魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第19話 哀しき対決

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「てやあああ!」
「させない!」

 マリーの手から放たれた光球が炸裂し、地面を抉る。接近を試みたキッカは舞い上がる土煙に視界を奪われ、マリーの姿を見失う。

「マリー!」
「いつから見てると思ってるの。あなたの攻撃の癖はお見通しなのよ!」

 土煙の向こうから届くマリーの声がキッカの心に突き刺さる。彼女は小さい頃から自分を慕い、ずっとついて来ていた。そんな彼女から向けられる強い言葉。それをこれから傷つけようとする自分。戦うと決意したとはいえども割り切れるものではない。

「距離は絶対に詰めさせないわ!」

 続く光球が煙幕を切り裂いてキッカに向かう。だが、その速度は彼女がそれに気づいてまだ反応できる範疇にあった。

「術式展開――――『付与』」

 両のダガーに魔力を走らせ、魔力の塊を弾き飛ばす。それでも次々と襲い来る光球がキッカをその場から動かさない。
 キッカの体術の特訓ではマリーはトウカについて見に来ていた。だから彼女がトウカから手ほどきを受けていた時の言葉を聞いている。特に、「悪い癖」と指摘された部分は。

「それでも!」

 キッカが脚部に魔力を走らせる。まだマリーは魔力での戦いの経験が浅い。トウカやオウカから聞いた魔法を極めた魔族に見られる自身の「型」も見出していない。付け入るならただ魔力を放つだけの今しかない。

「術式展開――――『加速』」

 瞬時に加速し、飛来する光球を縫って前進する。だがマリーはその動きを予測していたかのように前へ掲げていた両手を上へと持ち上げ、勢いよく振り下ろした。

「魔力よ、雨と成れ!」
「なっ!?」

 空中にあった魔力の球が分裂し、光の雨となってキッカに降り注いだ。一つ一つの威力は低くなったものの、打ち付ける魔力がキッカの鎧を破壊していく。

「ぐうっ!」

 フロスファミリア家の戦いはその機動性によって敵の攻撃を回避しつつ致命の一撃をたたき込む。それ故にまとう鎧は、その機動性を損なわないように軽装であることが多い。それはキッカも例外ではない。致命部への一撃は鎧で守られるものの、容赦なく降り注ぐ魔力をキッカは浴びてしまう。
 そして破壊の魔力を浴びた周囲の木々も倒れ、キッカの目の前に次々と倒れていく。進路を塞がれてしまえば走って近づくことができない。

「でやあああ!」
「なっ!?」

 だが、キッカは術式を解除して停止することを選ばない。破壊された鎧を脱ぎ捨て、身軽になって跳ぶと、倒れて来る木の上を次々飛び移ってマリーに迫る。

「く……!」

 今度は逆にマリーが狙いをつけられない。その紅い目を細め、迷う彼女に向けてキッカが跳ぶ。

「マリーっ!」
「こうなったら!」

 マリーが魔力を放つ先を変える。その手が向いた方向に気づいたキッカの顔色が変わる。

「あんた!」
「ほら、防がないと!」

 光球が飛ぶ。キッカは向かう方向を強引に転換し、その斜線上へ入る。

「はっ!」

 ダガーで光球を弾く。その後方で動けないレンカへとそれは向かっていたのだ。

「あんた……戦えないレンカに!」
「言ったでしょ。私はこっちに残るの。その為ならなんだってする! たとえ……」

 マリーが言いよどんだ。その言葉を言えば戻れない。だが、それでも彼女は叫ぶ。

「たとえ、二人を殺したとしても!」
「この……大馬鹿!」

 激情のままにマリーが光球を放つ。再びキッカがそれをダガーでさばく。だが、その刀身に徐々に亀裂が入っていくのにキッカが気付いた。
 魔法戦に不慣れとは言え、マリーは魔王の娘。その魔法の威力は未熟であっても相当なものだ。キッカが施した魔術がその圧倒的な魔力に押され、打ち消されていく。

