魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第23話 あと、もうちょっと

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「殺したって……自分の父親を?」
「当然だろう。魔王の座を手に入れるのに父は邪魔だったからな」

 肩を震わせてアザミは笑っていた。ほとんど記憶に残っていない父親に思い入れはほとんどない。だけどアザミは父親のことを知っているはず。育てられたこともあるはず。それなのに、彼は父親を殺したと平然と言った。

「元々父の座を狙ってはいた。しかしさすがに魔王と呼ばれるだけのことはある。その力は強く、私であっても簡単には倒すことはできない。だが五年前、好機が訪れた」
「五年前?」
「母の死だ」
「……お母さん」
「そうだ。母を病で失い父は気落ちしていた。いかに魔王と言えど精神が乱れていては魔法の行使にも影響は出る。まさに千載一遇の好機だったよ」
「お父さんを殺すために……お母さんの死まで利用したって言うの!」

 理解ができない。魔族だからとかそんな次元じゃない。このアザミという存在はあまりにも考え方が普通と違う。

「あっけないものだったよ。かつて出て行った私が姿を現しただけで戻ってきたのだと喜び、あっさりと背中を見せたのだからな。まさか殺しに来たとは思ってもいなかっただろう、後ろから一撃で片が付いた」
「……っ!」
「最期まで何が起きたのかわかっていないようだった。やはりあの男は魔王の器では――」
「やめて!」

 私は魔力を解き放った。許せなかった。自分の欲のために誰かが誰かを思う気持ちすら利用するその行為が。
 人を思う力はたくさんの暖かな気持ちをくれる。心の底から頑張ろうって気持ちを湧き立たせてくれる。それが私の人間の世界の中で見て学んできたものだ。
 きっとお父さんはアザミが帰って来てくれたことを心の底から喜んだはずだ。家族なら信じるのが当たり前だ。だから隙も見せた。そんな思いをこの男は踏み躙った。

「絶対に許せない……あなただけは!」
「ほう、やる気か」

 私の中の力を手の平に集めていく。私だって魔王の娘だ。魔法の力は誰よりも強いってノアから教わっている。

「ほう、大した魔力だ。さすがは魔王の娘と言ったところか」
「わああああーっ!」

 両手をかざす。魔力が光の玉になって私の前に現れた。心を強く持つ、冷静に自分の中にある力と向き合い、その流れを一点へと向けて解き放つ。

「食らえ!」

 私は魔力弾をアザミに向けて撃った。生まれて初めて、自分の意思で相手を傷つけるために行使した力は巨大な力となって飛んでいく。

「短い期間でこれだけの力を行使できるとは大した才能だ。だが――」

 アザミも右手を前へ出した。指先をそろえ、手首から先を覆うようにして魔力を解き放つ。

「自分の“型”すら確立できていない小娘が私に勝てるとでも思ったか!」

 腕から噴き出すように伸びた魔力によって生み出されたのは光の刃。私の放った魔力弾に向かってアザミが手刀で斬りかかる。

「そんな!?」

 真っ二つに切り裂かれる私の魔力弾。力を一点に集中させるための術式ごと斬られた私の魔力はほどけ、ただの魔力となって空中に消えていった。
 アザミの魔法の型である「刃」。私の魔力弾以上に魔法を凝縮し、高い密度になった魔力をぶつけることで刃物のようにものを切断できる力。だけどまさか魔法まで切れるなんて。

「この程度の魔法をいくら撃っても無意味だ」
「やってみなくちゃわからない!」

 一発でダメなら数で勝負だ。私は魔力を宙に放ち、複数の魔力弾を作っていく。一撃の力は落ちるけど、どれかが当たっただけでも私の力なら深手を負わせることができるはず。
 フロスファミリアは手数で敵に隙を作り出すのが戦い方。ママとお母さんみたいに、私だって――。

「無駄だ」

 だけど私が魔力弾を撃つのに合わせてアザミも魔力を宙に放った。そして魔力弾と同じ数の魔力の剣が作り出される。
 魔法と魔法が空中でぶつかり合う。次々と斬られて消えていく私の魔法。

