魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第二章「王国の五大騎士家」

第6話 キッカとレンカ

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 フロスファミリアの屋敷へ向かう馬車の中にトウカ達三人の姿はあった。
 ゴトゴトと揺れる車内で、姉妹は向かい合って座る。

「マリー、楽しい?」
「うん!」

 トウカの隣でマリーは座席に膝立ちになって窓の外を眺めていた。
 初めて乗る馬車、高速で動く風景に興味津々だった。
 そんな彼女を見つめながら、トウカたちは話す。

「……マリーには多くのことを経験させなくてはいけないな」
「そうね。勉強もそうだけど、これから生活していく中で知らなくちゃいけないことがたくさんあるよね」

 魔族や魔物たちと共に地下神殿で育ち、親と過ごした期間も短いため、彼女は十分な家庭教育を受けていない。
 ノアやアキレアも最低限のことは教えてきた様だが、やはり人間社会で生きていくには不十分だった。
 これからフロスファミリアを名乗り、生きていくためにはこの世の中のことを学んでいかなくてはいいけない。
 移動手段に馬車を選んだのも、そういった事情からでもあった。

「はあ……気が重いなぁ」
「今更何だ?」

 トウカが溜め息をつく。

「七年間も家を出ていたんだもの。顔を合わせ辛いよ……」
「……家のことを考えての行動だ。私も弁護する」
「ありがとう、オウカ」

 トウカの言葉に、オウカは顔を赤くする。

「マリーのためだ。お前のためじゃない」
「ふふ。はいはい」

 再会した時から比べて随分オウカも変わったとトウカは思った。
 以前は張りつめて余裕がない感じだったが、今は随分と表情も豊かになった。

「あら?」

 不意に、マリーがトウカの膝を枕にして寝転がった。

「どうしたのマリー?」
「……目、回っちゃった……」
「あらあら」
「……ふふっ」

 思わず二人で笑ってしまう。
 離れていた七年間は徐々に埋まりつつあった。



「うわぁ……おっきい」

 馬車から降りたマリーはその規模に目を丸くする。
 フロスファミリアの屋敷は王都の内にありながら、緑あふれる広大な敷地に立地していた。

「ねえねえ、あとでお庭お散歩していい?」
「うん。ママが案内してあげるね」
「うん!」

 屋敷の庭園には家の近くでは見たことのない種類の花も咲いている。
 あっちへこっちへと目が動き、マリーは興味津々だ。

「私は、父上と母上に到着を伝えてくる」
「うん」
「久しぶりの実家だ。ゆっくりして行け」

 オウカは足早に屋敷の中へと入っていく。

「マリー。じゃあ最初はお屋敷の中を案内してあげるね」
「うん!」

 マリーを連れて入る。
 この間の王宮でもそうだったが、豪勢な建物や調度品にマリーは目を輝かせた。
 屋敷の中を歩く中で、使用人たちはトウカの姿を認めると駆け寄って挨拶してくる。
 皆、オウカからトウカが帰って来ることを聞いており、七年ぶりの彼女の帰宅を喜んでいた。

「もっと早く帰ってくればよかったかな……」
「――何で帰ってきたんですか」

 トウカが漏らした言葉に、敵意を含んだ声が返される。

「え?」
「フロスファミリア家を出た人間が、なんで堂々と屋敷を歩いているんですか?」

 振り向いた方向にいたのは、厳しい目でこちらを見つめる、一人の女の子だった。

「えっと、あなたは?」
「私はキッカ=ラペーシュ=フロスファミリア。この屋敷に滞在させてもらっているラペーシュ家の者です」

 赤みがかかった茶髪をツインテールに結んだ女の子は己の名を誇るように名乗った。
 ラペーシュ一族はフロスファミリア家の傍流だ。
 祖父の代で分かれ、本家を支える役割を持っている。
 キッカと名乗った少女はトウカに詰め寄った。

「あなたがトウカ様ですね。噂は聞いてます」
「えっと……噂?」
「ええ、『オウカ様に卑劣な手でケガを負わせ、それが発覚して家から逃げた』と」

 ラペーシュ家はオウカ支持派だ。
 事件自体は七年前だから恐らく彼女は事の詳細を知らない。
 だが、家から教えられたことを真実と受け取っており、トウカへの敵愾心を露わにしていた。

