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第二章「王国の五大騎士家」
第4話 五人の幼馴染
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謁見を終え、トウカはマリーと一緒に帰って行った。せっかくなので町を一緒に見て回るらしい。
オウカはそんな二人を城門で見送ると、再び仕事へと戻るため城内へと戻る。
別れ際、マリーはとても晴れやかな顔で手を振っていたのが印象に残った。
「やあオウカ」
「シオンか」
そして、部隊長の個室へ戻る途中でシオンと顔を合わせた。その表情はどこか不満そうだ。
「今、陛下から正式に命を受けたよ。結局騎士団長は僕が務めることになるみたいだ」
「陛下に認められたんだ。もっと誇れ。そもそも騎士団の上役が年上ばかりでは私も息が詰まる。お前がいてくれて私も助かるよ」
オウカの言葉にシオンは意外そうな顔をしていた。
「どうした?」
「いや、最近オウカが変わったなって思って。前だったら『僕がいてくれて助かる』なんて言わなかったからさ」
「そうか?」
「やっぱりトウカと和解したことが大きいのかな?」
「……どうだろうな」
確かにどこか気持ちに余裕ができたような感じはあった。
強さを追い求め、過酷な任務に身を投じて常に気を張りつめていた討伐戦の前とは違い、少し日々が充実しているような実感もあった。
「でも、さっきは焦ったよ。まさかマリーちゃんが陛下に啖呵を切るなんて思わなかった」
「……一時はどうなるかと肝が冷えたよ」
「陛下も大変だからね。ある程度家臣でも疑わなくちゃいけないお立場の方だ」
「だが、さすがにトウカに二心を疑うのはいささか難しいものがあるぞ」
「それは確かに」
思わずシオンは笑ってしまう。
昔から明るく活発で、素直で優しい心を持っているトウカがやましいことを企んでいるのではないかと言うのは彼女のイメージとあまりにかけ離れて過ぎている。
「でも、陛下の疑問もごもっともだよ。あの子にこだわる何かがあるように感じたのは僕も同じさ」
「……」
「気にしないでいいよ。みんな事情がある。詮索する気はないさ」
シオンは手に持っていた書類をオウカに差し出した。
「これは?」
「養子縁組に関わる書類一式だよ」
「わざわざすまんな」
歩み寄ってオウカが書類を手に取る。
だが、シオンはすぐに手を放そうとしなかった。
「シオン?」
「……そのまま聞いてくれ。僕と君、それとドラセナにも関係のある話だ」
周囲に気を配りながらシオンは声を落とす。
「今回、君が第一部隊長に就任することになったけど、その前の隊長について何か聞いているかい?」
「いや、そう言えば討伐戦の後から姿を見かけないな。私に地位を奪われた形になるから正直顔を合わせづらいものと思っていたが……」
「……亡くなられたそうだ」
オウカは思わず目を見開いてシオンを見る。
「急な病でと言う話だけど……僕は暗殺されたんじゃないかと見ている」
「……滅多なことを言うもんじゃないぞ。それに、私たちとどう関係があると言うんだ」
「実は、ちょっと前からあちこちの家で主要な人物の急死が相次いでいる。さすがに僕たち主要五家の者に何か起きたと聞いてはいないけど、嫌な予感がしてね」
「なるほど、それでドラセナにも関係があるということか」
「主要五家」は以下の五家。
シオンのアスター家、トウカ・オウカのフロスファミリア家、ドラセナのゴッドセフィア家、そしてウルガリス家とグラキリス家だ。
数十年前から王国の地位を巡り、この五家は凄まじい対立を繰り広げた。
魔王討伐のために表面上は対立をやめたものの、家同士の確執の影響は根強く、学院時代のオウカたちも気軽にシオンらと話すことは禁じられていた程だ。
そして、今に至り魔王と言う共通の敵が居なくなった。再び王国内の政争がくすぶり出していることは先の謁見の時からも明らかだ。
「やりきれんな……私たちは同世代。そしてフジがいてくれたお陰で対立はないが、他の者たちはそうはいかん」
「主要五家それぞれの派閥に属している騎士や貴族の家も対立しているからね」
一時期はオウカとシオンも顔を合わせれば喧嘩をしていたほど仲が悪かった。
