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第三章「魔王の血族編」
第14話 出せない答え
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「よーう、やっと会えたな」
病室に入ってきたオウカに向けて、ベッドに横たわる男は身を起こして挨拶をする。人間の姿ではあったが、紛れもなくその声はアキレアのものだった。
「こいつらを何とかしてくれ。窮屈でいけねえ」
「フッ、相変わらずだな。お前たちは席を外してくれ。あとは私が請け負った」
監視役の騎士へとオウカは指示を出し、部屋にはオウカとアキレア、そしてオウカたちの事情を知っているフジが残された。
「ひゅう……本当にお偉いさんなんだなアンタ。あの騎士どもがあっさり引き下がりやがった」
「そんな雑談をしに来たわけではないだろう。それにその姿、何があった」
アキレアの全身に巻かれた包帯からは血が滲んでいる。人狼は人間よりも回復力が高いはずだがそれでも満足に動けない様子が、その怪我が深手であることを伺わせた。
「お前は東の村にいたと聞いた。もしや村を襲った魔族と?」
「その通りだよ。奴らにやられてこの様だ。村の奴らに助けられなきゃ死んでたかもな」
肩をすくめてアキレアが答えた。が、体に激痛が走ってすぐに顔をしかめる。
「アキレア。こちらから、もう一つ質問がある」
「痛てて……ああ?」
「カレンという魔族についてだ」
アキレアの表情がこわばる。そして顔をしかめたままでオウカを見上げた。見下ろすオウカの眼差しは鋭く、冷ややかに彼を見据えている。
「……会ったのか」
「――っ!」
「オウカ!」
フジの静止も聞かず、オウカはアキレアの胸倉を掴んでその目を睨みつける。彼が怪我をしていることなど、どこかへと追いやられてしまうほどにその怒りは激しかった。
「貴様、こんな大事なことをなぜ黙っていた。お陰でマリーは!」
「オウカ、落ち着くんだ。彼を責めても何にもならない!」
「くっ……」
歯ぎしりするほどに強く歯を食いしばる。普段冷静なオウカの取り乱しようにアキレアもただ事ではないと気付いた。
「おい、まさかマリーに何かあったのか」
「……そのカレンという魔族に連れ去られた」
「くそっ……最悪の事態じゃねえか。こうならねえようにノアと一緒に隠し続けて来たってのに」
「そのノアはどうした」
「奴らに襲われた時に俺とは別の方へ逃げたが……生きているかわからねえな」
「くっ……こんな時に」
オウカが掴んでいた手を放す。乱暴な扱いではあったが、アキレアはそれを詰る気も、皮肉を言う気もなかった。
「……アキレア、知る限りの情報をよこせ。奴は、マリーの姉に間違いないのか?」
アキレアがため息をつく。本来なら人間側に情報を提供するつもりはなかったが既にマリーは相手の手の内、巻き込んでしまった以上、情報を隠していた自分たちにも責任はある。苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「ああ、そうだ。魔王様には子供が五人いた。マリーはその末っ子だ」
「カレンとやらも言っていたが、十年前に軍を離反したというのは?」
「本当の話だ。魔王様とは違ってあっちは魔族らしく利己的な奴らばかりだ。自分勝手な行動を繰り返して魔王様とよく衝突していた。それで十年前……マリーが生まれたばかりの頃に長兄のアザミが他の三人と一緒に出て行っちまったんだ」
オウカもフジも閉口する。マリーが暴走した時にあれほど手を焼いたのに、その規模の魔力の持ち主が四人もいる。加えてこの国を今まさに脅かしつつあるのだ。
「その四人について詳しく教えてくれ」
「奴らの頭は長男のアザミだ。残忍で狡猾。典型的な魔族で自分のやりたいことのためなら平気で他を利用する性格だ。魔法もかなりの腕前だ」
村を襲った一人に背の高い男がいたとの報告があったことを思い出す。マリーと同じく銀色の髪に紅の瞳だったという。
「そいつと一緒に村を襲った二人は?」
「双子のアコとナイトだ。こいつらは無邪気で気分屋、四人の中でも特に人間を舐めていて、遊び道具としか思ってねえ奴等だよ」
