魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第29話 守る力、侵す力

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「このっ!」

 ドラセナが矢を放つ。城の一階、かつて叙勲の式典が行われた中庭でも既に戦いは始まっていた。
 普段は式典以外にも、城内で唯一緑の溢れる場所として心と体を休ませる憩いの場所として騎士たちには馴染みのある場所だ。しかし普段の喧騒はなく、いつもなら落ち着いて過ごせるこの場所も今は矢が飛び、刃が閃き、魔法が炸裂する戦場と化していた。

「カルーナ!」
「任せろ!」

 ドラセナが矢を放ったと同時にシオンとカルーナも走り出していた。左右へと展開し、ナイトを挟み撃ちにする。

飛翔フライ

 だがナイトは三方からの攻撃に対してすぐに次の魔法を発動する。彼の背に現出した光の翼が大きく羽ばたき、左右二人の刃が到達する前に空中にその身を躍らせる。

「あはは。今のは危なかった!」

 魔力の翼が再び羽ばたき、まるで小鳥が舞い飛ぶように高速でナイトは空を駆ける。彼が中庭を戦場としたのも狭い城内で存分に制空権を確保できる場所がここだったからなのだと、今にして三人は理解した。

「術式展開――――『投影』」

 ドラセナが宙へと逃げたナイト目掛けて更なる術式を発動する。周囲に魔力で作り上げた幻の矢を展開し、同時に弦を引いて一斉に放つ。

「幻矢展開……一斉発射!」

 虚実入り混じった矢がナイトに集中する。しかしナイトは翼を起用に動かし、空中で姿勢と進路を変えて本物の矢のみを回避した。そしてそのままドラセナ目掛けて急降下を始めた。ドラセナは今まさに攻撃を仕掛けたばかりで次の矢がまだ用意できていない。

「凄い凄い! でも本物を見抜かれたら意味ないね!」
「ドラセナ!」

 高速で落ちて来たナイトとドラセナの間にシオンが割って入る。二振りの剣を交差させ、ナイトが繰り出した両足蹴りをブロックする。しかし降下の勢いを殺しきれず、シオンが体勢を崩したところへナイトの蹴りが次々と彼を襲う。

「それそれそれそれ!」
「くっ……あっ!」

 シオンのガードが崩され、蹴りの衝撃で左の剣が弾き飛ばされる。残された右の剣だけでナイトの連続蹴りをさばききることができず、空いた隙間から強烈な回し蹴りがシオンに飛ぶ。

「おっと! 残念でした!」
「――なっ!?」

 すぐにナイトが反転して飛び上がる。その直後にカルーナがナイトの背後から槍で薙ぎ払った。しかし一瞬早く空へと逃げたナイトは、宙返りをすると空振りで体勢が崩れた所へ上から踏みつけた。
 予想外の軌道で動かれたカルーナは床に顔面を叩きつけられる。そのままナイトは彼の首を背後から踏みつけて体を起こさせないよう封じる。

「ちっ、しまった!」
「まずは一人目。これでゲームオーバーだ!」

 右手に魔力が集まり、高密度の魔力弾が生成される。そしてそれをカルーナの頭部に向けて叩きつけようとナイトが腕を振り上げる。

「させないわよ!」
「わっ!」

 だがドラセナの次なる一矢が間に合う。高速で頭部に向かう矢を捨ておくわけにはいかず、ナイトは翼を羽ばたかせて一度空中へ逃げ、その手に握った魔力をドラセナに向けて放つ。

「術式展開――――『圧縮』!」

 しかし立ち上がったシオンがその魔力弾に向けて走った。魔力を励起させて剣に術式を走らせ、シオンは迷わず剣を魔力弾に突き立てる。
 その瞬間に編み込んだ術式が起動し、衝撃で炸裂するはずだった魔力弾は瞬時にシオンの魔術によって制御権を奪い取られる。

「嘘っ!?」
「はああああ!」

 剣を振りかぶり、空中のナイト目掛けて振り切ると同時にシオンは剣の魔力を解き放ち、自身の魔術の支配域から離脱させる。

天煌烈火てんこうれっか!!」

 圧縮された魔力が術式の解除と共に解放される。それによって蓄えられたエネルギーが一斉に周囲に広がり、大爆発を起こす。轟音と爆風が空間を走る。魔王級の魔力を更に凝縮して炸裂させた一撃は確実にナイトのいた空間も巻き込んでいた。