だがフジのウィステリア家は医師の家系のため、権力闘争とは関わりがない。そのため、確執にとらわれずに皆を繋ぐ役割を果たしてくれた。お陰でフロスファミリア、アスター、ゴッドセフィアの三家に限っては、分家は別として対立が今代になってからかなり落ち着いている。
「フロスファミリア卿は忠誠心厚く野心の無い方だ。だから信頼のおける人物ではあるけど、君の親類の中には権力欲の強い方もいるだろう?」
「……ああ」
「僕の方も同じだ。さすがに民間に下ったトウカが狙われることはないと思いたいけど、君も身の回りに気を付けた方が良い」
「忠告感謝する、シオン」
シオンが書類の束から手を離す。
周囲に人影はない。だが、誰が聞いているかわからない。
これ以上不穏な話を続けるのも怪しまれかねない。
「せっかくオウカとトウカが仲直りしたんだ。また昔みたいに五人で集まってお茶でもしたいね」
「ああ、その日を楽しみにしよう」
だから、シオンもオウカも平静を装い、何気ない会話を交わして別れた。
魔王はいなくなったが、それは新たな問題の幕開けでもあった。
王国の暗部が蠢き始めていることに、二人は言い様のない不安を感じるのだった。
折角王都に来たのだからと、トウカはマリーを連れて市場を歩いていた。
色とりどりの食べ物が立ち並ぶ店。
威勢よく声をかける店主。
初めて見る人の賑わいにマリーは興味津々だった。
「ママ、あれ何?」
「あれは果物ね。食べていく?」
「うん!」
店先の主人に声をかける。
美味しそうな物を選び、持ち帰る分も一緒に買って袋に詰めてもらう。
「はい、マリー」
その中から一つ、果実を手渡す。
柔らかい果実を選んだので、子供でも食べやすいはずだ。
マリーは初めて見る食べ物を不思議そうに見まわす。
「そのまま、がぶって食べてみて」
「がぶっ?」
口に持っていく仕草で伝える。
恐る恐るマリーは齧り付く。
「美味しい!」
甘い香りと味が口いっぱいに広がり、マリーは顔を綻ばせる。
その様子を見て、トウカも思わず笑顔になる。
「気に入った?」
「うん!」
大きい果実を両手で持って更に齧る。
まだまだたくさん食べられる部分があるので、マリーもご満悦だ。
だが、果実に気を取られていたのがいけなかった。
「わっ!?」
人ごみの中、手元だけを見て歩いていたマリーは近くにいた人に気づかなかった。
衝突してマリーは石畳に転ぶ。
その拍子に持っていた果実は手から零れ落ち、地面に落ちて潰れた。
「マリー、大丈夫!」
「うう……マリーのが……痛いよぉ……うわああああ……」
トウカが駆け寄るが、転んだ痛みと果物を落としたショックでマリーは泣き出してしまった。
その声に周りの人々も注目する。
「大丈夫、まだあるから。ああ、そうじゃないのか、どこか擦りむいちゃったのかな?」
周りの目を集めていることと、泣きじゃくるマリーへの対応とでトウカはどうしたらいいかわからなくなってしまっていた。
「ごめんなさい。私が注意してなかったばかりに」
「ううん。こちらこそ、ごめんなさ……え?」
マリーがぶつかった人物の顔を見て、トウカは驚いた。
「ドラセナ……?」
「あなた……トウカ?」
幼馴染。ドラセナ=ゴッドセフィアとの久しぶりの再会だった。
ドラセナは荷物を抱え、買い物帰りのようだった。
そのため、彼女の持っていたもので足元が死角になっていたのだ。
「ごめんね。私が下をもっとよく見てれば」
トウカもドラセナもマリーをなだめるが、一向に泣き止まない。
「どこかケガしたのかしら?」
「ええ、どうしよう。この近くにお医者さんっている?」
郊外に住んでいるトウカには王都の地理はわからなかった。
「ちょうどこの近くにあるわ。私、そこの買い出しの手伝いの途中だったのよ」
ドラセナは付いてくるように言う。
トウカは泣き続けるマリーを抱き抱えて、後を追った。
案内されたのは、看板もかかっていない建物だった。
「ここは?」
「まだ開業準備中なのよ。でもお医者さんはいるわ、腕のいいのが」
ドラセナは何かを企んだ悪戯っぽい笑みを浮かべて扉を開ける。
「戻ったわ」
「ああ、ありがとうドラセナ。騎士の君に買い出しなんてさせてごめん」
中には白衣を着た青年が、箱から道具を取り出して忙しく動いていた。
「良いのよ。それより先生。お客さん連れてきたわよ」
