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第二章「王国の五大騎士家」
第40話 集う力
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「助けていただいてありがとうございました。私、エリカ=グラキリスと申します」
丁寧に頭を下げるエリカ。
慣れたその所作は少し彼女を大人びて見せた。
「あら、ご丁寧に。私はドラセナ=ゴッドセフィアよ」
「僕はフジ=ウィステリアだ」
「ドラセナ様とフジ様ですね。あら……もしかして?」
その姓にエリカは聞き覚えがあった。
主要五家の一つと王宮お抱えの医師の家。家名は王国で知らない者はいない。
「僕は家を出ている身だけどね」
フジは苦笑する。
「でも、礼儀が行き届いているわね。サンスベリアさんの教育の賜物かしら」
「礼儀作法は一通り御爺様に教えられてきましたから」
「まるで昔の君のようだね」
昔のことを思い出す。
確かにドラセナ自身も幼少期より作法と教養を叩き込まれ、深窓の令嬢といえるような日常を送っていた覚えがある。
「思い出さなくていいわよ」
今と明らかに違うイメージにドラセナは恥ずかしくなってくる。
あの頃から随分変わったものだと思う。
「仲が良いのですね。お二人とも」
そんな二人を見てエリカは微笑む。
「ん……まあ、幼馴染だからね」
自分で言って少し心が痛む。
どこまで行っても『幼馴染』から抜け出すことはできないのかもしれないと。
「ドラセナ?」
「何でもない。オウカ達と合流しましょう」
三人は歩き出す。
この辺りは日が差し込むのか、雪も解けていて夜の寒気で足場が凍っている。
「滑るから気を付けて」
「ええ」
足元に気を付けながら進む。
氷が割れる音がする。
雪を踏む音がする。
――木が倒れる音がする。
「……何か聞こえない?」
「君も聞こえた?」
空耳ではなかった。
耳を澄ませる。
また、木が倒れる音がした。
「確か魔物は三体って話だったわよね」
ドラセナは弓を構える。
フジはエリカを自分の後ろに回し、音のする方向を見据える。
轟音が響く。
鳥は眠りを妨げられ、一斉に飛び立つ。
獣は一目散に逃げ出す。
三人は息をのむ。
やがて、木々を薙ぎ倒しながらそれは現れた。
「お疲れ、トウカ」
オウカが労いの言葉をかける。
「鮮やかだな」
「そう?」
「ああ。先ほどの技、今すぐに手合わせしたいくらいに心が躍ったぞ」
それはオウカにとってトウカへの最大級の賛辞だった。
トウカは苦笑した。
以前約束しただけに、トウカはオウカとの手合わせの申し出を断れない。
「安心しろ。時と場所は弁えるさ」
「そうだね。レンカは大丈夫?」
「強い衝撃で気を失っているだけだ。あとはフジに診てもらう必要はあるが、命に別状はないと思う」
間に合って良かったと、ひとまず安堵する。
キッカもレンカも、ボロボロになりながらマリーを守ってくれていたのだ。
感謝しきれない。
「そうだ。マリーを――」
まだ最愛の娘は向こうで気を失って木にもたれかかったままだ。
早く保護して腕輪を付けてあげなくては。
「オウカ、トウカ!」
森の奥からドラセナたちが血相を変えて現れた。
ドラセナは時折振り返っては矢を放ち、フジはエリカを抱えて一目散にトウカ達の下へ駆けて来る。
「何があった」
「冗談じゃないわよ。あんなの聞いてないわ!」
森の奥から木々が倒れる音が響く。
それは徐々に大きさを増して近づいて来る。
「来るわ!」
森の闇の中から何かが向かってくる――いや、転がってくる。
「岩だと!?」
それは、目を疑うほどの巨岩だった。
その姿を認めた瞬間、反射的にトウカはレンカを、オウカはキッカを抱えて飛び退く。
回避した皆の間を巨岩は通り過ぎる。