「……今のは」
「カルーナ、大丈夫!?」
「おお……助かったぜ嬢ちゃん。シオンもありがとよ」

 カルーナはゆっくりと立ち上がって槍を拾う。首を回して異常がないことを確認しながらドラセナとシオンに感謝の言葉を向けた。

「で、肝心のあいつは仕留められたのか?」
「いや、あっちの魔力を天煌烈火てんこうれっかで打ち返しただけだからね。それに……」
「それに?」
「あーびっくりした。まさか僕の魔力を打ち返すなんて」

 三人の会話は不意に聞こえたナイトの声に遮られた。煙が薄くなる中姿を現したナイトは背の翼で自身を覆うように折りたたみ、爆発の威力から身を守っていた。

「……やっぱりか」
「どういう意味、シオン?」
「あの子の魔法はあまり威力がなかったんだ」
「威力がない?」
「うん。さっきのはカルーナを殺すつもりで作った魔力弾のはずだ。だからそれ相応の威力を持っていると思って魔術を使ったんだけど……あまりにもあっさり制御を奪い取れたんだ」

 シオンは天煌烈火てんこうれっかを放った自分の剣に顔を映す。かつてマリーが魔力を暴走させた際に同様のことを行ったがその時には剣が二振りとも砕け散っている。だから先ほどのシオンは剣が砕ける覚悟で魔術を使った。だが、今回は刀身にヒビの一つも入っていない。マリーの時は暴走していたとはいえ、魔王級の魔力を持つ二者の間には明らかな差があった。

「ちょっと待てシオン。あのガキが強力な魔法を使う瞬間はたくさんの奴が見てるんだぞ?」
「僕も目の当たりにしているよ。でもそれは常にもう一人アコがそばにいた。彼単体での魔法は今が初めてだよ」
「じゃあ……まさか」

 ドラセナも、そしてカルーナも彼の言わんとしていることに気づく。シオンは空に浮くナイトを見上げ、確信を持って言った。

「彼は遠距離での魔法を得意としていない。身にまとって扱うことには長けているけど、その手から離れた途端に威力は減少する」
「なるほどな。羽生やして動いてた時はとんでもなく素早い動きをしてたが、魔力弾での攻撃はからっきしってわけか」

 ナイトが魔法を解除したのか背中の翼が消えた。鼻歌を歌いながら地へと降り立つ。攻撃してこない様子を見ると、シオンの考えを最後まで聞くつもりのようだ。

「もう一人は補助サポート役だろうね。遠距離の苦手な彼の力を引き上げて威力を増加させる。あの子の『歌』は恐らくそんな力があるんじゃないかと思う」
「なるほど。双子で似たような喋り方するからすっかり惑わされてたわ。それも計算の上だったってことね」
「あははははははははは!」

 ナイトが腹を抱えて大声で笑い始める。緊迫した場に似つかわしくない言動に、思わず三人の会話が止まった。

「一発の魔法でそこまで見抜かれるなんて思わなかったよ!」
「それじゃあやっぱり……」
「うん、そうだよ。僕は細かく魔力の制御をするのが嫌いなんだ。だから兄様や姉様みたいに緻密な魔法は使えない。そんな事しなくたって人間より強いもんね」

 隠すことも誤魔化すこともなく、あっさりとナイトは言い放つ。それでも自分の優位は揺るがないと言わんばかりに。そこには絶対的な自信と人間に対する侮蔑があった。

「ちっ、ガキだな本当に。生まれ持った素質だけでいい気になりやがって」
「あはは。でもオジサン、そんな子供にさっきは殺される寸前だったじゃん」

 ナイトの徴発的な受け答えにカルーナは舌打ちする。予測不能な動きに翻弄されたとはいえ、瞬きの間に組み伏せられたのは事実だった。

「人間って弱いよねー。魔力も少ないし、長い間鍛えてやっと強くなれるんでしょ。でもそれだけ頑張っても魔族には勝てない。ほんと無駄な努力だなあ」
「そんなことないわ! この力は魔族を倒すために、人々を守るために多くの人が研鑽して、受け継いできたものよ。自分に力がなくても、次を信じて、託されて来たものを無駄と言われる筋合いはないわ!」
「受け継いでたって自分自身が強くなくちゃ意味なんてないよ」
「何ですって……?」

