魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

エピローグ~魔王の娘に花束を~

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「お父さん、早く早く!」
「遅いよー!」
「す、すまない!」

 息子と娘に急かされてフジは慌ただしく病院へと駆け込む。急患が飛び込んだのですっかり予定が狂ってしまった。

「ドラセナ!」

 飛び込んだ病室には満面の笑みで新しい命を抱く母親の姿があった。ドラセナは、息を切らすフジに気付いて微笑みを向ける。

「す、すまない。患者を放っておけなくて」
「いいのよ。それがあなたなんだから」

 それよりもと、ドラセナはすやすやと眠る赤子をフジに示す。二人にとって三人目の、子供たちにとっては初めて目の当たりにする命の誕生。抱き締めるその腕の中にしっかりとそれを感じる。

「さて、また現場に復帰したらバリバリ活躍するわよ!」
「お母さん、頑張れー!」
「ふぁいとー!」
「新しい病院ももうすぐ完成だし、僕もこれから更に頑張らなくちゃ」
「ええ、みんなで頑張りましょー!」
「おおー!」
「おー!」

 どんな将来が待っているのか。新たな未来を紡ぐ可能性を秘めた子は今は静かに目覚めの時を待つのだった。



「フジとドラセナの子、無事に生まれたそうだよ」
「そうか、そいつは良かった」

 シオンはウルガリス邸でカルーナに朗報を伝えていた。結婚から数年、フジとドラセナの仲睦まじさは街でも人がうらやむほどの評判だった。

「それで、お前はいつ嫁を取るんだ?」
「え?」

 だが、カルーナから思わぬ問いかけが返って来てシオンは紅茶を飲む手を止めた。

「いい加減、伴侶も後継ぎも居ないというのは対外的にもまずいだろ?」
「……そう急かさないでくれ。なかなか相手が見つからなくてね」

 シオンは肩を竦める。話自体は数多く来ているのだが、なかなか見合う相手がおらず、破談になっているのだという。

「僕をアスター家の当主としてでなく、シオン=アスター個人として見てくれる人。僕が望むのはそれだけなんだけどね」
「シオン、俺たちは天下の六大騎士家だぞ。肩書なしで見てもらうなんて無理だ」
「そうだよなあ……」

 自分を一個人として見てくれる人物。それは決していないわけじゃない。だが今になってそういう相手・・・・・・として見てもらうのは難しいと思えた。

「そう言えば、あっちの方も相手が見つからないって話だな」
「ああ、オウカの事かい?」
「あいつ、自分より弱い男に惚れる気はないって言い放ったそうだぞ」

 オウカも当主を継承後、結婚相手を探していると聞いていた。だがそのいずれもが断られているという話だ。
 自分を打ち負かせた相手のみ認めるという条件を譲らず、見合いの席で立ち合いを所望するという横暴ぶりに前当主夫妻も頭を抱えているという。

「ったく、王国最強の騎士に勝てる奴なんざいるのか? ありゃ、当分相手はできねえぞ」
「はは、彼女らしいね」
「勝てる可能性がある男っていったら……あー、お前くらいか、シオン?」
「え?」
「いっそのこと、お前が求婚してみたらどうだ? 知らない仲じゃねえし、家柄も問題ない」
「あ、いや……僕は」

 シオンが狼狽する。カルーナはいつもの軽口のつもりだったが、思わぬ反応にニタリと笑いを漏らす。

「ほう、まんざらでもない……と?」
「ま、待ったカルーナ。今のは……」
「こりゃ、ブルニアの墓前にいい報告ができそうだ」
「違う、そんなつもりは!」

 慌てて立ち上がる天下の騎士団長の様子が面白いのか、カルーナは止めるつもりもない。そこへ、エリカが応接室へと入って来た。

「どうされたのですか、廊下にまで声が漏れていますよ?」
「おおー、エリカ、カルミア。ちょうどいい所に来た。実はシオンの奴が」
「待つんだカルーナ!」

 エリカに漏らせば確実にマリーに、そして当人にまで話が届く。それだけは避けるべく、どう繕うべきか、これまで以上の危機にシオンは思考を巡らせるのだった。



「それでは皆様。長い間お世話になりました」

 ぺこりとレンカが頭を下げ、屋敷の者たちに別れを告げる。幼少の頃より長年過ごしたフロスファミリア本家では、レンカを見送ろうと多くのものが屋敷の前に集まっていた。

「トウカを頼むぞ」
「体に気をつけてね、レンカ」
「はい、グロリオーサ様も、奥様もお元気で」

 一人一人、律義に別れの言葉を交わしていく。ある者は笑顔で、ある者は涙を浮かべて、新しい門出を見送ってくれていた。
 そして、いよいよ馬車に乗り込む時間が迫った時、レンカは最後の一人の下へと歩を進める。

