の上の相合傘のマークを見ながらも内心怒りに満ちていた。一限目の終了を告げるチャイムが鳴ると、詩帆は円佳のところへ駆け寄る。
「マドカ……まさかあなたも?」
円佳が頷く。詩帆は円佳の机を見ると、ますます怒りを覚える。その様子を見ていた周りの生徒はニヤニヤしている。
「誰なの?こんなバカな真似をした奴は。言いなさいよ!」
詩帆が問い詰めても周りは白を切るばかりだった。
昼休みになると、円佳はそっとLAINで詩帆にメッセージを伝える。「先に体育館の裏に行く。少し経ったら来て」という内容だった。詩帆はメッセージの通り、円佳が行ってから5分後に体育館の裏へ向かう。
「ここなら多分大丈夫だと思うわ」
円佳が周囲を確認する。周囲には誰一人いなかった。
「あたし達、周りの奴らからレズに見られてるっていうの……?」
詩帆が溜息を付く。
「……レズだろうが何だろうが別にどうでもいいじゃない。何が悪いっていうのよ」
小声でそう呟いた円佳は項垂れてしまう。
「まさかあいつの仕業?」
詩帆の頭に浮かんだのは絵梨だった。
「あいつって?」
「昨日変な子に絡まれたのよ。新聞部の碧生絵梨っていう子なんだけど」
詩帆は昨日の絵梨との会話について全て円佳に話した。
「そっとしてほしいわ……何で変な風に見られなきゃいけないわけ?いつ誰に迷惑かけたっていうの!?」
円佳が声を荒げる。
「……マドカ。思い切って聞くけど。あなたってもしかしてそういう人だったりするの?」
詩帆の言葉に円佳が驚きの表情を見せる。
「だって前からやけにあたしにベタベタしてきたり、手を繋ごうとしてきたでしょ」
円佳は言葉を詰まらせる。
「どうなの?」
詩帆は顔を近付け、迫るように言う。
「……そうよ」
円佳が意を決して自白する。
「あなたの言う通り、私はレズビアンよ。過去に付き合ってた男に裏切られたせいで私は女の子しか信じられなくなったわ」
詩帆は言葉を失う。
「……いつかは話そうと思ってたけど、もうここまで来たら思い切って言うよ」
円佳が中学生の頃、所属していた吹奏楽部の先輩であり、憧れの相手でもあった一つ年上の男子……勝己に想いを寄せていた。真面目に部活に取り組み、成績も優秀であった勝己は女子からの人気者であり、部員からも慕われていた。円佳はそんな勝己に惹かれるようになり、部活を通じて勝己と共にしているうちに連絡のアドレスを交換するようになり、やがて付き合うようになったのだ。受験が間近になった頃、勝己は勉学に専念する為に部活を引退し、交際する機会は止まったものの、勝己への想いは変わらぬままだった。卒業後、高校への進学はそれぞれ別々の高校に通う事になったが、勝己は休日の日に円佳と再び交際を始めるようになった。高校生になってから別々の学校へ行く事になっても交際が続いている事に円佳は喜びを感じていた。だが、円佳が高校生になってから2か月が経過する頃、突然勝己からの連絡が途絶えるようになった。数週間後のある日、円佳は信じられない場面を目撃する。それは、勝己が別の女子と交際している姿であった。しかもその女子は、円佳が中学時代に所属していた部活の部員だったのだ。更にその女子とは円佳と付き合い始める前からの関係であり、二股をかけていたという事実を知ってしまったのである。おまけに円佳の事はまるで眼中にないかのように女子とキスを交わし、その光景まで見てしまった円佳は好きだった男にあっさり裏切られたという悲しみに打ちひしがれてしまった。失意のあまり心に影を落とした円佳は男子との関わりに恐れを抱いてしまい、同性しか信じられなくなってしまったのだ。
「……それで、レズに走ってしまったというわけ?」
詩帆の問いに円佳は頷く。
「で……あたしにどうしろと?ただの友達関係じゃダメなの?」
戸惑うばかりの詩帆は思わず本音を口にする。
「……ごめんね。こんな私で……ごめんね」
俯きながら円佳は涙を零し、不意に詩帆の唇を奪う。
「んうっ……!?」
突然の出来事に目を見開く詩帆。しかもキスは軽いものではなく、濃厚な形だった。口内に吐息と混じって何かが入ってくるのを感じた詩帆は必死でキスから逃れようとするが、円佳の手で遮られてしまう。そっと唇が離れると、交差する生温かい息と共に一筋の糸が引かれる。
「な……何するのよ!」
顔を赤らめる詩帆。だが、円佳は更に顔を近付けてくる。
「許して、詩帆。もっと……あなたと共にしたい。それだけ、好きになってしまったから……それに、私にはもう時間が……」
言い終わらないうちに、詩帆は思わず円佳の頬を叩いてしまう。
「……冗談じゃないわ。あたしはあくまでただの友達だと思ってたし、普通の友達関係でありたいと思っていたのに……こんな事してまで、友達以上の関係なんて……」
詩帆は頬を抑えている円佳に背を向ける。
「あなたの過去の事情は気の毒だと思うけど……だからといってそんな関係まで望んでいないわ。第一、あたしはそういう人じゃないから!」
詩帆は逃げるようにその場から走り去っていく。
「詩帆!待って!詩帆!!」
円佳は自分がついしてしまった事への後悔に襲われ、痛む頬を抑えながらその場で泣き崩れてしまう。昼休み終了のチャイムが鳴っても、円佳はずっと泣き崩れていた。午後からの授業が始まると、詩帆は通常通りに授業に臨む。だが、円佳は教室に戻って来ない。一日の授業が全て終わり、放課後になっても円佳は教室に戻って来ないままだった。詩帆は円佳の事が気になって思わず探しに行こうとしたが、昼休みでの出来事と周囲の悪い意味での視線が頭に浮かんでしまい、断念した。
「だからって……だからってねぇ……」
詩帆にとって円佳のキスは経験した事のない形でのキスでもあり、口内に感触と味、そして匂いがずっと残っていた。一人で下校する詩帆にそっと後を付ける者がいる。絵梨だった。
「んん?まさかの気まずい空気感?これはちょっと様子見かな」
絵梨は密かに昼休みでの出来事も観察していたのだ。絵梨のスマートフォンの撮影動画リストには、詩帆にキスをしている円佳の姿も撮影されていた。
「円佳……一体どうしたっていうの?あんなに泣いて……」
その頃円佳は自宅の自室に閉じ籠もり、ずっと泣いていた。しかも早退しての帰宅であり、芽唯は円佳の様子を気に掛けるばかりだった。
電車から降りた時、詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。円佳からのLAINのメッセージだった。詩帆はそっとメッセージ内容を確認すると、「今日は本当にごめんね。怒ってる?」といったメッセージだった。詩帆はもうこれ以上ややこしくしないで、と思いながらも適度な返信を打ち始める。
『別に』
『ごめん……あんな事されたら嫌われても仕方ないよね』
『もういいよ。あんたがレズだって事は構わないけどさ。あたしはややこしい関係じゃなくて、普通の友達関係でいたいんだから』
言える事はこれくらいよ、と心の中で呟きながら返信を終えると、詩帆は溜息を付きながらスマートフォンを制服のポケットに入れる。その後の円佳からのメッセージは来ないままであった。
土曜日の朝―――詩帆は忠犬バチ公の銅像の前に向かうと、そこには達也がいた。
「よ。こうして会うのも久しぶりだな」
「本当ね。あんた最近バイト忙しいの?」
「まあな。進路相談もあるし、バイトで稼いでおかないと後で困りそうってのもあるからさ」
他愛のない会話を弾ませる詩帆と達也は街の中を歩き、カフェに入る。コーヒーとココア、パンケーキを注文すると、詩帆は席に座ったまま背伸びしてリラックスした。
「達也、あんた進路決まったの?」
「全然。最初は進学で考えたけど、金に余裕がないし奨学金貰っても返済の事があるからな」
「やっぱり?あたしも大体そんな感じよ」
お互い将来が決まらず、なかなか将来が見えて来ないという悩みを打ち明ける詩帆と達也。そんな二人の元にコーヒーとココアがやって来る。
「はー。適当にどこかの企業に就職するのが一番なのかしら」
コーヒーをすすりながらぼやく詩帆。
「いっそのところ働かないで二人きりで過ごしたいな……って思った事ないか?」
達也の一言にコーヒーを吹き出す詩帆。
「そ、そこまで思った事ないわよ!笑かさないでよ」
詩帆は少し顔を赤らめながら口を拭う。そんな会話を繰り返しているうちに、テーブルにパンケーキが置かれる。
「ところで……円佳だっけ?その子とは仲良くやれてるのか?」
パンケーキを頬張っていた詩帆は思わず手を止めてしまう。
「……少し、距離を置く事にしたわ」
達也は詩帆の険しい表情を見て何かあったのかと聞くと、詩帆は溜息混じりで色々あったのよと返した。詩帆の頭の中には体育館裏での円佳からのキスとその一連の出来事が焼き付いていたのだ。
その頃円佳は、ただ一人でスマートフォンの画面を眺めていた。詩帆とのLAINのメッセージのやり取りから、カレンダーのアプリに切り替える。カレンダーには翌週の月曜日に「入院」というメモがある。それは円佳の入院日であった。本来は昨日に即入院の予定だったが、円佳のせめてあと一日だけ学校で過ごしたいという要望に応え、入院日を延ばしてもらったのだ。
「詩帆……」
円佳は詩帆との会話の記憶を頼りに、詩帆の自宅へ向かおうとしていた。詩帆の自宅については学校内での会話で住所となる地名を少し聞いた程度だった。路地を歩いている途中、円佳は突然鳩尾部分から激しい痛みを感じる。鳩尾を抑え、蹲っていると吐き気に襲われ、血を吐いた。血の色は赤い鮮血だった。円佳は呼吸を荒くしながらも体の痛みを抑え、立ち上がってはフラフラと歩き始めた。
詩帆は達也と街を歩き、様々な店に立ち寄ったりといったひと時を過ごしていた。日が暮れ、散策を満喫した二人はひとまず詩帆の自宅へ行く事にした。
「お前の家に行くのも久しぶりだな。部屋は綺麗なんだろうな?」
「バカね、部屋くらい綺麗にするわよ」
二人が乗った電車は詩帆の自宅の最寄り駅に到着する。電車を降りて駅から出ると、突如詩帆が足を止める。
「どうした?」
「……いや、何でもないわ」
詩帆はまさかなと思いながら辺りを見回し、達也の手を引いて再び足を動かす。夕焼けの中、達也の手を引きながら自宅へ入っていく詩帆の姿を背後から隠れて見ている者がいる。円佳だった。
「うそ……まさかそんな……」
円佳は愕然とし、その場に立ち尽くす。
詩帆の両親に快く迎え入れられた達也は詩帆の自室に連れて行かれる。部屋に漂う女子独特の匂いに思わずドキッとする達也。
「お前の部屋、こんなとこだっけ?」
「こんなとこよ。てかあたしの部屋に来たのって何年振り?」
「さあ……中二以来じゃないかな」
達也は幼い頃から中学二年生の頃までは何度も詩帆の部屋を訪れた事はあったが、数年振りの訪問で部屋の環境が自分の知っているものと変わっていたという事もあってか、どこか新鮮に感じていた。
「ところで、明日どう過ごす?」
「面接よ。バイトの」
「バイトの面接?何か良さげなところ見つかったのか?」
「一応ね」
そこで詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。確認すると、円佳からのLAINのメッセージだった。メッセージ内容は「ごめんね」の一言だけであった。詩帆はやれやれと軽く溜息を付いて画面を消す。
「どうかしたのか?」
達也が覗き込もうとすると、詩帆は「何でもないわよ」と返し、部屋のカーテンを開けて窓の外を見る。
「……ねえ達也。あたし達の将来、どうなってると思う?」
窓の外を眺めながら言う詩帆。達也は詩帆の長い髪から漂う香りにドキドキしてしまう。
「こんな事言うと恥ずかしいけど……一緒にいれたらいいかなって」
達也が顔を赤くしながら言うと、詩帆がフフッと微笑みかける。
「バーカ。何赤くなってんのよ」
詩帆は達也の額を指で軽くつついた。
夜も更け、自宅に戻った円佳は自室で手紙を書いていた。
詩帆―――私は、あなたに憧れていた。一年前からあなたに片想いしていた。
同性しか見れなくなっていた私は、クールに生きているあなたに惹かれていたんだ。