「くっ……!」
「お前がカレンから手ほどきを受けたのは魔法のほんの初歩だ。自分だけの型を見出さない限り、勝負にすらならん」

 敵わない、あまりにも力の差があり過ぎる。自分自身を象徴する自分だけの魔法の形。魔王の血を受け継いでいても私はまだその領域へ届いていない。

「これが、至るべき魔法の次元だ」

 アザミが腕を振るった。魔力の刃が床に突き刺さり、魔法の威力が衝撃になって私へ向かってくる。

「きゃあああーっ!!」

 玉座のそばから謁見の間の扉まで吹き飛ばされる。叩きつけられた痛みで動きが止まった私に向けて、アザミはさらに魔法を放つ。

刃の暴風ゲイル・オブ・ソード

 次々に生み出された魔法の短剣が私目掛けて飛んでくる。咄嗟に体を屈めてやり過ごす――。

「……きゃあっ!」

 ダメだ。それもアザミは読んでいる。頭の上を通り過ぎて行った短剣が扉に当たったと同時に爆発した。短剣に爆発の術式が編み込まれていたんだ。

「さっきまでの威勢はどうしたマリー?」
「う……」

 爆風で吹き飛び、倒れている私にアザミが近づいてくる。その表情は私を、力の劣る相手を好きにもてあそんでいる余裕に満ちている。小さい頃に虫を踏みつけて遊んでママたちに叱られた時も、私はあんな顔をしていたのかなあ。あの時はお陰で酷いことしちゃったんだなって、今になってよくわかる。

「許してくれるかなあ……キッカお姉ちゃん」

 酷いこと……か。昔のケンカどころじゃない。この前は散々酷いこと言っちゃった。ママとお母さんにも謝らなくちゃ。心配かけちゃってごめんねって。勝手なことをしてごめんねって。

「だからまだ……諦めない」

 体中が痛い。火傷もしているしあちこち打撲もしている。昔は怪我したら痛くて泣いちゃって、なかなか泣き止まなかったからママたちを困らせたなあ。

「……でも、もう泣かないから。あと、もうちょっとだけ頑張るから」

 まだ頭は働く。体も動く。立ち上がれる。ママも、お母さんもこのくらいじゃ諦めない。キッカお姉ちゃんだってあの時私を叱るためだけに魔法の雨を耐えたんだ。

「諦めの悪さは人間並みだな、マリーよ」
「……当然でしょ」

 私だって大好きな皆がいるこの国を守りたい。でもママがカレンに負けたあの時に魔力を暴走させてしまって、思い出のいっぱい詰まった家も壊しちゃって、自分はこのままじゃ何もできないって痛いほどわかった。
 だから魔族の中で魔法を鍛えた。人間を裏切ったふりまでしてカレンから魔法を教えてもらった。皆に会えない寂しい思いを我慢した。私がママを傷つけた罪を償うにはそこではそれしかないって思ったから。

「私は……英雄トウカと……オウカの娘……マリー……フロスファミリアなんだから」

 何度も名乗った「フロスファミリア」の姓を今こそ誇らしく感じた。名前だけの魔族が持たない家族の証。血が繋がっていなくても、ママとお母さんの娘だって、キッカお姉ちゃんとレンカお姉ちゃんの妹だって名乗るたびに実感できる。

「そうか、ならば――」

 アザミが手を伸ばしてくる。近くで魔法を使ってその威力で私を倒すつもりなのだろうか。その目はふらつきながら必死に立ち上がった私しか見ていない。

「……魔力よ」

 魔力を集中する。アザミは私の魔法の威力だけは警戒しているはず。だからこうすればまた私から目を離せなくなるはずだ。魔法の力は完全に向こうが上、魔法の初心者の私が勝てる相手じゃない――そう、私だけなら・・・・・

「光を放て!」
「何っ!?」

 足下に向かって魔力を放つ。それは殺傷能力のない強烈な目くらまし。私に目を向けていたアザミはその光を正面から浴びる。そして私は力いっぱいその名前を叫んだ。私を幼い頃から守り続けていた兄のような存在を。

