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第三章「孤独の幸魂」
第27話 「家族」のために
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それぞれが自販機でジュースを購入し、海斗、ミサキ、美波、咲耶はエレベーターに乗り込んだ。
聞けば昨日の怪異で体調を悪くした患者が同じ部屋にいるらしく、既にほぼ全員が今日の内に退院をしているという。
まどかの病室のある三階に到着し、病室へ向かうと明るい声が海斗たちの耳に聞こえて来た。
「御琴ちーん。ジュース買って来たよー」
「ああ、ありがと美波ん……って、何で海斗と咲耶さんもいるのよ?」
「ふぇっ!? いいい|伊薙先輩、それに先生。どうしてここに!?」
思わぬ来訪者にまどかは慌てて布団に潜り込む。顔まで埋まって向こうを向いてしまった。
「ジュース買いに行ったら一階にいたんだ。なので連れて来たのです」
「お、お久しぶりです。先輩……」
「中学の時以来だな……で、何で三木は布団に潜り込んでるんだ?」
「えっと……全然心の準備できてませんでしたし、今ノーメイクですから」
「そんなの気にしないんだけどな、俺……痛てえ!?」
右にいた美波と左にいた御琴が同時に海斗の足を踏んでいた。
「海斗ー? 女心くらい少しは勉強した方がいいぞー?」
「そうだよカイくん。さすがに今の台詞はNGなのです」
「いや、そもそも連れて来たのはお前だろ、美波!?」
両つま先の激痛に悶える海斗。そんな彼にため息交じりにミサキが教えてあげた。
『……女の子はいつだって一番の自分を見てもらいたいの。すっぴんでも良いってその努力を見ていないってことにならない?』
「そ……そう言うことか」
できればもっと早く口で言ってもらいたかったと思った。
「でもまあ、さっきまであたしに挑戦的な眼でいたまどかが海斗見た瞬間に弱弱しくなっちゃうんだもん。なんか可愛い」
「か、からかわないでください。|八重垣先輩……」
「さっきも言ったでしょ。あたしだって勝負に負ける気、さらさら無いんだから」
「……む。言いましたね」
まどかは意を決して体を起こす。そして御琴に指を突き付けて宣言する。
「私だって負けません。絶対に、特に八重垣先輩には!」
「かかって来なさーい。その前に昨日のリベンジはすぐに果たしてあ・げ・る。まな板洗って待ってなさいよ、まどか!」
「……調理される気なのかな御琴ちん」
「……負けてるだろ、それ」
まどかの熱を余裕の表情で御琴は受け流す。だがやはりどこか言葉のチョイスを間違えていた。
「ぐぐ……何ですかその余裕。昨日は私が勝ったのに」
「腹ペコのあたしに勝ったくらいで調子に乗るな! 満腹のサメは怖いんだぞー!」
「……なあ美波。腹いっぱいになっても襲うのか、サメって?」
「たぶん食べない」
「ちょっと、海斗も美波んも所々でツッコミ入れないでよー!」
「お前が言わせるようなこと言うからだろ!?」
「こらお前たち、他の患者さんもいるんだぞ」
つい騒いでしまった二人に咲耶が冷静に言う。数少ない同部屋の患者たちもそのやり取りを見て笑っていたが、慌てて海斗たちは頭を下げた。
「でもよかった。八重垣先輩、昨日の様子だと何か思い詰めている様子でしたから……もしかしたら水泳辞めちゃうんじゃないかって」
「まどかに負けたくらいで水泳辞めるわけないでしょ。むしろ『次は見てろ』ってなるのがあたしなんだから。ふっふっふ、追いかけられる恐怖を存分に味わえば良いわ」
「あはは……さすが先輩。その性格だけは見習いたいです」
「……ねえ、海斗。今の褒められたの、あたし?」
「ノーコメントで」
御琴から目を逸らす一方で、海斗は胸をなでおろしていた。怪異から解き放たれた御琴は、いつもと変わらない調子でまどかと接している。あれだけ全てを失うことに怯えてまどかを憎んでいた姿はどこにもない。
「ところで三木。見たところ元気そうだけど、退院しないのか?」
そんなやり取りをしていた海斗らをよそに、咲耶がまどかに尋ねる。
「あはは……私はもう大丈夫って言っていたんですけど、うちの園長先生がもう一日様子を見るようにって。今日は部活もお休みしてしまいましたけど、明日にはちゃんと学校に行きますから」