あなたに助けられた時、私の中で大きな運命を感じていたんだ。
私にとっての運命の人―――詩帆、あなただったんだ。
でも、あなたには既に好きな人がいる。あなたは決して私と違うから、いて当然だよね。
迷惑かけて本当にごめんなさい。そして、思い出を作ってくれて本当にありがとう。
私は、あなたを愛してる―――
鷹塚円佳
手紙を書き終えた時、円佳は部屋の照明を消し、カッターナイフの刃を手首に当てていた。手紙には、数滴の血と涙が滴り落ちていた。
―――俺、部活引退する。もうすぐ受験だし、志望校に合格出来るように本気で頑張らなきゃあな。
中学生の頃の思い出。その当時、所属していた部活の先輩であり、憧れの相手でもあった一人の男子に想いを寄せていた。想いはやがて交際へと発展し、高校へ進学してからも付き合っていたが、ある日を境に関係は途絶えてしまった。二股という衝撃の事実による裏切り。涙が止まらない別れ。予期せぬ形での失恋で男性不信に走るあまり同性にばかり目を向けるようになった時、ふと気になる存在に出会った。綺麗だけど他人とつるまず慣れ合わず、学校内ではクールに振る舞い、虚無的かつ孤独を感じさせる一人の女子。そんな彼女を見ていると徐々に惹かれるようになり、やがて想いを馳せるようになった。かつての異性との恋を忘れるような、同性との恋の始まりであった。だが、同時に一つの残酷な運命の始まりでもあったのだ。
―――申し上げにくいのですが、どうか落ち着いて聞いて下さい。実は……。
小学生の頃に病を患い、三ヶ月程入院した事がある。現在でも難病と言われるような病だった。幸い治療は成功し、一度は退院したものの、検査の為に定期検診を受けていた。高校生になってからの定期検診を受けた時、医師から衝撃的な知らせを聞かされる。
『再発』そして『余命宣告』。
理不尽な程の残酷な現実。まだ高校生だというのに、何故このような事になってしまったのか。神様は私が嫌いなの?私が何をしたっていうの?どうしてこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないの?声にならない叫びは止まらない涙となり、一日中泣くしか出来なかった。だが、余命宣告は決して確実ではない。もし僅かな希望があるのなら、それに賭けつつ生きるしかない。そう決意し、素敵な思い出を残せる高校生活を目指す事にした。せめて、気になるあの人と共にしたい。それが叶えれば……。
夢から覚めた時―――そこは病室のベッドの上だった。口元には生命維持装置が装着されている。昨日の夜、円佳は自室で手紙を書き終え、カッターナイフで自殺を図ろうとした直後、症状の悪化で大量に吐血し、意識を失っていた。即座に救急車に運ばれ、集中治療が行われていたのだ。
週明けの朝―――詩帆は普段通りに登校し、教室の席に座る。空席状態となった円佳の席に目をやりつつも、すぐに教科書を開く。机に刻まれた詩帆と円佳の名前とハート付きの相合傘のマークを見ると不意に詩帆の頭の中に円佳からのキスといった出来事やLAINでの謝罪のメッセージが浮かび上がり、教室に円佳が来ていない事と相まって何とも言えない気まずい気分に陥っていた。午前の授業が全て終わり、昼食にありつけようと学食へ向かっている時、背後から声が掛かる。
「どうもー!水無月さん、最近どうですかぁ?鷹塚さんとうまくやってますかぁ~?フフフ!」
声の主は、絵梨だった。
「何なのよ。気安く声掛けないでくれる?」
不機嫌そうに詩帆が返す。
「あらあら、やけにご機嫌斜めって感じですねー。何かありましたの?」
動じずに顔を近付けて迫る絵梨に詩帆はそっぽを向く。
「さては痴話喧嘩したんですねわかります」
突然の声に思わず立ち止まる詩帆。すると、詩帆の前に三人の女子が姿を現す。かつて円佳や詩帆とひと悶着あった因縁のある三人組だった。
「新聞部の碧生から聞いたんだけど、こないだ体育館の裏でキスしてたんだって?しかも女同士で!ガチのレズじゃん」
一番言われたくない事を見事に突かれてしまった詩帆はその場に立ち尽くしてしまう。
「しかも動画まであるんだって?碧生さん。見せてよ」
からかう調子で言う三人組の一人。絵梨は一瞬戸惑いの表情を浮かべつつ、はいと返事してはスマートフォンを取り出そうとする。
「やめて!」
詩帆は声を張り上げ、絵梨を突き飛ばしてしまう。その衝撃で絵梨のスマートフォンが床に落ちていく。
「ハハハ、こいつ!やめて、だって!」
「こりゃいいや!この前の仕返しも込めてSNSに動画出しちゃおっかな!」
三人組の一人が絵梨のスマートフォンを拾い、フォルダ内の動画を探し始める。
「ちょ、待って!私はそんな事する目的でやったわけでは……」
絵梨が止めようとする。三人組の行いは絵梨にとっては想定外だったのだ。
「やめてええええ!!!」
詩帆は絵梨のスマートフォンを触っている三人組の一人に飛び掛かり、思いっきり顔面を殴りつけては床に落ちたスマートフォンを奪い取り、地面に叩き付けて踏み壊した。その騒ぎに周りは騒然となり、絵梨は声にならない悲鳴をあげながら逃げて行ってしまう。
「あ……あ……」
詩帆は大量の鼻血を吹き、口から血を流して倒れている一人の女子の姿と周りの様子を見て、自分のした事に罪悪感を覚え、頭を抱えながらその場に蹲った。
その後、詩帆は生活指導室に呼び出され、学年主任の高崎から尋問を受けていた。
「1組の三宅に暴行を加えた上、碧生の所有物を壊したのはお前で間違いないんだな、水無月」
詩帆はバツが悪そうに俯くままだった。高崎が「何故こんな事をした」と聞くと、詩帆は重々しく口を開く。
「……私達の姿を動画で盗撮して、その動画をSNSに出してやろうかなと言われました。それで思わず……」
「私達の姿?それはどういった姿だ」
詩帆は体育館裏で円佳と過ごした時の出来事を詳しく説明するわけにはいかず、円佳と他愛のない話をしている姿だと説明するしかなかった。
「では、その動画は誰が撮影したんだ」
動画の撮影者は絵梨だと説明する詩帆。だが動画が保存されている絵梨のスマートフォンは既に破損しており、明確な証拠が手元に存在しないせいで高崎から冷ややかな視線を向けられてしまう。
「校長室に来い」
詩帆は校長室に連れて行かれてしまう。校長室には、教頭と校長がいた。黙って俯いている詩帆の横で、高崎が一連の事情を説明する。
「君にとって許し難い事をされそうになったにしても、暴力行為に走るのは愚かしい事だ。もしそれが苛めによる脅しならば、我々に相談すればよかったのではないのかね?」
校長の一言。詩帆は内心「相談したところで何をしてくれるっていうのよ」と思いながらも反論せず、ひたすら無言で俯いていた。
「いかなる理由があっても、我が校において暴力行為は断じて許してはならない。わかっているね?」
長時間に渡るつるし上げが行われ、詩帆は何も言う事が出来ないまま、凍り付いた空気の中で時を過ごすばかりだった。懲戒処分は後日の事実確認と職員会議によって決まるという事で校長室から解放され、意気消沈したまま校門を出た詩帆は頽れてしまい、泣き崩れる。日が暮れ、暗くなっても詩帆はその場で泣き続けていた。
「あんた……何考えてるのよ!何でこんな事になったの!?」
自宅に帰った瞬間、浩子が怒鳴りつける。一連の出来事は既に浩子にも連絡されていたのだ。自宅でも両親からのつるし上げを受けた詩帆は一生分の地獄を味わった気分になり、一人の時間になった時には既に憔悴しきっていた。
どうして……どうしてこんな目に遭うの?
あたしはただ、あの子とは友達関係でいたかっただけなのに……それなのに……。
―――レズだろうが何だろうが別にどうでもいいじゃない。何が悪いっていうのよ。
そっとしてほしいわ……何で変な風に見られなきゃいけないわけ?いつ誰に迷惑かけたっていうの!?
円佳の言葉が頭に浮かび上がる。自分達の友情を越えた関係性……つまり同性愛といった関係を周りから見世物にされ、からかいの対象にされた。周囲のからかいに耐えきれず、手が出てしまった事への後悔。それによって停学されるという未来しか見えない現実。様々な形での悲しみが詩帆の中に大きく圧し掛かっていた。詩帆は止まらない涙を拭きながら、スマートフォンのLAINのメッセージ一覧を眺める。目に飛び込んできたのは、円佳の謝罪のメッセージ内容だった。詩帆はこれまで自分宛てに来た円佳からのメッセージを一通り眺めると、手を震わせながらも返信を書こうとする。だが、書くべき言葉が見つからず、途中で止めて画面を消した。
翌日―――詩帆は早朝から電話で高崎から登校してすぐに校長室に来るように言われ、校長室へ向かった。そこには絵梨がいた。事実確認の為に呼び出されていたのだ。
「水無月と鷹塚の姿を動画撮影したというのは事実なんだな?」
「はい……」
絵梨は校長と教頭、高崎の前で頭を下げながら、言葉を続ける。
「事の始まりは全て私の行いによるものなんです。同性愛をテーマに何か新聞の記事に出来ないものかと思い、水無月さんと鷹塚さんの……同性愛という関係性に興味を抱いたあまり、好奇心で追いかけ続けてつい二人きりの様子をこっそり動画撮影してまで……二人の関係性は周りでも既に噂になっていて、からかう人までいたくらいなんです。それであの三人は、調子に乗って私が撮影した動画を利用してSNSに出そうかなと苛めのネタにしてきて水無月さんはそれに耐えきれなくなって……」
淡々と証言する絵梨は土下座を始める。
「お願いです……水無月さんを……水無月さんを許してあげて下さい!これは全て私が償うべき事なんです!処罰は私が受けます……どんな処罰でも受けます!どうか……お願いします!お願いします!!お願いします!!」
涙ながらに土下座して頼み込む絵梨。詩帆は土下座している絵梨の姿を見て呆然としていた。
「……君の言いたい事はわかった」
校長が口を開く。
「水無月君の行いは弱みに付け込んだ苛めに対する正当防衛であった。そう仰りたいんだね?」
「はい……」
校長室は一瞬、静寂に包まれる。
「……わかった。三宅君に事実確認を行う事にする。水無月君への処罰判定はそこから考えよう」
校長から通告を受けた後、詩帆と絵梨、そして高崎は深々と頭を下げ、校長室から出る。
「水無月。処罰判定が下されるまでの間は別室指導だ。碧生、お前はもう授業に戻ってよいぞ」
詩帆は高崎によって別室に連れて行かれ、絵梨は詩帆の後姿をずっと見つめていた。別室は窓がなく、一つの机と椅子が設けられているだけの部屋だった。詩帆は高崎の指導の下で、渡された十数枚のプリントの課題を解く事となった。静まり返った重い空気の中、高崎の厳しい指導が飛ぶ中で課題を解くのは詩帆にとって精神的に堪えるものだった。昼休みの時間になった頃、部屋をノックする音が聞こえてくる。入ってきたのは教頭だった。
「水無月。今から校長室に来てほしい。高崎君も同行願う」
教頭がそう言うと、詩帆は高崎に連れられて再び校長室に向かう。校長室には、三宅と絵梨が呼び出されていた。
「先程三宅君に事実確認をしたのだが……水無月君。君は例の出来事以前にも三宅君に暴力を振るった事があったと証言していたのだが、これはどういう事かな?」
例の出来事以前……それは、円佳が三宅を含む三人組にたかられている時の事であった。
「それは……マドカを……鷹塚円佳を脅してお金を取っていたからです。それを見ていた私は助けようとして……しかも、怯えているマドカの様子をスマホのカメラで撮ってたりもしていたんです!」
詩帆がありのままに話すと、教職員達の視線が三宅の方に向かう。
「な、何よ!違うって!そんな事ないから!」
三宅が否定する。だが、三宅の目はどこか動揺しているように見える。
「……三宅。お前の持つスマートフォン、確認させてもらうぞ」
そう言ったのは高崎だった。
「な、何でよ!?」
「違うというのなら見せない理由がないだろ?見せたくない理由でもあるのか?」
「見せたくないってか、生徒のスマホを覗き見するのは教師としてどうなんだよ!」
「……だったら碧生。代わりに見てくれないか」