「キッカ」

 名前を呼ばれた少女は不貞腐れているようにも、困っているようにも見えた。そうしている内に最後の番にまで回ってしまった不器用さにレンカも苦笑していた。

「えと……本当に、行っちゃうのね」
「ええ。ロータス家はトウカ様を支持する家。トウカ様が家を興された今、私が側でお支えしなくては」

 レンカはオウカ付きの従騎士からトウカ預かりへとなった。頻繁に会えないオウカの代わりに、彼女の下で学んだことをトウカのために役立てるつもりだ。

「いいじゃない、家の命令なんか放っておいて。オウカ様が言えば面倒な家同士のしがらみだってもう――」
「いえ、私がそうしたいのです。家のしきたりとか、そんなことを関係なく。私があの方と、マリーのために力を尽くしたいのです」

 共に過ごしてきたキッカにはその言葉が彼女の本心からのものだと分かる。ロータス家からの命令でトウカに奉仕すべく送り込まれた少女は心の底ではそんな家の在り方に反目していた。
 だが彼女は心の底から慕うことのできる主を見つけられた。家の意向が無くてもトウカと、その娘のためにその身命を捧げても構わない。その為なら王都を出て地方へと行くことも苦ではなかった。

「そう……それなら何も言わないわ。元気でね」
「はい、お世話になりました。キッカ……あなたは私にとって、本当の姉のような存在でしたよ」

 同じように家の意向で本家へと来た二人。対極の派閥でありながら手を取り合うようになり、共に戦場を駆け、無二の存在となった相手との別れは身を引き裂かれるように辛い。
 ふわりとレンカがキッカを抱きしめる。必死に泣きそうになるのを堪えて、キッカは抱きしめ返そうと手を回す。

「レンカ……あたしこそ、あんたのこと妹みたいに――」
「まあ、私の場合は『手がかかる』が付きますけど」
「ちょっと、どういう意味よ!」

 ぺろりと舌を出して、キッカの腕からレンカは抜けて行く。雰囲気がぶち壊しだと呆気にとられるキッカを尻目にレンカは馬車へと乗り込んでいく。

「またお会いしましょう。その時には笑顔で」
「二度と来るな、このロータス家の小悪魔め!」
「ごきげんよう、素直になれないラペーシュ家のじゃじゃ馬娘!」

 馬車が走り出す。目指すはトウカとマリーのいる新天地へ。親友であり、姉妹でもあり、戦友でもあるお互い。その姿が見えなくなるところまでその距離が離れた頃、二人の少女は同時に声を挙げて――押し殺して――泣くのだった。



「トウカ」
「あれ、オウカ」
「また遠乗りに行ったと聞いてな。捜したぞ」

 小高い丘の上で広い大地を眺めていたトウカの所へオウカが馬で駆け寄って来た。領主になってから彼女は精力的に領地を駆け回っており、領民目線での復興政策を次々と先頭に立って実施していた。

「なかなか順調なようだな」
「まだまだだよ。食糧の生産、治安維持、産業の振興……やることがいっぱいだもの」

 戦争や魔族によって土地を追われた人々には移住を望む声も多くあると言う。そんな人々を積極的に受け入れたい思いとは裏腹に、かつて魔物や魔族に蹂躙された地の復興が進んでいない。

「いきなり全てを成すことはない。一つずつ、着実にやっていけ」
「うん……」
「お前の優しさは美点だ。だがそれだけで全てを救えるほど甘い世界ではない」
「……それは、わかってるけど」

 闇雲に移民を受け入れれば先住の民の生活が悪化する。治安の悪化も避けられない。物語の様に上手くいかないものだと、トウカはため息を吐く。

「一部ならこちらで引き受けるさ。焦る必要はない」
「また迷惑かけちゃうね、オウカ」
「今に始まったことじゃないさ」

 オウカはそう言って苦笑する。魔王の娘を庇護するという無茶に比べれば、今やこれくらいの迷惑は大したことではない。苦難を共に乗り切り、これからも姉として最大の理解者としていつまでも彼女を支えようとすら思う。

「そう言えば、家名のことだが、どうする気だ?」

 フロスファミリアの本家はオウカが継いでいる。だからトウカが同じようにフロスファミリア家の当主と言う肩書になることは紛らわしいのではないかという意見もあった。実際、六大騎士家の肩書を持つ同じ名前の家が二つあるのは確かに紛らわしい。

「フロスファミリア家はオウカが継いだから。私は違う家名を名乗ろうと思う」
「む……お前がそう言うのなら反対する理由はないが」

 そうは言いつつも、オウカは不満げな表情だった。同じ容姿を持ち、同じ家の剣技を学び、長い時を一緒に道を歩んできた二人。同じフロスファミリアを名乗れなくなるのはオウカにとって寂しいものがあった。

「クス……オウカもたまにはわがまま言っても良いんだよ?」
「馬鹿者。もう子供ではないんだ。軽々しく言えるか……それで、新しい名は考えてあるのか?」
「うん」

 トウカは天を仰ぐ。広い青空は地平線の先で少し赤みを帯び始めていた。

「私、一人じゃ何もできなかったと思う。名前を変えて、一人で生活していた時は生きて行くだけで精いっぱいだった……でも、マリーと出会って、オウカと一緒に歩み始めて、何もかもが変わって行った」
「……そうかもしれないな」

 誰かが隣にいたから成長できた。誰かが隣にいたから辛い時でも支え合えた。二人の身近な人たちもまたそうだ。

「だからね。必ず誰かが側にいてくれてるような名前を付けようと思うの。この空の色……赤と青のように」
「なるほど。それで、その名は?」
紫陽花ハイドランジア。二つの色を持つ花の名前。人間わたし魔族マリーが一緒に咲いて行けるようにって……どうかな?」
「フッ……良い名だ。マリーと二人での再出発に相応しい」

 マリーが魔族であることをまだこの土地の人たちは知らない。いつの日か、皆が笑顔でいられる日が来ることを夢見てトウカの新しい戦いはこれからも続いていく。

「それで。その共に歩むべき愛娘を置いてお前はここで何をしているんだ?」
「あ、しまった。忘れてた!」

 慌ててトウカは屈み、足下の元の花を摘み始めた。

「マリーの誕生日会にあの子の好きなお花を摘みに来たんだった」

 あれから一年。前年に祝えなかったマリーの誕生日を盛大に催そうと、トウカは屋敷の庭園に多くの領民たちを招いて祝宴を開くつもりだった。オウカもなんとか予定を合わせ、ギリギリになって到着していたのだった。

「やれやれ……そう言うことは早く言え」

 手が焼ける妹だと苦笑してオウカもしゃがみ込む。違う家名を名乗ろうとも、遠く離れた所で暮らそうとも、この関係は終生続くのだろうと彼女は思った。

「あー、ママたち見つけた!」

 そんな二人の頭上から、少し怒った声が届く。見上げると暗くなり始めた空からマリーが舞い降りて来ていた。

「もう、みんな料理を用意して待っているのよ。領主不在じゃ始められないじゃない」
「ごめん、マリー。すぐ戻るから!」
「それはそうと、むやみに魔法を使うなマリー! 誰かに見られたらどうする!」
「あ、しまった……つい」
「まったく……この親にしてこの娘ありだ」
「えー、そう言うお母さんもこの間は……」
「待て、その話は言わない約束のはずだ!」
「え、なになに。何の話?」

 面白がって聞き耳を立てるトウカ、耳打ちしようとするマリーと、その口を塞ごうとするオウカ。母と娘の三人は花畑でぐるぐると駆け回る。
 そのいずれもが笑顔で、幸せに満ちていた。花畑を見せるという小さな約束はかけがえの無い家族という大きなものを与えてくれた。
 いつの日か、マリーが大きくなった時、彼女もまた家族を作っていくかもしれない。誰かに愛を与えられる存在になって行って欲しい。そんなことをオウカもトウカも願っていた。

「わっ!?」
「きゃっ!?」
「なっ!?」

 花畑の真ん中でもつれ合って倒れ込んだ三人は、草と花びらにまみれた姿で思わず笑い出していた。左右から挟まれるように抱き締められ、マリーは嬉しさと苦しさの入り混じった声を漏らす。
 二人の母は、そっと左右から先程摘んだばかりの花々を差し出した。あの日言えなかった言葉と、二年分の思いを――これからもずっとこの幸せが続いていくように込めながら。

「お誕生日、おめでとうマリー」
「これからも、ずっと一緒だ」
「うん! 大好きだよ、二人とも!」

 両手いっぱいの花の束を抱きしめ。マリーは満面の笑みを咲かせるのだった。
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結葉 天樹
2021.11.02 結葉 天樹

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