魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第二章「王国の五大騎士家」

第47話 ごめんなさいが言えなくて

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 ほんと、何やってるんだろう私は。
 トウカ様が倒れた瞬間、私は思わず飛び出していた。

「危険だから戻って。キッカ!」

 倒れたままのトウカ様が私を呼ぶ。立ち上がれないのは間違いなく魔力が尽きているからだ。
 もし、この言葉が仮にオウカ様からのものだったとしても、私は従う気はない。
 本音を言えば怖い。逃げたい。こんな危険に飛び込まないで震えたまま縮こまっていたい。
 でもせっかくあと一歩のところまで来て、みんな傷ついて頑張ったのにそれが無駄になるなんて絶対に嫌だった。
 このまま放っておいたらみんな死んじゃう。
 大人たちがみんな倒れた今、マリーに腕輪を持って行けるのはもう私しか残っていないんだ。

「キッカ、危ない!」

 さっきの光景を見ていた私は反射的に上を見る。
 一度は散った魔力が集まり始め、また見えるほどに濃度が濃くなってきていた。
 教わった話によると、空気中にも魔力は含まれている。
 元々含まれている分と、魔法や魔術で体内から放出された分だ。
 最初は目に見えるほどに密度が濃く、漂っているけど段々粒子に分散して見えなくなって行くのだと。
 でも、これは逆だ。空気中に散った魔力が集まっている。
 どうしてかわからない。もしかしたらマリーが無意識に魔力を動かしているのかもしれない。
 これから魔力の塊がまた落ちてくる。トウカ様がやられたあの威力で落ちてくる。

「うわああああ!」
「キッカ!」

 考えちゃだめだ。足を止めたらダメだ。

「ぐっ……あああっ!」

 私の周りに次々と光の玉が落ちてくる。
 地面に落ちてどんどん爆発して、爆風で私の体が飛ばされる。

「このおおおお!」

 転んでしまうけど、私は立ち上がってまたすぐに走り出す。
 声を出せ。立ち止まったら怖くてもう走れない。
 まっすぐマリーのところへ向かうことだけ考えるんだ私。

「痛っ……」

 爆発で跳ねた石や土が、走る私に次々と当たる。

「っ……痛くない」

 歯を食いしばる。そうだ、痛くなんてない。

「痛くない……」

 だってオウカ様たちはもっと痛い思いをしたんだ。

「痛くない!」

 このくらい、痛いなんて言っていられない。

「痛くないったら痛くない!」

 だって、マリーの方が――。

「マリーの方が……もっと痛かったに決まってるんだから!」

 私に拒絶されて取り残された時のあの泣きそうな表情。
 あの時私が意地を張らなければ、マリーと一緒にいてあげたらこんなことにならなかったはずだ。みんなが傷ついたのは、私がマリーに酷いことを言って置いて行ったからだ。
 全部私のせいじゃないか!

 私の馬鹿。昔から素直になれないからいつも誰かを傷つける。
 私はラペーシュの人間だから。名家の娘なんだから。くだらない子供のお遊びや無意味なおしゃべりに付き合っていられない――なんて、本当はそんなの全部嘘っぱちだ。
 みんなと仲良くなりたい。家のことも、立場のことも全部気にしないで思いっきり遊びたかった。心を許せる友達を作りたかった。

「マリーっ!」

 最初は嫌だった。家の血筋でもないどこの馬の骨かもわからない子の面倒を見るなんて。
 でもマリーは家のことなんて関係なしに、遠慮なく遊んでくれた。
 私が意地悪なこと言っても、笑顔でくっついてきた。
 小さな子はよく見ているっていうけど、私がちゃんと面倒見ていたことはお見通しだった。

 そんなあの子の手を、私は取らなかった。

 いつもあの子の何を見ていたんだ私は。ただ魔族だからってだけで嫌いになれるような子じゃない。そんな子に行き場のない怒りをただぶつけた。ただの八つ当たりじゃないか。
 ごめん、マリー。後で謝る。
 トウカ様にも、オウカ様にも、迷惑かけちゃったみんなにいっぱい謝るから。

 だから、そんなに暴れないで。
 ……もう許してよ。

「あっ……!?」
「キッカ!」

 魔力が爆発してデコボコになっていた地面につまづいた。
 転んだ私の上から光の玉が落ちてくる。マリーの上にもだ。

「マリー……」

 届かない。私に力が足りなかった。いいよ、あの世でたくさん謝るから。
 でも、みんなは助けてあげて――。

「ううっ……!」

 真っ白に染まる。
 物凄い音で何も聞こえなくなる。
 ……あれ、痛みがない。
 空中で魔力が爆発した。何で?

