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第三章「魔王の血族編」
第47話 開花の時
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謁見の間の天井でアザミの魔法は猛烈な勢いで渦巻き始める。巻き上げられる瓦礫がその奔流に飲み込まれ、灰塵へと帰って行く。
「なに、これは――」
天井に展開されているのは巨大な魔力の層。それが勢いを増しながらゆっくりとその位置を下げていた。
「この魔法は頭上から貴様らをジワジワと切り刻んでいくためのものだ。私以外の全員を切り刻むまで決して止まらん!」
「なんですって!?」
「そんなこと、絶対にさせない!」
マリーが手のひらに魔力を必死に集めていく。自分の守りたいという想い、自分の中にある魔力を可能な限り高威力にまで集束して放つ。
「そんな!?」
だがその光弾は魔力の層を突き抜け、小さな穴を開けるにとどまる。天井全てを覆う魔力の層を吹き飛ばすまでには至らない。
「無駄だ。この魔法は広範囲に高密度の魔力を展開するもの。力に覚醒していないお前がどうにかできる次元のものではない!」
「それなら、術者を止める!」
トウカがアザミに向かって駆け出した。魔力を天に向けて放っているアザミはその場から動こうともせず、無防備な体勢とも言えた。
「あれだけの強大な力を操っているなら簡単には動けないはず!」
「フハハッ、いい読みだ。だがそれを許すと思うのか?」
アザミが嗜虐的な笑みを浮かべ、指を軽く曲げた。魔力の雲の中から刃がその姿を現す。
「術式展開――――『加速』!」
その切っ先が自分に向いていることに気づき、トウカは魔術で速度を上げる。飛来する刃から身をかわし、アザミへと迫っていく。
「――ククッ!」
しかしアザミが魔法の矛先を変える。雲間から現れた刃の切っ先は倒れているシオンたちへと向けられる。
「くっ!」
向かう方向を反転させ、トウカはシオンが倒された際に落としていった剣の下へと向かう。
「ああ、そうするだろう。お前たちは私の命と仲間の命を引き換えにはできまい!」
「はあああっ!」
剣を拾い上げ、『加速』を解除してすぐにトウカは次の魔術を発動する。その意図を『伝心』でいち早く知るオウカが焦りを含んだ声で叫ぶ。
「よせ、トウカ……っ! それを使ったら!」
「術式展開――――『付与』!」
剣に魔力を伝わらせる。彼女にとって複数の仲間を同時に守ることのできる手段は一つしかなかったから。
「桃華繚乱!」
放たれた斬撃が次々と空中で刃の魔法と切り結んでいく。シオンに向かう刃、ドラセナへ向かう刃、フジに、ノアに、キッカに、レンカに、オウカに向かう刃をことごとく落としていく。
「はあっ……はあっ…!」
「どうした、まだ刃は降ってくるぞ?」
「くっ……あああっ!」
トウカが皆を見捨てられないのをいいことに、アザミはさらなる刃を降らせる。必死にそれを打ち落とすトウカ。元々魔力量が極端に少ない彼女にとって一度使うだけでも大きな負担を強いる大技。それを乱発すれば見る見るうちに激しく消耗していく。
「――あ」
「ママ!」
全身を襲う虚脱感がトウカの動きを止め、その手から剣が落ちる。遂に魔力が底を突き、膝から崩れ落ちるように倒れていく。
「ダメ……まだ、倒れる…わけ……には」
「クククク……はあっはっはっはっは!」
必死に起き上がろうとするが力が入らない。もがくトウカの姿をアザミは嘲笑う。
「こんなものだったのか、魔王殺しの力とやらは。あまりにも拍子抜けが過ぎる!」
「くっ……」
「マリーよ、散々御託を並べ、すがった存在の結末がこれだ」
アザミが拳を強く握る。それに呼応するように天井の魔力の塊が高度を下げる速度を速めていく。
「さらばだ。今この時より、新たな魔王の時代が幕を開ける!」
「ううっ……!」
トウカを守るようにマリーはその前に立つ。両手を天に向け、魔力を広範囲に広げるイメージで力を放つ。
