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第三章「魔王の血族編」
第50話 ともに、みんなで
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放たれたトウカの剣の一閃。飛ぶ幾条の光。アザミが咄嗟に繰り出した魔法をことごとく蹴散らし、人と魔が手を取り合う象徴のごとき閃光は強大な闇を貫く。
「ぐおおあああああっ!!!」
次々にアザミの全身に着弾するマリーの魔力を込めたトウカの技。その勢いは彼を押しやり、盛大な亀裂と共に壁に激突してその体をめり込ませた。
「はぁ……はぁ……」
「や……った?」
最後の力を使い切り、膝を突くトウカ。ありったけの魔力を放ったマリーも肩で息をしていた。そして、戦いの行く末を見守っていた皆の視線が集まる先でアザミはゆっくりと体を起こし始める。
「ぐ……がはっ…!」
アザミの口の端から血が滴る。それを押さえようとする手から、震える肩から、崩れ落ちそうな脚から、バチバチと火花が散り始める。それが戦いの終焉を告げるものであることをその場にいる者全てが理解していた。
「ククク……クハハハ。そうか、私は敗れたのか」
魔力が制御できないことに気づいたアザミは暴走する力に抗うことも、悶えることもせず、ただ現実を受け止めて笑みをこぼす。
「……満足かマリー。魔族として生きる道を捨て、肉親を死に追いやって」
「そんなこと……あるわけないでしょ」
マリーは顔を俯かせる。父の死の真相を知り、四人の肉親を失い、十一歳の少女が受け止めるにはあまりにも重い現実。もし何かが違っていればわかり会えていたかもしれないと、カレンの事を思うと、殺し合いを演じていた相手であるアザミの死に対しても簡単に割り切ることなどできない。
「あっ……」
そんな震えるマリーの手をトウカが取っていた。折れそうなマリーの心を守ろうと満身創痍の身体を教えて力強く握っていた。
「大丈夫、私も背負うから」
「ああ、マリーだけに背負わせるつもりはない」
逆の手をオウカが握った。彼女も本来ならば立っていられるような状態ではないが、それでもマリーを支えたいという思いが体を突き動かしていた。
「ママ……お母さん」
マリーはぎゅっと二人の手を握り返す。二人の母の支えを受け、まっすぐな瞳でアザミへと言葉を返した。
「でも後悔はしない、これが私の選んだ道だから。でも、最後まで私は幸せであろうと頑張り続けるわ。これからも、ずっと、マリー=フロスファミリアとして」
明確な魔族との決別の意思。人として、二人の娘として生きて行く決意を迷わず口にする。不安はある。だが自分を支えてくれる暖かな手をそれ以上に信じているから。
「クク……魔族が人間の世界で無事に生きていける訳がない。お前はいつの日か人間たちに忌み嫌われ、死よりも辛い絶望の中でもがき苦しむはずだ」
最期にマリーへと呪いを残すかのように。アザミは嘲笑う。だが三人の瞳は揺るがない。次第に激しくなっていく魔力の暴走の余波で背に負う壁が崩壊していく中、崩れ落ちた壁から外の光が差し込んでいく。
「フン……いつまでその強がりが続くかな」
光に満ちて行く謁見の間。それはまるでこれからの三人が向かう未来に希望が満ちている暗示のようでもあった。
「……あの世とやらで高みの見物をさせて貰おうか」
溢れ出した魔力が壁を砕いた。アザミの身体がゆっくりと場外へと倒れ込んでいく。
「いつか来る…お前の、絶望の……瞬…間を」
暴走した魔力が体細胞を崩壊させていく。末端の部分から消し飛んで行くアザミの身体は陽光の眩しさの中に溶け込んでいくようにして消滅していった。
「……絶対に、絶望なんかしないわ」
選んだ道を公開しないために、これから待つ過酷な運命の中で生き抜いていくために。マリーは消え失せたアザミの亡骸に向けてそう告げていた。
「大丈夫、私たちがいるから」
「ああ、お前は私たちの娘だ。何があっても守り抜いてみせるさ。今回のようにな」
「うん、ありがとう」
マリーは不意に手を放す。そして踵を返して皆に向かって頭を下げた。
