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第三章「魔王の血族編」
第25話 突入、アルテミシア城
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「城を囲め!」
「蟻一匹這い出る隙間を作るな!」
緒戦を終えた王国騎士団は、続いて城へ向かった魔王の子供たちのいる城の包囲を完了しつつあった。部隊を再編し、着々と突入の準備を進めている。
市街に残していた騎士たちの報告からも複数の魔族が城に入ったと報告が入っている。これはカレンらの発言とも一致している。
「シオン団長、市外の魔物の掃討もまもなく完了します」
「よし、残存の魔物がいないかを確認後、こちらへ合流するように伝えるんだ」
「ははっ!」
魔物たちはアコやナイトが呼び寄せた以外にも出現していた。姿が確認されていないが、恐らくアザミやカレンの手によるものと考えられる。そちらは別に展開していた王国騎士団が対処している。
「さて、まさか自分の仕えている城に攻め入る日が来るとはな」
「陛下たちには避難していただいて正解だね」
今はアザミたちが立てこもる城をオウカとシオンが見上げる。慣れ親しんだ白亜の城も静まり返った王都の中で今は不気味な雰囲気を醸していた。
「城に侵入されて非戦闘員が巻き添えになるくらいなら最初から空にしておくなんて、シオンもよく考えるものだ」
「それを認めてくれた陛下も凄いけどね。僕たちなら城を取り戻せると信頼しているからこそでもあるけど」
「フッ……ならば陛下の信頼を裏切るわけにはいかんな」
城の構造は知り尽くしているが、問題はその中にいる敵の戦力だ。
たった五人。捕らわれのマリーを除いても四人の戦力で多数の騎士を相手にするというのは現実的ではない。普通の魔族であれば。
「偵察によると、すでに城の中には魔物が歩き回っているそうだ。魔族もあちこちで確認されているよ」
「例の魔法陣か。大量の魔物を一度に呼び寄せられるとは、魔王級の魔力というのは恐ろしいものだ」
オウカとシオンも人間の中では豊富な魔力を有しているが、魔族から見れば大差ない。転移魔法陣で大量の魔物たちを呼び寄せ、戦場で広範囲に爆撃を行い、城へと飛び去って行くアコとナイトの姿。それでもまだ余力を残す姿は魔王級の魔力がどれほど無尽蔵なのかを示している。
「魔王級の力……か。交戦経験のある君の見立てで奴らと渡り合えるのは誰だと思う?」
「一握りだな。私にトウカ、シオン、ドラセナ、カルーナ……それでも苦戦は免れん」
「五大騎士家以外は魔王の子たちと遭遇したら手を出さないように厳命しておくよ。でもそうなると、余計にドラセナが欠けているのが痛いね」
オウカは無言で首肯する。魔法攻撃を行う魔族との戦いにおいて遠距離攻撃で立ち向かえるドラセナの果たす役割は大きい。だからこそ五代騎士家で唯一の弓兵である彼女が行方不明の現状は騎士団にとって痛手だ。
「大丈夫さ、彼女は生きてる」
「……フジ」
だが、そんな二人の重い空気をドラセナの夫のフジが破った。その言葉には一切の不安はない。
「彼女がプリムラとジュリアンの二人を遺して逝ったりしないさ。それはオウカならわかるんじゃないかい?」
「子供のためにも生き残ろうとするだろうな。すまんなフジ。こんな大事な時にお前まで戦いに巻き込んでしまって」
「これから戦うのは魔王の子供たちだからね。治療できる者は一人でも多い方がいい」
フジは騎士ではない。だが五年前の魔王討伐戦の時に軍について医師として活動した経験を買われ、今回も軍に協力していた。
「それに、マリーちゃんの主治医は僕だ。彼女を保護した時にいない訳にはいかないからね」
「……感謝する」