絵梨は三宅のブレザーのポケットに手を突っ込む。すると右のポケットからスマートフォンを発見し、取り出して画面を付けると、パスコードを求めるロック画面が表示された。
「三宅さん、パスワードを教えて」
絵梨が三宅に鋭い目を向けて言う。
「やだよ!」
「いいから教えて!さもないと叩き壊すわよ!」
八方塞がりとなった三宅は成す術もなくパスワードを教えると、絵梨は三宅のスマートフォンを操作し、画像が保存されているフォルダ画面を探る。
「……もしかしてこれですか?」
絵梨が発見した画像―――それは、怯えている円佳の姿だった。しかも数枚に渡って撮影されており、画像には「オドオド女」と手書き機能による文字が加えられていた。
「これはつまり、脅されていた鷹塚君を水無月君が助けたという事か」
教職員や校長に悪行を知られた三宅は放心状態になっている。校長は軽く咳払いした。
「……水無月君。君の処罰はひとまず取り下げとする。だが、正当防衛等の特別な事情があれど本校において暴力行為は推奨するものではない。今後もし同様のトラブルに遭遇する事があっても直接手を出すのではなく、教職員に相談をするといった対応で願いたい」
処罰取り下げという通告に詩帆は胸を撫で下ろしつつ、深々と頭を下げる。三宅は陰湿な苛めの加害者として処罰を受ける事になり、詩帆は二度と暴力行為を繰り返さないと約束をした上でその場から解放された。
「これで……終わったのかしら」
精神的な疲労がピークに達していた詩帆の表情は、一瞬別人に見える程だった。そこに絵梨がやって来る。
「水無月さん……ごめんなさい。私が調子に乗ったせいで……本当に申し訳ありませんでした」
絵梨は詩帆の前で土下座をして詫びる。
「……土下座までしなくていいわよ。そこまでされても鬱陶しいから顔上げてちょうだい」
「え?」
絵梨はそっと顔を上げる。
「今疲れてるから暫く誰とも話したくないの。お詫びなら落ち着いた時にして」
詩帆は下駄箱の方に向かって行く。絵梨は詩帆の言葉に従い、去り行く詩帆をそっと見送った。
詩帆が校門の前に来た時、突然鞄から電話の着信音が鳴る。画面を見ると、円佳の電話番号からの着信だった。いつもはLAINで会話しているのに電話だなんて何なんだろうと思いながらも電話に出ると、聞こえてきたのは円佳の声ではなく芽唯の声だった。
「おばさん?どうして?」
「詩帆ちゃん……円佳のスマホを借りて電話してるんだけど、今時間ある?」
「は、はい。一応……」
「円佳が……突然病気が悪化して今入院中なんだよ。元々昨日から入院する予定だったんだけど、大量に血を吐いて救急車に運ばれて……」
芽唯の知らせに詩帆の表情が凍り付く。
「どこの病院ですか?マドカは今大丈夫なんですか!?」
「今は病室で寝ているけど、集中治療を受けているから……」
詩帆は芽唯から円佳が入院している病院の場所を聞き、すぐに病院へ向かう。スマートフォンの位置情報を確認しながらも病院の最寄り駅の区間を走る電車に乗り込み、駅を降りてから10分掛けての徒歩で病院に辿り着く。受付に乗り込み、円佳がいる病室を聞き出して即座に病室へ向かった。
「マドカ……」
ベッドの上には、生命維持装置を装着した円佳が眠っていた。傍には芽唯がいる。
「詩帆ちゃん、わざわざ来てくれたんだね。円佳は今眠ってるけど……」
詩帆は病室のベッドで眠る円佳の姿を見て愕然としていた。
「マドカは……何の病気なんですか?」
芽唯は詩帆の問いに答えようとしない。
「おばさん……」
「……ごめんね、こればかりは私のクチからはとても言えないんだ。でも、明日になったら目を覚ますと思う。せっかく来てくれたのに悪いけど、もし時間が取れたらまた明日来てちょうだい」
涙ながらに芽唯が言うと、詩帆は「わかりました」と返答してそっと病室から出た。
「円佳……どうして……どうしてこんな事になってしまったの……」
詩帆が去った後、芽唯は眠る円佳の前で泣き崩れていた。
暗くなり、自宅に戻った詩帆は浩子から帰りが遅い事で怒鳴り声を浴びせられ、重い空気の中で夕飯にありつける事になった。だが様々な出来事による疲れと浩子の詰問による精神的なストレスの蓄積でまともに喉が通らず、水で無理矢理流し込みながらも食事を終え、自室に籠った。
「……もう……疲れたよ」
詩帆はLAINで達也と会話しようとしたが、疲労とストレスのあまりイライラが抑えられず、画面を消した。
翌日の放課後、詩帆はすぐに円佳が入院している病院へ向かう。病室には生命維持装置が取り外され、読書をしている円佳がいた。
「……詩帆?」
詩帆の来訪に気付いた円佳は驚きの表情を見せる。
「詩帆……どうして?」
「おばさんから聞かされたわ。病気で入院したって」
「そうだったの……母さんが……でも、来てくれてありがとう」
円佳は悲しい目で詩帆を見つめていた。
「病気は、大丈夫なの?」
詩帆が問いかける。だが円佳は答えず、俯いて黙り込んでしまう。
「マドカ……あなた一体……」
芽唯や円佳も直接答えようとしない辺り、只事ではない次元の病気だという考えが詩帆の頭を過る。
「そ、それより何かお喋りしようよ!ずっと退屈だったから」
円佳がそう言うと、詩帆は「そうね」と軽く一息ついて鞄を下ろした。
「この小説、なかなか面白いよ!恋愛ファンタジーものの作品なんだけど、いざ読んでみたらハマっちゃって!」
読んでいた小説本の話題を始める円佳。詩帆は円佳の様子を気に掛けながらも話題に応じ、当たり障りのない受け答えをした。小説本に関する話題で会話は徐々に弾んでいき、時間はあっという間に過ぎていく。
「ねえ詩帆。もし一つ願い事が叶うとしたら、何を願う?」
「願い事、か……。一生遊んで暮らしていけるだけのお金が欲しい、とか?」
「つまり100億?」
「まあそんなところね。働かずに好きなだけ遊んで一生を過ごすって最高じゃない?」
談笑する二人。そこに芽唯がやって来る。
「母さん!」
「やあ。お邪魔だった?」
ふと詩帆が時計を見る。時間は午後の7時前だった。
「やば、そろそろ帰らなきゃまた五月蝿く言われそう!ごめん、また明日来るね!」
詩帆は慌てて鞄を抱え、さっさと病室を出た。
「あらら。詩帆ちゃんともお喋りしたかったけど、来るのが遅かったかな」
芽唯は名残惜しそうに病室の出入り口を見つめていた。
そして次の日も、その次の日も詩帆は放課後に円佳の病室を訪れ、病気の事は全く触れずに他愛のない世間話で時間を過ごした。学校や自宅では常に居心地が悪い思いをしている詩帆は、病院で円佳と会って話をする度に心に抱えていた蟠りが少しずつ解けていくようになり、自然に笑顔になっていた。
休日の朝―――詩帆は身支度を済ませて自宅を出る。向かう先は最寄り駅で、そこには円佳が待っていた。
「おはよ!待ったよ詩帆」
「マドカ、随分早いじゃない。外出許可は大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
この日、円佳は病院に一日限りの外出許可を得て詩帆と気晴らしに出かける目的で待ち合わせしていたのだ。再び詩帆と二人きりで一緒に外出出来る喜びに満ちていた円佳は詩帆の手を握り始める。詩帆は「やれやれ、仕方ないわね」と思いながらも快く受け入れ、改札口を抜けて電車に乗り込んだ。二人が向かう先は、様々な花が咲く庭園と植物がある緑豊かな緑地公園だった。
「こういったところに来るのって子供の頃以来だわ」
幼少の頃を懐かしみながらも、詩帆は緑豊かな公園を堪能し始める。ジョギングする者や飼い犬の散歩をする者、サイクリングをする者とすれ違ったりするものの、公園の客足は比較的少ない方だった。
「二人だけの時間(とき)だから、二人きりで落ち着ける場所に行きたいなって思ってね。私、花や植物も好きだから」
円佳は詩帆の手を握りながらも公園内の花を眺めている。二人は公園を散歩しながら、沢山の花に囲まれた休憩所に辿り着く。近くには大きな池が設けられていた。休憩所には誰もいない。二人は休憩所のベンチに腰を掛ける。
「ねえ詩帆。もしこの世を変えられる神様になれるとしたら、どんな風に世の中を変えてみたい?」
「この世を変えられる?何だろうな……生きやすい世の中にしたい、とかかな」
「そっか。私は……偏見や差別のない世の中にしたい。同性愛でも受け入れられて、結婚も許されるような……そんな世の中にしたいなって思うんだ」
詩帆は円佳の切なげな顔を見て胸が痛くなるのを感じる。
「詩帆……私、また学校に行けるかな」
円佳が寄り添う形で詩帆の肩に顔を寄せる。詩帆は近くなった円佳の顔と向き合い、目をじっと見つめる。
「行けるわ。行けるわよ、きっと。てか、行けないなんて嫌よ。今のあたしなんて学校や家でますます居心地悪い思いするようになったし、あなたが友達として傍にいてくれたりしたら少しは救われるから……」
詩帆が想いを打ち明けると、円佳の目から涙が溢れ出す。
「……ありがとう、詩帆。あなたに会えて、本当によかった……」
円佳は詩帆の唇を奪い、両手で詩帆の頭を抱く形でのキスをした。
「んっ……」
唇を奪われた詩帆は思わず体を硬直させる。詩帆の口内にゆっくりと円佳の舌が入る。
「……ふっ……んぅっ……あ……」
舌が絡むと同時に口から漏れる吐息と声。円佳のディープキスに応じるかのように、詩帆はうっとりした表情でゆっくりと円佳の体を抱きしめる。唇が離れた時、匂い立つ息の交差と合わせて唾液の糸が二人の唇の間を結んでいた。
「……マドカ……またこんな事して……」
詩帆は顔を赤らめつつ、息を吐きながらも円佳に目線を合わせていた。顔に掛かる円佳の息は、血の匂いがしていた。
「大好きよ……詩帆」
円佳は詩帆の胸元に顔を寄せる。
「ちょっと、誰か来たらマズイわよ!違うところで……」
だが、円佳は詩帆から離れようとしない。
「詩帆の胸、暖かくていい匂い……ずっとこのままでいさせて……」
円佳は詩帆の胸に顔を埋め、温もりと匂いを感じながらも再び涙を流す。周囲を見つつも何とか円佳を引き剥がそうとする詩帆だが、自分の胸の中で泣いているように涙を流している円佳の表情を見ていると手を止めてしまった。「気が済んだら離れてよね」と心の中で呟く詩帆は、そっと円佳の頭を撫で始める。
「……そろそろ行くよ?マドカ」
詩帆は円佳に声を掛けるが、円佳はずっと詩帆の胸の中から離れなかった。
「マドカ、ねえマドカ?寝たふりなんてやめてよね」
胸から円佳の体を引き離す。円佳は静かに眠っていた。その寝顔は、幸せそうな表情だった。
「ったくもう……人の胸に抱きついた状態でよく寝られるわね。まるで赤ちゃんみたい」
詩帆は眠っている円佳を膝元に寝かしつけ、着ていた上着を掛ける。陽気で少しうとうとしかけた詩帆だが、突然のスマートフォンの着信音によって目が覚めてしまう。業者による広告メールの着信音だった。詩帆は「びっくりさせないでよ」と思いながらも画面を消す。
「マドカ、そろそろ起きてもいいんじゃない?本当に寝てるの?」
詩帆の膝の上で眠る円佳の寝息を確認する詩帆。だが、寝息は全く聞こえてこない。太陽に照らされた幸せそうな寝顔には、血色が失せているように見えた。
「マドカ……」
詩帆は何かを察すると、表情が一瞬で凍り付いた。
一週間後―――ある場所で葬儀が行われていた。多くの参列者の中には、北王高校の生徒もいる。棺の中の少女に沢山の花が添えられる。運ばれていく棺は霊柩車に乗せられ、火葬場に向かって行った。
「いやああああああ!!!やめて!お願い、やめてえええ!!!ああああああああああああああ!!!」
遺族の悲痛な叫び声が響き渡る中、遺体の火葬が始まった。涙に暮れる遺族と多くの参列者達。その中には、詩帆と達也の姿もあった。
更に月日が経ち、詩帆は墓地に来ていた。詩帆の傍らには達也もいる。二人は線香と花を添えて黙祷を捧げる。墓に刻まれている名前は『鷹塚円佳』だった。
「俺……来ちゃいけなかったかな」
達也が言う。
「何で?」
「だってこの子、お前とは友達以上の関係だったんだろ?俺が来たりしたら、この子がどう思うか……」
「違うわよ」
詩帆が鋭い声で言った。