「みんなも、ありがとう……それと、いっぱい迷惑かけてごめんなさい」
長い沈黙が下りる。マリーを責めようとする気持ちはこの場の誰にもない。だが多くの被害を出したこの戦いにおいて軽々しく彼女を許す言葉を言うことはできなかった。
「本当に……良かったですね、マリー様」
だからこそ、最初の一言はノアが口にしていた。その一言を皮切りに皆も口々に「おかえり」とマリーに返していく。本当にいたかった場所にマリーが戻れたことを喜んでいたのは皆同じ気持ちだったからだ。
「……しかし、どうするかなこれは」
祝福の雰囲気も落ち着き、外での戦いの音も聞こえなくなった頃になり、シオンがポツリと呟いた。
「できるだけ王城は無傷で済ませると陛下と約束していたんだけどなあ」
煌びやかであった謁見の間は激闘の跡が濃く残り、床は抉れ、柱は所々砕け、壁に至っては一面に巨大な穴が開いてしまっている。それだけではない。階下でも戦いの名残は多数残っている。作戦の指揮を執っていたシオンとしては頭の痛い光景だった。
「フジ、ドラセナ。君たちの『修復』で直せないものかな?」
「……さすがにこの規模となるとね」
「無理ね。武具を直すのとはわけが違うもの」
「そうだよなあ……」
苦笑するシオン。国王に同申し開きをするか、そんなことを考えているとマリーが声をかけた。
「あ、あの。教えてくれたら私の魔力なら……」
少し驚いた様子を見せたが、すぐにシオンは笑顔で首を振った。不思議そうな目で見つめるマリーに優しく語り掛ける。
「いや、ここはマリーちゃんの気持ちだけ受け取っておくよ」
「でも、私のせいでもあるから……」
「いいんだ。それにこれだけの損害があっという間に修復されてしまえば逆に不自然だ。君の存在をにおわせる様な余計な風聞は立てない方がいい」
「あ……」
シオンの指摘にマリーは自分の申し出が浅はかであったことに気づく。誰かのために動くことは大切だ。しかしそれが必ずいい結果を招くわけではない。今回の事件でマリーが魔法を習得するためにわざと魔族の陣営についたふりをしていたこともそうだ。結果的にトウカらを傷つける結果に繋がってしまっている。
「君の力は確かに素晴らしい。だけど危険はそんな、ちょっとしたことからも起きるんだ。今後は大人たちにも相談して正しい判断をしていけるように学んでいこう。それが誰よりも強い魔力を持つ君の責任でもあるんだよ」
「……はい」
「分かってくれればいいさ」
落ち込むマリーの頭をシオンは優しく撫でる。彼としてもマリーの申し出は嬉しいがそれが招く危険性を考えると固辞せざるを得ない。騎士団長として、五大騎士家の一人として、これ以上、王国を戦火に巻き込むことは避けたかったからだ。
「やれやれ、後で言おうとしていたことをすっかりシオンに取られてしまったな」
「いいんじゃない? 一から十まで私たちが教えるより、いろんな価値観に触れて自分で考えていけるようになることがマリーには必要だと思うから」
肩をすくめるオウカの横でマリーとシオンが言葉を交わす光景にトウカは目を細めていた。こうして間違いながらも前へ進んで行って欲しい。周りで必ず誰かが支えてくれる限り、マリーは決して間違った道を選ぶことはない。そんな確信が彼女にはあった。
「そうだな。もしまたマリーを狙う輩が現れても皆が手を取り合えば」
「うん。乗り越えていけるよ、必ず」
それは自分たちに向けた言葉でもあった。かつて道を違えた時、互いに相談していれば、誰かに支えてもらえていればと今なら思える。これからマリーが壁に直面した時に同じ思いをさせたくはなかった。
「……さて、ひとまずケガの治療を終えたら事後処理だ。トウカ、お前はマリーやノアたちと共に屋敷へ戻っていろ」
「手伝うよ。人手、足りてないんでしょ?」
「いや、ノアとアキレアを連れて身を隠して欲しいんだ。我々の娘として知られているマリーはともかく、ノアたちは素性を探られるわけにいかん。事態の収拾のために慌ただしく皆が動いている今なら動きやすいはずだ」
「……わかった。夕食作って待ってるからね」
「ああ、助かる。キッカ、レンカ。トウカたちを屋敷まで送ってもらえるか?」