「クククッ……無駄な抵抗だな」
「そんなこと……ない!」
だが、放った魔法はアザミの魔力に切り裂かれて霧散する。諦めず、マリーは次々と魔法の形を変えて放ち続ける。
「守るんだから……私がみんなを!」
もう立っているのは自分しかいない。アザミとの力の差は歴然としている。それでもマリーは諦めようとはしなかった。最後の一瞬まで。できることを模索し続ける。彼女が敬愛する母たちなら、姉たちなら必ずそうするから。
「マリー……」
「マ…リー」
その奮闘を、オウカもトウカも見守っていた。臆病で、甘えん坊で、二人の後ろを付いてくるだけだった小さな子供が、精一杯の勇気を絞り出して立ち向かうその姿を目に焼き付けるために。
「私が……何とかしなくちゃ……みんなが!」
守りたい――その力がマリーの力を底上げしていく。だがアザミの力の前には圧倒的に届かない。あまりの無力さに唇を痛いくらいにマリーは噛んでいた。
「失いたくない! だって、私を愛してくれたみんなに……まだなにも返せてない!」
涙があふれ出す。失う恐怖と自分への無力感と悔しさが嘆きに変わり、強い感情が更にマリーの魔力を引き出す。広げた手から放たれる魔力が更に勢いを増していく。
「ごめんなさいも……ありがとうもぜんぜん言えてない。たくさんの人に、伝えたいことがいっぱいあるのに!」
自分を魔族と知っても受け入れてくれた多くの人たち、人の社会で生きていけるように力を貸してくれた人たち。陰から支えてくれた人たち。そして自分を守り続けてくれた二人の母親。誇り高くいつだって自分を信じて見守ってくれていたオウカ。閉ざされていた世界から光溢れる広い世界へと連れ出してくれたトウカ。
「ママは約束を守ってくれた……だから、私も――!」
あの日、崩れていく地下神殿で交わしてくれた約束。土の下の、暗い世界しか知らなかった自分が初めて知った色鮮やかな世界。それを見せてあげると言ってくれたことこそが――。
「なんだ?」
空気が震え始めていた。アザミはそれが自分の力による物ではないことに気がついていた。そして自分の魔法の降下速度が予想よりも遅くなり始めているのを察知する。
「まさか……!」
花畑を見せてあげる。才能に恵まれず、一族からも疎まれていた落ちこぼれの剣士が世界最強の魔力を持つ幼い魔王の娘にした小さな約束。それが全ての始まりだった。
「私は約束するんだ。絶対にママたちに恥じない娘になるんだって。私を支えてくれたみんなが誇れる私でいるんだって!」
紫電が走り、マリーの魔力が変質していく。ただ放つだけだった魔力が束ねられていくつもの小さな光に変わっていく。
「そしてまた――」
目の前に広がる一面の花畑。強く心に焼き付いたその光景、最も彼女にとって思い入れの深いものが魔法の型を作り上げていく。
点では防げないアザミの力を止めるには同様の面での防御。その媒介となるものがあるとすれば足下にある床以外にはない。それをどこまで計算していたかはわからない。だがマリーは無我夢中で手にした力を床に打ち込み、発現させる。
「ママたちと一緒に……花畑を歩くんだ!」
マリーの魔力が床全面に伝わっていく。いたる場所に小さな光が灯り、その全てがマリーの号令の下、一斉に萌芽の時を迎える。まばゆい光が床を覆い尽くす。光の束が蔓のように天へ伸び、飛来する刃の暴風雨を正面から迎え撃つ。
「多少数を増やしたところで!」
「花開け、私の花畑!」
光が広がっていく。それは空中に大輪の花となって花開く。幾重にも重なる花びらが仲間たちを覆い、襲い来る魔法の全てからその身を守っていく。
「こ、これは……」
「光の……花畑」
オウカもトウカも目を見張っていた。自分たちを包み込む色とりどりの花々。マリーの心優しさがそのまま具現化したような鮮やかな世界が目の前に広がっていた。
「……たどり着いたか」
少女は紅の瞳に強い意志をみなぎらせ、銀色の髪をなびかせて光の花畑に佇む。いつも誰かにすがり、甘えて無力さに嘆き悲しみ続けてきた無力な少女はもういない。