「そう言うことか。心配性な園長さんらしい」
「いえ。それだけ私にも期待してくれているってことですから。その分水泳で結果を出して恩返しするのみです!」
『ねえ海斗。今の「園長先生」って?』
「……ちょっとデリケートな話だから、こっち来てくれ」
海斗は少し離れ、病室の扉のあたりでミサキに小声で教える。
「三木には親がいないんだ」
『……え?』
「赤ん坊の頃に置き去りにされていたんだ。まどかって名前以外何もわからなくて、それからはずっと施設で育てられたんだ」
『そんな……』
明るく咲耶たちと話しているまどかからはそんな辛い過去を持っている雰囲気は見えない。だからこそ、ミサキはその事実に驚かされる。
「名字は預けられた施設の『三木きぼう園』から付けられてる。そこ、親が何かしらの理由で手放した子供たちが引き取られている所なんだってさ」
『そのことを美波さんも御琴さんも?』
「知ってるよ。三木本人から聞いたことだし」
『自分から?』
「ああ。そのことについて何にも気負ってないんだよ、三木は」
まどかたちの会話からも、時折施設の話が漏れ聞こえている。そのいずれもが、まどかが前向きに今の環境を受け入れていることがうかがえるものだった。
「なあミサキ。あいつの将来の夢、なんだかわかるか?」
『家庭を持ちたい……とか?』
「水泳で有名になって、施設を支援してあげたいんだってさ。自分を育ててくれた家と家族を守りたいんだって」
『……家族?』
「噂してたら来たみたいだ」
『え?』
廊下の方からにぎやかな声と共に、複数の足音が聞こえて来た。海斗が廊下に目をやると、その「家族」が姿を現した。
「あれー、まどかお姉ちゃんのお部屋に誰かいるよ?」
「きっと、まどかさんの学校のお友達です」
「でも男だぜ。彼氏じゃねーの?」
「マジ? まどかねーちゃん、彼氏いたの!?」
海斗の姿を見つけた子供たちが一斉に駆け寄って来る。その中にいた大人の女性が注意をする間もなく、騒がしく病室になだれ込んで来た。まず子供たちは扉のそばにいた海斗に群がる。
「おい、お前。まどかねーちゃんの彼氏か!?」
「いや、違うけど」
「まどかねーちゃん泣かせたら許さねえからな!」
「だから、違うっての。こら、蹴るな!」
「ちょ、ちょっとみんな。先輩に何してるの!」
海斗が集団で絡まれているのを見て、慌ててまどかがその子供たちに注意をする。
「先輩と私はそんな関係じゃないの!」
「えー。でもまどかねーちゃんが前から言ってた『かいと』ってこいつでしょ?」
「こ、こらあー!」
真っ赤な顔でまどかが否定する。そして最後に病室に入った女性がまどかに苦笑いで詫びた。
「ごめんね。連れてくるつもりはなかったんだけど、みんな行きたいって聞かなくて」
「うう……でも、昨日はみんなの前で倒れて心配させちゃったし、仕方がないか」
「そうだよ。まどかねーちゃんが倒れた時、俺たちすっごく心配したんだからな」
「お姉ちゃん、死んじゃうんじゃないかって……怖かった」
「……ごめん」
「あんまり無理したらダメだよまどか……って、あたしが言えた立場じゃないか」
御琴が舌を出して笑う。そんな彼女に美波が軽くお説教する。その光景はとても和やかな雰囲気だが、まどかが倒れた理由を知っている者として海斗とミサキは複雑な気持ちだった。
「ご無沙汰しています、園長先生」
「あら、伊薙先生。まどかさんがお世話になってます。この間の記録会はかなりのタイムだったんですって?」
「はい。このまま実力をつけて行けば、とても期待できるかと」
「まどかねーちゃん、すっげー!」
「オリンピック出るの?」
「み、みんな。さすがにそこまでじゃないよ……でも、オリンピックまで出られたらいいなあ」
「出てよ。みんなで応援に行くから!」
「そうしたら、みんなテレビに映るんじゃない?」
さすがに話が飛躍すぎだと、困ったような笑顔をまどかは浮かべた。しかし、その裏に込められている気持ちを彼女は分かっているからこそ、胸を張って宣言する。
「任せて。有名になって、みんなをお父さんとお母さんに会わせてあげるから」
「……えっ?」
その言葉に思わず、誰かの声が上がった。
「……えへへ。もし注目されたら園に取材が来るじゃないですか。そしたらみんな元気にやっているって、お父さんやお母さんに伝えられるんじゃないかなーって思いまして。もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないじゃないですか」