 ナイトのため息交じりの言葉にドラセナはカチンと来るものがあった。力が足りないから、才能に恵まれていないからと将来を諦めた者を彼女も数多く見て来たからだ。そしてそんな中で、それでももがいて自らの居場所を作り出した者がいることも知っているから。

「どんなに御託を並べたって、力がなくちゃそれを通せないじゃん。君たちが平和に暮らせていたのもこの国が魔王を滅ぼしたからじゃないか」
「違う……」
「だから僕たちも同じことをするのさ。力でこの国を潰して、魔族の世界をもう一度取り戻すのさ、兄様の理想の世界に」
「違う……そんな力で潰し合う関係は間違ってる!」

 魔術の才能がないからトウカは家での立場を無くした。唯一秀でていた剣の才能はオウカを脅かし、彼女はそんな妹を追いかけて修羅の道に落ちかけた。ただ平和な暮らしをしていたマリーもまた、五大騎士家の勢力争いに巻き込まれて力を暴走させてしまった。
 血が繋がっていなくても、父母が揃っていなくても、幸せを体現したかのような、ドラセナにとっても理想の家族像。何もなければただ平和に、仲良く暮らせた三人。それを脅かしたのもいずれも力を求め続けた存在がいたが故。

「家族を持った今だから、子供を持った今だからわかる! どんな力だって誰かを幸せにするために使わなくちゃいけないのよ! 誰かを悲しませたり、傷つけたり、そんな力の使い方は間違ってる!」
「あはは、そいつは人間の理屈だよ。魔族には魔族のルールがある。僕とアコはたぶん一生かけても兄様には敵わない。それなら言うことを聞いていた方がよっぽど楽しく暮らせるんだ」
「なるほど……君たちがゲームに固執するのもそういう理由か」

 シオンの言葉にナイトの表情が変わった。

「……どういう意味かな、今のは」
「君たちは実力ではアザミに到底敵わない。でも、ゲームであればルールや運の要素次第で勝つことができる。そして遊びという舞台であればアザミは負けてもその立場が揺るがないし、君たちも、そのちょっとした勝利で自尊心を満たすことができるからね」
「フン……力がなければとか言ってるが、自分の話だってことか」
「ああ、本当は誰よりも勝利を、力を欲しているのはきっと君たちなんだろう?」
「ふふふふ……あはははははは! ほんと、凄いなあ。そこまで見抜くなんて」

 三人は言いようのない圧力を感じた。自らのコンプレックスを暴かれ、それでも無邪気に笑って手を叩くナイトの姿はあまりにも異様だったからだ。

「馬鹿だと思う? 兄様に敵わないコンプレックスをこんな形で晴らしている僕たちが」

 自嘲するナイト。だがそして、その言葉を境に彼が纏う空気が変わったのを三人は鋭く感じ取り、彼の問いに応えることができなかった。
 何かが始まる。数多くの戦いを経てきた三人だからこそ、彼のその変化を経験から察知していた。

「でもそれでいいのさ僕たちは。いや、僕はね!」

 カッとナイトが目を見開く。それと共に彼の内包していた魔力が爆発的に噴き出した。空気が震え、ナイトの周りに紫電が走る。中庭の植物が魔力によって生じた風に煽られて葉を散らす。

「――なっ!?」
「これは!?」

 シオンとドラセナはすぐさまそれを理解した。それはかつて二人が一度だけ目の当たりにしたことのある光景。その時の脅威が呼び起こされて戦慄する。
 それは強大な魔力を持つ魔族が制御しきれない感情の高まりでその力を制御しきれなくなった際に発生する自壊作用。

「これってまさか!」
「暴走……!」

 マリーが五年前、北の森の中で引き起こした魔力の暴走と全く同じ現象だった。
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