「何だよ『先生』って……え、お客さん?」
先生と呼ばれた青年は道具を箱に戻して振り向く。
「トウカ!」
「うそ……フジ?」
シオン、ドラセナと共に、トウカたちの学友だったフジ=ウィステリアだった。
「驚いたなぁ……まさかフジが病院開くなんて思わなかった」
「びっくりしたのは私の方よ」
荷解き前の箱が積み上がっている待合室で、トウカとドラセナは二人で待っていた。
やはり、転んだ時に足を擦りむいていたらしく、マリーは診察室で治療中だ。
「トウカ、いつの間に子持ちになったの?」
「あはは……色々とあって養子にすることになったの」
「ああ、地下神殿で助けた女の子ってあの子だったのね」
「ドラセナも知ってたの?」
思った以上に話題になっていることにトウカは驚く。
ドラセナは意外に知らないのねと笑う。
「国中で話題になってるわよ。『英雄トウカ。崩壊する地下神殿から命がけで少女を救出』ってね」
「うわあ……」
「しかも奇跡の生還のおまけつき。美談としては最高の内容よ。人々が一番喜びそうな展開でしょ?」
思わず顔を覆う。
ドラセナも第三騎士団で魔王討伐戦に参加していたため、事の詳細は聞いているだろうとは思った。
だが、国中にマリー救出のことが知れ渡っているとは思わなかった。
「……でも、それを聞いた時思ったわ。『ああ、やっぱりトウカは変わってない』って」
「そうかな?」
「昔から困った人と子供は放っておけないもの、あなた」
見抜かれている。幼馴染は伊達ではなかった。
「でもあの時。オウカが落ち込んで大変だったのよ」
「帰って来てからたっぷり怒られたわ」
「そっか……やっぱり仲直りできたんだ」
ドラセナは安堵して溜息をつく。
昔の仲の良い頃の二人を知っているだけに、トウカとオウカの確執は幼馴染の間でも心配されていた。
「ごめんね、心配かけて……シオンにも言われたなぁ」
「昔みたいに戻って欲しかったから、良かったわ」
「そう言うドラセナは昔と変わった?」
「あら、どうかしら。まだ戦場では後ろに引っ込んでいるわよ?」
王立学院時代は引っ込み思案で、誰かの陰に隠れているような子だったが、今ではその面影はどこにもない。
サプライズでフジに会わせたり、少々悪戯な性格になっている気がする。
「もう、弓兵で後方に下がっているのは引っ込み思案って言わないでしょ」
ゴッドセフィア家は弓の名家であり、ドラセナはその長女だ。
先日の魔王討伐戦でも、弓兵を指揮して神殿の外では多くの魔物を討ち取ったと聞いている。
「ふふ……何だかこうして話すの、久しぶりね」
「そうね。仕事や家のことでなかなか会わなくなっちゃったからね」
学院時代を懐かしむ。
あの頃は家の確執を気にせず、気軽に話せていた。
今は互いに仕事についている身だ。家のことも背負っていかなくてはいけない立場でもある。
また、みんなで集まれる日が来るのだろうか。そう思うと少し寂しく感じた。
「あれ、家と言えば……ウィステリア家ってお城お抱えの医師じゃなかった?」
フジは王宮医師ウィステリア家の嫡男だ。
だから街で病院を開業しているのが気になった。
「ああ、フジも家を出たんですって」
「ええっ!?」
「つい先日、私も聞かされたばかりなのよ」
「お喋りだよ、ドラセナ」
困ったような表情で笑いながらフジがドアを開けた。
「ママー!」
診察室から出てきたマリーが笑顔でトウカに抱き着く。
「ケガは大したことない。消毒して包帯を巻いておいたから二日ほどで良くなるよ」
ふと、ドラセナが疑問を口にする。
「あら、魔術は使わなかったの?」
ウィステリア家は独自開発した治療魔術によってその地位を築いた家だった。
瞬間治癒は不可能だが、緊急時や戦場では非常に重宝する存在だ。
「あれは回数制限があるからね。余程のことがない限り使うつもりはないよ」
「随分とケチね。久しぶりに会った友人のために使ってあげるくらいのサービスはあってもいいと思うわよ?」
「ケチで結構。技術は乱用するものじゃない」
口を尖らせるドラセナに憮然として答えるフジ。
二人のやり取りにクスクスとトウカは笑う。
「ありがとうフジ。あ、治療代」
「今日はいいよ、開業前だし。お客さん第一号と、トウカとオウカの仲直り祝いと言うことにしておく」
「あら、そっちは盗み聞き?」