「はい!」
「承りました」
キッカとレンカに伴われ、トウカたちは謁見の間を後にしていく。オウカはようやく取り戻した平和な母子の後ろ姿を眺め、満足そうに顔をほころばせた。そして、一つ深呼吸をして母から騎士の顔へと戻る。
「さて、私もすべきことをしなくてはな」
「ぐおおあああああっ!!!」
次々にアザミの全身に着弾するマリーの魔力を込めたトウカの技。その勢いは彼を押しやり、盛大な亀裂と共に壁に激突してその体をめり込ませた。
「はぁ……はぁ……」
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「ぐ……がはっ…!」
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「ククク……クハハハ。そうか、私は敗れたのか」
魔力が制御できないことに気づいたアザミは暴走する力に抗うことも、悶えることもせず、ただ現実を受け止めて笑みをこぼす。
「……満足かマリー。魔族として生きる道を捨て、肉親を死に追いやって」
「そんなこと……あるわけないでしょ」
マリーは顔を俯かせる。父の死の真相を知り、四人の肉親を失い、十一歳の少女が受け止めるにはあまりにも重い現実。もし何かが違っていればわかり会えていたかもしれないと、カレンの事を思うと、殺し合いを演じていた相手であるアザミの死に対しても簡単に割り切ることなどできない。
「あっ……」
そんな震えるマリーの手をトウカが取っていた。折れそうなマリーの心を守ろうと満身創痍の身体を教えて力強く握っていた。
「大丈夫、私も背負うから」
「ああ、マリーだけに背負わせるつもりはない」
逆の手をオウカが握った。彼女も本来ならば立っていられるような状態ではないが、それでもマリーを支えたいという思いが体を突き動かしていた。
「ママ……お母さん」
マリーはぎゅっと二人の手を握り返す。二人の母の支えを受け、まっすぐな瞳でアザミへと言葉を返した。
「でも後悔はしない、これが私の選んだ道だから。でも、最後まで私は幸せであろうと頑張り続けるわ。これからも、ずっと、マリー=フロスファミリアとして」
明確な魔族との決別の意思。人として、二人の娘として生きて行く決意を迷わず口にする。不安はある。だが自分を支えてくれる暖かな手をそれ以上に信じているから。
「クク……魔族が人間の世界で無事に生きていける訳がない。お前はいつの日か人間たちに忌み嫌われ、死よりも辛い絶望の中でもがき苦しむはずだ」
最期にマリーへと呪いを残すかのように。アザミは嘲笑う。だが三人の瞳は揺るがない。次第に激しくなっていく魔力の暴走の余波で背に負う壁が崩壊していく中、崩れ落ちた壁から外の光が差し込んでいく。
「フン……いつまでその強がりが続くかな」
光に満ちて行く謁見の間。それはまるでこれからの三人が向かう未来に希望が満ちている暗示のようでもあった。
「……あの世とやらで高みの見物をさせて貰おうか」
溢れ出した魔力が壁を砕いた。アザミの身体がゆっくりと場外へと倒れ込んでいく。
「いつか来る…お前の、絶望の……瞬…間を」
暴走した魔力が体細胞を崩壊させていく。末端の部分から消し飛んで行くアザミの身体は陽光の眩しさの中に溶け込んでいくようにして消滅していった。
「……絶対に、絶望なんかしないわ」
選んだ道を公開しないために、これから待つ過酷な運命の中で生き抜いていくために。マリーは消え失せたアザミの亡骸に向けてそう告げていた。
「大丈夫、私たちがいるから」
「ああ、お前は私たちの娘だ。何があっても守り抜いてみせるさ。今回のようにな」
「うん、ありがとう」
マリーは不意に手を放す。そして踵を返して皆に向かって頭を下げた。
「みんなも、ありがとう……それと、いっぱい迷惑かけてごめんなさい」
長い沈黙が下りる。マリーを責めようとする気持ちはこの場の誰にもない。だが多くの被害を出したこの戦いにおいて軽々しく彼女を許す言葉を言うことはできなかった。
「本当に……良かったですね、マリー様」