そう言って、まどかは朗らかに笑顔を見せた。彼女の言うことは叶わないかもしれない。それでも、彼女は「家族」に何かできることをしてあげたい。そんな気持ちで必死に頑張っていたのだった。
「……そろそろ行こうか、三人とも。会計も済ませなくちゃいけないし、こんなに大勢で部屋にいるもんじゃない」
「そうだね。じゃあね、まどか。また部活で」
「はい。負けませんよ、八重垣先輩。伊薙先輩も、神崎先輩も、今日はありがとうございました」
「……」
「神崎先輩?」
黙り込んだ美波に、まどかは不思議そうに声をかける。海斗も妙だと感じ、声をかけた。
「美波、どうした?」
「……え? あ、ううん。何でもない。ちょっとボーっとしてた」
「美波んも体調悪いとか?」
「そう言うのじゃないから。あはは、何でもない何でもない」
苦笑して病室を美波も出る。自分の反応に、美波もよく理由がわからず、首をかしげているようだった。
「そっか、まどかはあの子たちのために頑張ってるんだなぁ……」
そしてその違和感は皆の間からすぐに消える。廊下を歩き始めたところで、御琴が腕組みしながらそう呟いたからだった。
「ねえ美波ん。あたしに料理を教えて!」
「おお! 御琴ちん遂にやる気出た?」
「うん。あたしも食べる側から作る側になる!」
「ふっふっふ……道は険しいぞよ?」
「はい、師匠!」
美波が窓の外の夕陽を指さした。そして御琴と共にそれを見つめて言う。
「さあ、あの夕陽に向かってダッシュだよ御琴ちん!」
「待て。それ料理に関係ねえだろ!?」
「てへ、つい悪乗りしちゃったのです」
「え、今の関係ないの?」
「え?」
「え?」
『え?』
ミサキも含め、海斗たちは一斉にその言葉で崩れ落ちそうになった。
「……とりあえず、八重垣は家庭科を小学校からやり直せ」
「なんでー!?」
頭を抱える御琴を尻目に咲耶はエレベーターのボタンを押した。少しの間の後、エレベーターが動き出して三階へと昇って来た。そして扉が開いた時、その中にいた人物は海斗たちを見て驚きの声を挙げた。
「あら……皆さんお揃いで」
そして、静宮深雪はにっこりと微笑むのだった。
聞けば昨日の怪異で体調を悪くした患者が同じ部屋にいるらしく、既にほぼ全員が今日の内に退院をしているという。
まどかの病室のある三階に到着し、病室へ向かうと明るい声が海斗たちの耳に聞こえて来た。
「御琴ちーん。ジュース買って来たよー」
「ああ、ありがと美波ん……って、何で海斗と咲耶さんもいるのよ?」
「ふぇっ!? いいい|伊薙先輩、それに先生。どうしてここに!?」
思わぬ来訪者にまどかは慌てて布団に潜り込む。顔まで埋まって向こうを向いてしまった。
「ジュース買いに行ったら一階にいたんだ。なので連れて来たのです」
「お、お久しぶりです。先輩……」
「中学の時以来だな……で、何で三木は布団に潜り込んでるんだ?」
「えっと……全然心の準備できてませんでしたし、今ノーメイクですから」
「そんなの気にしないんだけどな、俺……痛てえ!?」
右にいた美波と左にいた御琴が同時に海斗の足を踏んでいた。
「海斗ー? 女心くらい少しは勉強した方がいいぞー?」
「そうだよカイくん。さすがに今の台詞はNGなのです」
「いや、そもそも連れて来たのはお前だろ、美波!?」
両つま先の激痛に悶える海斗。そんな彼にため息交じりにミサキが教えてあげた。
『……女の子はいつだって一番の自分を見てもらいたいの。すっぴんでも良いってその努力を見ていないってことにならない?』
「そ……そう言うことか」
できればもっと早く口で言ってもらいたかったと思った。
「でもまあ、さっきまであたしに挑戦的な眼でいたまどかが海斗見た瞬間に弱弱しくなっちゃうんだもん。なんか可愛い」
「か、からかわないでください。|八重垣先輩……」
「さっきも言ったでしょ。あたしだって勝負に負ける気、さらさら無いんだから」
「……む。言いましたね」
まどかは意を決して体を起こす。そして御琴に指を突き付けて宣言する。
「私だって負けません。絶対に、特に八重垣先輩には!」
「かかって来なさーい。その前に昨日のリベンジはすぐに果たしてあ・げ・る。まな板洗って待ってなさいよ、まどか!」