「心外だな。静かだから声が漏れてきただけさ。それに、サービスしろと言ったのは君だよ」
「もう、二人とも」
三人で笑い合う。
今、この時だけは昔の頃に戻れた気がした。
オウカはそんな二人を城門で見送ると、再び仕事へと戻るため城内へと戻る。
別れ際、マリーはとても晴れやかな顔で手を振っていたのが印象に残った。
「やあオウカ」
「シオンか」
そして、部隊長の個室へ戻る途中でシオンと顔を合わせた。その表情はどこか不満そうだ。
「今、陛下から正式に命を受けたよ。結局騎士団長は僕が務めることになるみたいだ」
「陛下に認められたんだ。もっと誇れ。そもそも騎士団の上役が年上ばかりでは私も息が詰まる。お前がいてくれて私も助かるよ」
オウカの言葉にシオンは意外そうな顔をしていた。
「どうした?」
「いや、最近オウカが変わったなって思って。前だったら『僕がいてくれて助かる』なんて言わなかったからさ」
「そうか?」
「やっぱりトウカと和解したことが大きいのかな?」
「……どうだろうな」
確かにどこか気持ちに余裕ができたような感じはあった。
強さを追い求め、過酷な任務に身を投じて常に気を張りつめていた討伐戦の前とは違い、少し日々が充実しているような実感もあった。
「でも、さっきは焦ったよ。まさかマリーちゃんが陛下に啖呵を切るなんて思わなかった」
「……一時はどうなるかと肝が冷えたよ」
「陛下も大変だからね。ある程度家臣でも疑わなくちゃいけないお立場の方だ」
「だが、さすがにトウカに二心を疑うのはいささか難しいものがあるぞ」
「それは確かに」
思わずシオンは笑ってしまう。
昔から明るく活発で、素直で優しい心を持っているトウカがやましいことを企んでいるのではないかと言うのは彼女のイメージとあまりにかけ離れて過ぎている。
「でも、陛下の疑問もごもっともだよ。あの子にこだわる何かがあるように感じたのは僕も同じさ」
「……」
「気にしないでいいよ。みんな事情がある。詮索する気はないさ」
シオンは手に持っていた書類をオウカに差し出した。
「これは?」
「養子縁組に関わる書類一式だよ」
「わざわざすまんな」
歩み寄ってオウカが書類を手に取る。
だが、シオンはすぐに手を放そうとしなかった。
「シオン?」
「……そのまま聞いてくれ。僕と君、それとドラセナにも関係のある話だ」
周囲に気を配りながらシオンは声を落とす。
「今回、君が第一部隊長に就任することになったけど、その前の隊長について何か聞いているかい?」
「いや、そう言えば討伐戦の後から姿を見かけないな。私に地位を奪われた形になるから正直顔を合わせづらいものと思っていたが……」
「……亡くなられたそうだ」
オウカは思わず目を見開いてシオンを見る。
「急な病でと言う話だけど……僕は暗殺されたんじゃないかと見ている」
「……滅多なことを言うもんじゃないぞ。それに、私たちとどう関係があると言うんだ」
「実は、ちょっと前からあちこちの家で主要な人物の急死が相次いでいる。さすがに僕たち主要五家の者に何か起きたと聞いてはいないけど、嫌な予感がしてね」
「なるほど、それでドラセナにも関係があるということか」
「主要五家」は以下の五家。
シオンのアスター家、トウカ・オウカのフロスファミリア家、ドラセナのゴッドセフィア家、そしてウルガリス家とグラキリス家だ。
数十年前から王国の地位を巡り、この五家は凄まじい対立を繰り広げた。
魔王討伐のために表面上は対立をやめたものの、家同士の確執の影響は根強く、学院時代のオウカたちも気軽にシオンらと話すことは禁じられていた程だ。
そして、今に至り魔王と言う共通の敵が居なくなった。再び王国内の政争がくすぶり出していることは先の謁見の時からも明らかだ。
「やりきれんな……私たちは同世代。そしてフジがいてくれたお陰で対立はないが、他の者たちはそうはいかん」
「主要五家それぞれの派閥に属している騎士や貴族の家も対立しているからね」
一時期はオウカとシオンも顔を合わせれば喧嘩をしていたほど仲が悪かった。
だがフジのウィステリア家は医師の家系のため、権力闘争とは関わりがない。そのため、確執にとらわれずに皆を繋ぐ役割を果たしてくれた。お陰でフロスファミリア、アスター、ゴッドセフィアの三家に限っては、分家は別として対立が今代になってからかなり落ち着いている。
