魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第三章「魔王の血族編」

第6話 大切な贈り物

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「それで、今回もお母さんを通して報酬をもらって終わり?」
「そうだよ」

 朝食を作りながらトウカは頷く。
 フライパンの上では美味しそうなベーコンエッグが焼きあがっていた。

「おかしいよ、みんなを助けたのはママだよ?」
「いいのいいの。私はマリーと静かに暮らせればそれでいいんだし、これも生活の足しになるんだから」

 トウカの作家業はお世辞にも売り上げが芳しいとは言えない。何とか生活が成り立つ程度だ。
 少しずつ売れてはいるみたいだが、そもそも文字が読める階級層が限られている以上、ある日爆発的に売れて収入が一気に増えることもない。
 だから付近の村に出向き、農作業の手伝いをしてお裾分けをしてもらうなどして、日々の糧を得ることもある。
 オウカや両親から金銭的な援助を申し出られることもある。だが、フロスファミリア姓を名乗る以上、さすがに就学に関しては援助してもらってはいるが、それ以外の援助はきっぱりと断っている。

「ママはこの国の英雄だよ? その気になったら王国騎士になっていい暮らしできるのに」
「私は十分幸せだよ? マリーがいて、オウカがいて、みんなと一緒に笑って暮らして行ける今の生活が」

 確かに、金銭的に豊かであればもっといい暮らしができる。
 日々の食べ物にも困らないし、作家業と言う儲からない仕事を続ける必要もない。
 だが、トウカは決して物質的な豊かさが幸せではないということを伝えたかった。
 作家だったからこそ、トウカはマリーと出会った時に、彼女が人間の子供たちと何ら変わらないこと気づけた。マリーにもエリカと言う友達ができた。
 そして、普段から家にいられるからこそ、こうして愛する娘と一緒にいつもと変わらぬ日常を送れることができるのだ。

「うーん、マリーにはまだ難しいかな?」
「子ども扱いしないで」

 マリーも、トウカの言いたいことはある程度わかる。
 だが、マリーにとっては自分の母親が正当な評価を得られないことが歯がゆいのだ。
 そして、その原因が魔族である自分の存在によることであることも、もどかしく思っていた。
 決してトウカは目立ってはならない。目立てばその傍にいる自分に目が向けられ、魔族であると露見する可能性が高まるからだ。

「こーら」

 そんなことを思っていると、トウカがマリーの額を軽く小突いた。

「今、自分のせいだって思ったでしょ」
「……だって」
「マリーが責任を感じることなんてないの。この生活は私が選んだ生き方なんだから」

 微笑むその顔には何の憂いもない。

「ほら早く食べないと、学院に遅刻しちゃうよ」
「うん……」

 促されるままに、マリーはパンを口に運ぶ。
 何だか今日は味気ない。
 よく考えたらジャムをつけるのを忘れていた。



 学院での勉強が終わり、帰る途中にマリーはウルガリスの屋敷へエリカを訪ねていた。
 エリカは操られた影響のこともあり、今日は大事を取って家で療養していた。
 話によれば手足の怪我も治療の目途が立ち、数日の内には学院にも通えるようになるという。

「そう……マリーも辛いわね」

 朝のトウカとの話について、彼女はまだどこか納得できていない。
 だが、こんな話はマリーの素性を知り、それでも友達でいてくれることを選んでくれた彼女にしか相談できなかった。

「うん、ママの言いたいこともわかるよ。でも、どれだけ頑張ってもママは誰からも褒められないし、生活もよくならない」
「王国騎士になればマリーといつも一緒というわけにはいかなくなりますし……そうなればあの家に住むことはできなくなるのよね」

 マリーを一人で家に置いておくわけにはいかない。となればトウカは王都のフロスファミリアの屋敷にマリーと一緒に移り住まなければならない。
 実家に住めばフロスファミリアの親族の目につきやすくなり、家督争いの道具にされかねない。発覚のリスクが上がるそれは彼女にとって好ましくないことだ。

「お屋敷の人たちはみんなよくしてくれる。だからこそ私のことをずっと秘密にしてるのが私も辛いの」

 本来なら両親がいて、姉がいて、トウカにとって一番心安らげるはずの場所。
 だが、そこでマリーの素性を知っているのはオウカ、キッカ、レンカの三人のみ。ずっと住み続けていれば必ずどこかで綻びが出てくる。だからこそ、今の生活を続けるしかないのだ。

「あまり自分を責めないで、マリー。あなたの気持ちはトウカさんたちもわかっていると思うわ」

 膝の上で握られているマリーの手に、そっとエリカの手が置かれる。

「マリーが辛そうにしていると、トウカさんたちも悲しくなるでしょ」
「……わかってる」

 トウカもオウカも昔から、マリーが頑張ればそれを褒めてくれた。
 大好きなケーキを作ってくれたり、頭を撫でてくれたり、ささやかでもそれが嬉しかった。
 だから頑張ったことが報われない。それはとても辛いことだと感じた。
 せめてその頑張りを分かっている人だけでも、彼女に報いてあげられれば――。

