上 下
5 / 66
第一章「慟哭の和魂」

第04話 高嶺の花と玉の輿

しおりを挟む
 幸いにも学校生活では大きな問題も起きることなく、平穏無事に過ごすことができた。だが、帰りのホームルームで頭の痛い問題が再浮上することになった。

「えー、と言うわけで明日から水泳の授業も始まるから水着を忘れるなよ」
「げ……」

 担任の言葉に海斗かいとは顔を引きつらせる。朝ですら、着替えるのにかなりの苦労を要したのだ。野郎の裸がそこかしこにいる男子更衣室の中でどうして着替えることができようか。

『……わかってるわよね、海斗かいと
「目を閉じて着替えるしかないか……」

 それ以外に手はなさそうだ。海斗かいとは今から気が重かった。
 さらに言えば、これから家に帰れば落雷で半壊状態の部屋を片付けなければならない。そちらもまた頭が痛い。

「……さて、とりあえず料理部に寄って帰るか」
『あ、そう言えば深雪みゆきって誰?』

 帰りの準備を進めている時にミサキは海斗かいとに尋ねた。海斗かいとは周囲のクラスメイトの目を気にしながら小声で答える。

静宮しずみや先輩の事か?」
『そうそう。朝、聞き忘れてたから今のうちに聞いておこうかなって』
「料理部の部長だよ。俺と美波みなみの料理の師匠でもある」
『ふーん……』

 そう言えばレシピ本もちゃんと返さなくては。カバンの中に見えた古びたノートを見て海斗かいとはそう思った。

『もしかして、海斗かいとって結構チャラい?』
「なんだよ、急に」
『年頃の男子にしては女の子の知り合いが多いから』

 警戒するような気持が伝わってくるのを感じた。そう思われるのであれば心外だった。少々乱暴にカバンを持ち上げ、海斗かいとは廊下へと出る。

「なあお前、なんで俺の女性関係にそんなに興味があるんだよ?」

 最初は親しい女の子が周りにいるのでからかうつもりだったのだろうと海斗かいとは思っていた。だが、美波みなみ御琴みこと深雪みゆきと探りを入れ続けられるとさすがに何か別の目的があるのではないかと疑ってしまう。

『……何となくよ。私にもよくわからない』
「少なくとも、静宮しずみや先輩に対してはそんな気はないぞ。あの人は別格だから」
『別格?』

 海斗かいとの教室は三階にある。料理部が活動しているのは一階の家庭科室だ。階段を降りてそこへと向かう。

静宮しずみや先輩は料理部の部長ってだけじゃなくて、生徒会長も務めているんだよ。全国模試じゃ上位の常連だ。家もお金持ちで正真正銘のお嬢様さ」
『凄いわね……それじゃあ、人気も高いんじゃない?』
「逆だよ。完璧すぎて男子の間じゃ高嶺の花扱いさ」
『でも海斗かいと美波みなみの師匠って言うなら、話す機会はあるんでしょ?』
「実際に話すと普通の人だよ。周りが勝手に色々とイメージを作り上げて自分たちで近寄りにくくしてるだけさ」

 そう話している間に海斗かいとは一階に到着した。廊下に出てすぐのドアは料理部の活動している家庭科室だ。

「おーい、美波みなみー」

 海斗かいとは慣れた様子で家庭科室の戸を開けて中に声をかけた。中ではすでに何人もの部員が調理を始めており、いい匂いが漂っていた。

「あ、伊薙いなぎ君いらっしゃーい」
「ほら神崎かんざきさん、伊薙いなぎ君が来たよ」
「ほいほーい」

 海斗かいとがこの場所に来るのは珍しいことではない。一年の頃から料理を習いにここに来ることも多く、むしろ料理をする男子は貴重だと料理部の部員からは歓迎されている。
 調理の最中だった美波みなみは一度火を止め、エプロンのポケットからメモを一枚海斗かいとに差し出した。

「はい、頼まれてたレシピ」
「お、今回はかき玉うどんか」
「あんまり洋風だと、武志たけしおじいちゃんが苦手でしょ? それと、胃に優しい感じにしました」
「サンキュー、今度またお父さんと一緒に食事しに来なよ」
「うん。カイくんのご厚意に感謝するであります」

 ビシッと敬礼をもって返す美波みなみに、気軽に海斗かいとも同様に返す。幼い頃からの付き合いなのでこういったやり取りは日常だ。

御琴みこちんの家も誘うでしょ?」
「もちろん……あ、でもあいつ体型維持するために食べちゃダメなのとかあるんじゃないか?」
「その辺は私が聞いておくのです」
「頼んだ。二人であいつを応援するための夕食でも考えてやろうぜ」
「ふっふっふ。カイくんも料理の楽しさを覚えたみたいだね」
「そりゃ、これだけ教わったらな」

 中学に入るまでは出された食事を平らげるのが当たり前のようになっていたが、いざ自分で作り始めるとその楽しさを海斗かいとは実感するようになった。
 自分の好きなものを好きなだけ、好きな味付けで作れるのだ。誰かに食べてもらって「美味しい」と言ってもらえること、喜んでもらえることがどれだけ嬉しさを覚えるか。それを知ってからは海斗かいとも家で料理を手伝い始め、親が忙しい時には料理を任されるほどにまで上達している。