「フロスファミリア卿は忠誠心厚く野心の無い方だ。だから信頼のおける人物ではあるけど、君の親類の中には権力欲の強い方もいるだろう?」
「……ああ」
「僕の方も同じだ。さすがに民間に下ったトウカが狙われることはないと思いたいけど、君も身の回りに気を付けた方が良い」
「忠告感謝する、シオン」
シオンが書類の束から手を離す。
周囲に人影はない。だが、誰が聞いているかわからない。
これ以上不穏な話を続けるのも怪しまれかねない。
「せっかくオウカとトウカが仲直りしたんだ。また昔みたいに五人で集まってお茶でもしたいね」
「ああ、その日を楽しみにしよう」
だから、シオンもオウカも平静を装い、何気ない会話を交わして別れた。
魔王はいなくなったが、それは新たな問題の幕開けでもあった。
王国の暗部が蠢き始めていることに、二人は言い様のない不安を感じるのだった。
折角王都に来たのだからと、トウカはマリーを連れて市場を歩いていた。
色とりどりの食べ物が立ち並ぶ店。
威勢よく声をかける店主。
初めて見る人の賑わいにマリーは興味津々だった。
「ママ、あれ何?」
「あれは果物ね。食べていく?」
「うん!」
店先の主人に声をかける。
美味しそうな物を選び、持ち帰る分も一緒に買って袋に詰めてもらう。
「はい、マリー」
その中から一つ、果実を手渡す。
柔らかい果実を選んだので、子供でも食べやすいはずだ。
マリーは初めて見る食べ物を不思議そうに見まわす。
「そのまま、がぶって食べてみて」
「がぶっ?」
口に持っていく仕草で伝える。
恐る恐るマリーは齧り付く。
「美味しい!」
甘い香りと味が口いっぱいに広がり、マリーは顔を綻ばせる。
その様子を見て、トウカも思わず笑顔になる。
「気に入った?」
「うん!」
大きい果実を両手で持って更に齧る。
まだまだたくさん食べられる部分があるので、マリーもご満悦だ。
だが、果実に気を取られていたのがいけなかった。
「わっ!?」
人ごみの中、手元だけを見て歩いていたマリーは近くにいた人に気づかなかった。
衝突してマリーは石畳に転ぶ。
その拍子に持っていた果実は手から零れ落ち、地面に落ちて潰れた。
「マリー、大丈夫!」
「うう……マリーのが……痛いよぉ……うわああああ……」
トウカが駆け寄るが、転んだ痛みと果物を落としたショックでマリーは泣き出してしまった。
その声に周りの人々も注目する。
「大丈夫、まだあるから。ああ、そうじゃないのか、どこか擦りむいちゃったのかな?」
周りの目を集めていることと、泣きじゃくるマリーへの対応とでトウカはどうしたらいいかわからなくなってしまっていた。
「ごめんなさい。私が注意してなかったばかりに」
「ううん。こちらこそ、ごめんなさ……え?」
マリーがぶつかった人物の顔を見て、トウカは驚いた。
「ドラセナ……?」
「あなた……トウカ?」
幼馴染。ドラセナ=ゴッドセフィアとの久しぶりの再会だった。
ドラセナは荷物を抱え、買い物帰りのようだった。
そのため、彼女の持っていたもので足元が死角になっていたのだ。
「ごめんね。私が下をもっとよく見てれば」
トウカもドラセナもマリーをなだめるが、一向に泣き止まない。
「どこかケガしたのかしら?」
「ええ、どうしよう。この近くにお医者さんっている?」
郊外に住んでいるトウカには王都の地理はわからなかった。
「ちょうどこの近くにあるわ。私、そこの買い出しの手伝いの途中だったのよ」
ドラセナは付いてくるように言う。
トウカは泣き続けるマリーを抱き抱えて、後を追った。
案内されたのは、看板もかかっていない建物だった。
「ここは?」
「まだ開業準備中なのよ。でもお医者さんはいるわ、腕のいいのが」
ドラセナは何かを企んだ悪戯っぽい笑みを浮かべて扉を開ける。
「戻ったわ」
「ああ、ありがとうドラセナ。騎士の君に買い出しなんてさせてごめん」
中には白衣を着た青年が、箱から道具を取り出して忙しく動いていた。
「良いのよ。それより先生。お客さん連れてきたわよ」
「何だよ『先生』って……え、お客さん?」
先生と呼ばれた青年は道具を箱に戻して振り向く。
「トウカ!」
「うそ……フジ?」
シオン、ドラセナと共に、トウカたちの学友だったフジ=ウィステリアだった。