間一髪、全員が逃れることができた。
「何で森の中にあんな岩が……?」
トウカが口にした疑問にドラセナが答える。
「……あれ、魔物よ」
何の前触れもなく巨岩が停止する。
表面が崩れ落ちていく。
人間大ほどの岩が複数地面に転がり、もぞもぞと動き始める。
目が開く。
手足が伸びて立ち上がる。
無数に転がった岩は、その全てが自立する魔物へと変わった。
「……ちょっとオウカ。岩石系の魔物は一体じゃなかったの?」
「報告ではな」
だが、目の前にいるのは無数の岩石系の魔物。
見間違いで済む情報の差異ではない。
「……今、あいつらは一つの岩になって転がってきたよね?」
フジが呟く。
医者の家系に生まれた彼は、こういう時でも冷静に分析ができるのが強みだ。
「一個体としての魔物の集まりというより、群体が集まって一つの形を作るタイプなのかも」
「群にして個。個にして群という奴か」
フジの推測にオウカも合点がいく。
あの魔物たちが固まって巨岩を形成して襲って来たのであれば、複雑な連携を要求される。
だが、そもそもが意思が統一され、一つに集まって行動する個体だと考えれば筋は通る。
先に倒した獣型や鳥型のような生物系の魔物とは違う、岩石が魔力を動力源にして活動する非生物型の魔物。
「と言うことは、司令塔となる個体がいるはずね」
ドラセナの言葉に皆が頷く。
だが、それは厄介な話だった。
魔物たちの中から司令塔となっている魔物を見抜かなければならない。
見た目もほとんど同じ。数は自分たちより圧倒的に多い。
「一匹ずつ潰すしかないな」
「簡単に言ってくれちゃって……」
オウカの言葉にドラセナは溜息をつく。
「フジ、子供たちをお願いしていい?」
「わかった。邪魔にならない位置まで下がってるよ」
レンカを抱え上げ、フジは後方へと退いていく。
キッカもエリカに支えられながらそれに続く。
「マリー……」
飛び込んできた魔物たちはトウカたちとマリーの間にいた。
まだ娘の下へ行くのには時間がかかりそうだ。
「もう少しだけ待っててね」
トウカとオウカが剣を抜く。
ドラセナが弓を構える。
「来るぞ!」
オウカが叫ぶ。
無数の魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
トウカとオウカはその中へ飛び込んでいく。
できるだけマリーやフジたちに注意が向かないようにするためだ。
すぐに取り囲まれる。
アキレアのような特殊な種類を除き、魔物の思考は単純だ。
そばにいる敵を倒す。その行動が優先される。
岩の腕を掻い潜る。
重量のある体のため、その動きは遅い。
だが、次から次へと迫り、腕を伸ばしてくるため、一体ずつを相手にしているとすぐに逃げ場を失う。
「オウカと戦ってる時の感覚に似てるわね」
「……こんな奴らと一緒にするな!」
オウカが魔物を蹴り飛ばす。
後方にいた魔物も巻き込んでひっくり返った。
「トウカ、例の技で一網打尽にできないか?」
「……あれで岩石は砕けないなぁ」
トウカの切り札は原理的には彼女の技の威力を魔力で飛ばしているだけだ。
だからトウカが破壊できないものは、桃華繚乱で破壊できない。
「ああもう……硬すぎ!」
ドラセナも愚痴をこぼす。
弓矢で戦う彼女と岩石系の魔物の相性はよくない。
表面が硬く矢が通らない。
急所も普通の生物と違うため、一撃必殺も難しい。
「……こんな奴らどうしたら」
「はぁっ!」
「はっ!」
トウカとオウカが魔物をそれぞれ一体行動不能にする。
いずれも岩と岩を繋ぐ隙間を剣で刺し貫いてだ。
「どうしたドラセナ?」
「……何でもないわよ」
つくづくこの姉妹は別格だ。
そう思わせる。
「でも、これじゃ時間がかかりすぎる……」
「まったくだ」
トウカの指摘も尤もだとオウカが同意する。
