34 / 126
第二章「王国の五大騎士家」
第14話 受験対策は思い出と共に
しおりを挟む
「おかーさん。できたー!」
「ふむ……」
マリーが差し出した答案を受け取る。
オウカは眼を通し、満足そうに頷いた。
「よし、全問正解だ」
「わーい! ママ、遊んで来ていい?」
「うん。でもあまり遠くへ行っちゃダメだからね」
「はーい」
勉強の時間を終えてマリーは遊びに出る。
そんな娘の後姿を見送りながらトウカは安堵した。
「間に合いそうね」
「ああ、マリーが優秀で良かった」
マリーが回復してから、本格的に王立学院の入学試験に向けて勉強を始めた。
最初は人間世界の文字も満足に書けない状態だったが、夏の終わり頃には年相応の文章を書けるようになっていた。
社会知識については一緒に街に出かけ、買い物や催しに参加することで色んなことを見に着けて行った。
幸いまだ子供と言うこともあり、多少の世間知らずの行動は人々も気にしないでくれた。
むしろ、皆丁寧に色々と教えてくれた。
彼女にとって外の世界は見る物すべてが新鮮なので、それも学びの一助になっているのかもしれない。
事情を知ったフジも協力的だった。
トウカの作家業やオウカが騎士の任務で忙しい時などは彼が教師役を引き受けてくれた。
元々花に興味を持っているマリーだったので、科学的な分野については意欲的に学ぼうとしていると言う。
最近は、知ったばかりの知識をトウカとオウカに披露することもあった。
「本番まであと少しだけど、これなら心配ないわね」
「ああ、後は面接対策だな。お前も準備はできているのだろう?」
オウカが何気なく発した一言に、トウカは笑顔のまま固まる。
「……面接?」
「何だその反応は」
「だって、受験するのはマリーでしょ?」
「ほう……?」
オウカは入学試験の募集要項を取り出し、トウカに突きつける。
姉が指し示した場所には、しっかりと「保護者面接」の文字が書いてあった。
「……何これ?」
「私たちの入学試験の時もやっていたぞ。お前は自分の番が終わってから控室で寝ていたが」
記憶を辿る。
確かにプレッシャーから解放されてオウカの肩にもたれて寝ていた覚えがあった。
何故か目が覚めた時に控室の空気が随分和やかになっていたが。
「……余計なことまで思い出してしまった。あの時のお前の寝言で私がどれだけ恥をかいたか」
「え、何。何があったの?」
初めて聞く話だった。
入学後もしばらくトウカは自分が注目されているのが気になった。
しかも、名前が友達に覚えられたのが随分早かった。
その原因がそこにあったらしい。
オウカはその時のことを語り始めた。
「ふう……緊張した……」
面接を終えた私は安堵する。
今は父上と母上が先生方とお話をしている時間だ。
控室には他の受験者や保護者がたくさんいる。
私たちの様に面接を終えて寛いでいる子や、失敗したと泣いている子、様々だ。
私自身はちゃんとできた方だと思う。
家で教わった立ち居振る舞いもミスが無かったはずだし、筆記試験も問題ないはずだ。
トウカも一緒に勉強していて、私よりちょっと点数が落ちるくらいだと感じた。
まあ、フロスファミリアの者としては十分及第点じゃないかと思う。
そんなトウカは今、私の肩を借りて寝息を立てている。
昨晩は緊張していたし、やっと面接も終わったことで緊張の糸が切れたのかもしれない。
父上と母上が戻られるまで、このまま休ませてあげよう。
姉として、妹を労ってあげなくては。
「……よ」
「え?」
「……ダメだよオウカ、お皿はクッキーじゃないってー」
「……」
面接間近で張り詰めた空気の全体控室で突然妹の呑気な寝言が響き渡る。
少しの沈黙の後、部屋のあちこちから噴き出す声が聞こえた。
大人は笑いをかみ殺したり咳払いで誤魔化したりしているけど、私たちは思い切り注目を集めていた。
「く……」
顔が熱くなる。
私自身が言った訳じゃないけど猛烈な恥ずかしさがあった。
