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第二章「王国の五大騎士家」
第19話 不穏の始まり
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「魔物がだと……?」
「はい……既にシオン騎士団長が現場に向かっています。第一騎士団も出動していただきたいとのことです」
「わかった。すぐに行こう」
オウカは自分がここまで乗ってきた馬に乗る。
「聞いての通りだ。今日は一緒にいる予定だったがそうはいかなくなったみたいだ」
「お母さん、お仕事なの?」
「ああ、すまないマリー」
「ううん、お仕事頑張ってね」
残念そうな表情だが、決してそれを言葉には出さない。
帰ってきたら埋め合わせにたくさん遊んであげようとオウカは思った。
「気を付けてね、オウカ」
「ああ、行ってくる」
手を振るマリーに笑顔を返し、オウカは手綱を引く。
すぐにオウカの乗る馬の姿は夜の闇に溶け込んで消えて行った。
「ただいま帰りました、おじい様」
「おお、エリカ。その様子では楽しんできたようだな」
満面の笑みでエリカは頷く。
自分のせいとはいえ、最近塞ぎ込んでいた孫娘に笑顔が戻ったことにサンスベリアも安堵する。
「はい。ルルディ先生のお子さんとも仲良くなれました。また遊ぶ約束もしました」
「そうかそうか」
自慢するようにルルディ=ファミーユのサインが書かれた本を見せてくる孫に、表情を綻ばせる。
「その友達とは何という名前かな?」
「はい、マリーと言います」
サンスベリアはその名を聞いて既視感を覚えた。
だが、マリーと言うのはそう珍しい名前でもない。
ただの偶然の一致であろうと思った。
「良い友達とは末永い付き合いをしなさい。互いに支えあい、互いに欠けている所を補い合うものだ」
「はい。良い友達になれるよう努めます。それでは」
孫娘が退室した後は和やかな空気が部屋を包んだ。
サンスベリアは、あれほどに元気のあるエリカを久しぶりに見た。
思えば彼女の両親が無くなって以来、自身も家長として一族の指揮を執るようになってエリカとは昔の様に遊んであげられなくなっていた。
だから、彼女の心からの笑顔を見たのは久しぶりだった。
「ふむ、雪か……」
窓の外を見上げる。
建国祭の夜は、静かに過ぎて行くのだった。
「シオン」
「すまないオウカ。わざわざ呼び立ててしまって」
国境の砦に駆け付けたオウカは、その前で佇むシオンの姿を見つけた。
「気にするな。これも騎士の務めだ……しかし、これは……」
「見ての通りだよ」
砦は無残な姿をさらしていた。
門は力任せに破壊され、守備隊にも甚大な被害が出ていた。
シオンの指揮の元、生存者の捜索を進めているが、無事だったものは少なかった。
「報告によれば、ここを襲撃した魔物は三体。獣型の魔物が一体。鳥型の魔物が一体。そして岩石系の魔物が一体だ」
「門の破壊は岩石系の魔物の仕業だな。その後に他の二体が中に突撃したと見るべきか」
「僕も同じ見解だ。襲撃した魔物はその後、北の森へと姿を消したらしい」
王国の北の地域は森林地帯だ。
多くの動植物に溢れ、自然の楽園となっているが道に迷いやすく、人があまり近づかない場所だ。
「北の森林地域はしばらく立ち入り禁止にするべきだろうね」
「好き好んで入る場所でもないのが唯一の救いか」
これから大規模な討伐隊を編成し、魔物討伐を行わなくてはならない。
そのためにも魔物たちの居所を掴む必要がある。
「やれやれ。建国祭だって言うのについてないね」
「珍しいな。お前が愚痴を言うなんて」
「僕だってゆっくりしたい時はあるさ」
そう言えばと、オウカも気づいた。
確か今日はシオンの兄、ブルニアの命日だった。
頬に冷たいものが当たった。
見上げれば雪も降ってきた。
