魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第28話 同じ志の敵

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「ここは……?」
「どうやら、アルテミシア城の中のようだな」

 トウカとオウカが転移魔法陣の力で飛ばされた先は、二人が見覚えのある城内だった。戦いのために城内は無人になっていたため、戦いの最中とは思えないほどに城内は落ち着いた雰囲気だった。だが逆に人気のない城というものはそれ自体が不気味でもあった。

「シオンたちは別の場所に飛ばされたのかな?」
「そう考えるべきだろう。あのナイトという魔族が相手をするような発言をしていた。城内のどこかで戦っているのかもしれん」
「私たちはどうする? ここ、たぶん城の三階だよ」

 かつて国王に謁見した際にトウカはこの場所を通った覚えがある。オウカもその推測には同意した。廊下の先にある階段を上がれば謁見の間はすぐそこだ。
 オウカは顎に手を当てて考える。あのナイトという魔族はまだ本気を見せていない。シオンたち三人が相手とは言え救援に向かうべきだろうかと。だが、シオンらの位置も、敵の位置もまだわからない。城内を下手に動くよりは少しでも情報を得た方がいいとオウカは考えた。

「……いや、私たちは先に上に行こう。むしろ私たち二人だけというのもある意味好都合だ」
「わかった。もしマリーを見つけても他の人の目がない方がいいものね」

 トウカは素直に頷く。戦場での現場判断はオウカの方が慣れている。その彼女の判断ならば特に異論を挟む気はなかった。

「どうしたの、オウカ?」

 歩き出そうとしたトウカが自分を見つめる姉の視線に気づく。指摘すると苦笑してオウカが答えた。

「いや、不思議なものだと思ってな。一緒に同じ甲冑を纏うことになるとは思ってもいなかった」

 二人が身に着けているのはフロスファミリア家の紋章が刻まれた甲冑だった。普段は家の騎士が戦場に赴く際、その身分を示す証として着ることになる。かつての魔王討伐戦の時には家を出ていたトウカに着ることは許されず、魔物退治の依頼を受けて騎士団と共に任務に就いた際も非公式の立場であったため、着ることはできなかった。つまり、トウカにとって家の名を背負って戦うのはこれが初めてになる。

「嬉しかったよ。父さんと母さんがちゃんと私の分も用意してくれていて」
「当たり前だ。我が子のために用意を怠る親がいるものか」
「我が子のために……か」

 しみじみと噛み締めるようにトウカはその言葉を口にする。マリーの誕生日のために用意した様々な物は全て燃えてしまった。今となっては取り戻しようがないが、マリーがどれだけ喜んでくれただろうかと思わずにはいられなかった

「……すまん。失言だったか」
「ううん。オウカは悪くないよ。むしろ感謝してる」
「感謝?」
「全部無くして沈んでいた私を叱って元気づけてくれたこと。まだお礼言ってなかったよね」
「いまさらそんなことを気にしなくてもいい」

 オウカは腕組みをしてトウカから視線を外す。その仕草は彼女の照れ隠しであることは昔からトウカも知っている。

「まったく。こんな時に緊張感のない奴だ」
「オウカはいつも気を張りすぎだよ」
「一応、忠告は聞いておこう……む?」

 オウカはそのやり取りをどこかで交わしたような気がした。同じように感じたトウカはすぐにその理由に思い当たって思わず笑い出した。

「懐かしいね。これ魔王の玉座の間で私たちがした会話だよ」
「そう言えばこんなやり取りをしたな……しかし因果なものだ。あの時は地下で敵同士。今は上階の玉座を目指す味方同士とは」
「私にとってはどっちもマリーを助けるための戦いだね」
「私にとってはどちらも魔王の血族を討伐する戦いになるな」
「不思議だなあ……目的は同じなのにね」
「敵味方の構図は逆と来た」

 いつしか二人は歩き出す。その一歩一歩がマリーへと近づき、そして決戦が近づいていることを感じながら。

「ああそうだ、一つだけ忠告しておく」
「なに?」
「結末まであの時と同じなのは許さんからな。二度とお前が生死不明などごめんだ」
「もちろんだよ。絶対に生きてマリーと元の生活に戻るんだから」
「ああ、それでいい」

 五年前、神殿が崩壊して一度は帰らぬ身となったトウカ。彼女と再会するまでの絶望感と無力感に苛まれた日々をオウカは二度と味わうつもりはなかった。二度とあんな奇跡は起こりえない。もしも同じようなことになるのであればその時は――。

「――自分が身代わりになってでもなんて思ったらダメだからね」
「……っ!?」

 トウカの不意な一言に、オウカは思わず目を見開いた。そんな様子を見てトウカはため息をつく。

「やっぱり……もう、マリーの母親は私だけじゃないんだからね。オウカもちゃんと生き残らなくちゃダメなんだから」
「……そうだな。誰一人欠けてもダメだった」
「もう、しっかりしてよね。フロスファミリア家の次期当主でしょ?」
「フッ……その次期当主よりも強い剣士が言ってくれる」
「五年も前の話じゃない。今戦っても勝てる気がしないよ」
「……こっちもだ」

 そんな会話を続けている内に、廊下の突き当りに大きな階段が見えてきた。そして、その前に一人の魔族が立っていた。

「姉妹の最後の会話は済んだかしら?」

 銀髪紅眼の魔族の女性。マリーの姉カレンはトウカらの姿を認め、静かに言葉を二人に向けた。

「少し離れた所に転移させたのはちょっとした気遣いよ。ここであなた達の命運は尽きる。マリーにはもう会うことはない。だから会話するくらいの時間は取ってあげようと思ったの」
「フッ……いらぬ気遣いだ」
「そうだね。私たちは必ずマリーとまた一緒に暮らすんだから」
「それは不可能よ……だって」
「なんだ?」
「……いえ、何でもないわ」

 カレンが何かを続けて言おうとするが、かぶりを振って黙る。そしてこれ以上の会話は無用とその両手に魔力を集める。彼女の周囲に紫電が走り、トウカとオウカは剣を抜いて構えをとる。

「……トウカ、どうやらマリーはこの先にいるようだな」
「あの子が一人でいるわけがない……と言うことは」
「ああ。十中八九、長兄のアザミといるはずだ」
「連戦必至か……でも」
「ああ。あの子のためにも」
「うん。あの子のためにも!」

 剣を構えて姉妹が駆ける。魔王殺しと呼ばれた二人の姿を前に、カレンも決意を言葉にする。

「決してここから先へは行かせないわ……あの子のためにも!」

目的は同じであっても、かつての姉妹の様に彼女らは敵対する。
三人の決意の一言が重なる。奇しくもそれは同じものだった。

「ここで負けるわけにはいかない!!」
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