「……そして、トウカたちを襲ってマリーちゃんを連れ去ったのが」
フジの問いにアキレアが頷く。
「ああ。お前らと会ったのが長女のカレンだ。ありゃあ自分にとって面白いかどうかが判断基準の快楽主義者だ。一言で言えば愉快犯だな」
「……ろくな奴がいないな」
「魔王様やノアみたいなのが珍しいだけだ。事実、十年前にアザミが出ていった時に魔族らしい生き方を求めて一緒に離反した奴も一人や二人じゃねえ」
「私が騎士団に入った頃から魔王軍の攻勢が弱まったとの話が流れていたが……ようやく納得がいったよ」
中核を担うアザミら四人に加え、大量の魔族が離脱すれば軍の再編を強いられる。その分侵攻も速度が落ちたのだ。その間にオウカやシオンをはじめとした若い勢力が台頭し、以前のような侵略ができなくなった。魔王の拠点の場所も露見し、戦いが決戦へ向かう中で魔王も病に倒れた。それが魔王軍壊滅までの流れだ。
「言っちまえば間接的に魔王軍を潰したのはあいつ等だ。魔王軍の生き残りとして、俺たちは仲間の仇を取らなきゃならねえ」
「マリーと同じ主君の遺児であってもか」
「……裏切者を守る義理はねえさ。それに、ノアに言わせりゃ今の俺たちの主君はマリーだ」
「……マリーはお前たちを部下だと思ったことなど一度もないがな」
アキレアが目をそらす。マリーが生まれてからずっとそばで見守って来た彼にとって、ただの主従という関係では言い切れない感情がある。マリーがアキレアやノアに兄のような信頼を向けていたのも彼ら自身は知っている。
「ふん。俺たちは親にはなれねえよ。お前たちが適任だ」
そのぶっきらぼうな一言には、最も大切な存在を任せるという、確かにオウカたちへの信頼が見えた。
「俺から提供できる情報はこんなもんだ。これでいいか?」
そして、そう言って話を打ち切る。身をベッドに横たえ、アキレアは深く息をついた。
「ああ、情報提供に感謝する」
「はっ、感謝ならマリーを助け出した後にするんだな。俺はこのとおり、まともに動けやしねえんだから」
「……フジ、アキレアの傷を治せるか?」
その問いにフジが頷くのを受け、オウカはアキレアに告げる。
「アキレア。申し訳ないが、お前にはもう少し働いて欲しい」
「……おい、何させる気だ」
不審な物言いにアキレアは怪訝な表情を浮かべる。
「お前も王国から派遣される偵察部隊に同行してくれ」
「はあ!?」
「一部の者は事情を知っている。私の紹介ということなら協力者として部隊に同行させてもらえるはずだ」
「おい、ちょっと待て。なんで俺がそこまでしなくちゃ――」
「マリー救出のためだ」
アキレアが言葉を詰まらせる。マリーの安否が関われば彼に断る理由がない。だが、どのみちノアがいない以上今後の方針も定まらない。マリーを救い出すためには協力することが最も成功率が高いと言える。
「……ったく、魔族を助け出すために魔物を利用する人間とか聞いたことねえぞ」
「フッ、柔軟な発想こそフロスファミリアの得意とするところだよ」
「けっ、いい性格してやがるぜ」
「褒め言葉と受け取っておく。それではフジ、治療の方、任せたぞ」
「うん。後のことは任せてくれ」
踵を返し、オウカが歩き出す。その背中に思い出したかのようにアキレアが声をかけて引き留めた。
「待ちな。一言だけ忠告だ」
そして、振り向いたオウカに目を細めて告げる。
「もし、あいつらと戦うことになったら迷うな。逃げるなら躊躇するな。殺すなら容赦するな」
「今更だな。魔族と戦う時の心構えなど王国騎士なら――」
「言い切れるのか? 奴らはマリーの肉親だぞ」
わずかにオウカが眉をひそめる。その問いに彼女は明確な答えを返すことはできない。
「その感情をいいとも悪いとも言うつもりはねえ。だが、下手に騎士道や人道とかを持ち出すな。間違いなく死ぬぞ」
「……忠告、ありがたく受け取っておこう」
再びオウカが歩き始める。黒髪をなびかせ、部屋を出ていくその表情はどこか憂いを帯びていた。
仮にアザミたちを討伐することになった時、何の躊躇もなく斬ることができると言えば恐らく嘘になるだろう。間違いなくマリーのことが脳裏によぎる。
今度こそ本当に肉親の仇となった時、マリーを救い出せたとしても果たして元の親子関係に戻ることはできるのだろうか。