「もう誰も傷つけさせない。私がみんなを守ってみせる!」
その思いはまっすぐに。かつてこの世界の脅威となると危惧された魔王より受け継いだその力。それは大切な人を守るための力へと開花していた。
「なに、これは――」
天井に展開されているのは巨大な魔力の層。それが勢いを増しながらゆっくりとその位置を下げていた。
「この魔法は頭上から貴様らをジワジワと切り刻んでいくためのものだ。私以外の全員を切り刻むまで決して止まらん!」
「なんですって!?」
「そんなこと、絶対にさせない!」
マリーが手のひらに魔力を必死に集めていく。自分の守りたいという想い、自分の中にある魔力を可能な限り高威力にまで集束して放つ。
「そんな!?」
だがその光弾は魔力の層を突き抜け、小さな穴を開けるにとどまる。天井全てを覆う魔力の層を吹き飛ばすまでには至らない。
「無駄だ。この魔法は広範囲に高密度の魔力を展開するもの。力に覚醒していないお前がどうにかできる次元のものではない!」
「それなら、術者を止める!」
トウカがアザミに向かって駆け出した。魔力を天に向けて放っているアザミはその場から動こうともせず、無防備な体勢とも言えた。
「あれだけの強大な力を操っているなら簡単には動けないはず!」
「フハハッ、いい読みだ。だがそれを許すと思うのか?」
アザミが嗜虐的な笑みを浮かべ、指を軽く曲げた。魔力の雲の中から刃がその姿を現す。
「術式展開――――『加速』!」
その切っ先が自分に向いていることに気づき、トウカは魔術で速度を上げる。飛来する刃から身をかわし、アザミへと迫っていく。
「――ククッ!」
しかしアザミが魔法の矛先を変える。雲間から現れた刃の切っ先は倒れているシオンたちへと向けられる。
「くっ!」
向かう方向を反転させ、トウカはシオンが倒された際に落としていった剣の下へと向かう。
「ああ、そうするだろう。お前たちは私の命と仲間の命を引き換えにはできまい!」
「はあああっ!」
剣を拾い上げ、『加速』を解除してすぐにトウカは次の魔術を発動する。その意図を『伝心』でいち早く知るオウカが焦りを含んだ声で叫ぶ。
「よせ、トウカ……っ! それを使ったら!」
「術式展開――――『付与』!」
剣に魔力を伝わらせる。彼女にとって複数の仲間を同時に守ることのできる手段は一つしかなかったから。
「桃華繚乱!」
放たれた斬撃が次々と空中で刃の魔法と切り結んでいく。シオンに向かう刃、ドラセナへ向かう刃、フジに、ノアに、キッカに、レンカに、オウカに向かう刃をことごとく落としていく。
「はあっ……はあっ…!」
「どうした、まだ刃は降ってくるぞ?」
「くっ……あああっ!」
トウカが皆を見捨てられないのをいいことに、アザミはさらなる刃を降らせる。必死にそれを打ち落とすトウカ。元々魔力量が極端に少ない彼女にとって一度使うだけでも大きな負担を強いる大技。それを乱発すれば見る見るうちに激しく消耗していく。
「――あ」
「ママ!」
全身を襲う虚脱感がトウカの動きを止め、その手から剣が落ちる。遂に魔力が底を突き、膝から崩れ落ちるように倒れていく。
「ダメ……まだ、倒れる…わけ……には」
「クククク……はあっはっはっはっは!」
必死に起き上がろうとするが力が入らない。もがくトウカの姿をアザミは嘲笑う。
「こんなものだったのか、魔王殺しの力とやらは。あまりにも拍子抜けが過ぎる!」
「くっ……」
「マリーよ、散々御託を並べ、すがった存在の結末がこれだ」
アザミが拳を強く握る。それに呼応するように天井の魔力の塊が高度を下げる速度を速めていく。
「さらばだ。今この時より、新たな魔王の時代が幕を開ける!」
「ううっ……!」
トウカを守るようにマリーはその前に立つ。両手を天に向け、魔力を広範囲に広げるイメージで力を放つ。
「クククッ……無駄な抵抗だな」
「そんなこと……ない!」
だが、放った魔法はアザミの魔力に切り裂かれて霧散する。諦めず、マリーは次々と魔法の形を変えて放ち続ける。