「立ち止まらないで。早く立って走りなさい!」

 オウカ様でも、トウカ様でもない。別の大人の女の人の声。
 マリーに落ちてきた光の玉が次々と落ちる前に爆発して消えていく。

「早く、その腕輪をマリーちゃんに届けなさい!」

 森の中から現れたその人は傷だらけの体で弓を引く。

「ドラセナ!」
「……待たせたわね、トウカ!」

 次々に矢をつがえては撃つ。
 撃ち出された矢が、狂いもなく光の玉を射抜いて行く。

「行きなさい、落ちてくるのは全部私が落とすから!」
「は、はい!」

 立ち上がって、私はもう一度走り出す。
 ――あと少し。



っ……」

 全身に痛みが走る。骨は折れてないまでもあちこち痛めている。
 これ以上矢を撃つと塞がった傷口が開いてしまうかもしれない。
 せっかく拾った命。でも、もう少しだけ私は頑張らないといけない。

 目が覚めたのはついさっきだった。
 魔力の直撃を受けて、意識が遠のいて一度は本気で死を覚悟した。
 でも、私は今ここに生きている。
 すぐそばで気を失っていたフジが何かしら処置してくれたのだろう。
 懲罰術式があったのに、私を助けるために無茶をしたに違いない。
 まったく……大人しい顔して大事な時の思い切りはいいんだから。
 そう言えば、消えかかっていた意識の中でフジが何かしたような――。

「……その辺りは後で問い詰めるとして」

 目を覚ました私は、すぐに弓矢を持ってここへ来て驚いた。
 マリーちゃんを覆っていた光の壁はなくなっていた。
 オウカも、シオンもボロボロになって倒れている。
 トウカは脚をやられ、魔力切れで動けない。
 しかも、キッカちゃんが一人でマリーに向かって走っている。

「……私も頑張らないと、立場がないじゃない」

 私は、そばで砕け散っている手ごろな長さの木の破片を手に取る。

「術式展開――――『複製』」

 魔力を流し込んでその形状を変換する。
 見る見るうちに私が持つ矢と同じものが出来上がる。
 消耗品の矢を『複製』で補充するなんて非効率もいい所だけど、あと何本矢が必要なのかわからない以上、贅沢は言っていられない。

「さあ、魔力か体力が尽きるまで撃ち続けるわよ!」

 矢を生成してはつがえて、私は次々と撃つ。
 マリーちゃんにも、キッカちゃんにも魔力を落とさせはしない。




「あと少し……」

 長くて遠く感じる。
 マリーと追いかけっこをした時だったらすぐに詰められる距離だ――私が、マリーにだけど。
 でも、今日は絶対にこの手を届かせる。
 今日こそ捕まえる。そして、絶対に放したりしない。

 ――あと八歩。

 ドラセナさんが無理をしているのは見ただけでわかる。
 本当なら寝てなくちゃいけない重症だ。
 でも、無理を押しても私をサポートしてくれている。

 ――あと七歩。

 マリー、早く目を覚まして。
 あんたの大好きなママとお母さんが来てるのよ。
 もう、ダダこねるのはやめなさい。

 ――あと六歩。

「危ない、キッカ!」
「――え?」

 マリーから魔力が放たれる。
 走っている私の方へまっすぐ飛んでくる。
 この近い場所じゃ、もう止まれない。
 ああ、くそ。あとちょっとなのに。

「うわああああ!」

 目の前で爆発が起きる。
 弾けるような音がして、私の前に飛び込んできた何かが砕け散る。
 ――それは、何本もの金属の糸が束ねられて壁のようになったものだった。

「無事ですか、キッカさん!」

 私を呼ぶ幼い声。
 エリカは自分より大きい、女の子の体を必死に支えていた。
 今の金属の糸――かずら――は彼女以外使えない。

「レンカ!?」
「キッカ! 早くマリーを……私たちの妹を!」
「任せなさい!」

 力尽きて、またレンカが倒れた。自分もボロボロなのに無理しちゃって。
 エリカも、早く逃げればよかったのに。みんな馬鹿なんだから……ありがとう。

 ――あと四歩。

 爆発で窪んだ地面に足を取られて体勢が崩れる。
 構うもんか。倒れながらでも進んでやる。

 ――あと三歩。

 手を伸ばす。もうすぐだ。
 起きたら何て言おう。
 まずは、ごめんなさいかな。
 仲直りできるかな。

 ――あと二歩。

「マリー!」

 できたらまた遊ぼう。
 今度は付き合ってあげるから。
 庭一周でも、何でもやってあげるわよ。

 ――あと一歩。

 あ、でもお屋敷でかくれんぼだけはやめてよ。
 この間の、オウカ様にすごく怒られたんだから。
 
 ……なんだか思い出したら腹が立ってきた。
 あれ、あんたが壺を壊したからいけないのに。
 一言言わなくちゃ気が済まない。

 ――ああ、もう!

「いつまで寝てるのよ、早く起きなさいよ馬鹿!」

 あーあ、ダメだな私。
 ……やっぱり素直になれないや。
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