――その答えは、誰もがまだ持てないでいた。
病室に入ってきたオウカに向けて、ベッドに横たわる男は身を起こして挨拶をする。人間の姿ではあったが、紛れもなくその声はアキレアのものだった。
「こいつらを何とかしてくれ。窮屈でいけねえ」
「フッ、相変わらずだな。お前たちは席を外してくれ。あとは私が請け負った」
監視役の騎士へとオウカは指示を出し、部屋にはオウカとアキレア、そしてオウカたちの事情を知っているフジが残された。
「ひゅう……本当にお偉いさんなんだなアンタ。あの騎士どもがあっさり引き下がりやがった」
「そんな雑談をしに来たわけではないだろう。それにその姿、何があった」
アキレアの全身に巻かれた包帯からは血が滲んでいる。人狼は人間よりも回復力が高いはずだがそれでも満足に動けない様子が、その怪我が深手であることを伺わせた。
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「その通りだよ。奴らにやられてこの様だ。村の奴らに助けられなきゃ死んでたかもな」
肩をすくめてアキレアが答えた。が、体に激痛が走ってすぐに顔をしかめる。
「アキレア。こちらから、もう一つ質問がある」
「痛てて……ああ?」
「カレンという魔族についてだ」
アキレアの表情がこわばる。そして顔をしかめたままでオウカを見上げた。見下ろすオウカの眼差しは鋭く、冷ややかに彼を見据えている。
「……会ったのか」
「――っ!」
「オウカ!」
フジの静止も聞かず、オウカはアキレアの胸倉を掴んでその目を睨みつける。彼が怪我をしていることなど、どこかへと追いやられてしまうほどにその怒りは激しかった。
「貴様、こんな大事なことをなぜ黙っていた。お陰でマリーは!」
「オウカ、落ち着くんだ。彼を責めても何にもならない!」
「くっ……」
歯ぎしりするほどに強く歯を食いしばる。普段冷静なオウカの取り乱しようにアキレアもただ事ではないと気付いた。
「おい、まさかマリーに何かあったのか」
「……そのカレンという魔族に連れ去られた」
「くそっ……最悪の事態じゃねえか。こうならねえようにノアと一緒に隠し続けて来たってのに」
「そのノアはどうした」
「奴らに襲われた時に俺とは別の方へ逃げたが……生きているかわからねえな」
「くっ……こんな時に」
オウカが掴んでいた手を放す。乱暴な扱いではあったが、アキレアはそれを詰る気も、皮肉を言う気もなかった。
「……アキレア、知る限りの情報をよこせ。奴は、マリーの姉に間違いないのか?」
アキレアがため息をつく。本来なら人間側に情報を提供するつもりはなかったが既にマリーは相手の手の内、巻き込んでしまった以上、情報を隠していた自分たちにも責任はある。苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「ああ、そうだ。魔王様には子供が五人いた。マリーはその末っ子だ」
「カレンとやらも言っていたが、十年前に軍を離反したというのは?」
「本当の話だ。魔王様とは違ってあっちは魔族らしく利己的な奴らばかりだ。自分勝手な行動を繰り返して魔王様とよく衝突していた。それで十年前……マリーが生まれたばかりの頃に長兄のアザミが他の三人と一緒に出て行っちまったんだ」
オウカもフジも閉口する。マリーが暴走した時にあれほど手を焼いたのに、その規模の魔力の持ち主が四人もいる。加えてこの国を今まさに脅かしつつあるのだ。
「その四人について詳しく教えてくれ」
「奴らの頭は長男のアザミだ。残忍で狡猾。典型的な魔族で自分のやりたいことのためなら平気で他を利用する性格だ。魔法もかなりの腕前だ」
村を襲った一人に背の高い男がいたとの報告があったことを思い出す。マリーと同じく銀色の髪に紅の瞳だったという。
「そいつと一緒に村を襲った二人は?」
「双子のアコとナイトだ。こいつらは無邪気で気分屋、四人の中でも特に人間を舐めていて、遊び道具としか思ってねえ奴等だよ」
「……そして、トウカたちを襲ってマリーちゃんを連れ去ったのが」
フジの問いにアキレアが頷く。