「今よ、ノア・・!」

 強い光で濃く伸びた私の影が私の声に応えるように歪む。それは不自然に伸びて私の隣で人型になって、ノアがその姿を現した。

「まったく、無茶をなさる!」
「ごめん、でも我慢してくれてありがとう!」

 古城に連れ去られたすぐ後に私はノアと再会していた。私が連れていかれる前にアザミと戦っていたノアは、私が彼らの狙いだと知り、連れ去られた時のためにずっと潜んでいた。
 本当ならその時に逃げることができたかもしれない。でも私は反対するノアを押し切って魔族の中に残った。もしも誰かが私を助けに来た時、陰から助けてあげることができると思ったから。

「ノア、今しかない! ありったけ魔法をぶつけて!」
「お任せください!」

 ここへ来た時もずっと隠れて待ち続けてもらった。たとえ私が傷ついても、絶対に手を出さないように。それは私を守ることを信条としているノアからすれば耐えられないことだったかもしれない。でもアザミは最初から二人で立ち向かって倒せる相手じゃない。
 だから二人とも我慢した。一瞬だけでも隙を作り出し、その瞬間を絶対的なチャンスにするために。

「魔力よ!」
「数多の力と成れ!」

 まだ私の放った光の影響でアザミは目が見えていない。“型”を見出していない私でも大量の魔力弾で攻撃すれば勝てる可能性は十分にある。

「いっけええええーっ!」
「ちいっ!」

 アザミが魔力を解き放ち、空中に魔力弾を生み出す。型の「刃」じゃない。魔力を束ねただけの、単純な魔力弾だ。大量の魔力弾を空中に生み出して、私とノアの撃った魔力弾を相殺していく。でも、さっきと違い、一つ一つを打ち落とすというよりも、あちこちに乱射して防いでいるだけだ。

「ノア、そのまま魔法を撃ち続けて!」
「マリー様、何を!?」

 アザミは私とノアが満足に見えていない。それなら懐へ飛び込んでしまえば確実に当てられるはずだ。今しかない。お互いの魔力弾が飛ぶ嵐の中、接近して集中した魔法を力の限り打ち込む。それができるのは私しかいないんだから。

「ママ……お母さん……みんな。力を貸して」

 魔力を集中させる。手の平ではなく体の中で。頭の中で組み上げた術式を体内で発動させ、その力を脚に作用させる。
 この五年間、二人に教えられてきた魔力運用の知識。式を組み上げることによって自分の魔力に特定の方向性を持たせる、人間が積み重ねてきた技術の結晶。それを今こそ私は使う。
 魔法の力ではアザミに敵わない。それなら人が鍛え上げて来た力で、魔術の力で。
 私が家族の、フロスファミリアの名を名乗ることを許された、その証――。

「術式展開――――『加速』!!」

 唱えると同時に、私は魔力を爆発的に解き放った。脚に働く術式が私の走力を限界以上に引き上げ、アザミ目掛けて走り出す。
 飛び交う魔力弾が当たる前に私が通り抜ける。ママたちと同じように方向転換して魔力弾の間を縫うようにして進んでいく。

「いける!」

 魔法を習ったおかげで魔力のコントロールも安定している。術式を展開したまま右手に魔力を集め、魔力弾を作り出す。
 高速の動きのままアザミの後ろに回り込む。振り向く前に渾身の力を込めて至近距離から私は魔力を放つ。

「これで!」

 私は魔王の娘。それは間違いのない事実。だから狙われた。ママたちを巻き込んだのは私のせい。でももう私は守られるだけの存在じゃない。この力で大好きな人達と、そのみんなの暮らすこの国を守る――そう、ママたちみたいに。

「届けえええーっ!」

 私の因縁はここで終わらせる。大丈夫、これが終わればまた戻ってくる。前みたいな日常が。私の――本当の「家族」との暮らしが戻ってくる。

 ママ、お母さん。待ってて。

 あと、もうちょっとだから。
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