「マドカは大切な友達よ。ただそれだけの話だから……」
詩帆は複雑な想いを抱きつつも、雲の多い空を見上げ始めた。
「ねえ達也……」
「何だ?」
「あたしが生きてる間、あんたは死んだりしない?」
悲しげな表情で詩帆が言うと、達也は「もちろんだよ」と答える。
「あんたまで死んだら、あたしはもう生きていけないから……」
詩帆の目から涙が溢れ出し、達也に抱き着いて泣き出した。達也は胸の中で泣く詩帆をずっと抱きしめていた。
ある日の放課後、一人で校門を出る詩帆の前に絵梨が現れた。
「どうも!少しよろしいですか?」
詩帆は何なのよと素っ気ない態度で返事する。
「あ、そ、そんな怖い顔しないで下さいよ!この前ご迷惑かけたお詫びも含めて、何か励ましになればと思って夕食を奢ろうと思いまして!」
詩帆にとって絵梨はあまり信用していない相手となるが、このまま家に帰っても居心地が悪い上、過去に助けてくれた恩もあるという事で絵梨のもてなしを引き受ける事にした。詩帆が連れて行かれた場所は、絵梨の行きつけの中華料理店だった。
「LGBTに興味があって、それで何か新聞のネタに出来ないかとつい好奇心のあまり追いかけていたもので……私、記者志望という事もあって興味を抱けば徹底的に追いたくなる性でして、それで思わず……」
餃子を食べながら話す絵梨の前には二人前の餃子が置かれていた。
「何がどうあれ、あんたには一応感謝しておくわ。あの時あんたがいなかったら最悪停学になってたかもしれないし。それに、ついあんたのスマホを叩き壊したのは悪かったと思ってるから」
「ああ、スマホの事なら気にしないで下さい!あれはバチが当たったものだと思ってますから!弁償する必要はありませんよ!」
「そう……」
コップに注がれた水を飲む詩帆。
「あ、注文ならご自由にどうぞ!餃子は好きですか?ここの餃子はおススメですよ!」
「餃子そんなに好きじゃないからラーメンでいいわよ」
絵梨が快くラーメンを注文する。
「鷹塚さんの事……残念ですね。まさかあんな事になるなんて……」
絵梨が沈痛な気持ちで言う。
「あの子は、ずっと辛い思いをしてたと思うわ。小学生の頃から重病を患っていたらしいから……」
俯き加減で話す詩帆の元に、注文したラーメンが置かれる。
「ところで、あんたって新聞部の部長なんでしょ?一つ聞きたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「同性愛への理解を呼び掛ける新聞って作れないの?」
餃子を食べている絵梨は思わず手を止めてしまう。
「……それは勿論!寧ろ作ろうと思っていたところなんです!あなた達への風当たりから招いた出来事をきっかけにLGBTへの理解をテーマにした新聞を考えているんですよ!」
絵梨が目を輝かせて言う。
「本当にそう思ってるの?」
疑惑の目を向ける詩帆。
「本当ですよ!それに、あの時から水無月さんと鷹塚さんの関係を密かに応援していましたから!」
「それは良い意味で応援していたの?」
「勿論良い意味で、ですよ!」
鋭い目で言う詩帆に思わず面食らう絵梨。
「……まあいいわ。ひとまずあんたを信じてやるわよ。でも、もし変な事してくれたら絶対に許さないからね」
詩帆はゆっくりとラーメンを食べ始める。絵梨は笑いながらも「頑張ります」と返答した。
それから数週間後―――詩帆は円佳の家のスナックバーに向かっていた。円佳の死後、定期的に円佳の家に訪れて仏壇に黙祷を捧げているのだ。だが、円佳の家のスナックバーは既にシャッターが閉じられている。昨日から既に閉店していたのだ。
「とうとう閉店したんだ……」
そっとインターホンを押すと、勝手口から出てきた芽唯によって快く家に招き入れられた。仏壇は円佳の部屋に設置されており、黙祷を捧げる。
「詩帆ちゃん、これ……」
芽唯が一枚の手紙を詩帆に差し出す。
「これは?」
「円佳が書いてた手紙よ。おそらく病院に運ばれる直前に……。渡そうかどうか迷ったけど、やっぱりあの子の事を思うと読んでもらった方がいいかなと思ってね」
詩帆は円佳の手紙を見て絶句する。円佳が症状の悪化で吐血して入院する直前、部屋の中でカッターナイフで手首を切ろうとした時に滴り落ちた数滴の血の痕が残された手紙。詩帆への想いが書かれたその手紙は、まるで遺書であるかのように見えてしまう。詩帆は円佳の手紙を読んだ時、思わず涙を溢れさせる。
「マドカ……こんなものまで書いて……マドカ……」
詩帆は溢れる涙を拭いながら、仏壇の位牌と円佳の遺影を見つめていた。
「ねえ詩帆ちゃん。円佳って本当にそんな風に思ってたの?」
芽唯が問う。詩帆は一瞬返答に迷ったが、円佳の事を考えて隠すわけにもいかないと思い、「はい」と答えた。
「そっか……あの子が決めた事だから反対はしないけど」
芽唯はぼんやりと円佳の遺影を見つめ始める。
「正直言って、私はそういった感情についてどうしたらいいかわからなかったんです。決して偏見とかそういったのはないけど、私はそういう人間じゃない上に付き合ってる男もいるし、マドカとはただ普通の友達関係でいれたらそれでいいって思ってたから……」
詩帆が抱えていた想いを打ち明ける。
「円佳は……詩帆ちゃんにとってどういう存在?」
芽唯が返答する。
「……友達以上の……何というか、その……友達という関係性を越えた存在、でしょうか」
詩帆が俯き加減で言う。その声は徐々に小声になっていた。
「なるほど……ごめんね。つい変な事聞いちゃって」
「いえいえ」
そして詩帆は円佳の家を後にし、自宅へ向かって行った。冷たい空気での食卓に居心地の悪さを感じつつ夕食を済ませ、自室で円佳の手紙をじっと見つめる。同時に様々な思い出が蘇る。三宅とその取り巻きに絡まれ、金を巻き上げられていたところを助けたのが全ての始まりだった。ノートを忘れた時には貸してくれたり、昼休みには屋上で共に過ごしたり、休日にはデート感覚で遊びに出掛けたり―――それから体育館の裏での出来事。自身がレズだとカミングアウトした円佳からのキス。忘れられないキスの感覚と味は、今でも残っている。持病の悪化で入院した円佳と病室で色々話をして過ごした時や、死の直前となった公園での二人だけの時間(とき)。二度目のキス。最初のキスは奪い取るキスだったけど、今度は心から愛している人へのディープキス。唇が離れた時に感じた円佳の息に血の匂いがしていたのは、死が迫っている事を意味していたのかもしれない。まるで赤ん坊のように胸の中で眠り、それから―――。
夜も更け、深い眠りに就いた時―――夢の中で声が聞こえてくる。懐かしい声が。
―――詩帆。
私はいつでもあなたの中にいる。
本当はもっと生きたかった。もう一度学校に行きたかった。
けど、神様はそれを許してくれなかった。
私はあなたの事が好き。けど、あなたには既に付き合っている人がいる。
私の分まで生きて。その人と幸せになってくれたらそれでいいんだ。
大好きよ、詩帆。
さよならは、言わないから―――。
時は流れ、幾つかの季節が過ぎ、冬から春に差し掛かる頃―――北王高校の卒業式が行われた。それぞれの想いを胸にした卒業生が筒を手に校門を出る中、詩帆は一度引き返し、校内の掲示板を眺めていた。掲示板には一つの壁新聞が貼られている。それは新聞部によるLGBTへの理解を深める啓発活動を目的とした内容の新聞だった。考案者の名前には碧生絵梨と書かれていた。校門を出た詩帆が向かう先は、円佳の墓が立つ霊園である。
「マドカ……あたし、卒業したよ」
線香と花を添えて手を合わせ、黙祷を捧げる詩帆。
「あなたも、あたしと一緒に卒業したかったよね……」
詩帆はぼんやりと円佳の名前が刻まれた墓石を見つめていた。
「……詩帆……」
思わず背後を振り返る。そこには、うっすらと懐かしい少女―――円佳の姿が見える。笑顔を浮かべる円佳は、どこか寂しそうであった。
マドカ……!
その体を抱きしめようとする詩帆だが、円佳の姿はそっと消えてしまう。
「マドカ……」
神様のいたずらかと思いつつも、膝をついて項垂れる詩帆。
「あのー、すみません」
突然の声にハッとして体を起こす詩帆。振り返ると、見知らぬ眼鏡の女性が立っていた。
「このパスケース、あなたのですよね?落としてましたよ」
女性が手渡したパスケースは、通学定期券入れとして使っていた詩帆のものだった。いつの間に落としていたんだろうと思いつつも詩帆は礼を言ってパスケースを受け取る。去っていった女性が向かった先には、ロングヘアーの美女が立っていた。二人の女性は仲が良さそうに会話を交わしつつ、手を繋いで歩き始めた。しかも眼鏡の女性はロングヘアーの美女に寄り添っている。その様子を背後から見ていた詩帆は、何だかあの時のあたし達みたいと思いながらも見守っていた。そこで詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。達也からのLAINのメッセージだった。メッセージ内容は『卒業おめでとう』といったもので、達也も高校を卒業したばかりであった。
『俺達もとうとう高校卒業か。どうだ、打ち上げにでも行く?』
達也からの誘いに詩帆はふと円佳の墓を見つめ、返信をした。
『悪いけど今はちょっと行く気になれないわ。落ち着いた時でもいい?』
『そっか……まあ、無理するなよ』
まるで胸中を察したかのような達也の返信内容に詩帆は心の中でごめんと呟いた。
―――マドカ。もしあなたが生きていてくれたら、あたしは愛する人としてあなたを受け入れられたのかな。
あなたは夢の中で達也と幸せになってくれたらそれでいいって言ってくれたけど……本当にそれがあなたの望みなのかな。
けど、もしあたしが達也と別れる事になったら……あなたと同じ過去をあいつに背負わせてしまう。
もしあなたがあたしの幸せを望んでいるのなら……達也と幸せになる道を選んでも許せるのかな。
でも、これだけは言える。
マドカ……あなたが好きよ。
詩帆は一筋の涙を零しながら、再び歩き始める。そして空を見上げる。円佳との思い出を胸に、様々な想いを馳せながらもこれから行く道を歩き始めた。
―――了
「突然欠席なんて、何があったのかしら」
何だろうと思いながらも了承の返事をする詩帆。大勢の生徒に混じって登校する詩帆だが、この日も時折詩帆を見てはコソコソと何か話している生徒がいた。教室に入り、一限目の英語の授業に取り組もうとする詩帆。
「うわ……またノート忘れた」
鞄を探ると、英語の授業に使うノートを入れ忘れていた事に気付く詩帆。以前のように円佳からノートを借りようとしても、今日は欠席であり、借りれるような相手がいない。こんな時にもう、と思いながらも詩帆は別の教科に使っているノートのページを利用する事にした。この日も授業が進み、昼休みに入ると、詩帆は空席状態の円佳の席に目を向けつつ、一人で学食へ向かって行った。
その頃円佳は、病院で定期通院による検査の結果を控えていた。円佳は暗い表情をしている。同伴していた芽唯が一生懸命励ますものの、円佳の表情は一向に変わらない。受付の席で待機してから一時間後、ナースから呼び出しの声が来る。円佳と芽唯は主治医の元へ向かった。
「……非常に申し上げにくいのですが、進行しているようです。すぐに入院が必要ですね」
主治医の赤坂が告げたその一言に円佳と芽唯は愕然とする。
「そ、そんな……娘は……もう学校に行けないのですか!?」
芽唯は涙ながらに尋ねるが、赤坂は言葉を詰まらせている。
「……嫌よ!入院なんて!せっかく大切な人と楽しく過ごしたいと思ったのに……どうして……!」
円佳はその場で泣き崩れてしまう。
「円佳……」
芽唯はそっと円佳を抱きしめる。円佳はただ泣く事しか出来なかった。
放課後になると、詩帆はふと将来の事を考えて進路相談を受けようと考えたが、何か気が乗らないので断念して帰る事にした。校門を出ると、一人の女生徒が詩帆の前に現れる。絵梨だった。
「どうも!水無月詩帆さんですね?」
「誰?」
「私は新聞部部長の碧生絵梨です!あなたにちょっとお聞きしたい事がありましてねぇ」
「聞きたい事?」