「ああ。お前らと会ったのが長女のカレンだ。ありゃあ自分にとって面白いかどうかが判断基準の快楽主義者だ。一言で言えば愉快犯だな」
「……ろくな奴がいないな」
「魔王様やノアみたいなのが珍しいだけだ。事実、十年前にアザミが出ていった時に魔族らしい生き方を求めて一緒に離反した奴も一人や二人じゃねえ」
「私が騎士団に入った頃から魔王軍の攻勢が弱まったとの話が流れていたが……ようやく納得がいったよ」
中核を担うアザミら四人に加え、大量の魔族が離脱すれば軍の再編を強いられる。その分侵攻も速度が落ちたのだ。その間にオウカやシオンをはじめとした若い勢力が台頭し、以前のような侵略ができなくなった。魔王の拠点の場所も露見し、戦いが決戦へ向かう中で魔王も病に倒れた。それが魔王軍壊滅までの流れだ。
「言っちまえば間接的に魔王軍を潰したのはあいつ等だ。魔王軍の生き残りとして、俺たちは仲間の仇を取らなきゃならねえ」
「マリーと同じ主君の遺児であってもか」
「……裏切者を守る義理はねえさ。それに、ノアに言わせりゃ今の俺たちの主君はマリーだ」
「……マリーはお前たちを部下だと思ったことなど一度もないがな」
アキレアが目をそらす。マリーが生まれてからずっとそばで見守って来た彼にとって、ただの主従という関係では言い切れない感情がある。マリーがアキレアやノアに兄のような信頼を向けていたのも彼ら自身は知っている。
「ふん。俺たちは親にはなれねえよ。お前たちが適任だ」
そのぶっきらぼうな一言には、最も大切な存在を任せるという、確かにオウカたちへの信頼が見えた。
「俺から提供できる情報はこんなもんだ。これでいいか?」
そして、そう言って話を打ち切る。身をベッドに横たえ、アキレアは深く息をついた。
「ああ、情報提供に感謝する」
「はっ、感謝ならマリーを助け出した後にするんだな。俺はこのとおり、まともに動けやしねえんだから」
「……フジ、アキレアの傷を治せるか?」
その問いにフジが頷くのを受け、オウカはアキレアに告げる。
「アキレア。申し訳ないが、お前にはもう少し働いて欲しい」
「……おい、何させる気だ」
不審な物言いにアキレアは怪訝な表情を浮かべる。
「お前も王国から派遣される偵察部隊に同行してくれ」
「はあ!?」
「一部の者は事情を知っている。私の紹介ということなら協力者として部隊に同行させてもらえるはずだ」
「おい、ちょっと待て。なんで俺がそこまでしなくちゃ――」
「マリー救出のためだ」
アキレアが言葉を詰まらせる。マリーの安否が関われば彼に断る理由がない。だが、どのみちノアがいない以上今後の方針も定まらない。マリーを救い出すためには協力することが最も成功率が高いと言える。
「……ったく、魔族を助け出すために魔物を利用する人間とか聞いたことねえぞ」
「フッ、柔軟な発想こそフロスファミリアの得意とするところだよ」
「けっ、いい性格してやがるぜ」
「褒め言葉と受け取っておく。それではフジ、治療の方、任せたぞ」
「うん。後のことは任せてくれ」
踵を返し、オウカが歩き出す。その背中に思い出したかのようにアキレアが声をかけて引き留めた。
「待ちな。一言だけ忠告だ」
そして、振り向いたオウカに目を細めて告げる。
「もし、あいつらと戦うことになったら迷うな。逃げるなら躊躇するな。殺すなら容赦するな」
「今更だな。魔族と戦う時の心構えなど王国騎士なら――」
「言い切れるのか? 奴らはマリーの肉親だぞ」
わずかにオウカが眉をひそめる。その問いに彼女は明確な答えを返すことはできない。
「その感情をいいとも悪いとも言うつもりはねえ。だが、下手に騎士道や人道とかを持ち出すな。間違いなく死ぬぞ」
「……忠告、ありがたく受け取っておこう」
再びオウカが歩き始める。黒髪をなびかせ、部屋を出ていくその表情はどこか憂いを帯びていた。
仮にアザミたちを討伐することになった時、何の躊躇もなく斬ることができると言えば恐らく嘘になるだろう。間違いなくマリーのことが脳裏によぎる。
今度こそ本当に肉親の仇となった時、マリーを救い出せたとしても果たして元の親子関係に戻ることはできるのだろうか。
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