「くっ……魔法の威力に耐えられない!」

 そして、遂に破断の時が来る。刀身が粉砕され、キッカを守るものが無くなる。

「うわああああ!!」
「キッカ!」

 そして、魔力の嵐に飲み込まれた。一発一発が致命傷になるものではない。全てが命中したわけではない。それでも彼女の下で魔力が一気に炸裂した。

「はあ……はあ……これで」
「――まだ!」

 立ち込める土煙の中を、キッカが突き破って姿を現す。魔法攻撃を受けて体はボロボロだった。

「なっ!?」
「マリー!」

 間違いなくダメージを受けていた。何発もの魔法を食らい、鎧は砕け、それでもキッカのその眼は死んでいない。破損したダガーを握り、マリーについに肉薄する。

「しまっ――」

 マリーが恐怖を抱く。キッカの読み通り、彼女は命を懸けた戦いの経験がまだ浅い。次に来る攻撃に思わず目を閉じる。

「――えっ?」

 だが、予想していたダガーによる一撃は来なかった。代わりに彼女に与えられたのは甲高い音と、頬に走った痛み。その衝撃にマリーは再び目を開いた。

「……この………馬鹿」

 最後の力で頬を張ったキッカはそう言い残し、そのままマリーの横へと倒れた。

「なん…で……」

 倒そうと思えばできたかもしれない。キッカの宣言通り骨の一本や二本、折れたかもしれない。それなのに彼女が行ったのは、少しきつめの叱責程度のことだった。

「……っ!」

 だが、その行動の真意を図っている時間は彼女にはなかった。発したい言葉を飲み込み、代わりに魔力をその手に集中させる。

「マリー!」
「言ったはずよ。この先に行かせるわけにいかないの。だから――」

 地面に向かって、マリーが魔力を打ち込んだ。その場所を起点とし、大地が放射状にひび割れ、崩壊を始める。

「……さよなら」

 唐突に足下が崩れ落ちる。地中に空洞があったのか、その場にあるものが崩壊に巻き込まれて飲み込まれていく。魔法で宙に浮いたマリーを除いて、土砂も、草木も、気を失ったキッカも、レンカも。

「マリーーーっ!!」

 そして、全てが消えていく。ぽっかりと開いた闇の中へと落ちていくレンカの悲鳴が最後まで残っていた。

「……ごめん、お姉ちゃん。こうでもしないと――」

 歯を食いしばる。戻らないと自分で決めたのだから。二人を傷つけてまで選んだ道を後悔するわけにはいかなかったから。

「あらあら。随分と派手に暴れたみたいね」
「――っ!」

 気が緩みかけていた所へ、後ろから声がかかる。マリーは思わず振り返った。

「……カレン」
「あらあら。私のことは姉さんとは呼んでくれないのね」

 カレンが薄く笑う。今来たように装って、もっと前からマリーの戦いを見ていたのかもしれない。口から出かかった言葉をつぐんだ判断は正解だったとマリーは思った。

「誰が」

 だから、マリーは悪態をつきながら眼を逸らした。

「何しに来たの」
「物凄い音がしたからこっちへ来たのよ。でもマリーが片づけてしまったのね。この先で待ち伏せしていたのに損をしたわ」

 マリーとキッカの戦いは広い範囲にその音を響かせていたらしい。音に気付いた魔族たちが集まってくるのが見えた。

「でも、この感じだと相当手間取ったみたいね。帰ったら魔法の練習をするのよ」
「……わかってる」
「その頬、人間にやられたんでしょ。未熟なあなたが無理に参加した結果がこれなのよ」
「やめて」
「いいえ。人間に触れられた場所なんて汚らわしい。跡も残さず治してあげるからじっとしていなさい」

 カレンが治癒魔法をかける。赤くなっていたマリーの頬が元の色を取り戻していく。

「はい。治ったわ」
「……ふん」
「うわあ、凄い穴だね。アコ」
「あら、凄い穴ね。ナイト」

 ナイトとアコもようやく到着する。獲物を狩れなかった二人は不満そうな顔だった。

「そう言えば、マリーの魔法とは言え、どうしてこんな大きな穴が空いたのかしら?」
「……この下、お城の緊急時に避難路に使われていた水路よ」
「水路? そんな物があったなんて知らなかったわ。どこで知ったの?」
「……偶然よ。戦っていた場所がたまたまその上だっただけ。落ちたら、つかまる物でもない限り溺れて死んじゃうわ」
「ふうん……たまたまね」

 無言で自分を睨みつける妹をカレンは見つめる。そしてしばらくの沈黙の後、その表情を崩した。

「まあいいわ。マリーの獲物ですもの。それがどんな末路を辿るかは私たちのあずかり知るところではないわ」
「そうよ姉様。ゲームですもの」
「そうだよ姉様。ゲームだからね」

 アコとナイトがクスクスと笑う。所詮ゲームである以上、行方の分からなくなった獲物を追いかけるほどの執着もない。

「どうかしたのマリー。行くわよ?」
「……わかってる」

 アザミの下へ飛ぶ姉と兄を追いかけ、マリーも不慣れな魔法を使って飛んでいく。そして、三人に気づかれないよう、そっとマリーは叩かれた頬に触れた。
 傷はない。痛みも残っていない。カレンの魔法は間違いなく全て癒していた。

「……痛い」

 だがどこよりも、その胸の中が痛かった。
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