「あなたは最近、クラスメートの女子と何かいい関係になってるらしいですね!聞いたところ、とても仲がいいんだとか」
詩帆は何だこいつ、と思いながら軽く溜息を付く。
「マドカの事?いい関係というか、ただの友達よ。それが何だっていうの?」
「ふむふむ、ただの友達と言いますか。果たして、本当にただの友達関係なんでしょうか?」
「は?何なのよ。友達だって言ってるでしょ?」
「それがですねぇ……鷹塚円佳さんでしたっけ?ここ数日、鷹塚さんからの誘いで二人きりで屋上に行ったり、二人ご一緒に下校したりとかしてるではありませんか。水無月さんにとってはただの友達でも、鷹塚さんにとっては本当にただの友達関係でしかないのか、と気になりましてね。それに……昨日手を繋いだりしてませんでした?」
「……何が言いたいわけ?」
大胆不敵な絵梨の態度に詩帆は少々攻撃的になる。
「つまりですよ。鷹塚さんはあなたに対して何か特別な感情を持っている。そんな雰囲気が感じられるんですよねぇ」
「なっ……何言ってるのよ!?」
払い除けるように言って後ずさりする詩帆。絵梨はニヤリと笑みを浮かべてそっと顔を近付けてくる。
「おっと?今ちょっと意味深な反応しましたね?実はあなたの方も何かあるんじゃないですか?」
至近距離まで迫る絵梨を、詩帆は思わず突き飛ばしてしまう。
「ふざけないで!変な詮索はやめてくれる!?」
怒鳴り散らしてその場から逃げるように去る詩帆。絵梨は去り行く詩帆の後姿を見てふふんと鼻で笑った。
その日の夜―――繁華街にある中華料理店では絵梨を始めとする新聞部の部員が集まっていた。絵梨の前には沢山の餃子が盛り付けられている。
「所謂LGBTってやつ?私最近そういった世界に色々興味があってね。そんな時に身近なところでレズ疑惑のある二人の女の子がいたのは大収穫だわ。これで男同士もいたら最高なんだけどねぇ」
絵梨は餃子を食べながら談笑している。
「で、その二人の関係性についてどうするつもりなの?」
「記事にするに決まってるでしょ。どんな方向にするかはまだ考えてないけど、我が校における初のレズカップルの誕生といった記事がいいかしら?」
「ちょ、それはマズイんじゃないですか!?いくら何でもそこまでするのは……」
「バカね。寧ろ応援してやる気持ちで記事にするのよ。それに、同性同士の恋愛がどんなものか見届けたいってのもあるからねぇ」
「それっていいんですか……」
半ば戸惑い気味の部員達だが、絵梨は新聞記事のプランを出しつつもたらふく餃子を食べるばかりだった。
その頃詩帆は、自室でアルバイトの求人情報を漁っていた。新しいバイトを探しているのだ。候補に選んだバイトは、土日限定の仕事で募集している洋菓子製造工場のバイトだった。そこで着信音が鳴り始める。達也からのLAINのメッセージだった。
『今週の土曜日暇?』
『多分暇…だけど』
詩帆はもしや会いに来るんだろうか、と思いながら返信する。
『もし暇だったら久しぶりに一緒しないか?ここずっと会ってないし』
やはり、と心の中で呟きながら返信する詩帆。
『別にいいけど』
『よし、じゃあ朝9時くらいにバチ公前で待ってるよ』
円佳と遊びに行く時と同じ待ち合わせ場所だという偶然に思わず吹き出してしまう詩帆。達也とは久々に会う事もあって内心嬉しい気持ちになっていた。
「え……何これ……」
翌日の教室―――円佳は愕然とする。なんと、円佳の机にはハートが付いた相合傘のマークが大きく刻まれているのだ。しかも詩帆と円佳の名前も刻まれていた。周りの生徒達が呆然としている円佳の姿を見てニヤニヤと笑い始める。そこで詩帆が教室に入ってきた。
「あ、詩帆!ちょっとこっち来てよ!」
円佳が詩帆に呼び掛ける。
「マドカ、どうかしたの?」
何事かと思いつつ、詩帆が机に鞄を置こうとした時、詩帆は驚愕する。詩帆の机にもハートが付いた相合傘のマークが大きく刻まれており、詩帆と円佳の名前も刻まれていたのだ。
「何なのよこれ……誰の仕業!?」
詩帆が怒鳴りつける。
「おめでとう!レズビアンカップル成立おめでとう!ヒューヒュー!」
「レズとかマジー?ビックリなんですけど!」
周りの生徒が囃し立てる。突然の出来事に言葉を失う詩帆と円佳。授業開始のチャイムが鳴り、教員が入ってくると教室は一斉に静まり返る。詩帆は机の上の相合傘のマークを見ながらも内心怒りに満ちていた。一限目の終了を告げるチャイムが鳴ると、詩帆は円佳のところへ駆け寄る。
「マドカ……まさかあなたも?」
円佳が頷く。詩帆は円佳の机を見ると、ますます怒りを覚える。その様子を見ていた周りの生徒はニヤニヤしている。
「誰なの?こんなバカな真似をした奴は。言いなさいよ!」
詩帆が問い詰めても周りは白を切るばかりだった。
昼休みになると、円佳はそっとLAINで詩帆にメッセージを伝える。「先に体育館の裏に行く。少し経ったら来て」という内容だった。詩帆はメッセージの通り、円佳が行ってから5分後に体育館の裏へ向かう。
「ここなら多分大丈夫だと思うわ」
円佳が周囲を確認する。周囲には誰一人いなかった。
「あたし達、周りの奴らからレズに見られてるっていうの……?」
詩帆が溜息を付く。
「……レズだろうが何だろうが別にどうでもいいじゃない。何が悪いっていうのよ」
小声でそう呟いた円佳は項垂れてしまう。
「まさかあいつの仕業?」
詩帆の頭に浮かんだのは絵梨だった。
「あいつって?」
「昨日変な子に絡まれたのよ。新聞部の碧生絵梨っていう子なんだけど」
詩帆は昨日の絵梨との会話について全て円佳に話した。
「そっとしてほしいわ……何で変な風に見られなきゃいけないわけ?いつ誰に迷惑かけたっていうの!?」
円佳が声を荒げる。
「……マドカ。思い切って聞くけど。あなたってもしかしてそういう人だったりするの?」
詩帆の言葉に円佳が驚きの表情を見せる。
「だって前からやけにあたしにベタベタしてきたり、手を繋ごうとしてきたでしょ」
円佳は言葉を詰まらせる。
「どうなの?」
詩帆は顔を近付け、迫るように言う。
「……そうよ」
円佳が意を決して自白する。
「あなたの言う通り、私はレズビアンよ。過去に付き合ってた男に裏切られたせいで私は女の子しか信じられなくなったわ」
詩帆は言葉を失う。
「……いつかは話そうと思ってたけど、もうここまで来たら思い切って言うよ」
円佳が中学生の頃、所属していた吹奏楽部の先輩であり、憧れの相手でもあった一つ年上の男子……勝己に想いを寄せていた。真面目に部活に取り組み、成績も優秀であった勝己は女子からの人気者であり、部員からも慕われていた。円佳はそんな勝己に惹かれるようになり、部活を通じて勝己と共にしているうちに連絡のアドレスを交換するようになり、やがて付き合うようになったのだ。受験が間近になった頃、勝己は勉学に専念する為に部活を引退し、交際する機会は止まったものの、勝己への想いは変わらぬままだった。卒業後、高校への進学はそれぞれ別々の高校に通う事になったが、勝己は休日の日に円佳と再び交際を始めるようになった。高校生になってから別々の学校へ行く事になっても交際が続いている事に円佳は喜びを感じていた。だが、円佳が高校生になってから2か月が経過する頃、突然勝己からの連絡が途絶えるようになった。数週間後のある日、円佳は信じられない場面を目撃する。それは、勝己が別の女子と交際している姿であった。しかもその女子は、円佳が中学時代に所属していた部活の部員だったのだ。更にその女子とは円佳と付き合い始める前からの関係であり、二股をかけていたという事実を知ってしまったのである。おまけに円佳の事はまるで眼中にないかのように女子とキスを交わし、その光景まで見てしまった円佳は好きだった男にあっさり裏切られたという悲しみに打ちひしがれてしまった。失意のあまり心に影を落とした円佳は男子との関わりに恐れを抱いてしまい、同性しか信じられなくなってしまったのだ。
「……それで、レズに走ってしまったというわけ?」
詩帆の問いに円佳は頷く。
「で……あたしにどうしろと?ただの友達関係じゃダメなの?」
戸惑うばかりの詩帆は思わず本音を口にする。
「……ごめんね。こんな私で……ごめんね」
俯きながら円佳は涙を零し、不意に詩帆の唇を奪う。
「んうっ……!?」
突然の出来事に目を見開く詩帆。しかもキスは軽いものではなく、濃厚な形だった。口内に吐息と混じって何かが入ってくるのを感じた詩帆は必死でキスから逃れようとするが、円佳の手で遮られてしまう。そっと唇が離れると、交差する生温かい息と共に一筋の糸が引かれる。
「な……何するのよ!」
顔を赤らめる詩帆。だが、円佳は更に顔を近付けてくる。
「許して、詩帆。もっと……あなたと共にしたい。それだけ、好きになってしまったから……それに、私にはもう時間が……」
言い終わらないうちに、詩帆は思わず円佳の頬を叩いてしまう。
「……冗談じゃないわ。あたしはあくまでただの友達だと思ってたし、普通の友達関係でありたいと思っていたのに……こんな事してまで、友達以上の関係なんて……」
詩帆は頬を抑えている円佳に背を向ける。
「あなたの過去の事情は気の毒だと思うけど……だからといってそんな関係まで望んでいないわ。第一、あたしはそういう人じゃないから!」
詩帆は逃げるようにその場から走り去っていく。
「詩帆!待って!詩帆!!」
円佳は自分がついしてしまった事への後悔に襲われ、痛む頬を抑えながらその場で泣き崩れてしまう。昼休み終了のチャイムが鳴っても、円佳はずっと泣き崩れていた。午後からの授業が始まると、詩帆は通常通りに授業に臨む。だが、円佳は教室に戻って来ない。一日の授業が全て終わり、放課後になっても円佳は教室に戻って来ないままだった。詩帆は円佳の事が気になって思わず探しに行こうとしたが、昼休みでの出来事と周囲の悪い意味での視線が頭に浮かんでしまい、断念した。
「だからって……だからってねぇ……」
詩帆にとって円佳のキスは経験した事のない形でのキスでもあり、口内に感触と味、そして匂いがずっと残っていた。一人で下校する詩帆にそっと後を付ける者がいる。絵梨だった。
「んん?まさかの気まずい空気感?これはちょっと様子見かな」
絵梨は密かに昼休みでの出来事も観察していたのだ。絵梨のスマートフォンの撮影動画リストには、詩帆にキスをしている円佳の姿も撮影されていた。
「円佳……一体どうしたっていうの?あんなに泣いて……」
その頃円佳は自宅の自室に閉じ籠もり、ずっと泣いていた。しかも早退しての帰宅であり、芽唯は円佳の様子を気に掛けるばかりだった。
電車から降りた時、詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。円佳からのLAINのメッセージだった。詩帆はそっとメッセージ内容を確認すると、「今日は本当にごめんね。怒ってる?」といったメッセージだった。詩帆はもうこれ以上ややこしくしないで、と思いながらも適度な返信を打ち始める。
『別に』
『ごめん……あんな事されたら嫌われても仕方ないよね』
『もういいよ。あんたがレズだって事は構わないけどさ。あたしはややこしい関係じゃなくて、普通の友達関係でいたいんだから』
言える事はこれくらいよ、と心の中で呟きながら返信を終えると、詩帆は溜息を付きながらスマートフォンを制服のポケットに入れる。その後の円佳からのメッセージは来ないままであった。
土曜日の朝―――詩帆は忠犬バチ公の銅像の前に向かうと、そこには達也がいた。
「よ。こうして会うのも久しぶりだな」
「本当ね。あんた最近バイト忙しいの?」
「まあな。進路相談もあるし、バイトで稼いでおかないと後で困りそうってのもあるからさ」
他愛のない会話を弾ませる詩帆と達也は街の中を歩き、カフェに入る。コーヒーとココア、パンケーキを注文すると、詩帆は席に座ったまま背伸びしてリラックスした。
「達也、あんた進路決まったの?」
「全然。最初は進学で考えたけど、金に余裕がないし奨学金貰っても返済の事があるからな」
「やっぱり?あたしも大体そんな感じよ」