「守るんだから……私がみんなを!」
もう立っているのは自分しかいない。アザミとの力の差は歴然としている。それでもマリーは諦めようとはしなかった。最後の一瞬まで。できることを模索し続ける。彼女が敬愛する母たちなら、姉たちなら必ずそうするから。
「マリー……」
「マ…リー」
その奮闘を、オウカもトウカも見守っていた。臆病で、甘えん坊で、二人の後ろを付いてくるだけだった小さな子供が、精一杯の勇気を絞り出して立ち向かうその姿を目に焼き付けるために。
「私が……何とかしなくちゃ……みんなが!」
守りたい――その力がマリーの力を底上げしていく。だがアザミの力の前には圧倒的に届かない。あまりの無力さに唇を痛いくらいにマリーは噛んでいた。
「失いたくない! だって、私を愛してくれたみんなに……まだなにも返せてない!」
涙があふれ出す。失う恐怖と自分への無力感と悔しさが嘆きに変わり、強い感情が更にマリーの魔力を引き出す。広げた手から放たれる魔力が更に勢いを増していく。
「ごめんなさいも……ありがとうもぜんぜん言えてない。たくさんの人に、伝えたいことがいっぱいあるのに!」
自分を魔族と知っても受け入れてくれた多くの人たち、人の社会で生きていけるように力を貸してくれた人たち。陰から支えてくれた人たち。そして自分を守り続けてくれた二人の母親。誇り高くいつだって自分を信じて見守ってくれていたオウカ。閉ざされていた世界から光溢れる広い世界へと連れ出してくれたトウカ。
「ママは約束を守ってくれた……だから、私も――!」
あの日、崩れていく地下神殿で交わしてくれた約束。土の下の、暗い世界しか知らなかった自分が初めて知った色鮮やかな世界。それを見せてあげると言ってくれたことこそが――。
「なんだ?」
空気が震え始めていた。アザミはそれが自分の力による物ではないことに気がついていた。そして自分の魔法の降下速度が予想よりも遅くなり始めているのを察知する。
「まさか……!」
花畑を見せてあげる。才能に恵まれず、一族からも疎まれていた落ちこぼれの剣士が世界最強の魔力を持つ幼い魔王の娘にした小さな約束。それが全ての始まりだった。
「私は約束するんだ。絶対にママたちに恥じない娘になるんだって。私を支えてくれたみんなが誇れる私でいるんだって!」
紫電が走り、マリーの魔力が変質していく。ただ放つだけだった魔力が束ねられていくつもの小さな光に変わっていく。
「そしてまた――」
目の前に広がる一面の花畑。強く心に焼き付いたその光景、最も彼女にとって思い入れの深いものが魔法の型を作り上げていく。
点では防げないアザミの力を止めるには同様の面での防御。その媒介となるものがあるとすれば足下にある床以外にはない。それをどこまで計算していたかはわからない。だがマリーは無我夢中で手にした力を床に打ち込み、発現させる。
「ママたちと一緒に……花畑を歩くんだ!」
マリーの魔力が床全面に伝わっていく。いたる場所に小さな光が灯り、その全てがマリーの号令の下、一斉に萌芽の時を迎える。まばゆい光が床を覆い尽くす。光の束が蔓のように天へ伸び、飛来する刃の暴風雨を正面から迎え撃つ。
「多少数を増やしたところで!」
「花開け、私の花畑!」
光が広がっていく。それは空中に大輪の花となって花開く。幾重にも重なる花びらが仲間たちを覆い、襲い来る魔法の全てからその身を守っていく。
「こ、これは……」
「光の……花畑」
オウカもトウカも目を見張っていた。自分たちを包み込む色とりどりの花々。マリーの心優しさがそのまま具現化したような鮮やかな世界が目の前に広がっていた。
「……たどり着いたか」
少女は紅の瞳に強い意志をみなぎらせ、銀色の髪をなびかせて光の花畑に佇む。いつも誰かにすがり、甘えて無力さに嘆き悲しみ続けてきた無力な少女はもういない。
「もう誰も傷つけさせない。私がみんなを守ってみせる!」
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