魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第二章「王国の五大騎士家」

第31話 剛き華

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 今日は朝から随分と騒がしい日だった。
 王都のどこかで爆発が起きたのは私も気付いた。
 今も時折、小規模な爆発音が聞こえてくる。
 カルーナさんも出払い、治安維持部隊の人たちは慌ただしく動いている。
 私は未だに部屋から動くことが禁じられている。
 一体何が起きているのか私にはわからない。
 でも、事態は大きく動き出している。そんな予感はしていた。

 そして、一際大きな爆発音が轟く。
 それは、夏の初めに聞いた音によく似ていた。

「……シオン?」

 何故だかわからない。
 でも、彼が関わっている様なそんな気はした。



 シオンの放った『緋炎双牙ひえんそうが』は、両方の剣から『天昴烈火てんこうれっか』を放ったものだ。
 これを彼は単純に二発分の威力と想定していたが、二つの火球を左右の剣が交差する瞬間に衝突させたことで解放された炎の威力が相乗効果を生み出し、威力が文字通り爆発的に高まった。

 その結果がこの状態だ。
 屋敷の一角はシオンの技の威力で半壊している。
 延長線上にある部屋や壁を吹き飛ばし、その向こうには王都の風景が見えていた。
 屋敷の人間は避難していたため、巻き添えによる死者こそ出ていなかったのが幸いと言えた。

「……確実にとらえたと思ったんだけどな」

 タイミングは完璧だった。
 突撃してきたオウカに合わせて真正面から技を放った。
 だが、手ごたえが無い。
 シオンが薙ぎ払ったのは何もない空間。
 とらえたはずの彼女の肉体はそこになかったのだ。

 爆発と崩壊による煙が晴れて行く。
 シオンは振り返り、壁際にうずくまる人物に向けて言葉をかけた。

「でも、お陰でもう一つの術式がわかったよ……『置換』だね?」
「くっ……」

 煙の向こうから姿を現し、苦々しい表情をシオンに向けたのはオウカだった。

「あの瞬間、僕の剣をかわすには空間転移しかないからね」

 間一髪だった。
 あの時、咄嗟とっさにオウカは先に攻撃していた二つの分身の片方と位置を入れ替えていた。
 もし『桜華絢爛おうかけんらん』が転移を伴う技でなければ無事では済まなかっただろう。

「何故見破られたのか納得いかない様子だね」

 『桜華絢爛おうかけんらん』はオウカが必死に編み出した最大の技だ。
 それをシオンは戦いの中で見破った。
 しかもトウカの様に理解した上で全ての分身ごと倒すのとは違い、もう一つの術式を見破っていない上でオウカ本体の居場所を正確に把握していたのだ。

「簡単な話さ。虚像は風を作らない」
「……しまった」

 本体を見破られた原因は、屋内に立ち込める煙だった。
 視界を遮るという、戦いにおいては役に立つものではあったが桜華絢爛おうかけんらんにおいては話が別だった。

『投影』によって生み出されたオウカの精巧な分身は実体を伴ったものではない。
 そのため相手の攻撃を全て無効化することができると言う利点があるが、この様に煙が充満する中で動けば一切煙を動かさずに人が動いていると言う不自然な状態になってしまう。
 結果、移動による風で唯一煙を動かしているのが本体という事になる。

「でも、弱ったな。これで切り札がお互いに使えなくなった」

 煙が漂っている限りオウカは『桜華絢爛おうかけんらん』を使うことはできない。
 だが、煙が収まるのをシオンが黙って見ている訳はない。
 しかし、シオンの側も『桜華絢爛おうかけんらん』がある限り『緋炎双牙ひえんそうが』を直撃させることはできない。
 また、どちらかの魔力が尽きるまで使い続けるのはリスクが高い。
 どちらの必殺技もこれで封じられてしまったのだ。

「でも、まあ大きな問題じゃないか。まだ手はあるし」

 だが、技をかわされたシオンより、技を破られたオウカの精神的なダメージは大きい。
 痛み分けどころではない。明らかにオウカの方が損害を被っている。

「どうしたのかな。来ないのならこちらから行くよ」

 再びシオンが構えを取る。
 そして告げた。

「術式展開――――『纏化てんか』」

 周囲で燃えている炎を自分の下へ集める。
 まとった炎は続く術式で剣へと向かわせる。

「術式展開――――『圧縮』」

 右の剣へ炎が集う。
 今度は構えが違った。
 剣を後方に引き、剣先で生成された火球を突きの要領で前方へ撃ち出す。

天昴烈火てんこうれっか!」

 撃ち出された火球は速度を増し、オウカの頭上を越えて背後の壁に着弾する。
 爆発によって壁は大きく陥没し、その瓦礫が降る。
 オウカは転がる様にそれを回避した。

「うーん。即興でやってみたけど上手く行かなかったな」
「……これが即興だと」

 シオンの言葉に驚愕する。
 今、彼が放ったのは『天昴烈火てんこうれっか』の遠距離射撃だ。
 即興と言う割に既に一線級の威力を持っている。
 練習も無しにこの技を放って見せたと言うのだ。
 先の『緋炎双牙ひえんそうが』においても二つの『天昴烈火てんこうれっか』を剣技に合わせて同時に炸裂させると言う行いは高い技術が無ければできない。
 魔力による威力増幅を行うアスター家において、彼の魔力運用は天才的と言えた。

