魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第26話 花は再び咲き誇る

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「みんな、退け!」

 シオンの命令が飛んだ直後、緑の巨人の巨椀が騎士たちの集う中心に振り下ろされた。大質量が叩きつけられた威力で地面は抉られ、放射状に解き放たれた力が騎士たちを吹き飛ばす。

「あははは、すっごーい。小石みたいに人間が飛んでった!」
「ほらほら、逃げないと踏み潰されるぞ!」

 アコとナイト、二人の魔王の子は魔法で宙を舞いながらその光景を眺めていた。まるで舞台で繰り広げられている劇に一喜一憂する観客のように。

「オウカ、カルーナ。行こう!」
「言われるまでもない!」
「これ以上あんなバケモンに城で暴れられてたまるか!」

 シオン、オウカ、カルーナの三人が暴れるゴーレムに向けて走り出す。攻撃を受けた騎士団は隊列を乱され、命令と悲鳴と怒号の入り混じる混乱の中にあった。

「そうはさせないわ!」
「さあ魔物たち、今こそ逆襲の時だ!」

 シオン達が統制をかけようとするが、アコとナイトの号令で城の中から次々と魔物が飛び出す。

「二人とも頼む!」
「おうよ! 術式展開――――『練磨』!」

 カルーナが反転し、魔物たちを前に槍を地に突き立てる。魔術で土と石を分解、再構成して槍へと取り込み、その長さを増す。

「術式展開――――『強化』!」

 立て続けにカルーナが腕力を強化する。大質量となった大槍を引き抜いて振り回す。先行する魔物たちを薙ぎ払い、侵攻の速度が落ちた所へオウカが続けて飛び込む。

瞬華終刀しゅんかしゅうとう!」

 魔物の一団の中を駆け抜け様に数体斬り捨てる。注意が彼女に向くとすぐさま「加速」でその場を離脱し、そこへカルーナが槍を再び薙ぎ払う。

「シオン、こっちは私たちが抑える!」
「今の内に体勢を立て直せ!」
「二人とも、すまない!」

 ゴーレムの前にシオンが躍り出る。背負ったもう一本の剣を抜き、二刀を構えて立ち向かう。

「僕が引き付ける。その間に無事な者は退路を確保。負傷した者を後方へ下げろ! 弓兵は火矢であの巨人を狙え!」
「りょ、了解!」
「カルミア、後方の指揮を任せるよ!」
「承知しました。援護はお任せください!」

 剛腕の一撃をシオンが回避し、返す剣で斬り付ける。しかし縦横無尽に絡み合った植物たちはその奥まで刃の侵入を許さず、欠けた部分はすぐに植物が生い茂って埋める。

「やはり核を潰すしかないか!」

 疑似生命体はその核となる場所さえ破壊すれば動きは止まる。だがその位置は相手によって様々だ。それ故に高威力で一気に破壊することが最も効率的と言える。

「でも、まだ魔王の子たちが残っている以上、緋炎双牙ひえんそうがはむやみに使えない」

 シオンの最大技ならばゴーレムを一撃で屠ることが可能かもしれない。だがまだ戦いは始まったばかり。これから更なる敵が待ち受けているために体力も魔力も温存しなくてはならない。万が一ゴーレムを一撃で倒せなかった場合も更なる消耗を強いられる。確実に倒せる算段をつけなくてはならない。

「皆、シオン団長を援護するぞ。弓兵隊、構え!」

 シオンの意図をカルミアも理解している。まずは核を露出させるため、ゴーレムの体を構成する植物を焼き払うべく火矢を放つ。

「撃て!」

 燃える矢が次々と巨体に突き刺さる。しかし痛みを感じないゴーレムは動きを緩めたりはしない。

「手を止めるな、どんどん撃ち込むんだ!」
「はい!」

 至近距離の敵を攻撃するという魔物の特性を利用してシオンはゴーレムに超接近戦を挑む。自分に注意が向いている限り騎士たちに攻撃が向かうことはない。一撃が致命傷になりかねないゴーレムの拳打をシオンは回避し続ける。
 放たれる火矢。ゴーレムはその身の燃える範囲が拡大し、白い煙を立ち上らせてそれでも止まらない。燃えて炭化した場所が自身の攻撃の衝撃で崩れ始めるが、まだそれでも動きを鈍らせるほどではない。

「……やはり外側からだけじゃ時間がかかりすぎる」

 シオンが進まないゴーレムの攻略に舌を打った。あくまで表面的な部分を焼くのみではゴーレムの再生能力とのイタチごっこだ。
 せめて内側から焼くことができれば。人で言う骨組みに当たる部分に致命的なダメージを与えることができれば勝負は決すると言えるのに。