お互い将来が決まらず、なかなか将来が見えて来ないという悩みを打ち明ける詩帆と達也。そんな二人の元にコーヒーとココアがやって来る。
「はー。適当にどこかの企業に就職するのが一番なのかしら」
コーヒーをすすりながらぼやく詩帆。
「いっそのところ働かないで二人きりで過ごしたいな……って思った事ないか?」
達也の一言にコーヒーを吹き出す詩帆。
「そ、そこまで思った事ないわよ!笑かさないでよ」
詩帆は少し顔を赤らめながら口を拭う。そんな会話を繰り返しているうちに、テーブルにパンケーキが置かれる。
「ところで……円佳だっけ?その子とは仲良くやれてるのか?」
パンケーキを頬張っていた詩帆は思わず手を止めてしまう。
「……少し、距離を置く事にしたわ」
達也は詩帆の険しい表情を見て何かあったのかと聞くと、詩帆は溜息混じりで色々あったのよと返した。詩帆の頭の中には体育館裏での円佳からのキスとその一連の出来事が焼き付いていたのだ。
その頃円佳は、ただ一人でスマートフォンの画面を眺めていた。詩帆とのLAINのメッセージのやり取りから、カレンダーのアプリに切り替える。カレンダーには翌週の月曜日に「入院」というメモがある。それは円佳の入院日であった。本来は昨日に即入院の予定だったが、円佳のせめてあと一日だけ学校で過ごしたいという要望に応え、入院日を延ばしてもらったのだ。
「詩帆……」
円佳は詩帆との会話の記憶を頼りに、詩帆の自宅へ向かおうとしていた。詩帆の自宅については学校内での会話で住所となる地名を少し聞いた程度だった。路地を歩いている途中、円佳は突然鳩尾部分から激しい痛みを感じる。鳩尾を抑え、蹲っていると吐き気に襲われ、血を吐いた。血の色は赤い鮮血だった。円佳は呼吸を荒くしながらも体の痛みを抑え、立ち上がってはフラフラと歩き始めた。
詩帆は達也と街を歩き、様々な店に立ち寄ったりといったひと時を過ごしていた。日が暮れ、散策を満喫した二人はひとまず詩帆の自宅へ行く事にした。
「お前の家に行くのも久しぶりだな。部屋は綺麗なんだろうな?」
「バカね、部屋くらい綺麗にするわよ」
二人が乗った電車は詩帆の自宅の最寄り駅に到着する。電車を降りて駅から出ると、突如詩帆が足を止める。
「どうした?」
「……いや、何でもないわ」
詩帆はまさかなと思いながら辺りを見回し、達也の手を引いて再び足を動かす。夕焼けの中、達也の手を引きながら自宅へ入っていく詩帆の姿を背後から隠れて見ている者がいる。円佳だった。
「うそ……まさかそんな……」
円佳は愕然とし、その場に立ち尽くす。
詩帆の両親に快く迎え入れられた達也は詩帆の自室に連れて行かれる。部屋に漂う女子独特の匂いに思わずドキッとする達也。
「お前の部屋、こんなとこだっけ?」
「こんなとこよ。てかあたしの部屋に来たのって何年振り?」
「さあ……中二以来じゃないかな」
達也は幼い頃から中学二年生の頃までは何度も詩帆の部屋を訪れた事はあったが、数年振りの訪問で部屋の環境が自分の知っているものと変わっていたという事もあってか、どこか新鮮に感じていた。
「ところで、明日どう過ごす?」
「面接よ。バイトの」
「バイトの面接?何か良さげなところ見つかったのか?」
「一応ね」
そこで詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。確認すると、円佳からのLAINのメッセージだった。メッセージ内容は「ごめんね」の一言だけであった。詩帆はやれやれと軽く溜息を付いて画面を消す。
「どうかしたのか?」
達也が覗き込もうとすると、詩帆は「何でもないわよ」と返し、部屋のカーテンを開けて窓の外を見る。
「……ねえ達也。あたし達の将来、どうなってると思う?」
窓の外を眺めながら言う詩帆。達也は詩帆の長い髪から漂う香りにドキドキしてしまう。
「こんな事言うと恥ずかしいけど……一緒にいれたらいいかなって」
達也が顔を赤くしながら言うと、詩帆がフフッと微笑みかける。
「バーカ。何赤くなってんのよ」
詩帆は達也の額を指で軽くつついた。
夜も更け、自宅に戻った円佳は自室で手紙を書いていた。
詩帆―――私は、あなたに憧れていた。一年前からあなたに片想いしていた。
同性しか見れなくなっていた私は、クールに生きているあなたに惹かれていたんだ。
あなたに助けられた時、私の中で大きな運命を感じていたんだ。
私にとっての運命の人―――詩帆、あなただったんだ。
でも、あなたには既に好きな人がいる。あなたは決して私と違うから、いて当然だよね。
迷惑かけて本当にごめんなさい。そして、思い出を作ってくれて本当にありがとう。
私は、あなたを愛してる―――
鷹塚円佳
手紙を書き終えた時、円佳は部屋の照明を消し、カッターナイフの刃を手首に当てていた。手紙には、数滴の血と涙が滴り落ちていた。
―――俺、部活引退する。もうすぐ受験だし、志望校に合格出来るように本気で頑張らなきゃあな。
中学生の頃の思い出。その当時、所属していた部活の先輩であり、憧れの相手でもあった一人の男子に想いを寄せていた。想いはやがて交際へと発展し、高校へ進学してからも付き合っていたが、ある日を境に関係は途絶えてしまった。二股という衝撃の事実による裏切り。涙が止まらない別れ。予期せぬ形での失恋で男性不信に走るあまり同性にばかり目を向けるようになった時、ふと気になる存在に出会った。綺麗だけど他人とつるまず慣れ合わず、学校内ではクールに振る舞い、虚無的かつ孤独を感じさせる一人の女子。そんな彼女を見ていると徐々に惹かれるようになり、やがて想いを馳せるようになった。かつての異性との恋を忘れるような、同性との恋の始まりであった。だが、同時に一つの残酷な運命の始まりでもあったのだ。
―――申し上げにくいのですが、どうか落ち着いて聞いて下さい。実は……。
小学生の頃に病を患い、三ヶ月程入院した事がある。現在でも難病と言われるような病だった。幸い治療は成功し、一度は退院したものの、検査の為に定期検診を受けていた。高校生になってからの定期検診を受けた時、医師から衝撃的な知らせを聞かされる。
『再発』そして『余命宣告』。
理不尽な程の残酷な現実。まだ高校生だというのに、何故このような事になってしまったのか。神様は私が嫌いなの?私が何をしたっていうの?どうしてこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないの?声にならない叫びは止まらない涙となり、一日中泣くしか出来なかった。だが、余命宣告は決して確実ではない。もし僅かな希望があるのなら、それに賭けつつ生きるしかない。そう決意し、素敵な思い出を残せる高校生活を目指す事にした。せめて、気になるあの人と共にしたい。それが叶えれば……。
夢から覚めた時―――そこは病室のベッドの上だった。口元には生命維持装置が装着されている。昨日の夜、円佳は自室で手紙を書き終え、カッターナイフで自殺を図ろうとした直後、症状の悪化で大量に吐血し、意識を失っていた。即座に救急車に運ばれ、集中治療が行われていたのだ。
週明けの朝―――詩帆は普段通りに登校し、教室の席に座る。空席状態となった円佳の席に目をやりつつも、すぐに教科書を開く。机に刻まれた詩帆と円佳の名前とハート付きの相合傘のマークを見ると不意に詩帆の頭の中に円佳からのキスといった出来事やLAINでの謝罪のメッセージが浮かび上がり、教室に円佳が来ていない事と相まって何とも言えない気まずい気分に陥っていた。午前の授業が全て終わり、昼食にありつけようと学食へ向かっている時、背後から声が掛かる。
「どうもー!水無月さん、最近どうですかぁ?鷹塚さんとうまくやってますかぁ~?フフフ!」
声の主は、絵梨だった。
「何なのよ。気安く声掛けないでくれる?」
不機嫌そうに詩帆が返す。
「あらあら、やけにご機嫌斜めって感じですねー。何かありましたの?」
動じずに顔を近付けて迫る絵梨に詩帆はそっぽを向く。
「さては痴話喧嘩したんですねわかります」
突然の声に思わず立ち止まる詩帆。すると、詩帆の前に三人の女子が姿を現す。かつて円佳や詩帆とひと悶着あった因縁のある三人組だった。
「新聞部の碧生から聞いたんだけど、こないだ体育館の裏でキスしてたんだって?しかも女同士で!ガチのレズじゃん」
一番言われたくない事を見事に突かれてしまった詩帆はその場に立ち尽くしてしまう。
「しかも動画まであるんだって?碧生さん。見せてよ」
からかう調子で言う三人組の一人。絵梨は一瞬戸惑いの表情を浮かべつつ、はいと返事してはスマートフォンを取り出そうとする。
「やめて!」
詩帆は声を張り上げ、絵梨を突き飛ばしてしまう。その衝撃で絵梨のスマートフォンが床に落ちていく。
「ハハハ、こいつ!やめて、だって!」
「こりゃいいや!この前の仕返しも込めてSNSに動画出しちゃおっかな!」
三人組の一人が絵梨のスマートフォンを拾い、フォルダ内の動画を探し始める。
「ちょ、待って!私はそんな事する目的でやったわけでは……」
絵梨が止めようとする。三人組の行いは絵梨にとっては想定外だったのだ。
「やめてええええ!!!」
詩帆は絵梨のスマートフォンを触っている三人組の一人に飛び掛かり、思いっきり顔面を殴りつけては床に落ちたスマートフォンを奪い取り、地面に叩き付けて踏み壊した。その騒ぎに周りは騒然となり、絵梨は声にならない悲鳴をあげながら逃げて行ってしまう。
「あ……あ……」
詩帆は大量の鼻血を吹き、口から血を流して倒れている一人の女子の姿と周りの様子を見て、自分のした事に罪悪感を覚え、頭を抱えながらその場に蹲った。
その後、詩帆は生活指導室に呼び出され、学年主任の高崎から尋問を受けていた。
「1組の三宅に暴行を加えた上、碧生の所有物を壊したのはお前で間違いないんだな、水無月」
詩帆はバツが悪そうに俯くままだった。高崎が「何故こんな事をした」と聞くと、詩帆は重々しく口を開く。
「……私達の姿を動画で盗撮して、その動画をSNSに出してやろうかなと言われました。それで思わず……」
「私達の姿?それはどういった姿だ」
詩帆は体育館裏で円佳と過ごした時の出来事を詳しく説明するわけにはいかず、円佳と他愛のない話をしている姿だと説明するしかなかった。
「では、その動画は誰が撮影したんだ」
動画の撮影者は絵梨だと説明する詩帆。だが動画が保存されている絵梨のスマートフォンは既に破損しており、明確な証拠が手元に存在しないせいで高崎から冷ややかな視線を向けられてしまう。
「校長室に来い」
詩帆は校長室に連れて行かれてしまう。校長室には、教頭と校長がいた。黙って俯いている詩帆の横で、高崎が一連の事情を説明する。
「君にとって許し難い事をされそうになったにしても、暴力行為に走るのは愚かしい事だ。もしそれが苛めによる脅しならば、我々に相談すればよかったのではないのかね?」
校長の一言。詩帆は内心「相談したところで何をしてくれるっていうのよ」と思いながらも反論せず、ひたすら無言で俯いていた。
「いかなる理由があっても、我が校において暴力行為は断じて許してはならない。わかっているね?」
長時間に渡るつるし上げが行われ、詩帆は何も言う事が出来ないまま、凍り付いた空気の中で時を過ごすばかりだった。懲戒処分は後日の事実確認と職員会議によって決まるという事で校長室から解放され、意気消沈したまま校門を出た詩帆は頽れてしまい、泣き崩れる。日が暮れ、暗くなっても詩帆はその場で泣き続けていた。
「あんた……何考えてるのよ!何でこんな事になったの!?」
自宅に帰った瞬間、浩子が怒鳴りつける。一連の出来事は既に浩子にも連絡されていたのだ。自宅でも両親からのつるし上げを受けた詩帆は一生分の地獄を味わった気分になり、一人の時間になった時には既に憔悴しきっていた。
どうして……どうしてこんな目に遭うの?
あたしはただ、あの子とは友達関係でいたかっただけなのに……それなのに……。
―――レズだろうが何だろうが別にどうでもいいじゃない。何が悪いっていうのよ。
そっとしてほしいわ……何で変な風に見られなきゃいけないわけ?いつ誰に迷惑かけたっていうの!?