居た堪れなくて逃げ出したいけれど、もたれ掛かったままのトウカがいるので離れたらバランスを崩して妹が倒れかねない。
珍発言の張本人はそんなことも知らず、幸せそうに寝たままだった。
「……以上が一部始終だ」
「えっと……ごめん」
オウカもあまりの恥ずかしさに記憶を封印していたらしい。
事の次第を話し終えた彼女は、どこか遠い目をしていた。
「いや、謝らなくてもいい。子供の頃の話だ……だが」
オウカは気を取り直し、表情を引き締める。
「マリーが不合格にならないためにも万全を期する必要があるのはわかるな?」
「そ、そうだね」
「そこでだ」
にっこりと笑ってオウカは言う。
「折角だからお前の面接練習の面倒を見てやろう」
トウカは何故か姉の笑顔に恐怖を感じた。
「い、いいよ。オウカだって忙しいんだし、そっちも練習しなくちゃ」
姉は笑顔で詰め寄ってくる。
じりじりと後退するトウカは壁際に追い詰められた。
「安心しろ。私は既に対策済みだ。それよりここまでお前が準備していないことの方が問題だ」
あの日、地下神殿で戦った時に状況が似ているが今回は打開する術がない。
しかも、どことなくオウカはこの状況を楽しんでいるような印象すら受けた。
「マリーに恥をかかせるわけにはいかないからな」
「やっぱり昔の事、根に持ってるでしょ!?」
にやりと、嗜虐的な笑みを浮かべるオウカ。
「何の事だ? 時間が惜しい。厳しく行くぞ」
二度と、そういう場所では居眠りしない様にしよう。
そんなことをトウカは思うのだった。
「ただいまー。あれ、ママどうしたの?」
「ああ。お帰りマリー」
帰ってきたマリーにオウカが言葉を返す。
トウカは机に突っ伏して燃え尽きていた。
「さて、マリーも気分転換は済んだな。この後は一緒に面接練習をしよう」
「はーい」
マリーの返事が無慈悲に突き刺さる。
もう少しこの時間が続くらしい。
「うう……鬼、悪魔、オウカ」
「ほう……?」
聞こえていたみたいだ。
「ふむ……」
マリーが差し出した答案を受け取る。
オウカは眼を通し、満足そうに頷いた。
「よし、全問正解だ」
「わーい! ママ、遊んで来ていい?」
「うん。でもあまり遠くへ行っちゃダメだからね」
「はーい」
勉強の時間を終えてマリーは遊びに出る。
そんな娘の後姿を見送りながらトウカは安堵した。
「間に合いそうね」
「ああ、マリーが優秀で良かった」
マリーが回復してから、本格的に王立学院の入学試験に向けて勉強を始めた。
最初は人間世界の文字も満足に書けない状態だったが、夏の終わり頃には年相応の文章を書けるようになっていた。
社会知識については一緒に街に出かけ、買い物や催しに参加することで色んなことを見に着けて行った。
幸いまだ子供と言うこともあり、多少の世間知らずの行動は人々も気にしないでくれた。
むしろ、皆丁寧に色々と教えてくれた。
彼女にとって外の世界は見る物すべてが新鮮なので、それも学びの一助になっているのかもしれない。
事情を知ったフジも協力的だった。
トウカの作家業やオウカが騎士の任務で忙しい時などは彼が教師役を引き受けてくれた。
元々花に興味を持っているマリーだったので、科学的な分野については意欲的に学ぼうとしていると言う。
最近は、知ったばかりの知識をトウカとオウカに披露することもあった。
「本番まであと少しだけど、これなら心配ないわね」
「ああ、後は面接対策だな。お前も準備はできているのだろう?」
オウカが何気なく発した一言に、トウカは笑顔のまま固まる。
「……面接?」
「何だその反応は」
「だって、受験するのはマリーでしょ?」
「ほう……?」
オウカは入学試験の募集要項を取り出し、トウカに突きつける。
姉が指し示した場所には、しっかりと「保護者面接」の文字が書いてあった。
「……何これ?」
「私たちの入学試験の時もやっていたぞ。お前は自分の番が終わってから控室で寝ていたが」
記憶を辿る。
確かにプレッシャーから解放されてオウカの肩にもたれて寝ていた覚えがあった。