隙を見つける、あるいは作っては魔物を行動不能にしているのでは時間が足りない。
そうしている内に倒した魔物が再生して立ち上がってくる。
一時的に猛攻は止んでも根本的な解決にはならない。
フロスファミリア家もゴッドセフィア家もその技は乱戦に特化したものではない。
一対一では間に合わない。
必要とされるのは一対多の力。
そう、シオンの技のような――。
「苦戦しているみたいだね」
誰かが魔物の囲みの中に飛び込んだ。
その手には松明が握られ、彼が立ち回るたびに火が揺れる。
夜に明かりをもって派手に動けば明らかに目を引く。
魔物も大半が彼の下へと集まって行く。
「術式展開――――『纏化』」
魔物が自分の所に集まってきた所で、松明を投げ上げ、術式を唱える。
魔力を受けた炎は彼の所へ渦を巻いて展開する。
剣を抜く。続けざまに次の術式を発動する。
「術式展開――――『圧縮』」
剣に炎が集まる。
圧縮された炎は火球となり、彼は剣を天高く掲げる。
「天昴烈火!」
圧縮された火球を地表に叩きつける。
解放された炎は文字通り爆発的に広がり、魔物たちを吹き飛ばした。
爆心地に近いほど、魔物は粉々にされていた。
「よく来てくれた……」
オウカは喜びを隠しきれない。
あの優等生が、騎士団長の立場を無視しても駆けつけてくれたのだ。
「シオン!」
「遅れてすまない。微力ながら力を貸すよ」
「シオン……あなた、それ謙遜が過ぎるわよ」
ドラセナが思わず毒づく。
複数を相手にできるシオンの技はこれ以上ない戦力だ。
シオンは言われて気づく。
「ごめん、長年のクセだね。しばらくは大目に見てほしい」
「あら、随分と素直に非を認めるわね」
「怒られたからね……色んな人に」
シオンがもう一振りの剣を抜く。
「迷惑をかけた分は働きで返すよ」
「何だか知らないけど、いい顔になったじゃない」
「そうかな、トウカ?」
「うん。昔のシオンに戻ったみたい」
ドラセナも頷く。
昔のように無邪気な笑みを返してくれる、皆のまとめ役のシオンだった。
「みんな、魔物たちが!」
フジが遠くから叫ぶ。
昔からああやっていつも冷静に皆をサポートしてくれた参謀役が彼だった。
見れば、魔物たちはシオンの登場に危機感を抱いたのか一か所に集まりつつあった。
一度分裂した魔物たちが再び一つになっていく。
己の身をパーツにして、魔物たちは一つの巨大な個体に生まれ変わる。
恐らく報告にあった魔物はあれだ。
「勝算はあるのか?」
オウカの問いにシオンは答える。
「もちろん。一つになってくれたことでむしろ倒しやすくなった」
群体でいられれば統率している個体との区別がつかない。
だが、一つの固体になれば倒すための理屈は単純だ。
「僕がまとめて吹き飛ばす」
その眼には一切の迷いはない。
自信をもって答えるシオンが心強い。
「じゃあシオン。その為のサポートは私たちが引き受けるわね」
ドラセナが矢をつがえる。
「なら、前衛は私たちだな」
「そうだね」
オウカ、トウカが歩み出る。
シオンが決めるためにも、確実な隙を作り出すのが二人の役目だ。
「……今更だが、今日が初めてだな」
「何が?」
巨体となった魔物と対峙する二人は言葉を交わす。
「こうやってお前と肩を並べて戦うのは」
「……そうだね」
共に競い合い、共に肩を並べて戦う日。
あの頃は、まさか叶うと思わなかった光景。
一度は道を違えたが、それが再び交わった。
幼馴染たちも七年の空白を埋めるように今、ここに集っている。
その全てはトウカがマリーと出会ったことから始まった。
二人が出会わなければ、同じ場所に二人で立つことなどできはしなかった。
「あの子には感謝しきれないな」
「そうだね。だから助けよう、絶対に」
二人が剣を構える。
共に学んだ剣技を手に。
一つになった心を持って。
「遅れるなよ、トウカ!」
「そっちこそ!」
思いは一つ。
もう一度皆で平和に暮らすために。
そんなささやかな願いを叶えるために、二人は走り出すのだった。
丁寧に頭を下げるエリカ。
慣れたその所作は少し彼女を大人びて見せた。
「あら、ご丁寧に。私はドラセナ=ゴッドセフィアよ」
「僕はフジ=ウィステリアだ」
「ドラセナ様とフジ様ですね。あら……もしかして?」
その姓にエリカは聞き覚えがあった。
主要五家の一つと王宮お抱えの医師の家。家名は王国で知らない者はいない。
「僕は家を出ている身だけどね」
フジは苦笑する。
「でも、礼儀が行き届いているわね。サンスベリアさんの教育の賜物かしら」
「礼儀作法は一通り御爺様に教えられてきましたから」
「まるで昔の君のようだね」
昔のことを思い出す。
確かにドラセナ自身も幼少期より作法と教養を叩き込まれ、深窓の令嬢といえるような日常を送っていた覚えがある。
「思い出さなくていいわよ」
今と明らかに違うイメージにドラセナは恥ずかしくなってくる。
あの頃から随分変わったものだと思う。
「仲が良いのですね。お二人とも」
そんな二人を見てエリカは微笑む。
「ん……まあ、幼馴染だからね」
自分で言って少し心が痛む。
どこまで行っても『幼馴染』から抜け出すことはできないのかもしれないと。
「ドラセナ?」
「何でもない。オウカ達と合流しましょう」
三人は歩き出す。
この辺りは日が差し込むのか、雪も解けていて夜の寒気で足場が凍っている。
「滑るから気を付けて」
「ええ」
足元に気を付けながら進む。
氷が割れる音がする。
雪を踏む音がする。
――木が倒れる音がする。
「……何か聞こえない?」
「君も聞こえた?」
空耳ではなかった。
耳を澄ませる。
また、木が倒れる音がした。
「確か魔物は三体って話だったわよね」
ドラセナは弓を構える。
フジはエリカを自分の後ろに回し、音のする方向を見据える。
轟音が響く。
鳥は眠りを妨げられ、一斉に飛び立つ。
獣は一目散に逃げ出す。
三人は息をのむ。
やがて、木々を薙ぎ倒しながらそれは現れた。
「お疲れ、トウカ」
オウカが労いの言葉をかける。
「鮮やかだな」
「そう?」
「ああ。先ほどの技、今すぐに手合わせしたいくらいに心が躍ったぞ」
それはオウカにとってトウカへの最大級の賛辞だった。
トウカは苦笑した。
以前約束しただけに、トウカはオウカとの手合わせの申し出を断れない。
「安心しろ。時と場所は弁えるさ」
「そうだね。レンカは大丈夫?」
「強い衝撃で気を失っているだけだ。あとはフジに診てもらう必要はあるが、命に別状はないと思う」
間に合って良かったと、ひとまず安堵する。
キッカもレンカも、ボロボロになりながらマリーを守ってくれていたのだ。
感謝しきれない。
「そうだ。マリーを――」
まだ最愛の娘は向こうで気を失って木にもたれかかったままだ。
早く保護して腕輪を付けてあげなくては。
「オウカ、トウカ!」
森の奥からドラセナたちが血相を変えて現れた。
ドラセナは時折振り返っては矢を放ち、フジはエリカを抱えて一目散にトウカ達の下へ駆けて来る。
「何があった」
「冗談じゃないわよ。あんなの聞いてないわ!」
森の奥から木々が倒れる音が響く。
それは徐々に大きさを増して近づいて来る。
「来るわ!」
森の闇の中から何かが向かってくる――いや、転がってくる。
「岩だと!?」
それは、目を疑うほどの巨岩だった。
その姿を認めた瞬間、反射的にトウカはレンカを、オウカはキッカを抱えて飛び退く。
回避した皆の間を巨岩は通り過ぎる。
間一髪、全員が逃れることができた。
「何で森の中にあんな岩が……?」
トウカが口にした疑問にドラセナが答える。
「……あれ、魔物よ」
何の前触れもなく巨岩が停止する。
表面が崩れ落ちていく。
人間大ほどの岩が複数地面に転がり、もぞもぞと動き始める。
目が開く。
手足が伸びて立ち上がる。
無数に転がった岩は、その全てが自立する魔物へと変わった。
「……ちょっとオウカ。岩石系の魔物は一体じゃなかったの?」
「報告ではな」
だが、目の前にいるのは無数の岩石系の魔物。
見間違いで済む情報の差異ではない。
「……今、あいつらは一つの岩になって転がってきたよね?」
フジが呟く。
医者の家系に生まれた彼は、こういう時でも冷静に分析ができるのが強みだ。
「一個体としての魔物の集まりというより、群体が集まって一つの形を作るタイプなのかも」
「群にして個。個にして群という奴か」
フジの推測にオウカも合点がいく。
あの魔物たちが固まって巨岩を形成して襲って来たのであれば、複雑な連携を要求される。
だが、そもそもが意思が統一され、一つに集まって行動する個体だと考えれば筋は通る。
先に倒した獣型や鳥型のような生物系の魔物とは違う、岩石が魔力を動力源にして活動する非生物型の魔物。
「と言うことは、司令塔となる個体がいるはずね」
ドラセナの言葉に皆が頷く。
だが、それは厄介な話だった。
魔物たちの中から司令塔となっている魔物を見抜かなければならない。
見た目もほとんど同じ。数は自分たちより圧倒的に多い。
「一匹ずつ潰すしかないな」
「簡単に言ってくれちゃって……」
オウカの言葉にドラセナは溜息をつく。
「フジ、子供たちをお願いしていい?」
「わかった。邪魔にならない位置まで下がってるよ」
レンカを抱え上げ、フジは後方へと退いていく。
キッカもエリカに支えられながらそれに続く。
「マリー……」
飛び込んできた魔物たちはトウカたちとマリーの間にいた。
まだ娘の下へ行くのには時間がかかりそうだ。
「もう少しだけ待っててね」
トウカとオウカが剣を抜く。
ドラセナが弓を構える。
「来るぞ!」
オウカが叫ぶ。
無数の魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
トウカとオウカはその中へ飛び込んでいく。
できるだけマリーやフジたちに注意が向かないようにするためだ。
すぐに取り囲まれる。
アキレアのような特殊な種類を除き、魔物の思考は単純だ。
そばにいる敵を倒す。その行動が優先される。
岩の腕を掻い潜る。
重量のある体のため、その動きは遅い。
だが、次から次へと迫り、腕を伸ばしてくるため、一体ずつを相手にしているとすぐに逃げ場を失う。
「オウカと戦ってる時の感覚に似てるわね」
「……こんな奴らと一緒にするな!」
オウカが魔物を蹴り飛ばす。
後方にいた魔物も巻き込んでひっくり返った。
「トウカ、例の技で一網打尽にできないか?」
「……あれで岩石は砕けないなぁ」
トウカの切り札は原理的には彼女の技の威力を魔力で飛ばしているだけだ。
だからトウカが破壊できないものは、桃華繚乱で破壊できない。
「ああもう……硬すぎ!」
ドラセナも愚痴をこぼす。
弓矢で戦う彼女と岩石系の魔物の相性はよくない。
表面が硬く矢が通らない。
急所も普通の生物と違うため、一撃必殺も難しい。
「……こんな奴らどうしたら」
「はぁっ!」
「はっ!」
トウカとオウカが魔物をそれぞれ一体行動不能にする。
いずれも岩と岩を繋ぐ隙間を剣で刺し貫いてだ。
「どうしたドラセナ?」
「……何でもないわよ」
つくづくこの姉妹は別格だ。
そう思わせる。
「でも、これじゃ時間がかかりすぎる……」
「まったくだ」
トウカの指摘も尤もだとオウカが同意する。
隙を見つける、あるいは作っては魔物を行動不能にしているのでは時間が足りない。
そうしている内に倒した魔物が再生して立ち上がってくる。
一時的に猛攻は止んでも根本的な解決にはならない。
フロスファミリア家もゴッドセフィア家もその技は乱戦に特化したものではない。
一対一では間に合わない。
必要とされるのは一対多の力。
そう、シオンの技のような――。
「苦戦しているみたいだね」
誰かが魔物の囲みの中に飛び込んだ。
その手には松明が握られ、彼が立ち回るたびに火が揺れる。
夜に明かりをもって派手に動けば明らかに目を引く。
魔物も大半が彼の下へと集まって行く。
「術式展開――――『纏化』」
魔物が自分の所に集まってきた所で、松明を投げ上げ、術式を唱える。
魔力を受けた炎は彼の所へ渦を巻いて展開する。
剣を抜く。続けざまに次の術式を発動する。
「術式展開――――『圧縮』」
剣に炎が集まる。
圧縮された炎は火球となり、彼は剣を天高く掲げる。
「天昴烈火!」
圧縮された火球を地表に叩きつける。
解放された炎は文字通り爆発的に広がり、魔物たちを吹き飛ばした。
爆心地に近いほど、魔物は粉々にされていた。
「よく来てくれた……」
オウカは喜びを隠しきれない。
あの優等生が、騎士団長の立場を無視しても駆けつけてくれたのだ。
「シオン!」
「遅れてすまない。微力ながら力を貸すよ」
「シオン……あなた、それ謙遜が過ぎるわよ」
ドラセナが思わず毒づく。
複数を相手にできるシオンの技はこれ以上ない戦力だ。
シオンは言われて気づく。
「ごめん、長年のクセだね。しばらくは大目に見てほしい」
「あら、随分と素直に非を認めるわね」
「怒られたからね……色んな人に」
シオンがもう一振りの剣を抜く。
「迷惑をかけた分は働きで返すよ」
「何だか知らないけど、いい顔になったじゃない」
「そうかな、トウカ?」
「うん。昔のシオンに戻ったみたい」
ドラセナも頷く。
昔のように無邪気な笑みを返してくれる、皆のまとめ役のシオンだった。
「みんな、魔物たちが!」
フジが遠くから叫ぶ。
昔からああやっていつも冷静に皆をサポートしてくれた参謀役が彼だった。
見れば、魔物たちはシオンの登場に危機感を抱いたのか一か所に集まりつつあった。
一度分裂した魔物たちが再び一つになっていく。
己の身をパーツにして、魔物たちは一つの巨大な個体に生まれ変わる。
恐らく報告にあった魔物はあれだ。
「勝算はあるのか?」
オウカの問いにシオンは答える。
「もちろん。一つになってくれたことでむしろ倒しやすくなった」
群体でいられれば統率している個体との区別がつかない。
だが、一つの固体になれば倒すための理屈は単純だ。
「僕がまとめて吹き飛ばす」
その眼には一切の迷いはない。
自信をもって答えるシオンが心強い。
「じゃあシオン。その為のサポートは私たちが引き受けるわね」
ドラセナが矢をつがえる。
「なら、前衛は私たちだな」
「そうだね」
オウカ、トウカが歩み出る。
シオンが決めるためにも、確実な隙を作り出すのが二人の役目だ。
「……今更だが、今日が初めてだな」
「何が?」
巨体となった魔物と対峙する二人は言葉を交わす。
「こうやってお前と肩を並べて戦うのは」
「……そうだね」
共に競い合い、共に肩を並べて戦う日。
あの頃は、まさか叶うと思わなかった光景。
一度は道を違えたが、それが再び交わった。
幼馴染たちも七年の空白を埋めるように今、ここに集っている。
その全てはトウカがマリーと出会ったことから始まった。
二人が出会わなければ、同じ場所に二人で立つことなどできはしなかった。
「あの子には感謝しきれないな」
「そうだね。だから助けよう、絶対に」
二人が剣を構える。
共に学んだ剣技を手に。
一つになった心を持って。
「遅れるなよ、トウカ!」
「そっちこそ!」
思いは一つ。
もう一度皆で平和に暮らすために。
そんなささやかな願いを叶えるために、二人は走り出すのだった。
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