円佳の言葉が頭に浮かび上がる。自分達の友情を越えた関係性……つまり同性愛といった関係を周りから見世物にされ、からかいの対象にされた。周囲のからかいに耐えきれず、手が出てしまった事への後悔。それによって停学されるという未来しか見えない現実。様々な形での悲しみが詩帆の中に大きく圧し掛かっていた。詩帆は止まらない涙を拭きながら、スマートフォンのLAINのメッセージ一覧を眺める。目に飛び込んできたのは、円佳の謝罪のメッセージ内容だった。詩帆はこれまで自分宛てに来た円佳からのメッセージを一通り眺めると、手を震わせながらも返信を書こうとする。だが、書くべき言葉が見つからず、途中で止めて画面を消した。
翌日―――詩帆は早朝から電話で高崎から登校してすぐに校長室に来るように言われ、校長室へ向かった。そこには絵梨がいた。事実確認の為に呼び出されていたのだ。
「水無月と鷹塚の姿を動画撮影したというのは事実なんだな?」
「はい……」
絵梨は校長と教頭、高崎の前で頭を下げながら、言葉を続ける。
「事の始まりは全て私の行いによるものなんです。同性愛をテーマに何か新聞の記事に出来ないものかと思い、水無月さんと鷹塚さんの……同性愛という関係性に興味を抱いたあまり、好奇心で追いかけ続けてつい二人きりの様子をこっそり動画撮影してまで……二人の関係性は周りでも既に噂になっていて、からかう人までいたくらいなんです。それであの三人は、調子に乗って私が撮影した動画を利用してSNSに出そうかなと苛めのネタにしてきて水無月さんはそれに耐えきれなくなって……」
淡々と証言する絵梨は土下座を始める。
「お願いです……水無月さんを……水無月さんを許してあげて下さい!これは全て私が償うべき事なんです!処罰は私が受けます……どんな処罰でも受けます!どうか……お願いします!お願いします!!お願いします!!」
涙ながらに土下座して頼み込む絵梨。詩帆は土下座している絵梨の姿を見て呆然としていた。
「……君の言いたい事はわかった」
校長が口を開く。
「水無月君の行いは弱みに付け込んだ苛めに対する正当防衛であった。そう仰りたいんだね?」
「はい……」
校長室は一瞬、静寂に包まれる。
「……わかった。三宅君に事実確認を行う事にする。水無月君への処罰判定はそこから考えよう」
校長から通告を受けた後、詩帆と絵梨、そして高崎は深々と頭を下げ、校長室から出る。
「水無月。処罰判定が下されるまでの間は別室指導だ。碧生、お前はもう授業に戻ってよいぞ」
詩帆は高崎によって別室に連れて行かれ、絵梨は詩帆の後姿をずっと見つめていた。別室は窓がなく、一つの机と椅子が設けられているだけの部屋だった。詩帆は高崎の指導の下で、渡された十数枚のプリントの課題を解く事となった。静まり返った重い空気の中、高崎の厳しい指導が飛ぶ中で課題を解くのは詩帆にとって精神的に堪えるものだった。昼休みの時間になった頃、部屋をノックする音が聞こえてくる。入ってきたのは教頭だった。
「水無月。今から校長室に来てほしい。高崎君も同行願う」
教頭がそう言うと、詩帆は高崎に連れられて再び校長室に向かう。校長室には、三宅と絵梨が呼び出されていた。
「先程三宅君に事実確認をしたのだが……水無月君。君は例の出来事以前にも三宅君に暴力を振るった事があったと証言していたのだが、これはどういう事かな?」
例の出来事以前……それは、円佳が三宅を含む三人組にたかられている時の事であった。
「それは……マドカを……鷹塚円佳を脅してお金を取っていたからです。それを見ていた私は助けようとして……しかも、怯えているマドカの様子をスマホのカメラで撮ってたりもしていたんです!」
詩帆がありのままに話すと、教職員達の視線が三宅の方に向かう。
「な、何よ!違うって!そんな事ないから!」
三宅が否定する。だが、三宅の目はどこか動揺しているように見える。
「……三宅。お前の持つスマートフォン、確認させてもらうぞ」
そう言ったのは高崎だった。
「な、何でよ!?」
「違うというのなら見せない理由がないだろ?見せたくない理由でもあるのか?」
「見せたくないってか、生徒のスマホを覗き見するのは教師としてどうなんだよ!」
「……だったら碧生。代わりに見てくれないか」
絵梨は三宅のブレザーのポケットに手を突っ込む。すると右のポケットからスマートフォンを発見し、取り出して画面を付けると、パスコードを求めるロック画面が表示された。
「三宅さん、パスワードを教えて」
絵梨が三宅に鋭い目を向けて言う。
「やだよ!」
「いいから教えて!さもないと叩き壊すわよ!」
八方塞がりとなった三宅は成す術もなくパスワードを教えると、絵梨は三宅のスマートフォンを操作し、画像が保存されているフォルダ画面を探る。
「……もしかしてこれですか?」
絵梨が発見した画像―――それは、怯えている円佳の姿だった。しかも数枚に渡って撮影されており、画像には「オドオド女」と手書き機能による文字が加えられていた。
「これはつまり、脅されていた鷹塚君を水無月君が助けたという事か」
教職員や校長に悪行を知られた三宅は放心状態になっている。校長は軽く咳払いした。
「……水無月君。君の処罰はひとまず取り下げとする。だが、正当防衛等の特別な事情があれど本校において暴力行為は推奨するものではない。今後もし同様のトラブルに遭遇する事があっても直接手を出すのではなく、教職員に相談をするといった対応で願いたい」
処罰取り下げという通告に詩帆は胸を撫で下ろしつつ、深々と頭を下げる。三宅は陰湿な苛めの加害者として処罰を受ける事になり、詩帆は二度と暴力行為を繰り返さないと約束をした上でその場から解放された。
「これで……終わったのかしら」
精神的な疲労がピークに達していた詩帆の表情は、一瞬別人に見える程だった。そこに絵梨がやって来る。
「水無月さん……ごめんなさい。私が調子に乗ったせいで……本当に申し訳ありませんでした」
絵梨は詩帆の前で土下座をして詫びる。
「……土下座までしなくていいわよ。そこまでされても鬱陶しいから顔上げてちょうだい」
「え?」
絵梨はそっと顔を上げる。
「今疲れてるから暫く誰とも話したくないの。お詫びなら落ち着いた時にして」
詩帆は下駄箱の方に向かって行く。絵梨は詩帆の言葉に従い、去り行く詩帆をそっと見送った。
詩帆が校門の前に来た時、突然鞄から電話の着信音が鳴る。画面を見ると、円佳の電話番号からの着信だった。いつもはLAINで会話しているのに電話だなんて何なんだろうと思いながらも電話に出ると、聞こえてきたのは円佳の声ではなく芽唯の声だった。
「おばさん?どうして?」
「詩帆ちゃん……円佳のスマホを借りて電話してるんだけど、今時間ある?」
「は、はい。一応……」
「円佳が……突然病気が悪化して今入院中なんだよ。元々昨日から入院する予定だったんだけど、大量に血を吐いて救急車に運ばれて……」
芽唯の知らせに詩帆の表情が凍り付く。
「どこの病院ですか?マドカは今大丈夫なんですか!?」
「今は病室で寝ているけど、集中治療を受けているから……」
詩帆は芽唯から円佳が入院している病院の場所を聞き、すぐに病院へ向かう。スマートフォンの位置情報を確認しながらも病院の最寄り駅の区間を走る電車に乗り込み、駅を降りてから10分掛けての徒歩で病院に辿り着く。受付に乗り込み、円佳がいる病室を聞き出して即座に病室へ向かった。
「マドカ……」
ベッドの上には、生命維持装置を装着した円佳が眠っていた。傍には芽唯がいる。
「詩帆ちゃん、わざわざ来てくれたんだね。円佳は今眠ってるけど……」
詩帆は病室のベッドで眠る円佳の姿を見て愕然としていた。
「マドカは……何の病気なんですか?」
芽唯は詩帆の問いに答えようとしない。
「おばさん……」
「……ごめんね、こればかりは私のクチからはとても言えないんだ。でも、明日になったら目を覚ますと思う。せっかく来てくれたのに悪いけど、もし時間が取れたらまた明日来てちょうだい」
涙ながらに芽唯が言うと、詩帆は「わかりました」と返答してそっと病室から出た。
「円佳……どうして……どうしてこんな事になってしまったの……」
詩帆が去った後、芽唯は眠る円佳の前で泣き崩れていた。
暗くなり、自宅に戻った詩帆は浩子から帰りが遅い事で怒鳴り声を浴びせられ、重い空気の中で夕飯にありつける事になった。だが様々な出来事による疲れと浩子の詰問による精神的なストレスの蓄積でまともに喉が通らず、水で無理矢理流し込みながらも食事を終え、自室に籠った。
「……もう……疲れたよ」
詩帆はLAINで達也と会話しようとしたが、疲労とストレスのあまりイライラが抑えられず、画面を消した。
翌日の放課後、詩帆はすぐに円佳が入院している病院へ向かう。病室には生命維持装置が取り外され、読書をしている円佳がいた。
「……詩帆?」
詩帆の来訪に気付いた円佳は驚きの表情を見せる。
「詩帆……どうして?」
「おばさんから聞かされたわ。病気で入院したって」
「そうだったの……母さんが……でも、来てくれてありがとう」
円佳は悲しい目で詩帆を見つめていた。
「病気は、大丈夫なの?」
詩帆が問いかける。だが円佳は答えず、俯いて黙り込んでしまう。
「マドカ……あなた一体……」
芽唯や円佳も直接答えようとしない辺り、只事ではない次元の病気だという考えが詩帆の頭を過る。
「そ、それより何かお喋りしようよ!ずっと退屈だったから」
円佳がそう言うと、詩帆は「そうね」と軽く一息ついて鞄を下ろした。
「この小説、なかなか面白いよ!恋愛ファンタジーものの作品なんだけど、いざ読んでみたらハマっちゃって!」
読んでいた小説本の話題を始める円佳。詩帆は円佳の様子を気に掛けながらも話題に応じ、当たり障りのない受け答えをした。小説本に関する話題で会話は徐々に弾んでいき、時間はあっという間に過ぎていく。
「ねえ詩帆。もし一つ願い事が叶うとしたら、何を願う?」
「願い事、か……。一生遊んで暮らしていけるだけのお金が欲しい、とか?」
「つまり100億?」
「まあそんなところね。働かずに好きなだけ遊んで一生を過ごすって最高じゃない?」
談笑する二人。そこに芽唯がやって来る。
「母さん!」
「やあ。お邪魔だった?」
ふと詩帆が時計を見る。時間は午後の7時前だった。
「やば、そろそろ帰らなきゃまた五月蝿く言われそう!ごめん、また明日来るね!」
詩帆は慌てて鞄を抱え、さっさと病室を出た。
「あらら。詩帆ちゃんともお喋りしたかったけど、来るのが遅かったかな」
芽唯は名残惜しそうに病室の出入り口を見つめていた。
そして次の日も、その次の日も詩帆は放課後に円佳の病室を訪れ、病気の事は全く触れずに他愛のない世間話で時間を過ごした。学校や自宅では常に居心地が悪い思いをしている詩帆は、病院で円佳と会って話をする度に心に抱えていた蟠りが少しずつ解けていくようになり、自然に笑顔になっていた。
休日の朝―――詩帆は身支度を済ませて自宅を出る。向かう先は最寄り駅で、そこには円佳が待っていた。
「おはよ!待ったよ詩帆」
「マドカ、随分早いじゃない。外出許可は大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
この日、円佳は病院に一日限りの外出許可を得て詩帆と気晴らしに出かける目的で待ち合わせしていたのだ。再び詩帆と二人きりで一緒に外出出来る喜びに満ちていた円佳は詩帆の手を握り始める。詩帆は「やれやれ、仕方ないわね」と思いながらも快く受け入れ、改札口を抜けて電車に乗り込んだ。二人が向かう先は、様々な花が咲く庭園と植物がある緑豊かな緑地公園だった。
「こういったところに来るのって子供の頃以来だわ」
幼少の頃を懐かしみながらも、詩帆は緑豊かな公園を堪能し始める。ジョギングする者や飼い犬の散歩をする者、サイクリングをする者とすれ違ったりするものの、公園の客足は比較的少ない方だった。
「二人だけの時間(とき)だから、二人きりで落ち着ける場所に行きたいなって思ってね。私、花や植物も好きだから」
円佳は詩帆の手を握りながらも公園内の花を眺めている。二人は公園を散歩しながら、沢山の花に囲まれた休憩所に辿り着く。近くには大きな池が設けられていた。休憩所には誰もいない。二人は休憩所のベンチに腰を掛ける。
「ねえ詩帆。もしこの世を変えられる神様になれるとしたら、どんな風に世の中を変えてみたい?」
「この世を変えられる?何だろうな……生きやすい世の中にしたい、とかかな」
「そっか。私は……偏見や差別のない世の中にしたい。同性愛でも受け入れられて、結婚も許されるような……そんな世の中にしたいなって思うんだ」
詩帆は円佳の切なげな顔を見て胸が痛くなるのを感じる。
「詩帆……私、また学校に行けるかな」
円佳が寄り添う形で詩帆の肩に顔を寄せる。詩帆は近くなった円佳の顔と向き合い、目をじっと見つめる。
「行けるわ。行けるわよ、きっと。てか、行けないなんて嫌よ。今のあたしなんて学校や家でますます居心地悪い思いするようになったし、あなたが友達として傍にいてくれたりしたら少しは救われるから……」
詩帆が想いを打ち明けると、円佳の目から涙が溢れ出す。
「……ありがとう、詩帆。あなたに会えて、本当によかった……」