「魔力を調整して……もう少し下へ」

 付近で燃えている炎に近づき、再び剣へとそれを移す。
 そして再び構えを取る。

「はっ!」

 二撃目に放たれたそれは、今度こそオウカへ一直線に向かう。
 だが、突きの軌道からその向かう先を読んでいたオウカは紙一重で身をかわす。

「さすがオウカ……でも!」

 三撃目が放たれる。
 それは先程と同じ軌道で迫り、オウカにかわされる。
 次弾が放たれる前に距離を詰めなければならない。
 オウカは術式を展開する。

「術式展か――――なっ!?」

 避けたはずの火球が炸裂する。
 威力は小規模なものだったが爆風に煽られて集中が乱され、術式が中断された。

「威力が足りなかったか……なら次だ!」

 オウカが体勢を崩された間に次の火球が装填される。
 放てば放つ程修正され、シオンの技は完成に近づいていた。

「四発目!」

 修正を施された一撃が繰り出される。
 速度、威力、効果範囲全てが先の三発を上回るものだ。
 このままでは直撃だ。
 避けたとしても爆発に巻き込まれる。
桜華絢爛おうかけんらん』を使うにも集中している時間が足りない――八方塞がりだ。

 シオンは勝利を確信する。
 だが、勝利の女神は未だ彼に微笑んではいなかった。

「うおおおお!」

 二人の間に一人の人物が飛び込んだ。
 巨漢の人物がオウカの前に立ちはだかり、火球をその身に受ける。

「ぐはっ……!」
「何っ⁉」

 『天昴烈火てんこうれっか』の直撃を受け、カルーナの身体が炎に包まれた。

「カルーナ!」
「構うな! いいからあの馬鹿引っ叩いて目を覚まさせろ!」
「すまん!」

 膝をつくカルーナの脇を走り抜ける。
 シオンは技を放った直後で体勢が整っていない。
 千載一遇の好機だ。
 今しか、彼を止める時は無い。

「させない……っ!」

 シオンが魔力を展開する。
 空いていた左の剣に炎が集っていく。

「僕は兄さんの代わりにアスターを継ぐんだ! 僕が負けることは兄さんが敗北する事と同じだ!」
「違う! 家を継ぐという事は地位を、ましてや技を継ぐことでもない!」

 それは、かつて自分も理解していなかった事。
 トウカに負けて自身を見つめ直して初めてたどり着いた答え。

「なら何を継ぐって言うんだ!」
「魂を継ぐことだ!」

 オウカが叫ぶ。

「血族全ての想いを継いで未来へ導くのが当主のすることだ! 死者の想いも含めて!」

 この場にいない者も含め、全ての者の想いを背負って戦うことの強さ。
 それは、言い換えれば「誰かのために戦う」という事だ。

「だがシオン。お前の戦いは兄の為だけの物だ! 未来ではなく過去に目を向けている者に誰が付いていく! どう道を示すことができる!」
「でも僕は……それしか知らない。兄さんを目標に頑張って来た僕が、今更何を目標に頑張ればいいんだ!」

 悲鳴にも似た叫びだった。
 それは、救いを求めているようにも聞こえた。

 シオンが固執している兄への想い。
 それを断ち切らない限りシオンは止まらない。
 ならば肉体ではなく精神を断つ。

「お前を止める……この一撃で!」
「うわああああ!」

 シオンの技の完成の方が早い。
 オウカはまだ間合いに入っていない。

「術式展開――――」
「遅い!」

 シオンが左の剣を振り切る。
 火球が剣先から離れ、迫るオウカに向けて飛ぶ。
 直後、それが破裂する。
 爆炎はオウカを巻き込み、その姿を覆い隠す。

「勝った……」
「まだだ!」

 炎と煙を突き破り、オウカが姿を現す。
『加速』の術式も使用しているのか、高速で突進して残る距離を一気に詰める。
 まさか技を食らっても突撃を止めないとは思わなかったシオンは意表を突かれて迎撃する体勢が整っていない。

 ――防御をしなくては。

 それでも彼は、体勢を崩しながらも反射的に構えを取る。
 両の剣を前で交差させ、オウカの一撃を防ごうとする。
 彼女は既に攻撃の体勢に入っている。
 この速度で放たれる技は『瞬華終刀しゅんかしゅうとう』だ。
 これを防げば彼女に勝機はない。

 だが、何かが違う。
 違和感があった。
 オウカが見据えているのはシオンではなかった。
 彼女が攻撃しようとしているのはそこではない。

(しまった、オウカの狙いは!)
「――砕け散れ・・・・

 狙いは一点。
 シオンの呪縛を断ち切り、戦闘不能にするにはこれしかない。
 戦士として戦う術を奪う技――。

剛華絶刀ごうかぜっとう!」
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