どうやらこの振り方だと積もりそうな予感がした。
夜の寒さも相まって、愚痴をこぼしてしまうのも仕方ないと言えた。
「ふう……しばらくは帰れそうにないな」
オウカがため息をつく。
シオンはそんな彼女を見てつい笑ってしまった。
「何だ?」
「いや、あのオウカがずいぶん変わったなって思ってさ」
「そうか?」
「うん。去年は何というか、刺々しい雰囲気だったからね。今じゃ立派なお母さんの顔だ」
「な……からかうな。私はただの後見人だ」
指摘されてオウカは顔を赤くする。
そんな表情をシオンが見たのは何年ぶりだろうか。
「ははは、ごめんごめん。それより魔物の痕跡を探そう。それから――」
不意に、シオンの言葉が途切れて体勢が崩れた。
後ろから押されたように、たたらを踏む。
「シオン、どうし――」
体勢が崩れた拍子にオウカは見てしまった。
――シオンの右肩に、矢が刺さっているのを。
「な……一体、だれ……が」
シオンの膝が折れる。
「シオン!」
「大丈夫……急所は外れてい……ぐぁ!」
シオンが倒れる。
手足が痙攣し、視点が定まっていない。
その様子からオウカはすぐに察した。
これは毒矢だと。
「シオン、しっかりしろ、シオン!」
オウカの叫びに他の騎士たちも異変に気付き、二人の元へ集まってくる。
「担架を用意しろ、シオン団長を医者の所へ運べ!」
「は、はい!」
「矢は向こうからだ。何かの痕跡があるかもしれない。すぐに誰か迎え!」
「りょ、了解しました!」
オウカの命令ですぐさま騎士たちが散って行く。
「……オ、オウカ……」
「しゃべらなくていい、シオン」
痙攣して震えるシオンの手をオウカは強く握る。
「団長……いや……友達と……して……頼むよ……しばらく、後を……」
「ああ、わかった。後のことは任せておけ!」
「良かっ……」
その手から力が抜ける。
「シオォォォォン!」
雪が降り積もっていく。
魔物の痕跡も、オウカの叫びも、全てをかき消していくように。
奇しくも最愛の兄と同じ日に、シオン=アスターは倒れたのだった。
「はい……既にシオン騎士団長が現場に向かっています。第一騎士団も出動していただきたいとのことです」
「わかった。すぐに行こう」
オウカは自分がここまで乗ってきた馬に乗る。
「聞いての通りだ。今日は一緒にいる予定だったがそうはいかなくなったみたいだ」
「お母さん、お仕事なの?」
「ああ、すまないマリー」
「ううん、お仕事頑張ってね」
残念そうな表情だが、決してそれを言葉には出さない。
帰ってきたら埋め合わせにたくさん遊んであげようとオウカは思った。
「気を付けてね、オウカ」
「ああ、行ってくる」
手を振るマリーに笑顔を返し、オウカは手綱を引く。
すぐにオウカの乗る馬の姿は夜の闇に溶け込んで消えて行った。
「ただいま帰りました、おじい様」
「おお、エリカ。その様子では楽しんできたようだな」
満面の笑みでエリカは頷く。
自分のせいとはいえ、最近塞ぎ込んでいた孫娘に笑顔が戻ったことにサンスベリアも安堵する。
「はい。ルルディ先生のお子さんとも仲良くなれました。また遊ぶ約束もしました」
「そうかそうか」
自慢するようにルルディ=ファミーユのサインが書かれた本を見せてくる孫に、表情を綻ばせる。
「その友達とは何という名前かな?」
「はい、マリーと言います」
サンスベリアはその名を聞いて既視感を覚えた。
だが、マリーと言うのはそう珍しい名前でもない。
ただの偶然の一致であろうと思った。
「良い友達とは末永い付き合いをしなさい。互いに支えあい、互いに欠けている所を補い合うものだ」
「はい。良い友達になれるよう努めます。それでは」
孫娘が退室した後は和やかな空気が部屋を包んだ。
サンスベリアは、あれほどに元気のあるエリカを久しぶりに見た。
思えば彼女の両親が無くなって以来、自身も家長として一族の指揮を執るようになってエリカとは昔の様に遊んであげられなくなっていた。