思えばフジがマリーの主治医にならなければマリーの正体が露見していた可能性はぐっと高まっていたはずだ。多くの人の助けを得て、マリーはアルテミシア国民として生活ができている。だからこそ、絶対にマリーを救い出さなくてはならない。オウカはそう思った。
「激しい戦いになる。厳しい状況になると思うが頼りにしているぞ」
「任せてくれ。アヤメも手伝ってくれる。一人でも多くの命を救ってみせるよ……そうだ、一つ君たちの耳に入れなくちゃいけないことがあるんだ」
「何だい、改まって?」
「実は……医療スタッフの中にエリカちゃんがいるんだ」
「エリカ=グラキリスだと!?」
オウカとシオンはその名前に驚いた。戦場に一般人の、それも五代騎士家の後継ぎとなる人物がいるという報告は聞いていなかった。
「どうやらこっそりついて来てしまったみたいなんだ。カルーナさんとカルミアさんが説得したんだけど、マリーちゃんが捕らわれている中で静かに待っているなんてできないって頑なでね」
「……どのみち避難させるにしても人員を割く余裕は騎士団にはないね」
シオンがため息をついた。魔物が周囲に潜んでいる可能性もあるため、完璧に安全を確認できない限り王都を出ることを許すわけにいかない。
「うん。だから医療スタッフとして手伝ってもらうことにしたよ。あそこなら巻き込まれる心配は低いだろうし」
「わかった。キッカとレンカもそちらに回しておくから使ってくれ」
「助かるよ。シオンもオウカも気を付けて」
「ケガ人はすぐに後方へ回す。救護所は頼んだよフジ」
「エリカ嬢に伝えておいてくれ。すぐに親友と再会させてあげるとな」
互いに頷くと踵を返し、三人は自分の戦場へと向かう。オウカとシオンは戦闘の最前線へ、フジは命の最前線へと。
「各員に告げる。魔族は五大騎士家の者が対処する。他の者は魔物とそれを送り込んでくる転移魔法陣を探索、可能ならば破壊せよ!」
シオンの声に応えるように鬨の声が上がる。オウカも号令の時を待つ。
「まずは城の庭を制圧する。その後、城内に突入して一階を、そして上のフロアを目指す」
アルテミシアの城は決まった経路を通らなければ王のいる謁見の間へと向かうことはできない。王国騎士団の面々はその経路を当然熟知している。
「城門を開きます」
「各々が自らの役割を果たせば必ず勝てる。我が国の存亡はこの一戦にあると思え!」
城門が重苦しい音とともに開いていく。その向こうには美しい庭園と、そこに跋扈する魔物たちの姿がある。
「全軍突入!」
五年前のあの日、魔王軍と戦った時のようにシオンの号令が全部隊を動かす。城門をくぐり抜け、庭園へと騎士団は突入していく。それを魔族らに率いられた魔物たちが迎え撃つ。
「オウカ様、我々が魔物を食い止めます。魔族を!」
「頼んだぞカルミア!」
獣や無機物によって構成された種々の魔物たちが行く手を塞ぐ。しかし騎士たちは連携して血路を切り開いた。その先には二人の魔族。その姿を認めたシオンが真っ先に駆け出す。
「行こう、オウカ!」
「ああ!」
騎士団の中でも魔術を十全に使いこなせる者は限られて来る。膨大な魔力を有して魔法を操る魔族に立ち向かえる者は騎士団の中でもさらに一部の実力者だけだ。
特に五大騎士家の系譜は武力、魔力双方に秀でた者が多い。それは分家であっても同様だ。彼らは魔族に太刀打ちできるだけの力を備えているからこそ名を上げ、地位を得ることができる。だがその代わりに戦いで命の危機にさらされる危険性は段違いに高まる。
「術式展開――――『加速』!」
魔術を発動したオウカが魔力弾の嵐をかいくぐる。一度でも触れれば致命傷になりうる威力の攻撃をその速度でかわし、瞬時に肉薄する。
「術式展開――――『纏化』!」
魔法が着弾した爆発と炎はシオンが引き受ける。その魔術で炎を身に纏い、燃える剣と共に魔族へ迫る。
「おおおおっ!」
「はあああっ!」
オウカとシオン、二人の剣が魔族をとらえる。オウカの剣は鮮血による真紅の華を咲かせ、シオンの一撃は魔族の体を業火で包んだ。
しかし魔族を討ったことに対する感慨に浸る余裕はない。二人は即座に次の魔族を捜して魔物たちの群れへと飛び込んでいく。
「おお、さすがは二人とも。見事なもんだ」
「どこを見ている!」
「おおっと!」
二人と同様に魔族に対処していたカルーナに魔力弾が飛来する。オウカ、シオンと違ってこれらを回避あるいはその力を利用する術を彼は持ち合わせていない。
「術式展開――――『付与』!」
しかし、ウルガリス家も五代騎士家の一つ。汎用術式であってもその精度は一般の騎士をはるかに上回る。魔力を流し込んだ槍は魔力への耐性を備え、カルーナは一つ一つをその手で叩き落としていく。
「ちいっ、槍が持たねえ!」
だがこの魔族はシオンたちが戦った者よりも力が強かった。「付与」の力を突き破り、槍に亀裂が走っていく。
「カルーナ!」
「もらった!」
シオンが彼の窮地に気づくが、その前に魔族は力を注いだ魔力弾を放った。砕けかけた槍ではもはや受け止めきれない。
「術式展開――――『練磨』!」
だがカルーナが更なる魔術を槍に与えた。組み上げられた術式が槍に作用し、たちまち元の姿を――いや、さらに武器の形状が変わり両端が三又に分かれる。
「なにっ!?」
「槍の耐久度を上昇――形状変化、再構築」
ウルガリス家はグラキリス家より分かれ発展した家。かつては本家であるグラキリス家に代わって先陣を切り、守り抜いた家。それ故に武具は常に最高最善の状態でなくてはならない。それ故に武具へ作用する術式が研究発達し、ウルガリス家独自の力となった。
「おらおらおらおら!」
「こ、こいつ!?」
再度「付与」を発動し、カルーナがそれを振り回す。槍の両端で魔力弾を叩き落しながら魔族へと近づいていく。そして耐久が限界を迎えそうになれば「練磨」によって修繕、そして更なる強化がされる。
「ば、バカな!?」
「人間を甘く見るんじゃねえ!」
魔族が怯んだ瞬間、躊躇いなくカルーナが槍を投じた。三又となった穂先は魔族の胸を貫き、一撃で絶命させる。
「次はどいつだ。かかってきやがれ!」
カルーナは槍を魔族から引き抜き、魔物たちへと穂先を向ける。魔族を容易に屠ったその強者たる風格に魔物たちも気圧されていた。
「敵は臆している。総員、畳みかけろ!」
「おおっ!」
すかさずシオンが号令をかけた。瞬く間に三人の魔族を討ち取ったオウカたちの武勇に騎士たちは奮い立った。攻勢に出た騎士たちは次々と魔物を討ち取っていく。転移魔法陣も破壊され、庭園での戦いは短い時間の内に大勢が決した。
「あはは、やるわね人間たち!」
「そう来なくちゃ面白くないよ!」
その時、指揮の高まる騎士団たちに向けて空から声が響く。見上げた先にはまだあどけなさの残る銀髪紅眼の男女二人の魔族がいた。
「あの二人は!」
「みんな下がれ、魔王の子だ!」
シオンの号令で彼とオウカとカルーナを残し、騎士たちが後ろへ下がる。魔法を使い空中に浮遊する魔族を撃ち落とすのは非常に困難だ。だからこそ彼らの出方をうかがう必要がる。
「第一のゲームお疲れ様だね、アコ!」
「第一のゲームお疲れ様ね、ナイト!」
「ゲームだと……?」
オウカは二人が口にした何気ない言葉に憤りの余り拳を握った。勝利したとはいえ、騎士団も無傷というわけではない。魔物との戦いの中で傷を負った者もいる。重傷で退却を余儀なくされた者もいる。命を落とした者もいる。
「もちろん。だって人間と真面目に戦ったら私たちが勝つんだもの」
「でもそんなの面白くない。だから少しはフェアに戦ってあげようと思ってね」
二人はフェアと言いながらも圧倒的な力の差を背景にした人間を軽んじている態度だった。あくまで彼らにとって人間との戦いは「遊び」に過ぎない。だが人間からすればそこに付け入る隙が生じるとも言える。
「アザミ兄様はマリーと一緒に最上階にいるわ」
「そこまで行きたければ僕たちを倒して行くといい」
「そうか、最上階か……いい事を聞いた」
オウカが剣を構える。マリーの名が出たことで彼女の気力は満ち、溢れ出さんばかりだ。
「あら、怖い怖い。でも残念ね、まだ私たちの出番には早いの」
「そういうことさ」
アコの左手とナイトの右手が繋がれた。内在する魔力がナイトから放たれ、黄金色のオーラが彼の魔法の型である「鳥」となって周囲を飛び回り始める。
「これは……っ!」
身構えるオウカたちを見下ろしながら、二人は再び声をそろえて喋りはじめる。
「それでは第一のゲーム、最後の関門よ」
「それでは第一のゲーム、最後の関門だ」
「関門だと?」
くすくすとアコが笑う。
「いくらフェアに戦うって言っても、有象無象とは戦いたくないの。だから選別をしてあ・げ・る」
「こいつとまともに戦えない奴に僕たちと戦う資格はないってことさ」
アコもまた空いた手から魔力を放つ。五線譜を模したような糸状に形を変え、彼女の型である「歌」を口ずさみ始める。
「歌え歌おう楽しい時よ」
「今日は楽しい収穫だ」
ナイトがそれを受けて歌を返す。黄金の鳥たちが庭園を縦横無尽に飛び回り、光の軌跡を残していく。
「しまった、これは!」
「魔法陣か!」
光の軌跡が円を描き、その中に複雑な模様を形成していく。シオンとオウカが気付く。黄金の鳥たちがランダムに動いているわけではないことに。
「鳥は啄み種落とし」
「種は芽が出て生え伸びる」
魔法陣が浮かび上がる。二人の歌に合わせて庭園の植物たちがうごめき始め、魔法陣の中央へ集い始める。
「伸びて集って固まって!」
「あっという間に化物だ!」
蔓、葉、枝、幹、花に草。ありとあらゆる庭園の植物たちが一点に集結し、巨大な植物の巨人が誕生する。
「さあ行け、緑の巨人!」
「せめて一人は生き残ってよね、つまらないから!」
魔法の力によって疑似的な生命が与えられたそれは、王国騎士団へとゆっくりその腕を伸ばし始めた。
「蟻一匹這い出る隙間を作るな!」
緒戦を終えた王国騎士団は、続いて城へ向かった魔王の子供たちのいる城の包囲を完了しつつあった。部隊を再編し、着々と突入の準備を進めている。
市街に残していた騎士たちの報告からも複数の魔族が城に入ったと報告が入っている。これはカレンらの発言とも一致している。
「シオン団長、市外の魔物の掃討もまもなく完了します」
「よし、残存の魔物がいないかを確認後、こちらへ合流するように伝えるんだ」
「ははっ!」
魔物たちはアコやナイトが呼び寄せた以外にも出現していた。姿が確認されていないが、恐らくアザミやカレンの手によるものと考えられる。そちらは別に展開していた王国騎士団が対処している。
「さて、まさか自分の仕えている城に攻め入る日が来るとはな」
「陛下たちには避難していただいて正解だね」
今はアザミたちが立てこもる城をオウカとシオンが見上げる。慣れ親しんだ白亜の城も静まり返った王都の中で今は不気味な雰囲気を醸していた。
「城に侵入されて非戦闘員が巻き添えになるくらいなら最初から空にしておくなんて、シオンもよく考えるものだ」
「それを認めてくれた陛下も凄いけどね。僕たちなら城を取り戻せると信頼しているからこそでもあるけど」
「フッ……ならば陛下の信頼を裏切るわけにはいかんな」
城の構造は知り尽くしているが、問題はその中にいる敵の戦力だ。
たった五人。捕らわれのマリーを除いても四人の戦力で多数の騎士を相手にするというのは現実的ではない。普通の魔族であれば。
「偵察によると、すでに城の中には魔物が歩き回っているそうだ。魔族もあちこちで確認されているよ」
「例の魔法陣か。大量の魔物を一度に呼び寄せられるとは、魔王級の魔力というのは恐ろしいものだ」
オウカとシオンも人間の中では豊富な魔力を有しているが、魔族から見れば大差ない。転移魔法陣で大量の魔物たちを呼び寄せ、戦場で広範囲に爆撃を行い、城へと飛び去って行くアコとナイトの姿。それでもまだ余力を残す姿は魔王級の魔力がどれほど無尽蔵なのかを示している。
「魔王級の力……か。交戦経験のある君の見立てで奴らと渡り合えるのは誰だと思う?」
「一握りだな。私にトウカ、シオン、ドラセナ、カルーナ……それでも苦戦は免れん」
「五大騎士家以外は魔王の子たちと遭遇したら手を出さないように厳命しておくよ。でもそうなると、余計にドラセナが欠けているのが痛いね」
オウカは無言で首肯する。魔法攻撃を行う魔族との戦いにおいて遠距離攻撃で立ち向かえるドラセナの果たす役割は大きい。だからこそ五代騎士家で唯一の弓兵である彼女が行方不明の現状は騎士団にとって痛手だ。
「大丈夫さ、彼女は生きてる」
「……フジ」
だが、そんな二人の重い空気をドラセナの夫のフジが破った。その言葉には一切の不安はない。
「彼女がプリムラとジュリアンの二人を遺して逝ったりしないさ。それはオウカならわかるんじゃないかい?」
「子供のためにも生き残ろうとするだろうな。すまんなフジ。こんな大事な時にお前まで戦いに巻き込んでしまって」
「これから戦うのは魔王の子供たちだからね。治療できる者は一人でも多い方がいい」
フジは騎士ではない。だが五年前の魔王討伐戦の時に軍について医師として活動した経験を買われ、今回も軍に協力していた。
「それに、マリーちゃんの主治医は僕だ。彼女を保護した時にいない訳にはいかないからね」
「……感謝する」
思えばフジがマリーの主治医にならなければマリーの正体が露見していた可能性はぐっと高まっていたはずだ。多くの人の助けを得て、マリーはアルテミシア国民として生活ができている。だからこそ、絶対にマリーを救い出さなくてはならない。オウカはそう思った。
「激しい戦いになる。厳しい状況になると思うが頼りにしているぞ」
「任せてくれ。アヤメも手伝ってくれる。一人でも多くの命を救ってみせるよ……そうだ、一つ君たちの耳に入れなくちゃいけないことがあるんだ」
「何だい、改まって?」
「実は……医療スタッフの中にエリカちゃんがいるんだ」
「エリカ=グラキリスだと!?」
オウカとシオンはその名前に驚いた。戦場に一般人の、それも五代騎士家の後継ぎとなる人物がいるという報告は聞いていなかった。
「どうやらこっそりついて来てしまったみたいなんだ。カルーナさんとカルミアさんが説得したんだけど、マリーちゃんが捕らわれている中で静かに待っているなんてできないって頑なでね」
「……どのみち避難させるにしても人員を割く余裕は騎士団にはないね」
シオンがため息をついた。魔物が周囲に潜んでいる可能性もあるため、完璧に安全を確認できない限り王都を出ることを許すわけにいかない。
「うん。だから医療スタッフとして手伝ってもらうことにしたよ。あそこなら巻き込まれる心配は低いだろうし」
「わかった。キッカとレンカもそちらに回しておくから使ってくれ」
「助かるよ。シオンもオウカも気を付けて」
「ケガ人はすぐに後方へ回す。救護所は頼んだよフジ」
「エリカ嬢に伝えておいてくれ。すぐに親友と再会させてあげるとな」
互いに頷くと踵を返し、三人は自分の戦場へと向かう。オウカとシオンは戦闘の最前線へ、フジは命の最前線へと。
「各員に告げる。魔族は五大騎士家の者が対処する。他の者は魔物とそれを送り込んでくる転移魔法陣を探索、可能ならば破壊せよ!」
シオンの声に応えるように鬨の声が上がる。オウカも号令の時を待つ。
「まずは城の庭を制圧する。その後、城内に突入して一階を、そして上のフロアを目指す」
アルテミシアの城は決まった経路を通らなければ王のいる謁見の間へと向かうことはできない。王国騎士団の面々はその経路を当然熟知している。
「城門を開きます」
「各々が自らの役割を果たせば必ず勝てる。我が国の存亡はこの一戦にあると思え!」
城門が重苦しい音とともに開いていく。その向こうには美しい庭園と、そこに跋扈する魔物たちの姿がある。
「全軍突入!」
五年前のあの日、魔王軍と戦った時のようにシオンの号令が全部隊を動かす。城門をくぐり抜け、庭園へと騎士団は突入していく。それを魔族らに率いられた魔物たちが迎え撃つ。
「オウカ様、我々が魔物を食い止めます。魔族を!」
「頼んだぞカルミア!」
獣や無機物によって構成された種々の魔物たちが行く手を塞ぐ。しかし騎士たちは連携して血路を切り開いた。その先には二人の魔族。その姿を認めたシオンが真っ先に駆け出す。
「行こう、オウカ!」
「ああ!」
騎士団の中でも魔術を十全に使いこなせる者は限られて来る。膨大な魔力を有して魔法を操る魔族に立ち向かえる者は騎士団の中でもさらに一部の実力者だけだ。
特に五大騎士家の系譜は武力、魔力双方に秀でた者が多い。それは分家であっても同様だ。彼らは魔族に太刀打ちできるだけの力を備えているからこそ名を上げ、地位を得ることができる。だがその代わりに戦いで命の危機にさらされる危険性は段違いに高まる。
「術式展開――――『加速』!」
魔術を発動したオウカが魔力弾の嵐をかいくぐる。一度でも触れれば致命傷になりうる威力の攻撃をその速度でかわし、瞬時に肉薄する。
「術式展開――――『纏化』!」
魔法が着弾した爆発と炎はシオンが引き受ける。その魔術で炎を身に纏い、燃える剣と共に魔族へ迫る。
「おおおおっ!」
「はあああっ!」
オウカとシオン、二人の剣が魔族をとらえる。オウカの剣は鮮血による真紅の華を咲かせ、シオンの一撃は魔族の体を業火で包んだ。
しかし魔族を討ったことに対する感慨に浸る余裕はない。二人は即座に次の魔族を捜して魔物たちの群れへと飛び込んでいく。
「おお、さすがは二人とも。見事なもんだ」
「どこを見ている!」
「おおっと!」
二人と同様に魔族に対処していたカルーナに魔力弾が飛来する。オウカ、シオンと違ってこれらを回避あるいはその力を利用する術を彼は持ち合わせていない。
「術式展開――――『付与』!」
しかし、ウルガリス家も五代騎士家の一つ。汎用術式であってもその精度は一般の騎士をはるかに上回る。魔力を流し込んだ槍は魔力への耐性を備え、カルーナは一つ一つをその手で叩き落としていく。
「ちいっ、槍が持たねえ!」
だがこの魔族はシオンたちが戦った者よりも力が強かった。「付与」の力を突き破り、槍に亀裂が走っていく。
「カルーナ!」
「もらった!」
シオンが彼の窮地に気づくが、その前に魔族は力を注いだ魔力弾を放った。砕けかけた槍ではもはや受け止めきれない。
「術式展開――――『練磨』!」
だがカルーナが更なる魔術を槍に与えた。組み上げられた術式が槍に作用し、たちまち元の姿を――いや、さらに武器の形状が変わり両端が三又に分かれる。
「なにっ!?」
「槍の耐久度を上昇――形状変化、再構築」
ウルガリス家はグラキリス家より分かれ発展した家。かつては本家であるグラキリス家に代わって先陣を切り、守り抜いた家。それ故に武具は常に最高最善の状態でなくてはならない。それ故に武具へ作用する術式が研究発達し、ウルガリス家独自の力となった。
「おらおらおらおら!」
「こ、こいつ!?」
再度「付与」を発動し、カルーナがそれを振り回す。槍の両端で魔力弾を叩き落しながら魔族へと近づいていく。そして耐久が限界を迎えそうになれば「練磨」によって修繕、そして更なる強化がされる。
「ば、バカな!?」
「人間を甘く見るんじゃねえ!」
魔族が怯んだ瞬間、躊躇いなくカルーナが槍を投じた。三又となった穂先は魔族の胸を貫き、一撃で絶命させる。
「次はどいつだ。かかってきやがれ!」
カルーナは槍を魔族から引き抜き、魔物たちへと穂先を向ける。魔族を容易に屠ったその強者たる風格に魔物たちも気圧されていた。
「敵は臆している。総員、畳みかけろ!」
「おおっ!」
すかさずシオンが号令をかけた。瞬く間に三人の魔族を討ち取ったオウカたちの武勇に騎士たちは奮い立った。攻勢に出た騎士たちは次々と魔物を討ち取っていく。転移魔法陣も破壊され、庭園での戦いは短い時間の内に大勢が決した。
「あはは、やるわね人間たち!」
「そう来なくちゃ面白くないよ!」
その時、指揮の高まる騎士団たちに向けて空から声が響く。見上げた先にはまだあどけなさの残る銀髪紅眼の男女二人の魔族がいた。
「あの二人は!」
「みんな下がれ、魔王の子だ!」
シオンの号令で彼とオウカとカルーナを残し、騎士たちが後ろへ下がる。魔法を使い空中に浮遊する魔族を撃ち落とすのは非常に困難だ。だからこそ彼らの出方をうかがう必要がる。
「第一のゲームお疲れ様だね、アコ!」
「第一のゲームお疲れ様ね、ナイト!」
「ゲームだと……?」
オウカは二人が口にした何気ない言葉に憤りの余り拳を握った。勝利したとはいえ、騎士団も無傷というわけではない。魔物との戦いの中で傷を負った者もいる。重傷で退却を余儀なくされた者もいる。命を落とした者もいる。
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「でもそんなの面白くない。だから少しはフェアに戦ってあげようと思ってね」
二人はフェアと言いながらも圧倒的な力の差を背景にした人間を軽んじている態度だった。あくまで彼らにとって人間との戦いは「遊び」に過ぎない。だが人間からすればそこに付け入る隙が生じるとも言える。
「アザミ兄様はマリーと一緒に最上階にいるわ」
「そこまで行きたければ僕たちを倒して行くといい」
「そうか、最上階か……いい事を聞いた」
オウカが剣を構える。マリーの名が出たことで彼女の気力は満ち、溢れ出さんばかりだ。
「あら、怖い怖い。でも残念ね、まだ私たちの出番には早いの」
「そういうことさ」
アコの左手とナイトの右手が繋がれた。内在する魔力がナイトから放たれ、黄金色のオーラが彼の魔法の型である「鳥」となって周囲を飛び回り始める。
「これは……っ!」
身構えるオウカたちを見下ろしながら、二人は再び声をそろえて喋りはじめる。
「それでは第一のゲーム、最後の関門よ」
「それでは第一のゲーム、最後の関門だ」
「関門だと?」
くすくすとアコが笑う。
「いくらフェアに戦うって言っても、有象無象とは戦いたくないの。だから選別をしてあ・げ・る」
「こいつとまともに戦えない奴に僕たちと戦う資格はないってことさ」
アコもまた空いた手から魔力を放つ。五線譜を模したような糸状に形を変え、彼女の型である「歌」を口ずさみ始める。
「歌え歌おう楽しい時よ」
「今日は楽しい収穫だ」
ナイトがそれを受けて歌を返す。黄金の鳥たちが庭園を縦横無尽に飛び回り、光の軌跡を残していく。
「しまった、これは!」
「魔法陣か!」
光の軌跡が円を描き、その中に複雑な模様を形成していく。シオンとオウカが気付く。黄金の鳥たちがランダムに動いているわけではないことに。
「鳥は啄み種落とし」
「種は芽が出て生え伸びる」
魔法陣が浮かび上がる。二人の歌に合わせて庭園の植物たちがうごめき始め、魔法陣の中央へ集い始める。
「伸びて集って固まって!」
「あっという間に化物だ!」
蔓、葉、枝、幹、花に草。ありとあらゆる庭園の植物たちが一点に集結し、巨大な植物の巨人が誕生する。
「さあ行け、緑の巨人!」
「せめて一人は生き残ってよね、つまらないから!」
魔法の力によって疑似的な生命が与えられたそれは、王国騎士団へとゆっくりその腕を伸ばし始めた。
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周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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