「先日は、オウカ様と一緒に魔王を倒したという話ですが、魔力に劣るあなたが本当に活躍できたんですか?」
「ええっと……」
「オウカ様はお優しいですから、手柄を譲ってもらったのでは?」

 確かに、公的にはトウカとオウカが魔王を倒したということになっている。
 だが、トウカのことを知っているラペーシュの家からは疑念を持たれていたようだ。

「何か言ったらどうですか。やはり後ろめたいことが……」
「何をしているキッカ」

 後ろからかけられた声に、キッカは驚き反射的に背筋を伸ばす。
 恐る恐る後ろを向くと、オウカが腕組みをして立っていた。

「……お、オウカ様」
「久しぶりに帰ってきた私の妹に随分辛辣な言葉をかけてくれるな」
「そ、それは……」
「それとも、ラペーシュの家では本家の人間に対して無礼を働くのが礼儀と教えられているのか?」
「そ、そんなことは!?」

 ラペーシュにとってオウカは自分たちが頂く次期当主だ。
 その彼女の不興を買うことは最も恐れることでもあった。

「トウカは私の招待した客だ。粗相は許さん」
「は、はい! トウカ様……失礼いたしました」

 キッカは渋々頭を下げる。
 まだ納得いかないといった表情ではあったが、オウカの言うことは絶対だ。
 謝罪を済ませると、オウカに促されてキッカは逃げる様にその場を立ち去った。

「すまなかったな。キッカたちがいることを伝えていなかった」
「ううん、いいの」
「悪い子ではないんだが、いい意味でも悪い意味でもラペーシュの影響を受けていてな」

 溜め息をつくオウカに、トウカも困ったように笑い返す。

「ラペーシュは昔から私を目の敵にしていたものね」
「今、ロータスからも令嬢を預かっていてな。後で紹介しよう……それはそうと、マリーはどうした?」
「え?」

 トウカは自分の傍らを見る。
 先ほどまで一緒にいたはずのマリーの姿が消えていた。



「ママー!」

 広い屋敷の廊下をマリーはさ迷っていた。
 トウカがキッカと話し始め、退屈になった彼女はちょっと近くまで出歩いてみたのだが、そのまま元の場所に戻れなくなっていたのだ。

「ママ、どこー」

 マリーの声が空しく廊下に反響する。
 この場所は居住区域のため、日中はあまり人がいない。
 そんなことを知らないマリーは人の姿を探してさらに奥へと進んだ。

「……?」

 ふと、足を止める。
 どこかから不思議な音が聞こえた。
 その場所へと歩き出す。

 たどり着いた場所は談話室だった。
 陽光が差し込む部屋で、一人の少女がハープを演奏していた。

 ハーフアップに結った長い銀色の髪が日の光を浴びて煌めく。
 部屋に響く音色と相まって幻想的な雰囲気を醸していた。

「……あら?」

 少女がマリーの気配に気づき、指を止める。

「可愛いお客様ね」

 そう言った少女はハープから手を放し、立ち上がる。
 すると、ハープはその形が崩れ、糸状になって彼女の手首の腕輪へと巻き付いていく。
 あっという間に消えたハープにマリーは驚いた。

「凄い凄い、どうやったの!?」
「ふふ……ちょっとした魔術みたいなものかしら」

 マリーに笑顔を向ける。
 腰を落とし、マリーに目線を合わせて少女は語りかけた。

「それで、貴女はどこから来たのかしら?」

 その優しい雰囲気に、マリーも安心して話しかけた。

「トウカママと一緒にいたんだけどはぐれちゃったの……」
「トウカ……ああ」

 少女はその名前を聞いて納得したようだった。

「では、私と一緒にお母さんの所へ行きましょうか」
「うん!」

 少女が差し出した手をマリーはぎゅっと握る。

「私、マリー。お姉ちゃんは?」
「わたくしはレンカ=ロータス=フロスファミリア。レンカと呼んでね、マリー」

 和やかな雰囲気の中、レンカと名乗った少女は、マリーとともに応接室へ歩き出すのだった。
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