「……調理される気なのかな御琴ちん」
「……負けてるだろ、それ」
まどかの熱を余裕の表情で御琴は受け流す。だがやはりどこか言葉のチョイスを間違えていた。
「ぐぐ……何ですかその余裕。昨日は私が勝ったのに」
「腹ペコのあたしに勝ったくらいで調子に乗るな! 満腹のサメは怖いんだぞー!」
「……なあ美波。腹いっぱいになっても襲うのか、サメって?」
「たぶん食べない」
「ちょっと、海斗も美波んも所々でツッコミ入れないでよー!」
「お前が言わせるようなこと言うからだろ!?」
「こらお前たち、他の患者さんもいるんだぞ」
つい騒いでしまった二人に咲耶が冷静に言う。数少ない同部屋の患者たちもそのやり取りを見て笑っていたが、慌てて海斗たちは頭を下げた。
「でもよかった。八重垣先輩、昨日の様子だと何か思い詰めている様子でしたから……もしかしたら水泳辞めちゃうんじゃないかって」
「まどかに負けたくらいで水泳辞めるわけないでしょ。むしろ『次は見てろ』ってなるのがあたしなんだから。ふっふっふ、追いかけられる恐怖を存分に味わえば良いわ」
「あはは……さすが先輩。その性格だけは見習いたいです」
「……ねえ、海斗。今の褒められたの、あたし?」
「ノーコメントで」
御琴から目を逸らす一方で、海斗は胸をなでおろしていた。怪異から解き放たれた御琴は、いつもと変わらない調子でまどかと接している。あれだけ全てを失うことに怯えてまどかを憎んでいた姿はどこにもない。
「ところで三木。見たところ元気そうだけど、退院しないのか?」
そんなやり取りをしていた海斗らをよそに、咲耶がまどかに尋ねる。
「あはは……私はもう大丈夫って言っていたんですけど、うちの園長先生がもう一日様子を見るようにって。今日は部活もお休みしてしまいましたけど、明日にはちゃんと学校に行きますから」
「そう言うことか。心配性な園長さんらしい」
「いえ。それだけ私にも期待してくれているってことですから。その分水泳で結果を出して恩返しするのみです!」
『ねえ海斗。今の「園長先生」って?』
「……ちょっとデリケートな話だから、こっち来てくれ」
海斗は少し離れ、病室の扉のあたりでミサキに小声で教える。
「三木には親がいないんだ」
『……え?』
「赤ん坊の頃に置き去りにされていたんだ。まどかって名前以外何もわからなくて、それからはずっと施設で育てられたんだ」
『そんな……』
明るく咲耶たちと話しているまどかからはそんな辛い過去を持っている雰囲気は見えない。だからこそ、ミサキはその事実に驚かされる。
「名字は預けられた施設の『三木きぼう園』から付けられてる。そこ、親が何かしらの理由で手放した子供たちが引き取られている所なんだってさ」
『そのことを美波さんも御琴さんも?』
「知ってるよ。三木本人から聞いたことだし」
『自分から?』
「ああ。そのことについて何にも気負ってないんだよ、三木は」
まどかたちの会話からも、時折施設の話が漏れ聞こえている。そのいずれもが、まどかが前向きに今の環境を受け入れていることがうかがえるものだった。
「なあミサキ。あいつの将来の夢、なんだかわかるか?」
『家庭を持ちたい……とか?』
「水泳で有名になって、施設を支援してあげたいんだってさ。自分を育ててくれた家と家族を守りたいんだって」
『……家族?』
「噂してたら来たみたいだ」
『え?』
廊下の方からにぎやかな声と共に、複数の足音が聞こえて来た。海斗が廊下に目をやると、その「家族」が姿を現した。
「あれー、まどかお姉ちゃんのお部屋に誰かいるよ?」
「きっと、まどかさんの学校のお友達です」
「でも男だぜ。彼氏じゃねーの?」
「マジ? まどかねーちゃん、彼氏いたの!?」
海斗の姿を見つけた子供たちが一斉に駆け寄って来る。その中にいた大人の女性が注意をする間もなく、騒がしく病室になだれ込んで来た。まず子供たちは扉のそばにいた海斗に群がる。
「おい、お前。まどかねーちゃんの彼氏か!?」
「いや、違うけど」
「まどかねーちゃん泣かせたら許さねえからな!」
「だから、違うっての。こら、蹴るな!」
「ちょ、ちょっとみんな。先輩に何してるの!」
海斗が集団で絡まれているのを見て、慌ててまどかがその子供たちに注意をする。
「先輩と私はそんな関係じゃないの!」