「術式展開――――『纏化てんか』!」

 シオンが魔力を励起させる。「纏化てんか」で周囲に燃える火を取り込み、二振りの剣に炎を伝わらせる。

「みんな離れろ、緋炎双牙ひえんそうがを使う!」
「よせ、シオン。その技は!」

 シオンのこの技は威力が高い分、絶妙な魔力のコントロールが要求される上、魔力の消耗が激しい。しかし王国騎士で唯一、魔族の放つ魔法の威力に対抗できる破壊力を持つ技のため、ある種の切り札として考えられていた。だからこそ、魔王の子との戦いでもないこの序盤で使うことは人間側の勝率を下げることを意味する。

「よせ、奴らに見られるぞ!」
「でも、これ以上長引けば後の戦いに影響が出かねない……僕がやるしかないんだ!」

 尋常ならざる魔力の高まりと雰囲気に二人の魔族もシオンに目を向けていた。

「なんか凄いの来るみたいね、ナイト」
「何か凄いのが来るみたいだね、アコ」

 確実に緋炎双牙ひえんそうがは二人に目撃される。そうなればその大技の発動プロセスを見逃すことはないだろう。

「術式展開――!」
「シオン、いつもそうやって抱え込むのって悪い癖よ」
「……えっ!?」

 その声に、誰もが驚きを隠せなかった。金色の長い髪を風になびかせ、その人物は戦場に現れた。矢筒から矢を抜き、流れるような動作で弓を構える。その所作はオウカとシオンが長年すぐ近くで見て来たもの――。

「ドラセナ!?」
「術式展開――――『穿孔せんこう』『浸蝕しんしょく』」

 弦を引く彼女――ドラセナの魔力が矢羽から矢じりへと。その術式が込められていく。

萌芽ほうがしろ……一条訃告いちじょうふこく!」

 そして必殺の一撃が放たれる。風を切り裂いて一直線に飛んだ矢はゴーレムの胸元に命中。その瞬間に術式が発動する。
穿孔せんこう」により命中の威力が増幅されて命中点から放射状にゴーレムの体を抉る。そして続いて発動した「浸蝕」がゴーレムの体表で燃える炎を取り込み、内部へと導く。そして一気に燃え上がった炎はゴーレムの上半身を瞬く間に炎に包んで行く。

「こいつ、この間兄様にやられた奴じゃないの!?」
「生きていたのか!」
「その節は世話になったわね。お陰で酷い目に遭ったわ」

 ドラセナの姿を認め、アコとナイトの表情に動揺が走る。ゴーレムを一撃で倒すほどの矢を放てる力を持つ彼女は空にいる彼らにとって大きな脅威だからだ。

「でも甘いよ。まだゴーレムは生きてるわ!」
「バラバラにでもならない限り、こいつは止まらない!」

 ゴーレムが体を崩壊させながら最後の力でドラセナへ向けて手を伸ばす。彼女を握り潰すだけの力は残されている。

「……あら、私がそんなこと知らないとでも思った?」

 だがドラセナは不敵に笑う。ゴーレムの命運が既に尽きていることを悟り切って彼女は矢の代わりに言葉を放つ。

「あとはよろしく、トウカ」

 その言葉に続いて一陣の風が起こる。ドラセナを追い抜いてゴーレムの懐に飛び込んだ彼女――トウカは、その勢いのまま宙に飛ぶ。

「術式展開――――『硬化こうか』」

 魔力が剣に宿る。その強度を瞬時に強化し、ゴーレム目掛けてトウカは飛び込んでいく。

「――砕け散れ」

 その一撃に迷いはなく、荒々しい打撃を叩き込む技でありながらその研ぎ澄まされた流麗な動きは目撃した全ての者の目を奪う。

剛華絶刀ごうかぜっとう彩花さいか!」

 トウカの持ち前の剣の速度が無数の連撃を生み出す。彼女を起点に剣閃の花が咲き、その威力がドラセナの技でもろくなったゴーレムの体を撃ち抜いた。

「な――!」
「な――!」

 我に返った瞬間、アコとナイトは共に声をあげていた。瞬きの間に燃えるゴーレムがバラバラに砕け散り、炎の雨となって地上に落ちていく。その中でトウカは乱れ無き強い意思を秘めた眼で佇む。
 その願いは護る為。国を、仲間を、友を、最愛の家族を。自分を支えてくれた全てのものを。
 守るべき多くの力に支えられたその心は二度と折れることはない。
 姉と共に研鑽したその技は決して曇ることはない。

「マリーを……返して貰うわ!」

 オウカと同じフロスファミリア家の紋章が刻まれた甲冑をその身にまとい、トウカは剣を掲げて高らかにそう誓うのだった。
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