「……そっか」

 不意にマリーが呟き、身を乗り出すようにエリカに言う。

「ねえエリカ。聞いてもらえる?」
「何をですか?」
「えっとね……」

 思いついたことを話す。
 相槌を打っていたエリカも、マリーの話を聞く内に表情が輝き出す。

「とても素敵ね。トウカさんたちもきっと喜ぶと思います」
「うん。でも、ちょっとお金がかかると思う……」
「そこは任せて下さい。おじ様たちにお願いしてみます」
「いいの?」
「マリーと、恩人のためです。協力させて下さい」

 にっこりと微笑む。
 エリカにとっては先日の罪滅ぼしのつもりでもあるのだろう。だから、マリーもありがたく好意を受け取らせてもらうことにした。

「そうだ。せっかくならマリーの誕生日に贈ったらどうかしら。オウカさんもいらっしゃるのでしょ?」
「間に合うかな?」
「間に合わせるの」

 そして、二人は話し合う。
 どんな形にするか。どのくらいの時間がかかるか。必要な物は何か。
 そしてそれらをカルーナやカルミアに頼み、手配してもらった。

 準備が整えば、トウカたちに気付かれないよう学院が終わり次第エリカの所でできる限りのことを行う。危ない部分はさすがに大人がするか、見てくれるかしていた。
 誕生日までにすることはたくさんある。少しの時間も無駄にしないよう、マリーは精一杯の思いをそれに注ぎ込むのだった。

 そして、そんな毎日が続いて、マリーの誕生日を翌日に控えた夜。

「……えへへ」

 寝る前に、自分の部屋でマリーはできあがった物を掌に乗せてじっくりと眺める。
 それはランプの明かりに照らされ、薄暗い部屋の中で光沢を放っている。

「間に合ってよかった」

 完成したのはこの日の夕方だ。
 カルミアたちは快く協力してくれはしたけど、決して費用は安くなかったはずだ。頼み込んでくれたエリカには頭が上がらない。

「今度、お礼にママが作ったお菓子を持って行ってあげよう」

 明日は学院も休みだ。オウカも久し振りに泊まりに来る。
 最近あったことをたくさん話したい。そして、これからのことを話したい。
 何となく、トウカたちも何か大事な話をしようとしていることは雰囲気からマリーも気づいていた。そして恐らくそれが、自分の将来に関わる話であるということも。
 一体どんな誕生日になるのだろう。
 例年とは違う、特別な日になることが間違いないのは確かだ。

 でも、何があったとしてもマリーがすることは決まっている。
“これ”を渡して、二人に感謝の言葉を述べること。そして「大好き」と伝えることだ。

「そうだ。その時に言葉を忘れないように書いておこう」

 便箋を取り出し、自分が伝えたいことを書き出す。
 言葉が次々と出てきて、あっと言う間に埋まってしまった。

「……なんか、スピーチみたいになっちゃったな」

 まるで結婚式の時の両親への手紙だ。そう考えたらマリーは思わず笑ってしまう。
 これを読んだらオウカはまだしも、トウカは泣いてしまうかもしれない。
 でも、一度くらいそう言うのがあってもいいかもしれないと、ちょっと意地悪なことを思うのだった。

「マリー、まだ起きてるの。早く寝なさい」
「はーい、ママ。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」

 いつの間にか、ずいぶんと夜も遅くなっていたみたいだ。
 ノックをするトウカに、扉越しに返事をする。
 明日は、朝食をとってしばらくした頃にオウカが来る予定になっている。寝坊はしたくない。
 作った物と、便箋をおさめるため小箱を取り出す。それは幼い頃、唯一家から持ってきた大切な物だ。
 マリーは昔から大切なものはこの中にしまうことにしている。トウカたちもそれを知っているから無断で開けたりはしない。
 綺麗な石や押し花で作った栞などと一緒に、それらを大事にしまい込む。この五年間で大事にしているものも増えた。もうすぐいっぱいになって溢れてしまいそうだった。

 でも、もっとたくさんの思い出を作りたい。
 受け取った愛情以上のものを返したい。

「……喜んでくれるといいな」

 五年間、両親が行方不明になった魔族の自分を引き取り、大事に育ててくれた二人への贈り物。
 たくさんの人に助けてもらって、作り上げたものが手の中にある。

「お休みママ、お母さん。また明日」

 小箱を大事に抱えたまま、マリーはベッドに入る。
 眼を閉じると、すぐにまどろみに落ちて行った。

 ――そう言えば、ノアとアキレアは来てくれるのかな。

 いつもならこの時期に一緒に来てくれるはずの二人が姿を見せないことが、眠りに落ちる直前にちょっと気にかかった。
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