だからこそ、最初の一言はノアが口にしていた。その一言を皮切りに皆も口々に「おかえり」とマリーに返していく。本当にいたかった場所にマリーが戻れたことを喜んでいたのは皆同じ気持ちだったからだ。
「……しかし、どうするかなこれは」
祝福の雰囲気も落ち着き、外での戦いの音も聞こえなくなった頃になり、シオンがポツリと呟いた。
「できるだけ王城は無傷で済ませると陛下と約束していたんだけどなあ」
煌びやかであった謁見の間は激闘の跡が濃く残り、床は抉れ、柱は所々砕け、壁に至っては一面に巨大な穴が開いてしまっている。それだけではない。階下でも戦いの名残は多数残っている。作戦の指揮を執っていたシオンとしては頭の痛い光景だった。
「フジ、ドラセナ。君たちの『修復』で直せないものかな?」
「……さすがにこの規模となるとね」
「無理ね。武具を直すのとはわけが違うもの」
「そうだよなあ……」
苦笑するシオン。国王に同申し開きをするか、そんなことを考えているとマリーが声をかけた。
「あ、あの。教えてくれたら私の魔力なら……」
少し驚いた様子を見せたが、すぐにシオンは笑顔で首を振った。不思議そうな目で見つめるマリーに優しく語り掛ける。
「いや、ここはマリーちゃんの気持ちだけ受け取っておくよ」
「でも、私のせいでもあるから……」
「いいんだ。それにこれだけの損害があっという間に修復されてしまえば逆に不自然だ。君の存在をにおわせる様な余計な風聞は立てない方がいい」
「あ……」
シオンの指摘にマリーは自分の申し出が浅はかであったことに気づく。誰かのために動くことは大切だ。しかしそれが必ずいい結果を招くわけではない。今回の事件でマリーが魔法を習得するためにわざと魔族の陣営についたふりをしていたこともそうだ。結果的にトウカらを傷つける結果に繋がってしまっている。
「君の力は確かに素晴らしい。だけど危険はそんな、ちょっとしたことからも起きるんだ。今後は大人たちにも相談して正しい判断をしていけるように学んでいこう。それが誰よりも強い魔力を持つ君の責任でもあるんだよ」
「……はい」
「分かってくれればいいさ」
落ち込むマリーの頭をシオンは優しく撫でる。彼としてもマリーの申し出は嬉しいがそれが招く危険性を考えると固辞せざるを得ない。騎士団長として、五大騎士家の一人として、これ以上、王国を戦火に巻き込むことは避けたかったからだ。
「やれやれ、後で言おうとしていたことをすっかりシオンに取られてしまったな」
「いいんじゃない? 一から十まで私たちが教えるより、いろんな価値観に触れて自分で考えていけるようになることがマリーには必要だと思うから」
肩をすくめるオウカの横でマリーとシオンが言葉を交わす光景にトウカは目を細めていた。こうして間違いながらも前へ進んで行って欲しい。周りで必ず誰かが支えてくれる限り、マリーは決して間違った道を選ぶことはない。そんな確信が彼女にはあった。
「そうだな。もしまたマリーを狙う輩が現れても皆が手を取り合えば」
「うん。乗り越えていけるよ、必ず」
それは自分たちに向けた言葉でもあった。かつて道を違えた時、互いに相談していれば、誰かに支えてもらえていればと今なら思える。これからマリーが壁に直面した時に同じ思いをさせたくはなかった。
「……さて、ひとまずケガの治療を終えたら事後処理だ。トウカ、お前はマリーやノアたちと共に屋敷へ戻っていろ」
「手伝うよ。人手、足りてないんでしょ?」
「いや、ノアとアキレアを連れて身を隠して欲しいんだ。我々の娘として知られているマリーはともかく、ノアたちは素性を探られるわけにいかん。事態の収拾のために慌ただしく皆が動いている今なら動きやすいはずだ」
「……わかった。夕食作って待ってるからね」
「ああ、助かる。キッカ、レンカ。トウカたちを屋敷まで送ってもらえるか?」
「はい!」
「承りました」
キッカとレンカに伴われ、トウカたちは謁見の間を後にしていく。オウカはようやく取り戻した平和な母子の後ろ姿を眺め、満足そうに顔をほころばせた。そして、一つ深呼吸をして母から騎士の顔へと戻る。
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