だから、彼女の心からの笑顔を見たのは久しぶりだった。
「ふむ、雪か……」
窓の外を見上げる。
建国祭の夜は、静かに過ぎて行くのだった。
「シオン」
「すまないオウカ。わざわざ呼び立ててしまって」
国境の砦に駆け付けたオウカは、その前で佇むシオンの姿を見つけた。
「気にするな。これも騎士の務めだ……しかし、これは……」
「見ての通りだよ」
砦は無残な姿をさらしていた。
門は力任せに破壊され、守備隊にも甚大な被害が出ていた。
シオンの指揮の元、生存者の捜索を進めているが、無事だったものは少なかった。
「報告によれば、ここを襲撃した魔物は三体。獣型の魔物が一体。鳥型の魔物が一体。そして岩石系の魔物が一体だ」
「門の破壊は岩石系の魔物の仕業だな。その後に他の二体が中に突撃したと見るべきか」
「僕も同じ見解だ。襲撃した魔物はその後、北の森へと姿を消したらしい」
王国の北の地域は森林地帯だ。
多くの動植物に溢れ、自然の楽園となっているが道に迷いやすく、人があまり近づかない場所だ。
「北の森林地域はしばらく立ち入り禁止にするべきだろうね」
「好き好んで入る場所でもないのが唯一の救いか」
これから大規模な討伐隊を編成し、魔物討伐を行わなくてはならない。
そのためにも魔物たちの居所を掴む必要がある。
「やれやれ。建国祭だって言うのについてないね」
「珍しいな。お前が愚痴を言うなんて」
「僕だってゆっくりしたい時はあるさ」
そう言えばと、オウカも気づいた。
確か今日はシオンの兄、ブルニアの命日だった。
頬に冷たいものが当たった。
見上げれば雪も降ってきた。
どうやらこの振り方だと積もりそうな予感がした。
夜の寒さも相まって、愚痴をこぼしてしまうのも仕方ないと言えた。
「ふう……しばらくは帰れそうにないな」
オウカがため息をつく。
シオンはそんな彼女を見てつい笑ってしまった。
「何だ?」
「いや、あのオウカがずいぶん変わったなって思ってさ」
「そうか?」
「うん。去年は何というか、刺々しい雰囲気だったからね。今じゃ立派なお母さんの顔だ」
「な……からかうな。私はただの後見人だ」
指摘されてオウカは顔を赤くする。
そんな表情をシオンが見たのは何年ぶりだろうか。
「ははは、ごめんごめん。それより魔物の痕跡を探そう。それから――」
不意に、シオンの言葉が途切れて体勢が崩れた。
後ろから押されたように、たたらを踏む。
「シオン、どうし――」
体勢が崩れた拍子にオウカは見てしまった。
――シオンの右肩に、矢が刺さっているのを。
「な……一体、だれ……が」
シオンの膝が折れる。
「シオン!」
「大丈夫……急所は外れてい……ぐぁ!」
シオンが倒れる。
手足が痙攣し、視点が定まっていない。
その様子からオウカはすぐに察した。
これは毒矢だと。
「シオン、しっかりしろ、シオン!」
オウカの叫びに他の騎士たちも異変に気付き、二人の元へ集まってくる。
「担架を用意しろ、シオン団長を医者の所へ運べ!」
「は、はい!」
「矢は向こうからだ。何かの痕跡があるかもしれない。すぐに誰か迎え!」
「りょ、了解しました!」
オウカの命令ですぐさま騎士たちが散って行く。
「……オ、オウカ……」
「しゃべらなくていい、シオン」
痙攣して震えるシオンの手をオウカは強く握る。
「団長……いや……友達と……して……頼むよ……しばらく、後を……」
「ああ、わかった。後のことは任せておけ!」
「良かっ……」
その手から力が抜ける。
「シオォォォォン!」
雪が降り積もっていく。
魔物の痕跡も、オウカの叫びも、全てをかき消していくように。
奇しくも最愛の兄と同じ日に、シオン=アスターは倒れたのだった。
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