「そうだ。静宮しずみや先輩は?」
「今日はまだ来てないよ。クラスか生徒会室じゃない?」
「そっか。じゃあ俺の方から行くか」
「ほいほい、いてらー」

 手を振る美波みなみに見送られ、海斗かいとは家庭科室を後にする。美波みなみも途中だった料理に再び火を入れ、鼻歌交じりで調理を再開した。

「ふんふーん」
「ねえ……神崎かんざきさん」
「はい?」

 そんな彼女に声をかける二人があった。料理部の先輩だった。確か部長の深雪みゆきとは同じクラスだったと彼女は記憶している。

伊薙いなぎ君……深雪みゆきのところに何しに行くの?」
「借りてたレシピノートを返しに行くって言ってましたよ」
「ほんとに? 他に何か要件があるわけじゃなくて?」

 美波みなみは彼女たちが何を言っているのか、その意図がつかめなかった。しかし、真剣な眼差しの二人に少しばかり不安を抱く。

「他にって……何ですか?」
「ほら、深雪みゆき伊薙いなぎ君って親しいから」
「ああ!」

 美波みなみはポンと手を打ち、その意味を察する。

「カイくん、そんな気はないと思いますよ?」
「そうなの?」
「はい。ただ料理を教わってるだけですから。皆さんも知ってるじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど……ねえ?」
「うん、伊薙いなぎ君狙ってる子は多いから」

 そう言って周囲を見る。聞き耳を立てていた何人かの部員が慌てて目を逸らした。

「そうなんですか?」
「うん。うちのクラスでも人気あるんだよ」
「普通に考えて伊薙いなぎ君ってかなりの優良物件だからね」

 まるで物のような言われ方に、美波みなみも違和感を抱いた。
 確かに海斗かいとは家が裕福、顔も性格も良い方、料理もできて運動神経もよい。付き合いの長い美波みなみはそれを良く知っている。だが、だからと言って彼を「狙う」と言う感覚が彼女にはよくわからなかった。

「そうそう。うまくいけばたま輿こしだもんね」
「欲しい物とか買ってもらえるかもしれないよね」
「あの……その言い方は」

 さすがに美波みなみも、海斗かいと自身ではなく、彼に付属するものについて言及してきた辺りから不快感を示し始める。

「ああ、ごめんごめん。冗談だって」
「それに、伊薙いなぎ君がそう思ってなくても深雪みゆきの方は分からないじゃない?」

 美波みなみはつい押し黙ってしまう。恋の話は嫌いではないが、自分の尊敬する先輩と、仲のいい幼馴染が話題の中心だと何とも言えない気持ちになる。

「ステータスで伊薙いなぎ君と釣り合う人って言ったら、この学校じゃ深雪みゆきしかいないのよね」
「そうそう。それに深雪みゆきに気軽に話しかける男の子って、伊薙いなぎ君だけだろうし」

 話が二人だけで盛り上がり始めたところで、美波みなみは話を切り上げて調理に戻る。これ以上付き合っていると何だかわからないが、モヤモヤした気持ちが膨らんで、つい余計なことを言ってしまいそうだったからだ。

「でもさ……もしも深雪みゆきがその気だったらなんか嫌じゃない?」
「ないでしょ……でも、もしものことってあるよね」
「……ずるい。なんであの子だけなんでも手に入っちゃうのよ」

 聞こえてくる悪意の声から美波みなみは調理に集中して意識を逸らす。本当なら言い返したいことはいくらでもある。だけど学校祭が近づいたこの時期に部員内で無用なトラブルは避けたいと思っていた。
 こうやって愚痴を言い合うだけで少しでもガス抜きができるならそれも必要悪と言える。そう考えていたからだろうか。

が足りなかったのかな?」
「ちょっと、釘刺しておいた方がいいかもね」

 そんな、悪意に満ちたゾッとする言葉を彼女は聞き逃してしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【第一部完結】魔王暗殺から始まった僕の異世界生活は、思ってたよりブラックでした

水母すい
ファンタジー
 やりたいことがない空っぽの高校生の僕がトラックに轢かれて転移したのは、なんと魔王城だった。  貴重な役職の《暗殺者》である僕はチートスキルを駆使して、魔王を倒して囚われの姫を救い出すことに。  ⋯⋯ただし使えるのは短剣一本。  英雄なのに英雄になれない、そんな報われない僕の異世界生活は魔王討伐から始まる── ・一話の分量にバラつきがありますが気分の問題なのでご容赦を⋯⋯ 【第一部完結】 第二部以降も時間とネタができ次第執筆するつもりでいます。

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。 ……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。 そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。 そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。 王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり…… 色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。 詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。 ※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。 ※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

「異世界ファンタジーで15+1のお題」一

ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
レヴがなにげなく足を踏み入れた深い森…そこは違う世界と繋がった不思議な場所だった…

処理中です...