「驚いたなぁ……まさかフジが病院開くなんて思わなかった」
「びっくりしたのは私の方よ」
荷解き前の箱が積み上がっている待合室で、トウカとドラセナは二人で待っていた。
やはり、転んだ時に足を擦りむいていたらしく、マリーは診察室で治療中だ。
「トウカ、いつの間に子持ちになったの?」
「あはは……色々とあって養子にすることになったの」
「ああ、地下神殿で助けた女の子ってあの子だったのね」
「ドラセナも知ってたの?」
思った以上に話題になっていることにトウカは驚く。
ドラセナは意外に知らないのねと笑う。
「国中で話題になってるわよ。『英雄トウカ。崩壊する地下神殿から命がけで少女を救出』ってね」
「うわあ……」
「しかも奇跡の生還のおまけつき。美談としては最高の内容よ。人々が一番喜びそうな展開でしょ?」
思わず顔を覆う。
ドラセナも第三騎士団で魔王討伐戦に参加していたため、事の詳細は聞いているだろうとは思った。
だが、国中にマリー救出のことが知れ渡っているとは思わなかった。
「……でも、それを聞いた時思ったわ。『ああ、やっぱりトウカは変わってない』って」
「そうかな?」
「昔から困った人と子供は放っておけないもの、あなた」
見抜かれている。幼馴染は伊達ではなかった。
「でもあの時。オウカが落ち込んで大変だったのよ」
「帰って来てからたっぷり怒られたわ」
「そっか……やっぱり仲直りできたんだ」
ドラセナは安堵して溜息をつく。
昔の仲の良い頃の二人を知っているだけに、トウカとオウカの確執は幼馴染の間でも心配されていた。
「ごめんね、心配かけて……シオンにも言われたなぁ」
「昔みたいに戻って欲しかったから、良かったわ」
「そう言うドラセナは昔と変わった?」
「あら、どうかしら。まだ戦場では後ろに引っ込んでいるわよ?」
王立学院時代は引っ込み思案で、誰かの陰に隠れているような子だったが、今ではその面影はどこにもない。
サプライズでフジに会わせたり、少々悪戯な性格になっている気がする。
「もう、弓兵で後方に下がっているのは引っ込み思案って言わないでしょ」
ゴッドセフィア家は弓の名家であり、ドラセナはその長女だ。
先日の魔王討伐戦でも、弓兵を指揮して神殿の外では多くの魔物を討ち取ったと聞いている。
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学院時代を懐かしむ。
あの頃は家の確執を気にせず、気軽に話せていた。
今は互いに仕事についている身だ。家のことも背負っていかなくてはいけない立場でもある。
また、みんなで集まれる日が来るのだろうか。そう思うと少し寂しく感じた。
「あれ、家と言えば……ウィステリア家ってお城お抱えの医師じゃなかった?」
フジは王宮医師ウィステリア家の嫡男だ。
だから街で病院を開業しているのが気になった。
「ああ、フジも家を出たんですって」
「ええっ!?」
「つい先日、私も聞かされたばかりなのよ」
「お喋りだよ、ドラセナ」
困ったような表情で笑いながらフジがドアを開けた。
「ママー!」
診察室から出てきたマリーが笑顔でトウカに抱き着く。
「ケガは大したことない。消毒して包帯を巻いておいたから二日ほどで良くなるよ」
ふと、ドラセナが疑問を口にする。
「あら、魔術は使わなかったの?」
ウィステリア家は独自開発した治療魔術によってその地位を築いた家だった。
瞬間治癒は不可能だが、緊急時や戦場では非常に重宝する存在だ。
「あれは回数制限があるからね。余程のことがない限り使うつもりはないよ」
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「ケチで結構。技術は乱用するものじゃない」
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二人のやり取りにクスクスとトウカは笑う。
「ありがとうフジ。あ、治療代」
「今日はいいよ、開業前だし。お客さん第一号と、トウカとオウカの仲直り祝いと言うことにしておく」
「あら、そっちは盗み聞き?」
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