円佳は詩帆の唇を奪い、両手で詩帆の頭を抱く形でのキスをした。
「んっ……」
唇を奪われた詩帆は思わず体を硬直させる。詩帆の口内にゆっくりと円佳の舌が入る。
「……ふっ……んぅっ……あ……」
舌が絡むと同時に口から漏れる吐息と声。円佳のディープキスに応じるかのように、詩帆はうっとりした表情でゆっくりと円佳の体を抱きしめる。唇が離れた時、匂い立つ息の交差と合わせて唾液の糸が二人の唇の間を結んでいた。
「……マドカ……またこんな事して……」
詩帆は顔を赤らめつつ、息を吐きながらも円佳に目線を合わせていた。顔に掛かる円佳の息は、血の匂いがしていた。
「大好きよ……詩帆」
円佳は詩帆の胸元に顔を寄せる。
「ちょっと、誰か来たらマズイわよ!違うところで……」
だが、円佳は詩帆から離れようとしない。
「詩帆の胸、暖かくていい匂い……ずっとこのままでいさせて……」
円佳は詩帆の胸に顔を埋め、温もりと匂いを感じながらも再び涙を流す。周囲を見つつも何とか円佳を引き剥がそうとする詩帆だが、自分の胸の中で泣いているように涙を流している円佳の表情を見ていると手を止めてしまった。「気が済んだら離れてよね」と心の中で呟く詩帆は、そっと円佳の頭を撫で始める。
「……そろそろ行くよ?マドカ」
詩帆は円佳に声を掛けるが、円佳はずっと詩帆の胸の中から離れなかった。
「マドカ、ねえマドカ?寝たふりなんてやめてよね」
胸から円佳の体を引き離す。円佳は静かに眠っていた。その寝顔は、幸せそうな表情だった。
「ったくもう……人の胸に抱きついた状態でよく寝られるわね。まるで赤ちゃんみたい」
詩帆は眠っている円佳を膝元に寝かしつけ、着ていた上着を掛ける。陽気で少しうとうとしかけた詩帆だが、突然のスマートフォンの着信音によって目が覚めてしまう。業者による広告メールの着信音だった。詩帆は「びっくりさせないでよ」と思いながらも画面を消す。
「マドカ、そろそろ起きてもいいんじゃない?本当に寝てるの?」
詩帆の膝の上で眠る円佳の寝息を確認する詩帆。だが、寝息は全く聞こえてこない。太陽に照らされた幸せそうな寝顔には、血色が失せているように見えた。
「マドカ……」
詩帆は何かを察すると、表情が一瞬で凍り付いた。
一週間後―――ある場所で葬儀が行われていた。多くの参列者の中には、北王高校の生徒もいる。棺の中の少女に沢山の花が添えられる。運ばれていく棺は霊柩車に乗せられ、火葬場に向かって行った。
「いやああああああ!!!やめて!お願い、やめてえええ!!!ああああああああああああああ!!!」
遺族の悲痛な叫び声が響き渡る中、遺体の火葬が始まった。涙に暮れる遺族と多くの参列者達。その中には、詩帆と達也の姿もあった。
更に月日が経ち、詩帆は墓地に来ていた。詩帆の傍らには達也もいる。二人は線香と花を添えて黙祷を捧げる。墓に刻まれている名前は『鷹塚円佳』だった。
「俺……来ちゃいけなかったかな」
達也が言う。
「何で?」
「だってこの子、お前とは友達以上の関係だったんだろ?俺が来たりしたら、この子がどう思うか……」
「違うわよ」
詩帆が鋭い声で言った。
「マドカは大切な友達よ。ただそれだけの話だから……」
詩帆は複雑な想いを抱きつつも、雲の多い空を見上げ始めた。
「ねえ達也……」
「何だ?」
「あたしが生きてる間、あんたは死んだりしない?」
悲しげな表情で詩帆が言うと、達也は「もちろんだよ」と答える。
「あんたまで死んだら、あたしはもう生きていけないから……」
詩帆の目から涙が溢れ出し、達也に抱き着いて泣き出した。達也は胸の中で泣く詩帆をずっと抱きしめていた。
ある日の放課後、一人で校門を出る詩帆の前に絵梨が現れた。
「どうも!少しよろしいですか?」
詩帆は何なのよと素っ気ない態度で返事する。
「あ、そ、そんな怖い顔しないで下さいよ!この前ご迷惑かけたお詫びも含めて、何か励ましになればと思って夕食を奢ろうと思いまして!」
詩帆にとって絵梨はあまり信用していない相手となるが、このまま家に帰っても居心地が悪い上、過去に助けてくれた恩もあるという事で絵梨のもてなしを引き受ける事にした。詩帆が連れて行かれた場所は、絵梨の行きつけの中華料理店だった。
「LGBTに興味があって、それで何か新聞のネタに出来ないかとつい好奇心のあまり追いかけていたもので……私、記者志望という事もあって興味を抱けば徹底的に追いたくなる性でして、それで思わず……」
餃子を食べながら話す絵梨の前には二人前の餃子が置かれていた。
「何がどうあれ、あんたには一応感謝しておくわ。あの時あんたがいなかったら最悪停学になってたかもしれないし。それに、ついあんたのスマホを叩き壊したのは悪かったと思ってるから」
「ああ、スマホの事なら気にしないで下さい!あれはバチが当たったものだと思ってますから!弁償する必要はありませんよ!」
「そう……」
コップに注がれた水を飲む詩帆。
「あ、注文ならご自由にどうぞ!餃子は好きですか?ここの餃子はおススメですよ!」
「餃子そんなに好きじゃないからラーメンでいいわよ」
絵梨が快くラーメンを注文する。
「鷹塚さんの事……残念ですね。まさかあんな事になるなんて……」
絵梨が沈痛な気持ちで言う。
「あの子は、ずっと辛い思いをしてたと思うわ。小学生の頃から重病を患っていたらしいから……」
俯き加減で話す詩帆の元に、注文したラーメンが置かれる。
「ところで、あんたって新聞部の部長なんでしょ?一つ聞きたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「同性愛への理解を呼び掛ける新聞って作れないの?」
餃子を食べている絵梨は思わず手を止めてしまう。
「……それは勿論!寧ろ作ろうと思っていたところなんです!あなた達への風当たりから招いた出来事をきっかけにLGBTへの理解をテーマにした新聞を考えているんですよ!」
絵梨が目を輝かせて言う。
「本当にそう思ってるの?」
疑惑の目を向ける詩帆。
「本当ですよ!それに、あの時から水無月さんと鷹塚さんの関係を密かに応援していましたから!」
「それは良い意味で応援していたの?」
「勿論良い意味で、ですよ!」
鋭い目で言う詩帆に思わず面食らう絵梨。
「……まあいいわ。ひとまずあんたを信じてやるわよ。でも、もし変な事してくれたら絶対に許さないからね」
詩帆はゆっくりとラーメンを食べ始める。絵梨は笑いながらも「頑張ります」と返答した。
それから数週間後―――詩帆は円佳の家のスナックバーに向かっていた。円佳の死後、定期的に円佳の家に訪れて仏壇に黙祷を捧げているのだ。だが、円佳の家のスナックバーは既にシャッターが閉じられている。昨日から既に閉店していたのだ。
「とうとう閉店したんだ……」
そっとインターホンを押すと、勝手口から出てきた芽唯によって快く家に招き入れられた。仏壇は円佳の部屋に設置されており、黙祷を捧げる。
「詩帆ちゃん、これ……」
芽唯が一枚の手紙を詩帆に差し出す。
「これは?」
「円佳が書いてた手紙よ。おそらく病院に運ばれる直前に……。渡そうかどうか迷ったけど、やっぱりあの子の事を思うと読んでもらった方がいいかなと思ってね」
詩帆は円佳の手紙を見て絶句する。円佳が症状の悪化で吐血して入院する直前、部屋の中でカッターナイフで手首を切ろうとした時に滴り落ちた数滴の血の痕が残された手紙。詩帆への想いが書かれたその手紙は、まるで遺書であるかのように見えてしまう。詩帆は円佳の手紙を読んだ時、思わず涙を溢れさせる。
「マドカ……こんなものまで書いて……マドカ……」
詩帆は溢れる涙を拭いながら、仏壇の位牌と円佳の遺影を見つめていた。
「ねえ詩帆ちゃん。円佳って本当にそんな風に思ってたの?」
芽唯が問う。詩帆は一瞬返答に迷ったが、円佳の事を考えて隠すわけにもいかないと思い、「はい」と答えた。
「そっか……あの子が決めた事だから反対はしないけど」
芽唯はぼんやりと円佳の遺影を見つめ始める。
「正直言って、私はそういった感情についてどうしたらいいかわからなかったんです。決して偏見とかそういったのはないけど、私はそういう人間じゃない上に付き合ってる男もいるし、マドカとはただ普通の友達関係でいれたらそれでいいって思ってたから……」
詩帆が抱えていた想いを打ち明ける。
「円佳は……詩帆ちゃんにとってどういう存在?」
芽唯が返答する。
「……友達以上の……何というか、その……友達という関係性を越えた存在、でしょうか」
詩帆が俯き加減で言う。その声は徐々に小声になっていた。
「なるほど……ごめんね。つい変な事聞いちゃって」
「いえいえ」
そして詩帆は円佳の家を後にし、自宅へ向かって行った。冷たい空気での食卓に居心地の悪さを感じつつ夕食を済ませ、自室で円佳の手紙をじっと見つめる。同時に様々な思い出が蘇る。三宅とその取り巻きに絡まれ、金を巻き上げられていたところを助けたのが全ての始まりだった。ノートを忘れた時には貸してくれたり、昼休みには屋上で共に過ごしたり、休日にはデート感覚で遊びに出掛けたり―――それから体育館の裏での出来事。自身がレズだとカミングアウトした円佳からのキス。忘れられないキスの感覚と味は、今でも残っている。持病の悪化で入院した円佳と病室で色々話をして過ごした時や、死の直前となった公園での二人だけの時間(とき)。二度目のキス。最初のキスは奪い取るキスだったけど、今度は心から愛している人へのディープキス。唇が離れた時に感じた円佳の息に血の匂いがしていたのは、死が迫っている事を意味していたのかもしれない。まるで赤ん坊のように胸の中で眠り、それから―――。
夜も更け、深い眠りに就いた時―――夢の中で声が聞こえてくる。懐かしい声が。
―――詩帆。
私はいつでもあなたの中にいる。
本当はもっと生きたかった。もう一度学校に行きたかった。
けど、神様はそれを許してくれなかった。
私はあなたの事が好き。けど、あなたには既に付き合っている人がいる。
私の分まで生きて。その人と幸せになってくれたらそれでいいんだ。
大好きよ、詩帆。
さよならは、言わないから―――。
時は流れ、幾つかの季節が過ぎ、冬から春に差し掛かる頃―――北王高校の卒業式が行われた。それぞれの想いを胸にした卒業生が筒を手に校門を出る中、詩帆は一度引き返し、校内の掲示板を眺めていた。掲示板には一つの壁新聞が貼られている。それは新聞部によるLGBTへの理解を深める啓発活動を目的とした内容の新聞だった。考案者の名前には碧生絵梨と書かれていた。校門を出た詩帆が向かう先は、円佳の墓が立つ霊園である。
「マドカ……あたし、卒業したよ」
線香と花を添えて手を合わせ、黙祷を捧げる詩帆。
「あなたも、あたしと一緒に卒業したかったよね……」
詩帆はぼんやりと円佳の名前が刻まれた墓石を見つめていた。
「……詩帆……」
思わず背後を振り返る。そこには、うっすらと懐かしい少女―――円佳の姿が見える。笑顔を浮かべる円佳は、どこか寂しそうであった。
マドカ……!
その体を抱きしめようとする詩帆だが、円佳の姿はそっと消えてしまう。
「マドカ……」
神様のいたずらかと思いつつも、膝をついて項垂れる詩帆。
「あのー、すみません」
突然の声にハッとして体を起こす詩帆。振り返ると、見知らぬ眼鏡の女性が立っていた。
「このパスケース、あなたのですよね?落としてましたよ」
女性が手渡したパスケースは、通学定期券入れとして使っていた詩帆のものだった。いつの間に落としていたんだろうと思いつつも詩帆は礼を言ってパスケースを受け取る。去っていった女性が向かった先には、ロングヘアーの美女が立っていた。二人の女性は仲が良さそうに会話を交わしつつ、手を繋いで歩き始めた。しかも眼鏡の女性はロングヘアーの美女に寄り添っている。その様子を背後から見ていた詩帆は、何だかあの時のあたし達みたいと思いながらも見守っていた。そこで詩帆のスマートフォンから着信音が鳴る。達也からのLAINのメッセージだった。メッセージ内容は『卒業おめでとう』といったもので、達也も高校を卒業したばかりであった。
『俺達もとうとう高校卒業か。どうだ、打ち上げにでも行く?』
達也からの誘いに詩帆はふと円佳の墓を見つめ、返信をした。
『悪いけど今はちょっと行く気になれないわ。落ち着いた時でもいい?』
『そっか……まあ、無理するなよ』
まるで胸中を察したかのような達也の返信内容に詩帆は心の中でごめんと呟いた。
―――マドカ。もしあなたが生きていてくれたら、あたしは愛する人としてあなたを受け入れられたのかな。
あなたは夢の中で達也と幸せになってくれたらそれでいいって言ってくれたけど……本当にそれがあなたの望みなのかな。
けど、もしあたしが達也と別れる事になったら……あなたと同じ過去をあいつに背負わせてしまう。
もしあなたがあたしの幸せを望んでいるのなら……達也と幸せになる道を選んでも許せるのかな。
でも、これだけは言える。
マドカ……あなたが好きよ。
詩帆は一筋の涙を零しながら、再び歩き始める。そして空を見上げる。円佳との思い出を胸に、様々な想いを馳せながらもこれから行く道を歩き始めた。
―――了
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