「えー。でもまどかねーちゃんが前から言ってた『かいと』ってこいつでしょ?」
「こ、こらあー!」
真っ赤な顔でまどかが否定する。そして最後に病室に入った女性がまどかに苦笑いで詫びた。
「ごめんね。連れてくるつもりはなかったんだけど、みんな行きたいって聞かなくて」
「うう……でも、昨日はみんなの前で倒れて心配させちゃったし、仕方がないか」
「そうだよ。まどかねーちゃんが倒れた時、俺たちすっごく心配したんだからな」
「お姉ちゃん、死んじゃうんじゃないかって……怖かった」
「……ごめん」
「あんまり無理したらダメだよまどか……って、あたしが言えた立場じゃないか」
御琴が舌を出して笑う。そんな彼女に美波が軽くお説教する。その光景はとても和やかな雰囲気だが、まどかが倒れた理由を知っている者として海斗とミサキは複雑な気持ちだった。
「ご無沙汰しています、園長先生」
「あら、伊薙先生。まどかさんがお世話になってます。この間の記録会はかなりのタイムだったんですって?」
「はい。このまま実力をつけて行けば、とても期待できるかと」
「まどかねーちゃん、すっげー!」
「オリンピック出るの?」
「み、みんな。さすがにそこまでじゃないよ……でも、オリンピックまで出られたらいいなあ」
「出てよ。みんなで応援に行くから!」
「そうしたら、みんなテレビに映るんじゃない?」
さすがに話が飛躍すぎだと、困ったような笑顔をまどかは浮かべた。しかし、その裏に込められている気持ちを彼女は分かっているからこそ、胸を張って宣言する。
「任せて。有名になって、みんなをお父さんとお母さんに会わせてあげるから」
「……えっ?」
その言葉に思わず、誰かの声が上がった。
「……えへへ。もし注目されたら園に取材が来るじゃないですか。そしたらみんな元気にやっているって、お父さんやお母さんに伝えられるんじゃないかなーって思いまして。もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないじゃないですか」
そう言って、まどかは朗らかに笑顔を見せた。彼女の言うことは叶わないかもしれない。それでも、彼女は「家族」に何かできることをしてあげたい。そんな気持ちで必死に頑張っていたのだった。
「……そろそろ行こうか、三人とも。会計も済ませなくちゃいけないし、こんなに大勢で部屋にいるもんじゃない」
「そうだね。じゃあね、まどか。また部活で」
「はい。負けませんよ、八重垣先輩。伊薙先輩も、神崎先輩も、今日はありがとうございました」
「……」
「神崎先輩?」
黙り込んだ美波に、まどかは不思議そうに声をかける。海斗も妙だと感じ、声をかけた。
「美波、どうした?」
「……え? あ、ううん。何でもない。ちょっとボーっとしてた」
「美波んも体調悪いとか?」
「そう言うのじゃないから。あはは、何でもない何でもない」
苦笑して病室を美波も出る。自分の反応に、美波もよく理由がわからず、首をかしげているようだった。
「そっか、まどかはあの子たちのために頑張ってるんだなぁ……」
そしてその違和感は皆の間からすぐに消える。廊下を歩き始めたところで、御琴が腕組みしながらそう呟いたからだった。
「ねえ美波ん。あたしに料理を教えて!」
「おお! 御琴ちん遂にやる気出た?」
「うん。あたしも食べる側から作る側になる!」
「ふっふっふ……道は険しいぞよ?」
「はい、師匠!」
美波が窓の外の夕陽を指さした。そして御琴と共にそれを見つめて言う。
「さあ、あの夕陽に向かってダッシュだよ御琴ちん!」
「待て。それ料理に関係ねえだろ!?」
「てへ、つい悪乗りしちゃったのです」
「え、今の関係ないの?」
「え?」
「え?」
『え?』
ミサキも含め、海斗たちは一斉にその言葉で崩れ落ちそうになった。
「……とりあえず、八重垣は家庭科を小学校からやり直せ」
「なんでー!?」
頭を抱える御琴を尻目に咲耶はエレベーターのボタンを押した。少しの間の後、エレベーターが動き出して三階へと昇って来た。そして扉が開いた時、その中にいた人物は海斗たちを見て驚きの声を挙げた。
「あら……皆さんお揃いで」
そして、静宮深雪はにっこりと微笑むのだった。
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