何故か目が覚めた時に控室の空気が随分和やかになっていたが。
「……余計なことまで思い出してしまった。あの時のお前の寝言で私がどれだけ恥をかいたか」
「え、何。何があったの?」
初めて聞く話だった。
入学後もしばらくトウカは自分が注目されているのが気になった。
しかも、名前が友達に覚えられたのが随分早かった。
その原因がそこにあったらしい。
オウカはその時のことを語り始めた。
「ふう……緊張した……」
面接を終えた私は安堵する。
今は父上と母上が先生方とお話をしている時間だ。
控室には他の受験者や保護者がたくさんいる。
私たちの様に面接を終えて寛いでいる子や、失敗したと泣いている子、様々だ。
私自身はちゃんとできた方だと思う。
家で教わった立ち居振る舞いもミスが無かったはずだし、筆記試験も問題ないはずだ。
トウカも一緒に勉強していて、私よりちょっと点数が落ちるくらいだと感じた。
まあ、フロスファミリアの者としては十分及第点じゃないかと思う。
そんなトウカは今、私の肩を借りて寝息を立てている。
昨晩は緊張していたし、やっと面接も終わったことで緊張の糸が切れたのかもしれない。
父上と母上が戻られるまで、このまま休ませてあげよう。
姉として、妹を労ってあげなくては。
「……よ」
「え?」
「……ダメだよオウカ、お皿はクッキーじゃないってー」
「……」
面接間近で張り詰めた空気の全体控室で突然妹の呑気な寝言が響き渡る。
少しの沈黙の後、部屋のあちこちから噴き出す声が聞こえた。
大人は笑いをかみ殺したり咳払いで誤魔化したりしているけど、私たちは思い切り注目を集めていた。
「く……」
顔が熱くなる。
私自身が言った訳じゃないけど猛烈な恥ずかしさがあった。
居た堪れなくて逃げ出したいけれど、もたれ掛かったままのトウカがいるので離れたらバランスを崩して妹が倒れかねない。
珍発言の張本人はそんなことも知らず、幸せそうに寝たままだった。
「……以上が一部始終だ」
「えっと……ごめん」
オウカもあまりの恥ずかしさに記憶を封印していたらしい。
事の次第を話し終えた彼女は、どこか遠い目をしていた。
「いや、謝らなくてもいい。子供の頃の話だ……だが」
オウカは気を取り直し、表情を引き締める。
「マリーが不合格にならないためにも万全を期する必要があるのはわかるな?」
「そ、そうだね」
「そこでだ」
にっこりと笑ってオウカは言う。
「折角だからお前の面接練習の面倒を見てやろう」
トウカは何故か姉の笑顔に恐怖を感じた。
「い、いいよ。オウカだって忙しいんだし、そっちも練習しなくちゃ」
姉は笑顔で詰め寄ってくる。
じりじりと後退するトウカは壁際に追い詰められた。
「安心しろ。私は既に対策済みだ。それよりここまでお前が準備していないことの方が問題だ」
あの日、地下神殿で戦った時に状況が似ているが今回は打開する術がない。
しかも、どことなくオウカはこの状況を楽しんでいるような印象すら受けた。
「マリーに恥をかかせるわけにはいかないからな」
「やっぱり昔の事、根に持ってるでしょ!?」
にやりと、嗜虐的な笑みを浮かべるオウカ。
「何の事だ? 時間が惜しい。厳しく行くぞ」
二度と、そういう場所では居眠りしない様にしよう。
そんなことをトウカは思うのだった。
「ただいまー。あれ、ママどうしたの?」
「ああ。お帰りマリー」
帰ってきたマリーにオウカが言葉を返す。
トウカは机に突っ伏して燃え尽きていた。
「さて、マリーも気分転換は済んだな。この後は一緒に面接練習をしよう」
「はーい」
マリーの返事が無慈悲に突き刺さる。
もう少しこの時間が続くらしい。
「うう……鬼、悪魔、オウカ」
「ほう……?」
聞こえていたみたいだ。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。


お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる